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こちらは20年ぶりの寒波で看破! 明るい新年をむかえられることを祈ります
2005年12月30日
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あと一日ですが、もう切り上げます。1月3日に再会いたしましょう。一応零時すぎに出しますので30日に投稿ということですませてください。旧年のけじめをつけるために何をしようか今まだ決めてません。タルトかケーキでも焼きましょうか?新年にはハートの形のデコレーションケーキが出回ります。6日のエピファニーには、アーモンドクリーム餡いりのパイに入ったそら豆で王様や女王様選びをして遊びます。新年には皆が一秒もらえるそうですが、障害なくうまくいきますように。もう新年の誓いをたてましたか?今までの6000以上の訪問者のかたに感謝します。皆様のおかげでたくさんのことが考えられ、頭だけでも整理できました。これからもよろしくお引き立てくださいませ。BONNE ET HEUREUSE ANNEE 2006!
2005年12月29日
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ベルギーでは法律で仕事場、事務所での喫煙が禁止になります。レストランはその次の年からです。タバコはアルコールのように依存してしまうのでしょうね。なかなか止められないようです。健康にいけないものなら、売らなければいいのにと、素人さんは思うでしょう。実際はそう簡単にはいかないのです。年末なので堅い話は止めておきますが、タバコやアルコールだけでなく、世の中には健康によくないものがあるのです。売ってるものを買わない努力よりも、売らない努力をするほうが大変なのです。賭け事もそうではないでしょうか。人間の弱いところをうまくついた商売です。結局頭のいい者が得をしてるのかも知れません。でももっと力を入れなければならないのは、人間の躾ではないでしょうか。法律だから守るというのもでも無いでしょう。法律じゃなければ、罰せられなければ何でもして好いわけも無いでしょう。誰かが決めたからでなく、自分で判断して、自分で決められるという自立のある人間が求められるのではありませんか。群れる羊の中の一頭でなく、うまく犬を躾ける羊飼いのように…
2005年12月29日
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昨日から降り続いて、今朝は真っ白な窓の外を見ました。ケーキにかけるあの粉砂糖そのものです。思わず塀をかじってみたり・・・はしませんでした。道は滑りやすくなってます。昔ベルリンで思いっきり尻餅をついてしまいまして、あんまり見事だったから、ひとりでそのまま大声で笑ってしまったこと思い出しました。あの時、美術館か博物館の前だったのですが、周りには誰も居なくてたったひとりでした。ちょうど今の時期です。もっともっと雪は深かったです。大陸性の「ちめたい」冬でした。ブリュッセル、ベルギーには通常は海洋性の寒気が来るのですが、たまにシベリアからの大陸性の「えげつない寒さ」がやって来ると、全ては止まって静かになります。やはり今冬は厳しいようですね。被害に遭われている方、並びに、これから遭われる方、なんとかがんばってくださいね。春はもうそこまで来ています。
2005年12月28日
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いつも心待ちにしているホワイトクリスマスだが、今年もブリュッセルはノン。6度から7度程あったのでしのぎよく、雨も降らずに済んだので、お店の売り上げもあがっただろう。クリスマスのあとは、返品やら交換で賑わう。そのそこそこの気温も今週は2度から3度と低めで、雪がちらほら。といってもわたしの心は、アフガニスタンやカシミアで地震にあった人たちに向いてしまう。観光地のタイランドほどメディアは動かなかったし、この冬は寒い。彼らは皆大丈夫なのだろうか?アフリカでも毎日多くの死者が出ているが、メディアも政治もさほど動かないで、つぎつぎに見つかるヨーロッパへの不法侵入者をニュースの片隅にのせるだけ。彼らは必死でやってくる。政治的理由や経済的理由がからみあって複雑ではあるが、とにかく、生きのびるためにやってくるのだ。そう遠くない昔、白人たちはアフリカから無理やり黒人を連れ出して奴隷として使った。そして今、彼らはまた、命をかけてやってくる。温室育ちの者には遠いどこかのお話に過ぎないだろうけど・・・
2005年12月27日
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12月にはいると、今度は陽が少しずつ長くなる。北の国では聖ルーシーの日13日に少女たちがろうそくに灯を灯して行列して歌を歌う。暗がりに灯りがひとつでも燈っていると、それだけで安心出来る。ゴスペルでも歌うが、小さな私の灯りよ、いつまでも輝いていておくれ。。。と。そのせいか電飾は盛んであり、きれいのである。日頃真っ暗な通りが明るくなると、心まで暖まる。日本で路地で電信柱が灯されるようだ。最近では欧米なみの電飾が見られるようであるが、昔から神社の灯篭なども電飾であると思う。大文字山だって、火祭りだって、日本にも伝統はある。しかし欧米のは、特にアメリカのは美しく、色とりどりで美しいという。ベルギーは特に今年は省エネを狙ってか、青いランプが目立っている。うっすらと、ちょっと気味悪い。フランスやイギリスに比べると、年々地味になってきている。大晦日の花火だって、去年は津波でキャンセルされたのだが、そうでなくても質素そのもの。私の心の中の種火は数年前には風前の灯状態であった。それが、あることをきっかけに、ぱっと明るく再度点火されたのである。以後その明かりを絶やさないように、周りを燃やしてしまわないように、暖かな希望を育てている。JOYEUSES FETES!
