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2022年NHK大河ドラマ 『鎌倉殿の13人』 の感想です。今回とても印象に残った2つの場面がありました。1つは、日ごろ誰かと会うときには、相手の心を読み、策略を巡らして、身体は座していても頭の中が忙しい後白河法皇(西田敏行さん)と源 頼朝(大泉 洋さん)が、心からの笑いを見せた場面でした。法皇は人に対しては大天狗だったけど、東大寺を修復して大仏再建に力を入れ、開眼供養では足場の上から筆を持って自ら大仏の開眼を行いました。よほどあれがやりたかったのでしょう。あんなに嬉しそうで楽しそうな法皇を初めて見ました。そして征夷大将軍となった頼朝は、初めは平静を装っていたけど本音はやっぱり嬉しくて、政子と二人で喜びを分かち合うというか、大はしゃぎしていました。周りに丸聞こえになる大きな声でまあ、嬉しさ全開で。でもこのドラマは暗い緊張の場面も多いから、こういう気持ちの明るさもあっていいと思います。もう1つ印象深かったのは、北条義時(小栗 旬さん)の子である金剛(森 優理斗くん)と北条家で世話を受ける鶴丸(佐藤遙灯くん)との関係です。格式を重んじる りく あたりなら、子供たちからは金剛を「若様」とか呼ばせたかもしれませんが、八重も義時も金剛をそのまま名前で呼ばせていました。また金剛は両親から、一緒に暮らす孤児たちに優しくするよう、弱い立場の者を守ってやるよう言いきかされ、素直にそれを受け入れていました。一方、鶴丸は言葉遣いが格段によくなり自分の思うことをきちんと言えるようになっていました。大人たちから愛情をもって育てられ、衣食住が安定して提供されるようになると、子供は真っすぐになるのですね。言葉遣いの良さから察するに、鶴丸は読み書きもしっかり学んでいることでしょう。互いを思い合う金剛と鶴丸、そして二人の心の成長。二人の子供たちを慈しんで両の腕に抱っこする義時。感動の場面でした。こちらではいろいろな感想で盛り上がっています。 ⇒ ⇒ #鎌倉殿の13人 大河ドラマ館、伊豆の国市でオープンしました。 ⇒ ⇒ こちら 大河ドラマ館、鎌倉市にオープンしました。 ⇒ ⇒ こちら 各地のNHK放送局で順次開催する 全国巡回展 が開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 前年に奥州合戦で藤原氏を滅ぼして日本中の武士を平定した源 頼朝(大泉 洋さん)は建久元年(1190年)の11月に大軍を率いて上洛し、後白河法皇(西田敏行さん)を訪ねました。頼朝の行動に法皇は自分たちを亡き者にするつもりかと警戒しましたが、頼朝は新しい世のために朝廷は欠かせないと答え、さらに戦がなくなった後の武士どもをおとなしくさせるための力添え、すなわち朝廷が与える誉れを法皇に願い出ました。頼朝は法皇から全国の守護を請け負うことの許しを正式にもらいましたが、謁見後に九条兼実と話をしたときに、法皇が病がちで先は長くないと内々の情報を得、また自分の姫を帝にしようと思っていたけどそれができないことも知りました。頼朝に同行して上洛した有力御家人たちは集まって膳を囲んでいました。共に祝いたい肝心の頼朝が工藤祐経と一緒に歌会のほうに行ってしまいここにいないことを不満に持ちつつも、都から鎌倉に下った大江広元(栗原英雄さん)が坂東の勇者のおかげで今の自分の地位ができたと一同に頭を下げて礼を述べると、和田義盛(横田栄司さん)はご機嫌になって広元を気に入りました。ただ北条義時(小栗 旬さん)が座を外したときに畠山重忠(中川大志さん)も後から来て、今自分たちと別に集まっている宿老たちは頼朝への不信が膨らんでいるようだと義時に伝えてくれ、その者たちは頼朝の弟の源 範頼に愚痴をこぼしていました。最愛の妻の八重を突然失った義時は、京から戻っても政務に戻る気力が起こらず、八重が世話をしていた孤児たちの面倒を見ていて、てんやわんやしていました。たしなみの烏帽子も付けていられなくて髪も乱れ、その話を聞いた北条の身内たちは義時を手伝った方がいいのかと考えましたが、今はそっとしておこうという全成の考えに皆も納得し、義時の姉で御台所の政子も「けっして家を覗きにいかないように」と皆に釘をさしていました。ところがその政子(小池栄子さん)は、やっぱり弟が心配でたまらないのか、下女のなりをして義時の家を覗きに行ってしまいました。御台所の姿でなくても義時にとっては姉の声です。すぐに義時にバレましたが、可愛い甥の金剛のために作らせた美味しい餅を手土産に、しばしの間二人で昔語りをしながらきょうだいの時間を過ごしていました。政子のさりげない心遣いを義時は嬉しく思い、帰る姉の後姿に一礼していました。頼朝との対面からしばらくして後白河法皇は倒れ、建久3年(1192年)の春、いよいよ最期のときを迎えていました。枕元にはべる丹後局が、法皇が東大寺の再建に力を入れ、開眼供養では大仏の開眼を法皇が自ら行った話をすると、幸せの記憶で法皇は少し意識が戻りました。法皇は枕元に幼い後鳥羽天皇を呼んで「守り抜かれよ。楽しまれよ。」と言葉を遺し、乱世をかき乱すだけかき乱した後白河法皇はあの世に旅立ちました。そして建久3年(1192年)7月、頼朝は自らを大将軍とするよう朝廷に要求、そして朝廷は数ある将軍職の中で頼朝を征夷大将軍に任命しました。戻ってきた夫・頼朝に政子が祝意を述べると、頼朝は「大したことではない。御家人どもを従わせる肩書にすぎん。」とさほど嬉しくなさそうなふりをしていました。でもそんなわけはなく、二人で見つめ合っているうちに互いに口元が緩み、やっぱり嬉しくて、「征夷大将軍じゃぁ!政子、呼んでくれ。」「征夷大将軍!」ーー人目もはばからず二人で大きな声で喜びを爆発させていました。翌8月、政子は第4子を出産し、千幡と名付けられました。(後の実朝)そして千幡の乳母父には政子の妹の実衣と全成がなったのですが、千幡の兄で頼朝の嫡男・万寿の乳母父である比企能員と妻の道は、権力が北条に奪われると大騒ぎに。そこで比企の姪の比奈(堀田真由さん)が頼朝の側室になって男子を産めばと期待し、比奈を頼朝に近づけました。若く美しく賢い比奈に頼朝はぞっこんでしたが、でもその噂はすぐに政子の耳に。夫・頼朝がどんな様子なのか政子が見にきたら頼朝はずいぶんと楽しそうで・・。政子は比奈を下がらせ頼朝に強い視線を送ると、頼朝は取り繕って比奈には興味がないというそぶりを。そして義時(の後妻)にぴったりだと言いだしました。比奈を義時にと強調する頼朝の言葉は政子にとっては好都合です。早速話を進めると言って朗らかに笑って退出していきました。(政子はニヤリと笑って勝利宣言。頼朝はかなり残念そうでした。)鶴丸(佐藤遙灯くん)のために母の八重は命を落とし、金剛(森 優理斗くん)は突然母を失った悲しみと、それでも鶴丸を恨んではいけないと父・義時から言われたことで複雑な思いを抱えていました。ある日、金剛が安達盛長の子の弥九郎と喧嘩になり、義時が理由を聞いても金剛は言わなかったのですが、義時が謝罪から戻るのを鶴丸が待っていました。弥九郎が鶴丸の悪口を言い金剛は鶴丸の代わりに弥九郎を殴った、鶴丸を守った。鶴丸から事情を聞いた義時は、弱い者を守るために信念で行動した我が子の金剛と、自分を守ったために叱られた金剛が気になって事情を言いに来た鶴丸の、どちらの少年たちも愛おしく思い、二人の心の成長を感じました。そしてもう片方の腕で鶴丸を抱っこして、3人で一緒に夕餉に向かいました。建久4年(1193年)5月、義時の父・北条時政(坂東彌十郎さん)のところに曽我十郎(田邊和也さん)と曽我五郎(田中俊介さん)の兄弟が来ました。二人は父の仇である工藤祐経を討ちたいと言い、時政もそれを快諾、さらに時政は五郎の烏帽子親でもあるので力になれるなら何でもやってやると言いました。一方、頼朝は富士の裾野で巻狩りを行いたいと考えていて、それは嫡男・万寿の披露目の場であり、戦が遠のいた御家人たちに武芸で名を上げる機会でもあるので大江広元に手配を命じ、仕切りは時政に任せるとしました。ところがこの兄弟は、仇討ちの話を育ての父・曽我祐信の幼馴染である岡崎義実(たかお鷹さん)にも別の形で相談していて、3人は比企能員(佐藤二朗さん)のところに来て話をしました。兄弟は実は源頼朝にも強い恨みを持っていて、巻狩りのときに混乱に乗じて頼朝を襲う計画があり、自分たち宿老を大事にしない近頃の頼朝に反発を感じる岡崎は二人の計画に乗ってしまい、比企のところに相談に来たのでした。この襲撃には北条の兵も加勢する、しかし時政は頼朝を襲う話は知らないと聞いた能員は、もし成功して頼朝が亡くなれば次は自分たちが育てた万寿の天下であり、もし失敗しても北条に責任を取らせることができる、つまりどんな結果になっても比企には都合が良いと、妻の道と二人で笑いが止まりませんでした。家人の善児から曽我兄弟のたくらみを聞いていた梶原景時(中村獅童さん)は密かに義時を呼び出し、曽我兄弟が怪しい動きをしていて、そのことに五郎の烏帽子親の時政が関わっていることを義時に伝えました。父・時政が関わっていると知った義時は、早く手を打たなければと考えました。
June 7, 2022
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前回の日記の続きです。嵐の相葉君が主演のドラマ 『ようこそ、わが家へ』 。感動の最終回の後半です。最後は、健太がやっとつきとめたニット帽の男との対決です。男は初めはしらばっくれ、次は「ささいなイタズラをしただけだから、示談金でどうだ」と健太を丸め込もうとします。しかしそんな話はとうてい受け入れられるものではなく、健太は言います。「僕は貴方を許しませんから。絶対に!」何を言ってももう逃れられないと知った男は、健太を殴ろうとつかみかかります。でも健太は、もう以前の弱腰ではありませんでした。あなたはもう、名無しさんじゃないんです。それでも殴れるんですか?ずっと陰でこそこそやってきたあなたが、面と向かって僕のことを殴れるんですか?こっちは、家族全員、正々堂々からだを張って戦ってきたんです。今さら殴られることぐらい、恐くもなんともないですよ。名無しでなきゃ、何もできない卑怯者の貴方に、僕は絶対負けませんから。ついに自分の負けを認めた男は、健太に深々と頭を下げました。その後、男(赤崎)は警察に連行されていきました。しかし!、この赤崎と明日香には、意外なつながりが!赤崎は以前、出版関係の集まりで明日香に一目惚れするも、明日香には相手にされないまま時間が過ぎたある日、駅のホームで明日香を見つけて近づこうとした。しかし、それを健太に割り込みと注意され、明日香には自分のことをまったく覚えてもらってなくて、逆恨みで倉田家への嫌がらせ行為となったということでした。結局、赤崎は在宅起訴の罰金刑であろうと刑事の予測。逆に赤崎の嫌がらせに便乗したフレネミー女2人(万里江と民子)は傷害、殺人・放火未遂という重罪を犯したのでした。また父・太一の会社では、真瀬の件では社長は自分の誤りを認め、太一に謝罪し、会社に残ってくれとお願いしました。でも太一は社長に、西沢を総務部長に推薦しました。母親の介護のためにお金がかかる西沢を思ってでしょう。契約社員から正社員の、しかも部長に推薦です。太一の優しさに感動した場面でした。明日香は倉田家での出来事を本にして出版しました。でも作ったのは、たった1冊だけ。それを倉田家に寄贈してオシマイでした。最終回はドラマの中のこの言葉が、最高に素敵でした。結局、悪意に満ちた人々は、愚直で真っ直ぐな人生を歩んでいる、お人好しの家族に負けたのだ。言ったもん勝ち、やったもん勝ちの今の世の中では、ズルをした人が得をすることが、たしかに多いかもしれない。だが、真面目に生きる人々が、最後には必ず幸せになれると、私は信じている。ドラマの全話を通して、たくさんの喜怒哀楽がありました。事件よりも竹中さんのほうが、恐くて憎たらしかったです。太一の会社での姿は、見ていて辛かったです。南果歩さん演ずる天然全開の珪子母さんには、何度もイライラさせられました。でも、おとぼけアンサーや陽気な早トチリで、これまた何度も笑わせてもらいました。観ている人の感情を揺さぶる。寺尾さん、南果歩さん、竹中さんは、やはりベテランの演技派である実感しました。でも相葉君が、自然な演技で一生懸命で、ホントによかったです。ドラマ序盤のころは次々起こる嫌がらせに怯え、どう対処していいのかわからない頼りない青年でした。しかし事件解決に向けて明日香とともに行動しているうちに、だんだん強くなっていきました。第5回では明日香を怪我させた男に立ち向かい、第9回では父に「こっちは俺にまかせろ」と決意して言い切り、そして最終回では赤崎の脅しに負けず罪を認めさせました。どの表情も、健太の成長を感じる印象に残るものでした。このドラマはいったい誰が悪いヤツなのかわからない部分があって、どの人も疑わしく思えました。でも八木や編集長や辻本君が悪い人でなくてよかったです。私の今回の思いがけない笑いの場面は、高円寺の町の銭湯。健太と編集長が裸の付き合いで並んで電気風呂に入っていて、相葉君がお湯にのぼせてフラフラでした。でも編集長の、「(円スタは)この町を元気にするのが仕事だからね。」という心意気が、いいですね。でもって、あの銭湯の壁画が、楽しい~。主題歌も明るくノリのいい曲で、歌詞も大好きでした。このドラマはたぶん主題歌のように、明るく納得できるラストだろうなと思ってたけど、そのとおりでした。たくさん優しいキモチになれた、最高のドラマでした。いいものを見ることができて本当によかったです。フジテレビのオンデマンドで、見逃した方のために1週間は無料で視聴できるそうです。 コチラ 「私は愚直者ですが、それでいいのですね?」岐阜市にある 岐阜大仏 様は、『OK』と仰ってます。
June 18, 2015
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2023年NHK大河ドラマ 『どうする家康』 の感想です。松本 潤さん演じる徳川家康の生涯を描いた最終章。大坂の陣(1614-15)が始まりました。この回の33分30秒あたりから真田丸への攻撃が始まり、その次は大筒による大坂城への絶え間ない砲撃が続いて、迫力のある描写で私は画面から目が離せませんでした。真田丸での攻防は、2016年の『真田丸』を視聴していた方には、あのときのことを思い出しつつより興味深いものだったと想像しています。特に2年前のNHKの『歴史探偵』の11月17日放送の「大坂の陣 幻の大洪水」を見ていた方は、今回の真田丸全景のCGで、大坂城の周辺が水浸しになっていたことに気がついたかもしれませんね。ちなみに今日の夜10時から、この『歴史探偵』の番組で真田丸について放送されます。この番組はたいてい次週、夕方前に再放送もあります。見逃した方はお住まいの地域の番組表をチェックしてはいかがでしょう。そしてこの回、なにより感動だったのが家康の言葉ーー「信長や秀吉と同じ地獄を背負い、あの世へ行く。それが最後の役目。」ーーでした。若い頃は全く頼りない弱小国・徳川家の殿だった家康が、幾たびの戦乱を経て、乱世を終わらせるためという信長や秀吉の信念を理解し、自分が業を背負ってあの世へ行く覚悟をして非情な決断を下せるまでの人物になりました。その一方で「南無阿弥陀仏」の文字を繰り返し繰り返し写経する家康の胸中はどのようなものだったのか。このドラマでの家康の人物像がわかるまで、最終回までかかりそうです。こちらでは様々な意見がでていて参考になります。 ⇒ ⇒ #どうする家康 岡崎市の大河ドラマ館、開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 静岡市の大河ドラマ館、開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 浜松市の大河ドラマ館、開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 岐阜県の関ケ原の古戦場記念館では「どうする家康」展・ぎふ 関ケ原が開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 慶長19年(1614)夏、大坂の豊臣秀頼が寄進をして再建された京の方広寺にある梵鐘に刻まれた銘文の内容が徳川にとって忌々しきものであると本多正純から報告を受けた徳川家康(松本 潤さん)は、金地院崇伝(田山涼成さん)と林羅山(笑い飯哲夫さん)に意見を求めました。羅山は、この銘文は明らかに徳川を呪詛して豊臣の世を望むものだと考え、崇伝は、それは言いがかりで銘文に他意はないと豊臣は言うであろうと考えていました。