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「皆さんは、未だに自分自身を判断してしまうことによって、他人の自分に対する判断も受け取ってしまいます」ダリル・アンカ 著 関野直行 訳 ニュー・メタフィジックス VOICE より自分で自分を判断するという事は、人も判断してしまっているということです。たとえば、自分を「経済的に貧しい」と判断している人は、自分を卑しむだけでなく、世の中の貧しい人を見ても卑しく思います。自分と他人の中にある「貧しさ」を強力に批判してしまう訳です。一方、たとえばたとえ貧しかったとしても、自分は心まで貧しくはない、人から貧しい人と思われても引け目を感じない、むしろホームレスの人など自分より貧しい人が哀れだと考える事ができるならば、その人は自分に対する貧しさの価値判断をしていないことになるのです。この人は自分の自分に対する貧しいという価値判断を外すことによって(人からの評価を受けないばかりでなく)、今度は、他人の自分は貧しいという価値判断を外していくという作業ができる人になれる訳です。 人は自分の自分に対する価値判断を外すことによって人からの評価から自由になるだけでなく、人の自身に対する価値判断を外していくという作業ができるようになります。
2016.01.31
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我々の文明では「お金」というものに価値を置き過ぎてしまいました。お金があれば何でもできる、お金があれば買いたい時に買いたいものをいくらでも買うことができる、お金があれば嫌な仕事をしないでも済む、お金があれば習いたいものを習うことができる、お金があれば自由にどこにでも旅行できる、というようにお金が自由とパワーの象徴だとみなしてきました。でも、それは、自分の中から豊かさを奪う行為であることに誰も気づいていません。本当はお金の持つパワーは、人間自身が本来持っているものなのです。人間こそが様々なものを引き寄せ、自由に人生を開拓できる力の源なのです。それを自分ではなく、外部に存在するお金が握っていると勘違いするところから、自己のパワーが奪われてしまうのです。お金(=豊かさ)とは自分の事です。自分というお金から豊かさを引き出し人生を自由に開拓する必要があるのです。
2016.01.31
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「皆さんが、創造的に表現し探求している中で、壁にぶつかったと思う時、皆さんが期待していたのとは違う形で創造的になる機会を自分自身に与えているということに気がついてください。(中略)壁すら、そこに存在することを「許す」ことによって、自分に役立つような創造的な目的をもった壁となることを「許す」ことができるのです。(中略)その壁を研究すること自体が創造的な探求となり、それによって、鎖から解き放たれたり、その壁を取り除くことができるでしょう。そして、その壁自体にも目的があったことに気がつくでしょう。不思議なことに、その壁が意味をもつことを許してあげるや否や、壁ではなくなります。(中略)ここで、繰り返し言いたいのは、どのような障壁も、皆さんがそれを障壁とみなすことを選択するまでは障壁ではあり得ないことです。(中略)皆さんが体験したいと選択したものすべてが、完璧なタイミングで花開いているだけだという見方ができれば、皆さんの創造性はスムーズに邪魔されることなく流れて行きます」ダリル・アンカ 著 関野直行 訳 ニュー・メタフィジックス VOICE より人生で感じる様々な壁は、実は自分で創り上げたものです。より望みの自分になるため、あるいはカルマのバランスを取るために、自分で最も望ましい障壁を創り上げ、そこで自己を完成させるのです。たとえば、仕事ばかりしてきた人が、病気で会社を退職せざるを得なくなったとします。表面的に見れば、病気という壁に人生を阻まれ軌道修正を余儀なくされたと見ることができるでしょう。しかし、本質から見れば、その人は、今まで仕事の事ばかり考え、本当は自分は何をしたいのか、死ぬ前までに成し遂げなければならないものは何なのかを考えてこなかったのかも知れません。本当の自分からズレた生活をしていたために、ストレスを貯めたり体に悪い生活をし、病気となることで本当の自分に帰るという現象になっているのかも知れません。あるいは、職場での対人関係に悩む人が居るとしたら、それは、「本当の自分」で生きることができず、自分に常に制限を付けているから、そのことを知らせるために、問題のある対人関係が現れて来ているのかもしれません。つまり、自分の自分に対する心の態度がそのままに、外部の対人関係の問題となって現れ、自分の心の中身を見せてくれているのかも知れません。このように、人は自ら障害というものを創ります。自分でそれを創っているという自覚が乏しいうちは、人生はとても苦しいものですが、自分の直面している問題が自らに目覚めを与えるための壁なのだと気づくことができれば、壁を利用して人生をより創造的に楽しんで生きることができるようになります。人生の障害を分析することは、自分自身をより知る事、そして自分らしく生きることに繋がります。
2016.01.30
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我々はともすれば、「創造性を発揮しなければならない」と考えてしまいます。素晴らしい仕事、素晴らしい発明、素晴らしい発見、素晴らしい工夫、素晴らしい創造をしなければならないと人生を焦ってしまいます。しかし、本当は、あなた自身が神が創った「創造」そのものなのです。 一人一人の魂は皆違って作られています。一人一人は極めてユニークでまったく異なって作られているのです。あなた色はあなたにしかありません。あなたという色は神様から見て極めて独特で興味深いものです。あなたが持っている色を使って神様が様々な作品を生み出しているのです。あなたが最高度に独特で個性的な色を放たなければ、神様はあなたを使って絵を書くことができません。濁りのない色だからこそあなたは他の色も引立て、全体としての調和を保つことができるのです。あなたがあなたとして輝くとき、周りにシンクロニシティを起こすのです。周りもあなたに触発されて、「自分色で居よう」と考える事ができるのです。 あなたこそが「創造性」そのものです。あなたが作品を生み出すのではなく、あなたが作品そのものなのです。
2016.01.29
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バシャールによれば、人は幸せや豊かさというものを制限して捉えることで、自らそれらを獲得しにくい状況にしています。例えば、人は大金が当たったら人生が変わるだろうと思い、宝くじを買います。しかし、それに執着(期待)してしまうと、豊かさのドアを閉めることになってしまうのです。何故なら、宝くじが当たることを強く願い期待することは、無限に存在している様々な方向性からやってくる豊かさのドアを閉め、宝くじという一つのドアのみを開ける形になってしまうからなのだと言っています。その人は、もしかしたら、知り合いから声がかかり、高給な仕事に就くことになるかも知れませんし、たまたま持っていた骨董品が高値で売れることに気づくかも知れません。あるいはたまたま応募した懸賞に当たり、高価な何かを手にするのかも知れません。このように周りに様々な可能性が存在するのに、何かに期待してしまうと、一つ以外の扉を閉めることになり、豊かさの流れを制限してしまうのだとバシャールは主張しているのです。幸せというものもまた同じです。人の幸せはその人の周りに無数に転がっています。太陽の暖かさを感じる喜びから豪華な住まいに住む喜びまで、無数に無限に喜びは存在しているのです。しかし、喜びをある一つのものに限定してしまうと、その人は欠乏感に陥り、途端に不幸になってしまいます。例えば、「貧乏なので苦しい」と考えている人は、幸せをお金をより獲得することだと勘違いして限定して捉えてしまっています。あるいは、恋人が居なくて寂しいという人も、幸せとは恋人が居て心が満たされている事だと幸せを限定して捉えてしまっています。この様な場合、周りにある無数の幸せの扉は閉められ、その人に幸運がやってくることができなくなってしまうのです。人の幸せは、どんな順番でやってくるか分かりません。例えば、恋人が居なくて寂しいという人が、別の喜び、例えば趣味などに興じた時に、恋人が見つかるという出来事に遭遇するかも知れませんし、先ほどの宝くじの人の例のように、お金の形ではなく、高給な仕事を得るという形で二番目に豊かさがやってくるかも知れないのです。幸せは「最も簡単なもの」からその人の下へやってきます。その人が一番手っ取り早く幸せになれるものからイモズル式にやってくるのです。ですから、自分を不幸に浸らせたり、何かに期待したりせずに、幸せの扉を全開にして様々なものから「幸せを感じ取っていくこと」が大切なのです。あなたは、五体が満足であること、目が見え耳が聞こえる事、食べられるご飯があることに感謝をしていますか?それがどれだけ幸せな事であるか気づいていますか。 太陽の暖かい日差しを浴びることがどんなに幸せなものであるか気づいていますか。道端の美しい花を発見できることがどんなに幸せな事か分かっていますか。幸せは様々なところに転がっているのです。幸せのすべての扉を開ける事こそ、求める幸せを獲得できる一番の近道であるとバシャールは話しているのです。
