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名探偵シャーロック・ホームズの作者として知られるコナン・ドイルは、若いころから、スピリチュアリズムに接近し、40年近い研究の末に、『コナン・ドイルの心霊学』を著している。また、後半生をスピリチュアリズムの普及に捧げ、世界中に講演旅行に出かけ、「人間の本質は肉体ではなく意識体である」と訴え続けました。もう探偵小説を書かなくなったことで、多くの人々は彼に失望し、ドイルは嘲笑と失意の中で生涯を閉じたと言います。また、いかなる宗教に対しても中立を貫いたことが災いし、どこの教会からも遺体を引き取ってもらえず、自宅の庭に埋められるというありさまでした(後に子孫によって教会の片隅に埋葬されることになる)。私は、いずれ時期が来たら、『丹波哲郎の大霊界』シリーズではないが、霊的な世界を物語として書き上げたいなという夢を秘かに持っている。小説を書きあげるには、私の霊界研究などはまだまだだし、私にはその使命がない可能性も存在するのだが。コナン・ドイルだったらどんな霊界物語を書いたのかなぁ、本当は生きているうちに書きたかったんじゃないのかなぁなどと私は度々考えてしまう。あの世の天国と言われる世界は、愛の世界である。多くの存在を愛し、また愛された人であればあるほど、より高い天国に生きていると言える。このより広汎な愛の世界への憧れから、人はこの世に生まれ変わってくる。より多くの存在とつながるような愛の世界に誰もが住みたいと思うものなのだ。死の意味、生の意味を考える意義があるという意味で、霊的世界への研究はオカルトでもなんでもなく、極めて真面目な研究の一分野なのである。【送料無料】コナン・ドイルの心霊学新装版
2012.01.31
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インフルエンザに罹って寝込んでました。新薬イナビルを試しました。錠剤より直接気管支に吸い込むから効果があるんでしょう。日曜日に吸引してまだ体調は良くなっていないのですが、熱は見事に下がりました。
2012.01.31
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すべての物事はその人の魂の学びにふさわしいように引き寄せられ、起こってきます。良いことも悪いことも、その人にとって必要な学びがそこにあるならば、たとえ自分が望まなかったとしても ハイアーセルフによって物事が引き寄せられます。自分で自分の首を絞めるように行動してしまうという現象も、そこに学びが存在しているからこそ起こっているのであり、それは、人生の中で成長し乗り越えることが予定されている事象と言えるのです。
2012.01.27
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「自分は他者と比べて優れた存在である」と「自分は他者と比べて劣った存在である」は、青年期に抱きやすい感情を言葉で表したものだが、これらの感情は、「悟り=ワンネス」の状態からはかけ離れた感覚である。自分は他者よりも優れていると思えば思うほど孤立感は強くなり、いつのまにか、自分は他者と比べて劣っているという感情を抱くような状態になることも起こり得る。私は最近、ある著作の中で、「無限の豊かさを受け取る」というフレーズを見つけたが、これは、我々が置かれている状況を端的に表すものと言える。我々は本来、無限の豊かさを保有している。それは、ワンネス(全体帰一)の感覚とともに、自分の中の「無限の可能性」として自覚される。そうした、他者と変わりのない可能性が自分の中にも存在するのだという事実があるのにも関わらず、我々はそれに気づかず、受け取りを拒絶し、自分を貧しい者として別の何かを追い求めるという旅を続けている。我々は本来豊かであるのに、それに気づかず、受け取ることもしていない。「無限の豊かさを受け取る」このフレーズの中に、豊かさに気づく必要性と、受け取ることの必要性の二つが込められているように私には感じられたのである。
2012.01.27
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他者は自己の鏡である。他者に怒りをもつ時、自分の中にもある同等の性質を拒絶している。すなわち、自身の全体のある部分を愛していないということになり、これが問題を引き起こす。自身の部分を含めて全体を愛していれば、他者に怒りや敵意を抱くこともなくなるだろう。たとえ相手に問題が存在したとしても、相手と敵対することなく、相手の気持ちが分かり、相手を誘導するかのように変えることが出来るようになるのである。トランスパーソナル心理学を専門とする医療心理学者ジョン・ゴールドスウェイトの『心を浄化する方法』に述べられている内容である。
2012.01.26
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医学の世界で特効薬が見つからず苦しんでいる人々が居るように、心理臨床の領域で取り残され、苦しんでいる人々が存在する。それは、Highly Sensitive Person (HSP)やエンパス(エンパシー)によって苦しんでいる人々と統合失調症ともスピリチュアルな憑依現象とも区別がつかない状態で苦しんでいる人々である。飯田史彦氏と中村雅彦氏はスピリチュアルな能力をもち学者でもあるのだが、それぞれの著作『スピリチュァリティ・カウンセリング』と『21世紀の祓い』の中で、何も取り憑いているわけでもないのに、除霊してくださいとやってくる精神病圏の人々が多いと述べている。この現象は何を意味するのかと言えば、病識がない人々が居るというよりも、自身に異常なことが起こっていることは分かっているのだけれど、それが本当に心の病からくるものなのか、霊的なものなのかが分からないという人々が多いということなのである。医学的なアプローチからすれば、彼らは単に病識のない患者となるであろうが、しかし実際は、病識はあっても、それが自分の脳や心から起こっているものとはどうしても思えないから困っているという人々がいるということなのである(スピリチュアルなことを語る人々の洗脳によって彼らは自分の症状を誤解しているのだという捕え方も彼らの実体を内から眺めた真実ではないのである)。自身がHSPであるエレイン・N・アーロンは、『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。(文庫ではなく単行本)』の中で、HSPの話を医師にしたら処方箋を出されたと述べている。ここでは、医師の診断という見立てと、本人の内的体験の乖離が起きている。三沢直子氏は『"則天去私"という生き方』の中で、霊が見えるというクライエントに複数の心理検査を行い、病的徴候を見いだせなかった事例が複数あったと述べている。まともな霊能者である正木りさ氏は『本当の答えは自分の心にある』において、本当の憑依現象を受けている人は、一万人に一人ぐらいしかいないと主張している。江原啓之氏も同様に、『スピリチュアルバイブルDVD2・3』の中で人を恨むようなことがなければ憑依現象は特に心配する必要がないとしている。すなわち、本物の霊能者の世界からも医療の世界からも取り残され、原因を探して彷徨っている人々が世の中には存在している。彼らの多くは、生育過程に問題があったり、心のバランスを崩していたり、『インディゴ・チルドレン』のような元々風変わりな(時代に先駆けた)個性をもっていたりすることで、人の想い等を通常の人よりも感じやすくなっているだけで、その感じやすさ自体に問題があるのであり、通常の心理療法や自助グループでの関わりなどを通して、心をより安定したものにもっていくことこそが本来は求められているのである。精神科医であり学者である吉川武彦氏は『hikikomori@NHK』の中で明らかな精神障害とはいえないが"精神障害まがい"の状態を示す若い人がだんだんと増え、その大本に「心の育ちの危うさ」を感じていると述べているが、私にはこの「心の育ちの危うさ」こそ多くの元凶だと思えるのである。
