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ウチの店の決算月は1月、つまり今日が決算日だ。決算月というと世間一般では3月が多いと思うし、そのほかには12月というのもたまに聞くが、1月というのは他ではあまり聞かない。でもウチではかれこれ数十年、ずっと1月だ。その理由を以前親に訊いたことがあるが、3月決算だと税理士さんが他の決算期と重なって忙しいから、という解ったような解らないような回答だった。私個人的には、3月決算の方がいいと思っている。何かと公的なことでも「4月から」切り替わることが多いから、その流れに合わせた方が何かと好都合だからだ。出来れば何かのタイミングに決算月を3月に切り替えたいと思ったこともあったが、以前そのことを担当の計理士に相談したら、ちょっと難しいということを言われた。というのも、移行期にどうしても1期分いびつな月数の年度が生まれるわけだが、私はそれを<2月~翌年3月>の14ヶ月でと思っていたところ、12ヶ月より多い年度は認められないとのことだった。つまり1回分、<2月~本年3月>のたった2ヶ月で決算をしなくてはいけないわけだ。たった1回のことではあるが、何となくバカバカしいので、それ以降そのことは考えなくなった。しかし私が決算月を変えたいというのは、棚卸しをするのにこの1月末の気候は寒すぎる、というのが実は本当の理由だったりして......(笑)。
2008年01月31日
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文字通り「不味い」食べ物を列記したエッセイ集だ。「美味い」食べ物について書かれたエッセイなら、いろんな人たちが世に出しているが、こういう酔狂な本は見たことが無い。しかし「美味い」も「不味い」も、あくまでも個人の主観に基づくものであって、一個人の主観によって「不味い」と判定された食べ物について書かれた文章など、他人が読んで果たして楽しいものか........、以前なら私もそう感じていたかもしれない。ただこの本を書いた小泉武夫氏というのは、東京農業大学の教授で、発酵学に非常に精通された「権威」なのだ(だからと言って、決してエラそうぶった文章ではなく、非常にくだけているのだが)。そんな著者の書いた物だ、単なる個人的な嗜好の赴くままに書かれているはずが無い。どんな物にも不味いには不味いなりの理由があって、それを発酵学的に理路整然と説明付けをしているのだ。だから読んでいる我々にも、あるひとつの食べ物について、製造過程や保存状況など、どこでどういう違いが生じると「美味い」と「不味い」に分かれていくのか、そのあたりがよく分かって興味深い。「美味い」モノを食べるためには、どうすれば「不味く」なるのかを知ることが大きな意味を持つ、そう考えると、この本はいわば「食の反面教師」とも言える。またこの小泉氏というのは、おそらく根本的に好き嫌いが無いとみえ、いろんなところに出掛けては、どんな奇抜な物でもまず口にしてみる、そういう人だ。どんなにも不味そうに見えても、「ひょっとしたら美味いかも」と思えばつい手が伸びてしまう、言わば「食の性善説」とでも言えるような方だ。そしてその「味の表現」のボキャブラリーも、凡人である我々よりもはるかに豊富だ(ただこの点に関しては、東海林さだお氏の右に出る者はいないと思うが)。「味」という、「カタチの無い漠然としたもの」を言葉で表現するのは、結構難しいもので、私も仕事柄、それをせねばならない立場にいるから、その大変さはよく分かるのだ。
2008年01月29日
