マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2020.12.13
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<エピローグその1>



 I君とは仙台空港で別れた。彼は一足早くアクセス鉄道に乗り、仙台へ向かった。私は預けていたバッグを受け取り、次の鉄道で自宅へ向かった。もうすっかり夜だ。その日の那覇は好天で24度まで上がった。だが夕方の仙台は10度。私は慣れているが沖縄の気候に慣れたI君は、寒くはなかったろうか。それよりも仙台から無事盛岡行きのバスに乗れただろうか。



 N駅で降りると、偶然にもわが家方面に向かうバスが待っていた。これは超ラッキー。ところがどっこい。バスを降りる時にバランスを崩した。右手に持ったキャリーバッグが重い上、バスのステップと歩道に段差があった。つかまる物がなく、私は「たたら」を踏んだ。だが転ぶこともなく何とか踏ん張った。
次の鬼門はわが家の外階段。ここでもよろけたが、咄嗟に垣根を掴めた。危ない危ない。ほんの一瞬の間だった。



 玄関に入って先ずやったのが、キャリーバッグの車輪を拭くこと。これで室内に運べる。次に4日間ですっかり萎れた、植木鉢への水やり。それからようやくカーテンを閉め、全ての洗濯物を洗濯機へ。水量は50リットルで良いだろう。それからカバンの中身を区分。洗面具、各種資料、お土産などなど・それらを所定の場所に仕舞い、4日ぶりにパソコンを開けた。



 メールはざっとタイトルを見て全部消した。ブログは留守中に結構なアクセス数があった。そして思いがけないものを発見。なんと那覇で夕食を摂るために3日連続で通った居酒屋の店長、Sさんがコメントしてくれていた。これには正直驚いた。本当に不思議な縁。わずか2回カウンター越しに会話しただけだったのに、今ではでーじ(沖縄方言で大変)懐かしい人になっていた。

  沖縄のお守りサングァー(1)

 彼の書き込みによれば、私が転倒もせずに2回とも無事だったのは、きっとサングァーのお陰だと。写真がないため、ネットから借りた。彼が最後に別れる時にくれたものに、雰囲気が似ていた。本気で彼が私のことを心配して、新しい物を渡してくれた。それを小銭入れのファスナーに付けた。その小銭入れにも実は今度の旅で大変な出来事があったのだ。それはまさに奇跡。不思議なことの連続だった。

       本来のサングァー   

 本来のサングァーはこんな風にススキの葉を結んだもの。それを母が子の安全を守るためとか、家に魔物が入るのを防ぐためとか、お弁当が腐らないようにとか、そんなことを願って作る物のようだ。何と素朴で、しかも愛情深い文化なのだろう。それを本土からやって来た旅の男にわざわざ渡してくれたのだ。それが沖縄本来の優しさだと思う。確かにこれは効いた。島ラッキョウの辛さも効いたのだが。びっくり



 遅い夕食を摂り、ようやくいつもの薬を飲み。戴いたコメントへ返事を書き、無事帰宅した挨拶を翌日分のブログとして書き、風呂に入って横になった時は翌日の1時くらいになっていた。実に長い一日だった。唇にピリピリ感が出たのが心配。疲労が重なると現れる「口唇ヘルペス」の前兆。島ラッキョウの影響なら良いのだが、翌日これが果たしてどんな風になるか。<続く>





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Last updated  2020.12.13 00:36:00
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