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楽天日記、久しぶりです~ こちらでは主にメリーケイ化粧品以外のことを書いておりますが今日はついさっき行って来たばかりのご近所の珈琲専門店のホットな話題を! * * * 近所にオープンして一ヶ月あまり。。 いつも店の前を通りすぎるたびに入ってみたいなぁと思っていた珈琲専門店《Laini coffee》に今日やっと行ってみました。 お店写真の右半分スペースが珈琲の飲めるこじんまりした空間です。こちらで、今日は店長さんとしばしお話が出来ました。 まずはおいしい珈琲の入れ方をお聞きしこちらにお店を出したきっかけについてや珈琲に関わってこられたご経歴なども。。 12年間試行錯誤しながらじっくり珈琲と向かい合ってきたと言う店長さん。 珈琲のことならなんでも気軽に聞けるというこういう頼りになる方が近所に欲しいと思いません? 実際、オープンして一ヶ月にもかかわらずもうすでに常連さんもたくさんいらっしゃるそう。 淹れる道具から買いに来る初心者のお客さんも多いようでそんな近所のみなさんに、店長さんは「珈琲の広報にやってきた」ということです。 私も昔UCC上島コーヒーのレギュラー珈琲デモ販売に関わったこともありいちおうの基本的なことは知っているんですがそれ以上の熱心な研究というのはしたことのなかった珈琲。 これからこんな珈琲専門店がいつでもそばにあるなら何でも聞かない手はありませんよね。 みんなが家で美味しい珈琲を楽しめるように地域の珈琲文化活性のために一役買いたいとおっしゃる店長さん。 しかし、専門家の手によって淹れられた美味しい珈琲を飲みたくてカフェ空間としてこちらを利用する近所の方ももちろん多いそうです。 それから小学校前という立地条件もあり、学校帰りの子供たちのためにはホットチョコ(1000ウォン)もちゃんと用意。 珈琲のお供に手作りクッキーもありましたよ。 ふらっと立ち寄って気軽におしゃべりできるお店が近所にまた一つ増えてうれし~です 《Laini coffee》 京畿道 高陽市 一山東区 白石洞 1205TEL 031-906-0338 010-5350-1531地図はこちらにほんブログ村
2011年02月22日
旧正月連休もすぐ目の前ですね。。って、もう今週あけから始まってると言えるのかな?ウチは明日の午後からぼちぼち移動予定。 今あまり家を空けたくない事情があるんですが旧正月だから仕方ないですね~ 娘たちも無事に韓国に戻ってきて母(私)のつかの間の冬休みはあっという間に終わりましたとさ。 今年は本当に寒くって雰囲気も旧正月らしくなるような気がします。 明日は日本語レッスンもお休みで、連休期間にかかっていたメリーケイ・ビューティセンターでのメイクアップマスターコース課程もお休み。 教育のためソウル通いで忙しかったと思ったら娘たちがいなくなってしばしゆっくり休んで終わったら急にまた仕事が増えてその気忙しさの中で旧正月に突入。。。 年明けそうそうジェットコースターみたいな日々。
2011年01月31日
さて、夫婦だけの生活になって2日目。 長女を出産するまでのあいだはこんなふうにひとり夕方主人の帰りを待っていたんだったっけ、と昔のことを思い出す。。。 今日もメイクアップマスターコースが終わって会社を出たとき「ああ、私は自由。。。さてこれからなにしよう」とむしろ自分の身をもてあます気分になった。 一緒にいたMさんが「この近くで仕事してる知人の車に便乗して帰ろう」と言うのでその方の現場に訪ねていって仕事が引けると一緒に彼の車でイルサンに戻ってきた。 子供がいないってこんな感覚だったかなぁ~時間の束縛は受けないし予定外の遠回りもへっちゃらで。 さて、家に着いてドアの前に立ったが当然開けてくれるものは誰もいない。 鍵を回してひとりで玄関に入れば午前中のオンドルの温かみがまだこもってるほんわりとした淡い闇が居間いっぱいに広がっていた。 何から始めるともなくPCの電源を入れこうして日記をつづっていると窓の外で遠くから何かを叫ぶ誰かの声が末娘の「オンマー」という声に聞こえてくる。 少しPC作業に没頭しかかりふと時計を見るとすでに7時を過ぎ「あ、夕飯の支度、早く食べさせなくちゃ」と椅子を立ったが、あ、そういや子供はいなかった。 主人も昨日すっかりがらんとしてしまった居間で同じことを言っていた。「いないはずの子供たちの声が聞こえる」と。 普段あんまりギャーギャーうるさいのでいなくなっても耳鳴りのように今でも聞こえてくるのだ。 彼はもう初日からギブアップ。「ああさみしい、子供と話したい」と。電話をかけて少し話をして落ち着いたようだ。 最近とくに思春期の長女や次女とは意見が会わずいつも説教して口論ばかりしてたくせに、だね。 夫婦きりの生活、二日目。しんと静まり返った我が家でふたりなんだか張り合いがなくって、どうもしっくり来ませんね。 そこでMさんの提案「深夜映画にでもふたりで行ったら?」というんだけど。 こういうのって、やっぱり大事ですよね?さっそくこの週末に行ってこようかしらん。。
2011年01月21日
今日から娘たちは日本へ。 初めて姉妹だけで飛行機に乗って日本のハルモニハラボジの家に行きました。 航空会社に依頼すると案内職員が付いて子供だけでも飛行機に乗れるシステム、 末娘だけが年齢上その対象であとの二人は対象外なんだそうですが三人まとめて職員さんに面倒みてもらうことにしました。 午前中に娘たちを金浦空港で見送って空港から家に帰るその足で今日は税務署に行って確定申告してきました。 去年から個人事業主となって簡易課税対象の私は申告しても税金がかからないレベルということで書類に記入する部分もほとんどないしやること自体は楽なんですが初めて事業主として義務のひとつを果たしたということで社会的な『自覚』ができていい経験だったと思います。 のほほんと主婦していた去年の前半戦がうそのように後半戦はお役所通いの毎日だったり会社の教育通いの毎日だったり 今年はもっと忙しくなりそうだなぁと思ってた矢先こうしてしばし娘たちを日本に送って、オンマの私にも思っても見なかったパンハク(冬休み)がこんなに突然やってきて(バンザ~イ)これからの計画を立てながらこの一週間ほどを有意義に過ごそうと思ってます * * * * * あ、そうそう、 今日、金浦空港の出国ロビーのある2階入り口の送迎車や市外バスの乗降場にいたときのこと。 黒塗りのバンやらセダンが10台くらい連なって次々にやってきて車を停めたと思ったらそれぞれの車のドアが開いて外国の要人たち(?)がイカツイ黒コートの男たちにガードされながらものものしい雰囲気で建物の中へ入っていった。 でもその要人たちの中には普段着のなんでもないおじさんとかおばさんとかもいて最初に着いた車からは韓国人らしきアガシがエスコートもなく、まずひとりでさーっと降りて行ったし あの団体はいったいなんだったんだろう。。。 その要人たちの車が到着する前から警察官がひとりすでに待機していたし建物入り口にもあらかじめ私的な警護人を配置していたし イカツイ黒コートたちはみんなリーゼント風に髪を上げて額はすっきり見えていて、またどの男も若い。 もしかしてコワイ系の人たちかな~ どの顔も緊張感があるけど仕事には慣れた様子だ。額はみんななぜか広くて利発な印象。目は爬虫類みたいに小さいけど鋭い。 そして隙のない黒ずくめ。 いろいろ想像力が掻き立てられてそのときみた光景でしばらく考え事をしましたね。 私たちとは縁がなくて接触することがなくても別の場所で全然違った行き方をしてる人たちってきっとたくさんいるんだろうなぁ。。と。 私が相対できないから縁もないのであって本当は私の知りえない世界ってたくさんあるんだろうなぁ。。と。 私の知らない緊迫感、私の知らない使命感、私の知らない掟や、私の知らないプレッシャー 黒コートの男たちを見たあとで、なんだか今まで接点もなかった世界がふとしたことで急に目の前に現れることもあるんだ。。と思いちょっとひとりでひそかに興奮状態でした。
2011年01月20日

オディ(桑の実)ジャムでレアチーズケーキ。このジャム、高級品なんですよ。甘さも上品。 学校が冬休みで《ひまひま星人》の扱いに困ってます。毎日「なんか食べるものないのぉ~??」と言ってます。 なので、ここんところ また手作り復活中。
2011年01月15日

えーと、いつだったっけ。 年末にすっからかんになりかけた冷蔵庫の残り物、きゅうりとカニカマとトビウオの卵(とびっ子)でカリフォルニアロールを初めて作りました。 カニカマには甘い卵黄マヨネーズをたっぷり絡ませてこの辺が『カリフォルニア巻き』なんですね。 形がイビツですが、美味しかったんです♪もすこし巻きがしっかりしていたら完璧でした。 参考にした本にはまだまだいろんなカリフォルニアロールが載っていました。今度はぜひアボカドやサーモンを使って作りたいです。
2011年01月07日