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話題のドキュメンタリー映画『アース』を観てきた。元来私は、ドキュメンタリー映画というものにあまり興味が持てない方なので、例えば昨年公開された『不都合な真実』という映画を観たときも、大変上質で考えさせられる映画だということは理解しながらも、なぜか自分の心の中では今ひとつ響くものに乏しく、ちょっとした自己嫌悪感を抱いていた。だからこの『アース』も観ようかどうしようか迷っていたのだが、いつもこのブログにコメントを寄せて頂いているスーズトニックさんのブログにアップされた感想を読んで、観に行く気になったのだ。結論から言えば、私にとってはこちらの方がずっと腑に落ちる内容だった。一応これは「吹替え版」であり、俳優の渡辺謙氏のナレーションが挿入されてはいるが、それ以外は何の演出も無い、動物たちの自然な営みがカメラに収められたものだ。ひたすらに「自然」だ。動物たちは長い年月をかけて、その肉体・習性などを環境にアジャストしてきた。大いなる自然の営みの中で、彼らはあるいは棲み分けを図り、あるいは一方では食ったり食われたりの「食物連鎖」を繰り返しながら、地球という大きな入れ物の中で、一定のサイクルを保ってきた。その様のなんと神秘的なことか。雄大な映像美と迫力のあるカメラワークに感心しながら、自然の偉大さにただただひれ伏すのみだ。それと同時に感じるのは、人間の存在の如何に小さいことか。その人間の力によって、長年培ってきた自然界のバランスが崩されようとしていることは、「傲慢」というほかは無い。自然は何も語らないが、その映像のみでそんなことを我々に雄弁に語りかけてくれる。ベルリン・フィルによるBGMも、でしゃばり過ぎず非常に効果的に奏でられている。そしていつも思うことだが、こういった映画はやはり映画館で観ないと、本当の良さは伝わらないのではないだろうか。特に座る位置は重要だ。私は洋画だといつも、字幕が見やすいようにと、やや後ろの方に座るが、この映画に関してはやや前寄りの席の方が、その迫力が存分に堪能できるように思う。
2008年01月27日
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あらゆるモノの価格が上がりつつある。我々の業界もご多分に漏れず、(大豆を原料とする)醤油・味噌と来て、いよいよビールと焼酎の出番(?)だ。ただ焼酎はともかくとして、今回のビールの値上げはちょっと厄介だ。というのも、今までなら各社一斉値上げとなるところが、今回は微妙に値上げ時期がバラバラなのだ。得意先の飲食店に通知するのにもちょっと気を遣う。本当は各メーカー一斉に価格を改定したいのだが、複数銘柄取り扱っている店も少なくないから、そうすると銘柄によっては、まだ仕入値が上がっていないのに先走って値上げをしたり、反対にとっくに仕入値が上がっているのにその上昇分をしばらくウチで吸収したりということが起こったりして、どちらにしても具合が悪い。とにかく私はこの酒類販売という仕事の中では、価格改定にまつわる作業というのが最も嫌いだ。パソコン上の価格の書き替え、プライスカードの作成、といった一連の作業の煩雑さに加え、得意先への案内の折に「漏れは無いだろうか」と気を揉んだりして、どうしても気疲れしてしまう。そして厄介なのが、値上げ前の買いだめに対する対応だ。今でこそさほど顕著ではないのだが、かつては値上げとなれば、特に飲食店関係がこぞって値上げ前に買いだめをしたものだ。安く買っておいて、値上げ後は個々の店でも値を上げて提供すれば、その差額はお店の儲けになるワケだ。ただ飲食店も多めに在庫を抱えようとすると、在庫金額が膨らんでかえって支払いが苦しくなるので、最近ではそういった「買いだめ」はあまり見られなくなった。それでも各店で多少なりともそういった動きがあれば、合計すると結構な量になるから、ウチの店でもそれくらいの在庫は見込んでおかなければいけない。お客からの注文があったときに、「ありません」ではちょっと格好つかないからね。しかしその量が正直まったく読めないのである。予約を取ろうと思っても、予約無しで値上げ直前に駆け込みで買いに来られたりすることも結構ある。それにウチの店である程度多めに在庫を用意しようと思っても、それだけの供給がおぼつかなくなることもある。例えば今現在、「い●ちこ」がそういう状態だ。ビールや日本酒と違って、焼酎にはあまり製造年月日が打たれてないので、「い●ちこ」のように間違いなく売れていくものについては、各酒販店が余計に在庫を抱えようとする。そうなれば正常な物流に支障をきたすということで、メーカーが出荷規制を敷いてしまう。その結果、一時的にモノが入りにくい状況になってしまうのだ。別にウチの倉庫に大量に抱え込んでやろうか、などという気持ちは微塵もなく、ごく通常の発注に過ぎないのに、注文した商品が来なくなったりする。そういうことも私を鬱陶しがらせる一因なのである。しかしもともと価格が相場によって日常的に変動するような物を扱う業種の方から見たら、私の嘆きなんてまるで「ガキのたわごと」かもしれないな。以前に比べてオープン価格が浸透してきたとはいえ、まだまだメーカー主導の小売価格が幅を利かせている業界なのだ、という証拠か(それが悪いと言うわけではないが)。
