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HOVの会員はかわいそうだ。つくづくそう思う。以前ビリーのブートキャンプが流行った時なんか懐かしい感じがした。というのは7年くらい前、うちの教室でやっていた事と大分似ている点があるので。そのころよく,合気道とヒップホップダンスを融合させて関節技をファンクリズムに乗せてレッスンしてた。圧倒的に違うのは技を決めるために二人一組でやった事。リズムにノる、だけでなく互いの息を合わせる、というコミュニーションをとても重要な要素としてた。さて、なぜうちの会員は可哀想か。それは最近改めて速聴の効果を実感する事があってこれを会員にも能力開発として伝えるべきリズムトレーニング、ダンスとして伝え始めていたところ突然,「大事なのはやっぱ、合気とファンク!!」と思い出し新しい動きを考案。明日のレッスンでそれを教える。かなりしんどい。疲れる,というよりものすごい複雑な動きプラス速いので覚えるのが大変。だからこそそれが、脳のトレーニングになるのだけど覚えるのも大変,やるのも大変。さっき、あれこれ考えまとめて自分で5分ほどやったらもう、汗が止まらない。かなり激しい動きだ。明日,うちの会員はこれをやらされる。HOVの歴史の中でもめちゃくちゃハードルが高い動きだ。だから可哀想。しかしもっと可哀想なのは明日休む人。次くるときは,すでに出来る人の中で覚えなければならないので。あー、可哀想だなーと思いながらそうしているのはなにをかくそう、このあたし・・・
2008年02月29日
まなみです。先生>レッスン、ありがとうございました。みなさん>お疲れ様でした。音楽の中で一番大事なのはリズム。リズムが日本語に訳すと「律動」といわれて、リズムというのは動きの規則なんだと再認識。リズムを意識しての四方切りで、左右切り替える時に一呼吸入れるのと入れないのだと、一呼吸入れたほうが楽に思えるけど、リズムが終わっちゃうより、そのまま乗りつつけられるから、実際は入れないほうが楽。リズムに乗った動きは、疲れていても、爽快感がある。人を乗せるってこういう爽快感を感じてもらうこと?だとしたら、すごいことだ。小手返しからの前周り受身を先生がしてくださったときに、前回と全く違って見えました。前に見たときは、私に出来るわけがないと思いながら見ていたせいか、先生の頭がありえない動き(私が出来ると思っている動きを超えている)をしているように見えたのですが、今回は、前回コツがつかめたので、先生もその動きに近い動きをしていることが確認できました。見るときの意識の違いで、こんなにも違うのだと実感。絶対に出来ないと思って見ていたら、出来る方法を見つけられないまま。やるんだって気持ちで見ないと、ヒントを見つけられないんですね。前周り受身から起き上がる動作が、片方だけ、全くできず、身体が歪んでいるから、身体を徐々に作り直さなければ...などと思っていたのに、起き上がりこぼしのような動作をしてみたところ、出来なかった側も、かなり逆側に近い動きになってきました。歪んでいるから、すぐには出来ない...と思っていたことも、意外と、出来てしまうのでは?と思いました。無意識に、身体の歪みを言い訳にしてしまっていることが、出来なくしてしまっていることがあると思うので、言い訳に使わないようにしようと思いました。
2008年02月28日
こんにちは 人見です。先生>レッスンありがとうございました。みなさん>レッスンお疲れ様でした。音楽で一番大切なのはリズムということで、リズムに乗って技をうまくリズムに乗っているときはできるのに、何かに気をとられて、リズムからはずれるととたんにできなくなってしまいました。「間違えないように」と意識してかえって間違う。自分で失敗するようにしています。そして、私たちのリズムが悪いときは必ず遅いごちゃごちゃ言い訳して、できなくしているんですね。受身から起き上がれずに、起き上がりこぼしをしたり、腰がうまくまわせなかったので、先生にほぐしていただいたりどちらも5分ほどの時間でしたが、すごい効果が...身体というのは、ほんの少しの事でずいぶんと変わるのだな...ただ、それは良い方だけじゃなく、悪い方にもですね。せっかく、先生に良い方向へもっていって頂いたので、これをさらに良くしていけるように身体のケアをしたいと思います。最後に歌のレッスンのために声を出した際に、うまく出せずに、いろいろな所を確かめながら出していきました。ホントに歌は身体が楽器ですね。首の周りを緩めようとすると、あごが上を向いてしまい、下半身に力を入れようとすると、上半身も固めてしまう。身体が言われたとおりに動きませんでした。下半身が弱く、上半身を固めているという結論にまずは腹筋!これをつけていきます。
2008年02月27日
想像力がない人を見てなんでこの人は想像力がないのだろうと考えたとき想像する必要がないからなんだという結論が出た。時間管理が甘い,行動がトロイ,同じ失敗を繰り返す。こういう人は想像力がない。怒られる,嫌われる,失敗する,こういうことを想像しないから何度怒られても,またする。時間を連続として捉えていず,点なんだろうなー。こういう人の歌って、音符がただ並んでいるだけ。流れが悪い。やっぱリズムトレーニングって大事だ。
2008年02月26日
先生レッスンありがとうございました。参加されたみなさん、おつかれさまでした。前回のレッスン感想を出した後、先生からいただいたコメントに対して「行動します」と言いました。それでも、まだ、変化を拒む自分も強く感じていて、あのあと、自身の身体的欠陥(視力がとても弱いこと)を痛感する出来事があり、ひどく落ち込みました。感傷的になり、すると身体の調子も悪くなり、朝もせっかく早く起きられるようになってきていたのが少しずつ遅くなり。。「今、起きる」ではなく「明日は早く起きよう」になってしまいました。変化したい、と頭では思い、そう言ってはみても、まだ変化をとても恐れていて、体調が悪いことをできない言い訳にしようとどこかで考えていたんだと思います。そしてレッスンの前の週末に、喉を痛め、風邪を引いてしまいました。参加できる状態にはなりましたが、参加するにあたっての技の練習がものすごく足りていない状態で、レッスンに行くのは気が重いなと感じていました。そのため、先生から参加しないでほしいと見放されるのではないか、と考え始め、始まる直前にものすごく緊張してしまいました。武道系のレッスンに参加するようになって、技の覚えが悪いとほぼ毎回いわれ、今回レッスン始めに、覚えるのが遅いのはリズムが悪いからだとご指摘を受けました。物事には必ず規則があり、リズムは音楽の一番基礎であり、リズムを日本語では「律動」と言うということを教えていただきました。その場では大まかに理解をした感じで、言葉でうまくまとめて説明することができませんでした。リズム→律動→動くための規則、動くこと、変化する規則(ルール、条件、または方法)変化のために行動を起こすときも、自分のようにグズグズと迷っていると変化の流れ(リズム)に乗り損ねる。また、一日の生活パターンをリズムと言ったりするように、何かを習慣化、習得するためには、自分自身でもリズムを作り、維持していくことが大切なんだと。そして、技の型をリズムに合わせて動いて、さらにテンポを上げていきました。早くなると、余計なことを考える隙がなくなっていきました。ちょっとでも、余計なことを考えると、遅れたり、動きを間違えたり、動きがだらしなくなってしまいました。先生が「うまく行っている状態が長くなると、間違えないようにしようと思い、間違える。」とおっしゃっていました。振り返ってみると、確かに、うまく合わせられてきたなと思ったら、「テンポに遅れないように」と思ってそして動きが引っかかって遅れてしまったことが何度かありました。自分で自分の足を引っ張ってしまっているんですね。激しく動いてとてもきつかったのですが、ぐったりするような疲労感はありませんでした。