2005年12月23日
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昨日、20ユーロ札を5枚注文した人が、250ユーロを受け取ったというクリスマスの思いがけないプレゼントの話が夜のフランスのニュースで流れた。場所はパリではないが、建物の外壁のキャッシャーである。得?をした人はお友達に早く行けよ、大出血だよと呼びかけて、次から次へと現金が出される。ついに、底をついたのか、何も知らない人が現金が出ないと苦情を出したら、ここではじめて銀行サイドが反応、あと警察が…得した人たちはこの時期だから、すぐに買い物をした人もいるという。しかし、銀行だって黙っていられない、手紙をプリントアウトして顧客に出すとのこと。もちろん、正直に余計な分を銀行に返しに行った人もいる。これは人的ミス、つまり20ユーロの引き出しに50ユーロを、50ユーロのところに20ユーロを入れてしまった銀行員が悪い。(20ユーロで≒2800円、250ユーロで≒30000円)
2005年12月23日
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クリスマスは苦しみますといって出資者にとっては家族が多いとたまらない時である。私の最後のサンタさんの贈り物は、マジックのトランプカードセットだった。テレビであの当時、ヒキタテンコウさんの番組があって、トリックをひとつづつ紹介してくれるものだった。非常に熱心な視聴者であったわたしは、相手が引いたカードをことんことんたたいて当てるマジックセットが欲しかった。なんとしても欲しかった。しかし、うちは大家族、つまり子供が多い。特に長女である私はあとのものに譲らなければならない時期にさしかかっていた。サンタさんはもう今年私には来ないかもしれない。だってまた赤ん坊が生まれたし…だけど欲しい。あれだけは欲しい。それこそ必死で祈った。祈ることは私の特許だった。何でも願いは祈って、祈って祈りぬいた。小さな天使のろうそく立てに向かって祈った。信仰など無いが、とにかく祈った。神様なるものに祈った。人間は皆祈ることは出来るのだ。しかし、万が一何ももらえなくてもそういうものだと覚悟して、足踏みミシンにタイツをひっかけておいた。(いつもそうしていたからのこと。)翌朝、ぴんと張ったタイツを見た私は胸が一杯になった。そのままよ~く形を観察した。角が出てる。あの箱の角ではないか、あぁ、また神は私の願いを聞きたもうたと。そしてそれから幾数十年…翌年からは私はもうタイツをミシンにかけて寝なくなって、妹たちのタイツに入れる立場になった。サンタの手伝いをするようになったのだ。そして、いつか、サンタそのものになった。
2005年12月22日
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(昨日魚の名前を間違ったので直しておいた。魚へんに休むと書いてごりと読む。この佃煮は金沢の名物らしい。)話が食べ物から飛び立てないので、魚に移ったのを折に他の話題へと…今週から冬休みなのかメトロやバスががらがらに空いている。道も空いていいて、今朝の私のように乗り換えを間違えたりしなければ15分は早く移動出来る。この時期は一年で一番交通が楽になるのである。2週間が普通の冬休み期間である。クリスマスと新年の間は本当に静かになる。誰もいなくなるので、事情を知らない者にとっては不気味になる。年が明ければまたゆっくりともとのリズムに戻るのである。今年はクリスマスも元旦も日曜日なので人並みにどこにも出かけない人間は損をしたような感じがする。日曜でおまけに祝日だと商店は休みで、せっかくの休みの日に買い物も出来ないと、特に買い物好きな人には不憫である。大半の商店ではクリスマスまで売り上げを出来る限り上げなければならないので必死なのだが、そのあとはその熱も落ちる。なんせカドー(プレゼントの仏語)カドー、何でもカドーと消費者が必死になって買いまくるからである。年が明けたらバーゲンだから、余計に商売人は力を入れる。しかし、私のお気に入りアイスクリーム屋さんはその日営業するらしい。前にクリスマスには実家に帰ってと記したが、最近は若い世代だけでさっさと旅行に出かける人たちが増えて、昔の良き時代のおふくろとおやじが、孫たちに囲まれて暖炉の周りでなごむ風景が次第に薄らぎつつある。カドーを買ってクリスマス前に皆で祝ってから出かける場合もある。しかしキリストさんの影響も日本に比べれば濃いので、地方に行けばまだまだ全員集合しているようである。クリスマスは家族(だけで)のお祝いの日なのである。
2005年12月22日
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急にグルメが日本に戻ってしまった。Mさんが私の書き込みに刺激を受けてか、おいしいものを一杯詰めた小包みを送ってくれたのである。感激である。ものは書いてみるものである。その中で一番に味見させてもらったのが、黄な粉のふ菓子とごり(鮴)の佃煮である。昨夜は鮭どんぶりだったが、小さい二杯目にその魚くんたちを一杯散りばめていただいた。あのこってり煮詰まった醤油の味はたまらない。再び脳天がくるくるときた。涙も出た。(意外にもろい。)特にスーパーで割引券の日付けを間違えて出したので、結局受け付けてもらえなかった。しかしそのためにたくさん買ったから重くてがっかりして帰宅したあとだったので、余計にうれしかった。あとのものは少しこっそりといただくことにする。ありがとうね。思えば200円くらいの割引だったから、あんなに気落ちすることないのに、でもコーヒー一杯飲めると思うと嫌だ。あぁ、一応主婦はもう嫌だ。割引券に惑わされる自分がつらい。せこいことはせこいが、そう言いながらシャンペン最低一本(≒10000円)で200円分の割引券の日付けをしっかり確認した。あぁ、好きなだけ買い物してみたいね~やっぱり女じゃて…
