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2026年05月16日
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鮫川の村から北上し鎌田八幡宮の丁字路で左折、そのまま石川方面に向かうと左側の田んぼのあぜ道に千手観音と書かれた古い立て札が建っています。それに従って畦道をすすんでいくと、仙道三十三観音霊場の標柱が見えてきました。

2025.3.9
仙道三十三観音霊場十九番札所:谷地観音堂(白花山 正法寺)


山際に参道があり、山奥へと誘うように道が伸びています。



殆ど山道の様な参道ですが、折り重なった落枝の下には確かに石が敷かれていました。この石を踏んで、かつて巡礼したものがいたのです。



程なくして観音堂が見えてきました。



石段の先には古めかしい観音堂が置かれています。廂が広くとられており、何となく雅な感じもしますが開創譚はどんな感じでしょうか。



ご由緒です。
谷地観音堂(白花山 正法寺)

真言宗
本尊:千手観音

 大同2年(807年)建立と伝えられているが縁起については明らかでない。縁日は4月17日である。
 本堂三間四面程あり。境内は比較的広く、僧侶の碑2基あり。本堂は四周とも三尺程の廻廊を廻らし当地方には珍らしい建築である。本尊は千手観音であるが少し破損し、厨子内に安置し、厨子の屋根押肘木もこの地方としては珍らしく、堂内には絵馬類の奉納も多いのは往時信者の多かった証となり注目に価する。
 「観世音」の額は、正徳2年(1712年)石川郡宇田谷庄:南条藤兵衛景定・熊田九兵衛親房等の奉納したものである。源三位頼政の鵺退治の絵馬(南条伊右衛門勝隆書之、とあり)寛永7年3月吉日に奉納されたものである。
 ・・・。

天保14年9月 石川郡谷地村
正法寺無住取調書上帳(乗蓬寺蔵)

石川郡谷地村
一、無住:正法寺
文政八未年(1825年)遷化候。其後無住、同郡坂路村惣徳寺兼帯。
一、客殿:無御座候
一、庫裏:立五間、横二間半
一、千手観音堂:三間四面
一、境内:但シ村除拾五間四面
一、什物:並寺附品外二御座候
右之通り相改候処相違御座無候 以上
組頭村惣代:高右衛門
庄屋:惣七
・・・。

大同2年の創建ですと、やはり坂上田村麿の開創譚が思い浮かぶのではないでしょうか。他の仙道札所同様、詳しい由緒が分からないのが悔やまれます。
同じく仙道札所の乗蓮寺に伝わる正法寺無住取調書上帳によると、文政8年(1825年)の段階で無住となり、惣徳寺が兼務していたようです。その時点で客殿は無くなっており、境内には観音堂と庫裏が残るのみとなっていたんですね。今では惣徳寺も廃寺となっており、境内の桜がひとり今でもキレイな花を咲かせます。
宗派は真言宗で、系統までは分かりません。真言宗が大きく分裂したのは明治期なので、この時は単に真言宗だった可能性もあります。
陸奥石川氏の最初の根拠地であった三芦城からも近く、関連があったとも考えられますが詳しいことは分かりません。ただ本尊の千手観音菩薩像は鎌倉時代後半の作とされており、この頃は陸奥石川氏が北条氏との関係を強めていた時期であり、鎌倉幕府経由で秀仏が当地に流れてきていてもおかしく無いのではないでしょうか。↓に本尊千手観音の説明書きを載せます。




仙道三十三観音霊場札所第19番札所 白花山正法寺

谷地木造千手観音菩薩立像
石川町指定有形文化財(平成5年5月1日指定)

 白花山 正法寺 観音堂の本尊である谷地木造千手観音菩薩立像は、鎌倉時代後半に造立された仏像です。全高104.3cmの11面42臂で、ヒノキを材料とした本格的な寄木造の技法で造られています。繊細で写実的な造形から、鎌倉時代に中央の仏師によって造立されたものと考えられます。
 造立にあたっては、この地の領主層である石川一族の関与が想定でき、歴史資料としても重要です。澄んだ表情の顔貌に伸びやかさのある体躯、衣の襞の彫り出しにも洗練さがうかがえ、美術的にも優れた造形を示している貴重な仏像です。
 平成27年度から28年度にかけて修復が行われ、持物と天衣垂下部を除く全ての欠失箇所の新補、白毫に水晶を配置、像表面の乾式クリーニング等が施されました。この際、両脇手台木から墨書による文字資料が新たに見つかりました。「くわんをん(観音)」・「ミなもとの(源)まこ(孫)大らう(太郎)のぶミつ(信光)」・「延文五歳(北朝年号で1360年)かのへねのとし(庚子年)七月十三日」・「小旦那」・「イナバ」・「一貫文一斗」・「ミゾイ」等の文字が判読できます。このうち、延文5年の年号については、修復の監修にあたられた若林繁先生(県文化財保護審議会委員)によると、体躯と脇手を支える箇所の台木に書かれていることから、造像銘ではなく、あくまでも修理を行った際のものであるとのことです。
(文責:石川町教育委員会)
平成29年4月吉日 奉納:小湊義勝



更に説明書きです。




谷地千手観音立像
平成5年5月1日町指定

 この千手観音堂は廃寺となった正法寺の境内にあり、仙道三十三観音十九番札所として、栄えたところである。
 大同2年(807年)建立と伝えられているが、縁起については明らかでない。本尊の木造千手観音像は全高104.3㎝の十一面四十二臂像である。頭部を前後に、体躯を前後左右にはぐ寄木造である。カツラ材を使用した彫眼素地仕上げのこの観音像は、地方的要素を残しながらも、全体的には洗練された作風を漂わせている。造られた年代は鎌倉時代後半と考えられており、美術的にも優れた造形を示している貴重な仏像である。
平成6年3月1日 石川町教育委員会



地方作なのか中央作なのかは不明ですが、化仏も指先も造詣が細かく、かなりの完成度です。素人目でも御作では無く仏師の手になる物だと分かります。仏像銘にある”源孫太郎信光”なる人物が誰なのかも気になるところ。

観音堂裏手には、細く湧きでる清水と不動明王像。小祠もあります。



ここで禊ぎを行っていたのか、護摩を焚いていたのかは不明ですが、当霊場の開創となんらか関わるものだとは思われます。山中でこの清水を見つけて寺院を建てたとか・・・。いろいろと気になる事が多すぎます。



斜めから。
山間の田園地帯にこんな古仏が残っているのは本当に面白いです。今では寺院の趣はありませんが、林の中にひっそりと佇むさまは古霊場のそれです。陸奥国の開発と発展を見て来た生き証人のような趣も感じられ、東北の歴史を眺める上で外すことの出来ない観音堂でした



御詠歌
頼みつつ かけしその身の甲斐ありて 法の台に のぼる寺坂

本尊:千手観音 सहस्रभुज

以上です。

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最終更新日  2026年05月16日 12時28分56秒
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