いよいよ2011年が始まりました。さて新しい年はどんな年にしようかなぁ~ あ、みなさま!あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。 そうだ今年ってウサギ年なんですね。じゃあ、やっぱり今年の抱負は『夢に向かってぴょ~~ん』かな。って、すっごいありきたり(笑) 今日は正月だというのにソウル駅前のBOOKOFFに行って日本書籍、ずいぶん買い込んできましたが手に取り購入した本はほとんどが《知的いきかた文庫》(笑) 新年早々、気合入ってますやん~~(爆) なんて、まあ茶化さずに素直に書きますと今年はぜひ『学びの年』にしたいんです。昨年末からなぜだかすべて自力で(ある意味孤独に)世の中の構造に精通して対応しなきゃならないことがやったら増えました。 身の回りのいろんなことを謙虚に勉強する。それからわからないことはすぐにちゃんと調べる。なんでも人任せにしないで自分でやってみる。 こういうことをぜひ実践したいですね。 みなさんの抱負はなんでしょうか?^^今年もいい年にしましょうね~♪
2011年01月01日
大掃除は充分出来なかったこの年末ですがその代わり、冷蔵庫や戸棚の食材の在庫整理や石けん作りの材料の在庫整理、それからもう着ない衣類の整理などモノの片付けには少しずつ着手してました。 私のライフスタイルが若干変わってきて家でのんびりすることも少なくなったのでモノ作りの材料たちがあまり活用されないまま残っていたり 娘たちが思春期になって着る洋服の好みがうるさくなって誰かからのお下がりでタンスにしまってあった服は着れるにもかかわらず「着たくない」というのでこれも活用されないままタンスの肥やし。。 家の中で周りを見回してみれば最近は『最小限のモノだけ』で暮らせているような。だからこれからはもっと持ち物のスリム化を図って身軽に簡素に暮らせたら。。というのが理想です。
2010年12月28日
今朝100,000アクセス達成しました。いつもごらん頂きありがとうございます。 メリーケイ化粧品のモッチン(素敵な)プレゼントをご用意してたんですが楽天ログインしてキリ番踏まれた当選者のあなた、IDもこちらで把握しているんですがサイト内に連絡の手段を残されておらず当選のお知らせが出来ません~ もしご覧になってたら一報ください
2010年12月26日

こちらにも書きましたが、百万年ぶりにネイル塗りました。(↑韓国人がよく使う表現だね^^) すごく良い色で気に入りました。私はどんなネイルを使っても絶対似合わないと思って爪のおしゃれは半ばあきらめてましたがこれからは似合う色を見つけて塗り方も工夫して楽しんでみようと。。。 また、これ名前がいいね。ミッドナイトだなんて。。。。 ほんと、ふくろうが「ほうほう」と鳴いてる幻想的な深い夜のしじまを連想させる色です。 残念ながらこのネイルは韓国では非売品で、アメリカのメリーケイサイトを見てみても期間限定商品だったみたいです。(2008年度?) もう一色、紫色も持ってるの。またアップしてみます。
2010年12月22日

MaryKayのお仕事を始めてから在庫や資料や証書などがどんどん増えてきたので片付けのためにスチール家具をあれこれ探していた。 その中でちょうど机の下に収まり使い勝手の良さそうな引き出しを見つけた。 IKEAというブランドはネットを通して知っていたけど今回初めてこの6段引き出しを買ってみてお値段手ごろなのにしっかりしててなかなか気に入った。 組み立てる作業も楽しかった。何よりもこれで5万ウォン以下だったのには大満足している。 次は商品保管用のガラス戸入りのスチール家具。ネットだと確かに安いけど中古でもいいのあるかなぁ。 家具を買おうとあれこれ考えるのも十数年ぶり?ライフスタイルが変わってきたという一種の目安みたいなものですね。
2010年12月22日

それは、こういう↑ものの有り難味。ちょっと前に母が送ってきてくれた即席お味噌汁が何も作る気がしないけど何か軽く口にしたいと思った私には『優しい存在』だった。 子供の頃は具合が悪くて寝ていたら母があれやこれやと食事やデザートをせっせと枕元に運んでくれた。 おかゆさんだの、プリンだの、風邪を引くと決まって食べていたものみなさんにもあるでしょう? 大人になっても風邪で寝込むとああいったものが恋しくなるのは子供の頃の『優しい記憶』のせいかしら。。。 とにかく他の人の作ったものがいいの。大人になって主婦になった今はふだんほとんど買わない部類の市販品なんかが急に思い浮かんで食べたくなったり。 自分が調理をしないで済むもののお世話になりたいというのは『甘えて満足する気分の良さ』をちょっと味わってるところ、あるかも。風邪引いて少し心も弱るからなんだか「してもらう」ってことがうれしい。 ↑写真の黄色い風邪薬も母が実家でいつも常備してるもの。前回日本に行ったときに実家からもらってきて、いまや我が家の常備薬でもある。 * * * 風邪をひいたときの『優しい記憶』を自分の娘たちも将来持つことが出来るんだろうかとふと思ったりするのだ。 いつも他の姉妹がどたばたやってる脇でゆっくり寝かせてもらえる雰囲気でもなく。 風邪を引いててかわいそうだ、とその子を思って美味しいものを買ってきてあげても他の姉妹もどうせみんなで食べることになるのでスペシャルな扱いもしてやれず。 なんだか、「具合悪いから」と甘えて満足する快感も味わうことなく大人になっちゃいそうでかわいそうですね。
2010年12月19日
毎日10分くらい韓国語の勉強をしながら自分の日頃のモチベーションも高めたい方へ。 こちらのサイトでは私が韓国語にオリジナル日本語訳をつけてあのメリーケイアッシュの珠玉の言葉をご紹介しています。 私が日本語を教えている韓国人の生徒さん(Mさん)のために。。と思ってアップしたのですがこれは双方から(韓国語を習う日本人からも)イケますね♪ これからは《メリーケイアッシュ・今日の言葉》で韓国語(日本語)学びながらあなたも毎日『熱情(ヨルチョン)人間』です~
2010年12月16日

次女が最初にもらってきたのを順にみんながもらっていったという。。。 だから子供多いって母親大変なの。風邪菌が結局家の中に長期滞在してるわけだからどこかの地点で風邪ひいちゃいます。 今週は学校休んだ娘たちと一緒に私も家で思い切って身体を休めることに。 3日くらいひどかったけど3日目晩には少し楽になったのでずっと読みかけのままだった本をやっと読み終えた。こういう機会も 寝込まなきゃ なかなかないわけで。 『1Q84』の第三巻だったんだけど(←おそっっ)ラストはなんだか「ふうん」って感じで終わりましたね。 私は牛河の説得されたシーンを想像したらいつまでも怖くてなんだか眠れなかった。 「なんでタマルは牛河を説得する?(ひどいわ)」って考えるとそれは『この世の善悪や正義の基準の不確かさ』というテーマにたぶん行き着くんですが。 あの小説のなかで本当に《正義》なんて何処にもないわ。。。でもそれは「みんな間違ってる」という意味じゃなくてね。 これも村上春樹の大事なメッセージのひとつ。いろんなことはそう簡単には二元論では収まらない、と言う。 。。にしてもこの小説、人がいっぱい死んだなぁ。 読んでて「あ!そうそう!!」と個人的にタイムリーな内容でびっくりしたくだりがあったんだけどそれはまた後日ゆっくり。。。
2010年12月15日

こないだトンネのスーパーでお釣りをもらった中に紛れ込んでいたカナダの貨幣。 韓国の100ウォンとよく似ているので手渡されたときにはそれとわからなかったみたいだ。 間違って外国の貨幣を受け取っても貨幣という、価値の認められたものならまだ許せるけどこれがゲームセンターの専用コインとかだとなんだか「お金返して~」な気分だろうな(笑) 韓国の500ウォンは日本の500円と似てるので日本で自販機犯罪に使われたりする、というのはひと昔のニュースでも散々話題になったけどあれは確信犯。 このカナダの貨幣が紛れ込んできたのはたぶん故意じゃないと思っている。 というのは、韓国、とりわけウチの地域というのは海外生活から戻ってきた人がとても多くてアメリカ、カナダ、ドイツ、中東、中国、東南アジアと海外を行き来してしている知人もわんさかいる。 向こうで使っていた貨幣がこちらに帰国する際にとくに空港でお土産を買うなどのときお財布の中でごっちゃになってしまうなんてことあるんじゃないかなぁ そのまま韓国ウォンに紛れてわからなくなったんだね。 行ったことのないカナダから我が家までたどり着いたこの貨幣はなんだかロマンだなぁ。。 私は日本と韓国しか知らない。いまどき、海外旅行もしたことない。なんだかこのまま世界を知らないでいるなんてこのご時世、ありえないんだけどね。 行こうと思えば中国や東南アジアくらいはいつでも行けるというのに。。。つまり「行こう」という自分の意志の問題か。。 来年は目標に『極東脱出』というのもぜひ付け加えておこうではないか。。 昨日の夕暮れはとても美しかった。冬の夕暮れは心まで澄み渡る。
2010年12月12日