2005年12月21日
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という場合には、無理にとは言わないが、和風に暖かいごはんに混ぜるという手もあるのをご存知だろうか。これは以前に私がトライして成功だったのでお勧めする。これには保存の利く缶詰のフォアグラを使う。生や半生のものはおそらく日本では手に入りにくいだろう。日持ちしないからである。エキスプレスのクール便なら問題ないが、そこまでやるか?!フォアグラといえどもレバーペーストであるから、薄っすらスライスしたのを炊き立てのあつあつのご飯にのせるのである。すぐにかき混ぜないで、まず、香りを楽しみ鼻腔が満足したところで、熱で溶けていくフォアグラをながめる。そして、春の雪が消えていくように茶碗の奥にとろけたフォアグラをお箸でそっとつつきご飯と一緒に口に運ぶ。上等の混ざりけのない、または少ないものほどおいしい。これはあたりまえだが、品質の悪いものにあたれば、フォアグラでなくても嫌いになるものである。たくさん食べるものではないのだから、クリスマスか正月にはちょっと投資してもいいのではないか。ただし、この時は酢の物とか他の香り物を避けたほうがいい。私は熱いちょっと雑穀のご飯とフォアグラスライスだけで十分幸せになれる。一旦缶を開けて使いきれない場合には、周りの黄色い脂身で包み、更にラップして冷蔵庫で数日のうちに食べてしまうこと。缶を開けて陶器に移し変えること。である。この脂でオムレツを作るとおつな味になる。もちろん、トーストにつけるのが一番ノーマルなやり方だが、ヨーロッパの秘蔵であるものをこたつに足つっこんで食べるのが妙に気持ちいいのである。お酒を飲まない方にはどうでもいいことだが、不思議なことに日本酒と合うのである。牡蠣だって、日本酒にも白のドライワインでもいけるし~ミネラルウォーターならちょっと炭酸ガスの入った軽めがいい。バドワかアポリナリスくらいか。。。
2005年12月21日
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昔、ドイツの年明けから始まる語学講習に参加するため、年末にちょっとスイスによってみようと考えた。スイスの(結構親しくつきあっていた)知人のところに行こうと思ったのだ。しかしその家庭からは、クリスマスということで他人は入れないと言われてしまった。「残念だけれど、また別の時なら問題ないのだけれど…」という事で、安ホテルの最上階で侘しいひとりのクリスマスを過ごしたことがある。外では皆が家族と過ごしているのに…と思うと幾分悔しかったが、そういうもんだと理解して、早く閉まるデパートでビスケットなどを買い込んだ。横の教会の鐘が耳につきまわった。これは良い経験になった。もしクリスマスに呼んでもらえたら、家族と同じに認識してくれているということだ。もちろん、私にも別の知人で以前にひとりで年を越す私を二度も招いたくれた人がいたのだが、あえて来たことは知らせなかった。そして、クリスマスが終わってから、そ知らぬふりで姿を現した。すると喜んで大晦日の夜に三度目の招待をしてくれたのである。メニューは恒例のしゃぶしゃぶである。仕事をぎりぎりまでしているので、他の料理の準備があまり出来ない、よって肉やに頼んで届けてもらうのである。たっぷりおいしい肉を食べたあとは、お粥であり、チーズであり、コーヒーであった。気心知れた仲間たちと楽しく年を越した。そしてその翌日、私は心温かくして、西ベルリンにむかった。外国であろうが、どこであろうが、もし知人でひとりでの人がいたら、そっと声をかけてみてはどうだろうか。おおげさな招待はしなくても、誰でも暖かいことばくらいはかけれるはずだから。
2005年12月20日
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世の中が平和な証拠であろうか、こういうことがニュースになるとは…このだちょうの肉は、安心して食用に出来るということで、カンガルー同様数年前より注目されている。味は上等のかしわ(鶏肉)といったところで、カンガルーのほうは柔らかいビーフといったところ。スーパーで手軽に買えるので、たまに食する。これはステーキにして、それに似合ったソースをかけていただくのが良いようである。この年末にはエキゾチィックなものをトライする最良のチャンスである。ただし、ヨーロッパでいうエキゾチィックには、日本の寿司などである。そうそうフォアグラ、これには、鴨とガチョウが犠牲になるのだが、歴史的にみるとガチョウが古く、あとで鴨がジョイントしてきたというかたちである。フォアFOIEは肝であり,グラGRASは脂身なので、目一杯に肥やした肝を指すのである。鳥たちは放し飼いのように広い草原で育ち、動けなくなるまで人間のために餌を食べて太るのである。生肝とか半生の肝が季節ものであり、あんまり日持ちしないが、旨いのである。さっとソテーしてイチジクなり玉葱ジャムなりでそれ用のパンにつけていただくのである。お酒はあったほうがいいけれど、なくても問題は無い。一度帰国した時に、堺市の鴨つくしの店に連れて行ってもらって、肝をいろいろ味見したことがある。串焼きからうどんから刺身からあるわ、あるわだったが、そんなに全て食べられるものではない。さもなければ、動けなくなって鴨の二の舞である。ご用心、ご用心。
2005年12月20日