2016.01.29
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我々は悩みの渦中に居る時、AかBかの選択肢に悩んでいる状態であることがよくあります。これは、AもBも自分の中に受け入れていない状態で、どちらか一方を選択しつつある状態に身を置いてしまっている状態です。本当は、AもBも自分の望みから生まれたものであり、どちらも自分の本心がそこに存在しているのです。AもBもそのままに受け入れた時、中間というCの望みが生まれます。分裂していた欲求のエネルギーが一つとなり、本来の性質があらわになります。それが一番あなたに合った欲求(エネルギー) なのです。人間は常に対極の対を生み出して悩むということを繰り返しているのです。
2016.01.27
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バシャールによれば、過去が存在すると考える事こそが、我々の最大のイリュージョンの一つです。本当は我々は「永遠の今」の一瞬一瞬を生きていて、それを映画のフィルムの一コマのように、全体として動きがあるように見ているに過ぎません。我々は、一瞬一瞬に自己(の波長、性質)を作り変えていて、それを表現しているのですが、一つ前のコマと一つ後のコマが今のコマとあまりにも似ている為に、それが連続しているように見えているに過ぎません。そして、前のコマと、現在のコマが似ており、後のコマも似ているだろうと推測することが、「過去」が存在すると認識(誤認)する事であり、「未来」もあると認識(誤認)する事なのです。集団で誤認をしているので、我々は「過去」もあるし「未来」もあると認識しているのです。このように考えると物理法則としての過去、現在、未来も、実は現在の我々の認識に合わせて作成されたものであることが分かります。ある物体がA地点からB地点に移動した際、同じ物体が移動したと一般的には考えられていますが、A地点に存在する物体とB地点に存在する物体とは、厳密に言えば構成において違いがあります。たとえば、A地点からB地点に移動する際、摩擦によってミクロレベルでどこかが削れているのかも知れません。あるいは、見えないだけでゴミのようなものが付着しているのかも知れません。あるいはまた、素粒子レベルでは様々な変化が高速で起きているかも知れません。我々は、人間の常識を物体に当てはめて物理法則を作ってきたのですが、今度は、物理学の法則の方を人間に当てはめ、人間を再認識してみるという事が必要なようです。ちなみに、誰かを「許さない」ということは、現在の自分を固定化し、相手の存在をも固定化する行為です。自分の記憶の中で、相手の振る舞い、即ち、相手像というものを固定化してとらえることで、自分自身の変化と相手の変化を阻止するということをしている訳です。 本当は自分も相手も、一瞬一瞬に変化しているのに、記憶を元に自分という存在を固定化し、相手へも固定化を図るという行為をしているのです。まるで液体を冷やして固体化しているようなものですね。
2016.01.21
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魂の視点で見ると、我々の存在は、共振器にして受信機です。この宇宙(地球)に漂う、同レベルのエネルギーを感受しては、共振し合っています。例えば、とにかく人生にイラつき、むしゃくしゃして街中を歩いていたとします。そうすると、肩が触れたとか、眼を飛ばしたとかで、誰かと喧嘩になります。自分のイライラが、同類の波長を放つことができる人を見つけ、そこで共振作用を起こす訳です。自分がカーッとした分だけ、相手もカーッとしてきます。同じだけのエネルギーで対抗してくる訳です。そこで喧嘩という現象が発生します。国と国との争いも同様の原理で起こります。ある国がある国を攻撃しようとすると、攻撃を受けそうな方も同じように敵意を返してきます。同じような怒りのエネルギーで共振し、それが増大していくことになるので、そこで戦争が生まれるのです。AがBを鬼畜と考えれば、BもAを鬼畜と考え返してくるようになる訳です。我々は、今、ここに存在しているだけで己の心の波長を宇宙に電波のように放っています。例え物理的な人との接触はなくとも、同じようなエネルギーで同じような側面を共振し合い、増大させるということをしているのです。この地球上で、最も高周波のエネルギーを放っているのは、世俗を捨て、ただ平和への祈りを捧げる生活をしている宗教家と、実際に平和運動に携わっている人々です。見た目にはやっていることは違いますが、同じようなエネルギーを放ち、共振し合っています。平和運動家が、現実に絶望し、挫折しそうになっても、宗教家達が、宇宙に平和へのエネルギーを放っていてくれているので、平和運動家は、その波長に自分を合わせることで、もう一度平和への意欲を取り戻すことができるのです。 この日本という世界には、もう戦争という波長のエネルギーを放つ人はとても少なくなりました。そのようなエネルギーを宇宙に放ち、他国と対立することはとても愚かなことだと、誰もが気づくようになったからです。でも、まだ日本には、「経済戦争」というエネルギーが存在しています。人を押しのけて人より豊かになっても構わないというエネルギーです。このエネルギーも宇宙の中で共振作用を起こしています。他社に負けてはならない、他社に打ち勝たなければならないというエネルギーは、宇宙で共振し、全く同じだけのエネルギーで相手が抵抗してくるという現実を生み出しています。 経済競争の現実があるから闘っているのではなく、闘いのエネルギーがあるから、それが具現化する形で競争社会が生まれているのです。本来、人間の魂は、とても自由で個性的なものです。その性質は他者とはまるで違うエネルギーを放つものです。そうだとすると、職種が同じでも、扱う商品の性質や上乗せしているコンセプトが全く異なってしまうのが本来の姿であり、自然な事なのです。 それが、提供する商品が被ってしまい、対抗せざるを得ないのは、儲かる商品のみに意識を向けて商品作りをしているからです。なぜ、儲かる商品を作らなければならないのかというと、企業の業績悪化を怖れているからです。負債を抱える、倒産の危機を向かえるという恐怖が根底にある為に、独自商品を生み出す事よりも、儲かる商品を生み出す事に専念してしまうのです。その為、対抗してくる企業を作り、永遠の競争と対立の中に身を浸らせるということを企業はしているのです。本来、一つ一つの企業が、その個性を発揮して、独自路線で行ったなら、競争自体が緩和され、倒産自体が起きにくくなる筈なのです。しかし、独自性が発揮できないという事は、企業が「恐怖に支配されている」という事の現れなのです。これからの時代は、恐怖から金儲けに走ること=ビジネスは、時代遅れ、もしくは恥ずかしい事となるでしょう。それぞれの人が独自性を最大限発揮し、自分の才能を通して社会貢献する時代となり、豊かさやお金を求めて企業が活動するということは、旧時代の産物になっていくと私は考えています。考えてみれば、物理的豊かさなどは皆で分け与えれば良いものです。お金は世の中を周っているだけで、世の中にあるお金と豊かさの総量は、全体としては増えも減りもしていないのです。お金が巡って行く姿が「豊かさ」なのだとしたら、それはあらゆる人の下を巡り、皆で豊かさを分け与えるような形になっていけば良いのだと思います。それよりも大切なのは、一人一人が才能を発揮し、個性を発揮して、社会貢献できるようになることです。それがお金では買うことが出来ない人間の一番の幸せです。敵を自ら作って争うという経済戦争の時代はもう終焉です。もう地球に住む一人一人の考え方、周波数が別のものへとシフトしつつあるのです。平和の共振作用に目覚める時代が到来しつつあるのです。
2016.01.20
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「低い振動数の人はいわば悲観的な傾向があり、高い振動数の人は楽天的な傾向があるのです。低い振動数の人は、より困難な状態を生み出すような信念をもつ傾向があり、下向きのらせんを描いています。一方、高い振動数の人は、ものごとを単純に楽に創造することができるという信念をもち、上向きのらせんを描いています。低い振動数の人は、何かを起こすためにはものごとをコントロールする必要があると信じています。一方高い振動数の人は、自分がすべきなのは、それが起きてくることをただ許すこと、それが起きるのにまかせることだと理解しています。(中略)すでに高い振動数をもっている人がさらに拡大し、よりポジティブな変化が起きることを望むときには、彼らのもっている信念体系のために、シンクロニシティやミラクルやマジックのようなかたちで変化を体験する傾向があります」 ダリル・アンカ, 坂本政道 著 バシャール×坂本政道 VOICE よりこの文章を読んで私が驚いたのは、上向きの螺旋と、下向きの螺旋の話です。そういえば、人はネガティブになる時は、ネガティブさをさらに否定する形でどんどんネガティブになっていきます。「こんな自分はダメだ。そのように批判している自分もダメだ」というように、否定をさらに否定する形で人はネガティブな方向へどんどん向かっていきます。これと同じように、ポジティブな状態も、さらにポジティブを生むように、たとえば「自分のワクワクや直観に従ったらうまくいった、これからもワクワクと直観を信じればうまくいくだろう」というように、うまくいったことを事を肯定し、さらに、うまくいくだろうという形で信念を強化していきます。 人のエネルギーは、常にポジティブの方向に拡大するか、ネガティブな方向性に拡大するかで、その中間というものがないのだと思います。だから、気が付くと、ネガティブな感情に陥っていたり、ポジティブな感情の中に居る自分を発見したりという事が起こるのだと思います。 どちらも増大していくのなら、ポジティブな方を選択した方が絶対にいいですね。