白菜に似ていて味も白菜っぽいけど私はだんぜんこっちのほうが好き!韓国語でポムドンと言います。 見かけると必ず買ってきてベーコンと一緒に煮込んでスープにする。すんごい良い味が出る。 油でしばらく炒めて嵩をへらす。くたくたになったら水を入れて煮込む。 ブイヨンや塩こしょうなどで味をととのえてできあがり~♪ 韓国ではテンジャン(味噌)で仕立てるんだけど私はベーコンとブイヨンで洋風のほうがこのポムドンには合ってる気がする。 白菜だとこれ やっぱりちょと違うんだな。 量が多くて安くて栄養一杯で大好きな食材です。
2010年12月06日
私なんかは「牧伸二」「ハワイアン」「アロハ~」 これくらいしか思い浮かばなかった(笑) でもどんなジャンルだって出来ちゃう楽器なんですよね。あたりまえだけど ウクレレが我が家にやってきてからYOUTUBEでウクレレの演奏をよく観ている。中にはこんなすごい男の子とか、こんな神がかりな演奏とか。 でも私と娘たちがいちばんウクレレ曲で思い出すのはやっぱり、コレ!今ちょこちょこと練習してますよ~ ご近所のギタリストHさんも最近はウクレレの講師としてご活躍中。 ギターのほかにもかつて日本ではRCサクセションでドラマーもされてました。またプロデューサーとしても。ホント、多才な方です。 最近はあまり「道でばったり」。。もないですがブログを拝見する限りはお元気そうで。 さて、今夜もYOUTUBEのウクレレ講座の動画で練習したいと思います。 * * * スキンケア・コスメの話題はこちらPinkish Pink。いつも私を勇気付けてくれるMary Kay Ash の今日の言葉 (月)~(金)毎日更新中!
2010年12月05日
こんにちは、いつもご覧頂きありがとうございます。 突然ですが、新しいブログ始めました。ピンキッシュ・ピンク 楽天のブログも今までどおり書いていく予定ですのでひきつづき、こちらにもお立ち寄りくださいね。
2010年12月03日
覚え書き。今日の血圧は115に67。 でも一日中頭痛かった。午後末娘の診察に行って帰ってきてから布団にぶっ倒れてそのまま。。。。 一日、ご飯も食べられずこれはいけないと真夜中にごそごそと起きて来て味噌汁を作って軽く食事。 食べると少し落ち着くのが特徴。私の場合は果物がとくに効果的。買ってあったまるごとのパイナップルも皮を削いでカットして食べる。 ちょっと生き返った気がする。で、日記、書いてます。 (日付変わって)今日は仕事で一日中外出なのでそろそろまた横にならないと。。。 ではおやすみなさい。
2010年12月01日
このごろ病院へ行く機会がちょくちょくあるので血圧計を見かけると計ることにしている。 先日は頭が痛くない正常なときに血圧を計ってみたらそれでも139に74と出てこれは常時高血圧ということなんだろうか、と不安になってしまった。 しかしふと、むくむくのダウンジャケットを着たまま器械に腕をつっこんだせいかな、と思いジャケットを脱いで再度測定してみると113に62。 なんだ、これなら正常だ。(上着は脱いでするもんだ、と後で知ったわけだが)もしかしてこないだも上着を着たままだったせい? ちょっと安心した~ 。。。にしてもここんところ血圧の上がる事件ばっかりで(笑)高めにはなってるかもしれない。 冬はなおさら危ないと言うし。頭や首周りの保温には特に努めようと思う。
2010年11月30日

早いもので今年も残すところあとひと月。 。。ってこんな文章今日明日はきっとネット上にも洪水のように氾濫していることだろう。(笑) さて今年はどんな年だったと言えるかな?私は初めて経験することが多い一年だったような気がする。味わったことのない気分になることが結構多かった一年。 そろそろ締めくくる時期かとは思うけどそれでもまだ12分の一 残ってると考えてここはひとつ 気を抜かないでもうひとがんばりいたしましょう~ ↑ これ懐かしいね。日本の母が子供たちにと送ってきた駄菓子を私がひとつ失敬しました。 昔は『当たり付』だったような気がするんだけど。ちいさな紙切れに当たりと書いてあった。。。 * * * 日本語レッスンは第二ラウンド。ひとり熱心なオンニがいてテキストも自分で選んで持ってきた。「これはカンチュ~(強力推薦)」だと言うのでカンリョッカン(強力な)オンニの『鶴の一声』でこれに決まり。 こうして似たりよったりの初級日本語テキストがどんどん家にたまっていく。 別にテキストはどんなんでもいいのに。しゃべれるようになるのはまた別の要素!なんてことは口にはしませんが(笑) 私だってけっこう『あれやこれや』のヒトですから~(笑)
2010年11月30日