2008年01月25日
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西武から中日にFA移籍した和田一浩選手の人的補償として、セットアッパーの岡本真也投手が西武に移籍することになった。ここ数年の彼のチームへの貢献度を考えると、彼がプロテクトから外れたことが少々意外にも思えたが、よくよく考えるとまったく納得いかないというわけでもない。プロテクトリストが28人だから、ほぼ1軍メンバーとイコールと考えてもいいわけだが、今は2軍にいても将来を嘱望されている若手を外すわけにもいかないとなると、昨年一軍でバリバリ活躍していた選手とて、プロテクトリストから漏れる可能性もあるということだ。確かに岡本投手は故障知らずで、いいタマを持ってはいるが、時々四球を連発して自滅する姿が私にも印象に残っているから、そのあたりがマイナス材料になったのかもしれないな。あとはこれを機に、チームの若返りを推し進めようという、ひとつの象徴として考えられるだろうか?それにしても数年前から、FAで選手に出て行かれた球団が見返りに、人的補償を求めるケースが急激に目立つようになった気がする。ある意味結果的に「トレード」のような格好になるわけだが、いまだにトレードに対してどちらかと言えばマイナスイメージの強い日本では、選手の行き来を促進する意味でもこれは良い制度ではないか、と思う。ただしかし「人的補償」という言い方は何とかならないものだろうか?トレードなどよりもずっとマイナスなイメージを感じてしまうのは私だけだろうか?もうちょっとスマートな呼び方をして欲しいと思うのだが.......。
2008年01月22日
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つい先程、近所の交差点でクルマの転覆事故があった。ところでこの交差点では、ちょうど一週間前にもクルマの転覆事故が発生しており、今回もその時と全く同じような状況で、事故車も同じような軽乗用車なのだ。偶然とはいえこれだけの条件が揃うと、さすがに気味が悪いな。
2008年01月21日
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今年から日本のプロ野球では、盗塁に関する規定が少々変わるようだ。例えば大量得点差での、リードしているチームの企図した盗塁は、正式な数として認められないという。つまり「価値の無い盗塁」は認めない、ということだ。もっともメジャーは以前からそういう考え方であり、今回は日本がそれに倣った形だ。私も一度、テレビを見ていたとき、イチローが走ったのが盗塁として認められなかったということがあり、そのときに日米の野球観の違いを目の当たりにしたものだった。確かにその考え方は理解できないわけではない。しかし本当にそれでいいの、といった懸念も残る。メジャーではこういったケースでの盗塁を、「勝敗を決する上で何の意味も持たない」と考えるのと同時に、「恥ずべき行為」として捉えていると聞く。戦意を喪失した相手にさらに追い討ちをかけるのはいかがなものか、といったある意味、「騎士道精神」に通じるものだとも言えるかもしれない。例えばよく似たケースとして、やはり大量得点差でリードしているチームのピッチャーが打席に入ったとき、本気で打ちに行くのはタブーとされる、という話も聞いたことがあるような気がする。いわばメジャーのは、こういった思想の上に立ってこその「盗塁観」なわけだが、如何せん日本人にはこういった感覚は備わっていない。