本多正信(松山ケンイチさん)は、他意あるなしのどちらにしてもこれを見逃せば徳川の権威が失墜して豊臣が力を増し、かといって処罰すれば徳川が言いがかりをつけたと世を敵に回す、と考えていました。正信は家康に、もう腹をくくるしかないと進言し、家康も同じ考えでした。一方、大坂では大野治長(玉山鉄二さん)が、梵鐘のことで徳川方が騒ぎ始める頃だと考えていて、戦を想定していました。豊臣秀頼(作間龍斗さん)の元には徳川に恨みを持ち、戦で手柄を立ててもう一度世に出たいと願う牢人たちが集結していました。今や徳川と豊臣をつなぐ唯一の存在の片桐且元は、梵鐘の件で徳川方から出された「秀頼の国替え、秀頼の江戸への参勤、茶々を人質として江戸へ」の3つの条件のどれかを受け入れるよう伝えるも、戦力が集まって強気の茶々(北川景子さん)は激怒して全て拒否して、着々と戦の準備を進めていました。豊臣の中では戦で家康を倒し徳川を潰すことですっかり盛り上がっていて、秀頼の妻・千姫(原菜乃華さん)は実家の徳川の祖父・家康や父・秀忠を思うと、とてもその場にはいられず、一人廊下に出て涙していました。千姫の様子が気になった織田常真(亡き織田信長の次男、信雄;浜野謙太さん)は、厠に行くと言って廊下に出て、その場を去ろうとする千姫に小声で語りました。「戦は避けましょう。あなたのおじい様には世話になった。わしの最も得意とする兵法は・・・和睦。」と笑いながら言い「大丈夫。わしと片桐でなんとかする。」と千姫を励まし、常真は去ろうとしました。ところが片桐の名を聞いた千姫は慌てて常真をつかまえ、涙ながらに訴えました。「明日、片桐が大野治長に・・。」千姫の話を聞いた常真は急ぎ片桐に話を伝え、片桐は寸でのところでだまし討ちから逃れ、亡き信康(家康の長男)の妻で今は京で暮らす五徳の手助けもあって、片桐は大坂を出奔して常真とともに伏見に逃げました。本多正純(井上祐貴さん)と阿茶(松本若菜さん)からその報告を聞いた家康は、これでもう徳川と話し合いができる者が豊臣にはいなくなったと考えました。さらに豊臣の兵が10万に膨れ上がったことを聞き、家康はいよいよ大戦をするしかないと覚悟を決めたました。家康は、諸国の大名に大坂攻めの触れを出すよう、そしてウイリアム・アダムス改め三浦按針に用意させていた西洋式の大筒も用意するよう、正純に命じました。家康は「この戦は徳川が汚名を着る戦となる。」とも覚悟していました。一方、大坂では、関ケ原の戦い以降に牢人となって家康に恨みを持つ者たちが我こそが家康を討ち取ると意気込んで集まり、秀頼はその者たちの苦労に思いを馳せ、ここに集ったことに礼を言いました。そして茶々は皆に「我が豊臣の子らよ」と呼びかけ、家康を卑しき盗人で非道の絶対悪であると言い、正しき天下の主は秀頼と皆の胸に刻み、今こそ家康を討ち取って天下を取り戻そうと強く呼びかけました。その後で茶々は千姫にも、豊臣の家妻として皆を鼓舞せよと命じ、従うしかない千姫は「豊臣のために励んでおくれ。」と言うのがやっとでした。慶長19年(1614)冬、徳川方は総勢30万の大軍勢でもって大坂城を包囲し、家康は大坂城の南1里ほどにある茶臼山に本陣を構えました。そして豊臣を出奔した片桐且元(川島潤哉さん)を徳川方に迎え、大坂の内部を知らせるよう求めていました。先の大戦の関ヶ原から14年の月日が流れ、家康と共に乱世をくぐり抜けてきた歴戦の武将たちはほとんどこの世にいなくて、渡辺守綱(木村 昴さん)は戦を知らない今の若い兵たちに心得を聞かせようとしていました。家康は守綱の若い頃の失態を話しつつも、盛綱のような兵が自分の宝だったから、その全てを若い兵に伝えてやれと命じて笑っていました。その後での軍議では現将軍の秀忠が主導しようとしていましたが、家康は指図は全て自分が出すからそれに従えと命じ、秀忠は仕方なく引き下がりました。家康は、この戦の責めは全て自分が負う覚悟でした。そして開戦となり、大坂城の周辺では徳川と豊臣の局地戦が繰り広げられ、その全てで数に勝る徳川方が勝利していました。しかし豊臣方はそれでも話し合いに応じることはなく、難攻不落の大坂城で籠城すれば心配ない、手柄をあげたい者の士気も高いと強気でした。さらに大坂城の南に真田信繁が築いた真田丸では、徳川方の兵をことごとく倒す目覚ましい戦果を上げ、大坂方はますます強気になっていました。今回使われた真田丸の全景です。2016年大河ドラマの『真田丸』を視聴していた方は、当時のCGを思い出しながら、つい見比べていたと想像します。あれから7年たち、豊臣方が防御のために淀川の堤を決壊させて大坂城の周辺を水浸しにしたことや、徳川方が真田丸に近づくために塹壕を掘り築山をつくっていたことなどが考慮されたCGです。豊臣方が話し合いにすら応じないのを見て、家康は戦を早く終わらせるためにも備前島(大坂城天守の北)に設置してある大筒を使うことを決めました。大筒で天守にいる秀頼を狙うーーその言葉に秀忠は、それでは傍にいる千姫に害が及ぶと反対しますが、家康は「戦が長引けば、より多くの者が死ぬ。これが僅かな犠牲で終わらせるすべ。」と、そして「主君たる者、身内を守るために多くの者を死なせてはならぬ。」と秀忠に言い聞かせました。家康の命令が下り、現場で指揮を執る本多正純が大坂城本丸に狙いを定めるように言い、砲台から一斉に砲弾が放たれました。大筒の攻撃を知った秀頼は女たちを天守へ逃がすよう命じました。弾が壁を突き破って飛んでくる中を茶々や千姫の他、女たちは悲鳴をあげながら逃げ、恐怖で動けなる者を茶々は叱咤して天守の上に向かいました。片桐且元も大坂城の中では恐らく天守に向かって皆が逃げているだろうと考えて正純に進言し、正純は天守への更なる砲撃を命じました。大坂城天守への容赦のない大筒の砲撃を見ていた徳川秀忠(森崎ウィンさん)は、父・家康に砲撃をやめるよう懇願、しかし家康は全く動じることなくその様子を見ているので、たまらず父に掴みかかって砲撃をやめるよう叫びました。あの城の中に娘の千姫がいると思い涙する秀忠に、乱世を生き抜いてきた家康は無表情まま「これが戦じゃ。この世で最も愚かで醜い、人の所業じゃ。」と。しかし、そう言いながら家康もまた涙を流していました。茶々と千姫と女たちは大坂城の天守の上階を目指して逃げていましたが、砲弾の攻撃が続く天守は次々と破壊されていきました。茶々がふと頭上から土が落ちてくるのに気がついて上を見ると、天井が崩れる寸前になっていて、その下には恐怖で身動きできなくなった千姫がいました。千姫は秀頼の嫁ではあるけど、初も含めた3姉妹で一緒に乱世を生き抜いてきた妹のお江の子であり、茶々には血のつながった姪でもあるからでしょうか。とっさに千姫をかばって崩れ落ちる天井の下敷きになってしまいました。
December 6, 2023
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2018年NHK大河ドラマ 『西郷どん』 。第19回の部分的な感想です。今回の前半は、島代官の田中を演じる近藤芳正さんの島民をいじめる憎たらしさと、田中の下で働く木場を演じる谷田 歩さんが、島民を守ろうとして西郷が事を起こさないように時には力vs力で必死に食い止めようとする場面に見入ってました。近藤芳正さんは2年前の『真田丸』では、要領のいいちょっとズルい先輩で軽くイラっとさせられましたが、「スルメ奉行」の一面で笑いもありました。『西郷どん』では徹底して嫌な人物ですが、特に今回は細かい表情の変化とか思わず注目してしまいました。そして終盤、島の娘・とぅまを演じる二階堂ふみさんが吉之助のことを好きになってた自分の心に気づいて、心のままに自分から行動を起こして吉之助に告白して~相思相愛で結ばれ吉之助の妻となって~の一連の流れは、とぅまの素直な心情がキュンとくるいい場面でした。島民たちの暮らしが知りたいと思う西郷吉之助(鈴木亮平さん)は自ら島民たちの仕事を手伝い、子供たちには自分の扶持米も惜しみなく分けてやって可愛がっていました。また吉之助は子供たちに将来のためにと手習いも教えていました。島の役に立とうと龍佐民に鉄製の歯車を薩摩に頼もうかと申し出たりしますが、佐民からは島の者にとっては贅沢品の握り飯を配ることも含め、もう余計なことをしないでくれと言われてしまいました。そんなある日、龍 佐民(柄本 明さん)のところに島代官の田中が突然やって来て、砂糖を隠している疑いで家の中を探しまくります。そしてワナにかけて、佐民と富樫(高橋 努さん)を連行していきました。代官附役の木場伝内(谷田 歩さん)が吉之助のところに来て、佐民と富樫が代官所に連行されたことを伝えます。理不尽への怒りですぐにでも代官所に行こうとする吉之助を、木場は「こらえてくれ、行かないでくれ」と説得します。実は木場は吉之助の正体を知っていて、自分は大久保正助から、西郷が一日も早く薩摩に戻れるよう島で騒ぎを起こさないよう見守って欲しいと託されていると語りました。(このシーン、身長187cmの鈴木亮平さんを力で抑える谷田歩さんは身長183cmで、無理のない配役です。)代官所では佐民と富樫が無実なのに自白強要で拷問されていました。木場の説得を受けて家でじっと待っていた吉之助のところにタケ(山下心煌くん)が大慌てで「大変じゃ!とぅまが・・」飛び込んできました。一体何があったのか?!--島代官・田中の仕打ちに我慢できなくなったとぅま(二階堂ふみさん)が村の皆を引き連れ、「佐民おじと富樫兄ぃを引き取りに来た」と代官所に押しかけていたのでした。吉之助は皆に「代官所破りは重罪、自分が薩摩の役人に訴え出る、ここは鎮まってほしい」と頼みます。しかしとぅまは、そんなのは信じられないと皆を引き連れ、代官所に押し入ってしまいました。(ここでも鈴木亮平さんと谷田 歩さんの力の押し合いがあり)代官の田中(近藤芳正さん)はとぅまに、自分のアンゴ(妾)になれば二人を助けてやる、もっといい暮らしをさせてやると迫ります。(無実の佐民たちを捕えた田中の本当の目的はとぅまだったようです。そして田中に抵抗するとぅまの気の強さを「ますます気に入った、可愛がってやる」って・・これって時代劇の悪役の定番のセリフかも)逃げられなくなったとぅまは自害を図りますが、寸でのところで吉之助が助けに来てくれました。(西郷どん、木場@谷田さんの壁を突破)そして吉之助は田中に、島の者たちを苦しめるのはやめてほしい、民が苦しんでいるならそれを助けるのが政だ!と進言します。しかし田中は、島の民が薩摩の民なら少しでも多くの砂糖を藩に納めるのが当然だと自分の非を認めないので、怒った吉之助は鎌を手に取り・・。その鎌で牢の鍵を壊しました。そして田中がひるんだ隙に島民たちが佐民と富樫を救いました。菊池源吾(吉之助)に対して怒りが収まらない田中は、薩摩へ上申書を送ろうと筆をとります。しかしそのとき木場が田中に宛てた大久保正助の文を持ってきて、それを読んでから薩摩へ文を書くかどうか考えてほしいと進言します。そしてこのとき田中は、菊池源吾が実は亡き殿のお庭方を務めていた西郷吉之助であると知るのでした。(このとき目が泳いでうろたえる近藤さんの演技が最高です)自分は菊池源吾(吉之助)のことが好きなのだと気付いたとぅま。夜になって吉之助の寝所を訪ね、「私はあなたが好きだ、私をアンゴ(妾)にしてほしい」と着物を自ら脱ぎ捨てて、吉之助に思いを告白しました。とぅまの告白を聞いて吉之助は、1年前死ぬことばかり考えていた自分が生きようと思えたのはとぅまに出会えたから、そんな女子をアンゴになどできない、おい(自分)の妻になってほしいと返します。とぅまは自分を大切にしてくれる吉之助の気持ちが嬉しくてたまりませんでした。そして佳日、吉之助ととぅまは婚礼を挙げ、とぅまは晴れて吉之助の妻に。日頃苦しい生活に耐えている島の人々だけど、めでたい日ぐらいは酒を口にして喜びを分かち合います。(でも吉之助どんはお酒がニガテ)島の皆が二人を祝福してくれました。佐民は吉之助が薩摩に戻ったらとぅまの幸せが終わってしまうと心配していますが、佐民の妻・石千代金は、そんなことはあの子はわかっている、ただ今はあの人のそばにいたいのだと、とぅまの幸せな笑顔を見守りました。島の人々とともに輪になって踊る吉之助どん。これは江戸での接待のときに( 第12回 )客人を楽しませていた顔芸がつい出たか?島の女は嫁にいったら名を変えるという風習に従い、とぅまは吉之助から「愛」という名をもらい、よい名だと、とぅま改め愛加那は大喜びです。(二階堂ふみさん、笑顔が可愛い♪)“愛”は 第6回 でジョン万次郎が薩摩の若者に残した“ラブ” の影響でしょうか。吉之助は愛加那に、これからは菊池源吾としてこの島で愛加那と共に生きると言うけど、先が見えてしまう愛加那はそれは無理だとわかっていました。でも愛加那は、そう言ってくれた吉之助に心から礼を言い、今この瞬間の幸せを二人でかみしめていました。
May 22, 2018
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♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠今、ドイツのベルリンで世界陸上(世界陸上競技選手権大会)が開催されていますね。 世界陸上 ベルリン(TBS) ふと思ったのですが、スポーツをあれこれ見ていると男女とも、その選手がやっている競技に合った体型ができているのがよくわかります。例えば、お相撲さんは見てそのまんまですが、他には体操選手なら腕や脚の筋肉ががっちりしていて、男女共に肩の幅が広くて逆三角形の背中、そしてなぜかお尻は小さいです。重量挙げや柔道の重量級、陸上では砲丸投げやハンマー投げなど「投げる専門」の選手は、全身が筋肉でムキムキ&いかにも力自慢なたくましい腕野球選手はスリムな人とタテヨコがっしりした人が半々ぐらいでしょうか。(特にアメリカの大リーグに渡った選手は、身体がどんどん太くなっていくような気が・・・)でもサッカー選手はあれだけ走り回るせいか、さすがに太い方は見かけないですよね。陸上の長距離選手は、心肺機能は恐ろしく高いけど、全身ムダな肉のないスリムな体型。でも短距離選手なら、上半身の筋肉強化を十分にやった筋肉美をもつ選手が多い感じがします。中でも黒人系の選手は、本当に理想的な体型をしています。特に女子選手は最高の肉体美ほどよい胸囲に引き締まったウエスト、脚が長いのはもちろんなのだけど、なによりヒップがキュッと締まって上を向いている。身体能力が高いことを想像させるのに十分過ぎる肉体の美しさ。神様が与えた才能と美なのでしょうね~。世界陸上を見ていると、選手たちが作り出す記録の素晴らしさを実感するとともに、短距離トップ選手たちの “人間としての最高の肉体美” に、私は見惚れてしまっています我ながら、ちょっと関心をもつ方向が違う 気もしつつ・・・。( ̄ー ̄;)そうそう、日本のトップアスリートといえば、フィギュアスケートの浅田真央選手。真央ちゃんが外国に留学していたときの様子がTVで紹介されたときのこと。現地での男性コーチがインタビューで「真央ちゃんは身体は細いけど、特に脚の筋力はそのへんの男の子よりも強いよ~。」 と嬉しそうに、そして誇らしげに語っていました。真央ちゃんたちの場合は、スポーツとしての実力だけでなく、“見た目” と “表現” の美しさも要求されます。世界のトップを目指す選手たちは、私生活でも相当に強い意志で己を律して、努力を重ねているのですね。もちろんこれは、どの競技でも同じでしょうけど。スポーツが苦手な私は、遥かかなたの自分が遠く及ばない世界に憧れつつ、こうしてスポーツ観賞をしているのでした。ボクは太くても筋肉でガチガチで重たかったよ~。(最高8kg)でも大きくて綺麗で、えみりーさん自慢の子だったんだよー♪(フクちゃん~虹の橋より)♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠
August 18, 2009
