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先ほどの日記に家に入る時に靴をぬぐ習慣について書こうとしたことを思い出した。なんせPCのハードが深刻なエラーとやらで、ぐたらぐたらしている間に私のおつむも、ぐにゃぐにゃになってしまったようである。ぐにゃぐにゃの海草類をお酢で食べたくなった。男のぐにゃぐにゃもあるが、どうして女はぐにゃぐにゃなのが当然なのかわからない。(かまぼこは、ととかえ?)もとに戻しまして、相当ひどい状態のようである。つまり靴をぬぐことによって、家に帰ってきたよ~。と境界を示しているという。(私の知ってる)フランス人でもベルギー人、特にドイツ人なんかは自分たちの家では靴をぬいでくつろぐのである。別の靴に履き替える場合もあるし、裸足の場合もある。それが他人の家だとぬがないという具合である。しかしいくらきれいな家でも、ガス屋さんや家の中に修理をしに来る人に靴を脱ぐことを強要しては、教養なし(?!)というもの。彼らに土足で上がられるのが嫌なら新聞紙か何かを敷いておくことである。この上歩いて~って具合である。無理に脱がせようとは決してしないこと。余計に床が汚れてしまうこともある。それにあの匂いがたまらない。こともあるので要注意。
2005年09月07日
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日本に来る台風で番号や地名以外に名前がついてるのは、私は初めてである。なぜNABIなのかもわからない。次の15号から名前がつくのだろうか?ちなみにハリケーンには女性の名前がつくという。ころっと話題を変えて、(変っとらんで~)日本人は海外でも自分たちの住処には下駄箱を設けて、スリッパに履き替えるものである。しかし何か起こった時、地震や火事、あわててそのまま逃げ出すと危ない。楽天ショップでたくさんの防災グッズなるものを見た。普段から使って慣れていないとパニックの時に使えるものではない。私は緊急時のラジオを毎朝使っている。役に立つのかわからないが、水や缶詰もチェックしながら使用している。大事なものは一箇所にまとめている。大体において何が大切なのかはその人によって違うものである。普段のこころがけではないかという気もするのだが…けれどいざというときは、とにかくそのまま逃げ出すものである。私としては、常に清潔な下着を身につけていることだけは心がけている。そのためにアンダーウェアーには惜しまず出費している。台風ならある程度の予測がきくのでまだ準備することが可能である。もちろん、慌てないことに尽きるのである。
2005年09月07日
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何があと5キロ痩せるだ~今朝しらじらと今朝までのことを書き込んだのだが、さきほどさる有名なチョコレート屋さんで新しいパッションのシリーズのを気前よく味見させてくれたので、100グラムほど買ってしまった。もちろん私が食べるため。オレンジジンジャーと洋ナシとマンダリンである。柔らかく口の中でとろけていく様はたまらない。チョコレートは常温の15度で保管しないと冷やしすぎると味がわからなくなる。ということで、まさにお店から出て小一時間ほどですっかり~ベルギーでは好きなチョコレートを好きなだけ袋につめてくれる。だからいつでもつまめてしまうのである。
2005年09月06日
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毎日楽天市場から来るメールを見ていると、女性はとにかく痩せたいのだ。体重が減る食べ物?”食べながら一週間に3キロ減る。”夜中に体が働く?”寝ている間に脂肪を燃やす。”ひどいのになると、”これでだめならあきらめて”さらにあきれたのは、”お腹のふくらみが胸に、カップAからB、そしてCへ~”(胸がすでに大きい人はどうせと言うのだろうか?)つまるところは”痩せすぎにご注意”かく言う私も乗せられてゴールド会員なる"名誉"を授かっている。私は自分が健康な状態がどういうものかを知っているから、そこまでがんばろうとしているだけ。ユーロが導入される少し前あたり私は「はちれて」しまいそうに太ったのである。それで自分流で5キロを減量し、あと5キロというところで楽天をはじめたのである。といっても標準体重に比べれば7~8キロ多い。それは骨のせいである。しかし合計10キロの減量がかなったらそれで終わりである。太いところは太いが、皮下脂肪を吸い出すようなことはしない。その分のお金があれば、おいしいものを食べる。またはコンサートに出かける。第一脂太りだけでなく筋肉もある場合、痩せるのには病人のように寝たきりになるか、削りとるかである。それもいやである。仕方ないとあきらめて、私の太いフクラハギと共存している。今までやるだけはやったのだから。それにしても、日本人女性は痩せすぎていると思うのだが、これは私見である。なにしろ、ふくよかな人たちに囲まれて育ったものだから…。こちらでも流行っているジム通いは、現代の運動場である。生活便利になったから、どこかで運動しないと体が台無しになるという具合である。私は自然の中を歩いて、階段を使って、走り出すバスを追いかけて、洗濯も遠くまで行って、大半は手洗いで、…もちろん「燃えるバス(お風呂)」に入って、とにかく奮闘している。
2005年09月06日
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現在のアメリカ合衆国での話である。カトリーナのもたらした大洪水のせいで、食べる物が、着るものがなくなってしまった住民の生活からである。政府の援助がなかった南部の話である。日本人はテレビで放映されるスーパーなどの略奪の姿が気に入らないらしい。あんなひどいことして、とか、泥棒ばかりなのか、とか、日本じゃあんなことしないよ、とか…私はそういうのを聞いて、いかに日本が平和な国であるかを再確認した。そして食う物に困らない、住むところに困らない人たちであるうえに、まともな教育を受けた人たちなのだと。ましてや最近のパリでの頻繁する火災の犠牲者たちの生活など想像もつかないだろう。温室育ちと言っても否定できないだろう。戦後の日本は特に新憲法に守られてきた。しかし同時に縛られてきたとも言える。更に四方を海に囲まれるという地理的状況である。自分の身は自分で守らねばならない。誰も頼れなければ略奪するか、されるかなのである。食うか食われるかなのである。海の外が厳しいところなのではなくて、そういう状況になってきているということである。「祖国ありて、我、祖国想う。」である。
