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昨日の昼は、買田の交差点付近で黄色回転灯を発見!こんな店あったかな?仲南町のカフェレストFAMILY。日替わり850円。普通だけど、小鉢も付いてるのでそれなりと感じるランチ。コーヒーなしの価格もあったと思うが、コーヒー付きの値段。いたって普通の喫茶店だけど、店内に大衆演劇のポスターやチラシが。聞くと横にある劇場と同じ経営なんだそう。屋号は扇子家。近いとこでは、清元の家元の子(右近の兄)が来るイベントも行われるようだ。そうか元々道しるべといってた店がリニューアルしたんだ。土・日・祝が、休みなのは舞台のためだな。
2026.06.03
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昨日は徳島県の箸蔵寺の重文建築物群を石段を登り降りしながら見て歩く。建築の方向性が一貫しており彫り物に手が込んでる。生涯に重要文化財の半数以上を見ようとすると、今後月に30件を10年間見続けなければならない。大規模な美術展なら一気に稼げるが、ないときは地道に1件1件稼ぐしかない。6月に入ると春の展覧会期間がほぼ終わって、もうそんなに見られない。車で1時間ほどで行ける箸蔵寺に目標を定めた。宝珠山 真光院 箸蔵寺、本尊は金毘羅大権現。箸蔵寺が建ってる山の名を箸蔵山(719.7m)という。地図を見ると山頂から南南東に延びた尾根のピーク633mが境内の北側にあるがこれが院号由来の宝珠山かな。空海が瑞気を感じ登ったところ金毘羅大権現から 「箸を挙ぐる者、我誓ってこれを救はん」というお告げを受けて開山したと伝わる。讃岐の金刀比羅宮が神仏分離令前に象頭山金毘羅大権現と称し松尾寺金光院が別当だった時代から、こんぴら奥の院と称してきた。分離令で真言宗 御室派 別格本山の箸蔵寺となったが今も神仏習合が強く残ってる。2つの距離は20数キロ。伝説が残る天狗さんならひとっ飛び。重文は、標高の高い順に御本殿・天神社・薬師堂・鐘楼堂・護摩殿・本坊(写真もその並び)。薬師堂の附 厨子も覗いて見た。最近の指定で指定番号が同一だからこれだけ見てもカウント1件。江戸時代の2回の火災後のいづれも安政以降の江戸末期の再建なので建物がこれだけ立派でも国宝昇格は難しいだろうな。護摩堂前の一対の灯籠は金毘羅信仰が篤かった七代目市川團十郎の寄進。天保の改革で江戸を追放された歴史的有名人であり、歌舞伎十八番を定めて市川宗家のブランドを確立した人物。團十郎と7人の子の名が刻まれる。右端には「七代目海老蔵」とある。すぐ隣が倅「八代目團十郎」だから、團十郎の名を子に譲って海老蔵になった後のもの。だとすれば海老蔵の「五代目」のはずだが、あえて團十郎の代数(七代目)を記したのだろう。1859年に亡くなる。一番左にある「権之助」、のちに明治の歌舞伎界を牽引し、今でも「九代目」といえばこの人を指す、劇聖・九代目市川團十郎のこと。当時は市川家から河原崎家に入ってた。1854年に八代目が亡くなった後も河原崎家で活躍し、1869年に七代目河原崎権之助を襲名、1874年に市川家に戻って九代目市川團十郎となった。そう、この灯籠に刻まれた名前は、時系列的に少し合わない。箸蔵寺の公式サイトに、この謎に関する詳細な考察が載ってた。七代目・八代目・九代目團十郎は幕末から明治の激動の時代を生きたエピソードの多い人たちで、初代は別格として、今も市川宗家が宗家として存在する、歌舞伎が伝統芸能として継承されてるのはこの人たちの功績!以上で重文終了。本殿の横の奥にある県有形文化財指定の移築された観音堂。桃山様式の境内で一番古い建物になるが移築だからか重文には届いてない。登録文化財が本殿脇にある手水舎、本坊入口の中門、ロープウェイから見下ろす中腹にある仁王門・高灯籠。