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猫 広くはネコ目 (食肉類) ネコ科の哺乳類のうち小形のものの総称。 体はしなやかで、 鞘に引きこむことのできる爪、 ざらざらした舌、 鋭い感覚のひげ、 足うらの肉球などが特徴。 一般には家畜のネコいう。 エジプト時代から 鼠害対策 としてリビアネコ (ヨーロッパヤマネコ) を飼育、 家畜化したとされ、 当時 神聖視 された。 現在では 愛玩用 。 在来種の和ネコは、 奈良時代に 中国から渡来 したとされる。 ・・・( 『広辞苑』 ) 一般に猫の鳴き声として周知されている ニャンニャンニャン ・・・に因んで、 この日・・・ 2月22日 は 【猫の日】 なる記念日に制定されています。 元より、 純然たる遊び心から発したものでしょうから、 日付自体は別に何日でも宜しく、 深く考える必要はなさそうです。 ニャンニャン ・・・に短縮して、 2月2日 でも良かったのではないかと思われます。 或いは、 また・・・。 ニャ~ ・・・と聞こえるなら、 2月8日 。 ミィ~ ・・・なら、 3月1日 。 ミィ~ミィ~ ・・・なら、 3月3日 若しくは 3月31日 。 そして・・・。 ナゴ~ ・・・なら、 7月5日 。 個人的には、 この 7月5日 をこそ【猫の日】に推したい所なのです。 実は。 ナゴ~は、 千年の昔から猫の鳴き声として認知されて来たものの様に思われるからです。 私の愛読書でもある『更級日記』 から、 治安2 (1022) 年5月の記事を一部引用します。 ・・・夜更くるまで、 物語をよみて起きゐたれば、 来つらむ方も見えぬに、 猫のいと なごう 鳴いたるを、 驚きて見れば、 いみじうをかしげなる猫あり。 この場合の なごう は 【和やかに】という意味ですが、 ながう の誤りで、 正しくは【長く】という意味なのだとする説も有ります。 ただ、 私としては・・・。 何れの場合で有ろうとも、 同時に猫の擬声・・・ナゴ~という猫の鳴き声そのものをも表現しているのではないかナ・・・と見ています。 仮にそうだとしたら、『更級日記』は、 一千年前の猫の鳴き声を如実に伝える貴重な資料という事になるのかも知れません。 とも有れ、【猫の日】の候補となる日付なら、 それこそ幾らでも思い浮かびますし、 むしろ猫好きにとっては毎日が猫の日みたいなものと云った方が良いのでしょうか。
February 23, 2020
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1943 (昭和18) 年 日本軍、 ガダルカナル島から撤退を完了。 南東太平洋ソロモン諸島ガダルカナル島。 距離の遠大に伴う補給の困難を克服し得ず、 際限のない消耗戦に引き摺り込まれ、なけなしの航空兵力を滅尽してしまった果てに、 漸く···大本営はガダルカナル島の奪還を断念。 御前会議に於いて、同島からの撤退について天皇の裁可を得たのは、1942 (昭和17) 年12月31日の事。 既に作戦部隊としての内実を失い、 飢餓と疫病に苛まれながら、 ただ死を待つのみであった日本軍将兵を救出する為、海軍艦艇を大量に投入しての一大作戦が決行されたのが、翌1943 (昭和18) 年2月1日の事であった。 その作戦最終日···1943 (昭和18) 年2月7日。 最後の部隊数千名は、夜闇に乗じて海岸線に接近した駆逐艦群に分乗し、ガ島から脱出。 三次にわたる撤退作戦は終了した。 太平洋方面の戦局は、 同じ年の後半、 圧倒的物量を擁する米軍の本格反攻が開始されると、 その攻勢正面に位置する島々では守備隊の玉砕が相次ぎ、 凄惨な掃滅戦の様相を呈する事となるのであるが···。 戦局が然まで悪化していない時期に実行されたガダルカナル島撤退作戦は、 北太平洋アリューシャン列島キスカ島からの撤退作戦 (同年8月) と共に、 多数将兵を玉砕の運命から救った、奇跡的な成功例とされている。 確かに、人命が極度に軽んじられた先の戦争にあって、両撤退作戦は希有な戦例として記憶されるべきではある。 然しながら、そもそも···激烈な争奪戦を生起せしめる端緒となったガ島への飛行場推進計画にせよ、アリューシャン作戦にせよ、如何に無謀で、如何に杜撰な見通しの下に立案されたものであったか。 それを如実に物語っている事も見逃してはならない。 端なくも日本の戦争遂行能力の限界を超える戦争であった太平洋戦争の縮図を成すものであったと云い得るのである。 ···さして広くもない島内で優勢な米軍と対峙を続けている状況下での撤退は、 キスカ島の場合の様に整斉と行われたわけではなく、混乱と恐慌を伴わずにいなかった。 自力で動けぬ傷病兵は残置せざるを得ず、自決を強要された者も少なからずいたのである。 また撤退後、野戦病院に収容されたものの、回復し得ぬまま、息を引き取っていった兵士も数知れなかった。 とも有れ、半年間に及んだ ガダルカナル島争奪戦 は、 日本軍の惨憺たる敗北に終わった。 作戦期間中に於ける上陸兵力 31,400名中戦死 ・ 戦病死 20,800名。 米軍との直接戦闘による死者数 (5,000~6,000名) を、 餓死者とマラリア等による病死者の合計数が遥かに上回っていた事がガダルカナル地上戦の最大の特徴であった。
February 7, 2020
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