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音楽史には功績と実態がさまざまであって、子供の頃に教科書で学んだことが今改めて振り返ると位置付けが変わっているなど、時と共にあまりに認識までもがバラバラになっていることに気が付きます。中学校くらいの音楽の時間に、【フランス6人組】デュレ、オネゲル、ミヨー、タイユフェール、プーランクオーリックは「ロシア5人組」と並んで覚えた記憶があります。6人組が共に活動したのは1917−1921年の5年間の中のほんの少しで、プーランクとオーリックは10代、他の4人は20代後半から30代前半でした。この6人は50代のサティの下に集まり新古典主義を標榜しており、ジャン・コクトーや批評家のアンリ・コレによって新聞や雑誌で広められました。サティは音楽界の異端児、変わり者と呼ばれ《官僚的なソナチネ》《犬のためのぶよぶよとした前奏曲》《冷たい小品》《梨の形をした3つの小品》《干からびた胎児》《裸の子供たち》などの奇妙なタイトルの楽曲が多いのですが、自身は死の直前に「私は真面目でない音はひとつたりとも書かなかった」と話し、それについて文献には、「一生、表面を理不尽でとりつくろった音楽家の切実な声だったかもしれない」「無感情や皮肉の下に隠されたその生真面目さは、その表層のみを摂取した新古典主義者(6人組)との間に離反を起こさせ、サティの晩年である1925年にはミヨーを除き6人組とは絶交状態だった」と書かれています。とは言っても、サティの作品はいくつかのものがよく演奏される程度ですが、音楽史上は後の多くの作曲家にさまざまな影響を与えたとされます。サティに比べて、6人組はそれぞれの業績があるものの知名度はさまざまで、年長であったデュレの作品は知る人がとても少ないと思われます。デュレは、ラヴェルの影響を持つ作品を書き他の5人とも異なる作風でした。【フランス6人組】という言葉は史実としてあるものの実態はほんの僅か、そんなことが今日まで残っていますが、すでに過去のものかもしれません。昨年収録したサティ作曲《干からびた胎児 》より Ⅱ〈無柄眼類の胎児〉デュレのラヴェルの影響を思わせる作品《フルートとピアノのためのソナチネ 作品25》デュレの特徴的な1曲《オーボエ、クラリネットとファゴットのためのトリオ》上の写真は、左からミヨー、ピアノの前がジャン・コクトー、オーリック、オネゲル、タイユフェール、プーランク、デュレ
2019.09.12
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表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。インターネットで「芸術」を調べるとこんな説明が載っています。「芸術」は言葉にはできなくても多くの人と共感できているもの、そう思っていたのですが、人によってかなり異なるという結論です。自分なりにより易しい言葉で説明すると次のようになります。「芸術」とは、高度に鍛錬したものと高度に鍛錬したものが精神性と共に合わさった時、それが1+1=2ではなく1+1=100くらいの、通常では考えられない想定以上の別のものに到達する現象、それは奇跡やイリュージョンのようなことで、そこに立ち会った聴衆や観衆に必ず驚きを与える。ちょっとした瞬間から、そのものの細部全てが芸術性に満ちたものまでさまざまある。例えば、音階をゆっくり奏すれば楽器のウォーミングアップを思い起こさせますが、とても速く奏すればそれはグリッサンドという効果を持つ素材になります。前半のテンポは♩=48、それを後半は♩=1000にしています。今では当たり前のことですが、グリッサンドが現れた時は驚かれたに違いありません。初演であまりに驚かれてブーイングされたエピソードのある曲は多いですが、今では普通に聴かれていても名曲が登場する時には常に驚きがあったと思います。これから後のことは文献に書いてあることではなく長年音楽に関わり感じたことです。いつの時代も人気の高いチャイコフスキーはごく普通に聴かれていますが、あの弦楽セレナードも驚きのチャイコフスキー和声が感じられるのです。まず、この曲はハ長調でありながらⅥの短三和音から始まりますが、これも意表を突いたチャイコフスキーの特徴とは言えます。しかし、チャイコフスキーの抒情性やロマンを表したのはその次の和音です。最初のⅥから3番目のⅣの和音の極々シンプルな古典的な進行の間に、それをソプラノとバスが経過音で繋いだ偶成和音は長7和音です。通常であればsi音に♭が付きへ長調の属7和音になるはずが、2番目の和音でsiとdoが長7度でぶつかる、当時として聴かれることが稀な長7和音が美しいと感じられた瞬間です。ドビュッシーやラヴェルもそれまでの和声法の真反対を行った意味で極めて斬新、不協和音程による付加音、解決しない第7音、第9音、また連続5度、8度の連続使用など、それまでの音楽史の流れとは一線を画していました。その後1900年に入り、ストラヴィンスキー、バルトーク、プロコフィエフなどが、その斬新さゆえ驚きやブーイングがあったわけで、それはジョリヴェなど1960年くらいまでは続いたと思われます。しかし、同時に12音技法を発展させた作風の作曲家がいたわけですが、その作品は驚きやブーイングを超えてしまった、つまりそれまでの聴衆が聴いて着いていけるものではなくなったと言えます。数学的、構造的な音楽、またコンセプト(イデー)と楽譜(ノーテーション)の一致が、極めて論理的ではありますが、1+1=2にしてしまいそれまでの音楽史の流れと隔絶してしまう、それだけの音楽になることは避けなければならないと思うのです。