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今寒い時期に私たちには、他人のことを考えることが出来るだろうか。こうして、インターネットで通信できない人たち、毎日職を求める人たち、愛する者に去られた人たち、安心して毎夜寝付くことが出来ない人たち、雨風や雪から身を守ることさえ出来ない人たち、電話さえなく、あっても話相手が無い人たち、誰一人として信用出来なくなった人たち、悲しみで心のさびれた人たち、己の存在が辛くなった人たち、ただ呆然としているしか出来ない人たち、もう口を開くことも出来ない人たち、他人の無関心、無視に耐えて、耐えて、耐え抜いている人たちは私たちの隣人であり、私たちの心にうつる。一時ほど前、よく見た夢に路上でふとんを敷いて寝る自分があった。そこに寝ている自分をうまく避けて、無視して人々は歩いていた。そして数ヵ月後に路上で実際に夜を明かす人(たち)を見た。その時、「あの時の自分だ」と悟った。今彼らはどこに居るのだろうか。
2005年12月20日
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12月にはいるとクリスマスまでの日めくりが店頭を賑わす。鮮やかな色の布でこしらえてあるものや、チョコレートが隠れているものや、毎日そこをめくると日付け以外に楽しみがある子供用のものである。つまりA4くらいの大きさで25個窓がこしらえてあるのである。子供たちは幼稚園や学校で作って家に持ち帰るかクラスで皆とめくるのである。子供に限らず、このめくるという行為は人間どなたも好きなようだ。隠されたもののヴェールをはぐというわくわくぞくぞくする一瞬である。毎日一枚づつ開けて、当日に近づく楽しいビッグイヴェントである。自分のプレゼントへの希望がどれだけかなえられるか、子供にとってはそれはそれはそれは楽しい時なのだ。彼らを失望させてはならない。
2005年12月19日
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食い意地がはっているというか、マーケットで買った(ルーバルブとアンジェリカ)ジャムの味見をしていたら、グニャ~と口の中の軟らかいところを噛んでしまった。相当ひどく噛んだようである。更にひどいのは、一分ほどして、またも同じところを噛んだのである。今は縫われたように線が出来ている。舌を噛むこともあるが、それより痛い。老化現象でなく、昔からよくやった。何か漠然と考えているとやってしまう。また、疲れている時もそうである。首がグネッとなるのと似ている気がする。今夜はフォアグラの味見をしようと思ってるのに、大丈夫かいな~(ノエルまで、それにちなんだ書き込みをします。26日は休みです。)
2005年12月19日
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クリスマスマーケットにフォアグラとジャムを買いに行きました。途中で雪になってもう大変な思いをしました。でも楽しかったです。去年のマーケットでは大雨でした。単なるフォアグラでなく、色々と種類があってそれを選るのが面倒なので、全部ひとつづつ買ってしまいました。特にリエットが好きで、今日はもう最後の一個にありつけました。他は栗とオリーヴ風味のパテです。フォアグラをパテと言ってしまえばそれで終わりますが、日本人が漬物や煮物を作るように、こちらではパテやジャムを作ります。ジャムも甘いものだけではありません。そして、蜂蜜店もフランスからいつもの人が来ていました。アカシアや松や栗の木、プロヴァンス、ラベンダーの蜂蜜と南仏のフルーツのジャムと混じった蜂蜜と種類は豊富でした。何だかんだ言いながら、結構買って帰りました。
2005年12月17日
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健康に元気に良い年末を越しましょう。上を向いたらきりがない、下を向いてもきりがない、己がどこかを見極めて、生きることにありがとうって感じるそんな年越しを願っています。ひとまずBON WEEKEND!
2005年12月16日
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Q1.バトンを回してきた人のキーワードオブセさまからのお題は『竹やぶ』です。Q2.その人が回してきたキーワードから連想するものを1つ挙げる『やぶ蚊』コメントはなくてもよくわかりますよね。あのひつこい蚊です。マヌカがいいらしいのですが、こっちでは手に入りません。Q3.バトンを回してきた人に一言いつも感心させられる文体でシニアの心意気をご披露してもらってます。今度の御本がたくさん、たくさん売れるといいですね。Q4.次にバトンを回す人3人とりあえず、はっと思ったアロマのエキスパートのヤスミンさんに回しました。でも、やってみたいなと思う方にお任せします。 いままでの結果は以下の通り。私は129番目でした。海→ブルー→サッカー日本代表チーム→ドイツ→ソーセージ→バーベキュー→カニ→白砂→砂丘→海→太陽→ひまわり→種→スイカ→うめぼし→和歌山→みかん → あたしんち→猿山→赤ちゃん→フレンチブルドッグ→おばあちゃん→ボーリング→ハイタッチ→アメリカ→カジノ→ドラクエ→スライム→キング→トランプ→マギー審司→ジュエリーマキ→後藤真希ちゃん→モーニング娘→テレビ東京→ 旅→駅弁→牛タン→カルビ→脂肪→カプサイシン→カタカナ→ひらがな→日本→アンジャッシュ→おぎやはぎ→メガネっこ→のび太くん →夢→寝坊→二日酔い→ウコン→サプリメント→美容→ヨガ→マドンナ→注射→ワクチン→ラクチン→温泉旅行→会席料理→日本酒→芸者さん→ジャパニース→ ジャニーズ→光GENJI→短パン→ぴちっぴちっ→Gパン→普段着→Tシャツ→無芸大食→自分→ぐーたら→なまけもの(動物)→木の上→秘密基地→仮面ライダー→変身→女優→ハリウッド→プリティ・ウーマン→最高の笑顔→笑福亭鶴瓶→お笑い芸人→吉本興業→ダウンタウン→ニューヨーク→自由の女神→贈り物 →赤ちゃん→生命→誕生→感動→スポーツ→精神統一→格闘技→K-1→ランドセル(桜庭選手のパフォーマンス)→ピカピカの一年生♪→ドラえもん→えかき歌→アンパン→アンパンマン→永遠のアイドル→聖子ちゃん→sweet memories→ケンちゃんの恋→男フェロモン撒き散らし→黒く澄んだきれいな瞳…→ダンス→インド→阪神タイガース→土→青→空→飛行機→カエル→田舎→畑→有機野菜→遺伝子組み換え→試食→お父さん→新聞→スクラップ→不法投棄→竹やぶ→やぶ蚊
