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今回のテーマは土鳩です。我が家のベランダでは土鳩のひな鳥がピーピー鳴いております。今回、初めて撮影に成功しました。親鳥が餌を与えるシーンを見ることもできたのですが、警戒心が強く、動画撮影にはいたまりせんでした。ひな鳥がこんなにかわいいのに大人の鳩が憎らしいのはなぜでしょうね。お寺の鳩はゆるせるのに団地の鳩はゆるせない。人間のエゴイズムとはかくも狭いものであるとお釈迦様も嘆いておりました。とさ。
2007年10月30日
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こんな記事をみつけた。公園でエロ本を燃やしていた青年が、警察と消防にきついお灸をすえられたという話である。エロ魂燃え尽きず>都内の出版社で成人雑誌編集長を務める男性(42)は、「完全に証拠隠滅したかったと>ころをみると、AV全盛の現代にあって、エロ本をこよなく愛する青年が、お世話になっ>た本を最後にきちんと弔いたかったのではないでしょうか」と話す。泣けてくる話だなあ。エロ本供養の日を設けてやりたいなあ。AV全盛で紙媒体衰退の中にあって、彼はエロ本を愛したのでありました、
2007年10月25日
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まったく何もやる気がしない。そんななかにあって、『ドモホルンリンクル』のコマーシャルを考えてみるのである。よく続くよなあ「ドモホルンリンクルは~なお客様にはお勧めできません。」みたいな逆説的キャッチフレーズ。江守徹似のナレーションでバカ丁寧な説明が続く。もう15年くらいになるね。今日観たCMは「ドモホルンリンクルをやめました。」でも、戻ってくるんだよな。さあ、みんなも考えよう。ドモホルンリンクルのキャッチフレーズ、難しいぞ。『残念ながら、男性の方にはドモホルンリンクルはお勧めでできません。』買わないって!『ドモホルンリンクルの試供品は1度だけです。何度も請求しないでください。』そんなお客様が関西方面にたくさんいる気がする。『再春館製薬のPCには、お客様の個人情報がぎっしりつまっています。』試供品のキモだよな。絶対に漏洩できないよな。『ドモホルンリンクルをたくさんつけすぎないでください。』ここ、難しいな。消費させたいが、適切に使ってほしい気もあるだろう。『ドモホルンリンクルの製造年月日をよく確認してください。』この押し付けがましさと自信の表れ。オレサマは遊んでいるだけだが、広告代理店の担当者は、もう、ネタにつまってノイローゼだろうよ。それでもドモホルンリンクルのCMは続くのである。
2007年10月23日
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(今回の日記はとっても尾篭な話です)昨日の午後3時まではなんでもなかった。水曜日はクリニックの看護婦が違う人なり。じつは、30代前半の点滴ナースを気に入ってしまって、その話をするつもりだったが、夕方より激しい下痢に襲われた。水便だ。どこまでも水を排出する。実はオヤジが北京に観光に行って帰ってきたばかりで、彼は向こうで嘔吐と下痢をした。オヤジはとりあえず受診したら、細菌性の下痢かもしれないということでクラビット(除菌のくすり)を処方され、同時に下痢止めも処方されていた。彼の状態は私ほどひどくなく、めずらしくミネラルウォーターを飲む程度。昼間のビールも復活した。私は、感染経路を想像し、あまり清潔ではない我が家のトイレの便座からではないかと推測した。いや、私の場合、体の節も痛いので風邪かも知れぬ。とはいうものの、原則として激しい下痢をするのは、体内にある細菌を放出しようとする身体の自然な対応なので、それをせき止めてはいけない。だから下痢止めは飲むべきではないが、1回、オヤジの薬を飲んだ。それにしてもオヤジの担当医は、下痢止めと細菌殺しという、相反する薬を同時に出しとるな。