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旧約聖書の中で詩編の後につながるのが箴言です。若い頃は、処世訓のようなイメージを持っていました。箴言に対する心のランキングは低かった。今、教団の日課では箴言を読みます。箴言のアドヴァイスが身に染みるようになりました。歳のせいか?ボクの中で敬虔が深まったか?箴言の中庸な世界に心ひかれます。そうだな本当だなと合点しています。さて今日の箴言は16章でした。 人間の道は自分の目に清く見えるが 主はその精神を調べられる。(2節 人間の心は自分の道を計画する。 主が一歩一歩を備えてくださる。(9節自分が良いと思ったことでも神様の御旨には叶わないことがあるそこに気づかせられて、受け容れて生きること。
2012年05月28日
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聖霊降臨祭キリスト教の3大祭の一いっけん普通の礼拝だった聖書は聖霊降臨祭のその箇所を読みまたメッセージ「ペンテコステ」というギリシャ語は使わない。「ペンテコステ」(五旬祭)ってユダヤ教の祭の名前だ。ボクたちは、三位一体の神を信じるキリスト者なのだからそれよりも「聖霊降臨祭」と呼びたいと思う。でもついうっかり「ペンテコステ」と言ってしまう。慣れとは恐ろしい。この日は「ホワイトサンデー」と呼ぶこともあるらしい。白い洗礼着を来て洗礼を受けるにふさわしい日。ボクたちの家の教会では洗礼式はなかった。でも洗礼式を持った教会おめでとう!祝福を!
2012年05月27日
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がれき搬入拒否で実力行使をしているニュースを見た。九州の方だったか。被災地でいまだうず高くたまっているがれき。日本中で少しずつ引き受けるしかほかに方法がないのだろう。被災地の復興を考えると。外国の小さな島国が引き受けると言う話があった。さすがにお断りしたようだ。がれき搬入実力拒否!どんな人たちがやっているのか、近寄って顔を見たくなった。実力行使などしないで、がれきを積んだトラックを拍手で迎えてほしいな。苦しむ人たちの痛みを共にするのは人間だ。それともわずかの義援金を送ってそれでもうすんだと思っているのだろうか。いやいやあの人たちはもともと義援金など無縁の人たちなのだろうか。人間はやはり罪びとだ。放射線はからだに悪いのだろうけれど同じように悪いもの幾らでもある農薬、歯磨き粉、防腐剤、洗剤、たばこボクたちは恐ろしいものを毎日口にしている夫婦の不和これは放射能以上に子供の成長に有害だろうそんなこわい数々のものに囲まれている日常を思えば多少の放射能なんてこわくないさボクはこの千葉に越してきて寝室の布団の上で線量を計ったら0.25μシーベルト/時あったので度肝を抜かれた。そうか、この辺の人たちはこんな線量の中で生活し子供を育てているのか、と思った。気にしないことにした。
2012年05月26日
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気候が極端に変わるこの頃昨日は「春先」の天気で今日は「初夏」昨日は、「スカイツリー・グランドオープン」だったが雨風に祟られ、エレヴェーターも止まった。今日はすがすがしく景色も富士山まで見えたという。息子に、スカイツリーに行こうか?と問うと「いやだよ、混んでる」東京タワーに行こうか?と問うと「うん、歩いて登ろう!」よっしゃ!!!
2012年05月23日
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5月24日はジョン・ウェスレーの回心記念日。ボクたちの群はこの日に「ジョン・ウェスレー回心記念礼拝」を持った期間があるが最近はみんな多忙でそれどころではないらしい。さびしい~ウェスレーってどんな人か知っていますか?1703~1791 87歳で没パスカルの39歳に比べると長命です。パスカルが生まれたちょうど80年後にウェスレーが生まれています。生涯イギリス国教会(アングリカン・チャーチ)の教職そして今日のメソジストとか、ホーリネスの始祖となった人。パスカルを読んでからウェスレーを読むとウェスレーのシンプルさが際立っていて感動します。しかし信仰の頂点はパスカルもウェスレーも同じです。ボクはパスカルの中にウェスレーを発見しウェスレーの中にパスカルを発見しています。ウェスレーの信仰内容は、「神を愛する、隣人を愛する」ここが大海であり、全てがこの海に流れています。この海に流れ着かないものはどんなものも退けられます。どうです? シンプルでしょう?これがウェスレアンの正道なのです。そういうことなら、どの教派も言うことでしょうか?そうです。聖書に書いてありますからどの教派にもあるでしょう。しかし「神を愛する、隣人を愛する」これが頂点であり、ここに至らない教理も信仰もすべては空しいそんなふうに語るのは、ウェスレアンだけなのではないでしょうか?そうでないなら、うれしいのですが。
2012年05月22日
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複雑怪奇な心の中をいかにしてシンプルにするか聖書を読み御言葉を愛しこれに従う以外になし
2012年05月22日
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NHKで金環食の中継をしていた。お空を見上げないで、テレビ画面に食いついていた。繰り返し放映され、すっかり見た気分。ある小学校では、登校時間を繰り上げて先生も子供たちも一緒に見たという。すばらしい思い出を作ったね!