2005年12月16日
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昨日、中国の映画「ブルーカイト」を見に行った。パソコンの接続問題で電話局と約一時間にわたる集中ヘルプで何とか、つながったので、その疲れを吹き飛ばすためにも外をぶらぶらした。上映まで時間があるのでカフェーに寄った。場所はブリュッセルのマロル地区といって東京で言えば浅草である。6時半ということでもう真っ暗であるが、街のイリュミネーションが美しく、特にお月様が輝いていた。さて、非常にポピュラーなカフェばかりなので、外国人の私はいくらか勇気を出して入るカフェを選んだ。角にある一軒の扉は重かったが、何とか力をこめて押して入ったのである。注文するのはエキスプレッソである。そこのお姉さんが、「エキスプレッソ!?」と非常に大声というか無愛想な声を張り上げたので、一瞬ぎくりと身の縮む思いをした。「ウィ、SVP」運ばれてきたのをそっとすすっていると、私の横の空き席に一人の男性が座って、私と同じプティカフェを注文した。違いは砂糖三つということだった。スティック状のをひとつでなく三つつけてくれということだ。彼はそれに砂糖をさっとう入れ、新聞を出して読み始めた。ちらりと横目で見た私はそれが、トルコ語の新聞であることを見た。「このおっちゃん、トルコ人か、それでちょっとけったいな(妙な)アクセントでもの言うんや」(独白)そして、私が先に席を立った。まだ上映時刻まで幾分あったので、周りを散策してから会場に出かけた。と、そこにさっきのあのおっちゃんが居たのである。「コーヒー好きなの?」と彼のほうから会話が始まった。それが何かのきっかけで日本語に切り替わったのである。なんと、彼は35年前に東京で7ヶ月住んでいたという。それだけなのに、日本語がぺらぺらであり、漢字なども書いて読めるというし、さらに、中国語は上級レベルであり、ベルギー人だがドイツの血もまじっており、ドイツ語も出来、オランダ語も、ハンガリー語(昔友達がいたが私はしゃべれない)、フィンランド語(今友達がいるがしゃべれない)、もちろん英語、ギリシャ語、トルコ語、エスペラント語(私もやったことがあるのでちょっとだけしゃべったが、本当に彼は出来るのである)、エジプト語は絵文字、フランス語もということでさっと10っか国語出来るのである。すごいや、と私は感激してしまった。会話はフランス語から日本へと混ぜこぜであったが、最後に「あなた本当にベルギー人?」と言ってしまった。そしたら彼のほうも「あなた本当に日本人ですか?」と。。。映画が始まるまでしゃべり続け、午後のうっぷんを見事晴らすことが出来た素晴らしい一日だった。どこにどんな人が居るかわからないものである。どうせわからないよと海外で、平気で日本語でしゃべらないほうが無難というもの。つい口がすべるものなのである。注意、注意、更に注意。更にもし周りの人たちと同じ言葉が出来るのなら、おしゃべりもその言葉でしたほうが良い場合が多い。外国人がわけのわからない言葉でしゃべっているのを聞くほど気味の悪いものはないからだ。誤解を招かないためにも…
2005年12月15日
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昔こういう歌が流行った。”一人で海をながめていたい。だけど気持ちはすぐ変わる、母の無い子になったら、誰にも愛を話せない。”我々には皆そういう母が居るとは限らない。とにかく私の時はひとりだった。だけど少しも悲しくはなかった。親というのはそこに居るという存在も大事だが、わかってくれる人という存在のほうが大切。誰も横に居なくて、眺める海さえなく、涙を流す暗がりも無い場合、どうしたらいいのだろうか。参:歌詞は多分間違ってると思います。なんせ昔のことなので勝手に変えてる可能性ありです。おそらく、海はながめるのでなくて、見つめているです。
2005年12月15日
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月曜日に急にネット接続出来なくなりました。今やっと再開通です。明日からまた投稿始めますのでよろしく。
2005年12月14日
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週末に年末の買い物にごったがえる中散歩してきた。寒いので皆でかい体に分厚いコートを着込んでる。それがぶつかり合いながら進むのである。私も太いほうだが、こちらの人たちの太さはけたが違う。余計にどうしても子供に見られてしまう。あの太さはフリッツ(フレンチポテト)とそのソースでマヨネーズやカクテルソース、それにそれらを流し込むビールである。特にこの時期クリスマスビールというのが限定された数出る。一度も口にしたことはないが、あたりの優しい味らしい。食べ物のことを書き出したらあれもこれもと出てきて引っ込めるのに苦労した。それに一度引っ込めると、今度は底に沈んでか浮かんでこない。そして何もない時にぱっと上昇してくる。なかなかものが思い出せない時は脳天がデータを捜索しているのだ。スピードが遅い早いはあってもいつかどこかに出てくる。コンピュータの場合には、データが多すぎると時間がかかるというが、脳天の場合はいくらでもデータがはいっても平気である。ただどこにしまったかを探すのに時間がかかるようである。買い物のメモを探しまくるように・・・そしてそれを見るための眼鏡を探すように・・・(私はまだ眼鏡はいらないのだが、いつか必要になるのだろう)
2005年12月12日