風邪のせいだったのか、気温がわりと上がった日だったからか、前回の陪倍以上の汗をかいて、気持ちがよかったです。おかげで、翌日には風邪がすっかり抜けたな、と感じられました。2人で組んでの技の練習は、身体を速めのテンポで動かしたおかげで、とにかく動く、言われたときに、動きやすくなっていました。細かいところで未だなおっていないところもあり、何度も同じ指摘を先輩方からも受けました。特に横面打ち入り身投げでは、最初の動きの覚えがかなりひどく、自分勝手な動きになってしまっていました。リズムの話で、先生が「馬に乗るときは馬の動きに合わせるとお尻が痛くなく快適に乗れる」と話されていて、合気が力技ではないこととも深く関係している話だと思いました。次回までの1週間で直していきます。自主練習の時間に前回りの練習のためのゴロゴロと後ろに転がる動きと、起き上がりこぼしの動きを教えていただきました。起き上がりこぼしの動きはとにかく気持ちがよく、ずっと回り続けていたいと思うくらい楽しかったです。レッスン直前にはひどくイヤな緊張をしていました。しかし、準備不足できてしまったことが逆に全力で参加する、という方向に気持ちを持っていくことができました。結果としては、始まる前の心配を超えて気持ちも身体も気持ちのよいレッスンになり、最後の発声では、相変わらずもっと出せると言われてしまったり、のどが全快でないことが気がかりで、咳き込んでしまったりもしましたが、自分でも少し驚くような声も出ました。身体の変化としては、背骨ほぼ問題なくねじれるようになりました。引っかかりがなくねじることができるようになって、痛みも取れたので、とてもうれしいです。それと、以前からもしかしたら、と思い、前回レッスンの1週間くらい後に確信(?)したのですが、武道系レッスンに参加するようになって毎回翌日に全身かなりひどい筋肉痛になるのですが、その筋肉痛が治まると、それまで固まっていた部分が動くようになっていたり、痛みが取れて楽になったりしているんです。なので、レッスン後の筋肉痛は自分にとっては好転反応のようになっているみたいです。最後に、レッスンのためになんとかしたいことの一つでもあったパソコンを2週間ほど前に買いました。今まで使用していたのがグラファイトが出た頃にそれの廉価版として発売されたi Macです。2年ほど前からかなり調子が悪く、いつ壊れてもおかしくないのをだましだまし使っていました。MacBookが欲しいけど、毎月カードの支払いが既にあるので、新たにローンなんて組めないしなぁ、現金5万円でなんとかしたい。それならWindowsのノートを中古で買おうか、などと考えてました。まずは下見と秋葉原へWinとMac両方見に行きました。いいな、と思ったものはそれぞれあったのですが、値段が倍ちがう。それでも、Macにする方向に決定し、家に帰って支払い方法を検討したところ、もちろん、支払い総額は5万より多いのですが、毎月の出費はかわらず、貯金から5万出す方法でプリンターも一緒に購入できることに気がつきました。2年近くも、お金がないから、まだなんとか使えるし、とぐずぐずしていました。レッスンのなかで話があった、「欲しいものが手に入る」「なんとかする」というのが、日常生活で実感できた出来事でした。長い文章を読んでいただき、ありがとうございます。また次回もよろしくお願いします。
2008年02月25日
昨日のレッスンではリズムの大切さを言い続けた。で,リズムにノルためにも股関節をゆるめる。両足首をもったまま、ごろんごろんとおきあがりこぼしのように転げ回るこの動作。これはもともとある道場で私が子供相手に合気道を教えていた時予備動作として指導していたものですが大人にもきく。いや大人の方が効くみたい。股関節を緩める。腰に揺らぎと余裕が生まれる。そうすることで、ねばりと力強さが生まれる。ボイストレーニングとはおよそ関係ないような動作だけれどこういうことが本質として大事だと私は思う。本当に上手くなりたい人ほどこういうことの大事さがわかるんじゃないのかな。
2008年02月24日
今日の個人レッスンありがとうございました。 またギターもさっぱりできず、声もオドオドしく自信のない聞いていて相手を不快にさせてる散々たる結果でした・・・。 自分の練習不足がもちろんのこと、自分の考え方、生き方が全くもって甘いと言われまさにその通りでした・・・。発声は、よかったけど相手(自分の場合ギターも)がいるという存在があった時にいい結果が全然出せていない・・・相手をコントロールする、コミュニケーションができてないからだと、ご指摘をいただきました。 いつからか自分勝手な都合で、自分が傷つかないように、相手から批判されないようにと保守的に生きてきた原因が今回の結果、今現在の生き方にも繋がっているを改めて実感させられまた。全く情けない限りです・・・。 「こうやって気づかせてくれる人は、そうそういないよ。」先生の言葉ありがたかったです。忙しい、やれ疲れた、明日でいいや、言い訳は今日でやめます。誰もがみんなそうなんだから・・・。 「次回までに、結果だしてこい!」・・・なにがなんでもやってきます!これが最後通告だと思って自分の甘さに流されることなく次回までに頑張ってきます! 貴重な2時間ありがとうございました!そして、すいませんでした・・・。
2008年02月24日
最近,つくづく思うことあり。音痴は絶対治らないんだ、と。音痴とはどういう人か,それは自分を 「音痴だと思えない人」これは狂人ほど自分をまともだと思う,つまり疑えないと言うたとえ通り。今の自分を「ヘタだ」「もっとうまくなりたい」と思えれば現在どれほど音痴だろうが才能なかろうが,上手くなる可能性はある。音痴は自分の現実を突きつけられても認めない。自分が音痴だと認めることができない。音痴というのは,バランスが取れない人,調和がとれない人。酔っぱらいが,「まだ全然酔ってねーよ」と言い出したら危険、と同じ(笑)~~~~~~~~~~~~~私はこれまで音痴だけでなく吃音、発声障害の人も治してきた。これからあることで膨大な量の原稿を書く予定がある。もちろん,歌がうまくなる為の内容を。しかし音痴にはなんの役にも立たないだろう。自分を音痴だ,ヘタだ,そう思える人には重要な意味を持つことになる。プロほど自分を過信しないのはそれだけ求めているレベルが高いから。自分はまだまだ,そう思える人にこそ未来はある。┌─────────────────────────────────┐ 脱力発声道場Heart of Voice ホームページ http://web.mac.com/hovoice/└─────────────────────────────────┘
2008年02月22日
こんにちは 人見です。先生>先日のレッスンありがとうございました。みなさん>レッスンお疲れ様でした。レッスン感想が遅くなってしまいました。申し訳ありません。レッスンの際、ある技のときに先生から真剣にやるように怒られました。前回のレッスンでもやった技なので、なんとなくわかったつもりになって取り組んでいました。先生に怒られた後、出来ないながらも必死でやると、結果が変わってきます。レッスンの最初に、歌を習っているんだから歌手のつもりで、技をする時は武道家のつもりで、行動をしろというお話がありましたが、気持ちが大切な事を実感しました。今回のレッスンで、先生に投げられながら前周り受身をするというのがあったのですが、サポートがあるおかげですごくまわりやすい!怖さがありませんでした。その後で前周り受身の練習をした時に、前回のレッスンでとしえさんに注意された基本に忠実にやる事を心がけたら、ずっとまっすぐに、しかも左右差がなくできました。ここまでやりやすかったのは初めてです。前回のレッスンの成果がハッキリと出てとてもうれしいかったです。まだ型を確認しながらで、小手投げの時などは怖がってしまっていますが、私にとって大きな変化!としえさんありがとうございます。この方向で練習していって、いつかは思いっきり投げられても平気になるように楽しめるようにします。レッスンの最後に先生からほぐして頂きました。ほぐして頂いた後、とても身体がかるくて、本来、身体ってもっとかるいのだな...と固めているとそれになれちゃって気づかないですね。自分でほぐしていこうと思います。どうもありがとうございました。┌─────────────────────────────────┐ 脱力発声道場Heart of Voice ホームページ http://web.mac.com/hovoice/└─────────────────────────────────┘