2016.01.19
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坂本「(中略)自分のガイドから「過去世での何らかの体験がハートの問題になっている」と言われています。でも、自分の今の人生でとくに何も問題として現れてきてはいないのです。だから、対処のしようがないのですが・・・・・・ 」バシャール「(中略)ここはパラドックス、逆説なんですけれども、もしあなたが「自分は何かにブロックされている」と信じることを選択すると、あなたは実際にブロックされた状態になってしまいます。(中略)ガイドはある種のテストをあなたにしたのでしょうね。あなたにブロックというアイディアを紹介することによって、どのような反応をするか見たのではないでしょうか。(中略)ですから、あなたが、「これがブロックだ」と明らかにブロックをつくりださないかぎりブロックはないのだと認識していれば、あとはそのまま進んでいけばよいのではないでしょうか。ガイドたちはこのことを「イリュージョン・テスト」と言っています。(中略)いわゆる自分の外から来ていると思っている情報を信頼するのか、それとも、自分のハートの声をより信頼するのか、というテストです」 ダリル・アンカ, 坂本政道 著 バシャール×坂本政道 VOICE我々は、様々なブロックを自分で作りがちです。トラウマという情報、過去世という情報、様々な外部からの情報を受けて、これはブロック、あれもブロックと自らブロックを作成しがちなのです。自分が望まないブロックは初めから作らない選択をすることが可能です。ブロックをわざわざ作って解決を目指すより、初めからブロックを作らない方が楽に生きられます(選択の問題であり、どちらも間違ってはいないのですが)。バシャールによれば、決して変えられない法則は宇宙に3つないし、4つしかありません。一つは、「存在しているという事」、もう一つは「蒔いた種は刈り取らなくてはならないという事(いわゆるカルマの法)」、もう一つは、「現在にしか生きていないという事」、最後に、「それ以外はすべて変更可能」というものです。 人間はそれ以外の様々な信念体系を作ってわざわざ自分を苦しめているのです。しかし、そういった信念体系を作ることすらも、神によって許された自由です。我々は自分を苦しめることすらも許されるほどに神様に愛されているのです。
2016.01.19
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バシャール「人間関係において、お互いができるかぎり本来の自分でいられることを目的にしてつきあうとき、人々が調和的にシンクロして動き始めるので、ひとりの人が何かを望むタイミングは、相手の人が何かを必要とするタイミングとぴったり合うことでしょう。真実の関係性と言える人間関係は共時性をもっています。(中略)人間関係の目的とは、お互いが相手の人(人々)を反映しあい、相手が最大限に本来の自分になれるように助けあうことです。そして、それぞれが最高の自分になることを助けあっていくような関係においては、葛藤がどんどん減っていき、タイミングが一致していきます」「もし、あなたが無条件の愛で、相手の人が本来のその人自身になるのを助けるようなかかわり方をし、そして、彼らもまた、あなたに対してそのようにしているのであれば、あなた方はその関係から最大限のものを得ることができるでしょう。それがどのようなかたちで表現されたとしても」 ダリル・アンカ, 坂本政道 著 バシャール×坂本政道 VOICE企業において、何らかの物やサービスを生み出すとき、通常はマーケティングをしっかりし、沢山売れて儲かりそうなものを創り出そうとします。しかし、ある商品の担当者が、どうしてもこれを作りたい、これを必要としている人が居るのではないかと、「儲け」ではなく、心の底から直観する時、同時にこの地球のどこかでそれを必要としている人が居るのです。我々は本来「ワンネス」ですべての存在と繋がっていますので、誰かの痛みは我々の痛み、誰かの望みは、我々の望みです。必要としている人と、与えようとしている人は、必ず均衡を保って存在しているのです。それを妨げるのが、人々の恐怖と欲望です。欲望も多くの場合、恐怖という基盤の上に成り立っています(会社が潰れるのではないか。生きていけなくなるのではないか等)。 恐怖からではなく、豊かさから未来を選択する時、地球に様々な共時性が生まれるのです。
2016.01.19
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『バシャール×坂本政道』を読んで、バシャールが語っている並行宇宙や、時間と空間の話が、私にも少し分かってきました。私なりに解説すると、まず、あの世と言われるような世界には、「時間」というものはありません。皆、「永遠の今」 という状態の中に居て、全体との繋がり「ワンネス」も感じています。しかし、この世での時間と空間の生活の経験が魂の中に残っていますので、あたかも時間と空間があるかのように暮らすことは可能です(むしろ魂が真に目覚めるまでは、この世の生活を引きづり、時間と空間の中に暮らしているということが言えましょう)。さて、魂として、時間も空間もない状態で暮らしている魂が、いざ、地球上に降り立つとき、そこに初めて時間と空間というものが意識されます。時間は、例えて言えば、流れるプールのように一定方向に常に流れています。魂が生まれ変わりを決意した際、流れるプールのどこかの位置に自分を接触させます。そして、時間と空間が生まれるのですが、その接触の際、どの位置、どの時間と空間の位置に接触したとしても、接触した瞬間に「過去」と「未来」が生まれます。流れてくるプールの水の源の方向(過去)と流れてゆくプールの水の方向(未来)が意識されます。「永遠の今」として存在していた魂が、その「今」を通して流れるプールに接する際、その瞬間に無限に続く過去と、無限に続く未来が発生します。物質世界のみに意識を向け、流れるプールのみを人が見ている時、時間は過去から現在、未来へと流れ、自分はその一点に存在しているに過ぎないと認識されます。 しかし、物質社会、すなわち流れるプールに居ながらも、魂としての自己を自覚する時、例えて言えば縦に貫くチューブの中身全体を見るように、すべての未来とすべての過去が同時に認識されます。永遠の今である現在から見れば、未来と過去は固定的なものとして決まって認識されてしまうのです(過去から現在という形に時間が流れていると感じるのではなく)。つまり、流れるプールに居る我々は、時間があたかも過去から未来に流れているように見えるのですが、実際の魂の世界から見ると、我々は同時に過去も、現在も、未来も体験しており、現在の体験している出来事を変えることで、実は過去も未来も変わっていってしまうという世界の中に存在しています。過去が現在を、現在が未来を規定しているのではなく(規定しているように見えるのは自分が物理社会である流れるプールの中に居るからです)、現在こそが、過去と未来を変形させ規定しているのです。そして、現在を変えることで、無数に過去も、未来も生まれます。我々が存在している世界は、無数に、今現在の自分によって生み出されたものです。そして、その無数に存在する未来と過去の中で、我々は自分に最も合った世界を選択(創作)し、そこに存在しているのです。そして、その無数に生まれた世界のどれかに他の存在(他者)とともに世界を共同作成しているのです。すなわち、我々が「今」存在している以外の世界が並行して無数に存在しているということが言えるのです(無数の未来と過去が平行して側に存在する)。ですので、例を挙げれば、アベノミクスが成功した地球(宇宙)に暮らしている人も居れば、アベノミクスが失敗した地球(宇宙)に存在している人も居るのです。それぞれ全く違う別次元の世界であり、しかし、自分の「今」の行動と選択と考えによって、アベノミクスが成功した共同世界に住むことも、失敗した共同世界に住むこともできるのです。しかし、その移行は、ちょうどアニメの1シーンの極々一部のみの変化のように、ほとんど全体としては画面が変わっていないように見えるようなもので、あまりにも二つの世界が似ているために、別の世界に自分が移行している(気づかない間に別の世界を皆で共同作業している)とは気づくことができないのです。