2012.01.24
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スピリチュアルな能力をもっている人に対する見方は偏見に満ちています。よく判断されるものの見方として、・彼らはお金儲けのために人を騙している。・彼らは名誉欲を満たすために人を騙している。・彼らは心の病気であり病識がない。というものがあります。これらは、実際にそのような人も居るので当たっているのですが、すべての人に当てはまるものではありません。実際に職業として正常なスピリチュアルな能力を発揮し生きている人も存在するし、実に当たり前に暮らしているスピリチュアルな感覚が鋭い人も世の中には居るのです。また、Highly Sensitive Person (HSP)という言葉があります。感覚が強すぎ、対人関係で苦しんでしまう人のことを言います。恋の吊り橋実験で有名なアロンの奥さんであるエレイン・N・アーロンがこの問題を研究されています(本は内容がはしょってあるので文庫本より単行本が良いと思います)。また、HSPよりもさらに第六感レベルで感覚が鋭いと言えるエンパス(エンパシー)という概念があります。HSPやエンパスはネットでも調べることができます。興味のある方は調べてみると良いのではないでしょうか。【送料無料】ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。【送料無料】 エンパシー 共感力のスイッチをオン / オフしよう / ローズ・ローズトゥリー 【単行本】
2012.01.24
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医学モデルに基づいた診断アプローチでは、患者は病人としてラベリングされます。これは治療のために必要なことなのですが、それは同時に医師が患者の気持ちから離れてしまう現象を引き起こします。診断アプローチからは、患者自身の実際の体験や苦悩が見えないという状態が引き起こされ、その結果適切な治療を施せないという可能性も同時に発生します。この問題を解決することが出来るのは、実際に患者でもあったことがある医師のナラティヴな体験です。患者でもあったことがある医師からの言葉が患者を知る上で重要になってくるのです。これと同じことが、トランスパーソナル心理学領域にも言えます。実際のスピリチュアルな体験なしに外からトランスパーソナルな領域を分析したとしても実際の真実は分かりません。また、精神病体験と純粋なスピリチュアルな体験の両方を体験しそれを自己分析できる人の語りがなければ、その双方を見分けることはできません。心理学者である中村雅彦先生は、元は社会心理学者だったのですがトランスパーソナル心理学に興味をもち祈祷師の修業をし、祈祷師になった人です。彼はナラティヴな体験としてのトランスパーソナル心理学を重視し、著作を多数出版しています。Lukoff,Dはスピリチュアルエマージェンシーを体験した医師で神秘体験を単純な神秘体験、精神病的特徴をともなう神秘体験、神秘的特徴をともなう精神病的障害、精神病的エピソードの4つに分類しています。精神の危機を体験したからこそ彼はこのような分類をしているのです。内的な語りは重要です。それは診断アプローチを新たなものに改良し得る力をもっているのです。【送料無料】こころがよくわかるスピリチュアル臨床心理学
2012.01.24
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人生の敗北者、いわゆる、生まれつきの身体の障害や、人生の途上で重病に罹ってしまった人、家庭環境の問題で人生を挫折せざるを得なかった人、人生の途上で多額の負債を抱えてしまった人などから、成功者へ向けて、ワンネス(愛の心)を向けていくべきか、成功者からこのような人々にワンネス(愛の心)を向けていくかの違いはあるものの、この世に生きる我々は、「愛を学ぶために生きている」ことは間違いがないように私には思われます。
2012.01.23
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宗教とその開祖は区別してとらえるべきだと思う。ユダヤ教がなかったらイエスは誕生しなかったのだろうか。いわゆる現在の「キリスト教」は生まれなかったのかもしれない。しかし、イエス自身は、もしユダヤ教という背景がなかったら、全く別の、あるいはもっと深い内容の言葉を語っていたのかもしれない。キリスト教がイエスを頂点とした一神教になる必要はなかったのかも知れない。聖書=イエスではない。キリスト教は第一回ニケーア会議以降、変わってしまった。イエスを神の一人子とし、三位一体説を制定し、聖書も都合のいいように改竄してしまった。しかも、聖書=イエスにしてしまった。ユダヤ教から続く、文字の信仰を広めてしまった。この罪がどれほど重いものなのか。キリスト教徒によって宗教戦争が起こされ、魔女狩りは行われ(実体は霊的能力者を悪魔の化身として抹殺する事だった)、救世主の概念を生みだし、救世主を名乗る誤った宗教家が出現する基礎を作った。キリスト教はイエスの宗教ではないかも知れない。このことを考えたことがあるだろうか。信仰がワンネス(すべての人を愛する気持ち)を捨てさせるようなら、人はその信仰を捨てるべきである。信仰を捨てるとは、宗教を捨てること。自分自身が自分の宗教になることです。
2012.01.23
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クライエント中心療法において、「共感的理解」というものがある。あたかも自分が経験しているかのようにクライエントの内側からクライエントを理解するというものである。「内的準拠」と呼ばれる自身や世界を見る時の内的な枠組みを共有することがカウンセラーには求められる。ここで問題が生じることになる。なぜ我々は、クライエントを内側から認識できるのだろうか。恐らく、これは、ワンネスの概念で説明がつくように思われる。クライエントを内側を知るというのは、自分の内側を通ってしか知ることが出来ないのである。自分の経験や集合的無意識、深層意識を通って相手のそれらに接触しているのである。