2008年02月22日
まなみです。先生>レッスン、ありがとうございました。みなさん>お疲れ様でした。立ちの一教からの前周り受身で、今までにないほど、前周りが軽くできました。ずいぶん、軽くできるようになったんだなぁと思ったのに、型どおり、前周り受身の練習をしたり、小手返しからの前周り受身だと、ぜんぜんできなくて驚きました。腕が自分の思うようにできないと、そこに気をとられて硬くなってしまう...そうすると、どう動いたら前周りができるのかがわからなくなってしまいます。先生から、腕から先を意識しないようアドバイスを受け、何度か小手返しからの前周り受身を繰り返していたら、硬くなっているときは、体が動かなかった方向から前周りができるようになりました。硬くなっていると、意識と動作の範囲がここまで狭まくなるのですね。あらためて、硬くなることのまずさを実感しました。┌─────────────────────────────────┐ 脱力発声道場Heart of Voice ホームページ http://web.mac.com/hovoice/└─────────────────────────────────┘
2008年02月21日
毒ギョーザ「日本のせい」中国では「事件解決済み」 (夕刊フジ)毒ギョーザ事件をめぐり、中国国内で「事件は解決済み」との世論が台頭している。徳島県のケースで農薬は日本で付着したと判明したことで、中国メディアが一斉に≪ギョーザ事件と中国は無関係≫と報じたため、「事件はすべて日本のせい」との風評が生じた。「日本に謝罪と賠償を求めるべき!」との声まで登場する始末で、早急に幕引きしたい中国当局の本音が透けて見える。中国のネットもさっそく炎上した。≪言わんこっちゃない≫≪工場側は日本に損害賠償を求めるべき≫≪日本の大臣が謝罪しろ≫≪日本は賠償として今年の中国製ギョーザを全部買うべき≫中国の捜査状況に詳しい関係者によると、検疫当局は早々に「日本で混入したのだろう」との見方を示し、発覚から24時間以内に「問題は見つからなかった」と仮の安全宣言をしてしまった。懸命な捜査をPRする裏でこの態度は変わらず、中国当局と会談した日本の調査団は「露骨な言い方はしなかったが、日本で入れられたとほのめかす言い方を何度かされた」と明かした。極めつけは当局と工場が相次いで開いた記者会見。国家品質監督検査検疫総局は13日の会見で、工場内の混入の可能性を否定した上で「工場は対日輸出で発展、従業員も共同体であり日本に非常に好感を持っている」と擁護論を展開。中国系メディアも援護し、徳島のケースを尋ねて「われわれのギョーザと関係ない」との言葉を引きだしたり、「日本に謝罪や賠償を求めるのか」とわざわざ質問したりした。2日後には工場側が内外の報道陣を北京ダックや上海ガニが並ぶ豪華昼食に招待。その後に工場内を見学させ、最後に「われわれが最大の被害者」とぶち上げた。当局、メディア、工場が一体となったかのような連係プレー。前出の関係者は「中国では一定期間が過ぎると態勢を縮小し、事実上捜査を打ち切るが、早く幕引きしたい点では、それぞれ利害が一致する」と懸念する。以上引用ここまでインフォシークニュースよりhttp://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_gyouza_tyudoku__20080221_35/story/21fuji320080221016/サッカー(東アジア選手権)で負けては,日の丸を焼くこの国で今年はオリンピック、一体どうして中国で開催決定になったのか。誰がどうやって決めたのか?不思議でならない。
2008年02月21日
人は同じ映画を見ても感想はそれぞれ。何を見,何に喜ぶか,ほんと人それぞれ。ある人がくれた私のメルマガの感想メール。ーーーーーーーーーーーーー先生のことばは「毒にも薬にもなる」ものだと思います。その人のステージに合わないと飲み込めなくて吐き出してしまうし、合った時に投与されるとすごい「薬」になりますよね。ーーーーーーーーーーーーー今何を見たいのか聞きたいのか。見たい物が見えてしまうし,見えてる物は自分が見たいとそう望んだから。今この瞬間というのは、自分が望んで創り上げている。引き寄せは引き寄せているというより自分の焦点の合わせ方なのではないかと思う。だから、いっつでも,変えることができる。どんな人もどんなときでも希望と可能性は無限にある。
2008年02月20日
2月武道稽古感想後ろに回られ,両手を取られたときの投げ方。身体と足のさばきに特徴があってさらに取られた両手をくるっとまわし相手を十字ひしぎに決めていく。ちょっとくせのある技,だがものすごい難しいというわけでもない。しかし。教えていて段々むかついてきた。よく分からない,むずかしい この状態から「あれぇ?」「出来なーい?」みたいなフ抜けた甘えた顔になってきたから。集中が下がった,いや自分たちで下げた。私はこういう状態になった時,むかつく。ーーーーーーーーーーーーー人間も動物も,負荷がかかった時に,通常とは違う力を出す。そして、今まで自分の脳にないシステムを作り始める。負荷をかけなければだめなんだ。楽器が出来ない,外国語が出来ない,いっつまでも出来ない、こういう人は自分の脳に負荷をかけない。そして、時間がない,お金がない、才能がないなどもっともな理由,つまり言い訳を作り出す。教えていて段々むかついたので怒った。「お前らふざけてんのか」と。場に緊張が走る。一気に表情が引き締まる。そして。さっきまで「あれー?」みたいにしていた技が突然,出来始める。なぜなら、彼女たちの心に「やべ」という集中が生まれたから。人間集中すれば,結構いろんなことが,あきらめていたようなことでもできるようになるものだ。出来ない,という人は集中が足りない。ただそれだけ。否定的な考え方が自分を支配していると集中が出来ない、だからやりたくない、とか今は無理,など言っている限りなんとかしよう、という覚悟は決まらない。言われたことをしない,すぐ忘れる,続かない,これらは結局集中の問題。幸い,集中力は鍛えられる。それが速聴であったり速読であったりもするけれど集中は難しい,それは集中にはエネルギーを使うから。ダメな奴とは結局,エネルギーを使おうとしない,きらい、こう言い換えることができるだろう。いつまでも出来ない,これは相当に恥ずかしいことだ。だが多くの人はすぐ,エネルギーを使わない方向へと進む。これを物理ではオプティカルの法則と言うけれど全ての物体は熱量消費を最小限に抑えようとするもの。だから集中出来ないのはある意味,宇宙の心理。だからこそ、集中出来る奴は凄い奴、なわけだ。レッスン後,カラオケに行って人見の歌がかなりうまくなっていることに驚いた。特にレッスンをしたわけではないのに。同じ曲で以前は、いろいろあって「まだまだだな」と言ってたのに。会場取りや老人ホームでのイベント,それに合わせて彼女は,とにかく心構えが変わった。そして、歌のそのものがいつのまにか、上手くなっていた。器用に怒られないように振る舞う人は,結局本質が何も変わらないけれど怒られてでも本質が変わったら,やはり 歌はうまくなる。うたは心。気持ちの入れ替えで,やっぱ歌はうまくなる。冷えが改善される,体質が変わる,もてるようになる,こういうトレーニングは特に歌のレッスンをしなくても,やっぱ歌がうまくなる。武道と言うボイストレーニングは、本質すぎて時間がかかるけれどでも,曲のレッスンを全くしないでも歌がうまくなる。本物の証だ。ただ人見もまなみも早く,もっと受け身上達しろよな。私が本気で投げても大丈夫なように。こんなレベルのままじゃ、技の本質にいつまでもたどりつかんぞ。
