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2010.03.04
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カテゴリ: 雑感・雑学
 戦前に刊行された古い年表ですが、黒板勝美編「国史研究年表」(岩波書店1.80銭)によれば、

延暦3(784)年5月16日、遷都のため、藤原小黒麻呂同種継をして山背乙訓郡長岡村の地を相せしむ。

6月10日、都城を長岡に経営す。11月11日、長岡宮に遷幸し給ふ。

翌4年9月24日、造営使藤原種継暗殺せらる。28日、皇太子早良親王を廃し後淡路に遷し給ふ途に薨ぜらる。

10月25日、安殿親王(平城天皇)を皇太子に立て給ふ。

延暦6年10月8日長岡遷都の詔を下し給ふ。翌年、長岡遷都。この歳、最澄延暦寺を創む。

右大臣是公没。皇太后崩御。皇后崩御。伊勢大神宮災す。平城宮の諸門を長岡に移す。

延暦12年正月15日、遷都のため、山背葛野郡の地を相す。2月2日、遷都の由を賀茂社に告げ給ふ。

伊勢大神宮に奉幣し遷都の由を告げ給ふ。794年、新京遷都。11月8日、山背を山城に改め、新京を平安京と名づく。


 年表を見るだけでもキナ臭いものを感じ、慌しい10年間であった事が推測できますね。

平安京は白虎、青龍、玄武、朱雀という縁起の良い4つの条件を備えた地形であったので、千年もの長い間、都が置かれていたのでした。

 本日は朝から編集作業にかかり、これから出版社へ初稿を持ち出します。







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Last updated  2010.03.04 13:45:55
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