クラシックピアノをずっと習い続けてきた娘たちにそろそろ幅広いジャンルの音楽に触れて欲しいと切に思うようになって久しい。 クラシック偏重主義の院長には悪いが「クラシックではアフタービートは教えられないと思うそれを別の教育機関で教えたいから」と言ってピアノ学院を一時休ませることにした。 できれば打楽器をやらせてみたかったけど前から気になっていた近所のウクレレ教室を思い出して一念発起で扉を叩いてみたのだ。 その後 体験レッスンをしていただきウクレレの魅力にいっぺんにとりつかれてしまいその場でウクレレを習うことに決めた。 次女と末娘がウクレレをしたいというので教室直営のショップでそれぞれに1本ずつ購入した。 次女のは私も使えるようにネックが長めでお値段も若干良いものを選んだ。 体験レッスンのときもショップで購入の際にもそれぞれ違うインストラクターから少しだけ基礎を教わったのだが次女は二人のインストラクターから「筋がいい、頭も良さそう(え?・by オンマ)」と言われていた。彼女は将来ピアノよりもウクレレを選ぶかな? 次女と末娘はクラシック畑ではなさそうと私は常々思ってきたのでウクレレに興味を持つのがうなずける。 * * * ぜひともこの時期 楽しむ音楽をしてほしい。 音楽をする目的が「音高や音大に行くため」ときっちり焦点を合わせて来てる子供たちの中でウチだけ「音楽で豊かな人生を」なんて寝ぼけた標語みたいな理想を抱えて音楽入試専門学院に通い続けることはキツイ。 いい先生やいい環境に恵まれてピアノもドンドン上達して音高音大受験の話も出たけれど私としてはもっと教えておきたいことが他にある。 楽器やジャンルを替えるのは時期尚早かもしれないと思うときもあるが私は自分の経験から言うと11~12歳くらいで洋楽に目覚めていろいろ聴き始めるとその後本当にいろんなジャンルの音楽を楽しめるようになると思う。 このころが一番多感な時期だからかもしれない。このとき自分の感情を良く現してくれる音楽に出会うことはとっても重要なことなのだ。 ピアノでもジャズ、ポップス、歌謡なんでも可能と言えば可能なんだけどもっと気軽でどこでも演奏できるような楽器がひとつ 自分のものになれば素敵だろうと常々私自身も思ってきたのでウクレレというのはまさにそれに願ったり叶ったり。 習得も早くて子供でも難なく演奏できどこにでも持ち運べて唄をうたいながら伴奏もでき音色もかぎりなく優しくて癒される。。。 難しいことは抜きにして純粋に音楽を楽しむ環境の中で娘たちがほんとに何か大事なことを掴んでくれるようそれが将来への切符になるように願っている私はやっぱり韓国ではかなり世間知らずな寝ぼけたオンマということになるんだろうなぁ~
2010年11月24日
いやぁびっくり、、、 ずっと後頭部の脈打つ痛みが起こるたびに風邪の前触れ?。。と思ってきたのだが熱は出ないし、咳もでないで3日くらい頭痛だけで終わってしまうから近頃「これはどうも違う」。。と気付きだしてたまたまその頭痛が起こっているある日の午後人のお見舞いで病院に行ったついでにロビーにあった血圧計で血圧を測ってみたら~ 上が150台だった! それで、昨日もずっと頭痛がしていたので末娘を連れて病院に行ったついでに血圧を測ってみたらば昨日は165に96! これでやっと高血圧からくる頭痛だったんだと確信したので今日からは今まで一度も意識したことがなかった減塩対策に入ろうかと。。。(涙) 実は実家の父が高血圧でずっとクスリを飲んでいる。遺伝することを考えたら私も大いに危険なのかもしれない。 寝不足でこうなることは自覚していたので頭痛がしたらすぐ寝る。。ということはやっていた。それから食事が不規則になるとこうなるというのも自分としては感じていたのだがそれでも昨日の165という数字は衝撃的でこれはもう食事で減塩はもちろん減量作戦を再開せねば。。。と真剣に思ってしまった。 今のところ時々上がるというくらいで平常では上が120~130、下が60~70くらい。 今日日本語レッスンで生徒さんとその話をしていたら自分も高血圧持ちだ、という人がいて血圧話で盛り上がった。 コーヒーの飲みすぎも良くないというし夜更かしも良くないし食べすぎも良くないらしい。 結局規則正しい生活、バランスのとれた食生活適度の運動、ストレスを避ける。 だめだとわかっている悪習慣から取り除くことがまず第一歩のようですな~~
2010年11月23日
びっくりした~~血がだらだらですごいことになってたよ。 ウチの末娘、ノーヘルでインラインスケートに乗っていて大人の腰ほどの高さのブロック塀のカドにぶつかって右目の上を2箇所、切ってしまった。 暗くなりかけの夕方に次女と末娘のふたりで公園に行っていて私は家でPCしていたら突然電話。 「オンマっ 大変、あ、あ~」と言ってそのまま電話は切れた。次女からだ。とっさに思ったのは「ぎゃっ、末娘が誘拐?」 でも冷静になって電話をかけ直すと「○○の目からたくさん血が~~~」と泣き声。 それで財布とタオルを引っつかんですぐ公園に飛んでいくと顔から手から服から血だらけの末娘がいた。 傷口はぱかっと開いていた。かなり深いのと、深くないけど長めのと、平行にふたつの傷。けど出血はそのときはすこし治まりかけていた。こういうのは経験ないことだったので近くの外科に行かなければと思ったが外科と言ってもどこも思いつく医院がなくなんだか不安になりかけたとき 通りすがりの2人のアジュマが「あら、怪我したんかい、大丈夫か」と寄ってきたので「この辺の外科ってご存知ですか」と尋ねたら歩いて15分くらいにある大病院にタクシーで行けと言う。 すぐ処置してもらうことが先決だと思って私は気が焦っていたのだがそのアジュマたちは「だーいじょうぶ、だいじょうぶ」と言う。 タクシーがなかなかつかまらないことも多いしその大病院の救急センターはいつも待たされるので行く度にイライラする病院だったし。。 でもアジュマたちが血だらけの娘をみても「大丈夫」というのでなんだか「ああこれは大丈夫な範疇なんだろう」と思えてきてそれからはずいぶんと落ち着いて行動できたのだ。 結局待たされたことは待たされたけどきっちり検査やら処置をしてもらいかなり縫ったと思うけど後遺症も傷跡も残らずに済みそう。 * * * 公園でアジュマたちが「大丈夫」と言ったこと、あれは経験があるから。。。と見た。 やんちゃそうなの男の子を連れて散歩中だったそのアジュマたちはもうすでに流血惨事は経験済みだったのかあるいは自分の子供でなくても周りでそんなのよくみてきたとか。 肝が据わってるかあちゃんというのはああいう時にああいうことを冷静に判断できるのか。。 それとも他人の子供だから冷静に判断がつくというのもあるんだろうか。。。 私の中で深刻な事態だと感じていた何かがある誰かの一言などでその非常レベルが1ランクも2ランクもスッと下がる瞬間というのが過去にもいくつかあったけど今回もそれに似たようなところがあった。 じっくりと考えてみれば日常生活で非常レベルというのは私が考えてるよりも実際にはずっと低いものばっかりなのかもしれない。なのにどれもこれも改善を望んであれこれ言及せずにはいられないのだ。 これからはレベル付けの基準をもう少し下げて自分もラクにならないと。冷静で正しい判断をするためにはできるだけ余分な緊張や不安や欲望を取り除く。 最近子供の教育上の問題で岐路に立っていた。いろいろ考えて血圧も上がっちゃってたみたい。 この流血事件でなんとなくトーンダウンされた感じです。
2010年11月20日
韓国の国際宅配EMSを利用して日本の実家の母に小包を送ったら2日で着いた!今週水曜日の午前中に郵便局に持って行ったものが翌日木曜日の夜に着いたのだ。 韓国は何でも『パリパリ(早く早く)』と言って早いことを身上にしているところがあるので韓国国内ではジャジャンミョンの配達も家電の修理もさっと人がやってくる。 でも国際間の連携が必要なEMSだと日本と韓国の両国で早くないと2日というのは無理。 ところで日本から韓国へ小包が送られる場合はどうかというと、これが受け取るまでに5~6日かかっている。どこでこの差がでてくるのか?・・・ 韓国では国外に小包を送り出すのは早いが海外からの小包を国内で配達するときはどうなんでしょ??(ウチの居住地区担当してる郵便局は若干。。うんぬん) これもソウルの大企業が集まる中心部ではまた事情が違うにちがいない。 と、書いてきて思った。なんだ、うちのアッパ、以前EMSやってたわ。 しかしこれもソウル中心部ね。 韓国は良くも悪くも『パリパリ』が好きなのだ。
2010年11月19日
キムジャンしてきました~~ ・・・といってもシオモ二のお仕事場兼住居に行って3時間くらい手伝ってきただけだけど。 そこはとっても不思議な場所なの。ディープな韓国そのもの。自分の家族がそこに関係してなかったならばどういうツテでもってもそんなところに出入りはできまい。。。というような場所。 東大門市場近辺のとあるオンボロ雑居ビルなんだけど。 いつも思うことがある。あの東大門市場の反物運んでるバイクの若い男たちが道に所狭しとバイクを停めてうじゃうじゃたむろってる光景はまさしく韓国だなぁと。あれこそディープコリアだわ。。。 現代の光景じゃないみたい。何十年前も前の光景じゃないかって思う。きっと昔とぜんぜん変わってないんだと思う。 ウチの家族はこの東大門市場に昔からすごく深いかかわりがあって自営業するのにいつもこの近辺に仕事場を構える。根っからのお商売系なのでここらの空気が肌に馴染むんだろう。 ここらの人々もちょっとディープな人が多い。お互いへんな遠慮はまったくしないし他人の家も《勝手知ったる我が家》 うちのシオモニの狭くてボロい二間しかない仕事場にただでご飯食べにやってきて思いっきりおしゃべりして後は帰っていくという遊び人のハルモニたち。話には聞いてたけどやはりその勢いがすごい。どんどん次から次へとやってきては出ていていろんな話題が部屋中に絶えず花咲いて。。。 シオモニのお仕事はおもに夕方からはじまる。この部屋で《テーブルを囲んで過ごす人々》にご飯を作る、コーヒーなどを出す、必要なものを揃えてあげる、というようなこと。それで報酬をいただく。 でもシオモニはごく普通の人。ただいつもじっとしてない人で絶えず家族とは離れて誰か別の他人と一つ屋根の下で暮らしてる人。 このおんぼろ雑居ビルはなんとなくまわりの近代的な発展にひとり背を向けてそれを拒んでいるようにも見える。 東大門市場周辺も今では見上げれば近代的な高層ファッションビルが立ち並ぶがその足元では 今日もにぃちゃんたちのバイクが反物を乗せてぶんぶんと通りを飛びかう。 ふと目線を落とせばいまだに昔と変わらない人情をもった人々が昔と変わらない生活を続けている、ここ、東大門市場周辺というのはそんなところなのではないかと思う。
2010年11月17日
私がプライベートでばたばたしてたこともありしばらく宙ぶらりんになってた日本語のレッスン。 もともと3ヶ月(12回)契約でそれをきちんと終了した状態だったので再開は、あるのかないのか、それはみんなの今後のスケジュール次第ということで未定になってただけなんだけど。。。 要請がなければ自然消滅しただろうレッスンがまた今日から再開された。生徒さんの中でえらい熱心な方がいて私が落ち着くのを待っててくださっていたようだ。感謝。 私はというと、最近日本語を教えることよりも他に力を注いでることがあったため「またレッスンの再開を。。。」と言われてなんとなく我に返ったような気分。 「あ、やりかけたことを放っていた状態だったんだ」と移り気な自分を恥じた。 昔は『二足のわらじ』。。って状態がなんか好きになれなくて同時に2つ以上のことはしまい、と思っていたのだが最近の私はいくつでもやろうという気でいる。 そう思えるようになったのはやっぱり今やってるビジネスのおかげで自分の思考がとても変わってきたんだと思う。 実際にひとつの必然を追っていくとそこには別の可能性が潜んでいてともすればひとつの働きかけだけで2つ以上のものを獲得できたりする場合があるということを経験を通して知ったのが大きかった。 「いろんなことが繋がっている」っていうのも具体的に体験できたので自信をもって頷ける。だから今は何をやっていても不安に感じない。 なので日本語講師も一生懸命やりたいと思う。みんな最終的には繋がっているからね。。。
2010年11月16日