2008年02月20日
2 月武道系レッスン感想 こんばんは、としえです。2月武道系レッスンの感想です。>先生どうもりがとうございました。>ひとみさん、まなみさんお疲れ様でした。---「根っこが見えない。」レッスンの終わりに先生にご指摘いただいた。自分は根っこを変えようとしているんだといまさらながらあらためて思った。かえていく方向は自分なりにあるのだが今なにがどう変わったのか変わらないのか。同じレッスンを受けても上手くなる人と上手くならない人の違いのひとつ、 今の自分の状態をわかることができるかどうか。仮に一見よくなってきたようにみえたとしても根っこのところはどうなのか。ここをちゃんとみることが肝要なんだ。たとえば自分は技をかけるとき重みがなく技がかからない。なんとかしようとジタバタして軸が崩れ重みがない分、力任せになる。それを自分では気づけなかった。これは視野の狭さ、頭の悪さだがそのときの気持ちの方向にも関係しそうでここが根っこに通じていくだろうか。途中、ひとみさん、まなみさんに前周り受身を教える機会をいただいたのだが大失敗だった。ひとりにかかりっきりになってしまい、しかもその一人は前よりできなくなってしまった。楽しく安全に。これができればふたりの技の世界はもっともっとずっとずっと楽しく面白くなるだろうに。目的に応じ、相手に応じ、場に応じ結果を出していくには引き出し一個(型どおり)ではだめで柔軟さと相応の背景が必要なんだと痛感しました。貴重な時間をいただいたのにすみませんでした。どうもありがとうございました。
2008年02月19日
自分に自信がないという人は実は自己評価が高い。自分を高く評価しているのに現実はそうじゃないから自分はだめだ、とすぐ落ち込む。自己評価が高い人は たいしたこともしてないくせにすぐ、たいしたことしてる気分になるけれどこれがまぁ,はたから見てむかつくわけだ。出来もしないのに、やったこともないのにわかったような偉そうなこと言うから(笑)そのくせ、ほんのちっとやっただけで「大変だ」とか「これは難しい」だの泣き言いってすぐ逃げようとするから性質(たち)がわるい。凄いことを努力して実際に行動してる人は凄いことをしてるのに「別に大したことじゃない」って言う。これ、かっこいい!最近,うちの教室の双子は,見ていて話を聞いていてかっこいいな、こいつらと思うときがある。会場取りにしても他のことのでも、「やるのが当たり前」とさらっと言う時,見てて清々しい。覚悟決めた時のような、すぱっとした、凛とした曇りのない表情に見える。うだうだいってはやることやらず、でありもしない理由を作り出しては自己保全するカス野郎ほど迷って悩んで,でさいごに逃げる。自己評価が高いから他己評価が低くなる人は言ったことを守らない,責任取らない,逃げる,と言われ「かっこわるい」とか「口先だけ」と思われるようなことをわざわざ自分でしている。ではこういう人は一生そのままだろうか。普通はそうだろう。しかし、今1人,変わりつつある人を私は知っている。この人には少し前に私が、もう迷惑だからレッスン辞めてくれ,と言った。しかしその人は辞めなかった。そして今,変わり始めたように思う。正直になり始めたように見える。嘘偽りでごまかして、言い訳するんじゃなく一段上に見せようと小手先で誤摩化すんじゃなく覚悟を決めたように,感じる。だからなんか、見ていて,ちょっと気持ちいい。もちろんまだまだだけど,なんか良い兆しを感じる。いつまでも歌がうまくならないのを「何故自分は上手くならないのか」と反省せず本当に歌いたいのかどうかわからなくなった、と言ってレッスン辞める人は数多い。上手くならないのは自分がヘタ,何か自分に原因がある,そう考えずにほんとはやりたくないとか、やりたいと思ってないのかもと言い出すのは出来もしないのに出来ると思いたい,の裏返し。自分は出来るはず,でも出来ない,それはほんとはやりたくないから、これは結局本気でやれば自分は出来るはずだ(出来ないのは本気じゃないからだ),という自己評価がまだある。で,自己評価は高いけど他己評価は「タコ」。あいつは口先だけ、だめなやつ って。こういう人はいつまでもどっち付かずで逃げ続けるけど覚悟を決めた人は,ちょっとずつでもかっこ良くなる。覚悟を決める。この時 あいつはタコ から結構凄いかも,と他己評価が上がり始める。カッコ付ける奴ほどみっともなくてカッコ付けない人ほどかっこいい。
2008年02月18日
これまでいろんな習い事をしてきたけれどもプライドが人一倍高い私は,先生や特に気に入らない先輩これは自分が大したことないくせに先輩面して偉そうにしてる奴みたいな感じですが文句や嫌みを言われるのがイヤなのでものすごい予習,復習をする。先生に認められたいというより,バカにされて悔しい思いをしたくない,という気持ちが強いらしく,文句を言われないようにしよう,ではなくて文句を言わせない自分になろうとする。失敗しないように、ではなくて出来るようになろうとする。その為には,わからないことがあれば年下の先輩だろうと自分の知らないことを知っている人であればすぐ「教えていただけませんか?」と聞く。で結果的に、わかる、マスターする の前にさんざん失敗をするけれどこれだ、と掴めば,つまり出来るようになれば馬鹿な相手もぐだぐだ言ってこない。文句を言われないようにする。文句を言わせないようにする。似てるけれど全然違う。合気道に通っている時,あるものすごいイヤなアメリカ人の先輩がいた。外資の証券マンだそうで何かと言えば「だから今の日本は,日本人はだめだ」が口癖。古来の日本文化と日本女性は好きらしいが,現代日本人の男性はカス扱い。しかし悔しいことには私より全然,合気は上手い。私の技は決まらない,で向こうは遠慮なしに決めてきて又実際決まるもんだから,痛いわ,悔しいわ。そして小馬鹿にされる、くっそぉー!おかげでずいぶん練習に励み,おもちゃ扱いからこっちも対等に決められるようになったので向こうがふざけてからかっていじめてくると、こちらもやり返す。するといつしか、なめた態度をしなくなる。悔しさをバネに出来たという意味でこのアメリカ人は良い先輩(反面教師)ではあった。私はプライドが高い,だからバカにされるとやりかえそうとして結果的に階段を速く上れたように思う。ーーーーーーーーーーーーーなんであってもしっかりマスターするためには確認が必要だ,しかし多くの人は勝手に思い込んで決めつけて確認をしない。そして思い通りにならないと キレる ふてくされる 傷つき落ち込んで逃げる。自分の世界だけに生きてる人は,何でも自分で良い方に曲解して勝手に都合良く思い込んでしかし確認しないから,客観的事実としての 結果 が出ない。ーーーーーーーーーーーーー先日世界一受けたい授業というテレビででたらめ という言葉の語源を説明してた。さいころの目が出てから、それに従い行動する。計画性がなく出たとこ勝負,それを さいころの目が出てから目が出たらでたら目,でたらめになったんだと。確認をしない人というのは,これをこうしようという自分のイメージ、計画,準備がない。思い込みと出たとこ勝負,でたらめ。これじゃぁ,プライドが満たされるわけ,ないじゃん。運とツキも大事だけれど,安定した確率で勝つ,この平均値は低いまま。私はかなりプライドが高い,しかし幸いでたらめではなく周到な準備と念入りな計画で,イメージを現実化することは出来た。さいころの目は神様次第,これを依存,他力本願と言うならさいころの目を確率論として考えて利用するのが自力本願。プライドが高いのは良いことだと思うけれど甘ったれているか,いないか、ここで大きく,結果は異なるんだろう。プライドが高く自分に甘い人は,苦しめているのは自分自身と知ることができるのだろうか?私はプライドが高い,そして結果がでないことに対して憤る。だから、結果を出すまでやる。苦しい,がこの「くっそーーーー!」というのが大事。くっそーー、から逃げるか,乗り越えるか。それがプライドを満たせるかどうかの分かれ道。