2005年09月05日
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ムール貝のスタンドの出ている広場は、昔の魚河岸で今もシーフードのレストランが並んでいます。といって写真を入れれば格好いいのだけれど、デジタルカメラ持ってないので、さらにアナログでCDおとしにしてもらうのに日がかかるし、あんまりの晴天でちょっと霞んでしまうしでこのイメージはいつかまた~その近くというか、グランプラスではビールのスタンドが並んでまして、希望者4名が目隠しでビールを飲んでどのビール(ホワイトかブロンドかアンバーとか…)かを当てるのです。「一日にビール2杯は健康に」なんて大きな看板が出てました。7ユーロか5ユーロですか?ビールとおかずのセットが購入できるのですが、チケットの列はすごかった。そしてお待ちかねムールのほうは、同じくらいの値段でムールとフリッツ(=フレンチポテト)のセットのチケットの列がこれまたすごかったです。私はなじみのアイス屋さんで予告しましたムールのアイスを味見しました。ムールを煮る野菜の汁の味のむこうに来ましたよ~~~ムールでした。これは食べてみないと何とも言いがたい味です。でもそのためにわざわざ出かけた私も私…お口直しにサルビアのアイスを食べました。
2005年09月05日
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この定義が必要ですね。私流のでよければですが…普通の美人とは顔たちの整ったことですよね。稀に見る美人とはまばゆい光を放ち彷彿とさせる美のことですよね。では心が美しいだけならば、美人と呼ばないのでしょうか。美人が心も美しいならそれに超したことはないのです。「美とは生きる力」であるというのを目にしました。生きる行為はそんなに美しいものではありません。でも必死に生きる時、そこにはまばゆいものがあります。目には見えませんが、しっかりと感じることが出来ます。アムスでゴッホの画に対面した時、そこに彼のエネルギーをひしと感じました。話変わって、私は毎朝鏡で自分を映します。口を一杯に開けてあいうえおを発声します。そして(へんなところにしわがよらないように)笑ってみます。そのあと道を歩きながら腹式呼吸をして、あれやこれやハミングしてから、「ありがとう」と何度も叫びます。もちろん誰も見てない時です。ついでに手(や足、これは出来たら)の指のマッサージもします。首を回して太陽に向いてワッツハッツハッツとします。それだけのことですが、腰の痛み(以前にちょっと無理をして痛めました)も消え、腕の腱鞘炎もなくなりました。オフィスワークなので座ったままでキーを打つ生活です。おかしな儀式ですが、こうすることで一日が楽しくなります。私の生きる姿でもあります。全然美しくもない風景ですが、生です。そういうのも美のカテゴリーに入るのかなぁと考えてみます。もちろんランクは大分下でしょうけど…若さはまばゆいけれど、青くさかったり、若気のいたりとか、エネルギーが溢れ過ぎるのもよくないようです。規制が利かないのが若さなのでしょう。体は若くなくても、気を若くすればいくらでも輝くことは出来るのですね。それこそが美というものではないかと考えます。エネルギーそのものは目に見えなくても、形になって見えるのですよ。人間の体が証拠です。第一ただ若いだけじゃ、つまりませんよ。老いてきても充分生きる力さえあれば美しいのではないでしょうか。つまりそういう人が美しいのです。と思います。命の輝きのその2から続いているのに番号つけるの忘れました。来週もこれは続行いたします。
2005年09月02日
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若いと輝くのなら、老いなら輝かないのでしょうか?前に輝きは目に見えないと書きましたが、若い肌はぴんと張って美しいですね。老いを迎えた肌はつやが無く醜いものです。だから皺のばしの製品が売れるのでしょう。でも、そんなに女性は気にするのでしょうか。男性が性器のサイズを気にするが如く、または髪の毛がまばらになるのを悩むが如く、女性にとってやはり顔はとっても重要なのです。口のまわりの皺と目尻の皺などはシミよりも脅威であるのです。どれだけの資金をつぎ込んで昔の肌の張りを取り戻そうとしているかご存知ですか?ブレアさんだって顔が看板だからといって(でしょうが)、相当な金額と時間を費やしているとかヨーロッパのまじめな新聞に出てました。女だけじゃないのですね。でもそれだけの努力をして結果的に輝けるのでしょうか?若い時にすごい美人と言われたグレタガルボは、年取った顔を見られたくなかったから自殺したとか聞きます。私の知ってる日本人のおばさまも、年をとるのが耐えられない、苦しいと語ってました。どちらも美人ですから、私のようなおかめにはうらやましいというか、(…・・・…)微妙な心境ですが、きれいなものは惜しまれますよね。確かに…でも一度カトリーヌ・ドヌーヴの化粧や整形をしてない手を見たときゾクッとしました。顔はいろいろいじってるのでなんとか仮面が成功してるのですが、手はそのままでした。顔だけ輝くって気持ち悪いですね。そこらへんにひっそりと咲いて、ひっそりと散っていく名もない雑草、それが私です。なんて~言っちゃいましたねぇ。この草がたくましいのですよ。踏んでも踏んでもどんどん生えてくるのです。難しいことは考えずに、私は八重山吹のように輝きます。老いがやってきたら「おいっ!」って言ってやりますよ。
2005年09月01日
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