ネットで調べたら禁忌じゃないか。でも下痢止めを飲みたい気持ちは人情だな。ということで昨夜は一睡もできず、今までに50回くらい水を肛門より排出している。下痢は気力をなくさせるな。アクエリアスを飲み、水便排出。75歳の爺さんと肛門で細菌のリレーをするハメになったと想像すると気持ち悪いなあ。仮に赤痢なんか持ち込まれた日にゃ泣きたくなる。糞っ!お気に入りの看護婦さんのお気に入り表現をしたかったのに、そんな集中力がない。今日の午後は映画『パッチギ!』の1作目を観て。気を紛らわした。こんな精神状態だから、「イムジン河」が流れると泣いてしまうのよ。この映画は音楽映画よ。あとはデタラメな青春ノスタルジーだもの。井筒監督は辛口の批評で知られ、彼の言動は少々気になっていたので初めて作品を観たが、底が浅かったよ。沢尻エリカをはじめとする俳優の演技はよかったのが救いだ。歴史認識の面から行くとちょいとハテナであったな。まあ、いいんだけどな。私も学生の頃はそう思っていたから。下痢にやられて、フォーククールセダーズの「悲しくてやりきれない」がかかるとなぜか、涙ぼろぼろだ。いい歌だなあ。悲しくてやりきれない:YouTube
2007年10月18日
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今日は、オフクロのいる老人ホームの面会と、秋葉原に点滴をしにいった。点滴でどうにか、横にならずにテレビを見られる程度に回復する。じぶんの鬱がけっこう重たいのか、意外と軽いのか、じぶんでよくわからないのだな。読もうと思って購入した本、3冊、読まずにいるし、ようやく買ったラモーンズの『エンド・オブ・ザ・センチュリー』も聴きだすまで3日かかった。やはり明日も点滴するべきだな。連続3日くらいやって、「ジンセイってすがすがしいなあ」と思える瞬間を味わいたいものだ。鬱病日記を書く私であるが、現在では他人の鬱病日記はほとんど読まない。面白くないのだ。面白い日記に当たらないというほうが正確か。なんか病気自慢の文章を読むとうんざりする。こういうのを(おまえがいうな)というのだろうが、『リタが(リタリン)手に入らないと困った!』のような文章を読むと、リタリンを服用している自分に酔っているように感じてしまう。いや、オレサマは1回もリタリンを処方されたことがなくて、ちょっぴり妬んでいるのか。若者に多いよな、メンヘラー自慢は。私の場合は、もう、ほんと、社会復帰したいので、なんとかしてくださいな神様、という気分ですぞ。ズル休みだって2日もすれば3日目には休むことが不安になるのが通常の心理だ。私だってそれは同じなのだ。なにか書きたいことがあったような気がしたが、思い出せない。
2007年10月16日
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鬱がつらい。こんな私でも10年ほど前に職場でスクーバダイビングが流行り、若い寮母に連れられて、みんなが参加しているダイビングショップでオープンウォーターのライセンスを取りに行った。(グアムで体験ダイビングをやって、感動しちゃったのだ。それで。)店主、要するにインストラクターは35歳の筋骨隆々の爽やかな男。うちの女の子たちが集まってくる一因がわかったものである。私も彼の生徒として、講義に、実践に、マンツーマンで教わったわけだが、しっくりこないことがいろいろあったな。まず、店内には『ダイバーの肺を守るため、喫煙はご容赦ください。』とテーブルにカードがあって、それがハテナのはじまり。気持ちはわからないでもないが、お客さんが愛煙家だったらどうするのかな、と思った。ちなみに私はタバコを吸わない。それから、講義を終えて、プールでの練習もなんとか乗り越え、いよいよ金谷の海での実践となった。途中、車の中で彼は釣り人たちを猛烈に批判した。「彼らはただの狩人だ」と。無駄な殺生をしている。スポーツでもなんでもないと。