2008年02月15日
歌でもなんでも、次の段階に行きたいと思うとき上級者の方が大変ですよね。初心者ならその手本などいっぱいあるけど目的が具体的かつこまかくなったりすると必要な解決方法がなかなか見つからない。歌がうまい人がもっと上手くなるのに大変な点はたいがいのことは出来てしまう。しかし自分では「う”ー、ここがもっとこう,なんていうか」みたいな凄い繊細なことだったりするから教わるにも,相手(先生)にわかってもらえなかったり先生のレベルというのが結構シビアになってきたりします。私が合気道を習っていた時,初心者のうちは先生どころか中学生の先輩だろうとも、良い師,学ぶべき存在でした。覚えたいのが技の手順とかまずそういうことだから。でも技は覚えた,出来る,しかしなんか自分の求めている物と違うとかなってくると、師範に対してでも「なんか違う」とか思い出して(←すげ生意気)だからずいぶんの道場をさすらいました。初心者の方が,上手くなるには簡単。しかし初心者に毛が生えた程度の人っていうのが実は一番「難しがる」歌を教えても身体の使い方を教えても「難しい」を連発する。初心者はただ素直に必死に受け取り上級者は事前知識も経験もあるからやっぱり素直に従うが,自称中級者ほどだめ。この時,そのあと出来る人,つまり上級者になれる人は自我の囚われからの脱却の瞬間を迎えることができる。今までの自分を捨てれば簡単,しかしこれがなかなか捨てられないのですよねー。ちなみに私は本を1ページ1.5秒で読めまするが速読(フォトリー)をマスターする感覚っていうのも,実はこの囚われからの脱却が必要だったりする。ある瞬間,突然,速く読めるようになる。それまで一生懸命速く読もうとしてたのがなぜか急に,勝手に目の方が文字を追っていき,理解はあと、という瞬間がくる。理解しながら読む、では絶対感じない、とにかく読む(と同時に理解する)という不思議な感覚。ちなみにこれは英語が特にそう。いちいち頭で日本語に置き換えなくなって英語で理解し,英語を英語として話しだす瞬間。そのためにいっちばん、大事なことは 自分を空っぽにすること。だから、私のレッスンは最初と最後に黙想をするわけです。上級者ほど、答えは簡単に落ちてない。で黙想とかすると探し求めていた答えが,自分の内側から湧くときがあったりします(たまにね)
2008年02月13日
今日行ったプライベートレッスンの1人は「ロングトーン」がテーマ。金管楽器の声真似をやらせる。「もっと口腔広く,気道を広く取って!」次に「エアープレッシャー入れて!、舌根とクチビルでキープして 腹圧使う!」「金管楽器なんだからちゃんとタンギングする!」そんなことを40分。見事に改善。そしてなんといっても秒数が伸びたこと以上に音圧が増えたため,音色が暖かく太い!次の方。この女性はR&B志望。何から手を付けるかお話し合いの上,少しダンスステップを踏んでももらう、それでその人の身体の使い方、とくに脳がどうリズムを取っているかがわかる。で,判断したのはこの人に必要なのは伸び。ご存知の人も多いと思いますがR&Bなどブラックぽいリズムはアクセントが一般的な位置と逆,さらに大切なことは打つ,ときに伸びないとそれっぽくならない。これはアフリカンネイティブの言語周波数と語のストレス(きょうせい)から来てるのですが,それはさておきまずはリズムのソルフェ。やみくもにリズムを感覚だけで取るより学習して整理出来るようになった方が,結局早く出来るようになるし,この感覚がわかると英語の発音がとてもネイティブに近くなる。ーーーーーーーーーーーーーロングトーンにしてもR&Bのリズムにしても必要なポイントを押さえればきちんと改善出来る。才能,なんて言葉は必要ない。
2008年02月12日
まなみです。遅くなりまして、申し訳ありません。先生>レッスン、ありがとうございました。みなさん>お疲れ様でした。四方切りをやったとき、やり方を説明してみてといわれた時、ポイントとかが、全然浮かばす、慣れでやってしまっているんだと実感しました。初めて四方切りをされた方が、ポイントを説明しているのを聞いていて、私が、四方切りをはじめてやったや新しい技をやったときに、あまり、ポイントなどを考えずにやってしまっていたと反省しました。説明しようとしたときは、言葉にする能力の低さを感じましたのですが、それと同時に、ポイントを捉えられてないから言葉にできないんですね。声日記などで、言葉にすることは技を覚えたりすることにも役立つのだと実感しました。ステップを踏みながら、歌を歌ってみたのですが、手でリズムをとっていると、どんどん早くなってしまうのが、はやくなりにくいし、普段より楽に歌えました。ただ、いつの間にかキーを下げてしまっているので、気をつけたいと思います。
2008年02月12日
人には生きようとするエネルギーが4つ(4種類)ある。1.自分のために動く。一生懸命努力しやすい、結果も出やすい。でもやってるうちに本質的な目標を見失いやすい。2.~ねばならない最初は好きで始めたはずなのに,いつのまにかクリアーしなければ,やらなければ、と思ってしまう。感情が薄れて義務化した時,楽しさよりも苦しさを感じ始める。3.誰かの為に,しかし本心からそう望んで行動する。これは楽しい。自分の中の未知の力のとびらを開けるのは唯一,この時。以上三つは 動的な力。動きがあり,ライブ感がある。あと一つは,保持,抑制する力。これは静的で、現状を維持,または動き(変化)を止めよう止めようとする。自分がそうでなくてもこの力を持ってしまっている人に出会うだけで危険。こういうタイプの怖いところは動いている他人をも、止めようとするから調子が良い人も悪くなる。ついていても,ツキが逃げていく。私はこういう力を持っている人には極力近づかないし,近づいてきたら速攻,逃げる。動きのある物を止めようとする力,これは老化もそうだし突き詰めれば,死へと向かう力。それを物理では エントロピーと呼ぶ。生きるとはまさにこのエントロピーに逆らう力。活き活きと生きるには スタティック(静的)な力ではなく動的なパワーがいる。ーーーーーーーーーーーーーあいだみつお の言葉は見ていて聞いていて気持ちがいい。これを好きな人の批判をするつもりはない。大分以前にある人から日めくりカレンダーをもらって私もよく眺めていたけど,今は、もういらないな。良い言葉だと思うけど 視点が止まっている と感じてしまう。良いこと言っているとは思うけどあいだみつおさん あなた自身は 動いていずに止まって物事を 論じているよね~ と感じてしまう。例えば 上は上,右は右 というのは止まっているから断定出来るのであってあいだみつおさんのいう 勝者とか 美しさ にはこの種の断定を感じる。絵画とはその瞬間のきりとりではあるけれどたとえば 葛飾北斎 のあの躍動感!当初,あの画風は おかしいと言われまるで評価をされなかったらしいが今では1/5000秒の 超スローカメラでみると 波はまるで北斎画のように見えることが知られている。つまり葛飾北斎は 動き をすさまじい目(脳)で捉えその動きを表現した,そしてゴッホなど数々の世界的な画家に影響与えたのは,やはり 凄い人には凄い物がわかる目を持っていたと言えるでしょう。動き,躍動感、活き活き。あいだみつお の言葉は美しく癒してくれるが止まっている人、今現実には 動いていない人の視点 だと思う。だから止まっている人には共感出来るのかもしれない、が,今この瞬間 360度に動いている人であれば,美しいとか以前に 前 という言葉すら存在しない。勝者とか敗者,も動いている時には一時的にそうであるだけでまだ結果じゃない。いや,結果が出るなんてのは自分が死んだあと。私は今生きているし,これからも生きていたい,つまり動いていたい。だからいつまでも結果などでないし,いらない。動き続ける自分という点の座標を正確に知りたいとは思うけれど(旅をするのに地図は必須)座標軸だって、つまりこの宇宙だっていつも動き続けている。音楽 歌とは 流れの中にある躍動感。私は 動いていたい。
