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今日で今年も終わりなんですね。私のつたない文章を読んで下さった方々、ありがとうございました。心より感謝いたします。今日はとにかく忙しかった。それと、疲れる一日でもありました。やっぱりね、苦手です。あの方は。そういう、カチンとくる事、一つ一つを溜めるのではなく、流してしまえる人間になりたいと思います。書くのはこれだけ。
2004年12月31日
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今日も忙しかった。お姑さんもよく働いてくれた。お姑さんが来るのがすごく憂鬱だったけど、こう、よく働いてくれるとありがたい。昨日は、今までいなかった人が加わったわけで、違和感があった。昨日はそのせいで暫くぶりで、デパスを4錠、余計に飲んでねた。そのおかげで朝までぐっすりよく眠れた。今日はお姑さんの存在もあまり気にならなくなった。この調子で4日まで、乗り切らなきゃ。今日はローストビーフを焼きました。人数が多かったので上手く出来るか不安だったけど、なんとかできました。明日も満室。どうか明日も無事、問題なく過ごせますように。。。
2004年12月30日
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今日は忙しい一日でした。そして、お姑さんがいらっしゃいました。一週間ほどいてくれます。もちろん、手伝いに来てくれたのですが、いらっしゃるまでは憂鬱で仕方がありませんでした。何とか今日一日は乗り切りました。明日は今日よりもっと忙しいです。何とか頑張ります。それと今日は右手にちょっと大きくやけどをしてしまいました。不注意でした。ハンバーグを焼く時に油が手にはねてしまいました。もう寝ます。永遠に明日が来なければいいのに。。。
2004年12月29日
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最近、調子がいい。だけど一つだけ、どうしても治らない事がある。お風呂に入りたくない病。どうしても面倒で入りたくない。今日こそは・・・って、いつも思うのだけど。3日に一回とか、ひどいときは4日も入らなかったり。明日は娘のレッスンにいくから、入らなくちゃいけないのに入りたくない。お風呂周りの掃除とか、そういう事はできるんですよ。でも、いざ入るとなると億劫。やっぱりまだまだ鬱なんですね。
2004年12月27日
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今日は娘の友だちを呼んで少し遅れたクリスマス会だった。今日のメニューは、ジャガイモのグラタン、ミートローフ、サンドウィッチ、おにぎり、コーンスープ、サラダ。それとケーキ。人数はたった5人だったのにこのメニューを作っただけで疲れた。体力が随分落ちているように思う。なにか運動でも始めればいいのだろうが。運動もしないくせに食欲だけはあるから、太る一方だし。アナフラニールを処方されてから、随分調子が良くなってきた。気分も安定しているし、眠くて仕方がないというのもなくなった。相変わらず仕事は好きじゃないので、仕事の時は調子が悪くなるけれど。仕事の事も前向きに考えられるようになれば、いいんだけどね。こればかりはどうしようもないね。でも、某サイトで読んだけど、アナフラニールって死ねる薬らしい。よほど強い薬なんだろうね。以前なら死ぬ事ばかり考えていた。今はそれはない。医師に、鬱の患者であっても、親として果たさなければいけない義務を教えられてから、だいぶ自分の考えが変わった。心無い親のもとで育った子どもたちを見ている医師は、親としてしてはいけない事を教えてくれた。その時は、私は患者なのにどうして説教されなくちゃないんだろうって思ったけど、今となっては凄くありがたいことを教わったと思う。娘が自立できるようになるまでは、ずっと娘の支えになっていようと思う。
2004年12月26日