形だけのルールを導入したところで、根本の思想が伴ってなければ、「仏作って魂入れず」といったことになってしまわないだろうか?またこういった盗塁が認められるか否かの、具体的な基準があいまいなままなのも気になる。メジャーではそれで問題なくやってるからいいんじゃないの、と言われそうだが、元々メジャーというのは何かと「アバウト」な部分が多い。例えば各チームとの対戦試合数だって決して公平ではないし、優勝が決まった段階でリーグ戦は打ち切られ、消化試合もまったく行なわれないともいう。律儀に消化試合を淡々とこなしている日本とは大違いだ。それだけ「律儀な」日本で、「アバウトな」盗塁判定をやったなら、トラブルが続出たりしないだろうか?野球の基本的なルールは均一でないと、相互に試合をするときに困るから別にしても、たかが盗塁の数え方くらいのことだったら、リーグ毎に多少のズレがあったところで、何ら問題になるとは思えないのだが......。
2008年01月18日
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今日、新しい携帯電話の契約のため、ソフトバンクのショップに行った。平日の昼間ということもあって、店内に客は私ひとりだ。ショップのオネエサンの指示に従って、各種手続きの書類に記入をしていると、背後でドアが開いて、もうひとりのお客が入ってきた。しかしそのお客―――声の感じからすると中年女性と思われる―――は、別の係員さんと二言三言話した後、「あれっ?ここ『au』じゃなかったのね!?」と言ってそそくさと出て行った。なんと携帯電話会社を間違えて入って来たのだ。確かにこのソフトバンク・ショップと同じ通り沿いの3軒ほど手前に、『au』のショップがあるから、間違えるのも無理のないことかもしれないが、私の感覚からすれば「ありえない」ハナシだ。で、書類を書きながら「へぇーっ、携帯ショップを間違える人なんて、いるもんなんだね~」と話し掛けると、「えぇ、結構いらっしゃいますよ」「まあお互いこれだけ近くにあるわけだからね」「でもたまに、ドコモと間違えて来られる方もみえますよ」「えっ???」ちなみにドコモのショップはこの近辺には無い。まあ、そういう人達にとっては、携帯ショップはどこも同じようなものなのかもしれない。ショップのオネエサンは続けた。「そういう方でも、例えば機器の扱い方のように、私たちでも解るようなことでしたら教えて差し上げたりもします。ただ料金プランなどのようなことになると、どうしようもありませんが........(苦笑)」ウーン、単に門前払いしないあたりはさすがだな。
2008年01月16日
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「それちょっと、もったいないんじゃないの?」とよく言われる。何のハナシかと言えば、携帯電話の話だ。実は私たち夫婦は、それぞれ違う会社の携帯電話を持っているのだ。ちなみに私が「au」、妻が「ソフトバンク」だ。まさに今、ソフトバンクが上戸彩などを起用して「家族間無料通話」のPRに躍起になっているときだからこそ、周りから見ればウチのようなパターンは奇異に映るのかもしれない。確かに私もそれは感じていた、が、今までそれを放置していたのは、ひとえに私が「面倒臭かった」というだけのことなのだ(笑)。というのも、妻の電話は個人名義だが、私が日常使用しているものは店の名義の法人契約なので、私がソフトバンクに替わったところで、果たしてそれが「家族間通話」という扱いになるのかどうか、あるいは仮に私がソフトバンクに変わると同時に個人名義に変更した場合、それが単なる「機種変更」として認められるのかどうか、そのような諸々の疑問を抱えていたからだ。何せこういうことには本当に疎い私だけに、こういった疑問が重しになり、結果的に私を携帯電話ショップから遠ざけていたのだ。しかし年も変わったことだし、どこかで思い切ってやらなければ、ということで今日、ソフトバンクのショップに出向いて、私の疑問をすべてぶつけてみた。その結果は、まあ端的にいえば、法人契約のまま機種変更すればそれでOK、ということだった。