写真は今日一緒に参加した詩人の先生たちのうちのおひとり。打ち上げでみんなとご飯を食べに行ったときウチの娘たちがカワイイと言って1万ウォンくださった。本屋で詩集でも買いなさい、とね。 ありがとうございます * * * 多文化行事の一環で毎年詩の朗読会に参加している。今回は日本人の女性詩人小網恵子さんの作品。 朗読なんて普段全くしないのでyoutubeでプロの朗読を見て少しは勉強しようかと昨夜は遅くまで声優さんやら女優さんやらアナウンサーやらの朗読を片っ端からチェックしていた。 youtubeはどんどんリンクして飛んでいくので最初のスタートからいったい最後はどこにたどり着くのやらそれが面白いんだけど 今回朗読の動画を漁っていたらわぉーーNHK-FMの『クロスオーバーイレブン』を見つけて深夜ひとり 涙がちょちょぎれそうになった!! あの親密な夜の空気が一瞬にして蘇る。勉強机の上で聴くよりかは布団にもぐってヘッドフォンで聴いてたことのほうが多く聴きながらそのまま眠りに着くあの至福のひとときがたまらなかったのだ。 ヘッドフォンのサラウンド効果で頭の中をあのシンセサイザーの音が縦横無尽にぐるぐる駆け巡る、あの快感といったらなかった。 そして津嘉山正種のあの朗読。大好きだった。 基本的には落ち着いた大人の番組だったけどなんかときどき童話みたいな作りのものもやってたような。。 それから選曲が良質だった。深夜のこの親密な空気の雰囲気を壊さない曲ばかりだった。それがたとえ陽気でファンキーなナンバーであったとしても。これは『クロスオーバー・マジック』なのだろうか? * * * さて話が逸れたが朗読は、やってみて快感だった。やっぱり声を出すのが私は好きである。 ただ、自分で読んでいてぎこちないなぁと思うことがたくさんあってこれはまず発声の問題だと思った。 いまだに解決できない発声の問題。最近やっと良くなってきたと思っていたけどまだまださまよっている。 そして今日在韓ミャンマー人たちの参加も多かった。折りしも昨日スーチー女史が解放されたという、これはなんていうタイミングなんだろう!! ミャンマー人のある歌手がステージで歌うときスクリーンに映し出されたのはミャンマーの民主化をテーマにした無声のドキュメンタリー。 そこには血を流して倒れる市民や戦う兵士近しい人を亡くして呆然とする女たちが映し出されのちにスーチー女史が支持層を前に演説する場面なども登場する。 民主化への想いをこめた多くのミャンマー人たちの真摯なパフォーマンスに直に触れたならこのスーチー女史の解放という出来事はもう単なるテレビから流れる海外のニュースではなくなってしまった。 自分もこの歴史的事件をミャンマー人たちと一緒に今日分かち合ったのだというそんな実感がずっしりと残った。 今回は朗読のみだったけどまた自作の詩を携えて参加しようと思う。で、もっと欲を言えば唄でも作れたらいいかも。しかし最近ピアノもサボりまくってるしなぁ。。。 私、やりたいことがいっぱいな人間で困ります(苦笑)
2010年11月14日
昨日の夕立でびしょぬれになって帰ってきた末娘が今朝は頭が痛いといいながらも学校に行く支度をして自主的に登校して行ったのだが1時間も経たずして保健室から電話があり「熱があるから家に送り返す」という。 で、外出予定はいっさいキャンセル。今日はなんだかフリーな一日になってしまった。 しょうがないので年末も近いことだし《プレ大掃除》でもしようと思い物の整理をあれこれしていた。 それで改めて思ったのはウチってどっしりとした使い勝手のよいスチールや木製の家具がほんとに少ないなぁ。。ということ。 ずっと借家なので常に引越しのことが頭にありそういう重たくて大きな家具を買い控えてきたというのが主な原因だ。 おかげで安っぽいカラーボックスだの衣装ケースだのそんなんばっかし。。。 これらは案外使い勝手が悪いのだ。結局引き出しが必要になってきたり仕切り板が必要になってきたりしてそれ自体では物の整理が済まない事、多々あり。。。 言い訳がましく聞こえるかもだけど整理が出来ない原因のひとつにこのニーズに合った家具がウチには整ってないというの、大きいと思う。(ってやっぱ、言い訳?) ところで、最近 スチール製のガラス引き戸の入った中くらいの書類棚が欲しいと思っている。 商品を保管するために業務用に使いたいのだ。 もともと、スチール製品だのパイプ棚だの会社の事務所や店舗で使われてるような家庭的でない無機質な家具が好きだ。そう、きわめて実務的で機能的な。。。 昔は バラバラの書類をファイリング、ラベルで仕分け、とかそういうのにやりがいを見出すような片付けが得意な人だったはずだったのに今はその性分も充分に発揮されてない。 モノがごちゃごちゃになってるってことは結局私の頭の中もごちゃごちゃだってこと。これ、まったくその通りだと思う。ずっとその状態で人生過ごしてきたのだ。 でもどっから手をつけて軌道修正するのかいつも手をこまねいて終わってしまう。 いつまでも「工夫したら何とかなるんだから」と『使えない家具』でがんばって整理しようと思わないでニーズがはっきりしてるんならそれにふさわしい家具をきちんと買うべきかなと思うようになってきた。 あれこれとアイディア次第で使える使いまわしの効く家具というのは使う人の頭が整理されてなかったら結局使いこなせない代物になってしまうのだ。 物の整理をしていたら家具を調えなおすことのほうが重要かと思えてきた。 。。とはいえ お金、今は全然ないし、おまけにこの家、天井めっちゃ低くて たいがいの家具は搬入アウト。家具選び自体にも制約があるってことそういえば一瞬忘れてしまってたわ。。。 はあ、どうしようかな。。。
2010年11月12日
ひとつ韓国社会の中で『これ!』というものを持ってそれをツールに自分のポジションを確保して成長していかないと。。。と思っていたら突然電話が来て、日本語の講師を依頼されて「あ、これ?」という経緯があったんですが その日本語を教えていたグループの中のある女性から、私が興味のある分野のビジネスの話がやってきて「ああ、こっちだったかぁ」と妙に納得。 私、ビジネスというものにはきっと縁がない性質なんだわ。。と高をくくっていたので自分がこの仕事をこんなに楽しめるなんて思っても見なかった。 今日もソウルの西側半分を地下鉄でぐるっと一周してついでに乗ったことのないバス路線も体験した。 いつもは気心の知れた義姉たちと私の関係であっても正装をしてコンサルタントとして義姉たちから受けた注文の品物をお届けに行くときにはいつもとは心のモードが全然違っていた。 今日はそれがすごい貴重な体験だったと思う。 自分の苦手だと思ってたことって自分が勝手に苦手意識を持ってただけだったのかも、と感じるようになったことだけでもこの仕事の収穫。 そしてここ毎日こうして日記を更新できるネタが心にいつもあるってこともこの仕事の収穫。 明日もアポ頂いてる。ありがとうございま~す♪
2010年11月11日

紅葉が見事ですね~ 今年の秋は旅行には行けなかったけど近所の街路樹で毎日充分楽しんでます♪(ぶっ) そして平日、何かと外に出る用事も多くなったのであちこちで外食する機会も増えました。 カンナム・アプクジョンのマクド。お昼時、男性サラリーマンが圧倒的に多かった。私みたいなアジュマっていなかったですね。。 学生や子連れの若い主婦や40代くらいのアジュマたちがガヤガヤやってきて注文の列もわれ先に競うようなマクドしか知らなかったので男性サラリーマンで溢れかえってて注文列の順番も他人に目配せして確認するようなそんな《ゆとりの男の大人たち》の集うマクドは今回初めてでしたね。 土地柄そうなのか、ちょっとおもしろいなぁ、と思いました。 * * * カンナムに出かける前母から電話がありこんな話を聞いた。 私が実家の母にたくさん送っていた手作りの石けんを母がさらに何人かのお友達に送っていたそうだがその中でも「これ(私の石けん)じゃないとだめ」と言ってずっと愛用してくれていたという神奈川にお住まいの方が先月お亡くなりになったと言うのだ。 そんな奇特な方がいらっしゃったなんて知らなかった。。。 自分ではそこまで自分の石けんに自信をもっているわけではなかったのでなんだか自分の石けんにも、その亡くなった方にも《及ばなかった》。。と思ったのだ。 石けんはその方に最善の仕事をし、その方は石けんに充分な賞賛を与え価値を認め、私はというと「あ、良かったですか、どうもです~」 これじゃぁ自分だけがなんだか蚊帳の外にいたんだな。。と。 自分が世の中に送り出したものを「これいいわぁ~ すごくいい!」と言われたら「はい、そうなんです。 ^^」と言えなくてはね。 いつでも自分が世に送り出すものには自信と責任をもつ。。ということだと思いました。 今、私はある分野のコンサルタントをしています。それは販売業務なのですが品物が自分の手を通じて人様に渡るということがどういうことなのかこの亡くなられた方を通して考えさせられたそんな出来事でした。
2010年11月10日
近所のミスド。以前の光化門ミスドのドーナツよりも全然美味しい~~ しかし、店には人が入ってないね。やっぱり韓国ではダンキンのほうが馴染みあるし。 そしてあの価格は少々高いような。。 店にはバイトの女の子ひとりと、脱サラでもしたのかな40~50代くらいの不慣れな感じの男性オーナーのみ。 ドーナツは美味しいのでまた時々利用してみることにする。もっとドーナツの種類が増えるといいなぁ~
2010年11月09日