ロープウェイは吉野川を見ながら本坊のところまで数分で一気に登るから、本坊から仁王門までは降りるのに13分。往復券を買ったので仕方なく23分もかけてまた登った。下までは距離があったけど片道券買ってそのまま降った方が安いのは当然として多分早くて楽だった。国道32号の猪の鼻峠がトンネルになったので山道から解放され快適に着ける。旧道に比べると迂回して折り返すことになるから時間は変わらないかもしれないが、直線で走り易い。車道を仁王門まで登る選択肢もあるが複数なら人数分のロープウェイ代の節約になるからありだけど、1人なら細い山道の離合を考えるとロープウェイ一択。なお、仁王門前の駐車スペースは充分あった。写真では分かり辛いが、手水鉢(手水舎のじゃない)の右上にも左下にも蝶か蛾が飛んでる。麓から山上までのいたるところで群れをなして舞ってる。モンシロチョウのようにヒラヒラ舞うのでなく勢いがある直線に近い飛び方。黒っぽく顔先端の風貌も見慣れた蛾とも違い最初は何という虫?と思った。止まったのを観察すると羽を合わせてるから蝶、羽根の上に黄色の斑点その下がオレンジ色。速さで飛び回るので寄れず、写真も上手く撮れない。ネット検索では種類不明。お寺の人に聞くとテングチョウの異常繁殖だそう。天狗伝説の箸蔵寺での天狗に似たテングチョウの乱舞!
2026.06.02
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昨日の昼は、徳島県三好市の御食事処 阿讃。日替わり650円もあるが、うどん定食600円。細めで、クネクネと曲がった麺。鳴門うどんみたい。これ思ったより美味しい!香川県と徳島県の最低賃金は徳島の方が高いけど、価格帯はこっちが安いように思う。4人掛けテーブル6席の部屋と宴会場を区切った和室がある。地元のビジネス客に混ざって年配の客も。外観はどう見ても昔のドライブイン仕様(笑)。
2026.06.02
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昨日で5月も終わり、楽天ブロ活のポイントが4月は2ポイント、5月は4ポイント。年金生活の足しにもならんやん(笑)。さてさて昼前に、高松市の西インターから近い正花(華)寺(しょうけじ)に向かう。天平年間に行基によって創建された松慶寺の子院と伝わる。重文 木造菩薩立像を拝観。開帳の時刻前から車や徒歩でそこそこ人が集まって来てる。唐招提寺の衆宝王菩薩立像の写しとされる。唐招提寺像は唐風の彫刻であるが、正花寺像はやや和風化されてるといわれる。当時からどうだったかは別として彩色がなく鑿の跡が見える。科学調査でなく他の仏像との比較により奈良時代末頃と推定、香川県最古の像である。周辺は中間郷として東大寺や唐招提寺の封戸だったと聞く。収蔵庫である観音堂に安置されてる他の3躯の仏像は釈迦の二大弟子の舎利弗と目連と霊照女、合ってるかな?高齢だった住職が数年前に亡くなられてから無住。檀家はゼロなそうな。で宗派に属さない単立寺院みたい。知合いによると昔は事前連絡して住職に案内してもらったそうだ。ネットを検索すると伽藍は戦国時代の長宗我部の兵火で本尊不動明王とも消失。江戸時代には寺の北にある山崎八幡宮の別当寺となる。神仏分離令で廃寺、その後再建。高野山真言宗に属した龍尾山正花寺と思われるが裏付けは取れず。東京芸大の報告書では、ヒノキ材、像高:149.4cm、髫部正中の錐点よりの高さ139.4、台座:13.0。例年元日に開帳されてたようだが今年はそれが出来ず昨日の開帳となった。遠くの親族が管理をしてて開帳に合わせて準備に戻って来てる。撮影の可否を管理者に確認して撮影。管理者の知る限り重文仏は以前は本堂に安置されてたそうだ。
2026.06.01
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