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2020年NHK大河ドラマ 『麒麟がくる』 の感想です。戦国モノのドラマの見どころと言えば、合戦シーンやそこに至るまでの政治的駆け引きや人の心の動き、といったものが面白いかと思っていました。でも今回は、上洛とはどういうことか、という説明がドラマの中でさりげなくなされ、興味深いものでした。 上洛は国を挙げての一大事である。 それには 強大な軍事力と物資、そして金銭が必要であった。たしかにそうですね。それを見た者たちに、軍事力、財力、一度に動かせる兵の数など、この軍勢には絶対に対抗できない、戦を仕掛けてはならないと思わせる力を見せつける。ましてや将軍を伴うとなれば華やかさも要る。主君が領国を出ていても領国を守ってくれる留守居の指揮官と軍勢が要る。これは本当に、軍事力と金とモノが要りますわ。そして今回、もう一つの見どころが「毒」でした。このドラマはちょくちょく毒が出てきて、茶、鷹(爪)、霊験の水ときて、今回は毒汁でした。でもこれも、命じられた家臣たちは命がけですよね。主君の嫡子が急死したとなると、暗殺が発覚した場合、関係した者は全て恐ろしい処罰を受けるし、さらに一族郎党にも類が及ぶでしょうから。これがもし豊臣秀吉ならば、たぶん厨房の者全員が磔になっていたような気がします。しかしユースケ義景さんは、我が子がなぜ死んだのかを追及することもなく、嘆き悲しみ無気力になるだけで、そこまでしなかった(できなかった?)人でした。このあたりが伊呂波太夫の言う「あのお方はこの一乗谷でのほほんと和歌などを詠んでお暮しになるのはお似合い」というところでしょうか。今回のタイトルは「三淵の奸計」ですが、しかしこれはどう考えても、三淵藤英・山崎吉家・朝倉景鏡の「三人の謀略」だと思いました。そして細川藤孝は事件の真相を知ってた、という感じで。各地の大河ドラマ館もオープンしています。(それぞれにコロナ拡散防止のための注意事項はあります) ↓ ↓ ↓ 岐阜 大河ドラマ館 ぎふ恵那 大河ドラマ館 可児 大河ドラマ館 京都亀岡 大河ドラマ館 こちらも今週も盛り上がっています。 ⇒ #麒麟がくる 永禄11年(1568)2月、三好一族と関白・近衛前久(本郷奏多さん)が推挙する足利義栄が第14代室町幕府将軍に就任したものの、義栄は諸事情で上洛しないままでした。宮中で近衛と敵対する二条晴良(小藪千豊さん)は、義栄が将軍就任の折に起こした数々の不始末の責任で、近衛に関白辞任を迫りました。さらに帝が越前にいる足利義昭に元服を許し、近衛はさらに不利な状況になっていきました。永禄11年(1568)4月、足利義昭は一乗谷に招かれ、朝倉義景が烏帽子親となって元服。義昭は武士となり、京から下ってきた二条晴良がそれを見届けました。そのころ明智左馬助(間宮祥太朗さん)は諸国を廻って情報収集に努め、京の三好勢と戦い義昭を上洛させられる力がある大名を調べていて、今は朝倉と織田のみであると。明智十兵衛光秀(長谷川博己さん)は、朝倉か織田かと考えあぐねていました。朝倉家の家老の山崎吉家が十兵衛を訪ねてきて、当主・義景が義昭の元服を祝う宴を開くので十兵衛も来るよう申し伝え、また内々の話として、朝倉家の一門は皆が義昭の上洛を喜んでいるわけではないことを十兵衛に伝えていきました。山崎の話を聞いた十兵衛は、上洛に伴う軍事力や金銭や物資はどうなっているのか気になり市を廻ってみたものの、朝倉家全体に上洛への緊張感がまるでありませんでした。宴が開かれ、先だって十兵衛からの進言で上洛する気満々でご機嫌になっていた朝倉義景(ユースケ・サンタマリアさん)は、上洛についての意見を十兵衛に求めました。あのときは義景に上洛を勧めたものの、市を見て考えが変わった十兵衛は、酔った勢いと義景の無礼講の言葉で気を大きくし、今の朝倉家全体には上洛する気配がなく論外であるとあけすけに言い放ち、義景はみるみる不機嫌になっていきました。それを見かねた三淵藤英(谷原章介さん)が義景の機嫌をとりなし、場を収めました。宴の合間で十兵衛が休息をしていると伊呂波太夫(尾野真千子さん)が傍にきました。太夫は十兵衛に、この一乗谷に来て早10年、そろそろ船出の潮時では?と水を向けました。そして船出の船は織田信長、帰蝶もそう思っている、上杉も朝倉も不要で十兵衛が信長と共に上洛すればよい、と太夫は十兵衛に語りました。太夫の言葉に決心がついた十兵衛は美濃に走り、織田信長に京の守りが手薄な今が好機、単独での上洛をと進言、信長も亡き舅の斎藤道三の言葉を思い出してその気になりました。そして十兵衛に足利義昭をこの美濃に連れてくるよう命じました。しかし足利義昭(滝藤賢一さん)が美濃へ行くというのは、これまで義昭の世話をしてきて今や上洛する気満々の朝倉義景の顔を潰すこと。三淵藤英は朝倉か織田かと迷いますが、十兵衛は信長は腹をくくれば動きが早いと進言し、義昭は美濃に行く決心をしました。義昭が一乗谷を出て美濃に行くとなると、朝倉義景が激怒して十兵衛や妻子たちにも類が及ぶ可能性があり、十兵衛は密かに妻の熙子にそのことを話しておきました。そして我が身の危険を顧みず夫・十兵衛の立身出世を喜ぶ熙子に十兵衛は「まことに良き嫁御料だの」と信頼と感謝の言葉を伝えました。ただ案の定、義景は激怒し、国境を兵で固めて義昭一行を絶対に外に出さぬよう、家老の山崎吉家(榎木孝明さん)にきつく命じました。義昭をどうやって美濃に連れていこうかと、三淵は一族の朝倉景鏡(手塚とおるさん)や家老の山崎と秘密裡に打ち合わせを重ねました。義景の従兄弟の景鏡は領内での一向一揆の平定に疲れているし、上洛には大金も兵糧米も要る、殿一人の手柄のために家臣が重荷を背負いたくないと考えていました。(というか、義景が溺愛する嫡子・阿君丸のことしか見ていなくて、家臣の苦労を考えていないから、家臣たちが義景のための苦労を厭うのかと)三淵は景鏡や山崎に「互いの行く末に悔いを残さぬよう知恵を出し合いたい」と。そして後日、朝倉家の厨房にて、阿君丸に出す汁を毒見侍女(村中玲子さん)が確認したら自分の容態が急変し、毒があることに気づいてすぐに配膳侍女を呼び止めようとします。しかし朝倉家侍女(嘉門洋子さん)が毒見侍女の口ふさいで周囲に気づかれぬようにし、配膳侍女を阿君丸の元に行かせます。毒見侍女のうめき声は厨房の中に聞こえているけど誰も動かず、全員が共犯者でした。毒の入った汁を飲んで阿君丸は急死し、阿君丸を溺愛していた義景の落胆ぶりは半端ではなく、約1カ月の間何もできないままでした。頃合いを見計らった義昭一行はそろそろ美濃に行こうとなり、義景に挨拶にきました。以前は一乗谷を出ようとする義昭に対して怒り心頭だった義景でしたが、阿君丸の葬儀で義昭が礼をつくしたことで義景の怒りは解けていました。そして信長への皮肉を言いつつ、義昭が美濃に出立することを認めました。いよいよ義昭一行が出立となり、十兵衛は義昭に同行していきます。後から出ることになった熙子と娘たちは、家老の山崎が家臣に国境まで送らせると、前の話のときとは違って身の安全まで保証してくれていました。十兵衛は出立前に義景に挨拶をと思っていましたが、山崎は義景には会わないようにと。妻子のことは左馬助に護衛を頼み、十兵衛は義昭を連れて信長の待つ美濃に向かいました。
October 6, 2020
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆今の時期は受験シーズンの真っ只中ですね中学、高校、大学と己の進路のかかった試験を受けられる方々は、毎日さぞかし緊張した日々を過ごしておられると思います。お疲れさまですこのところ何かとよくない話題ばかり続く中、TVで感動的なニュースが紹介されました。昨日今日とワイドショーで見てご存知の方も多いでしょう。はい、交通手段の断たれた受験生が夜中にヒッチハイクし、なんとか受験会場にたどりついた話です。埼玉県内住む中3の女子生徒は、1月17日朝の推薦入試受験のために、母親と一緒に前日より夜行列車などを乗り継いで、石川県輪島市へ向かう予定だった。しかし新潟県長岡市まで行ったところで、大雪による列車運休で足止めを余儀なくされた。2人は列車を降りてヒッチハイクを決意。通りかかったトラックに上越市内まで送ってもらい、深夜の雪の中を6kmほど歩き、同市内の給油所に立ち寄った。寒風の中、数台に断られながらも母は必死に石川方面に向かう車を探す。そして山形県内の運送会社のトラック運転手が、快諾してくれた。同乗は 「金沢市まで」 との約束だった。だがトラックの中での会話で、同じ年の娘がいる運転手は金沢市に近づくと、「よし、輪島まで行っちゃる」 とハンドルを切り、進行方向を北に変えた。試験開始の約10分前に2人は学校に到着。ぎりぎりではあるが、善意のリレーで間に合った。そして受験会場まで母娘を送り届けた運転手は、「うちの娘も受験生だから気持ちはよく分かる」 と控えめに語り、名前や行き先なども告げずに立ち去った。作文試験に臨んだ女子生徒は出題されたテーマを見て、目を丸くした。--「私が感動したこと」。迷うことなく、女子生徒は直前までに起こった 「感動」 をありのまま書き記した。深夜に見ず知らずの親子を運んだ運転手の温かさ、「絶対にあきらめない」 と懸命に車を探してくれた母を通して、「人の優しさに感動した」 とつづった。 女子生徒には21日、合格通知が届けられた。 北国富山新聞HP より引用、抜粋。進路を変えた金沢市から日本航空石川高校がある能登空港まで、かなりの距離があります。この話をTVで聞いたとき、私はつい、遠回りした運転手さんは納品に間に合ったのか、とか、寝不足になって運転はしんどくなかったか、なんて余計なことを考えてしまいました。その後、この話を聞いたメディアが運転手さんを捜しあてました。でも、「たいそうな事をした訳じゃないから」 と取材拒否されたそうです。雪の深夜の中、最後まであきらめなかった母娘の熱意を、神様は見捨てなかったのですね。運転手さんの粋な善意は、少女が希望する未来への道をつなぎました。久々に聞いた、爽やかな感動の素敵な話でしたひと足早く、“桜” が咲きましたね。これから受験するみんなも、最後まで全力で、頑張れ!Natsu&Kei
February 11, 2010
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4月も半ばになりました。大型連休のGWまで、あと2週間ではないですか。毎年4月になれば桜の開花とともに全国各地では様々なイベントが始まります。ご当地に歴史上で有名な人物がいればその人にちなんだ歴史まつりがあり、GWともなればさらにパワーアップして歴史まつりが催されます。4月29日(日)に長野県上田市で開催される『第36回上田真田まつり』では、2年前の大河ドラマ『真田丸』で真田昌幸を演じて大人気となった草刈正雄さんが今年も上田に来てスペシャルパレードに出演されます。このパレードには「真田一族と家臣団」として他にも長野里美さん、中原丈雄さん、高木 渉さん、大野泰広さん、浦上晟周くんが出演され、なんと計6名の役者の皆さんがまつりに華を添えてくれます。※真田一族と家臣団スペシャルパレード詳細 ⇒ コチラ これは去年の11月に上田に行ったときのものです。今年パレードに草刈さんが出演されるなら私も上田に行こうと思い、宿とかルートとかいろいろ調べました。でも3日悩んで、諸事情で結局行くのはやめました。パレードに行った方がSNSにUPする画像を待つことにします。そして5月3日(木・祝)に神奈川県小田原市で開催される『小田原北條五代祭り』では、今年もまた4代の北条氏政には『真田丸』で人気だった高嶋政伸さんが、初代の北条早雲にはドラマ『水戸黄門』の格さん役で人気だった合田雅吏さんが出演されます。※小田原北條五代祭り 詳細は ⇒ コチラ 去年に続いてのこのお二方の登場です。私は合田さんが好きなので去年この話を知ったときには瞬時に心は小田原に飛びました。さすがに小田原は遠いので結局は諦めましたが。でもその後にSNSでUPされた合田さんの姿を見たらもう本当に素敵でした。北条初代の早雲公は絶対にこんなにカッコ良くなかったよね、って感じで。今年もまたSNSでUPされるのを待つことにします。あと有名な役者さんではなく、話の順番は前後しますが来週の日曜日の4月22日(日)、山梨県甲州市で『甲州市武田勝頼公まつり』が開催され、今年の勝頼公には歴史学者の平山優先生が出演されます。⇒ コチラ 平山優先生は大河ドラマ『真田丸』では時代考証を担当され、また昨年は『武田氏滅亡』という分厚い本を出版された、戦国史や武田家には造詣の深い方です。テレビでも戦国の歴史番組でよくお見かけする方なので、なんか親しみを感じる勝頼公になりそうですね。あと、特に有名人は登場しませんが、こちら愛知県では5月5日(土)に 『長篠合戦のぼりまつり』 があります。東三河は徳川と武田が争ったところで、長篠の戦は昨年大河ドラマ『おんな城主直虎』でも終盤に出てきました。武将たちの名前がまだ記憶に新しいし、新東名高速の新城インターができてアクセスも良くなったし、虎松(井伊直政)が幼い頃預けられた鳳来寺もこの近くです。いろいろ見どころがありそうですね。そして 名古屋城 。こちらも特に有名人は出演しませんが、GWが終わると名古屋城では木造復元のために天守の解体が始まります。なので今の姿はもう見納めということに。お食事処の 金シャチ横丁もできたことし、宗治ゾーンを堀沿いにもう少し進むと藤棚があって、4月後半から花が咲き始めて色と香りで人々を楽しませてくれます。GWは、スターに会いに行くのも良し、近場のイベントを楽しむのも良し、テーマパークや旅行も良し。いろいろ楽しみがありますね。2週間後に、真田の大殿と一族と重臣が上田に帰還します。4月29日に上田に行く皆さま、草刈さんたちの写真のUPを、どうかよろしくお願いいたします。m(_ _)m
April 15, 2018
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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今回は小一郎(仲野太賀さん)の妻となったものの、登場以来ずっと顔が険しくて何かわけがありそうな慶(吉岡里帆さん)の抱えていた過去を知る回でした。 いつも明るく、互いに腹蔵なくポンポンと言い合う羽柴一家の中でただ一人、登場するたびにどこかイラついてかたくなな態度しかみせなかった慶でしたが、それには理由がありました。 織田家への憎しみをバネに生きようと思った慶。でも義姉のとも(宮澤エマさん)からは多少の疑惑の追及はあったものの、羽柴家の皆は明るくて、誰でも受け入れる人たちでした。なにより夫となった小一郎は、慶に無理強いはせず優しく、慶が心を開くのをずっと待ってくれています。辛くて心が傷つけば憎しみを持つエネルギーになるけど、羽柴家のこのメンバーの中にいては、憎しみが空振りに終わりそうですね。 この慶のかたくなな心を解いたのは、母・なか(坂井真紀さん)がちょくちょく出てきて慶を好意的に見ていたからだと思ってます。つまりなかが今回のハッピーエンドの陰の功労者であると。この先もなかは秀吉の天下取りの仕上げに大きな役割を持つから、そのときにどんなセリフが出てくるのか、楽しみです。 ところで堀池頼昌を演じた奥田瑛二さん。与一郎を演じた子役の高木波瑠くんに厳しくガミガミ指南してて、あれを見たときに私はふと、2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』で奥田さんが似たような役をやっていたのを思い出しました。『花燃ゆ』で奥田さんは、吉田松陰の叔父の玉木文之進を演じて、たしかあのときもキレ気味だったか?松陰を厳しく指南していたように記憶しています。私は奥田さんの怒った顔しか記憶にないので、たまには違う表情も見てみたいです。次にまた今作で出番があったら、与一郎の「優しいおじじさま」の顔で登場して欲しいなあ、なんて思ってしまいました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正4年(1576)織田信長(小栗旬さん)は岩村城(岐阜県恵那市)を武田から奪取した褒美として家督を嫡男の織田信忠(小関裕太さん)に譲り、尾張と美濃のことは信忠に任せることにしました。そして信長自身は天下統一を見据え、水陸ともに交通の要衝地である琵琶湖東部の安土山に巨大な城を築き始めました。 安土城の築城が始まり、羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)の家臣となった藤堂高虎(佳久創さん)は石垣造りに精を出して張りきっていましたが、頭の回転が早くて正しいことを言っているものの気が短い高虎は、作業の方法で早々に現場の人夫たちと対立を起こしていました。話を聞いた小一郎は高虎を「一人では城を造れない。戦も一人ではできない。いざというときによき城があれば城が兵たちを守ってくれる。」と諫めました。でも高虎は納得ができず、不服そうに退席してしまいました。 