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~~おおつごもり(大晦日)~~過ぎた年々の大晦日の日記を、たどってみたあいも変わらない日記の羅列でこの年も終わろうとしているとにかくお祈りして終わるとしましょう! (9:33am)
2005年12月31日
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マラウイ在住のスリランカの青年が2人、今週の初めに来日ボクのお勤めしている教会に逗留中です。今日は風もなく、穏やかに晴れたので、近所のお山(日守山)に連れて行きました。頂上の景色が抜群、30分足らずの昇り道です。素朴な青年たちは、頂上の景色に見とれました。沼津、三島、田方平野富士山、箱根山塊、伊豆のなだらかな山並みを見晴るかし、振り返れば、内浦湾が覗けます。「あの海のそばに行きたいかい?」と聞くと「イエス」と答えます。鄙びた漁師町に車を回し、美しい海を見せました。明日は、「除夜祈祷会」明後日は「元旦礼拝」いよいよ教会の皆さんとのご対面です。
2005年12月30日
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あのお顔、何となく信徒さんに似ているなあのお声、信徒さんに似ているな
2005年12月29日
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居間で一人ぼんやりしていたドアが開いて、幼いわが子たちがどやどやと入ってこないかなぁなどと考えたけさ夢を見た何かの用事でバイクに乗り後ろには妻がとある幼稚園の前に来たそうだった末子がこの幼稚園にいるのを忘れてる幼稚園にはいると、一人でお迎えを待っていたバイクじゃ連れて帰れないガソリンタンクの上にまたがらせよう3人乗りで帰ればいい
2005年12月28日
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26日(月)、27日(火)「降誕節特別祈とう会」をしました。去年の26日には、クリスマスさなかのスマトラ大災害に心をふるわせ来年の26日には、2度とクリスマスの災害が起こらないようにお祈りしようと思っていました。27日には、病気の方たちの癒しのために祈りました。重い病と向き合いながら、クリスマスを迎えた信徒さんたちがおられるからです。バッハのクリスマス・オラトリオの日程に合わせてオラトリオの有名なコラールなどに耳を傾け同じ讃美歌を歌いそれからお祈りをささげました。
2005年12月27日
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神社さんのお向かいに越してきて18年かな?「神社さんのそばに越すなんて!」と言われたこともあったお祭りの準備で神社さんに来た人「ちょっと教会に、車を置かして」にこにこして「どうぞ」神社さんに不法投棄があった「ボクが市役所に電話してあげます」神社さんに遊びに来た子供たちに紙芝居をしたおとといはクリスマスのコンサート神社さんの人に電話「神社さんの駐車場に車を置かしてください」「どうぞ!」
2005年12月26日
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メリー・クリスマス! さてクリスマスは、キラキラした飾り物、とんがり帽子、クラッカーを「パン」と鳴らしたりしてクリスマス、それだけかなぁ。「クリスマスおめでとう」「何がおめでとうなんですか?」「エーとう~ん、わからない」「暗闇の中を歩く人々よ。大いなる光をごらんなさい。 死の陰の地に住む人々よ、あなたがたの上に光が照り輝きます。 すべての人を照らすまことの光であるかたが、世に来られます。」 これはイエス・キリストがお生まれになる約700年前に、預言者イザヤが話した言葉です。 神様はボクたちを救うために、キリストがお生まれになるずっと前から、この日をご準備下さっていました。 小さい頃からひとりぼっちで生きてきた若者とお話ししたことがあります。その若者に、生まれた時から今日まで一緒にいて下さった方がおられることをわかっていただきたいと思いました。 そしてもしその若者が、「ボクたちが神様に愛されている証拠を見せてください」と言ったら、「それはクリスマスがあるからだよ」と言いたいと思いました。 聖書では、神様はボクたちの世界で言う「親子」として出ていますが、お父様である神様が、そのお子さまのイエス様に、「罪のために苦しんでいる人々の中に行って欲しい。そして十字架にかかってきて欲しい」と言われて、イエス様はこの世に生まれてきて下さいました。 人間が生まれつき心に持つ「罪」は、法律を犯したこととは違います。神様を見失った孤独の心を表す言葉です。神様を離れた心をさして「罪」と言います。 ボクが初めて教会に行ったのは高校生の頃でしたが、教会で「罪」のことをきいた時、すぐにわかりました。とてもわがままな子供時代を過ごし、お母さんを困らせていました。また遊びに来たいとこの女の子と一緒に散歩に出て、自分は隠れてしまい、迷子にさせてしまったことを思い出しました。自分の中にある悪い心、人には隠すことが出来ても、神様には絶対に隠せないと思いました。 イエス様がお生まれ下さったのは、ボクたちの罪のために十字架にかかって死ぬためです。だれでも、天国に連れて行ってくださるためでした。 本田弘慈という牧師さんから、こんな話を聞いたことがあります。 ある所に美しい顔をした女性がいました。焼き餅を焼いた別の女性が、きれいな顔の女性に薬をかけてしまいました。被害を受けた人は、相手を恨みました。 その女性にイエス様のことをお話しする人があって、彼女は自分の心にも罪があることがわかってイエス様を心にお迎えしたのです。憎らしいと思う心が消えて、相手の女性に「私はあなたの罪を赦すことにしました。一緒にイエス様を信じましょう」という手紙を書いたと言うことです。 人をゆるすことが出来る、本当に神様に赦された人しかできないこと。神様を信じるとき、神様の力がボクたちの中に働き、神様を受け入れた人にふさわしく作りかえて下さいます。そのすばらしい事が、ボクたちの住むところに次々と起きるように、イエス様はお生まれ下さいました。 だから、クリスマスおめでとうございます!