2012.01.22
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ロジャース派の心理療法においては、クライエントの抱える悩みは、自己概念と有機体的経験による不一致という現実であり、クライエント自身がその現実をどのようにとらえ、解決するのかが問題視される。ナラティヴ・セラピーにおいては、現在直面している現実の筋書きに合うように、過去が選択されているとみる。クライエントが「自分は過去、誰にも愛されてこなかった。人生で失敗ばかりだ」という時、クライエントは、過去の愛された現象や、過去成功した出来事を見逃しているのであり、自分の望ましいように過去を選択し、「現在の自分を創り上げている」と判断する。したがって、ナラティヴ・セラピーにおいては、「現実は複数ある」か「決まった現実はそもそも存在しない」ことになる。内観療法において、「してもらったこと」、「して返したこと」、「迷惑をかけたこと」を内観するというのも、「誰からも愛されてこなかった」という感情等を変容することにつながり、現実を解決するというより、現実そのものを変容させているとみることができる。認知療法において、歪んだ現実認知を合理的な認知に修正するというのは、「思い込み」を正すということと一緒であり、現実と感じていることがそもそも正しくないかも知れないという可能性を示している。論理療法においても、非合理的な信念を合理的な信念に修正する。瞑想においては、心を整え、自己を客観的にとらえるだけで、問題自体が完全に消失して認識されなくなってしまうということが起こることがある。これらのことから判断できることは、クライエントが抱えている問題の現実は、クライエント自身が思い込みによって自ら作り出したものであり、問題という現実自体がそもそも存在していないかも知れないということである。別の言い方をすれば、すべての人は、自分の自分に対する思い込みによって、出来事や他者への思い込みを深め、出来事や他者への誤解を生じさせている可能性があるということである。瞑想の立場から言えば、この世の生業の世界は非現実世界である。自分という存在を誤解するところから、自己と他者という二者関係が生まれ、誤解に基づきつつ、我々は対人関係を続けているということができる。瞑想下において、本質の自己を自覚している状態自体が現実であり、その他の状態はすべて、誤解に基づいた非現実ということもできるのである。
2012.01.22
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「バイオハザード」(カプコン)の15周年記念イベントが20日東京都内で開かれ、同ゲームの大ファンとして知られるフリーアナウンサーの鈴木史朗さんが「74歳まで長生きできたのはバイオハザードのおかげ」と話して会場を盛り上げた模様。 上は神動画。ニコニコニュース
2012.01.21
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1月も後半になり、そろそろアセンション熱も醒めてきた頃ではないでしょうか。2012年に何かが起こると信じている人々は、その人々同士で、「何かが起きそうな感じ」や「何かが起こっている感じ」を感受し合っています。つまり、互いが互いに「何かが起きそうだ」と思いその感覚を空間を隔てて念として発し、感受し合っているために、「本当に何かが起きそうな感じ」や「何かが起こっているような感じ」が起こるのです。すなわち、一種の集団ヒステリー現象が空間を隔てて起こっているだけなのです。この現象は、統合失調症などの病的現象ではなく、想念(気)を感受し合っているために起こる現象です。普通の人々でも感覚の鋭い人であれば、新年は人々の心が新鮮になっているのをなんとなく感じることがあると思います。これは、人々が発している気を感じ取っているのです。
2012.01.21
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「どのように生き、愛し、学び、人生を築いていくかは、誰もがみな自分の意志で選択できます。この人生に生まれることを選択したどの魂も、自分独自の青写真を持ち、学ぶ必要のある教訓とともに、素質や、才能や、能力が魂の中に刻み込まれています。最も影響力を持ち、最もよく覚えている教訓というのは、最も痛みの大きいものである傾向があります。」「あなたもひとつぐらい大きな魂の傷を負っている可能性は非常に高く、それが何かを知ることは、この世で役立つように持って生まれた素質や才能を発見するのに役立つでしょう。たったひとつの魂の傷が、あなたの心をかき乱したり激情を煽ったりする様々な問題の原因になることがあります。私事ではありますが、私がアルコール中毒患者の家庭で育ったことをお話ししました。(中略)醜悪な光景を眺め続けること、そこからくる苦痛のおかげで、私は、他の人が同様の状況を乗り越えるのを助けるのに人に役立つ力を得ることができたのです。よかったことは、私が人生に真剣に取り組み、父をゆるし、怒りを捨てた結果、私の魂が癒され、向上し、成長したことです。私は今この特別な魂の傷を、他の人々を支え、癒しを助けるために利用しています。」ジョン・ホランド著『パワー・オブ・ザ・ソウル』より人は、この世に生まれた時に人生に迷わないように、いわば道標として、恵まれた才能、恵まれない能力、恵まれた家庭環境、問題のある家庭環境、健康な身体、病気や障害を伴う身体などを選択して生まれています。これらは皆、自分が選択したものであり、我々はこれらのものを通して何を学び、どこへ向かうべきかを考えるべきなのです。【送料無料】パワー・オブ・ザ・ソウル
2012.01.21
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「もしも、あの時、希望する学校に合格していたら、入りたい学部に入っていたら、なりたい職業についていたら、それはそれで幸せな人生だったかも知れませんが、現在、ここでこうしている私は存在しません。受験に落ち続け、挫折をくり返したからこそ、いま、こうして本書も出版できたというわけです。そのように考えれば、「なるほど、こうして本を書き、自説を世に問うためには、これまで、どんどん受験に落ちる必要があったのだ。まかり間違って、どこかで受かってしまうわけにはいかなかったのだ」ということがわかります。(中略)・・・試験に落ちても受かっても、大きな学びのプログラムのなかでは、すべて順調そのものです。いずれは必ず、その意味がわかるときが来ることでしょう。」「人生では、大きな分岐点ほど、大きな意味をもっています。したがって、いくつも受けた中で、ある会社に入社が決まったという人生展開には、少なくともその時点で、なにか大きな意味があるはずです。運悪く、たまたま決まったわけではありません。」「これらの証言からわかること・・・それは、「人間は、なんらかの挑戦課題を決め、その実現のために必要な能力を、自分に与えて生まれてくる」ということです。」飯田史彦著『ブレイクスルー思考』より【送料無料】 ブレイクスルー思考 人生変革のための現状突破法 PHP文庫 / 飯田史彦 【文庫】