一方、小一郎の兄の羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は正妻・寧々(浜辺美波さん)との間に子ができなかったこともあり、朋友・前田利家の四女の豪姫を養女として迎えました。母・なか(坂井真紀さん)は「この子は寧々によく似た美しい姫になる。血はつながっていなくても長く一緒におると母親に似てくる。」と言い、その言葉に寧々は心が救われました。でも小一郎は妻の慶(吉岡里帆さん)との間に跡継ぎとなる子がいないどころか、一緒になって8年になるのにいまだ心を通わせることもかなわず、慶のことで悩んでいました。 天正5年(1577)能登国の七尾城(石川県七尾市)から援軍の要請を受けた信長は、柴田勝家(山口馬木也さん)を総大将とした総勢4万の軍勢を差し向けました。しかしすでに敵方・上杉の手に落ちている七尾城の救援をどうすべきかで、秀吉は勝家と激しく対立しました。 七尾城からの救援要請は敵の罠かもしれないから撤退をと主張する秀吉でしたが、勝家から、羽柴の家臣は急ごしらえの寄せ集めだから信用できない、羽柴は成り上がりだから、と秀吉は面と向かって皮肉を言われました。我慢がならなかった秀吉は織田家筆頭家老の勝家に、その成り上がり者に先を越されるのが恐ろしいのか!と言い返しました。秀吉に痛いところを突かれた勝家は激怒し、自分に逆らう者は上様(信長)に逆らうことと同じと考えよ!と言い、それでも秀吉は、負け戦で兵を死なせることのほうが上様への忠義に反する!と一歩も退かず、ついに秀吉は家臣を連れて戦場から勝手に引き揚げてしまいました。 さて築城のことでもめて面白くない高虎が町を歩いていると、小一郎の妻の慶が他の男と会って、どこかに立ち去ってしまうのを偶然見てしまいました。気になった高虎が男の後をつけるとまんまとまかれてしまい、その身のこなしから男は侍で、おそらくどこかの武将の間者だろうと推測し、それを主の小一郎に報告しました。 さすがに気になった小一郎が夕餉のときに慶に、いつも会っている男は何者なのかと素性を訊ねると慶は話をはぐらかした後急に真顔になり、もう会わないからこれ以上の詮索はしないでほしいと言って退席し、翌朝、屋敷を出ていきました。ところがその後で慶が時折り会っていたと思われる男がなぜか小一郎を訪ねてきました。男は村川竹之助(足立英さん)と名乗り、慶を救ってほしいと涙ながらに小一郎に訴えました。 村川から事情を聞いた小一郎は高虎を連れて、長浜から歩いて半日ほどの近江と美濃の国境にある宝久寺村まで行きました。そこには大人の村人たちに誘われて柿を取りに行く同世代の少年たちを一人寂しそうに見送る少年がいました。この少年こそ慶が生き別れとなった息子の与一郎(高木波瑠くん)で、小一郎はさりげなく近寄り与一郎に話しかけました。親しみをこめて自分に語りかけてくれる小一郎に、与一郎は初めは喜んで応じていました。でも途中で小一郎が織田の者だと気が付くと急に黙り込んで去ってしまいました。 与一郎は父方の祖父母にあたる堀池頼昌(奥田瑛二さん)と絹(麻生祐未さん)にこの村で養育されていました。頼昌は息子の嫁・慶の父・安藤守就が織田方に寝返ったために斎藤方が織田方に破れたので慶を許さず、与一郎と引き離して家から追い出しました。そのため慶は頼昌に仕える村川を通じて与一郎の成長を見守るしかなかったのでした。 小一郎たちは頼昌と絹が住まう家を訪ねました。そこには百姓の暮らしながらも立派な具足が一領置いてあり、これは戦で死んだ頼昌の息子の頼広のものでした。小一郎は与一郎を養子にしたい、頼昌と絹も我が家に迎えると申し出ました。しかし織田の世話にはならぬと固く決めている頼昌はこれを拒否、それでも小一郎は我が子・与一郎のことをずっと思っている慶のためにと、頼昌に食い下がりました。当の与一郎も生き別れの母をどこかで恋しく思えど、祖父母の前では自分の気持ちが言えませんでした。 小一郎たちがこの村に来て与一郎のことで話をしていることを聞きつけた慶が来て、勝手なことを!と小一郎に激怒しました。小一郎が、慶と与一郎が一緒に暮らせるようになればそれでいいと気持ちを伝えると、慶は少し落ち着きました。小一郎はかつて思い人だった直に心を救われたことを慶に語り、慶にとって与一郎は生きる支えなのだろう、と言いました。そして、あまりにもかたくなな慶の心の奥にそのような思いがあったことに、長い間気が付かなかったことを詫びました。こんなことでなぜ小一郎が詫びるのかを慶が訊ねると小一郎は、「わしらは夫婦だ。何でも力になるから、もっとわしを頼って欲しい。」と思いを伝えました。それでも慶は小一郎に反発しましたが、でもやっと、与一郎と一緒にいたいと涙ながらに本音を打ち明けました。 翌朝、小一郎は頼昌と絹と話し合いをしに家に向かいました。二人は畑にいたのでその前に小一郎は与一郎に弓を上手に射る方法を伝授し、うまくいったので与一郎も楽しそうでした。そこに頼昌が畑から戻ってきて、与一郎は現実に戻りました。与一郎のことを認めてもらうまでは帰らないと言う小一郎に、頼昌は矢をつがえて小一郎を狙って近寄っていきました。あわや!と言うとき、慶と村川が飛び込んできました。 実の母親の慶も交えての話し合いが始まりました。慶は小一郎の妻となってからも時折りこの村に来ては遠くから密かに与一郎を見守り、そして家が没落し百姓として生きるしかない頼昌と絹が幼い与一郎を抱えて荒れ地を耕す姿を見て申し訳なかったと詫びました。 慶は、母らしいことを何一つしてこなかった(できなかった)自分だから、今さら与一郎を我が手にとは言えない、ただ一つ、与一郎に織田を憎ませ、恨みを晴らさせるようなことはして欲しくない、ずっと織田を憎んできた自分だけど憎しみだけで生きていくにはあまりに苦しかった、与一郎にはそんな思いをさせたくない、と頼昌に必死に訴えました。 それでも気が済まないなら自分を討ってほしいと慶は頼昌を見据えて訴え、そこまでの覚悟があるならばと頼昌が頼広の刀を抜こうと構えると与一郎が「母上を斬らないでください!お願いします!」と頼昌の前に飛び出してきました。そして絹も出てきて、頼昌を止めました。絹は頼昌が慶を斬って以来ずっと太刀が抜けなくなったと言い、頼昌なりに罰を受けてきたから許してほしいと慶に言いました。そして頼昌が頼広と思って心の拠り所にしてきた甲冑を絹は、これは頼広などではない!と言って泣きながらなぎ倒しました。絹の心にはいつも優しく笑っていた愛息子の頼広がいて、慶も同じ思いでした。 与一郎を迎えに来たのは、我欲が一切なく、ただ慶と与一郎を大事に思ってくれる懐の広い男なのだと頼昌は認めました。そして小一郎に向かって改めて「どうか、与一郎をお頼み申します。」と、絹と共に深々と頭を下げました。 その後、長浜城に戻った小一郎は与一郎を養子に迎えました。高虎は石垣の件で対立した人夫たちに、あのときは言い過ぎたと詫び、同時に自分の考えをわかってもらうために紙に書いて皆に伝え、皆とも和解しました。与一郎も母の元で暮らす城での新しい生活に慣れ、若侍の加藤清正(伊藤絃さん)や福島正則(松崎優輝さん)らが釣りに誘ってくれることもありました。与一郎がはにかみながら初めて自分を「父上」と呼んでくれて、小一郎は内心嬉しくてたまりませんでした。 慶と二人きりになったとき小一郎は「わしはそなたが大切だ。だからこの先、何かあればわしがうまくいく道を必ず見つける。わしを信じてくれ。」と思いを伝えました。与一郎のことで小一郎が本当に優しくて心が広い人だとやっとわかった慶は小一郎に歩み寄り、小一郎の手を取り心を許したことを伝え、二人は抱擁し合いました。 しかし兄の秀吉が突然、城に戻ったとの報せがありました。戦はどうなったのかと問うと、実は勝手に帰ってきたとのこと。勝手な戦線離脱は重大な軍規違反で厳罰に処せられます。でも秀吉は「織田家を守るには、こうするしかなかったのだ!」と並々ならぬ覚悟でした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
May 20, 2026
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2018年NHK大河ドラマ 『西郷どん』 。最終回の部分的な感想の前半です。前日に放送された「最終回直前スペシャル」で、主演の鈴木亮平さんが「とにかく明るい戦いになる」と言ってらして、いったいどんな感じになるのかと思った最終回。鹿児島で西郷隆盛たちが立てこもり激しい戦場となった城山と、城下で陣を張る政府軍の首脳部と、大久保利通(瑛太さん)がいる東京の、3つの場面が入れ替わりに出てきてなんとも不思議な感じがしました。そしてたしかに、戦って死ぬために鹿児島に戻ってきた西郷軍の皆は、政府軍を相手にもうひと暴れしてやる!と意気揚々と勢いよく戦いに臨んでいきました。また城山での戦闘シーンは、政府軍側では近代化された銃や大砲での激しい攻撃があり、西郷軍側では特に桐野利秋役の大野拓朗さんの目の覚めるような殺陣もあって、ドラマの前半も後半も実に迫力がありました。それは大久保の東京での華やかな世界とは全く異なり、場面の対比がとても印象的でした。「新しい時代が大きなうねりとなって押し寄せてきた時、どうしてもその波に乗りきれない人がいるものです。父・西郷隆盛はあの大きな体で、熱い心で御一新から取り残された侍たちを、抱き締め、のみ込み、連れ去りました。」ナレーションであり西郷菊次郎役の西田敏行さんのセリフが、この最終回の全てを物語っていたと思います。明治10年(1877)8月17日、西郷隆盛(鈴木亮平さん)と生死を共にすると決めた者たちは政府軍の追撃が迫る中、俵野(宮崎県延岡市)の本陣を出て、故郷の鹿児島に向けて出立しました。「1日 西郷に接すれば1日の愛が生じ、3日接すれば3日の愛が生じる。 親愛の情は日々募り、もはや去ることはできない。 ただただ、生死を共にしたいのだ。」 ~西郷隆盛に従った者の言葉より。政府軍の見張りをかいくぐりながら、西郷軍は可愛岳~三田井~小林~横川と、鹿児島を目指してひたすら山中を進んでいきました。延岡を発って14日、山中を約450km歩いて西郷軍はついに桜島が目の前にある故郷・鹿児島の城山にたどり着きました。しかし眼下に広がるのは、城下に我が物顔で居座る政府軍でした。「おはんらと、もうひと暴れしよう」--西郷の言葉に皆は士気が上がりました。「ここはおいたちの庭じゃぁ!たやすく負けるわけにはいかんどー!」西郷軍は城山に砦を築いて政府軍とやり合い、政府の監視下にある私学校を襲い、故郷の鹿児島ではつらつと戦いました。しかし政府軍の圧倒的な攻撃力に加え、陸と海から駆けつけた大軍にも包囲され、西郷軍は山の上へと退却していきました。一方、片足を失って延岡に残った菊次郎(今井悠貴さん)は、政府高官である叔父の西郷従道(錦戸 亮さん)に保護され、母の糸(黒木華さん)と熊吉(塚地武雅さん)ともに鹿児島の家に帰ってきました。家族にどんな顔を向けたらいいのかわからない菊次郎に「胸を張れ!おはんは立派な薩摩隼人じゃ!」--川口雪蓬(石橋蓮司さん)の言葉が心に響きます。しかし息子の宗介が兄・隆盛に付いていったと知った琴(桜庭ななみさん)は弟の信吾(西郷従道)に、すぐに戦を止めるよう半狂乱になって訴えました。「小兵衛を討って、今度は兄さぁまで討つつもりか?!私は許さん!」雪蓬は「菊次郎が帰ってこれたのは信吾のおかげじゃ!」と琴をなだめますが、琴は怒りのままに信吾を激しく非難しました。自分の力ではこの戦を止めることなんてできず、信吾は自分にぶつける姉の激しい怒りをただ受け止めるしかありませんでした。家族に一礼して西郷家を去る信吾を糸が追いかけ、「信吾さぁもお覚悟の上で政府軍にとどまることを選んだのだから、胸を張って、自分のお役目を全うしてくいやんせ」と信吾に言葉を送りました。西郷軍は政府軍の猛攻により城山の山中に潜んでいました。西郷が城山に籠って20日余り、ここまで生き残った者は372人でした。明るい曲が聴きたいという西郷のリクエストで村田新八がアコーディオンで「ラ・マルセイエーズ」を演奏すると、皆は気分転換になったのか手拍子や歌や踊りで笑って盛り上がっていました。(曲と歌が合わないのがいい・笑)その頃、東京の大久保利通(瑛太さん)は、自身の長年の夢であった、日本の産業発展につながる内国勧業博覧会が始まる時を待っていました。その時ふと、吉之助(西郷隆盛)から託されたまま机の奥にしまってあったあの “Cangoxina(鹿児島)” の紙を見つけました。そして幼き頃の思い出とともに、吉之助が自分に「世界に負けん日本国をつくってくいやい」と託した言葉も思い出しました。そして鹿児島の政府軍本営では、西郷軍の包囲が完成して9日たつ、今こそ総攻撃を仕掛けるべき!、山県卿は何をためらう、という意見が飛び交っていました。しかし山県有朋(村上新悟さん)には「ここにおる者で西郷さんの厚意にあずからんかった者がおるか?」という思いがあり、簡単に決断できなかったのです。山県の思いを受け、川路利良(泉澤祐希さん)は「ならば使者を遣わし降伏を呼びかけましょう。条件は西郷先生以下、隊長連中の自裁」と。彼らに賊軍として戦死ではなくせめて名誉の死を、さらに友である桐野利秋の死を意味していました。そしてそのような話し合いがされていたとき、東京の大久保から電信で・・・鹿児島の政府軍に命令が下されました。「明朝4時、総攻撃を開始する。ただし本日夕刻5時までに降伏すれば、賊・西郷隆盛の命は助ける」。このような情けは受けられんと言う西郷に、桐野利秋(大野拓朗さん)以下城山に来た者たちは皆、西郷に「先生だけは生きてほしい」と必死に訴えました。その頃、東京の上野では内国勧業博覧会が開催されていました。鹿児島に命令を下した大久保は、博覧会で欧米の要人を接待していました。鹿児島での内乱を案ずるゲストに大久保は「もうすぐ戦は終わる、いや、日本から戦そのものがなくなる」と自信を持って答えます。そして西郷軍が降伏するのを期待して時計が5時になるのを待っていました。降伏までの刻限が迫り、城山にいる西郷軍の皆だけでなく、政府軍にいる弟の信吾も西郷が下す決断を待っていました。そして西郷は「この国から戦をなくすためにも自分は死ななければならない、自分が死ねば日本国中の士族たちはようやく別の生き方を見つけようとする、自分の死と共に新しい日本が生まれる」と皆に語ります。村田新八(堀井新太さん)も「吉之助さぁがおはんらだけを死なすわけがない」と。新八の言葉に「そんとおりじゃ」と、西郷は使者の文を破り捨てました。降伏の刻限が過ぎ、大久保は西郷が降伏を拒否したことを知ります。明日の朝、政府軍の総攻撃によって西郷を死なすことになると悟った大久保は呆然自失となり、側近が「ご挨拶を」と呼び掛ける声も耳に入りませんでした。ゲストの大きな拍手に迎えられて壇上に立った大久保です。しかし挨拶の言葉を述べながらも、明日命が絶たれてしまう西郷のことが胸をよぎり、涙が浮かんできます。「侍によってつくられてきた日本は今、大きく変わろうとして・・」自分がこれまで西郷と共に歩んできた様々なことが思い出され、演説ができなくなって途中で退席してしまいました。一方、明朝の総攻撃を受けて全員死ぬことになる西郷軍ですが、なぜか誰も悲壮感はなく、食事をしながら陽気に笑っていました。西郷はここまで自分に付いてきてくれた皆をねぎらい、そして侍じゃなくても今や十分な戦力となった政府軍の者たちを讃えました。「桜島を眺めながら死ねるここは最高の死に場所じゃあ!薩摩武士の本懐!」桐野や辺見や宗介が口々にそう言って盛り上がり、また新八はフランス女性との密かな恋を語り、この世での最後の夜を共に分かち合いました。(博覧会で流れていた音楽(ヘンデル作曲;『見よ、勇者は帰る』)がそのまま流れていて、晴れの舞台なのに悲しみをこらえきれない大久保と、夜が開ければ死ぬのに晴れ晴れとした者たちが同じ音楽で対比され、面白い演出でした)そして政府軍の総攻撃が始まる朝の4時となり、西郷軍は戦に不要なものを焼き捨てました。(新八のつぶやきは「 mon amour.(私の愛しい人よ)」です)。出陣にあたり西郷は「よかか!、おはんらが侍の最後を務めるんじゃ。日本の誇りじゃ!」と皆に最後の檄を飛ばし、皆も「おおーっ!」とそれに応えました。
December 18, 2018