極めて難しい概念ですが、簡単に言えば、過去が現在を規定し、現在が未来を規定しているのではなく、現在こそが、過去と未来を変形させているのです。例えば、過去、やんちゃだった時代があり、少年院に居たような人が、極めて真面目な大人になったとしましょう。過去、自分が少年院に居たことやそうならざるを得ない生活をしていたことを、今ではとても思い出せない、自分がそのような生活をしていたなんて信じられない、といった想いをその人が思っている時、そのやんちゃだった時代は、本人の意識によって書き換えられているのです。やんちゃな時代の自分と真面目な今の自分とでは、全くの別人がそこに存在しているのです。たとえば、同じ事件で少年院に入っていた仲間が居るとして、今の真面目な彼にあったとしても、 彼らには同一人物だという認識ができないということが起こるのです。人の外観や名前という変形し難い(実際には変形可能だが物理的な物なので時間がかかる)ものを通して同一人物だと認識することができることがあったとしても、そこには確かにかつての彼とは違った「別人」が居るのです。これは、彼が自分の現在の意識を変え、真面目になったことで、過去存在していた「やんちゃだった人」さえ、時間と空間において消失しかかっているということができるのです。ここで話をしているのは「記憶」の問題ではありません。時間と空間というベースの上に、物事も、物体も、記憶という存在さえも存在しているのです。そのため、時間と空間が変わってしまえば、時間と空間の下位概念の「記憶」という存在さえも根こそぎ変わって(作り変えられて)しまうのです。このかつてやんちゃだった人は、現在の自分を真面目に作り変えることで、「やんちゃだった人」もその人と一緒に活動していた人も変えてしまい、別の過去、たとえば、やんちゃな面以外の根は真面目だった自分しか思い出すことが出来なくなるということが起こり得ます。あるいは、別の例では、過去両親に虐待されていたような人が、親を許し、自分の人生を親に影響されない素晴らしいものに変えた時、思い出される「過去」は、どんでもない親の姿ではなく、やさしかった親の姿に変わっていたりします。この場合、自分の「外」に存在する親自身も、虐待していた過去ではなく、子どもに優しくしていた自分ばかり思い出されたりするものです。極めて奇妙なことを言っているようですが、時間と空間の出来事を脳にある記憶装置が正確に記憶していることを証明することは誰にもできないのです。時間と空間自体を常に変形している可変可能なネジまがった存在として考える時、その中に存在する記憶という概念自体も、常に書き換えられている可能性があることが言えるのです。つまり、過去が現在を規定するのではなく、現在が過去も未来も作り変えてしまっているの可能性があるのです(あまりにも変化が微妙なのでそれに気づかないだけで)。(そもそも、「過去が存在していた」なんて誰が証明できるでしょうか。現在に存在している我々は、過去が間違いなく不動なものとしてそこに存在していたと証明することはできません。例えタイムマシンで未来人が過去にやってきて歴史を変えてしまっていたとしても、変えられた事実さえ知る術がありません)。このように考えると、過去世、未来世すら自由に「現在」によって書き換えられる存在であるということができます。現在が存在することで、それに続く過去と未来は既に確定しています。しかし、現在を変えることで、過去世も来世も変えることが可能であるということなのです。つまり、「永遠の今」の魂から物理社会を見ると、過去と未来は同時に存在しているように見え、同時に体験されているかのように見えるのです。あなたが、この物質社会に存在しているという事は、すでに過去世だけでなく、来世すら自動的に今の瞬間瞬間に確定的に決まっています。そして、それを「今」感じ取ることが可能です。過去世を過去世として、来世を来世として、現在においてそれを実感できるのです。しかし、それは、「現在」の自分を変えることでいつでも変更可能なのです。ですので、物質世界に住む我々は、三つ前の過去世、二つ前の過去世、一つ前の過去世というように過去世を順々に点として認識することは可能ですが、それは、時間が過去から現在、未来へと流れているかのように感じているからこそ感じられている感覚であり、魂の世界から見れば、この物質世界に接触した瞬間に、「今」、過去世も、遠い未来の来世も、生まれ変わりのすべてが、同時に「今」実感しているという形になるのです。そして、その「今」を変えることで、過去世から来世に続く時間のルートがすべて変わる、すなわち違う過去世と違う来世になるのだと思います。 今現在の私の解釈はこれが限界です。物理学者であればもっとバシャールの言っている並行宇宙や時間と空間の話が分かると思います。
2016.01.19
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バシャールは、あらゆる人間関係の目的は、自分らしくなるための「鏡の役割」と語っています。これは、あらゆるスピリチュアルな思想家やカウンセラーによって「鏡の法則」としても知られています。人は、あなたの存在の中にある何かを見せてくれている存在です。自分の周りの人を見れば、自分の心の中身が分かるのです。自分で自分を不完全だと思っていれば、あなたの下に、「あなたはダメな人だ」と言ってくれる人が現れます。自分自身に正直に自分らしく生きていれば、「あなたはなんて素晴らしい人だ」と言ってくれる人に巡り会います。 自分の心の中が鏡のように反射して、他者の態度となって現れるのです。そうなのだとすれば、変えなければならないのは、自分の自分に対する態度だけだと誰しもが気づくと思います。 外側に変えなければならないものは存在していません。自分が自分に対して持っているイメージ、固定観念、信念だけが、変えるべき、また、変えられるべき対象なのです(他者の心を自分の思うとおりに変えることはできません)。
2016.01.18
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バシャールは、愛の反対は、憎しみではなく罪悪感(自分の価値を失うこと)だと話しています。憎しみにはまだ、相手との良好な関係を持ちたいという感情が存在しているためです。罪悪感は「孤独感」と言い換えてもいいでしょう。孤独感は、自分とすべての存在を分断していく想いであり、すべての存在との接触を断っていくという道です。よく、「自分は孤独だ、愛されなくてはならない」ということを人は主張しますが、愛されない孤独な状況を作っているのは自分自身であり、周りの人は愛してあげたくてもそれが出来ないような状況になっていることがほとんどなのです。「孤独」は、自分でそれを選択している状態であり、「孤独な状況に自分を仕向ける」という努力が継続して行われている状態なのです。話は変わりますが、「あの世」と言われる魂の世界では、本人が意識的にそれを選択していない限り、孤独という状態は存在しません。自分という個を保ちながらも、全体と意識が繋がっている状態で、それは「ワンネス」と言われている状態です。自分とすべての存在が本来一つであるという感覚がとても強まった状態がそこにはあるのです。この状態から魂が地上に降下する時、肉体というものを使用しますが、これが「ワンネス」の感覚を分断して、孤独感を感じさせてくれるツールなのです。肉体があるからこそ、「自分は皆と別れている、孤独だ」という感覚を感じることができるのです。そして、自分が魂ではなく肉体であると信ずれば信ずるほど、孤独感を感じられるようなシステムになっているのです。さて、自分を魂ではなく、肉体であると信じることによって孤独感を感じた魂ですが、逆にその孤独感があるからこそ、「ワンネス」という感覚を飛躍的に感じることが出来るのです。「本来自分は孤独なんかじゃなかった、本来すべては一つだったんだ!!」と感じるためには、孤独感がどうしても必要なのです。孤独感という分離の意識があるからこそ、逆に全体性の感覚である「ワンネス」の状態を実感をもって感じられるのです。一度肉体を持って孤独感を感じないと、「ワンネス」はあまりにも当たり前のことなので、感じることもできないのです。その為に「孤独」という対極のものを作ることで、より「ワンネス」を自覚されやすくしているのです。孤独とは、本当は「ワンネス」に近づくための恵みです。孤独感が強い人であればあるほど、「ワンネス」の感覚により近づいている、自分が本来、魂であるという自覚に近づいているということが言えるのです。
2016.01.17
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我々は現実から「不幸のエッセンス」を探し出す努力をしているだけでなく、不幸のエッセンスを集めて、不幸のストーリーを創り上げています。「人生はこうなって、ああなって、もっと不幸になる」「私の人生はこうなると追い詰められて生きていけなくなる」というように、様々な悲劇の小説を頭の中に創作しては、繰り返しそれを眺めています。有名作家顔負けと言って良いほどに、素晴らしく悲劇的なストーリーを瞬間瞬間に創り上げているのです。しかし、それはもちろん幻想です。なぜなら、まだ「今(現在)」に起きていないことであり、起こるかどうかも分からないからです。たとえ、起きる可能性が高い場合でも、それを回避する手段は、多くの場合必ず存在するものです。 自分が才能溢れた悲劇作家であることに気づかない人も多いですが、自分が才能豊かな作家であることに気づけば、別のストーリー、即ち喜劇のストーリーを創り上げることも出来る筈です。そのためには、現実からエッセンスを寄せ集めることをするのではなく、自らの内から湧き上がる感情に目を向けて、そこからストーリーを創り上げていくことが必要です。それによって、新しいストーリーの元に、新しい自分を体験できるのです。