2012.01.21
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恋愛ハッピープロデューサーのルーク平野さんのサイトから無料でダウンロードできる犬飼ターボ さんの音声ファイルから色々なことを学んだ。・自分攻め、他人攻めは自分の心のメンタルブロックから生まれるが、すべてのメンタルブロックは愛から生まれる。・愛が強ければ強いほどメンタルブロックはできる。メンタルブロックが沢山あることは素晴らしい。・自分攻め、他人攻めそのものを愛する。・愛されたい人は、自分のことを愛していない。自分を愛せるようになると、自分が愛せる人を探し始めるようになる。・自分を好きになりたくても成れない人は、その悩みが大きいほど本当は自分を愛している。・愛されたいと思わなくなると愛されるようになる。・自分を愛したいと思う時点で自分を愛している。・自分を嫌いになった裏側にどんな素敵な想いがあるか。など。【送料無料】 チャンス 成功者がくれた運命の鍵 PHP文庫 / 犬飼ターボ 【文庫】【送料無料】 星の商人 「成功の秘法」を手に入れるためのレッスン / 犬飼ターボ 【単行本】【送料無料】 トレジャー 成功者からの贈り物 / 犬飼ターボ 【単行本】
2012.01.20
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「たとえ知的なハンディキャップをおもちの方々であっても、十分に有意義な学びを積まれているようです。なぜなら、催眠状態で人生の仕組みを語った人の、このような証言が報告されているからです。 「学ぶことに関して、知性は関与していますか?」「まったく関係ありません。知性は、ただの道具にしかすぎません。道具以外のなにものでもないのです」つまり、人生という問題集において学びを進めるにあたっては、知能指数や知識の量はただの道具にすぎないため、学びの質や程度には直接の関係がないようです。知能指数が高かったり高学歴を誇っていても、それを日々の生活のなかで自分を高めるために生かしていない人々が、世の中にはあふれています。その一方で、たとえ知的なハンディキャップをもっていても、たとえ学歴は高くなくても、いまもっているものを精一杯に使って十分な学びを積みながら生きていらっしゃる、素晴らしい方々も、たくさんいらっしゃるのです。」飯田史彦著『ブレイクスルー思考』より【送料無料】 ブレイクスルー思考 人生変革のための現状突破法 PHP文庫 / 飯田史彦 【文庫】
2012.01.20
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霊能者の木村藤子さんは、「その人のカルマに合ったお役目として、仕事が与えられている」と『幸せの風が吹いてくる』の中で述べています。人がある職業を選択する時、それを通して人はカルマの修正を図っているのだとみることができます。医者には医者にならざるを得ないカルマが、学者には学者にならざるを得ないカルマが、政治家には政治家に成らざるを得ないカルマが存在する場合があります。そつなく仕事をこなしているように見える人も、実際には無意識的に必死になってカルマを解消しているのかも知れません。私がブログでスピリチュアルな内容を書いているのもカルマの解消です。真に宗教思想上に何の問題もない人は、わざわざ文章を書く必要もない訳です。
2012.01.20
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人は、自分は他者と比べて善良であるという意識を強く持つことで、カルマの自覚に栓をすることができる。人よりも自分は善良であるとの自覚が強い人に限って、大きなカルマを過去世において抱えている場合があるのだ。人と人とは本来そんなに違いがあるものではない。全く変わらない愛すべき存在なのである。ワンネスの感覚に近づけない時、そこにカルマがあると思ってよい。
2012.01.20
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気功とカウンセリングを融合させている方として、前に黒木賢一先生(ここから論文がダウンロードできます)や近藤裕先生を挙げたが、もう一人、見つけることができた。濱野清志先生である(ここにダウンロードできる論文があります)。特に黒木賢一先生の論文を読むとそこには、インド医学における「チャクラ」や「グラウンディング」なんて言葉も出てくる。黒木先生も濱野先生も大学の研究者であり、こうした方々がトランスパーソナル心理学領域を切り開くことによって、新しい心理療法の世界が開けてくるのだと思う(黒木先生は気功の達人でもあるようです)。考えて見て欲しい。我々が人とのコミュニケーションを取る時、そこでのやり取りは、言語的・非言語的メッセージだけなのかを。目には見えないが「気」という働きを通して我々は共感したり、不快な気分を味わったりしているのではないだろうか。「気の働き」に注目したカウンセリングは、今までにない全く新しいものに成り得る可能性を秘めている。
2012.01.19
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親子の世代間の価値観の違いにより、不登校・ひきこもりが発生せざるを得なかったという視点が述べられたものとして、極めて優れた書物が存在する。『子どもの未来と自然農』である。教師である鳥山敏子氏と、自然農法家である川口由一氏の対談が書籍になったものなのだが、ここまで世代間ギャップによる不登校・ひきこもりの発生のプロセスを見抜いている書物はあまりないのではないだろうか(自然農法系の本にこのような内容が書かれているのは意外な盲点である)。物に満たされなかった世代と、既に物に満たされた世代では求めるものが違っており、親に求める愛情にも違いがある。仮にこの現象をマズローの欲求階層論と合わせてとらえるならば、未来の親が子に与えなくてはならない愛情の質も見えてくるのではないだろうか。
2012.01.19