2019.09.11
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夏が終わってしまいましたが、楽しみは季節をと問わずいつも食べることでしょうか。自分にとっての贅沢と言えば、ビストロに行って一品料理を味わいながら、居酒屋のように遠慮なくワインを飲むことかもしれません。どこでもあれば食べる、パテ・ド・カンパーニュ。シャンパンのコルクが飾られています。これは家です。夏のブームだった冷たいカモミールティーです。
2019.09.08
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30年間の大学教員で本当にさまざまなことを勉強することができました。その中のひとつに、演奏会における曲目解説づくりと論文指導の楽曲分析は、本当にどれだけやっただろうと思うほどたくさんあります。曲目解説はあるだけの文献やサイト情報を頼りに作るわけです、演奏者が執筆したものは演奏にかかりっきりで時間がかけられておらず、さまざまな資料を切りはりしたものが文章として整理できているかどうかから始まり、作曲者の国や時代背景、生没年、タイトルの意図、作風、形式などのチェック、あとは音楽用語が適切かどうか、誤字脱字、他の曲との表記を揃えるなどです。ただ近年は新しい曲がどんどん増え、これらの情報が外から入手できないなどとなると、かなり主観的な文章となり、それが本当に正しいかどうか、また、その曲に対する感想文のようなものになったりもします。そこに客観性を与えることが現代っ子にはわかりにくいようです。大学院の論文指導では、何人もおられる音楽学の先生の専門から外れたもの、参考文献が見つからない楽曲がテーマである場合に作曲教員の自分が担当していたようです。もちろん洋書を見つけてくるのは得意ではありませんが、指導にあたって主要な外国語については訳さないとできませんし、資料がない場合は楽譜に書かれていることを手掛かりにするしかありません。それでも作曲家と楽曲の成立についてはとにかく手掛かりをかき集めて作り、あとから論文そのもののテーマについて絞り込むと再度検討することになります。文献がほとんどない状態で、楽曲全体の分析をそのまま載せるということはたいへん難しいのですが、院生が知りたかったのはその曲どのようにつくられているかというのも事実でした。それでも自分で書けることを書くのが筋ということは言うまでもありません。楽曲分析は新しい作曲家にとっては企業秘密のようなものですから、殆ど載っている文献はありませんし、曲目解説でもほんのさわり程度のことが抽象的に書いてあるものが殆どです。毎年あったので憶えられないくらいの分析が課せられましたが、文献のないA.ジョリヴェは本当にたくさん行ったほか、名前の読み方も論議したカーク=エラート、間宮芳生、O.メシアン、本人にインタビューした丹波明、I.ユン、G.ショッカーなどなどでした。分析はまず的を得ていないことは書けず、1言1句表現にこだわる必要があります。例えば12音技法の楽曲の和声的な分析をしても意味はないことが多いです。また12音技法の場合は、楽曲全体の隅から隅まで調べなければ書けないのでたいへんです。他にもさまざまな作曲法がある中、それを突き止め定義することが難しく、不定量の記譜が中心だった三善晃作品については分析を断念せざるを得ないこともありました。ある程度調性があってくれればスタイルを定義することはできますが、そのスタイルが曲によって変わっていた作曲家がニノ・ロータでした。ニノ・ロータと言えば映画音楽のほうがたいへん有名で、「ロメオとジュリエット(1968)」や、「ゴッド・ファーザー」「太陽がいっぱい」などがあります。しかし、ニノ・ロータはクラシカルな作風の曲もあり、室内楽からオーケストラまであります。また、映画音楽でも上記とは少し異なるものに「ナイル殺人事件」があります。今では考えられませんが高校生の頃、課外学習と称して全校生で映画鑑賞したのです。その時は大画面で壮大な印象でしたがニノ・ロータの曲とはわかっていませんでした。今聴くとプロコフィエフのバレエ「ロメオとジュリエット〜バルコニーの場面」を想い浮かべます。また、今ではすっかり忘れていた学生の頃に木管五重奏を作曲するために、音の重ね方を勉強するためにたまたま買ったミニチュアスコアの曲がニノ・ロータで、今では簡単にYouTubeで見つかり初めて音で聴くことができました。そして、論文指導で分析の必要があったコントラバス協奏曲です。これらの曲が同じ作曲家からつくられているのです。論文のもっとも大きなテーマは、もはやこれらの曲がどのように関連づけられるのか、ニノ・ロータの作風や考えを絞ることが迫られました。旧知のイタリアの現代音楽とは全く異質のクラシカルな音楽と映画音楽、ニノ・ロータは映画の題材や楽器のイメージによって実用的な音楽を考えた職人に思えます。
2019.09.08
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