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何年も一緒に住んでいる家族でさえ、何を考えているのかわからない世の中である。伝統を重んじた昔は、そして今でも頑なに伝統を守っている国々では、お互いが言葉を尽くさなくても心が通じたのではないか。いつごろから話し合うということを始めたのか。いろいろな説はあるだろうが、これはヨーロッパの各地から逃げ出したアメリカ人の習慣ではなかろうか。民族が混じるアメリカ大陸では、とにかく話さなければわからないのだから。アメリカ語は別として、日本の家庭で家族同士が会話しているのだろうか?何でもいい、毎日ことばを掛け合うことがあるのだろうか?心が通じなくなってきているのであるから、話さなければわからないだろう。自分以外の者と会話しないと、自分との会話も出来なくなる。もちろん心が通じあってればそれでいいのだが。。。クリスマスは家族のお祝いである。
2005年12月09日
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日本の味が圧倒的に思い出されるのは当たり前といえば、当たり前なのだ。私が日本人であり、更に日本には確かにおいしいものが存在するからだ。この国民は何でも研究して最高のものを求める民族性を持っているのだろう。ヨーロッパで、フランスやベルギー、イタリア、スイスで美味たるものにはまだ遭遇していない。あえていうなら、フランスのボルドー早朝市場のディスコ帰りのオニオンスープが旨かったし、ドルドーニュの生暖かい摘みたての美人イチゴも最高であった。つまり日本の味と同じく、高級レストランでは感動があって当たり前で、珍しい、心と体が沸き踊るあの感動は無かった。フォアグラだって、それなりの旨さである。驚きというか、感性を揺り動かすものが足りない。フランス人にとっては、みりん干しなんて干からびた魚の干物くらいだろうし、生しいたけだったらソースをかけないとだめだろうしである。ただ旨いだけでなく、その演出が必要なのである。アルミホイルに包んで手渡されたみりん干し、バイクで山道を走ってぼたん鍋の前の生しいたけと、盛装して予約して席につくレストランとでは比較にならない。さて、もうひとつだけ忘れられない味がある。また日本の味である。埼玉出身の友人がくれた、おじいさんが毎年漬ける小梅である。色や見栄えは良くないのだが、香り、歯ごたえ、唾液の分泌が最高であった。それまで小梅はまずいものと思い込んでいた私の脳天はびっくりしてしまった。更に付け足せるなら、鹿児島の深蒸緑茶をあげたい。日本にはこんなにこくが深い旨いお茶があったのかとまさに感動した。これはアントワーペンのほうに仕事に来た日本人の鹿児島出身の人におみやげの残りですみませんねと言っていただいたものだった。さらにさらに、これらは見事なほど一度きりなのである。しょっちゅう口に出来ないものだから記憶に刻み込まれているのだろう。一期一会とは言うが、一期一味でもある。
2005年12月09日
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食べ物の話になるとねたが尽きることを知らない。みりん干しが歯ごたえなら、丹波篠山の生しいたけを七輪であぶったものは鼻から脳天にぬける醍醐味であった。昔バイクを乗り回していた亡き父は、自動車だと大阪の町が走れないと言って時々小回りの利くバイクで用事をすませていた。そんな父と丹波篠山の黒さそりというところの生しいたけを食べに行った。山の道を登って走ると半分野外の座敷が設けられている食堂?というか食べるところがあった。そこで作っているのだと思う(そこで採れるとでも言うか)しいたけをかさを上向けにして、程よく火の熾った七輪に載せて、そこに醤油をちょろっとたらして、チクチクしてきたら食べごろなのである。お酒をお燗してもらってつまむと、醤油の焼けた香りだけでなく生しいたけのすがすがしい息で指がかじかむような寒さがいっぺんに吹っ飛んでしまう。もちろん土地柄ぼたん鍋もあったのだが、ちょっとだけ食べようということだったので、先にしいたけだったように思う。もしかしたら、ぼたん鍋も食べたのだろうか?おばさんが準備に時間がかかるというので、その待ち時間に本生しいたけにありつけたのだったか?むこうのほうから旨いものがやってくる。と彼は言っていた。その時だって、わざわざそこまでいのししを訪ねに行ったのではない。ドライブの途中であった。子供の頃から父の大きな背中にしがみついて結構いろいろなところに行ったものだ。赤ん坊の時はサイドカーだったらしい。
2005年12月08日
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何かひとつだけ印象に残っている食べ物といえば、歯ごたえがみごとだった自然のめぐみを受けたしかも手作りのみりん干しだ。信じられない人から回ってきたのだが、太平洋の離れ島でおばあさんがせっせと作ったみりん干しは最高の思い出である。以後数十年たつが、あれ以上のものにはめぐり合っていない。歯だけでなく、舌の感覚も柔らかい。唾液がにじみ出て脳天がキューッとくる。口の中で出来るだけゆっくり咀嚼して、「あぁ、なんと幸せ」と感動にひたる。例え冷酒が無くても、何も無くても、ただそれだけで私の心は十二分に満たされる。しかし何故あの人は私にあのような素晴らしいものをくれたのだろうか?なぞである。
2005年12月08日