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すべてのひきこもりが、問題のある家庭環境に育ったために発生する訳ではないのですが、問題のある家庭環境に育ち、ひきこもり状態になった人の心には、「自分は人生の敗北者である」という感覚が強い場合が多いと思います。問題のある家庭環境に生まれ、支配や虐待の幼年期、少年期、青年期を生き、「自分という存在もないままに」突然に社会に投げ出されるということは、重度な身体の障害をもちこの世に生まれた人と同様、あるいはそれ以上の苦悩を人生に背負うということです。この激しい苦悩、敗者の感覚を乗り越えるためには、「損得感情」以外の新しい人生への意味を獲得する必要があります。それは損をしている人間が、損をしていないと思える、あるいは逆に得をしていると思える人生への転換です。この新しい「損得以外の人生観」を確立しない限り、問題のある家庭環境に生まれたことによりひきこもった人や、人生の途上で重度の身体障害、精神障害を負った人や、重病に罹ってしまった人、路上生活者になってしまった人などが立ち直ることは出来ないでしょう。人は、出来るだけ人より得をするように生きるべきでしょうか。損をしてしまった人間は、立ち直ることや、存在することに価値はないのでしょうか。この問いに真摯に向き合わなければ、人生を改善させることは難しく、改善するためには、宗教や思想を学ぶことは大切であるし、人生観の文脈を問い直す、ナラティヴ・セラピーや、人生に意味を見出すロゴ・セラピーは有効でしょう。
2012.01.19
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鳥も私、花も私、宙も私 倒れそうでかろうじて立っているその場所が自分の居場所
2012.01.19
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私は人生には三つの段階があると思っている。1.自分の人生を受け入れられない状態自分の生まれた国、自分が生まれた家庭環境、自分が生まれた身体、自分が招きよせた運命を受け入れられない状態の時期。2.自分の人生を受け入れようと必死になっている状態自分の人生を運命的なものとして受け入れ消化しようとしている時期。3.自分の人生を受け入れ、人生を開花しようとしている状態自分の人生をほとんど受け入れ、その上で自分の人生を開拓している時期。1と2は、出来れば青年期に通過したい状態であり、3は壮年期に存在すると望ましい状態と言える。
2012.01.17
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江原啓之氏は、『スピリチュアル夢百科』の中で夢を三つに分類しています。1.肉の夢(フィジカルドリーム)睡眠中の、暑苦しさ、騒音、重みなど、肉体的刺激による夢。2.魂の夢(ソウルドリーム)自分自身の心にあるストレスや想いぐせによって見る夢。精神分析による夢解釈もこの領域を扱っているものと言えます。3.霊の夢(スピリチュアルドリーム)霊体(たましい)が里帰りをしている時に見る夢。 また、霊の夢を四つに分類しています。1.ソウルトリップメッセージ性のない夢。低層の幽界を旅してきただけの夢。2.スピリチュアルトリップメッセージ性のない夢。高層の幽界(天国のような世界)を旅してきた夢。3.スピリチュアルミーティング他の魂(生きている人、亡くなっている人)と出会う夢。4.メッセージドリームガーディアン・スピリットからメッセージを受け取る夢。予知夢もここに含まれる。 もし、人が夢のもつ意味を大切にし、魂の夢としてだけでなく、霊の夢としてその解釈をし、人生に活かすことができるとしたら、その人は、それを行っていない人に比べて、人生が大きく変わっていくことになるでしょう。寺門孝之さんなどは、夢が与えてくれたメッセージを大切にし、人生を生きてこられた方です。なお、江原さんも本の中で述べていますが、スピリチュアルトリップの一種として、自分の前世の出来事を夢で見る場合があります。信じてはもらえないでしょうが、私は何度もありますw(別の時代、別の人生)。現在の自分の性格、行動と照らし合わせて、前世の自分のとった行動や性格、人生は何一つ食い違いがありませんでした。つまり、前世での性格は今生でも続いているということです。【送料無料】スピリチュアル夢百科【送料無料】 ぼくらのオペラ こどもプレス / 寺門孝之 【絵本】【送料無料】 ドリーム・ドリーム / 寺門孝之他 【単行本】
2012.01.16
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睡眠中の魂の離脱に関しては、世界中にそうした話は民話のように存在しているのですが、日本のそうした話に関しては、このサイトが参考になります。また、バラモン経典のウパニシャッドにもそうした記述がみられます。「アートマンとはどのようなものか」「認識から成り、諸機能のうちに、(また)心臓に存在する内部の光であるこの神人であります。彼は(この世界にも、かなたのブラフマンの世界にも)共通ですから、両世界を往来します。(かなたの世界においては)沈黙するかのようであり、(この世界においては)動きまわるかのようであります。彼は夢となって、この世界―死のさまざまな形をこえ出ていくのです。(中略)まさしくこの神人には、実際には二つの状態があります。(目覚めて)この世にあることと、(熟眠して)かなたの世界にある状態とであります。夢の状態は(両者の)つなぎ目になる第三のものであります。そのつなぎ目の状態にあるとき、彼はこの世に在ることと、かなたの世界に在る状態という、この二つの状態を見るのです。(以下省略)」 『世界の名著 バラモン教典 原始仏典』より ()内はこの本に書かれた通りです。ここで述べられている神人とはプルシャ(霊魂)のことです。研究者によって意味の捕え方は異なると思われますが、スピリチュアルな内容を良く理解している人間が読むと、これは体外離脱の事を語っているのだと把握されます。
2012.01.16
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「睡眠中の人間はこの図のように「幽体離脱」しています。肉体はこの世に残し、霊体(たましい)は幽体とともに、スピリチュアルワールドの「幽界」というところへ行っているのです。(中略)しかし100%(たましいが)幽界に行くことはなく、どんなに深く眠っていても肉体の意識は必ず残っています。」「夢には3つの種類があります。睡眠の質と深さ、そしてたましいがスピリチュアルワールドのどのあたりを旅したかにより、「肉の夢」「魂の夢」「霊の夢」に分けられるのです。」 「初めて会う相手なのに、なぜか親しみを感じたり、初対面から意気投合したりした経験はありませんか? それはきっと、すでに睡眠中のスピリチュアルミーティングで会っていたからです。(中略)私もよく幽界でこうした顔合わせの様子を見ます。「これからよろしく」と固く握手したり、男女が早くも恋人のようにベンチで語らったりしているのです。「ちゃんと出会えるといいなあ」と思います。と言うのも、幽界で顔合わせまでした同士でも、この世で必ず出会えるとは限らないのです。(中略)「私には出会いがない」と思い込んでいる人は、誰にでも出会いの可能性があることを知り、前向きに生きることが大切です。もうひとつ知っておきたいのは、ソウルメイトと出会った階層によっては、出会いが試練をもたらしうるということです。特にうんと低い階層で出会った相手とは、交際が始まってもトラブルが絶えないかもしれないのです。でも、お互いに学びになる相手であることに違いはありません。必要があっての出会いですから、すべて受けとめ、成長の糧としたいものです。」「私は幽界で、生きている男女が寄り添い合って再開を喜んでいるのをよく見ます。雰囲気から察するに、おそらくこの世で、愛し合っているのに別れざるをえなかった二人なのでしょう。誤解しあったまま別れたと見える二人も、幽界で誤解をとき合ったり、謝ったりしています。それを夢として覚えていなくても、本人たちはこの世でもなんとなく相手を許せていくものです。」江原啓之著『スピリチュアル夢百科』より【送料無料】 スピリチュアル夢百科 たましい を幸福に導く / 江原啓之 エハラヒロユキ 【単行本】