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先月から毎週水曜日に BS-TBS で放送されている、武田鉄矢さんが黄門さまになった 『水戸黄門』 。やっとこのメンバーでのドラマが面白くなってきたのに来週でもう最終回で、なんか寂しい気がします。なので私の印象に残った回をご紹介していきます。『水戸黄門』にはTVドラマでおなじみの役者さんがよく週替わりのゲストとしてご登場なのですが、11月8日の第6話放送には山口馬木也さんが出演でした。山口馬木也さんといえば、以前の第31部~第37部で(里見浩太朗さんが黄門さま)、伊賀の里の幼き主のアキに身の危険が迫るとどこからともなく突然現れて、情け容赦なく敵をバッサバッサと斬っていった「鳴神の夜叉王丸」をやっていたお方です。この方が山口馬木也さんです。左の女性は篠田麻里子さんです。今回の山口さんはごくふつうの侍でしたが、前のときの夜叉王丸は一行の危機を幾度も救ってくれて、そのときのインパクトが抜群でした。なので今ふつうの人として出ても親しみを感じるのです。これは第33部の第6話「伊賀」での場面です。中央の小さな女の子が忍びの郷の主・アキで、隣りに立つのが夜叉王丸の山口馬木也さんです。ここからは第36部の第1話「水戸」。夜叉王丸@山口馬木也さんがこんな感じだったというのをご紹介です。洞窟の中での戦いで、立ち向かうアキ(斉藤晶ちゃん)に敵の忍びが「おのれぇ、小童!」と斬りかかろうとしたときに・・・夜叉王丸が頭上から降ってきました! キタ━━ヽ(≧∀≦)ノ━━!! アキの前に立ちはだかって守り、敵と対峙します。セリフはないけど「アキ様は俺が守る。アキ様には指一本触れさせぬ。」、そんな声が聞こえてきそうです。敵の忍びをあっという間に斬って倒していきます。剣道と殺陣を特技にもつ山口さんなので、すごい迫力です。無事にアキ様を守り抜き、アキに付き従う風の鬼若(照英さん)に敵の正体を伝え、夜叉王丸は去っていきました。出番は本当に少ないけど、インパクト抜群の夜叉王丸です。夜叉王丸のときの山口馬木也さんはこんな感じでした。では今の『水戸黄門』に戻って。※11月8日放送のあらすじは ⇒ ⇒ コチラ※11月8日放送のフォトギャラリーは ⇒ ⇒ コチラ篠田麻里子さんは今回、実は忍びという役なので、殺陣も頑張ってます。ドラマのラストの大乱闘です。このラストの見せ場はいつも、皆さんがすごいスピードで動いています。やる方もやられる方も息が合っていて、さすがは役者って感じです。※前回の『水戸黄門』日記は ⇒ ⇒ コチラ足元に転がっている棒を足で転がしてすくい上げて、それを武器にする格さん(荒井敦史さん)です。この技は第32部~第41部で助さん・格さんを演じた原田龍二さんや合田雅吏さんも、たまにやってました。刀の使い方が回を重ねるごとに様になってくる助さん(財木琢磨さん)です。空手が特技だそうですが、殺陣もかなり稽古しているのでしょうね。
November 30, 2017
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NHK大河ドラマ 『おんな城主 直虎』 。第31回の部分的な感想です。今回もいくつか「変な演出をやるなあ」とか「これって大丈夫なの?」と思う部分がありました。でもドラマ全体としては面白くて感動する部分があり、BSと総合で2回見ていました。最初からこういうドラマだったらよかったのになぁ。ただ先週の予告にあった小野政次(高橋一生さん)の「地獄へは俺が行く」のセリフ。あれはこの場面だったのかと、ちょっと予想外でした。戦国時代ならああいったことを非情と思わず、仕方がないという割り切りがあるかと思ったので。それでも今回は、個人的には奥山六左衛門(田中美央さん)に引き込まれ、楽しく見ていました。人柄の良さで直虎から信頼され、そして六左の大柄な身体が虎松を守るために、あんなにも頼もしいものであったとは、新たな発見でした。「俺を信じろ。おとわ。」---ほんのわずかな打ち合わせすらできない中で、かろうじて井伊直虎(とわ:柴咲コウさん)に真意を伝えた小野政次(高橋一生さん)。その政次の言葉を信じて、直虎は徳政令を受け入れます。井伊の者はすぐに立ち退くよう命じられ、一行はこれから隠れ里に退避します。虎松(寺田心くん)がさらに落ち延びる先には、南渓和尚(小林 薫さん)が傑山(市原隼人さん)を向かわせ、話をつけに行ってます。何か事が起こると瞬時に重要性を理解し、即座に最善の策を講じてくれる、頼もしい龍潭寺の皆さんです。隠れ里に急ぐ直虎の一行。今回の六左のお仕事その1、虎松さまを抱っこして隠れ里まで逃げる。隠れ里に着いた直虎は皆に、「話を聞いた後はすぐに忘れるように」と念押し、近いうちに戦になることと、そのとき井伊がお家の復興のためにとる策を伝えます。そして政次は自分たちの味方である「と思う」とも。直虎の話が終わって六左衛門が立ち上がったかと思ったら、「そぉ~れっ」と両手をポン♪でも何が起こったのかわからない一同は無反応です。この白けムードがどうなるとかと思ったら・・・祐椿尼(千賀:財前直見さん)が「六左がおると和みます」と、目を潤ませて六左衛門をフォロー。祐椿尼の泣き笑いで一同も緊張がほぐれ、笑いが起こります。財前さんの演技で、私もTVを見ていて思わずホロリときて、笑ってしまいました。「井伊家が危機を迎えるたびに、この隠れ里で英気を養い生き延びてきた」と直虎は虎松に語ります。虎松も素直に話を受け入れ、西日の中で「ここを守らねば」と誓う、そんな二人の姿が美しい映像です。この後、傑山が合流して虎松の移動の話になったとき、虎松が自分もここで一緒に戦うと言い張ります。直虎が「子どもは戦えぬ」と言っても聞かないので・・傑山が戦の恐ろしさを、身をもって虎松にイメージさせます。ただこの場面、もし万が一でも市原隼人さんが矢を持つ指を滑らせることがあったらと思うと、私は違った意味で恐かったです。そして直虎は虎松を諭します。「大将が生き残ることは、皆の生きる力となる。 それは他の誰にもできぬ。 そなたにしかできぬ役目じゃ。 井伊を守るために、今そなたがせねばならぬことは、 逃げることじゃ。 そなたは逃げ、我は取り返す。 そうして共に、井伊を、守るのじゃ。どうじゃ。」「虎松さま、必ずや城を取り戻し、お迎えにあがります。」中野直之の弟・直久を演じる山田瑛瑠くん、いい表情です。大人になったらどんな演技をするのか、楽しみな子役の一人です。周りに諭され、身を隠す意味を理解した虎松は、泣きながら言います。「こんな・・・こんな大将でよいのか?」BGMと寺田心くんの名演技で、ここは思わず泣けてきました。この場面では見えないところで、六左が大泣きのこんな状態になってました。(笑)ああ~、いい大人が鼻水まで垂らして。(この鼻水は本物か?)直虎から、虎松に同行して守りをするよう命ぜられた六左。武芸が苦手ではじめは辞退したけど、中野直之(矢本悠馬さん)から「いざとなれば、そのデカイ図体で盾となればよい。」と言われ、ハッと気がつきます。「鎖帷子(くさりかたびら)をお貸しくだされっ。」「奥山六左衛門、歩く盾となりまするっ!」自分なりの虎松の守り方を見つけた六左は、虎松、傑山と共に三河へと旅立っていきました。今回の六左のお仕事その2、荷物持ち&歩く盾で虎松さまを護衛。虎松の首実検に連れ出された直虎。しかし「疱瘡を患っている」と聞かされ、直虎はこれは政次の策によるニセ首と確信。逆に疱瘡と聞いた今川の家臣たちは逃げだしたくなりました。幼子の首を抱いて泣き、読経する直虎。虎松を守るためにどこかの幼子が犠牲になった罪悪感もあるだろうけど、この場面では直虎は、とにかく今川の追及を逃れることが先だったと思います。この後の、直虎が幼子の首を大木の根元に埋める場面(の演出)は、いろいろ違和感でした。木の周辺の土って、畑の土と違って固いから、道具がないと素手では掘れないと思います。(木の棒で掘ってた?桶を埋める穴を掘ろうと思うとかなり 大きな穴がいるので、道具がないと能率が悪すぎです)それと、いくら隠れ里にいるからって、直虎と龍雲丸(柳楽優弥さん)があんな大きな声で話をしてていいのか?、近くに間者はいないのか?など演出に疑問でした。「関口の首を徳川に差し出せば、井伊は瞬く間によみがえる」・・・「瞬く間に」とは私は思えません。しかし直虎は、幼い命の犠牲を胸に刻み、井伊家の復興をこのとき天に誓いました。
August 7, 2017
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昨年秋に行ってきた岐阜城の写真です。私が行ったとき、岐阜城ではちょうどパノラマ夜景のイベントをやっているときでした。岐阜城の天守そのものは過去に何度か行っているのでさほど興味はなかったのですが、岐阜城からの夜景はそういえば記憶にない・・・。少し時間をつぶせば夜景が見られる時間だったたので、ロープウェイで金華山の山頂にあがってきました。(ふもとの岐阜公園から歩いて山頂に行くこともできますが、根性のない私はラクな方法を選びました)※前回の岐阜公園の日記は ⇒ ⇒ こちら 山頂でロープウェイを降りてからお城の天守までは200mほどあります。少し上り坂の順路をずっと歩いていくと「天下第一の門」がありました。順路の途中で岩盤がむき出しになっていました。金華山の地層は2億数千万年前のチャート層で非常に硬い岩盤です。水がしみないこの岩に長い年月をかけて根を張ってきた木々たちの自然の力は素晴らしいですね。※画像をクリックすると、もう少し大きくなります ↓ ↓そしてここには山城があります。この硬い岩盤を人力で削って防御の施設を造り、私がロープウェイで上がったここまで資材を運んで山城を造った昔の人たちの力は本当にスゴイと実感します。二の門のところに来ました。整備された綺麗でわかりやすい文章の案内板があると学習意欲が上がります。順路の途中で岐阜城の天守が見えてきました。この日は快晴だったので、日没が近い時間になっても十分に明るさがありました。途中で視界が開ける場所があったので、空飛ぶ鳥を入れて風景を撮ってました。そのときは気がつかなかったのですが後でよく見たら、 鷺山 と 黒野城跡 が画面の中に入っていました。(たぶんあっていると思います)岐阜城の天守の中に入りました。最上階の外の欄干のところに出て、天守からの眺めを堪能しました。これは長良川の上流のほう(東の方角)を見ています。こちらは伊勢湾に向かっていく長良川の下流のほうを見ています。方角として西を向いています。先ほどの鷺山と黒野城跡を長良川を入れてもう一度。岐阜城から鷺山と黒野城跡は、方角は西北西に、距離は直線距離で鷺山が約3.3km、黒野城跡が約6.0kmになります。
February 8, 2019
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2022年NHK大河ドラマ 『鎌倉殿の13人』 の感想です。2022年の大河ドラマが始まりました。つい2週間前まで見ていた明治の世から、今度は一気に700年ほど戻った平安時代末期になりました。音楽も昨年とは雰囲気がガラリと変わり、力強い勇壮な感じの音楽になりました。作曲家のエバン・コールさんのインタビューは こちら ドラマの始まりの今回では、北条義時(小栗 旬さん)は大した野心もなく、今のまま言われたことをやって静かに暮らせたらそれで十分と考えている感じです。それが源 頼朝(大泉 洋さん)の存在がきっかけで義時の周りにいる兄の宗時(片岡愛之助さん)や姉の政子(小池栄子さん)がそれぞれの思惑で勝手に動き出してしまい、義時は否応なくその渦に巻き込まれていくようです。この時代は対立や不都合がすぐ死につながるような暗くて重い面が多いのですが、三谷幸喜さんの脚本なので、その部分は視聴者に疲労感を与えない程度に、時には予想外の笑いの要素を入れながら、でも史実に沿ってシリアスに、視聴者に物語を見せてくれると思っています。今回も早速、私の予想を超えた展開の場面がいくつか出てきたし、登場人物たちも台本と役者さんたちの演技でより魅力的に描かれるのだろうなと、今後を期待しています。こちらではいろいろな感想で盛り上がっています。 ⇒ ⇒ #鎌倉殿の13人 大河ドラマ館は現在準備中で、鎌倉市の鶴岡八幡宮の境内に、3月1日にオープンの予定となっています。 ⇒ ⇒ こちら 安元元年(1175)、伊豆の豪族の北条時政(坂東彌十郎さん)は京での大番役の務めを終えて、3年ぶりに領地に戻ってきました。北条の館では近隣の豪族や地侍などを招いて宴が開かれ、時政は京で買ってきた土産を客人に配ったりして、宴は賑やかに盛り上がっていました。父・時政に同行して京に行っていた北条義時(小栗 旬さん)は、この間に起こった一大事を従兄弟の三浦義村(山本耕史さん)から聞きました。彼らの祖父にあたる伊東祐親のところには平氏に敗れて流罪となった源頼朝がいるのだけど、その頼朝が祐親が京に行っている間に娘の八重とデキてしまい、あげくに子までできてしまったので祐親は激怒(八重が好きな義時には衝撃)でした。このことが平家に知れたら大事なので祐親は頼朝を殺すよう家人に命じますが、頼朝は密かに館を抜け出して行方知れずで、皆で必死に探していました。義時が一人で物思いにふけっていたら兄の北条宗時(片岡愛之助さん)が来て、やにわに源頼朝のことをあれこれ話し始めました。さらに時宗は、祖父の祐親が平家にすり寄って今の地位を築いたように自分は頼朝に付くと言い出し、そして頼朝は自分がかくまって今この館にいると打ち明けました。頼朝のことは父・時政もまだ知らないことで、頼朝をあがめる宗時は一方的に義時を頼朝に紹介し、そのうえ「これより我が弟が佐殿の手足となって源氏再興に努める、八重殿と若君を救い出してここに連れてくる」と、どんどん話を勝手に広げます。宗時は平家のやり方に怒り心頭で、いずれは平家を倒したいとまで考えていました。北条家に突如やってきた源 頼朝(大泉 洋さん)の存在は、時政の長女・政子(小池栄子さん)の生活をも一変させました。髪を整える間もなく忙しく広間の客人をもてなしていて、離れの客人(頼朝)に膳を運ぶのも嫌々だった政子でしたが、相手が頼朝と分かったとたんに態度が急変。雅な世界に憧れる政子は頼朝に興味津々で、それを感じた頼朝もついクセなのか名を訊いて「政子殿」と呼んだり優しく見つめたりして女心をくすぐっていました。義時は広間にいる三浦義村を呼んで密かに頼朝のことを打ち明けました。そして兄・宗時が考えるように頼朝が立ち上がれば平家を倒せるのかと義村に相談。しかし義村は、今は源氏が散り散りだし頼朝は罪人で官位がない、頼朝をかくまえば二人の祖父で頼朝の監視役である伊東祐親が黙っていない、と答えます。そうこうしていたらその祐親が急に北条家に立ち寄るし、厠に立った頼朝が廊下で父・時政と鉢合わせしそうになるし、頼朝のことを隠すのに義時は大わらわでした。流罪の身でありながら自分が留守の間に娘の八重に手を付け子までつくった頼朝に対し、祐親は「あの男だけは絶対に許さない」と怒り心頭です。でも頼朝をかくまう義時の苦労をよそに、頼朝が好きになってしまった姉の政子はあの手この手で頼朝の気を引こうとして頼朝に近づき、義時の気苦労を増やします。一方、父・時政は京で知り合った公家の牧宗親の妹のりく(宮沢りえさん)と再婚することになり、家族を集めて嬉しさいっぱいの報告をしていました。(室内のシーンはこの時代らしくどうしても暗くなるので、たまにはこういった明るい綺麗な場面があるといいなと思ってます)間もなく若い綺麗な嫁が来ると父・時政は浮かれていましたが、そんな父の気分は息子二人(宗時と義時)の「実は頼朝がこの館にいる」という報告でいっぺんに冷めました。宗時は父に、頼朝を擁立して平家の世をひっくり返すのだと強く訴えますが、そんなの実現不可能だし、りくとの再婚が楽しみなのに厄介事ができたと思う時政には、宗時の話はどうでもいいことでした。さて(実は恋敵の)頼朝から八重への文を託されて伊東家に来た義時は、八重に文を渡した後で祖父の伊東祐親(浅野和之さん)に会って適当に話をして帰るつもりでした。しかし義時の言動から頼朝が北条家にいることが祐親にバレてしまい、「今すぐ頼朝を引き渡さなけでば力尽くで取り返す」ーー義時は祐親からそう言い渡されました。伊東の館にいた頼朝と八重の子の千鶴丸は、祐親に命を受けた善児に殺害されました。そして北条家では万一に備え、いつでも戦えるよう宗時が家人たちに戦の準備をさせていましたが、義時から千鶴丸のことを聞いた宗時は祖父・祐親の本気を悟りました。また我が子・千鶴丸の死を聞いた頼朝はさほど驚くこともなく、逆になぜか生き延びる自分のことを「この世で成すべきことがある運命」ととらえ、読経を続けていました。しかし頼朝は義時が去った後で、祐親によって伊東を追放された工藤祐経には「祐親を殺せ」と命じていて、我が子を殺された怒りは収まってなかったのでした。そしていよいよ祐親が長男の河津祐泰(山口祥行さん)ら兵を率いてやってきました。頼朝はいないと言って伊東の兵に帰るよう要求する宗時でしたが、そんなのは老獪な祐親に通用するはずもなく、でもそこへ父・時宗が櫓に上がってきて「お前が太刀打ちできる相手ではない。わしも腹をくくった」と祐親との交渉を始めました。(こういう難しい場面では人生経験が豊富な年長者が前にでてくるのがいいです)そして父と兄が時間稼ぎをしている間に、義時は頼朝を逃がす準備を進めていました。頼朝を馬で逃がそう思った義時でしたが、館の裏にもすでに伊東の兵がいました。そのとき政子の機転で頼朝が女装することになったのですが・・。烏帽子をつけたまま着物をかぶって、髭を生やしたまま化粧ですか~。しかし妙な女が突然現れて馬でどこかへ出かけようとしているのを伊東の兵が怪しみ、確かめようと厩に近づいたら、女を乗せた馬が飛び出していきました。「あれは頼朝!」と追いかけてくる伊東の兵が放つ矢をかいくぐりながら、頼朝を連れた義時は必死に馬を走らせて逃げていきました。おまけ画像。これからの主要登場人物の紹介で出た平清盛を演ずる松平 健さん。振り向くときの間とか身体の向きとか目線とか決まっていて、カッコイイですね。さすがは時代劇の大スターです。