私のが店名義のままだとさすがに「家族間通話」には当たらないけれど、『ホワイトプラン』であれば家族間かどうかに関わらず、ソフトバンク同士の通話は無料になるというからだ。私はてっきり『ホワイトプラン』=「家族間通話」だと思い込んでいたから、難しく考えてしまっていたが、妻との通話を単に「ソフトバンク同士の通話」として考えればいい、そんなに悩む必要はなかったのだ。ただしこの場合、夜の9時から深夜1時までの4時間は対象外になるという。それをご承知おきください、と念を押されたが、考えてみればその時間帯、私は基本的に店か自宅かのどちらかにいるわけだから、この時間に妻と電話で話す可能性は極めて低いし、仕事上でも電話を使うことも少ないだろう。これですべての問題は片付いた。こうやってまたひとり、ソフトバンクのCMにまんまと乗せられて、替わっていく人間がひとり増えたワケだ(笑)。これであとは契約をするのみだが、法人契約は会社の登記簿謄本を取ったりと、何かと面倒臭いことが多い。まあ、慌てる必要もないのだが。
2008年01月13日
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前代未聞のとんでもないミスをやらかしてしまった。ここに書くのも恥ずかしくて堪らないようなことだが、あえてここに詳細を記すことで、私自身今後の戒めにしたいと思う。その宅配便の荷物を妻が預かったのは、昨日の昼前のことだった。依頼主は永年ウチをご利用いただいている方で、どうしても翌日(つまり今日)の午前中に届けて欲しいとのご依頼だった。もちろんそれは問題なく、二つ返事でお受けしたそうだ。ウチに出入りしている宅配便大手のN社は、担当ドライバーが毎日ウチの店に顔を出すことになっていて、いつもその時に預かっている荷物がないかどうか確認をして渡すのだが、昨日は何故か姿を見せなかった。つまり肝心のその荷物が集荷されなかったのだ。姿を見せなかったといっても、荷物が残っていることにすぐ気がつけばよかったのだが、その荷物自体ちょっと分かりにくい所に置いていたこともあって、そのまま誰もずっと気付かないままになってしまっていた。そして閉店時(午前0時)、私が店仕舞いをしようとしたときにその荷物が目に入った。私はそのときまでこの荷物の存在を知らなかったのだが、貼られている送り状を見ると、「今日の午前中着」指定となっているではないか。つまりあと12時間だ。なんだN社のドライバーに渡しそびれたのか、と思って何気なくそのお届け先を見てみると、これがなんと「東京」ではないか。名古屋とかその近辺だったら何とでもなるだろうが、さすがにあと12時間のうちに東京に荷物を送るなど、どう考えても不可能だ。自宅にいる妻に電話でこのことを知らせると、真っ青になった(電話だから色までは分からないが)。「どうしよう......必ず明日の午前中にって言われていたのに......」と、電話の向こうでオロオロしているのが分かる。とにかく何とかしなくてはいけない。まずN社の営業所に電話をしてみたが誰も出ない。この際行ってくれるならどこでもいいや、ということで、他の運送会社に片っ端から電話をしてみたが、やはり電話に出ないか、幸い繋がっても「あ~、そんなの無理無理」とけんもほろろに断られてしまう。そりゃそうだろう、大手運送会社の東京方面行きの便というのはもうその数時間前に出てしまっているわけだから。さすがに何件も断られると、こりゃ自分で東京までもって行くしかないかな、などという気にもなりかけたが、そんな中、ある運送会社でコトの仔細を話していたら、「赤帽さんなら行ってくれるんじゃない?」なるほどそういう手もあったか、ということで早速電話をしてみると、「時間的には何とか間に合いますから、後は空いてるドライバーが見つかれば行けますよ」という返事が返ってきた。ただしかし問題は費用だ。普通に考えても往復の高速代やガソリン代だけでも軽く3万円は超えるわけだから、どう見積もっても総額で5万円は軽く超えると思われる。これはちょっとハンパな額ではない。一瞬冷静になって考えてみた。果たしてこの荷物は、今それだけの大金を負担してまで、必ずしも期限内に届けなければいけないシロモノなのだろうか?