2012.01.16
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「何年も前、30代の男性が私たちが夜に行っているヒーリング・クリニックにやってきました。彼は私のところにきて、自分はひどい自動車事故に遭い何カ月も病院で過ごしたことがあると語ってくれました。そして彼は、なぜこれが起きたのか、私に聞いてきたのです。「なぜか分かりますか?」私は聞き返しました。「そうですね、事故のあと、私の人生は全く変わりました」と彼は認めました。「病院のベッドに長い間横たわり、自分の人生についてたくさん考えました。私は、間違った理由で間違った仕事をしていることに気づいたんです。私が人生で本当に大事にしているものが何か、分かったんです」「なら、あなたは自分で答えを知っているわけですよ」私は彼にそう言いました。多くの場合、変化を拒否する人は、事故や失業といった厳しい状況をハイアーセルフに創造され、強制的に正しい道に戻されることになります。これを、人生の90度転換と呼んでいます。(中略)予期せぬ出来事の多くは、本当はただの事故などではなく、正しい道に向けて方向転換させるためのものなのです。」レバナ・シェル・ブドラ著『人生に必要な5つの真理』より
2012.01.15
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戦後に生まれた新興宗教の思想には、どうも教祖が救世主として生まれたとか、偉大な悟りを開いた尊い方であるという発想が極めて多いようである。これは、ユダヤ・キリスト教の概念を真似ているとも言え、彼ら教祖は現世において「宗教とは何か」を学んでいるのだとも言える(普通の人の多くは宗教はどのようなものであるのかが良く分かっている)。また、「悟った」などとして、自分が偉大であるなどと勘違いしている教祖もいるが、この場合は、「悟ってなどいない」ことを如実に現わしているのである。無に到達することを悟りと言うならば、悟れば悟るほど、「普通の人感」が自分の中で増していかなければならない。自他を区別することなく、同一の存在であるという感覚が強まらなくてはならない。自分を最高の悟りを得た聖者とし、そこに到達するまでの悟りの段階を作ってしまったり、あの世を階層の次元で分け、自分が頂点にいるなどと妄想したりしている人は、この世を生きる本分がズレているのであり、この世でもあの世でも幸せになれないであろう。魂の内に神を秘める人間にとって、人を階層で区別することや、悟りの段階で区別することは全く意味がない。その区別する精神こそが、悟りとは真逆の分離意識の方向性なのである。新興宗教家には、ほとんど悟りの深い者など居らず、普通に生活している一般人の方が高い悟りを得ていると言える。このことに気づけないこと自体が、新興宗教家が迷いの中を歩んでいることを示している。
2012.01.15
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シャクティー・ガーウェン著『豊かさの人生術』より「(中略)私は二十三歳で結婚しました。娘が三年後に生まれました。娘がほんの一歳を過ぎた頃、夫と私は「アメリカン・ドリーム」つまり、寝室が四つ、お風呂が二つの、あらゆる点で完璧に快適な家を買ったのです。かつて自分が欲しいと思ったものはすべて手に入れました。それなのに、なぜ私はとてもみじめな気分だったのでしょう? 欲しいものがすべて手に入ったのに、なぜ幸福で豊かだと感じなかったのでしょう? そういう疑問が、私を自己発見と人間成長の道に導いたのです。私は、自分の手に入る人間成長に関するあらゆる読み物を読み始めました。(中略)私は、ワークショップやセミナーに行き始めました。瞑想とヨーガの実修も始めました。私は、人間成長の道を続けるようにという信じられないほどの内面的に突き上げてくるものを発展させ始めました。自分がほんとうには何であり、人生で何を望んでいるのか、知りたいと思いました。自分の人生の目的を見つける必要があったのです。私は、なぜかよくわからないまま、自分のすてきな家族と別れました。一つの家族として獲得した家庭と貯金を放棄したのです。自分には何も残しませんでした。自分が何であり、何をしようとしているのかを理解するために、四百マイル近く離れたところに移りました。家族も友達もいませんでした。その時には、それが正しいと感じたので、単純に移ったのです。私は地域社会に何のつながりもなく、その地方はその頃、景気が後退しつつあり、仕事を見つけるのが難しくなっていました。十八ヶ月過ぎても、仕事は見つかっていませんでした。その間、私はクレジット・カードで生活していました。(中略)突然、私には四万五千ドルの借金ができました。私は、自分がまるでほんとうではないことに突き動かされていたと感じて、人間成長の探求を放棄しました。たぶん私の前の夫が正しかったので、私はまるで気が変になっていたのでしょう。ゆううつで死にそうになっていたちょうどその時に、仕事をもらいました。(中略)その結果、ものごとは好転し始めました。ゆっくりですが、私は霊性的・人間的な成長との関係をやり直し始めました。私は、自分の直観をもう一度信用し始めたのです。いろいろな本が、私のいのちの恩人でした。私は、人生でのバランスを取り始め、最終的には自分の基本的欲求の面倒を見ることができるようになったのです。仕事を始めて数年後、私は、生きていくだけに働くのをやめ、自分がいちばん情熱を感じられる分野で地位を得るべき時が来たと感じました。私は、自分が最悪の時に自分を支えてくれたのと同じような、気持ちを奮い立たせる本と関わりたいと思ったのです。著作によって私を助けてくれたすべての著者や出版社にお返しをしたいと思ったのです。振り返ってみて、私は、自分のつらかった時期に学んだレッスンすべてに驚いています。私は、ついに自分が望んでいた出版の仕事を創りだし、私に与えてくれたたくさんのもののお返しに、シャクティーのような著者が次の著作を生み出す手助けができて幸いです。自分の人生の目的を見つけることができて、私はとても幸せです。そして最終的には、自分がずっと望んでいた家族を得たのです。去年、私はきょうだいたちと二十三年ぶりに集まりました。彼らとの関係の深まりはゆっくりしていますが、でももう始まっています。いまでは前の夫とも、結婚していた頃よりずっといい関係にあります。私たちは、お互いに前よりも深く理解し尊敬しあっている、いい友達です。いま、十二歳の娘ともすばらしい関係で、彼女は私と一緒に暮らすことになっています。私は、人間的にも霊性面でも成長し続けています。そして、金銭面では、借金をすべて返済し、自分の家をもっています。ほんとうの豊かさへの道は、いつもなめらかなものとはかぎりません。私は、いわゆるトラブルをすべて作りました。でも、私は、そのプロセスをとおして自分がなることのできた人間が好きなので、ずっと学んできたレッスンに感謝しているのです。もし、私たちが、人生が教えてくれるレッスンを喜んで学び、自分のハートを愛し続け、自分の人生の目的をほんとうに生きるなら、豊かさは私たちのものです! ベッキー・ベニネイト」