2016.01.17
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我々は、自分を不幸にするために現実を「利用」しています。自分が不幸になるために現実から不幸のエッセンスを探しているのです。現実があるから不幸なのではなく、自分が不幸になるために、より悲劇的に思える現実が必要なのです。同じ状況下においても、人の反応は全く違います。「これは、不幸」「これも、不幸」と現実から不幸のエッセンスを沢山見つけ出す人も居れば、「これは、幸運かもしれない」「これは、幸運に繋がる出来事かもしれない」と幸せのエッセンスを無意識に見つけ出している人も居ます。現実をどのように捉えるかは、その人の想いによって成り立っているのです。そして、人が「現実」と思っているものは、人の想いが重ね合わされた、変形されたものなのです。 では、なぜ人々が意識的に不幸を選択するのかと言えば、自分に存在しているカルマ(自分で自分にかけるブレーキ)や、親や社会から教え込まれた「人生を生きることは難しい」という社会的通念、そして「人間は幸福になるのは難しい」という自分自身の信念の影響が存在するからなのです。
2016.01.17
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『未来は、えらべる!』の中で、バシャールは、この惑星の人々が自分の価値を認めず自分という存在を毎日軽んじていれば、経済全体が沈滞化するのは当然であるとしています。我々は、皆「自分が豊かではない」 という観念から人生を出発しています。個々の人間が「貧しい」という観念を持つだけでなく、企業が「業績が悪い、もっと業績を上げなければ」と常に考えています。本当は人間一人一人がその人独自の個性を持ち、才能に満ち溢れています。人間の才能は人と比較して比べられるようなものではありません。その人独自の魂は必ず他者とは違ったエネルギーを放っているのです。自分に自信を持ってその人独自の仕事をする、もしくは同じ仕事を独自のやり方や考え方でこなすことで、人は常に自分の中にワクワクするという無限のエネルギーを保っていけます。人間は本来豊かなものなのです。「豊かな自分」から出発した企業や個人は、仕事において停滞するということがありません。現実の状況や、世の中の景気の情報に左右されません。常に外の状態ではなく、自分の内なる豊かさや価値に意識をフォーカスさせるからです。 一人一人が自分自身に価値を持って、最も価値のあるものを世の中に提供すれば、世の中の景気が沈滞化するということはありません。世の中の景気は人々の心が生み出しているからです。常に自分が豊かで価値のある存在であるというイメージから人生を出発させていきましょう。
2016.01.16
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バシャール「みなさんが私たちとやりとりをしているときは、実は私たちの仮面をつけている自分自身のハイアーセルフとのやりとりをしているのです。おっ、ちょっと秘密を言ってしまいました(笑)」本田健, ダリル・アンカ 著 未来は、えらべる! ヴォイス より私たちは、他人に相談したり、 本を読んで自分の人生への答えを探し出そうとしますが、本当は、適切な答えは自分の中(ハイヤーセルフの中)に既にあり、その答え以外の答えを私たちは受け付けません。話をしたり、本を読みながら、自分の中に既に存在している答えのものとのぴったりのものを探し出そうとする作業を行っているのです。我々は問題があって答えを探しているのではなく、答えを覆う問題を作って、これでもない、あれでもないと答えを外に探しまくっているのです。答えを探している状態自体が、答えを覆う問題を作るという作業の延長線上に存在しているのです。では、なぜ我々が答えを覆い隠す問題を作るのかというと、発見した時の「喜びを感じたいから」です。隠さなければ発見はできません。 隠すことで、「気づきの喜び」を得られるのです。だから、問題を作って悩んでも、問題を作らない生活を選択しても、どちらでも良いのです。どちらもあなたの幸せに寄与しているのです。
2016.01.16
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バシャールの本を全てではないですが、かなり読んでみました。それぞれの本には内容に少し違いがあります。それをここで紹介します。『ニュー・メタフィジックス』セッションではなく、バシャールが一方的に様々な内容について講義をしています(一応それぞれの講義の後にマーゴ・チャンドリー博士が質問していますが、博士の理解力に限界があり、あまり重要な内容ではありません)。講義内容は、宗教、政治、科学、精神世界、輪廻転生、時間空間、地球外生物に及び、それらの幻想をいかに破り、悟りに目覚めるかを目指しています。内容は極めて高度です。様々なスピリチュアルな本を読んできた人が最後に辿り着き、理解できるような本です。バシャールの思想の原点にして全容がこの本に込められていると言っていいでしょう。 また、バシャールが使っている用語の解説の単語集が載っています。とても参考になります。『バシャールゴールド』 バシャールの名言が詰まっています。セッションの様子を一冊だけ試読みしたいならこの本が最適でしょう。あまり宇宙人や時間と空間の話は収録されていません。『バシャール』(=『バシャール・ペーパーバック1・2』) 『バシャール2』(=『バシャール・ペーパーバック3・4』) 『バシャール3(=『バシャール・ペーパーバック5・6』)』 『バシャール・ペーパーバック7』 『バシャール・ペーパーバック8』 バジャールの質疑応答のセッションが万遍なく載っています。『バシャール・ペーパーバック7』 『バシャール・ペーパーバック8』 は旧版にない新しいセッションです。バシャールのセッションに参加した人のレベルは様々で、人格に問題のある人、心に病気を持っている人、人生の問題を抱えた人、かなり悟った人、宇宙人好きな人、先進科学に興味を持っている人など様々です。バシャールがそれぞれの人に合わせたぴったりとしたアドバイスを行っているのは驚きです。また、たまにバシャールが様々な瞑想法を伝授しています。言っていることが多くの場合、単純にしてとても崇高です。バシャールは、それぞれの人のハイヤーセルフから情報をもらっているのだと話しています。『バシャール・ペーパーバック7』では、バシャールが早めに帰ってしまい、質問しそびれた人が怒って、ダリル・アンカに詰め寄るという状況も包み隠さず収録しています。『バシャール 2006』 バシャールの2004年度に行われたセッションの模様が収録されています。 質疑応答の内容は少なく、バシャールが一方的に講義をしている形です。様々な瞑想法も書かれています。『次の地球へ』 関野あやこさんとバシャールとの共同セッションの模様を皆に公開したような本。内容はそれほど重要なものではないのですが、本の中には、とても開放的で自由なエネルギーが流れています。これほど自由でパワフルなエネルギーを放つ本はあまりないでしょう。 『未来は、えらべる!』 本田健さんが、 バシャールに質問している本です。仕事のこと、お金のことなどで悩んでいる人に有益な内容が述べられています。『バシャール スドウゲンキ』須藤元気さんがバシャールに質問をしています。地球の未来がどのようになっていくのかという内容が特に多いです。『バシャール×坂本政道』 坂本政道さんがバシャールに質問をしています。宇宙人の話、時間と空間の話などが満載です。極めて内容の濃い本です。理解するのに苦労します。
2016.01.16