2012年05月21日
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旭天鵬の優勝インタビューとわが家の夕食の食前の祈りが重なった。インタビューが終わったのでいざお祈りしようとすると旭天鵬のことで心がいっぱいになり言葉が出てこない。「父さん、感激しているんだね」
2012年05月20日
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この歳(64)になって『パンセ』の心が深くわが心に響いてくる。パスカルは39歳で亡くなった(1623-1662)。しかも最後の2,3年は病重くほとんど書き綴れなかったという。彼が39歳にして達した境地にボクは64歳にして追いついたと感じている。ここまで長生きした甲斐があった。今年2度目の『パンセ』通読を終えて
2012年05月19日
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お金というものは使えば自然となくなっていく人間の寿命もそうだ
2012年05月18日
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USBメモリをPCに差し込む。無反応である。PCに腹を立てる。次にUSBメモリに腹を立てる。抜いてよく見ると逆に挿していたことがわかる。自分に腹を立てる。
2012年05月17日
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昨日は一日本降り今朝はまた朝から晴天だれかさんの気持ちのようだ犬の散歩にシャツを1枚脱いで出かけて正解だった今日は妻と息子が帰るので布団をベランダに出したあぁひとりぼっちの3日間の貴重な最後の一日
2012年05月16日
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録音してきた聖歌隊の賛美を聞くすっとんきょうな声がはいったり子供の叫び声も「あなたには聖歌隊は無理ね 外れてよ」なんて言えるかな?「しっ賛美の最中だから、子供は静かに」そんなことも言えるかな?いいなぁ教会の聖歌隊
2012年05月15日
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ずっと心に温めていた姉に会いに行った妻生きている姉に会えるなんて夢のようと出発前にうれしそうに語った。軽のバンの後ろに布団を積んで休みながら行くのだ。息子にエスコートされて。
2012年05月14日
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天地異変は終末の兆しであるとキリストは語っている。物事には始めがあり終わりがある。あらゆる生き物に始めがあり終わりがある。地球の命にも初めがあり終わりがある。聖書の評価は、今の時代は終わりにさしかかった時代であるという。ボクは明日の礼拝のために週報を作ったりお話を準備しようとしているが実際は明日が本当に来るという保証はない。キリストが「ごくろうさん。あなたはね 明日の朝は天の国で目覚めるのだ」と言われるかも知れないのだ。えっ、天の御国で、ですって?そんな・・・・すばらしいことが・・・・ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった。ロトの時代にも同じようなことが起こった。人々は食べたり飲んだり、買ったり売ったり、植えたり建てたりしていたが、ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、一人残らず滅ぼしてしまった。人の子が現れる日にも、同じことが起こる。その日には、屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない。ロトの妻のことを思い出しなさい。自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである。 ルカによる福音書17章26節~ 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
2012年05月12日
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息ある者はこぞって 主を賛美せよ。詩編150一日中、神様を賛美していられたらどんなに良いでしょう。神様の御国とはそういう所でしょうか?ボクの歌っている顔がこわいらしく「もっとうれしそうな顔をして歌ったら?」と妻に言われたことがあります。そばで一緒に歌っている妻ににがにがしい思いを持っていたので顔に表れてしまったのです。あぁ、顔ってなんと正直なのでしょう!人をゆるせない心があっては、賛美は賛美になりません。
2012年05月11日
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ボクは愛用の聖書に、タブを3箇所、貼り付けています。ボクの人生航路の指針となる3つの聖句です。ヤベツは兄弟たちの中で最も尊敬されていた。母は、「わたしは苦しんで産んだから」と言って、彼の名をヤベツと呼んだ。またヤベツがイスラエルの神に、「どうかわたしを祝福して、わたしの領土を広げ、御手がわたしと共にあって災いからわたしを守り、苦しみを遠ざけてください」と祈ると、神はこの求めを聞き入れられた。 歴代誌上4章9~10これは「ヤベツの祈り」と呼ばれ、多くのクリスチャンが愛唱している聖句です。単純で実践的な祈り。神様も子供のような信頼にお答え下さいます。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。 ルカによる福音書12章32節上の聖句には若い時から大いに励まされましたが、小さな家庭集会の中では、特別な力を与えられます。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。 テサロニケの信徒への手紙1 5章16~18節やはりシンプルなクリスチャン生活信条になる聖句です。喜び、祈り、感謝こそ、クリスチャン生活の推進力であり、目標でありまたすべてでさえあります。 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