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(突然に純日本的ですが、今日お昼は手持ち弁当でした。かぼちゃのおかずが余ったのでお弁当にしたのです。)昔私の学校への弁当はいつも梅干弁当だった。でかいアルミのだったので恥ずかしくて皆の前で食べられなかった。女の子たちは皆私の半分くらいの大きさで、おかずがさらに半分詰まっていた。母親の愛が嫌でも目に付いた。私の母は、夜のおかずをいくら作っても(食べる口が多いので)残らないから、かろうじてご飯を詰めてくれたのである。そして梅干ひとつ。これはとても上等のものだった。時々とろろ昆布がかかっていたりもした。さらに極上の塩昆布も一~二枚乗っていた。ところが、中学の時にクラスメートの男の子の弁当がすごかった。私のとよく似た弁当だが、(ちゃんとおかずもはいっていたが)「どかべん」よろしく新聞紙で包んであったのだ。彼は誇らしげに食べていた。遠足などあったら決まって皆おにぎりなのに、私のはいつも細巻きすし(母が作るハムやきゅうりを巻いたもの)だった。一度でいいから、熱いご飯をがまんしてにぎった母のおにぎりを持って行きたかった。そうしてにぎるのが心がこもっていると思っていた。蓋を開けるたびに失望したものだった。確かに彼女の言うように巻きすしのほうが上等なのかもしれないが…そのせいもあってか、今そんなに巻き寿司が食べたいとも思わない。魚も適当に好きなくらいである。ばってら寿司は別である。そしてギュッギュとにぎったおにぎりに梅干を入れたおにぎりを私の息子には持っていかせたものである。漫画の「ドラゴンボール」で悟空が食べていたと言って長い間彼のお気に入りだった。
2005年12月07日
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http://www.plaisirsdhiver.be/winterwonders.htm英語版です。写真入り。クリスマス期間はヨーロッパでは商店やレストランが閉まるところが多いですから、出かける前には必ず旅行情報を入手しておくことです。*このブログでは詳細を載せられませんから(特に歴史とか、いわれとか)まじめな勉強は他所でやってください。サンニコラも、もっといろいろお話がありますから。サンニコラとサンタクロースの関係とかなども興味深いですよ。ここではあくまで史的でなく、詩的でもなく私的に指摘しますから…
2005年12月07日
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サンニコラが帰っていったので今度はノエル(クリスマスの仏語)です。ノエルには都会に出稼ぎしている人たちが里帰りをします。今ふうに言うと、実家に戻って家族だけでしんみりと過ごす期間なのです。そして大晦日は友人や同僚たちとパーティーをやって年越しそばならず、シャンペ~ンを抜いて賑やかに過ごします。これはフランスも同様です。その時のテーブルの上に載るものに幾分ばらつきはありますが、大体この線です。(ノエルに南仏では10種類以上のおかしが出されるのが伝統的)とにかく家族のまとまりを考えさせられる時なのです。ひとりっきりの人には耐えられない日です。そして、そんな侘しさを慰めてくれるかのような灯りが街のあちこちに燈ります。普段は暗い街中がぱっと明るくなるのです。有名なパリのシャンゼリゼでは街路樹に電球が飾られます。それはそれはきれいです。もちろんブリュッセルだって負けてはいません。と言いつつ、いまいちって感じがしないでもないけれど…毎年変わります。今年は節約型ですが、それはそれなりに美しいです。(=地味)グランプラスはおなじみのクリスマスツリーが立って、クレーシュがあって、周りの広場にはマーケットと野外スケートリンクが開設されてます。アントワーペンもお勧めです。またブリュージュもきれいですよ。教会ではコンサートが一杯予定されてます。私は仲間とゴスペルコンサートに出かけます。あぁ、我々は皆兄弟ですよね。大きな世界という家族の一員なのですよね。
2005年12月07日
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これはフランス語であるので、オランダ語やドイツ語で言うと違ってくる。ここではパス。さて、服装だが、どうしても赤い色と白色である。帽子はローマのお坊さんがかぶるたけの高いもの。先が丸く巻かれた杖、これもローマの法王が持っているものと似ている。白い長いひげをはやしている。ローマ法王と似ている。というか、サンタクロースが炭酸飲料の会社宣伝であのユニフォームに決められてしまったというのが正しい。いわれは数知れずあるのだが、サンニコラが(多分可哀想だった)子供の命を助けたというので子供の守り神のような存在になっている。だから、6日のおもちゃの希望を親には告げなくてもサンニコラには告げることが可能なのである。しかし彼は学校やスーパーやデパートや商店街やといろいろな所に出現するのである。あんまり多くのサンニコラがいるので子供たちは、どれが本当のサンニコラなのか区別がつかない。あれでもない、これでもない、去年はもっとひげが長かったぜ、とか、今年のは眼鏡かけてるぜ、とか男の子たちがひそひそ言ってるのを耳にする。更に、具合が悪いのは、付き添いのピーター(=ピート)が殆どの場合白人で女性である。つまり顔を黒く塗っているのである。黒い手袋をはめている。ロバを学校に連れてくることは無理なので、言い訳をするサンニコラを見ていて気の毒になるとともに、まだ純情な子供たちに触れて安心さえする。学校のサンニコラは、スペキュロースとチョコレートと飴やキャンディーを渡してくれる。おもちゃは本番の家で受け取るのである。
2005年12月06日
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久しぶりに命シリーズである。先日スペインから友人がやってきたので、一緒に夜ご飯を食べに出かけた。そこでまた、別の友達が居て、なんと女三人でかしましくおしゃべりした。実に下らんことかもしれないが、この自由なおしゃべりというのは、楽しい。そして健康に良い。女性はおしゃべりか買い物するのが一番だと思う。お金を使う、腹の中を吐き出すという行為はまさにストレス解消の他ならない。特にこの食べながらというのが、またいい。とまれ、この時、雑談にまぎれて、私の普段から考えていることが一瞬にしてまとまったのである。よく「自分を消して…」というが、消すもなにも最初から人には実体が無い。他人に映る自分しかない。而して自分以外の者が居なければ己は存在しない。人様は自分の鏡なのだ。己は他人の鏡でもある。フランスの大先生も言ってるではないか「我思う、∴我あり」と。他人との繋がりとはそういうものではなかろうか。実体は無く、あるのは心のみである。心の教育は非常に大事なものだが、危険でもある。目に見えないものほど厄介なものは無いからだ。しかしそれだけに、無限の価値を持つのである。
