マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2011.11.06
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 ためらう体 

11月3日(木)文化の日。仙台駅で駅弁を購入し、仙台空港アクセス線に乗る。3月の大震災でこの鉄道も被害を受け、再び開通してからまだ2か月も経っていない。海岸部に近い仙台空港が津波に襲われた映像がまだ脳裏に残っている。大きな飛行機が流されて行くと言う信じられない光景だった。

空港が近づくと背伸びして海岸部の様子を素早く窺った。鬱蒼と茂っていた松林が、かなり疎らになっている。瓦礫は撤去されているものの、震災前とは明らかに眺望が変わっている。那覇行きの便は定刻に飛び立ち、眼下には阿武隈川の流れと福島の山地が見えた。次に見えたのは那覇空港。その間はずっと雲に覆われ、地上の景色は見えなかった。

南に向かうに従ってその雲が白さを増し、徐々に夏のような雲に変わる。この間にかなり読書が進み、睡眠も少し取れた。「那覇は曇り」と機長のアナウンス。渡嘉敷の島々も着陸直前に僅かに見えただけだった。空港ビルに下り立つと、さすがに暑い。鮮やかなカトレアがいつものように私達を迎えてくれた。

名護行きの急行バスを待つ間にも読書。曇りなのに眩しく感じるのは、きっと光の量が違うためだろう。車中から那覇市内や高速道路の風景を眺める。道路のノリ面に、黄色のユウナやピンクのブーゲンビレア。かつての職場前を通過し北部へ向かうと、バスは停留所のある一般道へ何度も出入りする。

その景色も懐かしい思い出。そこは2年前の「東海岸縦断」の際に走った国道329号線だ。宜野座(ぎのざ)を過ぎるとバスは西行し、太平洋側から東シナ海へ向かう。両側に原始林が見え、北部のヤンバルが近づいたことを実感する。世富慶(よふけ)で下車。ここは名護市の南部で、中心街から少し離れている。

1年ぶりに「沖縄ソバ」を食べようとビルに入ったが、どうも様子がおかしい。ソバ屋は引っ越して、ファストフードの店に変わっていた。20年以上も前に沖縄へ赴任した頃、このソバ屋は盛りが良く美味しいので有名で、かなり繁盛していた。それが一昨年寄った時はやけに寂れて驚いたのだが、今年は姿が消えた。どうやら沖縄の状況も、どんどん変化しているようだ。

弁当屋で弁当と野菜サラダを買い、コンビニで泡盛と味噌汁を買ってホテルへ。ビジネスホテルでは夕食は出ず、付近にも食堂がないため食料を持ち込むのだ。チェックインを済ませて自室へ行き、先ず空調機のスイッチ。那覇空港ではトイレで半袖シャツに着替え、ステテコを脱いでいた。もちろん温度調整のためだ。

バスの中では軽い頭痛を感じていた。車中のクーラーのせいだ。内地との温度差が大きいため、体も恐る恐る反応するのだろう。翌日60kmを走るとなれば、沖縄の気温に素早く体を慣れさせる必要がある。今回は4年越しの「沖縄本島単独一周」を達成する旅だが、弁当と泡盛で密かに闘志を燃やす私だった。第一夜は10時過ぎに就寝し、翌日に備えた。<続く>







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Last updated  2011.11.06 10:59:09
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