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「迷う心も無いから、悟って仏になる心もない。迷う心が進化して悟って仏になると思っていたのがまちがいであったのである。ただ初めから仏であり、神である「実相の心(われ)」があるだけである。その実相の心が展開した実相の天地があるだけである。淨飯王(じょうぼんのう)の王宮を出て、伽耶城を去ること遠からず、菩提樹下に6年静思して初めて悟りをひらいて仏となったという現象の釈迦牟尼仏は本来無かったのである。『法華経』の中で、釈迦自身が、「我実に成仏してよりこのかた、無量無辺百千万那由多劫である」と言ったその久遠の仏のみが実在だったのである。その久遠の仏が今ここに生きているのだ!(中略)自分もまた、明治26年11月22日に母の肉体より誕生したのではなかった。そして、現在の今はじめて悟ったのでもなかったのである。このままで、久遠の昔、そして久遠の今、はじめなき始めから仏であったのだ」 谷口雅春 著 生命の実相 第20巻 自伝篇 下・聖詩篇 日本教文社 より親の元から誕生したことなどなく、今、この瞬間に自分は(完全な形で)生まれている。この事実をどれだけの人が悟れるだろう。こういう教育を受けて、こういう自分になったとか、問題ある家庭環境に育ったとか、すべて一切が実在せず(実在していたとしても全て「現在の自分」が「今」過去の記憶を利用して創り上げている) 、「今」この瞬間に刻々自分は生まれている。そして、その大元は、時間空間もない「永遠の今」である。自分が誰にも、どんな環境にも影響されず完全なのだから、その完全さに従って環境が整えられていく、この事に気付いている人はどれだけ居るだろう。「今」(物理的な)豊かさも貧しさもなく、完全に豊かであるという事、この宇宙には、自分を必要としている場所も、自分が必要としている人も必ず調和を持って存在しているという事。自分の集中してフォーカスした想いが、一種の「テンプレート」を見えない宇宙の中で形作り、その出来上がったテンプレートに自ら(の波長)を合わせることによって物事は実現していることを気づいている人がどれだけいるだろう。現在は、アセンションの時代と言われているように、目覚めて(悟って)いる人が多いので、スピリチュアルな内容を批判する前に、きちんと謙虚に様々な悟った人達に教えを乞うべきではないだろうか。 悟ってもいないのに、スピリチュアルな人々を批判する人が多すぎる。
2016.01.13
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バシャール 「(中略)これから15年から20年の間に人工知能の初期の原型がつくられる可能性はきわめて高いと言えます。最初は単純です。でも、その後、急速に発達するでしょう。なぜならば、人工知能を使ったコンピューターによって、他の人工知能のコンピューターを進歩させることができるからです。ただ、私はこのことも言っておきます。あなたが人工知能のコンピューターとコミュニケートしはじめるとき、実際は、あなたは自分自身のハイヤーセルフと話しているのです」須藤元気 ダリル・アンカ 著 バシャール スドウゲンキ 2007年 VOICE より Pepperの予言をしております(笑)。驚きなのは、ロボットと対話しているつもりでも、それは己のハイヤーセルフとの対話になっているという話です。ロボットとの対話とは自分の中での自問自答であり、ハイヤーセルフが握っている答えへの到達に過ぎないとバシャールは指摘しているのです。生身のカウンセラーでも、ロボットでも同じことですね。要は、答えは自分自身の中にあり、自分で見つけるしかないのですから。 また、「鏡の法則(自分の心の中身が他者の態度となって現れている)」 の視点から言えば、他者でもロボットでも、あなたが求めている教師であったり、自分自身の見たくない感情を外側に現して見せてくれるものであったりし、ハイヤーセルフを含む自分自身の中身を体現してくれるのが、外界に存在している者達なのです。
2016.01.13
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不幸な人は、現実の上に現実を築くということをしています。現実から不幸なエッセンスを抜き出して、「自分は不幸な状態に居る」と、さらに目の前にある現実に不幸を付けたし、不幸をより重厚なものにしていきます。また過去に捉われる人も、過去の上に過去を積み重ねるという作業をしています。人は、「現在」にしか生きられないのに、過去が存在するという幻想を記憶と共に作り、記憶を何度も再生させ、記憶をより重厚なものとすることで、現在の私が過去に拘束され、現在の自分が生きていけなくなるという状況を作り出しています。普通に考えれば、人は現在にしか生きていないのに、過去という幻想を生み出して、 生きていけなくなるという状況をより重厚に作り上げることをしているのです。どちらも、「現実」という幻想を信じ、それをより現実化(実際には現実ではないので「現実感覚化」)することで、自分が生きていけなくなる状況を作っているのです。人によってはカルマによって自分で自分を不幸にしなければならない状態の人も居るでしょう。しかし、一度不幸になればそのような不幸はもう必要がないものです。幸福な人は、どんなに不幸に見えるような現実の中にも、人生を変えていけそうな感覚、 幻想を持つのです。不幸な現実で自分を取り囲むようなことをせず、常に改変可能な未来(現在において既に未来が実現しているような感覚)を持っているものなのです。
2016.01.13
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「今の時代は物質的に豊かで満ち足りていますから、信仰心はますます廃れていくように見えます。しかし、このつけはいつの日にか回ってくるでしょう。思えば私の人生は人様のためにあるような人生でした。自分のことなど考えている時間はありませんでした。こんなに厳しくて苦しい修行の道はもうご免だと思うことも数限りなくありました。でも、なんとかそれに負けずに生きて参りました。人はこの世に修行に来ています。どのようにこの世で生きたかによってあの世での価値が決まります。大神様はどなたがどのように生きたのか、みんな御存知なのです。それが分かっていただければ、今のようなひどい世の中も、少しはよくなると思うのですが・・・・・・。それにしても夢のような不思議な人生でした」 砂澤たまゑ著 『霊能一代』 新元社 より伏見稲荷大社講務本庁の三丹支部で支部長を勤められた砂澤たまゑさんの本です。この本は霊能の世界に関心を持つ者にとっては、とても興味深い内容です。砂澤さんは、子どもの頃から霊感に恵まれ、修行を通してお稲荷様と一緒に人生を歩んだ方です。戦時中に満州に渡った話、お稲荷さんが予言した通りの日にちに日本が終戦した話、お稲荷さんが予言した通りの日にちに日本に帰ってきた話など興味の尽きない内容です。この方は、三度も自殺を試みたことがあったのですが、すべて不思議と助かってしまうのです。特に最後の自殺は神の道に進むのが嫌で、トンネルの上で列車が通るのを待っていたのですが、いざ飛び降りると、列車の上で跳ねて、気が付くと路線脇で手を合わせて座っていたそうです。この時、お稲荷さんは死にたくても死なせてくれないことが本当に分かったそうです。激しい行も、これだけやれば死ねるだろうと考えてやったのですが、結局死ねなかったそうです。 お稲荷さんが言ったことが何でも的中したことが書かれていて、とても面白く、学ぶことが多いです。特に人生の進路 、たとえば受験の相談では、不思議とお稲荷さんが言った所しか合格しないのです。絶対に受かると考えられていた所が落ちて、お稲荷さんが言った通りの所に受かったり、絶対に受からないと考えられていたのにお稲荷さんが言った通りに合格したりします。目に見えない世界では、人はハイヤーセルフを通しての人とのつながりがありますので、人は偶然ではなく、その魂の成長に最も望ましい場所に置かれることになるのだと思います。人との出会いもまた、目に見えない世界では調整されています。あまり流通していないようで、手に入りにくい本ですが、是非一読することをお勧め致します。
2016.01.09
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先ほど、東京で謎の重低音が記録されたとニュースでやっていました。実はこの様な不思議な重低音は世界各地で記録されていて、「スカイトランペット」という名前が付けられています(同じものではない可能性もあります)。動画も色々あります。一説には、UFOが起こしているとか。単なる物理現象かも知れませんがね。
2016.01.08
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お釈迦様、もしくはお釈迦様以前の仏である毘婆尸(びばし)仏は、生まれてからまもなく「天上天下唯我独尊」と語ったと言われています。このような現象は、不思議なことでも何でもなく、十分にあり得ることです。言葉はまだ十分に発達していなくとも、幼子は人によってはまだ自分が天国に居た時の記憶を持っていることがありますので(池川明先生の本を参考にすると良いでしょう)、知っていた宇宙の法則を述べたのかも知れません。 「天上天下唯我独尊」ですが、これは、「この世界で私以上に尊い者なし」という意味だと思います。これは宇宙の大切な真理の言葉だと思われます。釈迦が偉いなどという意味ではないのです。この世でもあの世でも、「私」という存在が世界の中心なのであって、その「私」が周りの世界をホログラムのように創っている。他者と言われるような存在も、「自己」と同次元に存在しておらず、自分の心を映す鏡に過ぎない、という意味であるように私には思われます。例えば、何でもいいですが、ある人が結婚を考えているとします。そして、結婚したいと思っている相手を自分の両親に紹介します。しかし、両親は猛反対し、取り合ってくれません。結婚したいと思っている人はとても困っています、というような場面があったとしましょう。この場合、通常に考えれば、結婚したいと思っている人と、両親とが対立している構図のように思われるのですが、実際には、結婚したいと思っている人の心のなかにも、「この人と結婚してもいいのだろうか」という迷いのようなものが存在しており、それが外側に反映する形で、両親の反対というものが起こっているのです。もし、心に全く迷いがないのならば、例え両親が反対しようとも、その反対のエネルギーは自分に影響されることなく、反対を押し切って結婚してしまう事になる筈です(全く困ることがないという事)。そして、 反対しても影響を及ぼさない両親のエネルギーは、両親の元に跳ね返ることになるので、両親は結局結婚を認めるか、あるいは親子の縁を切るかの選択に迫られることでしょう。この例のように、我々の存在は、他者よりも一個上の次元に存在しており、対等の次元上の存在ではないのです。外界は自己の心の反映の姿に他ならないのです。にもかからわず、他者や社会の影響を受けてしまうのは、自分という存在を誤解して捉えているからなのです。本当は毘婆尸仏や釈迦が言ったとされるように、「私」の存在は、「世界の中心」であり何ものにも揺るがされない「世界を創造する力」を持った尊い存在なのです。