ただ、私はテレビ東京の釣り番組を観ていたので、彼らはただの狩人ではないことは重々承知していた。リリースするもんね。糸の始末とか環境に配慮する釣り人は多い。水の中に潜ることとどれほどの違いがあるのかと思った。私の考えではスクーバダイビングはかなり贅沢な道楽である。ボンベ代も高いし、まあゴルフくらいの金が実質1時間半ほどで消える。場所は自然の中。人間が通常の道具ではとうてい無理な海中にいく行為は、まさに人間のエゴイズムである。私はそれを承知している。だが、店主は、やれ「魚をおいしいと思って見てはいけない」とか、見つけた魚を書きとめろ、できればイラストを描けとせまる。彼らの中でのモラルがあって、生き方としては今で言うロハスである。私は、ていのいいインチキな考えだと思った。だったら海に潜るなよ、と。要するに君たちにとって海中はお金の転がっている場所だろ、と。エンターテーメントに徹したらどうか、と。私は3回目の実践はハワイにたまたま職員旅行に行った際に終えて、ハワイでPADIの免許をとった。やつらはみょうちくりんなことはいわないぞ。商売と割り切り、ドシロウトの体験ダイビングで事故のないよう見えないところで気を使っている。海外で、潜るときには、ギア(道具)の準備はスタッフがお膳立てをしてくれる。サービスといえばサービスだし、もっといえば客のダイバーとしての能力を信用していないともいえるのだ。これがプロなんじゃないかな。
2007年10月14日
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鬱の調子が悪い。血中にはタップリとアナフラニールが入っているはずだ。先週、「四国八十八箇所めぐりをしたい。」と主治医に話をした私は、アマゾンで関連する本を購入したものの、結局、未だ読まずにいる。朝起きて、(5時頃起きちゃう)パンでも食って、で、「今日は何しようかな」と思うのだが、結局何にもすることがなくて再び、布団にもぐる。布団に倒れこむ一瞬だけ快感なのだ。あたまから布団をかぶり、夢うつつの状態。そこで毎回、妙な夢を見る。しばらくして目が覚める。その瞬間の自分の気持ちは「もうちょっと夢の続きをみさせてほしい」という気分なのだ。もちろん、自分のほうに分が悪い夢のほうが多い。危機的状況から解放されて、夢でよかったと思うのが普通だが、これから始まる現実をどう過ごしたらよいかわからないのだ。そのうち8時になってフジテレビの「特ダネ」を観る。で、10時半頃になると、朝飯が早いものだから小腹がすいてきて、近所のセブンまで、クルマで行く。菓子パンとスターバックスのエスプレッソを購入する。スタバのコーヒーがとても贅沢だ。で、家で食べながらテレビをつけても、つまらんものばかり。11:30のテレ朝を待たねばならない。時津風部屋の行方をぼんやり観ながら、自分の行く末もみることなく、再度、寝る。これが最悪のパターン。少し調子がよい時は精神科に点滴に行こうと秋葉まで車を走らせる。秋葉で点滴と個室ビデオ屋で過ごす。(診察の待ち時間に2時間以上かかるので、個室ビデオ屋で時間をつぶすほかないのだ)受診する日でも、診察の時には先に点滴をしているので、調子がよい。「いやあ、どうして鬱なんでしょうねえ。」などと話す。「働いていたときには、早期覚醒で4時に目が覚めても、気合で6時半に出かけて、途中、コンビニでカフェインのドリンクを飲んで無理やり出勤し、7:45には誰もいない事務所のPCを起動させていって、1日のとりかかりの仕事をしていたのになあ。それで18:00まで、昼食以外はほぼ働いて、誰より先に帰っていたのに。あの時と今の自分はそう変わりがないんですよ。」と他人事のようにいう。でも、国民健康保険への切り替えの手続きをするのに3日間放置したり(家から5分の区役所にいけない)、オフクロがいる老人ホームへ面会するのも億劫である。ブログの更新すらできない。(ネタはあるのになあ、と思っている。)※昨日の亀田VS内藤の試合はスッキリしたなあ。試合内容にすっきりしたのではなくて、亀田の2番目が負けたことにスッキリした。