January 11, 2022
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気がつけば、4月も後半になりましたね。このエリアの桜はかなり散ってしまいました。いえ、いいです。東北の被災地で少しの間でも長く開花していてくれたらさて、他所で見つけたネタですが興味深いものがありました先日、読売新聞に以下のような記事が掲載されて……『仙台の海岸にARIGATO、読んだ米軍感激』【ワシントン=山田哲朗】東日本大震災で水没した仙台空港の復旧を支援した 米空軍第353特殊部隊のロバート・トス司令が15日、沖縄県嘉手納基地とワシントンを結んだ電話記者会見で、被災者が海岸に 「ARIGATO」 の文字を作って米軍に感謝を表してくれたと明らかにした。 トス司令が上空から見た文字は、長さ6~9メートルのマツの木を並べて作ったものだったという。同部隊は自衛隊と共に滑走路のがれき撤去や臨時の航空管制などにあたり、輸送機で水や食料も運搬した。 トス司令は支援を振り返って、「驚いたのは自分たちも被災しながら日夜、復旧に努める日本人の姿だった。ありがとうは日本の人々に送りたい」 と話した。 ▽ ソース YOMIURI ONLINE 記事 、 画像 で、これをやったご本人様が、他所で感動の日記をUPされました。(一部を日記より抜粋)拝啓 「トモダチ作戦」に参加されている合衆国軍全将兵の皆様。 名取市に暮らすものとして、合衆国軍の皆様にどうしてもお伝えしたいことがあり、筆をとりました。 私は、現在では一市民でしかありませんが、かつては日本の陸上自衛隊に所属していました。それゆえ、皆様が過酷な訓練を乗り越えた優秀な軍人であり、そしていま現在どれほど辛く、危険な任務に従事されているか、わが身のことのように理解しているつもりです。日々私たちのために、本当にありがとうございます。いくら感謝の言葉を書き綴っても、とても足りないほどです。 (中略) : :あの惨状の仙台空港に命がけで強行着陸し、僅か一日で復旧させ、多くの支援物資を運び、嫌な顔一つせず、私たちの支援を続けてくださっている皆様にふさわしい言葉だと感じています。 (以下、略) : : :ご自身も自衛隊にいたことがあり、大震災後に被災地で救援活動されている皆さんのご苦労が十分過ぎるほどわかるチコさんだから、感謝の思いをどうしても伝えたかったのです。そして仙台空港に行って最初に会った米軍の方々が海兵隊の皆さん。チコさんの解説によれば、海兵隊とは『海兵隊は独自の艦船と航空兵力、強力な歩兵を保有し、どこかで何かがあった時真っ先に乗り込んで 橋頭保 を確保する、上陸作戦や強襲作戦を専門とする部隊で、陸海空全ての面での作戦能力を単独で持ってる』 という “外征専門の殴りこみ軍隊” で、メチャ強い方々だそうです。そしてその後チコさんは、そのときにお会いした大尉を通じて司令官のコゼニスキー大佐ともお会いし、チコさんの手紙に感激した大佐から所属部隊のロゴが入った記念コインをいただくという、超ハッピーで信じられない展開となりました。しかも、大佐と歓談後においとました後でさらに、大尉からお名前とメールアドレスを教えていただいてしまった、ということでした。海兵隊の皆さんの優しさとご親切に感激したチコさんは、この後で砂浜に 「ARIGATO」 の文字を作ったのでした。でも、なにより海兵隊の皆さんの心を動かしたのは、チコさんの震災当初こそ、あまりの惨状に絶望し、思わず涙を流してしまいましたが、皆様のおかげで、この美しい本来の姿もすぐ取り戻せると、大きな希望を持つことができました。本当にありがとうございます。 「トモダチ作戦」 に従事されている合衆国軍全将兵の皆様に、心より感謝と敬意を表して。 この思いでしょう。「こんなに嬉しいことはなかったよ。」大佐からこの言葉をいただいたときに感涙したチコさんの気持ちが、なんかわかるなあ。私としても、救援に尽力してくださった皆さんに深い感謝の意を「伝えて」 くださったチコさんを、日本人として感謝したいです。チコ@ありがとう作戦さんの日記はコチラです。 『 Operation Arigato!! 』 先日行ってきた関ヶ原の西軍陣地(石田三成、陣地)よりの眺めです。石田三成の味方は、島 左近をはじめ 「トモダチ」 が多かったみたいですね。
April 18, 2011
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昨年、大人気となった大河ドラマ『真田丸』。このドラマのおかげで、これまで歴史には興味がなかったけど戦国時代に興味がもてたとか、ドラマに登場し好きになった武将のことをもっと知りたくなった、という方がたくさんいらっしゃいます。そんな皆さんへの情報です。昨年、真田丸関連の歴史番組で解説者としてよくTV出演されていた歴史学者の千田嘉博先生の講演会が、3月に大阪で開催されます。これは「真田丸発掘調査報告会」で、日時は3月12日(日)13時~場所はなんと、大阪市天王寺区餌差町の真田丸跡にある 大阪明星学園マリアンホール で行います。この講演会は、参加費が1000円で、申し込みは往復はがきで先着1400名様です。 ※詳細は コチラ 私も大阪なら行きやすいので千田先生のお話を聞きたいのですが、ちょっと行けそうにないので今回は諦めました。先着順なので、参加したい方は是非お早目に申し込みを♪そして昨年のドラマに出演された俳優の方々が、今年も全国各地のイベントにゲスト出演されます。とりあえず2つ、ご紹介します。『真田丸』で本多忠勝を演じた藤岡弘、さんが4月9日(日)に、愛知県岡崎市で開催される 岡崎桜まつり の「家康行列」に、ドラマと同じ本多忠勝の役で出演されます。 ※詳細は コチラ また、同ドラマで片倉景綱を演じたヨシダ朝さんが、5月3日(水・祝)に、宮城県白石市で開催される「片倉公まつり」 に馬に乗ってパレードに出演されます。2017年になったと思ったらもう2月も半ばです。春の花の開花とともに来月から始まる全国各地のイベントシーズンも、すぐにやってきそうですね。また今年も全国各地から盛り上がりのレポートSNSがたくさん見られますように。真田丸関連のTV番組で、レポーターやタレントがよくこの学校の中に入っていました。ここの生徒たちが作った真田丸のジオラマが、見たかったな~。こちらは三光神社がある宰相山公園から見た風景です。この高低差が当時の戦いに活用されたのでしょうか。
February 18, 2017
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このたびちょいと訳あって、車を買い替えました。車というものはまことに便利なものでありますが、やはり使っている間は何事もなく無事でありたいものです。なので車を買い替えたときは必ず安全祈願に行くのですが、これまでは特に考えず、地域的に犬山市にある成田山で祈祷を受けていました。でもここ数年、名古屋城の近くにある 愛知県護国神社 に参拝する機会が増え、こちらでも安全祈願のお祓いがあり、どのように行うのか気になっていました。HPを見ると、祈祷料が若干高いものの1台1台やってもらえるとあり、今回はこちらでお願いしました。愛知県護国神社に着きました。今回は初めてで何もわからずとりあえず受付に行ったら、これから団体様の祈祷があるから1時間後に、ということでした。(電話予約するとよかったらしい)時間が近くなったので再度受付に行くと、車を紙垂(しで・白い紙のところ)の前に移動しておいてくださいと言われました。車を移動して受付に戻ると、館内の控室に案内されました。申し込み用紙に記入し祈禱料を支払って、もうしばらく待機です。団体様の控室にもなる広い部屋で、椅子とテーブルがあって、お茶のサービスも。戦争で命を散らした英霊を祀る護国神社です。戦闘機の模型が置いてありました。この後、神殿に案内され、安全祈願の祈祷をしていただいたのですが、私一人なのに本当に丁寧に祝詞を捧げていただき、十分にありがたいものでした。車のキーも預かって、ちゃんとお祓いしてくれました。祝詞の後で禰宜の方が「以上で」と言うので、あれ?車の前でのお祓いはもうないのかな?と思ったけど、大丈夫でした。私の車の前に移動し、4つのドアとボンネットとトランクを開けるように言われました。(私、自分の車なのにボンネットの開け方がわからなくて、禰宜の方がやってくれました)そう、車内全てに通気するようにして邪気を祓い、車の四方全てから祝詞を捧げてくださいました。ここまで丁寧にやってもらえるとは知らなかったので感激で、こちらに来てよかったと実感しました。お祓いを受けた後は、神社内にある戦没者の碑をお参りしてきました。この時期は神社内のアジサイが綺麗です。春は桜が咲き誇り、この時期はアジサイがあって、秋は紅葉があります。日本の寺社では四季の美を堪能できます。社務所の前にある花壇が、水田になっていました。「神田」と聞くと地名や人名しか思い浮かばなかったのですが、よく考えたら「神様の田んぼ」ですよね。帰るときにお土産・・じゃなくて授与品をいただいたのですが、これまた予想を超えるボリュームでした。交通安全のお守りとステッカーはもちろんのこと、お米、砂糖、箸、そして大きい袋には日持ちするバームクーヘンが入ってました。祈祷料のランクが上がると、お札が付くそうです。交通安全守です。金色が入ると綺麗ですね。護国神社の控室にあったパンフレットや新聞です。硫黄島の慰霊はご遺族の方限定のものです。
June 11, 2022
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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今回はドラマ中盤の、松永久秀を演じる竹中直人さんの怪演と、それに呼吸を合わせて、身を乗り出して話を聞いたり、戯言と言われてがっかりしたりと、動きやセリフでリアクションする羽柴筑前守秀吉役の池松壮亮さんと、弟の羽柴小一郎長秀役の仲野太賀さんの演技に魅入りました。 秀吉と小一郎にしたら、松永を説得できるかどうかで主君の織田信長(小栗旬さん)から命をかけられ、松永との話でも途中から賭けになって松永にも命をかけられ、まさに生きてここから出て、その先も生きるには、という状況でした。 それにしても竹中さんのまことしやかなお宝の作り話の演技や、最後に大量の爆薬を狂気の中でぶちまけるシーンでは、画面を見ているほうも引き寄せられるし、松永に本当に振り回されて怒ったり落胆したり、最後は慌てて城から逃げ出すはめになる池松さんと中野さんの演技には、正直、笑っちゃいました。 ドラマそのものも創作だけど、脚本と役者さんたちの演技に魅せられるのは、ドラマの楽しみだと思います。 そしてドラマの前半、夫・秀吉のために長浜城を飛び出そうとする寧々(浜辺美波さん)を止め、身内一同と家臣一同の名を連ねた起請文を作らせた小一郎の妻・慶(吉岡里帆さん)のナイスアイディアと、起請文に先を争って我が名を書こうとする家臣たちの秀吉への思いには、静かな感動がありました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正5年(1577)能登国の七尾城(石川県七尾市)を救援するために柴田勝家(山口馬木也さん)を総大将として出陣した羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)でしたが、現地で勝家と対立して我慢がならなくなり、戦の途中でしたが家臣の皆を連れて長浜城に帰ってきてしまいました。 戦場から勝手に離脱することは重大な軍律違反であることは秀吉は百も承知であり、主君・織田信長(小栗旬さん)は当然怒り心頭です。安土城で秀吉は自分の思いを信長に必死に弁明して許しを乞いましたが、信長は秀吉が比叡山での出来事に続いて二度目となる命令違反に対して許す気はなく、沙汰が出るまで安土城の座敷牢に入るよう命じました。 弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は兄・秀吉をなんとか救えないかとあちらこちらに奔走しました。しかし丹羽長秀(池田鉄洋さん)も明智光秀(要 潤さん)もそれぞれに過去のしがらみがあり、上様(信長)への口添えはできないと断られました。勝家にも秀吉助命の文を送りましたが勝家なりの考えがあり、小一郎の頼みは拒否されました。 なにより秀吉のことで一番じっとしていられなかったのは妻の寧々(浜辺美波さん)でした。夫の助命嘆願のために長浜城を飛び出そうとした寧々でしたが、小一郎の妻の慶(吉岡里帆さん)に行くてを阻まれました。慶は寧々の懐から懐剣を取り出して自害しようとするのを止め、「どうしても安土に行きたいなら、家中の皆で参りましょう。」と提案しました。 小一郎は座敷牢にいる兄が気落ちしないよう、今あちこちに助命の口添えを頼んでいると言いましたが秀吉はそんな弟の優しい嘘を見抜いていました。そんなとき秀吉は信長からの呼び出しを受け、いよいよ切腹の沙汰が下るのかと覚悟して廊下を進みました。しかし廊下の途中でなぜかここにいるはずのない寧々がいて、幻でもない妻・寧々に秀吉は涙ながらに詫びました。寧々は意気消沈する秀吉と小一郎に明るく声をかけ、そして「皆で助けに参りました。」と告げました。 信長が秀吉に、二度にも及ぶ命令違反は断じて許せぬと言ったとき、「お待ちください!」と小一郎が御前に進み出ました。小一郎は懐から巻物を2つ出し、信長の前に広げました。それは羽柴家の身内と家臣たちが信長に忠誠を誓う起請文で、これに免じてどうか兄・秀吉を許すよう乞いました。そこには侍たちだけでなく、母・なかだけでなく姉や妹たち、もちろん慶も含め女たちの名と血判がありました。 どうかこれで兄の許しを!と思った小一郎でしたが、信長は起請文を足蹴にし、こんなものでは怒りは収まらぬと。しかし信長は、この者たちの願いが秀吉の天運を呼び寄せたのかと言って二人の前に座り、松永久秀(竹中直人さん)がまた信長を裏切ったことを伝えました。信長は、松永が心を許す秀吉と小一郎に、松永を説き伏せて自分の前に再びひざまずかせ、その折には松永が持つ最高の名器の平蜘蛛を差し出させるよう命じました。それができれば今回のことは許されるーー秀吉は「必ずや!」と小一郎と共に信長に誓いました。 織田信忠(小関裕太さん)を総大将とする織田軍は、松永が籠城する大和の信貴山城を取り囲みました。大和の支配権をめぐって松永とは長年対立してきた筒井順慶(永沼伊久也さん)は総攻撃をかけて早く攻め落としたいのですが、信長が欲しがる高価な茶器を抱える松永に簡単には手が出せない状況でした。信忠はあと一刻のうちに城内に説得に入った秀吉と小一郎が戻らなければ総攻めを行う、と決断しました。 その松永は降伏する意思はないので、最初は使者に来た者を斬り捨てる気でいました。でも使者がこの兄弟だったので無下にもできず、とりあえず話だけは聞いてやることにしました。二人は松永を説得しようと必死に食らいつきました。 松永は、平蜘蛛を差し出せば大和は自分のものになるのかと問うと、答えは否でした。その理由が筒井の若さだと聞くと松永は、信長からは大和はもらえないと考え、他にいくら住みよい領地があっても受け入れられない、ほしいのは大和のみ!と答えました。 なぜそこまで大和にこだわるのかを小一郎が問うと、松永は二人の前に近寄って座り、他言無用の話をしました。