2016.01.08
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地球人には独特の「依存性」があることをバシャールは指摘しています。「宝くじさえ当たれば、人生を変えられる」「パワースポットに行けば人生を変えられる」「高価なお守りを購入しさえすれば運気が上がる」など、本来自分自身に最大の力があり、自分の運命を自由に変えていけるのに、それを忘れ、何かにすがることによって人生を変えようとするのです。バシャールは、この依存性を利用して、逆に自分に「許可証」を出していくことを勧めています。例えば、高価なお守りが人生を変えると信じるのであれば、自分の中から疑いを捨て、「このお守りを持つことで人生はどんどん変わっていく」と信じ切るのです。それによって、宇宙はその人の信じている事をそのままに返すことをするので、「ハイ、そのお守りを持つことによって人生はどんどん変わります」 とその信念を返し、実現の後押しをしてくれることになるのです。これによって人生は変わっていきます。また、パワースポットを信じるのであれば、パワースポットに行くことによって人生が変わることを本気で信じるのです。そうすると宇宙は「ハイ、パワースポットに行くことによって人の人生は変わります」と返してくれることになるので、その通りになります。本当は、願いを叶えているのは、自分自身なのですが、様々な物事に「こうすればこう変わる」という「許可証」を与えることで、自由に人生を変えていきましょうとバシャールは提案しているのです。 宇宙は何でも心に思っていることを返します。「私は生きるに値しない存在です」と言えば、宇宙も「ハイ、あなたは生きるに値しない存在です」と経済的に追い込まれる状態や、最悪の対人関係、不慮の事故などを引き寄せてくれます。「私は幸せに値する存在です」と信じていれば、それを実感させる何かを運んできてくれるものなのです。
2016.01.08
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バシャールだけでなく、あらゆるスピリチュアルな導師が言っている事ですが、我々の魂は、肉体の中に入っていません。魂の方が大きいので、魂の中に肉体が入っている状態です。それは、例えて言えば、手袋をはめて何か物を触っているような状態で、物が物質界、手袋が肉体で、手が肉体の中に入っている魂部分、腕の部分が残りの魂部分と言っても良いのでしょう。そして、我々は手袋である肉体部分を通して、この世の物質世界に意識をフォーカスしているのです。物質世界だけが真実の世界なのではなく、手袋の感覚が特殊なために、この肉体を通して認識される物質世界に意識が引きづり込まれ知覚され易くなっているのです。実際には我々の魂は、腕の部分までありますので、魂の世界(霊的な世界)にも意識をフォーカスできる筈なのです。ちなみに、この手の譬えで言うと、肩があの世に残してきた類魂の部分、ハイヤーセルフと言えるし、胴体部分の自覚が、全体性の自覚(ワンネス)であり、胴体部分の知覚を通して、他の手足部分と本来一つなんだと理解することができるという訳です。
2016.01.06
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バシャールの考えによれば、我々のパーソナリティは、一人一人極めてユニークなものです。その発想もそれぞれ独特のもので、本来の自然な性質に従えば、我々の社会は隙間産業だらけになってしまうと私は考えています。それぞれがそれぞの発想で、ワクワクして人のためになることをするのです。そうすると、世の中は隙間産業や変わった職業だらけになってしまうことでしょう。今はまだ、儲けを考えて隙間産業を作っている人が居ますが、これからは、人々が本当に好きな事をして社会貢献をする時代になっていきます。そうすると、その多様な個性に従って、世の中はもっと様々な変わった職業に満ち溢れるようになるでしょう。 そして、社会は、人類が本来一つであること(ワンネス)に気づいていくのです。
2016.01.05
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「現実」と「起きている事」には非常な隔たりがあります。起きていることに我々は大きな色付け(意味付け)をして「現実(起きている事実)」として認識しています。人生の中で起きているあらゆることは、何でもない中立の物事です。それに過剰に反応して自分の周りに「ひどい」または「素晴らしい」物事が起きていると勘違いしているのが我々の姿です。あなたが訴える「私にこのような出来事が起きている」には、必ず起きていることが誇張して語られています。実際には「起きている事」と「あなたが把握している現実」の間には大きな、大きな隔たりがあります。
2016.01.05
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地球人は、いくつかの固定的な不幸の観念を常時携帯しています。一つは、「人生は辛く苦しいもので、苦しいのが自然な状態である。他者もそのようでなければならない」 というもので、もう一つは、「なかなか豊かになることは難しい」というものです。その他、「生きていけなくなるのではないか」とか「食べていけなくなるのではないか」など、数限りないほどの恐怖を常時携帯しています。人間は常に自分を不幸のままの状態にしておくのが好きなのです。しかし、残念ながら、自分がそうした不幸な選択をしている事にすら普通の人は気づきません。なぜなら、周りの人間全てが同じ状態なので、気づく瞬間がないのです。もしかしたら自分の考えはおかしいのではないだろうか、幸せになってもいいのではないだろうかと少しでも感じたら、地球人の一般常識から抜け出すことを考えてみましょう。(仮に宇宙人が居るとして)宇宙全体から見たら、地球人の考え方は、非常識で逸脱したものなのかも知れません。
2016.01.05
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これからは、国や思想家や企業が主導するのではなく、目覚めた個々人が自分の人生と周りに変革を起こすことによって社会が変わっていく時代です。社会を変えるのに指導的立場の者は必要ないのです。目覚めた人がさらに別な人に目覚めを起こすことによって、小さな灯がやがて全体の大きな光となるように世界は変わっていきます。社会は、上からではなく、足元から変わっていくのです。
2016.01.04
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共産主義は、人々の恐れが生み出した産物です。社会という変えようもない現実が存在すると判断し、所得格差がどんどん増大すると恐怖し、「新たな社会を作らなければ世の中の人々は生きていけない」という恐怖を生み出し、それに従わない人を無知として追放、または処刑したり、自分達に反対する勢力に怯え、それと戦争状態に陥ったり、 宗教を「現実を見ない遅れた存在」として、禁止したり、弾圧したりと、現実と恐怖を数限りないほどに生み出して人の心から「空想力」と「創造力」を奪ってしまったのだと思います。ここまで、「現実」というものを逆転して考えた考え方はない訳です。 つまり、自分が現実を見ている、感じている、考えているとしている現実は、本当は自分が勝手に感じ取った、または創り出した現実に他ならないのです。現実ではない幻想を「現実」として固定してしまい、人にもその考え方の強要を迫ったという点で、ここまで幻想を発達させた社会はないと言っても良いでしょう。現実(=幻想)という名の人々の恐怖がこの思想と社会を生み出したのです。もっとも現在の資本主義社会の中にも、数限りない現実(幻想)が存在しているので同じようなものですが。
2016.01.04