2012.01.15
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人の生まれが意思によるものとした場合に必ず生まれる疑問は、「なぜ虐待される環境に子どもが生まれるのか」という問題である。この問題には、飯田史彦氏の『ブレイクスルー思考』の中にある、「魂のチャレンジャー」の視点、シルビア・ブラウンの発見した44のライフテーマの内の、「41.犠牲者」の観点、また仏教の前世と業の思想が解決してくれる。すなわち、虐待されるような環境に生まれる子は、概ね魂の格が高く、虐待環境を通して将来人を支援する側に立つために、あるいは、自己犠牲を通して、社会の問題点を知らせるためにこの世に生まれてきているのだという発想や、人によっては、カルマの解消のために、(相手の立場で物事を考えられるようになるように)今回は被虐待側に立っている場合があるのだという考え方ができるのである。【送料無料】 ブレイクスルー思考 人生変革のための現状突破法 PHP文庫 / 飯田史彦 【文庫】【中古】afb【古本】あなたに奇跡を起こすスピリチュアル・ノ-ト/シルビア・ブラウンリンジ-・ハリソン
2012.01.14
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スピリチュアルヒーラーである寺尾夫美子氏はサイトの中で、心が自然体に戻り、チャクラの活動が正常に戻り、エネルギーが解放された後に、夫となる人に出会ったと説明している。心の状態の安定と、引き寄せられる相手とは、相互関係にあるといっていいかも知れない。心が不安定であると不安定な関係を引き起こす人物が現れ、心が安定していると、安定した関係を結べる相手と出会うことになる。私は、この心の安定という意味で、アモラ・クァン・インの男性性と女性性を整えるための瞑想(日本語の誘導瞑想CDが存在する)はとても素晴らしいと思っている。異性関係に不幸な出来事を経験した人は、男性性のエネルギーと女性性のエネルギーのバランスが崩れてしまっている(男性性のエネルギーが右半身、女性性のエネルギーが左半身であると思われる)。このバランスを取り戻すことで、異性に対する心身を安定させ、理想の相手を引き寄せる(判断する)ことも可能となるのではないだろうか。【送料無料】プレアデスタントラ・ワークブック
2012.01.14
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ジョナサン・ケイナー編 『お母さんをえらぶ赤ちゃん』より「私の場合、両親を選んだ記憶はありませんが、現世で体験するチャレンジの数々を自ら計画した思い出があります。私は10人から成るグループの一員であり、そのグループはさらに大きなグループの一部となっていました。私たち10人は、お互いの人生が絡み合い、それぞれの人生で、何らかの"役割"を演じるように計画を立てました。現在私は41歳ですが、これまで9人のうち5人と出会いを果たしています。そのうち、私と同じ記憶を持っていた人はひとりだけでした。その他の4人は「どこかでお会いしませんでしたか?」的な記憶を持つにとどまっていました。(中略)私は、9人の人々に、私をだましたり、注意散漫にしたりするよう頼みました。それどころか、私を危険な目に遭わせるようにお願いした記憶さえあります。匿名希望女性(オーストラリア在)」人が全く計画もなしにこの世に生まれ変わってくることなどありません。試練は予定されたものであり、その乗り越え方も予定されたものであるのです。「解決方法がない」というのは絶対にありません。【送料無料】お母さんをえらぶ赤ちゃん【送料無料】 ブレイクスルー思考 人生変革のための現状突破法 PHP文庫 / 飯田史彦 【文庫】
2012.01.11
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自殺に失敗した人から、自殺したいと思っている人へのメッセージ。
2012.01.11
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人は生まれ変わる度に立場を変えて、すべての存在を愛せるようになるまで生まれ変わってきます。世の中には生まれつき重度の障害をもって生まれてきている人も居ますが、これもまた、そうした立場の人の身になって考え、そうした人も含めて愛せるようになるために、自ら進んでそうした状況を選んだものです。神を含んだ全体性をもつ魂にとって、誰かへの蔑みは、自分への蔑みであり、誰かへの愛は、自分への愛でもあります。愛の視点でこの世を見る時、必ずしも不幸な人が不幸とは言えないのです。置かれている状況に関係なく、心に愛をもてない人こそが不幸なのです。
2012.01.11
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投稿にこんなのをみつけました。 「469.親が、〇V女優でした。どんなに本人が割り切っていても 私への風当たりは世間の通りです。お願いします。本当にお願いします。子供は 作らないでください。今でも生きるのが辛い。どんなに私が、親が仕事だと誇りを持っても、世間はそうはいかないのです。お願いします。私みたいに 死にたくなる様な思いをする子供を作らないでください。お願いします・・・」これも一つの現実ですね。
2012.01.11
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〇V女優の横山美雪さんのブログが、〇V女優だって普通の人間ではないかということで、盛り上がっているようですね(これは炎上とまでは言わないのかな?)。ニコ動のニュースに載ってました。私の尊敬するある宗教家は、こういう職業を否定していました。その理由は、自身のすべてを使って仕事をしていないからというものでした。自身の肌や粘膜を通して人に奉仕しているだけで、(神性を宿した自身の魂を含めた)自身のすべてを使って仕事をしていないというものでした。沢山の内に眠る才能が備わっているのにも関わらずそれらすべてを活用していない、だから問題があるというものです。私もこういう考え方にある程度賛同します。〇V女優という職業が良い、悪いという問題ではなく、その人本人がどれだけ輝けているのか、日々幸せに成長できているのかが問題です。〇V女優をしていて本人が幸せで、成長できているならそれで良い訳です。ブログで「自分の職業は普通です」と言わざるを得ないこと自体、心の中で中で何らかの変化が起こっていることは間違いないでしょう。追記〇V女優としないと、わいせつ、もしくは公序良俗に反すると判断されちゃって投稿が出来ないみたいです。
