マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2012.08.30
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カテゴリ: ランニング全般
≪ レース その魅力と魔力 ≫

 練習が日常的なものであるのに対して、レースは非日常的なものと言えるだろう。「なぜレースに出るのか」と聞かれたら、「それは楽しいから」と答えるランナーが多いと思う。レース独特の雰囲気による気持ちの高ぶりや、走り終えた後の達成感は練習では得られない。走友との再会、沿道の応援、苦しんだ後のゴール。それらの全てが大きな喜びに変わる。

 レースへのエントリー料金も、案外馬鹿にならない。100kmレースの場合は1万5千円前後が相場だろう。これに対してフルマラソンは5千円前後のものが多いように思う。だが最近のランニングブームを反映して、高いエントリー料金を徴収するレースが増えて来た。「東京マラソン」は1万円だし、「京都マラソン」はさらにその上を行って1万2千円。それでも抽選に当たらないほどの人気ぶりなのだ。

 高いエントリー料金を払う代わり、ランナーはレースでの「安全」を保障される。レース中の飲みものや食べ物、リタイヤした時の収容バスに、怪我をした際の手当など、1人で走る場合とはかなり環境が違う。だからこそランナーが安心して走れる。それでも危険性が全くないかと言えば、そうでもない。体調管理はランナー自身の問題だし、何が起こるか分からないのがレースだからだ。

 私の初フルは今から23年前の45歳の時。走ったのは当時赴任していた沖縄の「NAHAマラソン」。12月のレースにも関わらず、気温は26度もあった。そんな暑さの中で42kmも走るのは初めての体験。「高温下での長時間走の実験」が私の初フルだった。結果は37km地点で猛烈な痙攣が起き、10分以上道端で倒れていた。そしてゴール後も繰り返す痙攣に苦しんだ。

 原因は大量の発汗に伴うミネラル分の喪失。これによって体内のイオンバランスが崩れ、痙攣を引き起こす。フルマラソンを走るランナーなら誰でも知ってる常識が、この時の私にはまだ備わっていなかった。5時間22分29秒のワースト記録。それが私のほろ苦いデビュー戦だった。

 熱中症の典型が2006年の「奥武蔵」(距離75km)。涼しい仙台から猛暑の埼玉へ移動し、体が高温に対応出来なかったのが原因だった。フラフラ状態で標高千mの山に登り、そこから下った。レース中に膝痛が出たのが1996年の「和歌山城ー高野山往復」(距離110km)。こちらはレース前に500回のスクワットをやったのが原因だ。高野山からの下り坂で骨折したランナーを見た。コースの厳しさを知る地元ランナーは出場しないと聞いた。道に迷った場合は自分でゴール地点に戻るのがルールで、膝の痛みに耐えながら走った最初のレースだった。

 2008年の「立山登山マラニック」(距離65km、高低差3003m)では、雨中難所の八郎坂で20回ほど倒れ、左足が腱鞘炎になった。この回から制限が1時間短縮されたのと、勤務による疲労で無理をしたのが原因だった。それでも収容バスに乗らず、標高2450mの室堂ASまで自力で走った。この年はゴールの雄山頂上(標高3003m)で遭難騒ぎが起きたほどの悪天候だった。

 2006年の「佐渡島一周」(距離206km)では、レース中に幻覚を初体験した。道路工事のポールがピョンピョン飛び跳ねたり、木材の年輪がサルの顔に見えた。2晩寝ないで走り歩くため、疲労の極限でそんな現象が出るのだ。翌年の「佐渡島」では幻聴の初体験。今度は波の音が人間の声に聞こえた。2009年の同レースではゴール目前で同じ場所を3度往復した。極度の疲労で距離感が狂い、パニックに陥ったのだ。

 レース中に物が二重に見えたり、ゴール後目の前が真っ白になったこともある。舌が痺れたり、味覚がおかしくなったり、吐き気がしたりするのも、大量の発汗での体調悪化が原因で、水分の補給、塩分(ミネラル分)の補給が大切なのはこのためだ。特に夏場のウルトラマラソンは要注意で、今では「アスリートソルト」などを携行している。

 フルマラソンでのリタイヤは3度。「NAHA」(沖縄)と「青島太平洋」(宮崎)では中間地点でレースを止めた。NAHAは疲労骨折の後遺症が心配だったためであり、青島は体調不良だった。「吉備路」(岡山)は32km地点で離脱。原因は岡山の悪友が前夜飲ませた70度の酒。確か沖縄県与那国島の泡盛「ドナン」だったように記憶している。酒が原因でのリタイヤはこの時が最初で最後だった。

 暴風雨の中でのレース(八丈島一周:62km)など冒険談も多いが、これくらいにして置く。最近では加齢による走力の低下と、不整脈による体調不良でのリタイヤが増えた。ランナーとしては残念だが、誰も歳には勝てない。今年は2度の不整脈手術を行った上に、腱鞘炎と足底筋膜炎までが発症して、全く走れなくなった。それがゆっくりとでも再び走れるようになったのは、奇跡と言えるだろう。

 今は来年のレース復活に向けてリハビリの最中。かつてのスピードとフォームを取り戻すのは困難だが、たとえどんな走りであってもレースに出られるだけで嬉しい。もちろん制限時間内でのゴールを目指すが、途中リタイヤでも悔いはない。果たしてどこまで復帰出来るか楽しみだ。神様が再び走る機会を私に与えてくれたことに、心から感謝している。<続く>





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Last updated  2012.08.30 11:14:09
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