2008年02月11日
人間なんて所詮ひとりぽっちだ。いや別に孤独を憂いて嘆いている,というわけではない。先日買った音楽ソフト logic express 8 がまぁいろんなことは出来るらしいがわっからん。難しすぎて何から手を付けていいのかわからない。膨大なマニュアル。知らない用語。ゲップが出るぜ。しかしやりたいなら、調べないと。こうしたいと思うイメージがあるなら,やらないと、自分で。誰も何もしてくれない。自分でやるしかない。人間なんて所詮独り。出来るようになりたことがあるなら自分でやらなければいけない。ーーーーーーーーーーーーー誰かが言っていた。ギャンブルを本当に楽しめる人は負ける面白さを知っている人だと。普通勝ちたくてやる物だろう。わたしはやらないのでよくわからんけど。負けるのが面白い?意味が分からなかった。でも今は少しわかる気がする。知りたいことがある,出来るようになりたいことがある。しかしわかる前に,膨大な わからない時間 というのがある。私はもしかしたらこの、わからない時間というのが嫌だ嫌いだと言いつつわからーん、とどこかで楽しんでいるような気もする。クイズが好きな人が,答えがわからず必死に考えているような感じ?わからんと頭を抱える。又負けた!といっては、頭を抱える。これが好きな人というのがなにかを楽しめる ということなのかもしれない。誰かに助けてもらうなんて考えもしない。わからない,勝てない,思い通りにならない。この瞬間が実は,一番面白いのかも。大好きなドラマの最終回を、見たいけど終わって欲しくないみたいな。こういう楽しみって,孤独の方が,独りの方がふさわしい。
2008年02月10日
先日はレッスンありがとうございました。腰を痛めているにもかかわらず、来てくださって本当にありがたいなあと感じました。しかし、それによって今回のレッスンでお腹を使って声を出しても、腰が痛くなることはないということを改めて知ることができました。そして、腰の痛くなりやすい自分の歌い方が間違っているということを再認識できました。身体も心もやわらかく歌うためには、日々の繰り返しが大事だと思うのでまずは普段の生活から、もっと感情を出して、軽く挨拶もできるようにしようと思います。今回のレッスンでギターの練習も自分は中途半端だなあとも感じました。それなりに練習して、大体弾けるなあと思って、案の定少し緊張していつもより弾けない。身体に覚えこませるくらいやってくれば、緊張することはなく自然にできるはずです。できることは全部してから、レッスンに望む。いつもそういう姿勢であるように心がけていきます。まず、今できることは、返事、リアクションを早くすることです!今回はいつもより早いので、またひとつ大人レベルが上がってしまったかもしれません。目指せ仙人級!じゃなくて、歌うまくなるぞー!
2008年02月10日
誰かの為に役立つような行為という行動が結局,自分に良い意味でかえってくる。情けは人の為ならずこれはもともと、その人の為にならないよ ってことじゃなく相手の為でなく,自分にちゃんと返ってくるんだから相手のためになることはしましょうね,という意味だと言うけど今回立て続けに出した メルマガ4部作腰痛と発声 は結局情けは人の為ならず は大脳生理学的に見ても正しい自分の欠点を長所にする,そのためには誰かに役立つ行為が重要,というのが裏テーマ。良い結果を出す人は結局どこかで誰かを喜ばすことをしているし結果が出ない人というのは結局誰の役にも立てない奴だから,と思う。オンリーワンだとかバカな風潮が流行る昨今相手の役に立つことの重要さを言いたい私としてはもう一つ言いたい。上下関係の厳しさと重要さ。上手くなる人は 畏れ を持っている。これは恐怖心ではなくて 畏怖。恐怖というのは 自分を超えた存在に対して恐れおののき不安に思う気持ちだけれど畏怖 というのはそこに 相手を敬うという気持ちがある。最近和田アキ子の大人のしかり方とか言う本が話題らしいが確かに怒る怒られるというのが,とても減っている。これはバカ日教組の悪しき影響が大だろう。こいつらは自分たちが言っていることとやっていることが全く違うのにどうしても気づかない。以前もある場所で,生徒は皆平等だ,人は皆平等だからと言いながら「でも担任の私には逆らうことは許さない」と真顔で言っていてそれはおかしいだろ、と指摘してもどうしても理解 納得しない。他の者は平等,しかし自分が一番偉いのは当然、ってなんだよそれ。まぁ,自国の旗を毛嫌いするような連中だから。私は特に日の丸を絶対視しなければいけないとは思ってない。日の丸で気分を悪くする人がいるというのなら。なら新しい国旗を考えても良いと思う。戦前とか日の丸とかでなくて現在の日本としての自国の国旗を大事にする、この感覚は自然な感情だと思う。日の丸はだめ,日本はとにかくだめ 日本という団体(国)は絶対認めない みたいな考え方には到底納得出来ない。今年オリンピックがあるけれど,普段日の丸反対と言いながら自分に都合が良いときだけ頑張れニッポンとかいって日の丸振ってばか騒ぎしてたらそれこそおかしい。日の丸振って日本人選手を応援したら 右翼? なわけもない。そうはならんだろう、自国を肯定するのは自然な感情だろう?ヤワラちゃんがんばれー、とか私は自然に思っちゃうと思うけどな。しかしオリンピックや世界戦以外に,例えば卒業式とかで日の丸を掲揚するのはけしからん,って主張する人,これなに?もうすぐ建国記念日だ。私は日の丸も立てない(持ってない)し特別な感情も正直ない。皇居に行くわけでもないし,そちらの方角にお辞儀したりもしない。ただ以前海外に住んでいて感じた,自国や州,そういった自分の出自をみな当たり前に素直に肯定していてアイ ラブ ニューヨーク とかも別になんの違和感もなかった。いいなーとも思った,だけど日本で建国記念日に 日本万歳 といったらなにか特別な目で見られそう。いやもし自分の最寄り駅で集団が日の丸もって日本万歳 とかやってたら「おーこえー」とか思ってしまうだろうな。国を愛する,ふるさとを愛する。自然を敬い,神仏に畏怖する。こういうことが現代日本ではあまり一般的ではないけれどちょっと違和感を感じるのも事実。オンリーワンもいいけれど、きちんとした上下関係ってのも大事なんじゃないのかな。だからダメな大人,たとえば女子高校生を買っちゃうような馬鹿な男は電気治療で不能にしてしまえば良いと思う。大人であること。自分さえ良ければ,から国や所属組織,家族,いや目の前の恋人なんでもいいけど自分以外の人の幸せを真剣に考える,それを学ぶ為の上下関係などもう少し,厳しさと達成感みたいなものが表立ってきて欲しい世の中だと,考えてみたりする。
2008年02月09日
今メルマガで書いているテーマ,腰痛と発声 4部作これは結局は,いかに自分の苦痛のタネ,欠点を長所に変えて楽しんでしまうか,その方法だ。ーーーーーーーーーーーーー自分の欠点に苦しむ人は多い,だけどそういう人は自分の感情、それも目先の感情に振り回され,捕らわれてる。自我を捨て自己を解き放ち,心を無にする。以前は 無になる というのがわかったような,でもあんまわからんようなって感じだったけど(笑)最近 無になる ということの意味が分かってきたような気がする。ま,あくまで気がする ってとこだけどまず自分の感情に振り回されているうちは自己の殻など解き放てない。溺れかけてる人は助けにきた人まで溺れさせるというがそれは苦しくてすべてにすがりつこうとしてしまうから。だからライフセーバーは溺れかけてる人を気絶させる。そうしないと自分が危険だから。苦しい,苦しいと悲鳴を上げているうちは誰からも助けてもらえないと言うのは一種の不条理だけれどじゃぁ,どうすればいいのか。そこに宗教は 無になれ と説く。でも宗教以外でも 無になる方法 はある。例えば歌。それも歌いたい気持ちが強い人ほど上手くならないからあえて歌に集中出来ないようにすることでかえってラクに歌える,自然に歌ってしまう,という結果に繋がる方法を取ると,とても感情豊かな個性豊かな歌になったりする。感情に振り回されては感情がこもらない,うーん,これも不条理だが自分の欠点を克服する,せめてこれはまだその人自身にとってわかりやすい。あ”ー、本質的なことになるほど説明ってしずらいなー!!無料メルマガ>> 自宅で出来るボイストレーニング!モテる声になろう! >>