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今日はクリスマスイヴ。我が家はクリスマスはいつも仕事が入っているので、ゆっくりクリスマスを楽しむということはない。でもちょっとでもクリスマス気分は味わいたい。ということで、毎年夜の8時頃、スーパーYに行ってクリスマス料理の売れ残りの安くなったものを買ってくる。でも、スーパーYもなかなか手ごわい。売れ残り品をねらっているが、なかなか安くならないし、これというものは売れきれてしまっている。今年はフルーツ盛り合わせはゲットできなかった。それでも、ピザ、散らし寿司、鳥のもも肉、を買ってきて、ささやかなクリスマスをやった。ケーキは時間ぎりぎりになっても安くならなかったので、今年は諦めた。我が家のクリスマスは毎年こんなものだ。今日は主人に仕事を手伝うといったのに、いざとなると気分にムラがあって結局ろくに手伝えなかった。こんなことで年末年始はもつのだろうか。ピアノのことを考えている時は、自分は鬱はもう治ったのではないかと思ってしまう。でも、いざ仕事となると何かと理屈をつけてやらない。気分も沈んでしまう。身体も思うように動かない。今日は主人が疲れた顔をしていた。これからはもう少し手伝わないと、、、。
2004年12月24日
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今日は娘の発表会だった。今日まで、長かった。この日のために毎日練習してきた。肺炎で練習が出来ない日が続いた事もあった。でも、何とか今日を乗り越えられた。娘の発表会。娘のお陰で私にも目標、生き甲斐が出来、達成感を味わう事が出来た。娘の感謝している。そして、娘のピアノのことばかりで仕事はおろか、家事も適当にやっていたにもかかわらず、文句を言わずに支えてくれた主人にも感謝している。やっと今日で一区切り。また明日から、新たな気持ちで頑張って欲しい。そうそう、親子連弾もやりました。私、2箇所間違えたけれど、娘がフォローしてくれて、なんとかつなぎました。家に帰ってきてビデオを見ましたが、やっぱりはずかしいですね。もう、連弾の話が来てもやりません(笑)。
2004年12月23日
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主人と娘の二人揃って肺炎になったのには参った。なにせ家の中には熱の無いのは私一人。当然、家事は私しかする人がいない。買い物も。三食ぜんぶ私が用意し、さらに40℃の熱でうなされている娘には食べさせたやり、、、。いつもは我が家の食事は主人が作っているので、いかに主人の存在がありがたいか判りました。やっと今日、二人とも何とか食欲も出、元気になった様子。なんかねー。やっぱり二人とも元気がないと私も鬱の波にのまれちゃって、つまんないことが凄く億劫に感じてしまっていました。やっぱり健康が一番ですね。とかいいながら、食後、みんなでそれぞれの薬を飲みましたが一番薬の量が多いのは私でした(^^;。今日は早速娘のピアノの練習。発表会は23日。もう、目前にせまっているわけで。何とか上手く仕上げたい私でしたが、主人曰く、「昨日は40℃の熱があったんだから無理させるな。」確かにそうなんだけど、まあ、それなりにやらせました。もう、今回の発表会はとりあえず止まらずに弾いてくれたらめっけものだと思っていますから。なので、今回はドレスは着ないで普段着で出るそうです。(一応、用意はしたんだけどね、ま、来年にとっておいてもいいか。。。)ピアノがへたなのに、服だけ立派だったら恥ずかしいからだそうで、本人がその方がいいと言うのだから無理強いはしないことにしました。明日からは主人も元気になってくれそうなので助かります。
2004年12月18日
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主人が昨夜から調子が悪いと言っていた。ただの風邪?と思っていたが、病院にいったら肺炎といわれた。そう、娘の肺炎をもらってしまったらしいのです。確かに娘の肺炎はマイコプラズマ肺炎といって、うつることもあるので家庭内感染に気をつけるようにとは言われていた。それに娘の看病をやっていたのは私だから、うつるとしたら私のほうが可能性が高い。それが私ではなく、主人にうつってしまった。幸い、軽いうちに病院に行ったので入院せずに家で安静にしていればいいことになった。それだけでも私にとってはショック。それだけではなかった。娘が学校から帰ってきて、調子が悪いという。熱を計ったら38.2℃だった。病院に連れて行ったら38.9℃だった。お医者さん曰く、「肺炎をぶり返したかもしれない」とのこと。とりあえず薬で様子を見て、土曜日にまた来るようにと言われた。なんでこう続くんだろう。家の中で熱の無いのは私だけ。私が頑張らなくちゃいけないのに、こういうときにまた、くじけちゃう。私がご飯を作らないと栄養がとれないのに、作る気がおきない。もう、寝込んでしまいたい。でも、そんな事も言ってられない。主人と娘のことを考えたら、ご飯ぐらいは作らなくちゃ。わかっているのに、どうしてできないの?