2005年12月25日
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もっと頑張ればよかったと慚愧の思いがあふれてくるでも時は否応なくやってくる「今からでも精一杯やるんだよ」
2005年12月24日
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天皇陛下、72歳のお誕生日、おめでとうございます。おだやかな物腰、優しいお言葉、細かなお心遣い平和への強い思い誇らかに思います。12月23日にお生まれ下さりありがとうございます。おかげさまで、毎年この日に日曜学校のクリスマス会を開くようになりました。2日後の、主キリスト様のお誕生記念祭の恵みがあなたの上にもありますようにお祈りいたします。
2005年12月23日
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晴れた日の冬の夕暮れはみんな寂しそうだ走る電車も寂しそうだ車を運転している人たちも無表情向かいのお山も寂しそう雲を染める夕焼けよキミのせいかい?
2005年12月22日
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<あるいは 迷い>ゴミ箱に入れたものをまた拾いあげる
2005年12月21日
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忘れる喜び忘れる恵み神よボクたちをそこにお招き下さい--------------ヨセフは長男をマナセと名付けて言った「神が、わたしの苦労と父の家のことを すべて忘れさせてくださった」 (創世記41章51節)
2005年12月20日
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余分なことを考えない余分なことをしない
2005年12月19日
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「(牧師さんなら)もう少し、ちゃんとした格好したらいいよ」なんて言って下さる隣の人クリスマスの夕食会にお誘いしたら、来て下さった。他の人が誘ったら断られたけれどボクが行ってお誘いしたら、泣き落とされた(汗;)結構楽しそうだったボクのお話も最後まで聞いてくださった彼が下さった皮のブレザーを着て話した
2005年12月18日
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「寒さの時は、寒さに耐え 暑さの時は、暑さに耐え」(やまひで賢治)なんて、言っていられなくなり石油ファンヒーターを出した被せておいた新聞紙が黄色くなっちまっている1999年5月の日付6年ぶりに出したんだ布で周りを拭いてファンを外してお掃除灯油を半分入れて祈るようにスイッチ・オン回ったぞ点いたぞ下の子が産まれた時に買ったヒーター
2005年12月17日
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「正直にやっていたら、負けてしまう」あるかたと電話でそんな会話をした「だから教会には行けないのです」「正直にやって下さいね」とだけしか、言えなかった
2005年12月16日
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けさ読んだ言葉がスタートしようとするボクの足元を照らした「これらの事が起こり始めたら、恐れずに頭をあげなさい。あなたたちのあがないの時が近づいているからである。」(ルカ21:28)「どんなことが起きてきても、恐れなくていい、安心して頭をあげていていい」そんなふうに、ボクの心にこだました「天地は過ぎ去る。しかし、わたしの言葉は過ぎ去ることはない」(33節)キリストのしもべとなる道を選んだボクには、安心立命の言葉。
2005年12月15日
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信徒のかたのお誘いで、月に一度、礼拝に来られる人この方は、若きヴァイオリニストだと後にわかったのです。その方が、クリスマス・イブの日にコンサートをして下さるというのです。ボクたちの教会のこの小さなチャペルでナマのヴァイオリン演奏を、間近に聴けるなんて!曲目は「テンポ・ディ・メヌエット」クライスラー曲「タイスの瞑想曲」マスネ「ハンガリー舞曲第5番」ブラームス「スプリング・ソナタ第1楽章」ベートーヴェン「チャルダッシュ」モンティ「もろびとこぞりて」(讃美歌)「あめには栄え」(讃美歌)「アヴェ・マリア」グノー/バッハシューベルトの曲はありませんがシューベルトが友人たちと過ごした「シューベルティアーデ」の雰囲気を想像してわくわくしています。お近くのかた、聴きにいらっしゃいませんか?夜7時からです。ボクも少しクリスマスのお話をさせて頂きます。
2005年12月14日
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政党チラシのポスティングをしようと、アパートに入り住民に捕らえられて、警察に突き出されたというニュースがあった。裁判で無罪(地裁)→有罪(高裁)となったようだ。さらに上の裁判所では、どういう判断が下されるか?くだんの政党チラシを配ったのは、僧侶だったようだ。僧侶だったら、布教のメッセージを配る方が良かった。「僧侶、布教して捕まる」これなら、人が許さなくても、お釈迦様は喜んでくださっただろう。さて、クリスマス集会のチラシ配りに行くか!