鬱病にあって、数少ない快行動が亀田ネタだ。2ちゃんねるでくまなくチェック。亀田ファミリーは鬱病患者の対極に位置するのだな。こちらは「いじめられっこ内藤ガンバレ!」だ。作り話でないリアルな勧善懲悪ストーリー。いいよなあ。木曜日は昼飯もとれずに10時から7時まで診察している私の主治医は、50代になったかなという女医。私が、「もう、ケアマネージャーの仕事はやめてぜんぜん違う仕事にしようかなと思うこともあるんです。厚労省がこうで、むなしいばかりでしょ?適性は向いていると自覚してるんですよ。でも先生、医療もそうだけど厚労省がひどいでしょ?友人からたとえば牧場なんかどうだ、といわれたり…」先生『私もね、これ冗談よ(笑)ねえ、知ってる?父島だか、母島だか。レストランがあってウェイトレスを募集しているんですって!いいでしょ、これ!お客さんも少ないだろうし、時給800円で働いても、そんなにお金を使うこともないでしょう!ねえ、この話いいと思わない?』すかさず私は『精神科医しているより、ずっと幸福でしょうね』と返してしまった。でもよくよく考えると夫も同業で院長。なにも先生が仕事をする必要は経済的にはない。それでも姉さん女房だと働かないといけないのかな。年収数千万円の勝ち組医師でも、ふと小笠原のレストランでウェイトレスをしたくなるときがあるのか。今回のブログは、この話がしたかった。精神科医が小笠原諸島のレストランで、ウェイトレスをしたいという心理はなんぞや、と。
2007年10月12日
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ラモーンズのDVDがアマゾンより届いた『RAMONES IT’S ALIVE 1974~1996』である。2枚組302分。ファンやパンクロック好きにはヨダレモノのアイテムがついに出た。1976年がパンクムーブメント発祥の年であり(ロンドンでの)、彼らのデビューアルバムも76年に出ているが、74年というシロモノがあり、これが凄い、何が凄いって、とりあえずバンドを始めましたというヘタさ。ベースのディー・ディーなんてぜんぜんでたらめ。しかしパフォーマンスの曲はアルバムに入っている名曲。クリエイティブな人っていきなりオリジナルなのね。とにかくライブ映像を片っ端から集めてDVDにしました、というかんじで同じ曲が当然、何回も出てくる。しかし、飽きないのだ。反復が利くのだ。お経と同じなんだよな。オフクロが昔、私の聴いているロックを「お経みたい」といってたが、オフクロは正しかった。ファンにとってラモーンズの曲を聴く行為は偉いお坊さんの読経を聞くに同じなのである。ジョーイ・ラモーンのステージ登場時の『おまえら、おしゃべりすぎだ!おとなしく聴け!』の名フレーズで、私はノックアウト。クールとはコレだ!30年、ロックを聴いて私が行き着いた先のひとつがラモーンズであった。
2007年10月07日
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人間至上主義。私の根底はココにある。人間さまを神様の次にえらい生き物とする考え方である。『神様の次に』ココ、重要。中東の神様は「豚を食べてはいけない」とおっしゃった。よって中東の人間さまは豚をたべない。インドにおいては「牛は神様につながる尊い生き物」ということで牛が道端にごろごろいても誰も処分しない。私の関心は、人間至上主義といえどもなぜ禁忌をつくるのか、というところにある。私は信仰という宇宙の作り方に関心が行くが、ケアマネ仲間のEさん(男性)は「やっぱり、当時の衛生状況と関連があるんじゃないですかね。」と科学的である。Eさんはある書物を読んで、殺生についてつきつめるとカニバリズムに到達するらしい、と物騒なことを淡々と述べていた。「クジラを食べるのはかわいそう」とか、「犬を食べる文化は民度が低い」といったいっさいは、私はすべて蹴っ飛ばしたい。世界中でおそらく三分の二くらいを占める、1日を2ドル以内で暮らす人たちは、己の信仰する約束事を守っているだけのことであろう。