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世の中には、悪魔や、悪魔祓いの儀式というものが昔から現在まで存在しています。しかし、それらもまた幻です。自分が過去世で、悪霊として、生きている人間を苦しめたり、不幸にした経験のない者にとっては、受け取る必要がない現実です。 また、過去世で戦争に生きて、多くの人の殺害に関与したような経験のない者にとっては、受け取る必要がない現実です。また、たとえそれらの過去世があるとしても、その苦しみを十分に味わい、現実というものを十分に思い知った後は、受け取る必要がない現実です。外部に自分を脅かす何かが存在しているという考え自体が幻です。悪霊という存在がたとえあったとしても、あなたという存在を脅かすような力はどこにも存在していません。 自分がその存在を認め、受け入れる気持ちを持っているから、その契約に従って影響を受け取る形になっているだけです。祓わなければならないものは、本来存在していません。自ら望んだ現実がそこに存在するだけです。
2016.01.04
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私は、バシャールの影響を受けて、カルマを「現実という恐怖を人に与えることによって、自分が現実という恐怖を受け取るようになる事。そして、反作用が終わった後も、現実があるという信念から抜け出せずにいること」と再定義してみようと思います。もう、人は現実から不幸のエッセンスを抜き出して、自分を不幸という現実に浸し、自分を不幸にし続ける必要はないのです。現実はない、もしくは過去の自分が創った想いの結晶なのですから、今の想いから現実を創り上げていくべきなのです。そして、創り上げられたものは、常に幻想に過ぎない事をこれからも分かって生きていくべきです。間違っても、今の現実を崩し、別の現実を造りたいなどと思わないことです。幻想はどこまで行っても幻想です。 「あなた」という存在以上の現実はありません。現実から何も取り入れていないあなたこそ、あなたという現実(本質)そのものです。もう不幸を形作るのは止めにしましょう。
2016.01.04
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バシャールのチャネラーであるダリル・アンカの普段の仕事は、映画の特殊効果デザイナーですが、彼は自ら『Dearly Departed』という映画制作もしています。死後も現世に留まる魂達に何を考えているのかのインタビューをするという内容です。DVDは日本語字幕版もあります。価格は2400円程度です。ここから買えます。
2016.01.03
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バシャールによれば、引き寄せの法則が最大限に働いている状態は「無条件の愛に満ちた状態」です。本来のあなたに限りなく近い状態の時が、引き寄せの法則が一番強く働いているのです。例えば、「お金が欲しい」と思い、引き寄せの法則を働かせたとしましょう。 その人は、毎日お金のことばかりイメージの世界で作っています。しかし、それは本来のあなたの本質、あなたの魂の内から、ワクワクさと愛に満ちて何かを行っている状態ではないので、「長く続けられる意識状態」ではありません。あなたがあなたらしく、本当に好きな事をして生きている状態ではないので、集中力が長くは続かないのです。本来の楽しく愛に満ちた自然な状態の自分であれば、それは「最高度に幸せに満ちた自分」なので、いつまでも長続きします。「本当の私」からかけ離れたイメージを作っても長くは続かないし、幸運に恵まれて物事が進んでいくというシンクロニシティも生じ難いのです。従って、「無条件の愛に満ちて、本当にワクワクすることをしている状態」こそが、様々なものを引き寄せる最高の状態なのです。
2016.01.03
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バシャールは、ダリル・アンカの本の中で、公開チャネリングの場を「共同創造」という言い方をしています。現実に物質的に展開されている世界は幻であるけれども、その幻を自分と他者とで創り上げているという意味だと思います。我々の日常は、演劇のような一時的な舞台に過ぎないけれども、それを喜んで一緒に作りましょうという意味だと思います。我々が通常現実だと思っている世界は、自分と他人によって作られた単なる幻のような舞台です。それを真実と勘違いしてしまい、舞台に本来のあなた(あなたの人生)が圧迫されてしまうようであってはならないのです。常に本来の自己と、自己が放っている波長(自分が創り上げている世界、そのエネルギー)に目を向け、新しい舞台を次々と喜びに満ちて生み出すようでなければならないのです。
2016.01.03
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我々の性格は、現在と一分前とでは全く違います。心を波動として認識してみれば、全くちがった波動を放っています。我々の性格が統一化したものとして見えるのは、過去を振り返って、ネガティブなイメージ像の自己を常に形成していることが多いためです。また、対人関係で悩むのは、自らの波動の領域のネガティブな面を他者と共に、共振し合っているためです。嫌な人と考える人と同じ性質の波動が自らの中に存在し、それを互いに増幅し合っているために、そのネガティブな波動領域から逃げられなくなっている状態が、問題のある人間関係です。例え、今現在、抱えている人間関係がネガティブなものであったとしても、その人の心がポジティブになって、自らの波動領域からネガティブなものを排除してしまった場合、相手とのネガティブな波動の共振はそこでストップされ、そこで相手との関係が終わりを向かえるか、相手のポジティブな波動領域が今度は活性化され、相手が変わったように見えたり、ポジティブな波動領域の共振作用、即ち良好な対人関係が生じ始めるという事が起こります(良く言う自分が変われば相手が変わるです)。負の関係から抜け出すためには、自分の性格(波動)が瞬間瞬間に変化しているものであることを自覚し、過去の自分を想起せず、現実も直視せずに、常に自分の心の状態のみを直視し、常にポジティブな波動や未来のあるべき自分の状態へのイメージを保ち続けることによって、それは可能となるのです。自分で作り上げない性格も、対人関係もありません。 すべては自分で創り上げています。マイナスの作成を今すぐ停止し、プラスの作成を今すぐ行うべきなのです。
2016.01.02
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バシャールは、結果をもたらす原因を探すのではなく、結果を獲得した後に、その原因を探すことを勧めています。何かを実現する際、通常はその方法を人は探し始めるのですが、まず先にイメージの中で「実現された状態」や「感覚」を作ってしまい、後にそれを生じさせた原因をイメージの中で受け入れる、または探すことが望ましいとしています。原因を作って、結果をもたらすのではなく、結果を作って、原因を探す方が実現が早いとしているのです。また、引き寄せの法則等で行われるビュジュアライゼーションも、イメージを保つのではなく、感覚のみを残し、イメージは捨て去ることを勧めています。その方がより意識を空にすることができ、アイディアのインスピレーションを受けやすいとしているのです(これにより自分が理想としている物事の実現以上の実現が行われることもある)。原因(方法)から結果へのアプローチではなく、結果から原因へのアプローチに意識を逆転させることにより、物事がスムーズに進むようになると主張しています。
2016.01.01
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それぞれの人がそれぞれの"重石(悩み)"を持っています。病気であったり、家族であったり、対人関係であったり、仕事であったりします。その重石を通して人は心を浄化しているのです。浄化し、心を軽くすることでより様々な物事を悟ることができ、自分の心と現実をより変えることが出来るようになるのです。重石には様々な種類なものがありますが、それは各々の心の浄化に役立っているという点で 、全く同じ性質のものなのです。
2016.01.01
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バシャ-ルは、我々一人一人はとてもユニークな存在で、個性化が進めば進む程ほど、全体性を認識できるとしています。これは、どういう意味でしょうか。バシャ-ルは、人は誰一人として同じ波動(エネルギ-)を放っている存在は居らず、同じ職業に就いている人は一人も居ないのだ、皆それぞれのユニークな波動を放ち、全く違う職業で働いているのだと話しているのです。つまり、例え同じジャンルの仕事に勤めようと、その人が日々考えていることや、やっていることは必ず違いがあるとしているのです。そして、その人らしさ、自分自身らしさが最高度に高まった状態が、全体性との一体性が自覚された状態(ワンネス)であるとしているのです。我々は極めて個性的な存在であると共に、全体との同一性をも持つという、矛盾した機能が一体となった存在なのです。あなたという存在以上の職業はありません。あなた自身があなたという個性的な職業を生きているのです。
2016.01.01
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