全2件 (2件中 1-2件目)
1
先日久しぶりに高速道路で運転した。一昨年だったかに、いわゆる「煽り運転」が引き金となった悲惨な事故があったが、その余波もあるのか、以前はしょっちゅう見かけられた「煽る」横着なクルマが、まったく見られなかった。追い越し車線を延々と走るクルマも減り、追い越したらすぐに走行車線に戻るクルマが増えたように思う。死亡事故という代償はあったにせよ、こうやって何かを契機にマナーが向上するのはいいことだ。ただその一方で、「煽られる」クルマに対する接し方も問題になるかもしれない。あおり運転の原因のひとつに、追い越し車線を低速で走るクルマの存在があるということは、これまでいろんなところで言われてきた。今回のドライブでも、そういうクルマを何台か見かけた。以前だったら格好の“煽り”の対象となるところだろうが、このご時世、さすがに煽ろうとするクルマも無い。そういう低速走行のクルマの後をもどかしくついて行くしかない。ただこれはこれで良いことではない、というのは自明の理。何らかの方法で注意を促すことは必要と考える。ただここでパッシングなどしようものなら、煽り運転のそしりを免れまい。でも例えば、交差点で信号が青に変わってもなかなか動き出さないクルマに対して、後続車がクラクションを鳴らすことが、許容範囲内のことだと考えるのと全く同じ感覚で、走行車線を低速で走るクルマに後ろからパッシングすることは、同じように許容範囲内だと考えられてもいいのではないだろうか。このあたりの感覚は受け手がどう感じるかにもよるだろうが、「煽り運転」というワードで感覚ががんじがらめになってしまわないように願いたい。
2020年02月28日
コメント(0)
2年前に「働き方改革」の一環として、宅配便の送料が軒並み値上げされた。劣悪な環境下に置かれている宅配スタッフの給料を上げるため、ということだった。宅配スタッフの苦労は、ほとんどの消費者が目の当たりにしているので、この値上げにはほとんどと言っていいくらい、反対の声は上がらなかった。それに「送料はどこかが負担して然るべきもの」とか、「送料無料などあり得ない」などという論理が声高に叫ばれていたと記憶している。つまり言い換えれば、「働き方改革」のためなら、消費者利益が多少損なわれるのはやむを得ない、ということが共通認識として生まれたように思う。その理念には概ね賛成だ、結構なことだと思う。ただそれならば、事業者が必要最小限の利益を確保するために、同じように消費者利益が多少損なわれることに関してはどうだろう?現在、いわゆるコモディティ化された商品のほとんどは、安値競争にさらされている。当たり前のことだが、その結果中小の事業者はこれにまったく参入できない状態だし、大手にしても結果的に中小の関連業者を疲弊させているケースが少なくないだろう。消費者にとっては1円でも安い方がいいに決まっているが、それは宅配便とて同じこと。小売店の「稼ぎ方改革」の一環として値上げいたします、という理屈は乱暴だろうか?
2020年02月07日
コメント(1)
全2件 (2件中 1-2件目)
1