出来たのだ~~ 韓国ではダンキンよりも少々お高めのミスドですがそれでもよく健闘してきたようですね♪ここまでやってきたということは。 最近あまり甘いものが欲しく感じないので通うほどにはならないだろうけど日本のミスドを懐かしく思い出したいときにはちょっくら食べに行こうかしらん~
2010年11月08日

壁画が印象的だった、シアボジの入院してたP病院。ここの休憩場でよくコーヒーを飲んでいた。 もう行くこともないと思うけど。。 キース・ヘリングの絵って韓国の公衆トイレとかでよく額縁に入って飾られてたりするのね。 それからどこかの予備校の大型バスにはボディにド派手なキース・ヘリングの絵が描かれていてそれがいつもウチの近くの路上に停めてある。 あれ、なんかすごく目立つわ。 キース・ヘリングだなんてもうひと昔もふた昔も前じゃない?なんだか「懐かしい」と思ってしまう。 ちなみに私はその頃ジェームズ・リジィの絵が好きだった。1人暮らしのワンルームに丸井で買ったリジィのでっかいリトグラフを床において飾ってた。 リジィの絵は見てると元気が出るのだ。 人がごちゃごちゃ建物もごちゃごちゃな東京で1人きままに暮らしてた自分の慌しくもカラフルな変化にとんだフリーターライフと妙に波長が合ったというのかな? そのリトグラフは実家に戻るときにリサイクル屋に売ってしまったけどあれ、本当は手放したくなかったのだ。 今でもだれかが所有してるんだろうか。あの絵、懐かしいなぁ~
2010年11月04日

シアボジが亡くなって5日目に埋葬したお墓の前で祭祀をしてこれで一連のお葬式が終わった。 その次の日、少しほっとした気分で家路に着く途中ヨイドを通り抜けるあたりでなぜかすがすがしい感じがした。 非日常の世界から日常世界に戻ってきて吸い慣れた空気を吸い込んだら今日からまた新しい日々のはじまり。。 西日を鈍く反射して光る高層ビルはあたかも『こちらの世界』のエントランス。 自転車に乗ってるひとサッカーボールを蹴ってるひと凧揚げしてるひとみんなでゲームしてるどっかの団体 シアボジがこの世からいなくなるという我が家は最大級の非常事態だったのに 漢江のほとりはいつも変わらず今日ものんびり ひたすら平和だ。 ああ、こうして地球は回ってる。。。。
2010年10月31日

税務署の玄関でこじんまりとした鉢植えの菊を眺めていたときはまさかその数時間後に自分が溢れかえる菊の花々の中にいるだなんて夢にも思わなかった。 葬儀会場に次々と到着する花輪菊をふんだんにあしらった祭壇の飾りつけ葬儀会場が菊の花だらけになっていくのを見ていたら税務署での不思議な菊の香りのことを思い出した。 ああ、あれはこれのことだったのか。。。と。 おまけに6階建てで各階ひと会場づつの造りになっている葬儀会館で我々の借りた3F会場は偶然《菊の間》であった。他の会場は《ムグンファの間》だの《椿の間》だのごく一般的な花の名前。 ここでもやっぱり菊の花と縁があった。 そんなわけでこれからこの季節に菊の花を見たら私はいつもこの日のことを思い出すんだろうなぁ、と今からすでにしんみり感を先取っている。 まあともかく、シアボジはいい季節に旅立っていかれたなあ。。 これはみんなが口にしてた感想だ。 私もほんと、そう思う。
2010年10月31日