我が日本の場合は仏教が生活に深く入り込んでいたので、供養するという観念があり、たとえば鯨が上がる場所には鯨神社があって、ある意味、食用やもろもろに使用する鯨を神様からの贈り物として奉っていた。こういう発想が、私は好きである。昔の話だが、フィリピーナのおねえちゃんと店外デートした。葛西臨海公園の水族館に行ったのだが、亜熱帯というカテゴリーの水槽を鑑賞しながら、私は色鮮やかな魚たちだと鑑賞していたが、おねえちゃんは「ア、コレシッテル!コレ、タベラレル。アノサカナモタベラレル!」とほぼ魚屋の水槽を見るがごとくであった。魚を鑑賞するという概念が彼女にはなかったわけで、デートは失敗に終わった。住宅街を歩いていても、立派な犬が鎖につながれている家をみて、「フィリピンダト、ドロボウニ、トラレテタベラレチャウヨ!」と話がそっちにいく。フィリピンってうかうかとペットの犬すら飼えないところらしい。それを思えば、日本は暮らしやすいよい国である。野良猫がいる。人間が人間を食べることもない。「こんにちは」の次に「ごはん、食べた?」が挨拶となっている国では動物愛護団体を作る余裕もないらしいのだ。
2007年10月05日
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動物愛護より遠いところにいる私であるが、それでも生活の中で生き物と対峙することがある。たとえば、ウチのベランダに土鳩が卵を産む。エアコンのダクト?の影に生むもんだから、親父も気づかなくて、「ピーピー!」ひよこが鳴きだしてそこが巣になっていることに気がつく。卵だったらポイ!と生ごみに棄てられるが、ひよこはさすがに棄てられない。ベランダには大量の糞が溜まっていくが、とりあえず放置するのみ。土鳩の問題はマンションの管理事務所でも頭を痛めている問題なのだ。かってに捕まえるのは条例違反らしい。それから、マンションの掲示板に「猫にえさをやらないでください。」と張り紙がある。張り紙があるってことは猫がいて、そしてえさをやる婆さん(この場合、決まってバーサン)がいるわけだ。私の心は「野良猫の1匹、2匹、いたっていいじゃない」と鷹揚に構えているが、実際にマンションを管理しているおじさんにしてみれば大敵なのだろう。ただ、私には野良猫にえさをやる孤独な婆さん(決まって孤独なの、独居とか)の姿をイメージすることができる。下町の軒先では、野良猫も生息しやすいが、コンクリートのビルにあっては「猫にえさをやらないでください」は完全に正しいのであろう。私のペット歴はないこともなくて、小学生の頃、ニワトリを飼っていたことがあった。神社の縁日で売られていたひよこを子供の浅はかな考えで購入した。3日で死ぬよ、と家族には言われていたが死ななかったのである。ひよこは、黄色の産毛の下より白い羽を生やしだし、トサカまで出てきて、ある日、ピー!と鳴いていたのがコッコッコ!に変わったのである。ピーちゃん(ニワトリの名前)はたいそう過保護に育てられ、私が学校から帰れば、まず籠から出してやり散歩をさせた。餌もオフクロが貝殻をつぶしたりと鳥の餌のスペシャルドリンクのごとく栄養価のよいものを与えてくれた。ピーちゃんは都内のど真ん中でコケコッコー!と雄たけびを上げ、猫の額ほどの縁側で奔放に育っていった。4~5ヶ月ほど経って、うちのオヤジが「そろそろだな。」とつぶやいた。小学4年生の私は当然、意味することがわかった。つぶす気なのである。「アレはぜったいうまいよ。いい餌食ってるし、運動もよくやって体がしまっている。肉屋のブロイラーとはぜんぜんちがうはずだよ。」と自慢げにいった。ピーちゃんはオスなので卵を産むという生産性がない。我ら子供たちは純然たるペットとして飼っていたのである。であるが、オヤジもおばあさんも、鶏が成長してそれをつぶして食べるという工程はあたかも神が定めていたように最初から決まっていることなのであった。そして幾日か経ち、私はピーちゃんをしっかりと抱きしめ、母親とともに肉屋を訪れた。店の前では目をつぶり、毛をむしりとられた鶏が籠にいっぱい入っていた。(のどを突くんだよね)ピーちゃんをつぶしてもらうのに200円払ったと記憶している。つぶすまでは威勢のいいオヤジだったが、結局、肉をウチで賞味することはやめた。私はピーちゃんを食べなくて済んだのである。肉は叔父の家にやったのだが、「ちょっと硬かったがいい味だった」と叔父さんの一家はこの特別な鶏を堪能したのであった。