2008年02月08日
腰が痛いから上手く声が出せない。そんなことはあり得ない。絶対あり得ない!ーーーーーーーーーーーーー今,腰痛である。なぜなら先日,自宅の階段からコロゲ落ちた(←ばか)落ちた拍子に腰を激打して、まじ、救急車呼ぶ?と思うほど痛かったぜ。しかしヤバいと思ったのは痛みよりも,レッスン直前だったこと。HOVのレッスンは結構派手に身体を動かす。武道技,各種体操,それにこの日はダンスレッスンも行う予定。いってー、よりもやべー。ま,しかし幸い,なんとかはなった。(落ちた直後はしばらくうずくまってはいましたが)その3日後,今度は別のことでま~た腰を痛めた。あほである、しかし痛いは痛い。水曜日に至っては,あまりの痛さに貞子状態。つまり階段あがるのに,四つん這いでのろのろじゃないと上がれない。それほどに痛い状態が少し良くなり,今日のプライベートレッスンの場所までなんとかたどり着く。ほんで。歌を指導する際,当然,こちらも大声を出す。腰は痛い。しかし発声にはなんの支障もない。股関節をほんの少しでも動かせば 激痛っ! なのだがそれでも平気で,そして思いっきり声は出せる。さらに逆腹式呼吸の確認の為生徒さんにぐっと腹を押し込んでもらってそれを発声と同時に,腹で押し返す。腰は全く痛くない。なぜなら使っていないから。歌唱となるとリズムやら股関節の動きと発声が連動するけど単に 「ハラから声を出すだけ」であればどんだけ腰が痛くても,ほんの少し動かしただけで 「おげ」と絶叫したくなるような状態でも思いっきり声を出すことは出来る。だって出来たもん。ーーーーーーーーーーーーー腰を伸ばしながら発声をさせると腰がだるくなる人が多いってかほとんどの人はそうなる。おっかしいんだよ,やっぱ身体の使い方が。腰をつめて声を出そうとしているからそうなる。そうじゃないんだよ、ゆるゆるのだらだらなんだよ、発声の時の腰は。そして、男性にぐっと腹を押し込まれてもどっかーんと跳ね返せるだけの 力がないとねぇ。ど~だ、逆腹式の威力、まいったか。 (↑誰が? 笑)
2008年02月07日
レッスンの感想です。 今回のレッスンで改めて思ったのですが、やはり普段やっていること、 やりなれていること、楽な方に流れようとしてしまうのだなあと痛感しました。 前回はギターでの弾き語りのレッスンでした。自分はどちらかというとピアノの方が得意なので、 普段そちらばかりついつい練習してしまいます。ギターもかなり好きで上手くなりたいと思っているにもかかわらずです。 しかも楽譜を見て弾くのは面倒なので、コードを適当にばらけて弾いてしまいます。 メトロノームのリズムも、いつも同じくらいの数字を行ったり来たり。 ギターはアルペジオはあまりやらずに、ひたすらバッキングでリズムを刻みます。 好きなことをやるというのは良いことのようだけど、上手くなってもっと楽しみたいときには、 それだけでは駄目なんだと強く感じました。 きっと自分は歌を歌うときも、いつものようにやろうとしてしまっているんだなあと思います。 でも、そんな自分の声を自分は少しもいいと思えません。 苦手なことや、新しいことにどんどん挑戦していくことが自分を成長させていくだと今は感じています。 とにかく、ギターでリズムにきちんと合わせて、楽に自然に歌うことが今の目標です! さしあたって、苦手でかつ大嫌いな部屋の掃除をするか? 10分ぐらい掃除してみたりしています。 それでは次回のレッスン、楽しみにしています。 よろしくお願いします。
2008年02月05日
こんにちは 人見です。先生>先日はレッスン、ありがとうございました。みなさま>レッスン、お疲れ様でした。先生は新しい技が覚えるのが得意、それは分析する力があるからという話がありました。久しぶりに四方八方切りをやった際、やったことがある上に、先生が見本を見せて下さったのに、最初、訳がわからなくなってしまいしまいました。その後、初めての方にポイントを説明するように言われましたが、全くできず...はじめてやった人の方が、必死に受け取ろうとしていたのか、ポイントをつかんでいました。私は技をやっているときに、ただ型真似をして、論理的に分析をしておらず、新たに先生が見本を見せて下さったのにそれもきちんと受け取れなかった。それでは、新しい技どころか、既に習った技すらできません。最近、基本の型で改めて動いてみて、やりやすさを感じているのも、基本を理解していなかったという事...既に知っているつもりになっている事も、型の分析や、身体に対する作用の分析をしっかりやらないといけないですね。そして、人に説明できなきないのは、きちんと理解しているとは言えない。最近、新しいメンバーの方に教える機会がありますが、迷ってしまったり、言っていることを自分が出来ていなかったり自分が分析した結果を示す、よい機会ですので、自信を持って教えられるようにして行きたいです。ソルフェージュやダンスレッスン、とても楽しかったです。なれないことで、訳がわからなくなりましたが、そういった考えられない状況で歌うと、なぜか凄く楽(ラク)に歌えます。歌を歌うのって楽しい!と思いました途中で音を外した際、まなみに合わせて音を戻すことが出来ました。今までだったら、戻せないどころか、外したことにも気づかなかったかもしれない...ホントに変わった事を実感しています。ありがとうございます。ソルフェージュのレッスンの際、耳できいて歌えるようになるのは、(視唱)レッスンの意図と違うという話がありましたが、完全に耳から覚えています...音階を指で示す練習などをして、レッスンの意図からズレないようにして行こうと思います。先生から、レッスン感想について、その日の出来事のみで、次につながって行かないという話がありました。確かに、その日あった事の箇条書き状態ですね。そして、次につながらないというのは、「やる」と宣言して、責任を持ちたくないという意識が漠然とあるのかもな...と思いました。先ほどの分析の話にも通じるかと思いますが、自分に何が足りなくって、どんな事をしたら良いか、ということに向き合っていないのだと思いました。これでは、絶対に進歩しません。気づかせて下さり、ありがとうございます。分析する癖、改善策を考える癖を付けていこうと思います。
2008年02月04日
なっはっっっっなは,は、う”ぇ。笑いすぎてむせた。何を喜んでいるか?ある悩み(極く小さい)が解決したってか,そのことで非常に面白いことになってきた。あたしの小さな小さな悩み,それは新マック購入に当りマウスも当然新しくなった。ま,このマウスも賢いのでよいのだけど以前はロジクールのマウスでいろいろ機能を割り当てていたうちウインドウを閉じる という機能を新マウスに割り当てたのいだけどそのやり方がわからない。ほんでマニュアル本を読んでみるとどうやら修飾キー割当は出来ないみたい。インターネットをしてたり作業によってはウインドウをパカランパカランと開きどんどん消したいときがある。それをいちいちマウスでドラッグするよりどこかのボタンに機能として割り当てた方が効率が良い のだけど新マウスでは出来ん。もちろん旧マウスを繋げば出来るけど旧マウスはトラックボールにボタンが三つ新マウスはトラックボールにボタンが四つ。単純に四つの勝利。でも 1クリックでウインドウを閉じる ことがでけん。どうにかならへんか・・・と思っていたところひょんなことで買ったらついていくるソフトのうちのスピーチ という機能をいじってみた。OS タイガーの時もあったけどよくわからんから完全放置プレイ。気にしてなかった,で今日なんとなくいじったらこれは 英語テキストを読み上げてくれるもんだとばかり思っていたのに音声入力装置でもある!