シアボジが亡くなる19日の夕方ごろ私は税務署に用事があって出かけていたのだ。 建物の正面にある駐車場で車から降りた瞬間どこからともなく清らかで上品ないい香りがただよってきた。見ると白や黄色の鉢植えの菊がずっと先の建物のエントランスに並んでいたが鉢の数はほんの数えるほどで、しかもそこは香りを嗅いだ駐車位置からはかなり遠かった。 「あんなところからあれっぽっちの菊の香りがここまで届くの?」 それはほんの一瞬のことでその後はもう香りが飛んでくることはなかった。 私は鼻がかなりいいほうなんだけどいくらなんでも菊の香りを嗅ぐには 不自然に遠い位置だったのでちょっと変な気がしたものだ。 菊の香りかぁ、そういう季節なんだなぁでも菊ってお墓の花だしお葬式の花でもあるし縁起いいんだか、悪いんだか。。。まあ、静粛な気分になる花だよなぁ。。。なんてことも 何の気なしに思ったりした。 それはシアボジが亡くなるほんの一時間ほどまえの出来事だった。
2010年10月27日
やっと今日から生活がいつもどおりに戻りつつある。先週、突然シアボジが亡くなりそれから一週間、お葬式や埋葬でばたばたしていたのが今日やっと一区切り。 ずっと家を空けていたのでまだまだやることもいっぱいだけど考えなくてはならないこともいっぱい。 とりあえず心を落ち着けて家事の合間のコーヒーでも飲もう * * * 今朝、夜明けごろ横で寝ていたアッパが寝言を言っていた。最初私も寝ぼけて聞いていたがどうやらそれは寝言ではなくて例えばイタコの口寄せみたいな、霊現象だった模様。 明らかにアッパでない別の年配男性の声でまるではめていた入れ歯をとってしゃべってるようなふにゃふにゃした不明瞭なしゃべり。「田舎にある△△を持って行け、××も持って行け」と盛んにモノをやるやる、と言ってる様子。 私も夢うつつでなぜかその田舎に居てその△△や××を目の前にしてハナシを聞いてる状況らしくしゃべってる男性が誰かはわからず男性の声だけが聞こえている。 やがて完全に目が覚めて意識が明瞭になった。「む、アッパがしゃべってるのにアッパの声じゃない」と感づき誰がなんと言ってるのか聞き耳を立てようとしたその瞬間その喋りがぱたっと止んだ。 しばらくその続きをじっと待っていたけれど私もまた眠くなって気づいたらそのまま寝てしまったらしい。 朝起きて、アッパにそのことを教えたら「ふうん、寝言言ったなんて記憶にない」と言う。だろうね、、、、あなたはいつもそうよねぇ(笑) 私が思うに、そのふにゃふにゃしゃべる男性は一週間前に亡くなったシアボジ。 シアボジは入れ歯をはめていたのだが入院中に痩せて顔がげっそりとなり入れ歯が合わなくなったのでまたそれを後日直してはめ直した。 しかし入れ歯がない間のおもゆだけの食事からその後入れ歯をはめておかゆから普通の食事へと本来の食生活が可能になった後でももう積極的に食事を摂ることはなくなって結局そのことがのちの回復に大きく影響したといえるかもしれない。 入れ歯をずっとはめ続けていたら。。 食べることの大切さを考えたら入れ歯のなかった期間のことが悔やまれるけどこれも後の祭りか。。 そして入れ歯といえばお葬式の当日にもエピソードがある。 弔いのお客がやってくる前までは葬儀場内の借りた一室のなか家族だけでしばらくくつろいでいたのだがシアボジの入院中に使用したいろんな荷物がボストンバックやら紙袋やらに入れられて部屋の隅っこに置かれていた。 その脇にあった何も置いてない棚のうえにシアボジの入れ歯だけがビニールに包まれてちょこんと置いてあったのだ。 病院からそのままばたばたと葬儀場にやってきてこの入れ歯の扱いだけは戸惑ったのだろう。バックなどの中に他のものと一緒に入れる代物でもないので持ってきた家族の誰かがそのまま入れ歯だけをとりあえず目に付くところに置いといたのだ。 これを私は何かにつけて目にしながらそのお葬式当日の大半を過ごしていたもんだからよけいに『入れ歯』イコール『シアボジ』である。 こんなわけだからその声の主を私が識別するには入れ歯なしのふにゃふにゃ声だったらたとえ声質がシアボジにそれほど似てなくても大丈夫。 すごいなぁ。。。と納得。 * * * でも田舎に行けば何でもあげるよ、ということらしいけどシアボジには財産なんて一切ないんだよね。 いったい何をくれるのかなぁ。。。 またそのうちお参りもあることだし田舎にいってみようっと。
2010年10月27日
ひぇ~ん自分ではけっこう気に入ってたんだけど「やっぱりか~」って感じ。。。 * * * 髪をショートカットにして初めて外出した今朝のこと。 気分爽快で街を歩いてたんだけどふとショーウィンドゥに映る自分の姿を見て愕然。それは紛れもないありふれたタダの40代のおばさん! 家の鏡で見る自分はもっと若々しくってキュートに思えたのに外で客観的に見るとやっぱり《ザ・アジュマ》だわ。この外に出て確認する自分自身がすなわち他人の目に映ってる私の姿。。ってことね。 * * * 病院に向かっているお昼過ぎのこと。 地下鉄の改札口を出て地上へと上がる階段である30代か40代くらいの男性が大小4個のトランクを抱えて登ろうとしていたのだが、ひとりではどうにもならなくてああでもないこうでもないと持ち手を変えたりトランクを上下に積んでみたりと悪戦苦闘していた。 そこで「お手伝いしましょうか」と声を掛けて荷物をひとつ引き受けることにした。 地上まで無事にトランク全てを運んで二人でほっとして顔を見合わせ次にその男性が言ったコトバ。 「どうもありがとうございます アジュマ」 げっ『アジュマ』が余分だよ~~ * * * そしてシアボジの入院する病院で。 午後も3時を回ったので休憩しに病院の屋上野外休憩場へ行って見た。 ズボンの前ポケットにケータイを入れていたのでそれを出そうと一度ベンチに座っていたのを再度立って右手でポケットをまさぐっていると。。。 目の前に通路をはさんでちょうど向かい合うようにして座っていた50代くらいの男性の患者さんが「アジュマ、アジュマ、ズボンのファスナー!」と自分の股間に手を当てながら身振りつきで私に何か教えようとしてる。 「え?」と思って私のズボンを確認してみるとみごとぱっくりファスナーが開いていた。。。幸い見えたのはパンツの生地ではなくやや丈の長い薄手の長袖下着。(それはうす紫色だった、肌色でなくてほんと、よかった) 苦笑しながら片手を挙げて「ああ、あはは、ありがとう」と言うと「もう~ こっちのほうが恥ずかしいからさぁ」と返されてしまった。 。。。ショック 今までこんな対応されたことなかった。「こっちが恥ずかしいよ」ってそれって「おばはんの見せられても困るんだけど」って意味でしょ。しかも、この人も私をアジュマ呼ばわりした。 自慢じゃないけど私アジュマって言われる頻度がものすごく低かったの。童顔で服もカジュアルなもの多いし。いつも30代に見られてたし歳をばらすと「若い~」って驚かれたし(お世辞?) でも髪を切ったとたんなに、この反応は???急に世の中の私に対する視線が変わってしまったとしか言いようがない。 髪型ひとつでとたんにアジュマかいな。。現実にびっくり。。 * * * 午後5時をまわり病院を出てからビジネスマンたちの帰宅ラッシュが始まるソウルの街中勤務時間もそろそろ終わるころのアッパをちょっと会社の前まで呼び出してそこでいつもシアボジの様子の報告会。 いつものように会社の脇のベンチで座って待っていると道を挟んだ向こうから手を振ってアッパがこちらにやってきた。 私のそばに来るなり開口一番 「やぁ、遠くからこうして見ると 完全にアジュマだ」 。。。もういいよ、今日はそれ 聞き飽きた。 アッパいわく、やっと歳相応に見られるようになったってことらしい。 それ喜んでいいのか??(笑) 『素』は若い、、、、てことで?(笑・笑) ただ髪をショートにしただけだというのにとたんにそれが本格的な『アジュマデビュー』となったのであった。 さて、これからどうやって世間と自己認識との間のズレを修正していったらいいのだろうか。。。
2010年10月15日
長かったウェーブの髪をついにばっさり切りました。アジュマのよくやるあのショートヘア。 ちょっとそういう気分なもんで。。。 美容院の先生も「ほんとに切っちゃっていいの?」でも私はこれがしたかったんです♪ いやなことがあったとかそんなんじゃないの。 だからみなさん、私を見て心配したり、びっくりしたりしないでね(笑)
2010年10月14日
明日はフリータイムぅ~~実に10日ぶりの 病院に行かない日。 溜まっていた家の仕事を片付けてそれから少しゆっくりしようと思う。 日に日に良くなっているシアボジだけどだんだん気難しい部分も復活。。。 リハビリも始まっていよいよこれからが正念場。医者の話だと今月いっぱいで退院していいそうだけど どうなるでしょうか。。。?
2010年10月08日
急に寒くなりましたね。 今日なんか、出掛けにカーディガン忘れて薄着のまま家を出たら帰り道寒くて頭痛くなってきた。。 私、寒いとすぐ頭痛くなって調子崩す人。。 今夜は疲れもあるのかなんだか風邪の前兆みたいな嫌な感じなので早く寝ることにしよう。 なあんて言いながら読みかけの ある本が気になって布団に入っても寝なかったりして。 最近、一息つくたびコーヒーばかり飲むので消化器系がなんとなく不調。 おまけに野菜の価格が高騰して野菜を買い控えてしまうせいか家での食物繊維の摂取、足りてないかも~~ どう考えても体調を崩しやすい要素 満載。 気をつけないとね。。。
2010年10月04日
先週から一般病室に無事移ったシアボジはこれから最低1ヶ月以上は入院生活。 なので家族みんなも付き添いを交代でしながら忙しいスケジュールの中病院通いすることになった。 私は先週からもうすでに毎日通いの態勢に入っており片道2時間ほどをがんばって通ってます。 思いもかけなかった介護な日々。しかし病院を出てもこれは続くわけで今後どうなるのか今は予測もつかない。 とりあえず時間との戦いみたいな毎日になってきて家で家事をこなすスピードが恐ろしくアップした。 やればできるじゃん~
2010年10月03日
今年はなんだか締まりのない秋夕だ。まあ、こんな名節もそうそうないけど。 シアボジがその後容態が悪化して(発熱・血圧上昇)急遽、重患者室へ移動。。。肺炎を起こさないようにずっと医師看護士がつきっきりの態勢になったので保護者の私たちは病院に詰めている必要もなくなった。 一日に二回、それも決められたたった30分間だけ面会が許される。重患者室に入室して患者のベット脇に行ける見舞い人はひと患者につき一度に二人ずつ、と人数制限されており大勢で行った場合入れ替わり立ち代りで面会する。 昨日 家族親族あわせて12人が代わる代わるシアボジに面会したのだがみんながどっとやってきて シアボジは興奮していたのかずっと泣いていらした。泣くと言っても顔は泣き叫ぶようにくちゃくちゃになって嗚咽してるのだが何を言ってるのかところどころわからないほど不明瞭で声を振り絞ってるような感じだ。涙も目頭にわずかに溜まるほどしか出ない。 こちらの呼びかけにはちゃんと応じるし誰が来たのかもちゃんとわかっているので深刻な状況ではないと察したが今回 入院してからのシアボジの病状がいろいろと急速に変わっていったことを考えると私たちは誰も油断はしていない。 昨日はアッパから「いよいよ喪服準備」と指示が出た。私たち夫婦の、親たちにたいする意識がもうそれまでのものとは違うというのは言うまでもない。 今すぐどうこう、ということはなくともいつも心の準備と経済的な準備はしておかないと。いよいよこれからは《本当の大人になる》ってことだ。 日本の祖母が数え100で亡くなった時も私は喪服を買わないで済ましたものだ。喪服を準備したら祖母がまもなく亡くなってしまうようなそういう「縁起でもない」という思いがあったから。 でも《親を見送る》となると、違う。かなり現実的なのだ、なんといっても責任が伴うし。すべてにおいての準備が必要になってくる。 私たち夫婦にはいままで親の介護とか扶養の必要性がまだまだずっと遠いところにあったのでけっこうのんきと言えばのんきだった。それが今回 一気に身近になってきた。 住むところも新たに考えなければならない。生活スタイルもがらっと変わるかもしれない。今まで出来ていたことがもう出来なくなるかもしれない。 そういうことを、それでもまだこの秋夕はぼおっと考えながら過ごしている。 何かが急に起こっても慌てない心構えってなんだろうか。。というようなことを落ち着いて考える機会が思えば、この秋夕に与えられたのだろうか?
2010年09月23日
私が韓国に嫁に来てはじめてクンチプ(本家)であるウチがチェサ料理を一切しない名節となりそうだ。 シアボジが入院中なので名節の料理どころじゃあない。 今日シアボジの病院に面会に行って来た。私1人で娘三人つれてはるばるソウルのほとんど端っこまで、 片道 約2時間半!! 身体的な状態は思ったよりは良さそうだったけど 付き添ってる義姉によると精神的な面では不安定だということだ。 手術は無事に成功しているので今後はリハビリやらメンタルな部分が心配。 とりあえず今はきちんと会話が出来るような状態に戻ることが大事な状況といえそう。 近いうちにまた行く予定。
2010年09月19日
今日、寂しいふたつの《お別れ》があった。 近所の長い付き合いだったチキン屋さんのアジョシが今日限りで店を辞めたのと、ソウルに住むシアボジが入院先の病院で左足の膝上を切断し、ご自身の左足を失ったこと。 チキン屋のアジョシには娘たちが小学校に上がった頃からだからもうかれこれ6年間もお世話になったわけだ。 学校帰りに店に立ち寄ってはアジョシとPCゲームしたりチキンをおやつにごちそうになったり 私が娘たちの帰宅までに家に戻れないときには娘たちの待機場所はいつもアジョシの店だった。当時はケータイを持たせていなかったので 店の電話をお借りして何度娘たちとやり取りしたことか。。 それから私はというと業務用の粉をこっそり分けてもらったり(秘・笑) アジョシはもうハラボジなのでチキン屋やるのも、だんだんしんどいんだって。バイクで怖い事故もこの1~2年、何度か経験しているし。でもまたどこかで他のお店をすると言っていた。 今日は娘たち一人一人が書いた感謝の手紙と私からはネクタイと花束を贈った。 明日から店の前を通ってももうアジョシはいないんだなぁ。。店先にいつも停めてあったバイクも、もうない。 なんだかさびしいというか、心が切ない。 * * * * * そしてシアボジはまさかこんな結論になるとは思っていなかったので大変ショックだった。 1~2ヶ月まえに我が家の最寄の駅まで1人で地下鉄に乗って来られたことがあったのだがそのときからちょっと気になってはいた。 少し歩くともうそれ以上歩けなくて、すぐしゃがみ込んでしまわれた。回復するとまた歩き出すのだが、その歩みがものすごくゆっくりでこんなに不自由なのによくこんな遠くまでお1人で地下鉄を乗り継いでこられたなぁ。。と内心驚いたものだ。 そのときは、てっきり膝関節が痛いのか、足腰がだいぶん弱られたのかなぁ、くらいに思っていた。 でもそういう場合はだいたい遠出からしてあきらめるだろうなぁ、と今となっては思う。 シアボジの場合、すこしずつ足の血管が末端から徐々に詰まっていって(↑これ訂正、あとで調べたところたぶん閉塞性動脈硬化症といって膝上で血管が詰まり足先から壊死がはじまる症状では?)だんだん血流がなくなって足が冷たくなりどす黒く変色し、痛みも増していったらしい。 痛みに耐えられず周囲に訴えた時にはもうすでに手の付けようのない状態だったという。 最初に足の切断の可能性を告げられたのは今回入院して手術を受けた大学病院ではなくトンネ(町)の小さな医院だった。 そこで「これは切断しないとだめだ。急を要するから早く大きな病院へ」といきなり宣告されて、付き添っていた義姉は「とんだ藪医者だ、馬鹿も休み休み言え」という反応だったしそれを聞いた他の家族もみんなその医者の言うことは信じなかった。 でも結果、その町医者は正しかった。藪なんかじゃなかった。 うちの家族のほうが見る目がなかった。シアボジがこんなになるまで誰も気づかなかったなんて。 事情があってずっと1人で暮らしているシアボジ。気難しいところがあって我々家族もなかなか扱いに苦労しているのは事実だけどこんな結果はあんまりだと思った。 1人暮らしのシアボジに家族はみんな出来る限りのことはしてきたけれど結果、誰も途中で異変に気づくことが出来なかった。 もちろん、そこに私もしっかり含まれている。 あのときなんでシアボジの足をさすってあげたり「ちょっと見せてください」といって足の状態を確認しなかったのか。 たとえ足の状態を確認しなかったとしても私がもっと心配性で大げさな嫁であったなら家族に「いいんですか?まずいですよ、シアボジ歩くのも精一杯な状態なんですよ」とか大騒ぎして早々に病院に連れて行くことを強く勧めていたかもしれない。 でも私も長年の惰性なんだろうか、家族と同じ波長でシアボジに対するようになっていたんだろう、ひとりだけ血の気の多いキャラになって浮くわけにも行かずそれがすごく悔やまれる。 でも もう、いまさら何考えたって失われた左足は元には戻らない。 シアボジは手術のことを聞かされたときから精神不安定な状態だったという。今はそちらのほうがもっと心配かもしれない。 明後日、逢いに行こうと思うのだが。。。付き添っている義姉に様子をよく聞いてからにしようということにしているので、まだ未定。 切断手術をすることになったと聞かされたシアボジ。まったく心の整理がつかないまま呆然とした状態でなす術もなくそのまま手術に臨み麻酔からさめたらやがて左足がすでに失われたことを知り。。 この事実をこれからどう受け止めていくのだろうか。いったいこれからどんな心の葛藤と向き合わなくてはならないのだろうかと思うとあまりにも酷すぎる。 それと同時に、これから私たち家族はこれまでのいろんな家族間の《もつれ》を解いて1人1人がきっちり清算作業をしていかなくてはならないそういう時が来たのだ、というふうに思えて仕方ないのだ。
2010年09月17日