2004年12月16日
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昨日はずっと娘の学校に行っていろいろと気を使ってきたせいだろうか。帰ってきてから頭痛がひどく、食欲もなかった。夜はワインを飲んでぐっすり眠れたが。最近、寝る前は赤ワインを飲んでいる。ちょっとした拍子に飲んだら凄く美味しくて、やめられなくなった。お酒はもともと好きなほう。薬を飲む前はアルコール依存症だった。お酒を飲んで気分を麻痺させないといられなかった。でも、病院に通うようになって医師に止められ、暫くはやめていた。でもまた、最近ちょこちょこ飲んでいる。以前のような飲み方はしないけれどグラスに一杯か二杯。ちょっとほろ酔い気分になってあとはぐっすり寝ている。医師には内緒にしているけれど・・・(^^;。今日は朝起きても何もする気になれない。昨夜の頭痛もまだおさまらない。ちょっと人と接しただけでこんなに疲れたのでは情けない。でも今日は一日何もせずに過ごしていたい気分。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして自分は何も出来ないの?やらなければいけない事、たくさんあるのに。やりたい事もたくさんあるのに。何も出来ない自分が悲しい。人とも上手く付き合えない。今の私に友達はいない。人と付き合うときにいつも構えてしまう。だからみんな私といると疲れるんだね。だから離れちゃうんだね。わかっている。でも、自分でもどうしたらいいかわからない。いつもひとり。それにはもう、慣れた。でも、一人は寂しい。寂しいまま年を取っていく。
2004年12月15日
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今日は娘の学校の授業参観とPTAの懇談会があった。いつもなら授業参観だけ出て、後はさっさと帰ってきていた私。でも、じゃんけんで負けたせいで来年度の役員をする事になっているので今回は出ないわけにはいかなかった。しかもどの役員にするか、決める事にもなっていたので、休んだりしたら委員長がまわってくる。それだけは絶対に避けたかった。なんとか今回は運が良く、希望していた「環境美化」の委員になれた。その後は2月にあるスキー大会の役決めにも出てきた。家に帰ってきたのは6時過ぎだった。こんなに人の中にいたのは久し振りだった。家に帰ってきたら何だか頭がガンガンしてきて、吐き気もした。夕食も食べられなかった。いつも家の中にいて、殆ど引きこもっている私にはきつかった。でも、一番楽な仕事で良かった。半分以上は主人に任せられるし。まだ頭がガンガンしている。今日は早く寝よう。
2004年12月14日
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今日は部屋の掃除をした。掃除といっても普段やらない、ホコリの溜まった棚の上とか、衣類の整理をやった。前々から気にはなっていたが、やろうと思うだけでどうしたらいいかわからず、気分が悪くなってしまって、ずっとホコリをかぶったままになっている所だ。最近だいぶ調子がいいし、こういう時にやってしまおうと「えい!」とばかりに気合を入れて掃除をやった。途中までは良かった。また、気分が悪くなったのである。また、頭がパニックになってどうしたらいいかわからなくなった。少し横になって休んだが、完全に気持ちがマイナス思考になってしまった。ODしたい気持ちでいっぱいになる。デパスを手にし、これを全部飲んでしまえたらどんなに気分が良くなるだろう・・と考えた。娘の顔が目に浮かんだ。今日は娘は退院後、はじめて学校に行った。帰ってきて私が寝込んでいたらどう思うだろう。笑顔でお帰りといってあげたい。そう考えたらODしたい気持ちが薄らいだ。疲れたんだ。休み休みやろうと思い、できる範囲で片付けることにした。ほこりをかぶっている所に掃除機をかけたり、いらない物を処分したりしていたら、だんだん片付いた。思ったより時間もかからずに、以前から気にしていたところの掃除が出来た。嬉しい。明日は娘の学校の授業参観。その後、PTAの会合もある。次年度のPTAの役員をしなければならない。じゃんけんで負けたせい。これも気が重い。嫌な役だけは廻ってきませんように・・・。
2004年12月13日