そして 新マックにはマイクも内蔵されている,「そっか、このPCでは使えるんだ」 と初めて気づきいじってみた。そそくさとセッティング。さぁ、マイクに向かって英語をしゃべれば認識するはず!どきどき、どきどき。(私);ほわっととあいむ いずいっとぉ な~う ?(PC);10:32 (ten thirty two )PMおほほほおおおお,通じた,通じた!おもれえ。他にもいろいろコマンドがあって今日は何日? とか 新規書類を開け とかブラウザを起動しておくんなまし,とか メーラでメールをチェックしておくれなどなどなど。ちゃ~んと認識して,動いてくれる,えらいよ マックちゃん!さぁて、では念願の,くろぉず じす ういんどー !おほ、消えた消えた。ちゃんとウインドウが消えた。おもろい,賢い。ちなみに ジョークを言え, てのもある(さほど面白くはなかった・・・)はるか昔,音声入力機器というのを買って自分の声にならせる為に文章を読むんだけどどうしても ビュッフェ という言葉を認識してくれず夜中に1人でコンピュータに向かってぶっへ、びゅっへ びゅっふぇ !!! と叫んで反応なし。疲れて「はぁ~」とため息ついたら、それは認識しやがって画面に「はぁー」と出たとき本気で殴ろうかと思った。さらにその後やりっぱなし という言葉も認識せずやりっぱなし やりっっぱ なーし やりぱ なしー などいろんなアクセントで挑戦しても認識出来ません が続いて そのうちやりっぱなし!!(怒) と 強めにいったら画面にパーな私?と出やがった。マックを二階の窓からぶん投げようと本気で思った瞬間である。ーーーーーーーーーーーーーいやー、英語が通じるというのも気分良いがこれでウインドウを閉じるのもいちいちマウスをもっていかずにくろーずざ,ういんどぉおおお で済む。少し調べたら,いろいろカスタマイズ出来るらしい。むふふ、私の大好きな映画 2001年宇宙の旅 のハルのようにハロー デイブ と言わせて会話してる感じみたいにしたいな~~~。
2008年02月04日
2/2レッスン感想まず言い訳から。前々回のレッスン感想を書こうと思ってかけなかった。何故かと言えば,書きたい内容があったのですけど他の人が出そろうのを待っているうちでは書こうと思ったとき,全く文章が浮かばない。書きたいと思ってる内容はあるのだけど全然自分の中に温度がなくて(既に冷えていて)ここで無理して文章書いても,ただ嘘くさい,つじつまあわみたいな、無理矢理ひねり出したようなものしかかけないな、と感じたわけです。感想出すのが遅い人ほど、とって付けたような文章でなにも面白くない理由はやっぱ、書きたいという気持ちの温度に関係するんだな,と思いまして今回は全員分揃ってないですが,まだ温度があるうちに書いてしまいます。ーーーーーーーーーーーーー書きたいこと,それは4ヶ月前までは全く音の取れない,ド素人くそ音痴の双子が今回,ついにハモリ始めたということ。これはすごいことです。人は変化する。きちんと上達成長することができる。どんな人でも。その為に必要なことはなにか,なぜ彼女たちはここまで進歩したのか,それは次回メルマガに書きますがやはり 可能性は無限であると強く感じたしそれを感じることができたと言うか感じさせてくれた二人に,感謝を感じます。ありがとう!
2008年02月03日
先生、2月2日のレッスンありがとうございました。会員の皆様、お疲れさまでした。前回のレッスン後の感想を送った時、公開してもいい部分としたくない部分に分けて書いたのですが、先生からは「取り繕っている」というご指摘をいただき、以前のもの、公開しないのもとの比較をしてみるようアドバイスを受けました。以前のものを読み返して考えてみたところ、公開されることが前提になると、変に綺麗にまとめよう、良く見せようと言う方に気がいってしまっていたように思い ます。自分の発言に責任を持つ、自分をさらけ出すということを回避していました。レッスンを始めた当初も今も、レッスンを受けたいと思っている理由の一つとして、「自分を解放したい」「歌がうまくなりたい」という思いがありました。これが出来るようになる為、感想を書くことで自分の気持ちをさらけ出す、自分の言葉に責任を持つことへの恐れを克服していきたいと思います。今回のレッスン中、膝行をしているときに、「動きがこなれてきている」とご指摘を受けました。技系のレッスンにも参加するようになり、練習をしていますが、覚える為にやらなくては、と必死に「こなしているだけ」の練習になっていました。どういうふうになりたくて、それには今何が足りなくて、それを満たす為に必要なことは何か?と、具体的にしていくこと、そして、それを考える時に、ちょっと先の、なりたいと思っている(理想の)自分から見て何が足りないのか、と言う視点で考えることが上手くなるには大切だと、今回のレッスンで教えていただ きました。自分にはこれが足りていなかった為、ただ漠然とこなしているだけだったんだ、と気付かされました。それでは、動きに慣れては来ても先へはつながりにくいし、上手くなる、と言うのとは違う気がしました。技系の方も練習が質、量とも全然足りず、前回も、その前も注意されていたことが治っていなかったり、DVDも見ても上に書いたのと同じく、ただ見ているだけになっていました。自分が必要なポイントが定まっていないと、いくら価値のあるものでもそれに気付くことすら出来ない、前回も今回もレッスンで言われていた「受け取る能力」がない状態でした。上達する為には、今回のレッスンで足りなかったことを踏まえて、次回ではどう改善していきたいかを考えて日々の練習の仕方、自主練習の時間の使い方を考えていかなければ、続けていくだけ無駄と言うことになりかねないと痛感しました。レッスンを受けていて、その回ごとに今回は楽しかった、いい変化を感じられた、反省点だらけだったとかなり違うのですが、今回は自分のダメさを目の当たりにしてイヤになった回でした。(発声の最後の方は前回よりも気持ちよく出せていたのですが)そうなると、人によく見られたい、認めたれたい気持ちが強い為、他の参加者にダメだと思われた、と思い始め、参加することから逃げたくなります。今まで、そうして逃げてきたことがたくさんありました。最近ようやく、逃げてしまうことの方が自分をより苦しめるのだと言うことがわかってきたようです。長くなってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もまたよろしくお願いします。
2008年02月03日
こんばんは!maronです。>先生、本日のGレッスンありがとうございました!>会員の皆様お疲れ様でした 今日で13時からの技系に参加させてもらって、6回目で月一回の参加とはいえグダグダな内容で注意されまくりだった・・・。もちろん自分の練習不足の結果だ・・・。 頭で一連の動作をわかっているのに、いざ相手と対峙した時・・・「え~と、これは・・・」と考えてやってしまい緊張して構えてしまって力まかせになって技をかけてしまっていた。これでは、相手に怪我をさせるだけでレッスンとしての目的から外れていて迷惑をかけるだけだと促された・・・。怒られているうちが、華だと言われ確かにそう思いました。 まさにわかっていた つもり にすぎず、中途半端な動きでしかなかったです・・・。自分の練習不足とはいえ、他の人に迷惑をかけることになってしまい情けなかった・・・。もっとDVDをしっかりみて、一連の動作、スピード、テンポを練習し、体に叩きこんで覚えてきたいと思います。 ただ4時からのベーシックは、とても気持ちよかったです!声を思い切りだした爽快感はやっぱりほんといいですよね! 技系の練習不足、発声、ギターの練習、自分の目指す目標への1つ1つの目的意識をもつこと・・・改めて考えさせられた一日でした。
2008年02月02日
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