マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2018.03.11
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テーマ: 短歌(1746)
カテゴリ: 短歌
~わが貧しき鎮魂の歌~

 あの東日本大震災から今日でまる7年を迎える。天地がひっくり返ると感じたほど、大地が揺れたあの日。仙台の我が家でも、大きな振動が連続して起きた。電線は波のように揺れ、地面からは地下水が湧いた。電気は4日間、水道が1週間、そしてガスは35日間も使えず、寒さに震え、余震に怯えた夜が続いた。

 停電が治まった時、TVに流れた画像を見て驚いた。わが故郷東北は、これほどまでに被害を受けたのか。海では流れる油が炎を上げ、空港では練習機が津波に流されて行く。町に乗り上げた船、破壊されたビルや住宅。あれほどまでの地獄を私は知らない。

 大津波と避難の在り方を巡って、いまだに裁判で争っているケースもある。両親が亡くなったのは、下校途中の自分を探したためだと思い込み、未だに笑わない子供の存在を、あるドキュメント番組で知った。原発事故で故郷を失った多数の町民。未だに仮設住宅に留まる町民や、孤独死もしばしば見られる。あれから7年。未曽有の大震災から今日でまる7年を迎えるが、被災地の復興はまだまだだ。

 亡くなられた多くの犠牲者の冥福を祈り、今も苦しみ続けている被災者の皆様に、この拙い短歌を捧げる。



  <白い山茶花の写真はネットから借用しました。この場を借りて御礼申し上げます。>


     この一年被災者に笑み戻りしか 未だに続く裁判もあると
     新しき堤防道路避難所も されどこころの復興はいつ
     笑わない子に育ちたる遺児ありし 父母(ちちはは)の死は自分のせいと

     目に見ゆる地上の復興進みゆく 海底はまだ瓦礫の山か
     美しき山河裂けたるあの地震(ない)を 思い出す日の少なかる現在(いま)
     破れたる校舎は震災遺構なり 子らの声なき無人の校庭

     わが親をわが子を飲みし大津波 降りしきる雪の記憶は消えず
     眼底(まなそこ)に今もくっきり震災の映像残るあれから七年
     故郷に二度と帰れぬ哀しみよ 原発災害の犯人は誰

     震度五の余震の夜も幾たびか 止めようもなき記憶の風化
     新しき街が出来ても忘れまじ 「津波てんでんこ」避難優先*
     孤独死の現実仮設住宅地 いまだに続く震災の余波


  *「津波てんでんこ」とは、被災地に昔から伝わる言葉。もし津波が来たら、家族がどこにいるかと探していないで、先ずは自分1人だけでも安全な場所に逃げなさいとの言い伝え。その方が助かる確率が高まるとの、体験から来た貴重な教訓だ。上の12首は昨日の朝に詠んだ作品です。合掌。





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Last updated  2018.03.11 00:00:51
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