ひょっとすると依頼主が後でコトの顛末を知ったとき、「あらぁ~、そんなにまでしてもらわなくても良かったのに~」なんていう風に言われないだろうか、そんな悪魔のささやきにも似た考えが頭の中をグルグルと駆け巡り始めた。それを確認するべく、明日の朝まで待って、依頼主に正直に事情を話して善後策を協議する、という選択肢も考えられた。しかしその時点で、やっぱり午前中についていなければ困る物だった、と言われてもあとの祭だ。かといって今この夜更けに電話を掛けて、依頼主をたたき起こして訊くわけにもいかない。いろいろ考えてみたものの結局は、とにかく「最悪の場合」を想定する、ということに落ち着いた。つまりこの場合だと、依頼主から荷物を託された責任を全うする、すなわちどんな手を使ってでも、あと12時間の間に荷物を東京まで届けるしかない、という結論に達した。もう一度赤帽さんに電話を掛けて、正式に配達を依頼した。料金は今はっきりとは出せないが、だいたい6万円前後だろう、ということだった。それで了解すると20分ぐらいで店まで荷物を取りに来てくれた。行き先を記したメモを渡し、荷物を乗せ、クルマのテールランプを見送って、やっと人心地ついた。そして今朝、8時半くらいにそのドライバーから電話があって、「無事荷物をお届けしました」とのこと。やっとこれで肩の荷が下りた。まさに赤帽さんは地獄に仏、深夜にもかかわらず丁寧な応対をして頂き、また遠路はるばる東京まで走って下さり、本当に感謝しきりである。しかし今回は本当に高くついた授業料となったなー。でも致し方ない、信用はカネでは買えないからね。
2008年01月12日
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「クリスマスソング」というのは巷に溢れ返っているのに、「お正月ソング」(スタンダードな唱歌ではないもの)というのは、誰も出しているのを聞いたことが無い。相対的にクリスマスよりも正月の方に比重が高い日本でそうなのだから、アメリカ辺りならなおのこと、「お正月ソング」なんて望むべくも無いと思っていた。しかしコレがあったんだなー、しかも「ブルース」で。戦前から活動していたアメリカのブルース・ピアニストに、『ルーズベルト・サイクス』という人がいた。この人の作品が入ったコンピレーションアルバムを大分前に買ったものの、これがあまり聴く機会が無く、しばらく忘れられた存在になっていたのだが、先日久し振りに引っ張り出して聴いてみたところ、面白い曲があることに気がついた。『(New Year's) Resolution Blues』.......直訳すれば『年頭の決意ブルース』とでも言えばいいだろうか?とにかく歌詞を見てみると、これがなかなか興味深いのだ。CDに対訳がついていないので、私の拙い訳で申し訳ないが、まず...... 旧き年は去り、新しき年がやってくる。 で、これから毎年、新しい決まりごとを定めていこうと思う。ときて、次に具体的内容に入る。 まず「酒を飲むのを止める」、 そして「浪費癖も直す」、 そして「コツコツ金を貯めるんだ」。 それから「賭け事も止める」、 そして「夜中じゅう徘徊するのも止める」、 また「人当たりを良くし、生き物をいたわる」。と、こんな具合だ。そして最後には今までの行状について、神に許しを請うている。今までの生き方を反省しているようだが、まあ典型的なブルースマンにありがちな、ちゃらんぽらんな生活パターンを送っていたことが見て取れる。この歌を書いた後、彼がどのように改心したのかは、とても知る由はないが.....。しかし「1年の計は元旦にあり」というのは、洋の東西を問わないものなのだな、と変なところで感心したりもした。
2008年01月10日