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昨夜は珍しくあまり眠れなかった。ここのところ眠れないなんてなかった。きっと昨日はけっこうお昼寝をしてしまったのでそのせいかもしれない。眠れないと主人の歯軋りの音がうるさくていらついた。余計に眠れなかった。娘も主人の歯軋りがうるさくて眠れないことがあるとよく言っている。そういえば結婚したばかりのころは、それがうるさくて眠れなくてよく怒っていた。今はすっかり慣れて毎日平気で寝ている。今日は娘の友だちのMちゃんが遊びに来てくれた。Mちゃんのお母さんが手作りケーキを持ってきてくれた。娘とMちゃんは大の仲良し。二人とも久し振りに会えて嬉しそうだった。二人でゲームをしたりして楽しく遊んでいた。Mちゃんのお母さん特製手作りケーキも美味しくいただいた。午後になってなんだか頭痛がしてきた。立ちくらみでめまいもした。どうしたんだろう・・と考えてお昼の薬を飲み忘れた事に気が付いた。そうだよね。こんなに薬を飲んでいるのに飲み忘れたら調子がおかしくなって当たり前。今回、娘が入院して、娘が飲んでいる薬の量をみても、いかに自分が多くの薬を飲んでいるか、改めて思い知らされた。そう、病院で見ていても、他の人と比べて、私の薬の量は多いと思う。でもやっと薬が効いているという実感を感じる事が出来るようになった。今の病院でお世話になるようになって一年半くらいたったかな。毎回親身に相談に乗ってくれている医師に感謝している。片道車で一時間半。毎回、なんでこんなに遠い所まで通わなくちゃいけないんだろうって思うけれど、近くに病院がないんだからしょうがない。それでも、いい医師に出会えて良かったと思う。夕方は少しお昼寝しました。これから娘のピアノの練習に付き合ってきます。
2004年12月12日
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今日は久し振りに朝、ゆっくり起きた。10時頃。何度か目を覚まし、浅い眠りではっきりした夢を見た。嫌な夢だった。お姑さんが来て何かと自分の思い通りに人を動かし、嫌味を言われ、肩身の狭い思いをしている夢だった。年末にはいらっしゃるので、現実になることだけれど。朝から嫌な思いをした。娘が成長してひとつ、変わったことがある。以前はお姑さんで嫌な思いをしても、主人に訴えても解ってくれなかったし、解ろうともしてくれなかった。今は娘が私の見方をしてくれる。だからどう変わったというのはないのだけれど、ただ見方についてくれる人がいるというだけで心強い。午前中は娘の算数の勉強に付き合った。入院していてだいぶ遅れてしまったので、遅れを取り戻すのも大変。小学校5年生ともなると、結構難しい。いい頭の体操になった。午後は娘のクリスマス会のプレゼント(300円分)を買いに出かけた。年末だからだろうか。どこからこんなに人が集まるのだろうというくらい、人が凄くて、人ごみが嫌いな私はさっさと帰ってきた。帰ってきて疲れたのでお昼ね。その後、娘のピアノの練習に付き合った。だんだん勘を取り戻してきた様子。これなら発表会、大丈夫かな。後一週間以上あるし、どうしても駄目な時は楽譜を見て弾いても仕方ない。とにかく出ることに意義がある。とはいえ、身体のことも心配なので、毎日少しずつ、やっていくしかない。今回の娘の入院で、健康が一番大切だということが良く解った。娘は体力が無い。少しプールに行って体力をつけようと思ったら肺炎になってしまった。今からでもいいから少しずつ体力をつけて、やりたい。娘ばかりではない。私自身も随分体力は衰えた。そう、ずっと家の中に閉じこもっているし、寝てばかりもいた。体力をつけなければいけないのはわかっているけれど、まだ、運動する気にはなれない。
2004年12月11日
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今日は暖かい一日だった。今年の冬はどうしちゃったんだろう。雪もせっかく積もったのがすっかり融けてしまった。スキー場はオープンしたって、雪が無けりゃどうしようもない。はー、ため息が出ます。そう、スキー場にお客さんがいなけりゃ、その泊まりのお客さんを相手にしているうちにもお客さんは来ない。今年の年末年始は暇になりそう。こんなに雪が無いのは7年前、エルニーニョ現象で雪不足になった年以来。でも、あの年は雪が降らなかっただけで、こんなに暖かくは無かった。いったい今年はどうしちゃったんだろう。そうとはいえ、今回の年末には、お姑さんが手伝いに来る。確かに手伝って頂けるのはありがたい。でも、いつまでたっても苦手。今年の夏に来た時は、我慢できなくなって実家に逃げました。結婚した時から、今でも、もし主人と離婚することがあったら、それはお姑さんが原因だろうと思っている。