日帰りでプサンに行ってました。睡眠時間ゼロで夜明けに出発 新しく始めた仕事関連のイベントで。大音響でレーザーが飛び交うなか8時間以上居た。。。 楽しかったけど、次の日はバテた~~
2010年09月16日

過去日記、更新ちゅ! 5.18関連のヤミ出版冊子を買った義姉の家に遊びに行ったので、「こないだ光州に行ってきたよ」というハナシをちょうどしたところ義姉が一冊の本を出してきた。 それが ↓ 『死を超えて 時代の闇を乗り越えて』(タイトル・りりあん訳) 義姉はこれを3回読んで、そのたび泣いた、という。 そういえば、昔この本、義姉が読んでるのを見たはず。 この本も書店には出回ってない本だ。そしてこの本の巻末には5.18事件の負傷者や拘束者の名簿があってそこにウチの親戚の名前が載っていた。。。。 民主化運動に積極的に加わった人間がやっぱり身近にいた。いとこにあたるその人は当時全南大学哲学科の学生だった。 というわけでなんだか私にはいよいよこの事件がリアルになってきた。 本の内容はかなりこと細かくてとりわけ死体の描写がすごいと義姉が言っていた。また死体かぁ。。。と思ったけど(苦笑) まあ この日からぼちぼち読み始めています。でも読後に現実の世界に戻ってくるのしんどいよなぁ。。。(笑)
2010年08月24日
過去日記、更新中! なんだか拍子抜けしてとりあえずコーヒー飲んでブログ書いてる。掃除して片付けして待機してたんだけどね。。。 日本語教えてる大学生の女の子が約束の時間20分まえにキャンセル入れてきた。 まあね、いいの。私も急にいただいた自由時間だし。 ちょっとたまってた家事でもしますわ。トイレのタイルの目地を白くする作業とか~
2010年08月17日

五味子(オミジャ)ってご存知ですか?私のブログでもときどきご紹介してますが実をただ冷水につけておくだけでこんなにキレイな飲料ができるんです。 気管支や腎臓によいということですが私はあの酸味がなんともスキでとくに夏には好んで飲んでます。 で! このオミジャ茶、娘たちはすっぱいだの苦いだの言うので蜂蜜を加えて飲みやすくしたものを冷蔵庫で保管してました。 メシル茶(梅エキスの飲料)も併せて愛飲していたのでオミジャ茶がしばらく半分くらい残ってたんですがこれがなんと、気づいたら 発泡してた! それがほんとにサイダーみたいにじゅわ~っと気泡が上がってるの。飲むと喉に爽快感♪ わぁ~ 何これ~なんでこうなるのかわからんけど美味しいやん~~ で、次の日また飲んでみるとこんどはスパークリングワイン??アルコールっぽい深みを感じる。 これはどうやら発酵したらしい。 わーい すごいすごい~♪ 昔の人はこういう発見をしてさぞかしうれしかっただろうなぁ。。 私もまだ誰もあまり知らないだろう『オミジャサイダー』に出会えてうれしいです~
2010年08月16日
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