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一昨年の福岡の飲酒運転死亡事故の判決が昨日あったが、予想通り、「危険運転致死傷罪」の適応は見送られた。私は法律問題に「感情論」を持ち出すのは好まないが、それはさておいても、今回の法解釈にはどうにも納得が行かない。解釈の焦点は、被告が「酩酊状態」にあったかどうか、ということにあるようだが、そもそも「酩酊状態」がどういった状態なのか、その基準からしてまったく曖昧だ。ましてや被告人が酩酊状態になかったという根拠として、「それまでの道のりを事故もなくスムーズに運転してきた」などというだけでなく、「事故後、隠蔽工作をしようとした」などという、本来道義的に許されるべきでないことまで持ち出してくるに及んでは、もう開いた口がふさがらない。被告人が運転前に飲んだ酒の量が、酩酊状態を引き起こす量かどうかの基準も不明瞭だ。ただ常識的に考えてもその酒量は、その後クルマを運転するのにまったく支障が無いワケがないことは確かだ。とにかくそれ以前の問題として、酒を飲んで運転すること自体がそもそも禁止されているではないか。それならば「危険運転致死傷罪」などという曖昧な法律ではなく、「飲酒運転致死傷罪」という風に法改正して、とにかく飲酒運転をした上で人を死なせたりしたら即刻、厳罰に処するようにしたほうが良いんじゃないだろうか?以前から何度も書いていることだが、リカーマンとしては、酒が悪者になることが一番辛い。だからなおのこと、その入り口の部分でキッチリ法規制をしてもらいたいのだ。
2008年01月09日
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今年もあちこちから年賀状が届いたが、ひとつひとつ見ていると、特に年賀状だけのやり取りになってしまっている方の近況報告には、時々驚かされることがある。よくあるのが「転職しました」とか「引越ししました」といったもの。まあこういった類は1年に3~4通ぐらいはあるものだ。しかし今回、妻のとある友人から届いた年賀状には、夫婦ともども驚かされた。その友人には2人の子供がいるのだが、二十歳になる上の女の子が先月電撃結婚をしたとの由。しかも来月には子供が生まれるというから、その友人は42歳にしてもう「おばあちゃん」になるわけだ。さすがに我々夫婦の同年代の友人の中では、今まで孫がいるという人はひとりも居なかった。まあしかし計算上では30代で孫のいる人だって有り得ないわけではないから、42歳で孫がいてもちっとも不思議ではないのだが、いざそういう現実を突きつけられると、さすがにそういう世代に差し掛かってきたんだな、ということを否が応にも認識させられてしまうのだった。
2008年01月08日
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年末12月はひたすらフルスロットルで働き、大晦日を境にして正月3が日はまったく仕事から離れた。で、今月の4日から新年の営業は始まっているわけだが、張りつめていたものを正月の間に一気に緩めてしまうと、今度また張り直すのは結構難しい。一応仕事を再開するときに、気持ちを切り替えたつもりではいたが、実はそれはうわべだけのことだったのかもしれない。ウチのお得意先の一部が昨日まで正月休み中で、全般的にまだまだ正月気分が抜けきってないという事情もあるのかもしれない。そういうわけでここのところ、図らずもちょっとダレ気味になってしまっている。早々に修正しなくては。
2008年01月07日
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12月の間は日曜日も終日仕事で、ゆっくり映画など観に行く時間もなかったが、年が明けて日曜日も普段どおりの勤務シフトに戻ったので、早速近所のシネコンに足を運んだ。今年一発目は、『魍魎の匣』。京極夏彦氏によるミステリー小説の映画版だ。実は私、この映画の原作どころか、彼の作品というのはひとつも読んだことが無い。しかし別にそういうことは関係なく、個人的には結構面白かったと思う。いや、逆に言うと、原作を読まずに観たからかえって良かったのかもしれない。事実あらゆるレビューなどを見てみると、原作を知る人からは酷評ばかりが寄せられているのだ。まあこれは以前にも書いたことがあるが、原作へのオマージュが強いが故の宿命みたいなものだろうから、仕方ないね。ただ少々グロテスクなシーンが有ったりするので、そういうのが苦手な方は止めた方がいいかもしれない。
2008年01月06日