2005年12月13日
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知らん振りして寝ようと思ったでも口から出てしまった「今日の(聖書の)お話、どうだった?」
2005年12月11日
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「苦しみへの召し」というものがあるのかも知れないねエレミヤがそうだった彼は初め「召し」を断ったが神様はお許しにならなかった彼への召しは国民の罪を暴き、神様の激しい裁きがあることを語ることだった涙を流しながら国民にも、神様にも訴えたので「涙の預言者」といわれている忌み嫌われ、憎まれ、追放され最後は、鋸で斬り殺されたと言われているつらい召しにも、お従いしたときには喜びに変わるものだろうかそんな従いかたをしたことのないボクにはとうていわからないことだ
2005年12月10日
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昨日は娘が外国から帰った高速バスは乗客が3人だけだったってもったいないなぁカバンから顔を出していた袋を見つけて「これ何だぁ」「お母さんに買ってきたよ」「老人通便茶」と大書きしてある妻がそれを見て、爆笑娘もつられて、爆笑二人でしばらく爆笑
2005年12月09日
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朝の箱根峠では夜半から 木々に積もった雪が白ツツジの山のように見える峠を行き交う車は思いがけない景色にアクセルを緩ませる
2005年12月08日
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長ネギが大好きです妻とお買い物の時は長ネギの所に必ず寄りますわが家の冷蔵庫に長ネギがない日はありません長ネギがないとわかると冷蔵庫が寒々と見えます(汗;)みそ汁、冷や奴、なっとうそば、うどんインスタントラーメンたっぷりと載せます
2005年12月07日
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「ボクは入院はしません」と言った理由はそのひどい身体の障害を人にさらしたくなかったのですねそれでも教会にいらっしゃるようになってボクたちと一緒に遠くの集会やお遊び会に出かけるようになりました帰りには、寄り道の時間もあってボクたちは、ごちそうにあずかるのです家では一人暮らしを貫き整理整頓の腕前は、ボクの家よりも上だったボクと妻が急を聞いて駆けつけたときあなたは畳の上に座りベッドに背中をあずけ目は、空に向かってしっかりと開かれていましたその目は、ボクの心に訴えているようでした「先生、ボクを見て下さい やりましたよ、最後まで、こうして 生き抜きましたよ」
2005年12月06日
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木曜日に、娘が一時帰国するという大変娘の部屋は物置になっている
2005年12月05日
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泣きながら踏みしめる一歩もきっとパズルの一片に違いない途方もなく大きなパズルとしてもやがて一枚の絵となる日がきっとある
2005年12月04日
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妻の笑顔が、こぼれるようにボクに向けられた子育てを終えようとしているボクたちに初めの愛を結んだきよらかな時代が帰ってくる予感向こうが「先手」を打ってくる男らしく、応えなければなるまい
2005年12月03日
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この場所で心の窓を開くことそれが、キリスト者としての一つの証でありたいと願いました。ここで信仰を同じくする友と出会えたことは思いがけない喜びでした。それぞれの教会での営みがあると想像すると、豊かな心になれます。
2005年12月03日
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「今こそ、あなたはおことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。 ルカ福音書2章29節(フランシスコ会訳)-----------------お宮参りに連れてこられた幼子イエス・キリストを抱いて、老シメオンが言った。彼は長い間、そこで救い主の誕生を待っていた。今朝の聖書読みで、出合った言葉いい言葉だな、とほれぼれした。この教会を辞すときもこの人生を辞すときもこのようでありたいと
2005年12月02日
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昨日から、妻がすっかりダウンしています。ボクは、妻は神様から特別に愛されていると、確信しています。がんばり屋なのですが、時々「神様ストップ」がかかるのです。
2005年12月01日
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