2012年05月10日
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連休中の山の遭難のことで頭がいっぱいに。2009年夏のトムラウシ山の遭難のことも思い出し、夜遅くまでネットに向かっていた。一つのことが気に掛かりだすとずっとかかりっきりになる性格は精神衛生に悪影響をする。気分を変えるために一日中『パンセ』を読んでいた。心を立て直すために『パンセ』を読んでいるのにのめり込む性格を知っている妻はそれを心配する。
2012年05月07日
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「神の国」とか「天国」は死んでから行くものと、一般に思われている。キリストが語られた「神の国」はからし種のように小さいもので土に蒔かれると成長して、鳥が巣作りをするような大きさになる、そんなふうに書いてある。どうも死んでから行く第4次元のような場所ではないらしい。キリストは天国から降りて来た。赤ちゃんになって産まれてきた。「天国の一部がちぎれて「ぽたん」と地上に落ちてきた」キリストというかたは、神の国(天国)そのものじゃないかな?「いや違うかも知れない」と疑ぐろうとしても「やはりそうだ」と思いはそこに行く。そうだキリストは天国そのもの、または天国を見る窓のようなものだ。じゃぁ、キリストと一緒に生きることは、天国と一緒に生きることになるのではないか。天国と一緒に今を生きるのなら、天国に行くことを楽しみにする必要などないのでないか。以前、教会にお勤めしていた頃、一人の信徒さんが「わたし天国に行けなくてもいいです」と言って「変なことをいう人だな」と思ったことがある。もしかしたら、それは「今わたしはもう天国にいるので、わざわざ行かなくても大丈夫です」という意味だったのかも知れない。ずいぶん進んだことを言う人だったのだ。
2012年05月06日
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大自然のふところでこの世で尊い仕事を終えようとしていた人々大自然が奏でる子守歌を聞いて眠った肩を寄せ合って
2012年05月05日
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3人3様何を考えているのかよくわからないがそれぞれ心に小宇宙を持って生きていることは確かだ。 ~わいわいと共に生きた日々なつかし~
2012年05月05日
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パスカル著『パンセ』を読んでいると著者の息づかいが伝わってくる。病者パスカルだからだろう?いや、違うかな?パスカルの息づかいに触れているとそれはまるで麻薬のようにボクの心に浸潤してくる。そのときボクの魂は高まって荒々しくさえなる。「人間は宗教にしか生きる道はない」と言うパスカルは、繰り返し繰り返し読者をそこに誘(いざな)うのだ。「そんなに人間を痛めつけなくていいでしょうに?」とボクはパスカルに問う。「いやイエス・キリストに救いがあるから大丈夫だ」とパスカル。「あなたはパスカルを読んで変わったね」妻に言われたことがある。それはパンセに触れて自分がどこに立っているかどこに立たされているかはっきりとわかったからだ。パスカルの命題は「神なき人間の惨めさ」「神と共にある人間の平安」この2題に尽きると思う。パスカルのことを話し出すと妻は不安そうになる。『病の善用を神に求める祈り』を読ませてあげた。それが心に触れたらしく「もっとパスカルについて、知りたいわ」と言うようになった。でもやはりパスカルより聖書を読めと妻は言う。
2012年05月04日
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人の子供にはお愛想を振りまくが自分の子どもには笑顔一つを惜しむ人の奥様にはにやにやするが自分の妻には笑顔一つを惜しむ外の男性にはお愛想を言うが自分の主人には笑顔一つを惜しむおお悲しい性(さが)よ特別賞めなくても良いし「愛しているよ」なんて言えなくても良いが自然な愛情を表現しなさい最高の笑顔を子供に妻に夫に親に祖父母に
2012年05月03日
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ひできちゃんは良い子ね美男子ね~映画俳優になりなよそんなふうに言われた子供時代ほめられる度に快感のドーパミンが。いつしかほめられようと必死に良い子を演じるようになった。そうして裏表の激しい子供、青年、大人になる。セルフイメージの不自然な高さと自虐的なほどの自己嫌悪が同居していた若き日。ブレーズ・パスカルは子供をほめることを警告する。 賞めてばかりいると、子供の時から、すっかりだめな人間ができてしまう。 「まあまあ、お上手なお話ができましたこと」。 「まあまあ、とても上手に作れましたよ」。 「なんてお利口さんなんでしょうね」など。 ポール・ロワイヤルの子供たちは、こういう不当な欲望や名誉の刺激を受けることがないので、のんびりしている。 パンセ151 田辺保訳(角川文庫版)
2012年05月02日
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5月になり気候も良くなったのでバイクで事務所に出た。~曇り~最高のバイク日和連休の谷間のためか国道は比較的空いていた。会議を終えた帰りは途中で雨模様になったのでバイクを脇に停め、カッパを着込んだ。走り出したら雨はやんだ。行く時は国道6号をまっすぐに進んだが帰りは蔵前通りから14号(千葉街道)を進んだ。
2012年05月01日
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