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遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。これをごらんの皆様にとって、この1年が良き年にならんことをお祈り申し上げます。---------------------------------------------------------------------------さてこの正月3が日は例によって、関東にある妻の実家に帰省した。クルマで元日に出掛けて3日に帰ってくる、相変わらずの強行軍だが、子供達のために毎回向こうでは何かしらのイベントを用意している。今回はスキーだ。といっても、本格的なスキーではない。実は長男が来月、学校のスキー教室に参加するに当たって、その前にちょっとだけでも体験しておきたいという、たっての希望に2人のムスメが同調したものだ。そんなことなら本物のスキー場まで行かずとも、人工スキー場で充分、ということでいろいろ探したのだが、これがなかなか見つからない。かつては妻の実家の近所に2ヶ所もあったのに、両方ともバブル後の経営不振から早々に撤退していたのだ。というわけでやっと探し当てたのが、所沢市はグッドウィルドームのすぐ横にある『狭山スキー場』だ。ちょうど自宅へ帰っていく帰り道からちょっと遠回りをして、ここでひと滑りしていくことになった。幸いなことに、初心者用のレッスンも設けられているようだから、子供たちにも具合が良い。妻も私も最後に滑ってからもう十ウン年の歳月が経っているから、果たして上手く滑れるだろうか、そう考えた次の瞬間、私はイヤな予感がした。スキーを滑るときの姿勢を思い浮かべてみると、腰を折ったやや前傾姿勢だが、コレって私がここ最近患っている腰痛にとって、一番よくない姿勢ではないだろうか?滑り終わった後で自宅まで長距離運転しなければいけないことを考えると、コレはちょっとマズイんじゃないか?もしここでまた腰を痛めるようなことがあると、ウチへ帰れなくなってしまう、そう考えると急に及び腰になり、今回はちょっとパスしようという結論になった。というわけで家族がスキーを楽しんでいる間の約4時間あまり、私は一人で待機することとなった。最初は中に入って、家族が滑る様子を見物していようかとも思ったが、駐車場にクルマを入れるだけでもべらぼうな金額が掛かるし、なにより4時間も他人の滑るのを見ていても面白くもクソも無いということで、入り口で家族を降ろして、私はそこを立ち去ることにした。さてその4時間を如何にして潰すか、とりあえずその周辺をクルマでブラブラしていると、スキー場のすぐ近くにある人口湖「狭山湖」のほとりに遊歩道が設えられているのを発見し、とりあえずそこを歩いてみることにした。うまい具合に天気は快晴で気温も高く、絶好の散歩日和。湖の上をそよそよと吹き渡る風がなんとも清々しい。湖畔沿いに1km弱の距離を往復したのだが、途中で狭山湖の向こうに富士山が望めるポイントがある。私もいろんな場所で富士山を見たことがあるが、湖の向こうに富士山を望むというのは、考えてみればあまり記憶に無い。そういえば昨年の正月のブログでは、高速道路のサービスエリアから見えた富士山の写真をアップしたんだっけ。このところ正月は富士山づいている(まあそちら方面に行くのだから、当然といえば当然か)。スキーではひとり置いてけぼり(?)を食らったが、その分いいモノを見ることが出来た。ところで久し振りの長距離ドライブを終えて今日、久し振りに行きつけの接骨院へ行ったところ、「背中がバリバリに張ってますよ!どうしたんですか?」.......。クルマの運転だけでこの体たらくなのに、こりゃスキーなどしてたら一体どうなっていたことやら(笑)。------------------------------------------------------------------------------というわけで皆様、今年もひとつよろしくお願い致します。
2008年01月04日
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