2007年10月04日
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肖像権等のあつかいは難しい。私はブログを始めて5年になるが、過去の膨大なブログにくっつけた画像のほとんどが削除されていた。楽天の中の人も根気があるなあ。やっぱりCDジャケットなんかもいけないわけ?(若干、削除しわすれがあるが)私が撮影した個人的写真のみ、掲載可能?音楽関係の画像については、レコード会社等のPRになるからいいんじゃないかと思っていた。ミクシィならいいのはなぜ?でも楽天のアフィリエイトのためのリンクならいいって少し、へんじゃない?商売に利用した途端にOKなの?確かに、著作権という大事な権利をクリエイティブで商売している人は持っている。これ重要。でもたかだか200ヒットの個人的ブログまでとりしまわんでも…。オレサマの撮った写真はリンクフリーなのでよかったら使ってね。
2007年10月03日
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10:30になんとか歯を磨き、髭を剃った。シャワーはパス。『国民健康保険』に入らないと無保険のホームレスにようになってしまうので、いやいやながら区役所へ行く。待った挙句、退職の証明書がないので、発行してもらえなかった。よって、無保険の現在である。オーバーステイのホステスの不安を身をもって知った。『カフェ・ラッテ』を褒美として己に与えて、秋葉原へクルマを走らせた。12:30過ぎにクリニックに到着。15:00よりの午後の診察は15番目であった。とりあえずサンクスでとろろソバを購入し、小さな公園で食べた。その後、2時間以上、時間をつぶさなければならず、仕方なく個室ビデオへ足を運ぶ。スーツを着たおっさんが無表情で籠にDVDを入れていく(一度に6枚借りられる。交換は何度でもOK)にまぎれて私も探してみるが、とてもエロエロを見る気分じゃない。「剣道着を着てセックス…」みたいな企画モノにちょっと心が動いたが、くだらなすぎる着想にバカバカしくなってやめた。ほんの少しだけある一般の映画のコーナーより『さくらん』を選んだ。土屋アンナ主演である。監督は蜷川実花。オヤジが親ばかなのか誉めていたので、選ぶとする。この映画は色を楽しむ映画だ。朱色。金魚の赤。吉原に売られた娘が女郎から花魁にまで成長し、身請けされて吉原を出て行くというストーリー。前半のスピード感と赤を強調した美術がアンナともマッチして、啖呵を切るきっぷのよいアンナぶりはなかなかいいかんじだったが、後半、お話を意識したあまり冗漫になってスピード感がなくなっていった。もう、こんな映画はハチャメチャでいいんですよ。最初から最後までアンナの尖ったキャラで成り立っているのだから。ほかの女郎、花魁はすべて引き立て役。私がきらいな、アンナと逆ベクトルの木村佳乃はどこまでも木村佳乃で、引き立て役として成功していた。映画としてはどうかといえば、まあ、駄作の類だ。とてもじゃないが世界に持っていく代物ではない。個室ビデオで観て正解だった。15:30にクリニックに戻り、先に点滴をして、その後、診察を受けた。私は先生に「四国八十八ヶ所を歩いてみたい。」という前向きな発言に喜んでくれた。ただ、失業保険の関係や金銭面のことなど、障害は多いぞ。とりあえず徳島県だけでも行ってみるかな。
2007年10月01日
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