大和には、かつて吉野に南朝があったころ(1336~1392)に隠された膨大な金銀財宝があり、さらには唐や朝鮮から渡来した珍しい宝物が山ほどある、自分はその絵図も持っている、だから大和は誰にも渡したくない、と松永は答えました。 ところがそれはただの作り話で「戯言じゃ!ハッハッハ!」と松永は愉快そうに笑いました。松永の話を真剣に聞き入っていた秀吉は悔しがり、小一郎はあっけにとられました。それでも松永は、天下のことは信長に任せるしできる限りの協力もする、大和さえ自分に渡してくれたら、という思いは変わりありませんでした。 次に小一郎が松永は大和出身なのかと尋ねると、それは松永自身にも定かではなく、ただ松永は自分の父親が造形物でも絵画でも贋作造りの名人だったと言いました。そして自分の母は父の側女だった故に周りからは卑賎の子と蔑まれて幾度も悔しい思いをしてきたが、そんな自分を三好長慶だけは皆と分け隔てなく扱ってくれ、大和の地を任せてくれた、だから大和は渡したくない、と明かしました。 しかしその後で松永はまた、この話を信じるか?と問うので秀吉は思わず怒ってしまいました。でも小一郎は静かに信じると答えながらも、死んでしまえばそれまでだ、と言いました。それを受けて秀吉は、信長は松永を死なせたくないから許す理由が欲しかった、だから平蜘蛛を要求した、生きていればまた機は巡ってくる、今は平蜘蛛を信長に差し出して一緒に長生きしよう、と松永に訴えました。 二人の説得に心を動かされた松永は自分についてくるよう言い、奥の間に移動しました。そして二人の前に2つの平蜘蛛を出して見せ、一方は本物で一方は偽物と言い、もし本物を見抜くことができたら二人の言うことに従う、と言いました。ただしもし本物を見抜けなければ二人の首を取って信長に送り返すと言い、もう逃げることができなくなった二人のまさに命がけの勝負が始まりました。 とはいえ、いくら見比べてもどちらが本物なのか、二人にわかるはずもありません。時間だけがどんどん過ぎていき、ではどうしたらいいのかとなったときに小一郎がひらめきました。「まがい物はこっちじゃ!」ーーそう言って片方の釜を手に取り、高く掲げて廊下で割ろうとしたときに、松永が顔色を変えて「やめろ!」と叫びました。その声を聞いて思わず笑いがこみあげる小一郎と、小一郎の意を察して同じく笑う秀吉。「これが本物でござるな。では御免!」ーーそう言ってもう一つの偽物の釜を手に取り、今度はそれを思いっきり廊下に叩きつけて割ってしまいました。 小一郎は勝利宣言をし、松永も笑って負けを認めました。二人は松永の前に進み出て姿勢を改めると、小一郎は松永に人にまがいものはないと思う、偽りもいずれ真になる、松永殿は本物だ!と笑顔で思いを伝えました。小一郎の言葉が内心嬉しかった松永は二人に、お前たちこそ本物の大馬鹿者じゃ!と言葉を贈りました。 それから松永は支度をするために、二人には先に織田の陣に向かうよう言いました。命がけの勝負に勝ち、安堵の涙を浮かべて喜び合う二人。しかしそのとき奥から、何かが爆発する音が聞こえました。爆発が続き、もしや松永が!?と察した秀吉が急いで奥のほうに様子を見に行くと、松永が大量の火薬を自分の周りで次々と爆発させていました。 松永はこのまま死ぬ気になっていて、最後に「あの平蜘蛛は2つとも偽物。わしはとうとう本物を手に入れることができなかった。小一郎が先に壊そうとしたのは父が作った贋作。だけど壊したくなくて、その理由は自分でもわからん。」と思いを語りました。さらに「何が本物で、何が偽物かなんて、どうでもいい!偽物を愛でる信長の間抜けな姿を、あの世からとくと楽しませてもらうわ!」と狂気じみた笑いをした後、「千秋万歳、万々歳…」と謡いながら大きな甕に入った大量の爆薬を出し始めました。小一郎は兄・秀吉に逃げるよう言い、秀吉は慌てて平蜘蛛を抱えて城を飛び出しました。狂気の笑いの中で爆死した松永と共に、信貴山城の天守は吹き飛びました。 命からがら城から脱出し、偽物の平蜘蛛を持って信長の前に進み出た二人でしたが、信長に嘘は言えませんでした。信長からの切腹命令を覚悟して小一郎が、松永は偽物しか持っていなかったと説明すると、信長は「そうか」と意外なほどあっさりしていました。そして二人が役目を果たしたことは認めてくれ、戦場離脱のことは水に流してやると言いました。命が助かった秀吉は庭に降り、土下座をして幾度も信長に礼を言いました。信長は秀吉に、すぐに播磨での仕事をするよう命じ、秀吉も喜んでそれを受けました。 一連の出来事が収まった束の間の休息のとき、信長がくれた偽の平蜘蛛を二人で眺めながら、小一郎はふと思いました。おそらく上様(信長)は最初からこれを偽物と知っていた、でも兄者を助けるために安土ですぐに切腹させず、そろそろ謀反を起こすだろう松永の動きを待っていた、結局、松永のことも平蜘蛛のことも上様にとってどうでもよかった、兄者さえ許すことができれば、また松永も秀吉を死なせたくない信長の思いをうすうす分かっていたのだろう、と。 そんなことを思いつつ、小一郎が平蜘蛛の釜の蓋を開けて中を覗いてみると、1枚の紙片が入っていました。見てみるとそれは松永が戯言だと言っていた、南北朝時代の財宝の絵図のようでした。「今はできないけど、いつの日かこの財宝のことをわしらで確かめよう!」小一郎と秀吉の兄弟に胸が躍るような夢ができました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
May 28, 2026
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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回では竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)に加え、これから羽柴筑前守秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)の強力な軍師となる小寺官兵衛尉孝高(後の黒田官兵衛;倉悠貴さん)との出会いがありました。 半兵衛と官兵衛、二人の知恵者の静かな戦いでした。先回りする知恵と行動で秀吉への忠誠をアピールする官兵衛。官兵衛の力量を認めながらも、自分とは正反対で快活で堂々とした官兵衛がちょっと面白くない半兵衛。そして同じくらい知恵が回る秀吉は二人のやり取りを興味深く眺め、両者がそれぞれに気分よく働けるよう言葉を添えていて、これがリーダーとなる人の姿なのかな、とも思いました。 そして兄・秀吉より竹田城の攻略を任された羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は、相変わらずというか、彼の基本は敵味方双方が無駄な血を流さないことでした。ただそのための方法がなかなか見つからなくて総大将としての命令が下せず、でもそれを同行した藤堂高虎(佳久創さん)や宮部継潤(ドンペイさん)や前野長康(渋谷謙人さん)がうまくフォローしていていました。そして戦いの後は敵兵にも情けをかけ、うまく事を成し遂げた最後は皆で笑い合っていました。こんな光景を見たら敵方の家臣たちも、これからは気持ちよくこちらに臣従しようと思えるでしょうね。 とはいえ、そういつも万事円満にはいかないのがこの時代です。ラストでは上月城で秀吉が敵方に対してこれまでにはなかったような苛烈な処断をしていて、小一郎は耳を疑いました。秀吉はなぜこんなことをしたのか。来週の展開に興味津々です。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正5年(1577)10月、羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は主君・織田信長(小栗旬さん)から毛利攻めの足掛かりとして播磨(現在の兵庫県南西部)への出陣を命じられました。しかし播磨は2年前から摂津(兵庫県伊丹市)有岡城主の荒木村重(トータス松本さん)がすでに調略を始めていて、地元の国衆を味方につけて毛利攻めの足場を固めていました。 出陣の話を聞いた福島正則(松崎優輝さん)と加藤清正(伊藤絃さん)は秀吉に同行を願い出ました。しかし今の播磨は赤松や別所らの大小さまざまな国衆が存在し、織田派と毛利派に分かれて対立していました。播磨に手を出すということはその先にいる毛利ともにらみ合うことで一筋縄ではいかない、と秀吉は二人を戒めました。 一方、弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)ですが、妻の慶(吉岡里帆さん)とようやく心が通い合うようになり、夜空を眺めながら出陣前の酒をたしなんでいました。慶は連れ子である与一郎を大事にしてくれる小一郎に礼を言い、小一郎もまた、先だっての起請文の件の礼を伝えました。憂いがなくなり、わだかまりが解けた後のおいしい酒に、慶と小一郎は互いに幸せを感じていました。 そのころ摂津の有岡城では、高槻城城主の高山右近(市川知宏さん)と茨木城城主の中川清秀(すがおゆうじさん)が城主の荒木村重を訪ね、播磨に秀吉が入ることに憤っていました。村重は、今は信長には逆らえないからと二人をなだめつつも、これまで播磨で築いてきた国衆とのつながりを活かして秀吉に貸しを作ってやろうと考えていました。 ほどなくして秀吉たちは播磨国の姫路城に入り、城代を務める小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)が出迎えました。村重は官兵衛に、これからは自分に代わり播磨は秀吉が治めると紹介し、官兵衛は信長が最も信を寄せる家老の筆頭は秀吉であると噂を聞いている、と言いました。小一郎が噂の出所を官兵衛に訊ねると、官兵衛はそれは自分だ、噂となれば人を動かす力となる、実際その後で秀吉に従うと決めた国衆も多い、と答えました。 そして官兵衛は、これからも信長と秀吉の力となると宣言し、城代として座っていた座を秀吉に譲って勧めました。秀吉は遠慮しましたが官兵衛は、今よりこの城は秀吉に譲るときっぱりと言い、一同は驚きで顔を見合わせました。城代の官兵衛が勝手にそんなことをしていいのか?と小一郎が問うと官兵衛は、このことはすでに城主の小寺政職は承知している、政職は織田方につくよう自分が説き伏せた、政職だけでなく赤松や別所にも織田方につくよう説得したと、言いました。しかもその方法は、赤松と別所を互いに疑心暗鬼にさせて織田方につくよう仕向け、この両家が織田方についたことで周りの国衆たちも黙って従った、というものでした。 官兵衛の手際の良さと強引さに、それで大丈夫なのかと心配になった小一郎が訊ねると官兵衛は、今の播磨には真の国主はいない、少しくらい強引でも信長のような強い人にこの地を治めてほしい、と考えを伝えました。信長に心から仕える姿勢を見せる官兵衛に秀吉は大変満足していましたが、小一郎はこの話をどう思うかを竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)に訊ねてみたところ、半兵衛は演技か本当か居眠りをしていました。 官兵衛は自分の策略を軽く扱われたと思ったのか半兵衛に対し、知略の師として名高いお方にはこれぐらいのことは当たり前で退屈かな?とやや挑発的に言いました。半兵衛は、全ての国衆に人質を出させてほしいと要求しました。たしかにそれなら上様(信長)へのなによりの臣従の証となると秀吉も賛同し、官兵衛にそれができるかを訊ねました。すると官兵衛は、まず初めに自分の嫡男の松寿丸を差し出すと言い、そうすれば皆も信じて従う、と答えました。半兵衛と官兵衛、これが二人の軍略家の出会いでした。 その数日後、織田への臣従を誓うために、秀吉のもとに播磨の国衆たちが出仕しました。ところが別所長治の名を呼んだところ、来たのは長治の叔父で一門衆の別所賀相(田中美央さん)でした。賀相は長治が不調だから代役で来たとのことでしたが、当の長治は東播磨にある三木城(兵庫県三木市)で元気に剣術の稽古をしていました。一門衆でもう一人の叔父の別所重棟(忍成修吾さん)は長治に、やはり秀吉に挨拶に行ったほうがいいと進言しました。長治自身は重棟の考えを尊重して織田につくと決めていました。だから今回は毛利寄りの賀相の顔を立てるために挨拶は行かなかった、という言い分でした。 一方、秀吉は播磨が統一されれば不要になるからと、三木城の12の支城を打ち壊すよう賀相に命じましたこれは三木城の守りの要なので賀相にはとうてい賛同できないもので、不快感が表情に出ていました。 播磨の平定が思いのほか順調に進み、秀吉はいささか拍子抜けしたようでしたが、小一郎はそんな兄を、荒木や官兵衛が労を重ねてくれたおかげだと戒めました。その官兵衛は謙遜しつつ、荒木では播磨を統一できなかった、秀吉を遣わした信長の采配は見事だ、と称えました。秀吉はこれで戻って上様から褒めてもらえるとご機嫌でしたが、半兵衛はそれは早計だと反論しました。半兵衛は、自分たちが気を緩めて退陣したら毛利はすぐにでも播磨に手を伸ばしてくると考え、官兵衛も同じ考えでした。半兵衛は、このままさらに西に進みまずは備前と播磨と美作の国境にある赤松政範が守る毛利方の上月城を落とすのが良いと進言し、秀吉も納得してすぐに出陣となりました。秀吉たちは上月城を目指して西播磨へ進軍を開始、その途中にある福原城に攻めかかっていました。軍議の場で半兵衛と官兵衛は意見が対立し、より味方の犠牲を出さないためにも、秀吉は今回は官兵衛の策を採用しました。しかし半兵衛は、自分の策の不備な点を官兵衛が指摘できるかどうかを試すために、わざと問題ありの策を出していました。秀吉もそれを見抜いていて、皆が出払って半兵衛と二人きりになったときに、少し不機嫌な半兵衛をなだめていました。ただ秀吉は、半兵衛がなにか生き急いでいるようにも感じたので、それを訊ねました。半兵衛は、自分は聖人君子にはなれない、戦が楽しくて仕方がないのだ、と笑っていました。 そのころ小一郎は、半兵衛がこの先の戦の財源として必要と考える生野銀山を手に入れるために、藤堂高虎(佳久創さん)と宮部継潤(ドンペイさん)と前野長康(渋谷謙人さん)と共に竹田城(兵庫県朝来市)に来て、城の向かいの山に陣を敷いていました。 互いに無駄な血を流さずになんとか城を明け渡すようもっていきたい小一郎ですが、やはり無理なことでした。悩む小一郎に、兄・秀吉と同じく面倒なことばかり言いだすと笑う高虎と宮部、そして前野は「総大将はお主だ。お主の思った通りにすればいい。我らはそれに従うのみ。」と小一郎を励ましました。 竹田城を向かいから眺めたとき小一郎は、あの城は水の手はどうしているのかと気になりました。井戸はすべて枯れているようだ、おそらく外から運びこんでいるのだろう、ならば城から出入りできぬようにすれば敵の水はすぐに底をつく、と宮部は進言しました。折を見て降伏を勧めれば互いに無駄な血を流さず、小一郎の狙い通りにいくだろうと考えました。小一郎はすぐに竹田城を強固に囲み、夜もかがり火を絶やさないよう命じました。 竹田城には水が手に入らなくなって7日もつかどうかになり、城主の太田垣輝延(中野英雄さん)は怒りと共に主君である自分を守るために半分の水を持ってくるよう、足りなければ上垣清重(松本実さん)ら側近たちも朝もやにまぎれて水に汲みに行くよう命じました。 しかし竹田城は連日、雲海に隠れることはありませんでした。朝もやは昼と夜の暑さの違いでできるーーもとは百姓で野良仕事をやってきた小一郎ならではの知恵でした。数日が過ぎていよいよ竹田城内に水がなくなり、頃合いを見計らった小一郎は城主の太田垣に降伏勧告をしました。しかし太田垣はそれに応じるはずもなく、援軍が来るまで徹底抗戦だと言い、水を持ってくるよう怒鳴っていました。 戦って双方の無駄な血を流したくなかった小一郎でしたが、降伏勧告は拒否され、しかも水枯れで城内の多数の兵たちは動けなくなっているので、もう総攻撃で片をつけるしかないのかと判断を迷っていました。するとそのときに別件を頼んでおいた高虎が「見つけた」と帰ってきたので、小一郎は決断しました。 かがり火をすべて消すよう命じると竹田城側もそれに気づき、夜が明けて朝もやがかかったときに上垣は兵たちを連れて水汲みに動きました。渇き地獄にあえいでいた兵たちは水場に着くやいなや、まず水を存分に飲みました。そして汲んだ水を城に持ち帰ると渇ききった城内の兵たちも水に飛びついてきたのですが、奥から太田垣が出てきて城主である自分より先に水を飲むなと命じました。兵が一歩下がり太田垣が水を飲もうとすると突然、太田垣の喉元に刀の切っ先がきて別の兵に羽交い絞めにされました。 刀を向けたのは水汲みの兵の恰好をした小一郎でした。小一郎は高虎に水汲み場を探すよう命じてあり、城内から兵たちが水を汲みにきたときに「お前たちを傷つけるつもりはない。」と織田方に降伏して協力するよう説得したのでした。それから城内に大量の水を運び入れ、すべての兵たちに水を飲ませてやりました。 やっと飲めた水を心からありがたく思い、まさに生き返った心地を喜ぶ兵たちを見て太田垣は、水を飲むな、こいつらを斬れ!、わしを助けよ!城主を守るのがお前らの役目だ!と大声で命じていました。しかし自分のことしか考えない城主に兵たちは誰も動かず、そして怒りが抑えきれなくなった小一郎は太田垣を素手で殴り「家臣の命をなんじゃと思っとるんじゃ!」と思わず怒鳴りました。ふだん温厚な小一郎の怒りに家臣の皆は驚き、でも殴って血が出てしまったことになにより小一郎自身が驚いていて、皆は笑いました。主と家臣が一緒に笑い合う、自分の周りにはなかった光景を太田垣は呆然と見ていました。「我らの負けでございます。」ーー上垣は太田垣に水を差し出して進言し、太田垣もようやく受け入れました。 こうして竹田城は無血開城となり、小一郎は竹田城の城代を任されることになりました。太田垣の身柄は山名が守る有子山城に送り届けた、竹田城の残った兵たちは羽柴に臣従したい旨を宮部から報告を受け、小一郎は一安心しました。地の利がある兵たちを味方につけ、この城の修繕は高虎が張りきって進めていて、あとは・・と考えていたら前野が生野銀山の件を報告にきました。しかし前野の表情は硬く、上月城のことで良くない話を耳にした、兄・秀吉は大勝利したが、城兵のみならず女・子供にいたるまで惨い仕打ちをしたらしい、とのことでした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