夏はお姑さんが入った後のお風呂に入るのが嫌で毎日シャワーだけですませた。でも、冬は寒いからなあ。。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとね、ズーんって落ち込んじゃう事、ありました。予約の電話「○○という雑誌を見ているのですが、料理はこれと同じものが出るのですか?」と聞かれ、言葉に詰まった。あれはあくまでも撮影用。あんなに出るはずが無い。とりあえず「あれはほんの一例でして、似たようなお食事はご用意させて頂いております。」と言い返した。相手は納得してすんなり予約をして下さったが、やっぱりウソだよね。写真ではおいしそうなステーキの写真だけど、実際は出しているのは牛肉は使っていない(高くて使えない)。何だかおきゃくさんを騙してしまったようで気が重い。写真なんてそんなもんだと割り切って着てくださるお客さんのほうがありがたい。
2004年12月10日
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今日は冴えない一日だった。寝てばかりいた。ODしたい気分だった。寝逃げしたけれど。私の場合、鬱になってから、活字が頭に入らなくなりました。テレビやラジオの音もうるさく感じます。それに忘れっぽい。いつも、頭がぼーっとしている。鬱のせいでもあり、薬の副作用のせいもある。薬が変わってだいぶ気分が良かったけれど、今日は駄目だった。疲れがでたのかな。
2004年12月09日
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今日は娘が退院してきました。入院中、「帰るときはカッパ寿司に寄ってお昼を食べて帰る。」といっていた娘。実際退院していってみると何となくまだお昼を食べるという気分ではない。どうしようか・・というときに、すかさず娘は、「マクドナルド!!」(笑)ということでマクドナルドのドライブスルーでハンバーガーを買って帰ってきました。家に帰ってきて、娘は「懐かしい~~。」一週間いなかっただけだけど、やっぱりそう感じるんだろうね。お昼は、買ってきたハンバーガー。主人の分まで食べて満足そう。「はあ、やっとおいしい物が食べられた。」だって。病院の食事はそんなのまずいものではなかったけれど、ただ病院にいるってだけでまずく感じたんだろうね。後はみんなでお昼ね。娘は、もう3時間になるが、まだ爆睡している。やっぱり疲れたんだろうね。私のほうは、まだ神経が高ぶっているのか、お昼ね、あまり眠れなかった。家の中の事も殆どほったらかし状態でいたのでちらかっているんだけれど、今日は面倒で何もしたくない。さあ、明日からは気持ちを入れ替えて仕事しなくちゃ。年末にはお姑さんが来るし。(今から憂鬱)
2004年12月08日
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娘は明日、退院です。今日は点滴がはずれ、晴れて自由に動ける身になり、うれしそうでした。やっぱり健康が一番ね。私ももう限界。今まで半病人のように、家事も殆どせず、のらりくらりと毎日を過ごしていたのが、一変。朝6時に起きて、帰ってくるのは9時半過ぎの毎日。さすがに疲れました。こんなことじゃ、駄目ね。体力つけないと。
2004年12月07日
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娘の調子がだいぶ良くなりました。あと2,3日で退院できそうです。今日は帰り際、涙ぐんでいました。夜、一人は寂しいと。可哀想だったけど、何も泊まる用意も持っていなかったし、布団も頼んでいなかったし、帰ってきてしまいました。私って薄情な母親。でも、泊まる自信がない。今朝は7時に家を出た。そして夜9時まで。でも、今日は受診日だったので、途中、主人に交代してもらいましたが、、、。医師には、今回の薬が自分にとても合っていると伝えたら、「元気そうで良かった。」と言ってくれた。どうやら今の薬は、昔の薬で、今はあまり使われていないらしい。副作用が強く出るとの事。まあ、副作用の便秘は下剤で何とかなっているので問題ないし。だいぶ調子が良くなって、嬉しい。とはいえ、毎日病院の付き添いは疲れる。
2004年12月06日
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娘の病院には、何とか泊まらずに帰ってくることが出来ました。私が泊まるとなると、床に直にお布団をしく事になるときいて、娘なりに気を使ってくれたようです。可哀想だったけれど、帰っていいというので、帰ってきました。明日の朝は、なるべく早く行ってあげようと思います。
