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〇耶馬台国の女王・卑弥呼でも判るように、古来から巫女は尊敬されて来ましたが、時代の流れの中には幾多の例外もあるようです。東大寺の大仏建立の折、はるばる宇佐八幡から杜女が祝意と神の協力を伝えに来ました。 *孝謙天皇、聖武上皇、光明皇太后は大喜びで出迎え、宇佐八幡を昇格させましたが、その数年後、八幡宮の神主が呪詛を行った罪で、杜女は日向の国へ流刑されました。どうやら杜女=禰宜尼たちは政治的な魂胆を胸底に秘めつつ奈良に赴いたと推測されるのです。 *平安期になると怪しげな巫女が横行し、博打とも関わりを持つようになったとする文献があまた散見されています。(参考:永井路子著『歴史をさわがせた女たち』)
2026.05.01
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〇当地、乙訓の筍の季に父がこの家に、野風呂先師や十七星さんらを御招きして小句会を催した時の印象が強かったことから俳句と接し、社会人になった翌年に休職するほどの病を得たのをきっかけに、数十年、俳句から遠ざかっていましたが、父の死の翌年ごろから再び句作を始めました。ここに並べあるのは、20年前、松尾大社での吟行句会等のものです。 手触りの「陰翳礼讃」春障子 バス時刻改変ありて山笑ふ 利休忌や石見半紙の句集繰る〇利休忌や国宝茶室ただ昏き 菅公の御霊呼び寄せ薄紅梅 逃げ水や善玉悪玉おもて裏 わかさぎの銀鱗美しき数珠上ぐる 沈丁や媚薬はなべて甘きもの 少女らに妖精見ゆらし草霞〇浅床のみそそぎ川の水温む〇へばりつく二村を分かつ雪解川〇春燈や井上流の指づかひ◎女神(ニョシン)像面あげ召さる桜ごち 出番待つ駕輿丁(カヨチョウ)船や桜東風 御供樽の百ほど積まれ風光る 初花や花肆(カシ)の気(ケ)もなし酒祖の宮 花肆(カシ)=遊女などいる色里・花街
2026.05.02
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〇毎日話題を綴り続ける事は日によっては簡単、また時には難渋する場合もあります。今朝はどんな内容に仕様かなと想いを巡らせている折、京都新聞の朝刊記事に恰好の材料を見つけました。それは「第44回比叡山仏教文化講座」に於いて同席の王貞治モト野球監督の前座と自らを紹介し、先ず笑いを取ったタレントの堺正章氏の語録で、同新聞社の松本邦子さんの玉章から少し拝借、数カ所はアレンジしています。半世紀以上も芸能界に身を置き、「若い時は人を蹴落とすことで自分の地位を高めようとした」と反省。人との和を恰好良くないと思いがちだった若い頃と違って今は「人のいいところを見つけてあげようという気持ちになっている」是まさしく私と同じ考え。「・・・(父堺駿二さんの)のDNAをまるっぽいただきまして。DNAは相続税がかからないから」とまたどっと笑わせ・・・。「父は最高の2番手を目指していた・・・父の年代になってみると、なんて粋な生き方なんだろうと思います」ゴールのない芸事の道を「自信をもって一晩寝ても、翌朝、手の中には何も入っていない。また新たに事にあたる」(少々言い回しを変えていますが)と表現。現代の若いお笑い芸人には、「笑わせるのではなく、笑われちゃってる」と手厳しい。「自分の欠点やダメな部分を売りにする芸がはやっている。本来、ダメな部分を修正していくのが人間。誇りを持って笑っていただくようにならないといけません」良くぞ言ったと褒めてあげたいですね。
2023.08.02
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〇自分の本名に陸がつくものだから中央公論社のこの文庫本を手にしたとき、女将の生き様、そして客として出合った政治家や小説家、芸人らとの交友の情感に粋なる世界を感じましたので、楽天サイトのブログ名もスナックのボトルキープ名もこの「しぐれ茶屋おりく」を愛用してきました。呑ん兵衛でありませんので、数か所のスナックを1年ぶりに訪れたにしても、ママはボトルのユニークな名前をしっかり記憶して呉れています。隅田川沿いの葦の湿原の中に建つ「しぐれ茶屋」の蛤の茶漬けを求めて、伊藤博文を初め、政治家、実業家、芸人らが通ったという、実在のモデルの女将おりくは殊の外、芸人を可愛がりました。円熟した文章で明治末期から大正にかけて、庶民の哀感を松太郎でなきゃと言われる程の筆至が高く評価され、吉川英治文学賞を受賞した彼の代表作の一つです。
2024.01.27
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〇終戦の記事の増える8月、千本下立売近辺に空襲があって大きな被害があったという話でした。昭和20年1月16日東山区馬町にB29が爆弾を落としたのを皮切りに、3月中旬右京区、4月中旬に2度(右京区と北区)、5月半ばに上京区と右京区に。そして6月26日早朝、上長者町通、下立売通、大宮通、浄福寺通に囲まれた地域に7発の爆弾が落とされ、死者50人、負傷者66人、被害家屋が300軒近くに達したようです。 軍部からの制圧で正しい情報が伝えられなかった事情が当時にはあったようです。それから恐ろしいことに、原爆投下の第1番目の候補地が京都だったとは驚きです。
2024.08.06
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