2012.01.11
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この動画で、スリー・バガヴァンは何を言っているのでしょうか。解説してみます。我々は、魂として本来存在しています。それは光を放つ愛そのものとも言え、全存在を愛することでその輝きを増す存在です。全存在を愛している状態とは、自己がありながら自己が無い状態、すなわち無我の状態です。その魂が肉体をもちます。恋愛をします。相手に向かって「愛している」といいます。また相手からも「あなたを愛している」と言われます。この状態は互いに互いを所有したいという肉体的欲求から来るもので、全存在を愛する状態からの転落を意味します。すなわち、無我の状態は掻き消え、より肉体的な「自分」という存在の意識が強くなります。恋愛や結婚は否定されるものではありませんが、その互いの所有したいという感情があるために、すべての存在を愛する「無我の状態」は掻き消え、他者と自己との分離意識が強くなり、孤独感が強くなり、人は苦しむということを言っているのです。その孤独感を埋め合わせるためには(解消するためには)、互いの恋愛というやりとりの愛の意識を深めるか、すべての存在を愛するという無我の意識を高めるかのどちらかでしかないとスリー・バガヴァンは言っているのです。もちろん、どちらが幸せかと言えば、無我の状態を高めた方が幸せであるということです。このようなことをこの動画では説明しているのです。補足的説明恋愛においては、「あなたを愛している」はあなたを所有したいという欲望であり、「あなたを愛している意識」が強くなればなるほど、「私は私の欲望を満たしたい=私は私だけを愛している」になるのです。ただし、恋愛においては、互いが互いを所有したいという願望を抱くために、「私は私だけを愛している」が対立することなく互いに調和することができるということです(ストーゲ(友愛)、アガペ(神愛)を除く)。
2012.01.06
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人は誰でもあらゆるエゴ(ここでは自己中心的な欲望の意)をもっています。しかしそれは、根源的な欲求である、すべての人を愛し、つながりたいという感情が変形して現れたものです。どれほど自己中心的な想いでも、仕方がないからこのような感情を抱くしかない、仕方がないからこのような行動を起こすしかないという形をもって現れています。すなわち、すべての人を愛し、すべての人とつながりたいが、それが出来ないので、仕方なく一部の友人知人を愛す。友人知人を愛することが出来ないので仕方なく、家族だけを愛す。家族を愛することができないので、仕方なく自分だけを愛す。自分だけを愛するということができないので、仕方なく自分を傷つける。自分を傷つけることが出来ないので仕方なく他者に危害を加えるというように、あらゆる欲求には「仕方がない」という想いが込められています。「仕方がない」という気持ちから解放されるのは、すべての人を愛し、心が調和している時だけです。あらゆる人の欲望は、過不足ない自己保存の欲求を除いて、すべての人を愛したいという感情が変形して現れたもの。もしそうだとするならば、カウンセラーは、クライエントのエゴを肯定し、共感を示すことでその人をそのままに愛し、より本質に近づいた愛の表現が出来るように、無意識にせよ導いているのではないかと考えることもできます。人のエゴをまるごと認めてあげることは、より本質に近い欲望を引き出すことであり、それは同時に、自己の中にもある、より本質の欲望を肯定することでもあります。人の中に何かを「ある」と認めることは、自分の中にもそれが「ある」と認めていることになるのです。私には人がエゴをもつことが悪いことのようには思えません。もっと強くエゴをもち、より本質的な欲求が現れるように人は行動すべきなのではないでしょうか。
2012.01.05
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このサイトを見ていると、人の出会いも、絶縁も復縁も、人知を超えた働きが加わっているのは間違いがないように思えます。復縁した人っています?の復縁・復活愛体験談まとめ
2012.01.05
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日本トランスパーソナル学会会長の諸富祥彦教授は、『生きづらい時代の幸福論』の中で、「私がいのちをもっているのではなく、いのちが私している」、「いのちの働きが、私となったり、花となったり、鳥となったりしている」、「すべてはもともと一つ」、「いのちは不生不滅」等の自身の自覚的神秘体験を述べているが、これは、スリー・バガヴァン↑が主張している、あなたが不幸の状態に居るのではなく、あなたという存在にとらわれること自体が不幸になっているという考え方と軌を一にします(「あなたが不幸」なのではなく、「あなた=不幸」と言っています)。すなわち、この内容を分かりやすく解説すると、世の中には様々な人が存在します。問題のある家庭環境や国に生まれた人、生まれつき重病の人、身体障害をもつ人、精神障害をもつ人、人生の途上で重病に罹る人、発達障害をもつ人、パーソナリティ障害をもつ人、貧しい人、大きな借金を抱えた人、恋愛や結婚に縁がない人など、様々な不幸な人が存在しますが、これらはすべて、神といった存在が、それぞれ形をもって、自分という型として現れ出ているだけで、他者は自己でもある。神は一つであり、それが多様な形をもって現れ出ているに過ぎない。それぞれの不幸な人の苦しい経験は、神としての経験の一部であり、すべての人がやがて(生まれ変わりの中で)すべての経験を共有するに過ぎないという見方ができるのです。他者の経験は自分の経験でもある。すべては一つであり、自他を区別し、優越感や劣等感をもつ必要はないのだという発想に到ります。このことを悟れば人生は楽になる訳で、ここに到達するまでが苦しいということもできるのです。こうした内容は、自覚的体験によるしかなく、分かることは難しいですが、魂は、個として存在しているのではなく、神を包み内在し、同時にまた我々は神の世界に内在もしているのです。あらゆる宗教で共通して述べられていることですが、この単純なことが、自覚的に体験し辛くなっているのです。何を言いたいかと言えば、神秘的体験には共通するものがあり、それは瞑想などを通して自覚的に体験していくしかないということです。
2012.01.04
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あけましておめでとうございます。私は、今年こそは、ようやく「普通の人並みの人生」を歩めるような気がします。がんばるぞ!!
2012.01.01
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