2004年12月05日
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明日から娘の病院に泊まる事になりました。ちょっとの間日記はお休みするかもしれません。
2004年12月04日
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娘が肺炎になり入院しました。確かに40℃近い熱が続いたので、そうかもしれないとは思っていましたが。でも、入院して点滴をうってもらうようになって、少し元気が快復して、良かったかな。ぐったりして元気が無かった娘でしたが、いつものおしゃべりが復活。とはいえ、ずっと点滴をしたままで、不自由です。普通は小児科は保護者が病院に付き添うのですが、娘ぐらいの年齢だと、つかなくてもどちらでもいいというので、可哀想だったけれど、夜は帰ってきています。じゃないと自分がもたないから。でも、朝、なるべく早く行って、夜は消灯の時間までいます。でも、帰り際、「泊まっていって。」と半べそ。可哀想で後ろ髪が引かれる思い。可哀想で、泊まってやりたい気持ちで私も一杯。でも、、、帰ってきています。ただでさえ、寝つきの悪い私。病院泊まりは自信がない。薬が変わって、調子が上向いている時でよかった。何とかつとまっています。でも、昨日は急な事であわただしくて、お昼の薬を飲み忘れたんです。そしたら、頭痛がして、気分も悪かった。今、私が倒れたら娘にもっと寂しい思いをさせてしまう。くれぐれも薬の飲み忘れに注意しなくちゃ。
2004年12月03日
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昨日は一日、調子が良かった。朝起きて洗濯、掃除もでき、いつもは主人に任せている夕飯作りやって、気分も安定していたし、薬が効いてこんなに変わったのかと思えたほどだった。もう、身体が自由に動かないなんてありえないと錯覚してしまった。しかし今日は一変。何だか気分がすぐれない。どうしちゃったんだろう。今日は午前中、風邪で寝込んでいる娘を病院に連れて行くはずだった。それも出来なかった。娘といっしょに寝てしまった。あー、お昼に飲ませる薬も無いというのに・・・。午後からは連れて行かなければ。娘は月曜からずっと学校を休んでいる。今日で4日目。明日もきっとお休み。なかなか熱が下がらない。昨夜は40℃まで熱が上がった。食欲もあまりない。心配なことは、ピアノ。練習が出来ない。もちろんそんな事言っている場合ではないのだが・・・。でも~~~、本番まで20日しかない。ピアノの先生は、先日レッスンに行けなかった代わりに明日、レッスンして下さるというが、主人は当然休ませろと言っている。そうだよね。昨夜40℃も熱あったし、練習なんて全然していないもんね。はぁ、発表会、どうなっちゃうのかなあ。。。
2004年12月02日
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私は鬱になって2年半以上になる。きっかけはある人からのメールだった。その人にしてみれば、それで私を傷つけようなどと意識したものではなかったと思う。でも、私はそのメールがきっかけで身体が思うように動かなくなった。わけも無く涙が出るようになった。その時は鬱病だ何て考えてもいなかったので、自分がどうしちゃったのか訳が解らなかった。ただ、張り詰めていたものが切れたような、そんな気持ちだった。ボーっとして、何をする気力も湧かず、泣いてばかりいる毎日だった。もしかしてこれが鬱病なのかもしれないと思って、心療内科に行ったのは2ヵ月後だった。治療の必要があるといわれ、薬を処方されるようになってホッとした。薬を飲めば治る!救われた気持ちだった。ある人からのメール。確かにきっかけはそれだった。でも、治療を続けていくうちに、仕事が嫌でストレスが溜まっていた事、幼い頃、崩壊した家庭で育った事、それらが原因じゃないかと思うようになった。幼い頃から蓄積されていたものが張り詰めて、そのメールがきっかけで崩れたのだ。たった一つのメールで人生が大きく変った。メールの送り主はそんなこと、考えてもいない。もしかしたら私の存在も忘れているかもしれない。でも、そのメールはきっかけにしか過ぎなかった。心の傷はもっと根が深い。
2004年12月01日
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