おじん0523のヒロ散歩

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2020.05.20
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カテゴリ: 東海道53次
引き続き旧東海道(県道116号線=六地蔵草津線)を草津宿へ向けて歩く。

3/22(日) 9:16
街道左側に『真宗大谷派 東護山 乘圓寺』
所在地:滋賀県栗東市岡368


山門をズームアップ、門が閉ざされていたためスルー


9:20
街道右側に大きな石柱
正面に「京いせや跡」、側面に「東海道間の宿岡村 菜飯田楽京いせや西岡忠兵衛屋敷」


名代 田楽茶屋「京伊勢屋跡」
東海道を往来する旅人の休憩所として、江戸幕府によって立場茶屋が置かれた。ここで供された
食事は地元産の食材を使った菜飯と田楽で独特の風味を有し東海道の名物となった。
田楽茶屋は、立場であった元伊勢屋(岡野屋)と、この京伊勢屋(西岡家)、古志(じ)ま屋(寺田屋)の
三軒を言い、すべてが岡の地に店を構えた。当家には当時からの藤棚がある


更に街道を進むと左側に石柱
建物は『ヤマキ酒店』


舊跡 人吉藩主吉良候 御対面所跡 山本家
石柱の下には「栗東の花 きんせんか」
人吉藩主は誰と対面したのか?


9:21
ヤマキ酒店
所在地:滋賀県栗東市岡349


往時、目川立場で田楽とセットで出されていたお酒「菊の水」


ヤマキ酒店の先に『 健康サロン ” 足湯 ” 』
草津本陣は、ここを右方向へ進む


岡ほっこりマップ
金勝川はこの先で草津川と合流する


これからの草津本陣への道


平成25年に移築された『膳所城大手門』から南方向を望む


伝 膳所城大手門
明治の廃藩置県で城の建物は膳所藩領の村に移築された。この門は膳所藩領だった栗東市林の
長徳寺へ移築されていたが、今般建替えられ、同じ膳所藩領の当地へ移築したものである。
膳所藩領の村へ移築された城門の例は、膳所の膳所神社や矢橋の鞭崎神社が知られている。
移築にあっては、主要部材は現状のまま使用した。屋根は長徳寺への移築寺に寺院用に改装
されていたことが判明したため一部を復元した。併せて耐震補強を施した


膳所城大手門前の芭蕉句碑
「草の戸や日暮れてくれし菊の酒」  元禄4年重陽芭蕉
「田楽で芭蕉も飲んだ菊の水」    沙弥 隨縁


9:24
旧東海道を振り返り、ほっこり庵を後にする。
右に「ほっこり庵」、中央に足湯


めがわ田楽 由来
目川立場を担ったのが屋号を「伊勢屋」とした岡野五左衛門家である。伊勢屋は精進料理を味付
けで工夫して商品化に成功し、「めがわ田楽」として売り出した。
主食=菜飯、副食=田楽、お酒=菊の水の三点セットである。「安くて・美味しくて・腹持ちが
よい」と大評判になり、商品名の「めがわ田楽」は全国へ波及していった。京都・大阪・江戸に
も「めがわ田楽」の店が営業していると「江戸総鹿子大全」や「守貞漫稿」等に記録されている。
岡でも伊勢屋一軒では旅人を賄い切れず、寺田家の「こじまや」や西岡家の「京いせや」が続い
て店を開いている。往時のグイ呑み茶碗や看板が多く残され、繁昌の様子を今に伝えている


9:26
旧東海道(県道116号線=六地蔵草津線)を北西方面へ進み草津宿へ。
前方の高架橋は東海道新幹線


東海道新幹線の高架橋は「草津川 B 」で東京から、454km419m73


琵琶湖から6.99km地点?
現在の草津川は付け替えられてここより西側を流れている


左側に旧草津川の土手


9:30
消火栓の横に石柱が建つ


傍示石『従是東?領』(岡境界)


旧東海道を振り返る


右側に『史蹟 老牛馬養生所址』
所在地:滋賀県栗東市小柿10丁目7


史蹟 老牛馬養生所跡
栗太郡志等に「この施設は和迩村榎の庄屋岸岡長右衛門が湖西和迩村の牛馬で老廃牛馬の打はぎ
をしている様子を見て、その残酷さに驚き、これから老牛馬であっても息のある間は打はぎする
ことを止めるようと呼びかけ、天保12年4月当地が東海、中山両道を集約する草津宿の近くであ
ることから、ここに老牛馬の余生を静かに過ごさせる養生所を設立、県下の老牛馬を広く収容さ
れた」と記されている


この関係から栗東市にトレーニングセンターがあるのか


東海道 小柿村 高札場「大谷」の屋号


旧東海道を進む


東海道 小柿村 天秤棒「棒喜(ぼうき)」の屋号。
荷物担ぎの天秤棒の商いをしていたのか


9:34
栗東市から草津市へ入る


旧東海道(県道116号線=六地蔵草津線)を進む


左側に石碑があり、「 → 東海道 草津宿へ 」
矢印の方向から旧東海道はこの坂を登るのであったのか


石柱には「わが町のシンボル いろはモミジ  1986年9月制定」


草津の名木「イロハモミジ」
樹 高:9m、樹幹周囲:200cm、推定樹齢:150年以上
旧東海道の草津川を渡り伊勢路に至る堤防を下った現県道草津・六地蔵線との合流点にあり、少
なくとも明治、大正、昭和の激動期をじっと見つめてきた木に違いないと思われます。
百有余年、風雪に鍛えた太い幹、左右に広く伸びた枝張り、それにふさわしい樹高はモミジの王
者の風格があります。春の芽ぶきの萌黄、夏の深緑、真っ赤に燃えるような秋の紅葉、冬は裸木
に雪化粧の清らかさ四季折々の美しさには道ゆく人も足を留めます


旧東海道(県道116号線=六地蔵草津線)を進み国道1号線に
弥次さんは既に歩道橋の上を進む、大津まで17km


国道1号線の大路三丁目交差点


9:38
大路三丁目交差点の歩道橋から、大津・京方面
旧東海道はこの橋を渡るのであろうかと


同歩道橋から、江戸方面
この先は、草津駅口交差点で左方向に進むとJR草津駅


歩道橋を渡り、大路三丁目交差点


新しくできた旧東海道の『草津宿橋』


草津宿橋は2019年3月竣工


草津川隧道(下り)を撤去後、新しい草津宿橋を建設したようだ


9:42
大路三丁目交差点から国道1号線を京方面へ進み振り返る


9:45
道を間違え裏道へ入る『神宮寺』
所在地:滋賀県草津市16


9:47
旧東海道に戻り『草津宿江戸口見附 横町道標』
所在地:滋賀県草津市草津1丁目15-23


草津宿の江戸方の入口でありました草津川の堤上建つ火袋付石造道標です。総高は約3.9mを
測り、日野の豪商中井氏の寄進によって文化13年(1816)3月に建てられました。
  竿には「右金勝寺志がらき道」
     「左東海道いせ道」
とそれぞれの行き先を刻んでいます。なお、道標はかつて道を挟んで北側にありました



                              石部宿~大津宿-続く





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最終更新日  2020.05.20 09:13:04
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