2005年12月06日
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ドイツとオランダ、ベルギーにはサンニコラが良い子の住む家に12月6日に間に合うようにおもちゃを持ってきてくれる。これがあのサンタクロースの原本みたいなものである。{サンニコラウス(=サンニコラ)がサンタニクラウス→サンタクロース}といっても、12月25日にはちゃんとまたサンタがやってくる。サービスが良いことといったら無い。しかしこの6日のほうは小さい子供のおもちゃの日であり、25日のほうは大きな子供や大人がプレゼントを貰う日なのである。サンニコラはロバにプレゼントを積んでやってくる。おともに黒人(といっても大抵白人)のピーターを連れてくる。悪い子がいたら鞭でたたいてこらしめるか、つれていってしまうとかする。どこかで聞いたような話である。サンタさんのように靴下のほうが好いと(たくさん入るから)思うのに、なんとスリッパや室内靴を良くわかるところに置いておく。それと牛乳と人参をそれぞれサンニコラとロバ用に準備しておく。煙突から入らないので電気しか使っていない家庭でもOKである。そしてサンタさんは香水や服や電化製品を他の家族に持ってくる。最近は煙突が無い家が多いので、どうするのだろうか?26日の朝皆でキャッキャッ言いながら包装紙を破り合うのである。こういうのは、伝統よりも商業的になってしまっている。12月に入るや否やデパートやスーパーではひっきりなしににぎやかになる。日本のように年がら年中何かを贈るところではないので、この時ばかりは皆が何かを買い求めるのである。しかし不法進入した移民の子供たちや、親の居ない子供たちのところにもサンニコラはやってくるのであろうか?
2005年12月06日
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週末にクリスマスの事を記載すると高々に予告してしまって、ちょっと後悔の公開。更改。せっかくの休みだと思い切り朝寝して、あわてて街に出かけた。平日なのに人が一杯。仕事ないのだろうか?主婦だけでなく、子供というか若い人もたくさん居る。自由業者さんかなあ?まさかニートでは・・・こちらベルギーは結構深刻な失業状況を抱えている。しかし家のない人(つまりホームレス)たちは、共同体や社会組織の努力で何とか手助けを受けている。(毛布の配布やスープや食事)そういうところは、社会の枠からはみ出た者を無視する所とは違う。我々は皆生きる権利があるのだ。
2005年12月05日
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予告です。まじめに書いてみますのでご期待あれ。6日のサンニコラから始まりますよ。∴5日はお休みモード。年末の買い物をしなければ~クリスマスカードも書かなければ、出さなければ~もちろん掃除もしなければ~(アロマでやる気を興そう)参照:ヤスミンさんのアドバイスによります。そして、そしてまた恒例の来年の誓いをたてるのだ~忘れてならないのは、今年の反省。羽ばたけ、もっと羽ばたけ~~~~埃をたてないように。Bon weekend!
2005年12月02日
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私の次の妹の誕生日である。彼女はもうこの世の人ではないが、この日になると毎年なつかしい。子供の頃、台風が来たとき、私はその妹と留守番をしていた。ヨチヨチ歩きの彼女はテレビの足(当時のテレビには長い足がついてた)をつたって移動していたのだ。そして、そのあと多分彼女はひっくり返ったのだ。テレビと一緒ではないが、落ちたのだ。私の記憶は今どこかへ行ってしまっている。本当はどうしたのか、わからない。だけど心もとなくなって外に出て母の帰りを暴風で飛ばされている木々を見ながら待った。米やのお兄さんが気の毒に思い、配達トラックで母が足止めくらっている市場まで乗せてくれた。つくと風はやみ、見ると母がのそらのそらといつもの行きつけの手芸やさんから出てくる。そのあとのことは思い出せない。しかしそれで妹が亡くなったのでなく、その後何十年もたって、神戸に大地震があって数年後に消え入るようにして亡くなったのだ。そしてそのあとで父も逝ってしまった。カシミアの地震での被害者たちはこの冬をどう過ごすのだろう。何も出来ない自分だけれど、家族の暖かさだけでは厳寒は越せない。
2005年12月02日
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あなたはこのエイズという世界中にはびこる病気について理解しているだろうか?この世にはその他にも様々な不治の病気や災害があって、常にどこかで犠牲者が出ている。でもそれは他人事と言ってしまっているのではないだろうか。凶悪な犯罪ですら、犯人が自分の親戚や家族だったりする。知らぬは身内であって、もしかしたら自分のことがわからないのではないか。何年も同居しているからと言って、決して相互理解しているとは言い難い。一度、内なる自分と会話されてはどうか?あなたは心のエイズに罹っているのかもしれない。それはあなただけが知っている。
2005年12月01日
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