June 3, 2026
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昨年の夏のことですが、玄関に置いてある消臭ビーズを何気に見てみたら、透明だったビーズの玉が白く濁ってかなり小さくなっていました。そうかー、このビーズは水分が抜けていくのね。当たり前のことかもしれませんが、消臭効果ばかり気にしていた私には、ちょっとした発見でした。でもそのときに、ふと思いついてその縮んだビーズを別の容器に入れて、水を入れてみました。そしたらまあ、あの小さくなって濁った粒が水を吸って綺麗な透明の球体に戻ったではないですか。そこでこのビーズはどのくらい大きさが変化するのかを調べたくなりました。新品の消臭ビーズを真夏の炎天下に1週間ほど置いて、ちょっと実験してみました。適当な実験なので、このときの気温や湿度は調べてません。炎天下の庭に放置して、粒の大きさが2~3日変化がなくなったときに取り出しました。10粒で約4センチなので、1粒は約4ミリになりました。次はこれを水につけてみました。同様に、大きさに変化がなくなったときに取り出しました。乾燥して小さく縮んだ粒は、水を吸って大きく膨らみました。大きさにバラつきがあり、5粒で14センチなので平均は28ミリです。最大は30ミリになりました。ただ上の写真は、8ヶ月前に乾燥させたビーズを水で戻したので、ビーズが綺麗な透明に戻らずに白濁してしまい、触れるとすぐに壊れてボロボロになりました。乾燥の直後に戻したものは透明のままで、かつ弾力もあったように記憶しています。参考までに、消臭ビーズを袋から出して乾燥させずにそのまま水を吸わせたものです。10粒で約20センチなので、1粒は約20ミリになります。こちらは実験開始前の、未使用の消臭ビーズです。10粒で約13センチなので、1粒は約13ミリになります。さて、ここでちょっと注意事項です。使い終わった消臭ビーズを捨てるときは、キッチンやトイレ等の 排水口には絶対に流さないでください。これは製品にも記載されています。ビーズが配管の中で水を吸って大きくなり、排水管が詰まる可能性が大です。排水管が詰まったら、業者を呼ぶにしろ自分で直すべくホームセンターに走るにしろ余計なイタイ出費になるし、生活が不便になります。皆さま、どうぞご注意を。水を吸わせた実験の後でふと、色のついた水を吸わせたらどうなるかと思いつきました。色の出が悪くなったラインマーカーを使って色水を作りました。その結果は、次回の日記でご紹介します。
May 24, 2017
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前回の日記の続きです。消臭ビーズを乾燥させて、その後でラインマーカーからとった色水を吸わせたらどうなったか。その実験結果です。イエロー、グリーン、ピンクがそれぞれいい感じに色水を吸ってくれた・・・かのように見えるのですが。グリーンとイエローはちゃんと色水を吸ったようですが、ピンクのは色が球体の表面にのっただけに見えます。切断面を見ても、ピンクのは色水を吸っていないようです。私は最初、水に溶けている(透明、どの部分の濃さも同じ、時間がたっても透明で濃さが均一なのは変わらない)色ならどれも同じような結果になるだろうと思っていました。しかし結果は異なりました。今回の実験は思いつきで適当にやった実験なので、色を出した水溶性のマーカーやペンの成分は調べてありません。さて、ここで重大な注意事項があります。製品にしっかり記載されていることです。●消臭ビーズは食べられません●乳幼児の手の届かないところに保管してください乳幼児だけでなく認知症の方などが誤って食べてしまうと、気管支に詰まって窒息したり、胃や腸など消化器官で水を吸って膨張して大変な事態になります。詳しくは「消臭ビーズ 誤飲」で検索ください。また「消臭剤の用途以外には使用しないでください」と記載されています。今回私は、これが水を吸ったらどうなるのかが知りたくて、自己責任で実験しました。その点はどうかご了承ください。ふだんの生活の中で、思いがけない発見がありました。化学が得意な方ならもっと深く考察ができるでしょうが、私はこれでよしといたします。
May 25, 2017
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先日、ちょっと思い立って本棚を整理しました。そしたら、むか~し、自分が大学受験のときに使っていた本が何冊か残っていて、その中に『源氏物語』を解説した文庫本がありました。おお、まだこれがあったのかと中を見てビックリ。なに?この文字の小ささは!※画像をクリックすると大きくなります ↓ ↓シャープペンと比べると、この文字サイズです。特に原文の下にある解説文がこんなにも小さいのです。今の時代の勉強の本はわかりやすさを重視しているから、文章は文字が大きめで行間も広く、可愛いイラストや綺麗な写真がたくさんあって、とても見やすいものです。でもあの当時は、今の時代のようにPCがなくて、家で勉強するなら紙の本でした。なのでこういう小さな文字がみっしりと詰まった本でも、頑張って読むしかなかったのですよね。といっても、国語が苦手で古文はさらにサッパリ??だった私は、必要な個所しか読みませんでした。私が『源氏物語』の内容を理解できたのは、社会人になってから出会った、漫画家の大和和紀さんが描いた あさきゆめみし のおかげでしたから。話は少し変わりますが、昨年の11月に中学の同窓会があり、懐かしい皆さんと会いたくて参加してきました。そして会場では、自分が好きで得意だった数学と社会の先生方に「先生のおかげで楽しく勉強できました。」と挨拶する予定でした。しかし当日、その数学と社会の先生は欠席で、出席されたのは私が苦手でサボった国語と理科の先生でした。まあせっかくなので、お話できた国語のS先生には「学生時代は国語をサボって、申し訳ありませんでした。」とお詫びしてきましたが。S先生は退職するまでに数千人の生徒を指導してきたので私のことは覚えてはいませんが(勉強熱心だった生徒のことは、「○○が~~の質問をしてきた」と明確に覚えてみえます)、それでも気軽にあれこれお話ができました。その折に先生に「どうして国語が好きになったのですか?国語の魅力は何ですか?」と質問しました。そして先生の答えは「とにかく活字を読みたかった。本や新聞を読んでいる時間が楽しかった。」でした。んー、なるほど。先生の場合は、日本語の文章がとにかく好きということが基本にあったのです。そして国語を研究して、国語を次の世代に伝えたいから教師になられたようです。中学生のあの頃は気がつかなかったけど、とても気さくで話しやすいS先生でした。ああ、学生時代にS先生の授業をきちんと聞いて、もっと国語を勉強すればよかったと、ちょっと反省…ですね。話がそれましたが、昔の本が文字が小さかったのは、私の勝手な想像ですが、◎今の時代のような遊びや楽しみが少なく、当時は活字を 読んで知識や情報を得るのは人々の楽しみの一つで、 文字が小さくても「そんなもんだ」と思っていた◎貧乏学生でも本を買えるよう紙の量が少ない本にして 小さな文字でみっしりと埋めた・・・のかな?なんて思ってしまいました。私は今の時代の、見やすい写真や説明のイラストが載った、言葉と同時に視覚でもある程度わかる説明が自分の標準になってしまい、文章だけではわからない頭になりました。だから、昔の本はもう読めない・・かも。先月、和歌山のアドベンチャーワールドに行ったときに乗った「くろしお号」にあった案内です。こういうのは図説が必須ですよね。でも日本人として、やはり国語を大事にしなければと思います。
February 17, 2017
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2021年NHK大河ドラマ 『青天を衝け』 の感想です。今回の見どころはドラマの中盤での、渋沢篤太夫(吉沢 亮さん)と大隈重信(大倉孝二さん)の舌戦でした。弁が立つのには自信があった篤太夫でしたが、その上をいく大隈の口達者に負け、そして真に日本の先々を思う志と、新しい世をつくりたくはないのかという呼びかけに、篤太夫の心が共鳴したという感じでしょうか。それにしてもこの「ああ言えばこう言う」を考え、しかもそれが感動になる脚本を書く大森美香氏は、すごいですね。そしてその後で、拝謁に来た篤太夫に「最後の命」を下す徳川慶喜(草彅 剛さん)の場面は本当に感動でした。篤太夫は実は東京に行きたいのだと感じとり、こうでも言わないと自分から離れないと考えて命令しました。自分の心の奥底の思いをくんでくれた慶喜に応えるためにも、篤太夫は名を渋沢栄一に戻します。そして「某は渋沢栄一でございます!」と名乗りながら慶喜の馬を追いかけたあの場面。これがあったか!という思いで感動が倍増でした。さて、こちらは地図のゼンリンさんの地図資料です。この当時(明治2年)の大隈重信さん邸は築地、現在の ⇒ ⇒ こちら 大隈さんは佐賀市出身、生誕地には大隈重信記念館が ⇒ ⇒ こちら 大河ドラマ館も2か所でオープンしています。※埼玉県深谷市 こちら ※東京都北区 こちら ※こちらも盛り上がっています ⇒ #青天を衝け ドラマ内のことが解説されてます #青天ナビ 明治2年(1869)夏、版籍奉還が行われ、渋沢篤太夫(吉沢 亮さん)のいる駿府藩は静岡藩となり、コンパニーの仕事も順調に進んでいました。このとき篤太夫は平岡 準から遠州中泉奉行の前島 密(三浦誠己さん)を紹介され、ペルリを直に見て日の本の先に危機を抱き国を救おうと海防を学んだものの結局は役にたてなかったという前島の話に、篤太夫は自分と似たものを感じました。このあたりからいよいよ教科書にも載る明治維新の有名人たちが続々と出てくるのでドラマの展開が楽しみです。そして秋になり、徳川慶喜は謹慎を解かれて宝台院を出て静岡藩内の屋敷に移住し、東京から正室の美賀君も呼び寄せました。一方、篤太夫は大久保一翁から、新政府が自分に出仕を求めているから東京に行くよう言われ、最初は新政府に仕える気はないと断りました。しかしこれは主君・徳川慶喜の勧めでもあるということで、篤太夫は東京に行くことに。出立前に田辺太一(山中 聡さん)や向山一履(岡森 諦さん)から新政府の内情を聞き、皆で新政府の批判をして盛り上がり、篤太夫はこの話は断ると意気込んでいました。篤太夫は東京に向かいましたが、その途中の箱根宿で思いがけない再会がありました。かつての上司の猪飼勝三郎(遠山俊也さん)が静岡に向かう美賀君の供をしていて同行していて、猪飼が篤太夫を見つけてくれたのでした。癒し系で人気の猪飼様の登場に視聴者は大喜び。ヽ(*^。^*)ノ それにしても「みたらし」という小道具一つで猪飼様の人物像を強調してしまうなんてすごい演出だなあ。皇城(旧江戸城)に着いた篤太夫は伊藤博文(山崎育三郎さん)の案内でこれから話をする大蔵大輔の大隈重信のところに向かいます。そしてその折に新政府への出仕を断る理由の一つとして「自分は洋行前には異人館の焼き討ちを企てた」と言ったところ、伊藤は呆れるどころか篤太夫の話に乗ってきて「自分は品川の御殿山のエゲレス公使館を焼き討ちにした」と嬉しそうに武勇伝を語ります。でも伊藤はそんなことをしながらエゲレスに留学し、今やすっかり異国びいきに。頭は柔軟に生きなければ、というのが伊藤の考えでした。伊藤に築地の大隈邸に案内された篤太夫は、いよいよ大隈重信(大倉孝二さん)と直に対面して話し合い出仕を断るつもりでしたが、大隈は予想以上に口達者な男でした。篤太夫が「自分は新政府のことは何も知らないし、元幕臣の自分は新政府には勤められない」と言えば大隈は「日の本の中も世界もこれだけ変わった。その中で新しいことを始めるのだからやり方を知る者など一人もいない」と言い返します。その返答に篤太夫が「そんなありさまで御維新をしたのか、薩長は徳川憎しと幕府を潰したのか」と語気を強めて問い返せば大隈は「それば長崎にいた自分の預かり知らぬところ。勝手に戦が始まっていた」とやり返します。しまいには「とにもかくにも、いろいろあって王政は復古した」と。「古い世が壊れ新しい世になった。君は新し世を作りたいと思ったことはないか?」大隈にそう問われた瞬間、篤太夫の脳裏には幼き頃の高島秋帆との出会いや主君・徳川慶喜に訴えた思い、そして渡欧したときに銀行家のエラールに語った熱い思いなどが次々とよみがえってきて、篤太夫は言葉に詰まりました。さらに大隈は「今国は荒れ外国公使たちからの信用もない。でも国を一つにまとめるのはこれから。西洋に負けない制度を作らなければならない。そのためにも諸外国の事情に通じた優秀な者を集め、それぞれが非常の奮励努力をして協力同心するほかない」と。そしてそれは「日本中から日本を思う八百万の神々が集まり思案することである」と。真に新しい世を作りたい。そのためにも自分にできることを精一杯やって世のために働きたい。そして今はまさにその時。大隈が自分と同じ志をもっていたことを知り、篤太夫は感動して胸がぐるぐるしてきました。静岡に戻った篤太夫は徳川慶喜(草彅 剛さん)に拝謁し、東京で見聞きした新政府のことをほとんど批判的に報告しました。しかし慶喜は、篤太夫は新政府の悪口を並べつつもその実は新政府の中で働きたいのだと感じ取っていて、主君として篤太夫に最後の命を下します。「とやかく言わず東京に行け。私のことは忘れよ。この先は日本のために尽くせ」ーー慶喜の思いに応えるべく篤太夫は、士分となった際に平岡円四郎がつけてくれたこの名を返上して、元の名の「渋沢栄一」に戻ると伝えました。その名を聞いた慶喜は「某は渋沢栄一でございます!」と叫びながら自分の馬を追いかけてきたあのときの若者の姿を、ふと思い出していました。篤太夫改め栄一が東京に引っ越すことになり、商法會所の皆に挨拶をしていたら、平岡 準が「渋沢がいないと困る!」と血相を変えて飛んできました。しかしそれを見た川村恵十郎(波岡一喜さん)がすっと立ち上がって進み出て「何が困る、もうここは立派なコンパニーだ」と言い、萩原四郎兵衛(田中要次さん)が「さよう、これからも我々が静岡を盛り上げていこう」と皆に呼びかけました。栄一が心おきなく東京に旅立てるよう、元上司の川村からの最高のはなむけでした。明治2年(1869)11月に栄一が東京に着いた頃、明治政府の高官たちは薩摩や長州の騒動や(渋沢成一郎がいる)榎本らの処分に頭を悩ませていました。そこに洋装となって出仕した栄一が現れたかと思うと挨拶もそこそこに、自分が見て回った皇城の各所の体たらくをいきなり声高に言いだしました。挙句の果てに「このままでは新政府はあっという間に破綻する」とまで。栄一の言葉を選ばない強烈な政府批判に公家出身の三条実美(金井勇太さん)や岩倉具視(山内圭哉さん)は狼狽し、大久保利通(石丸幹二さん)はキレかけ、どこの誰だと問われた栄一は一橋家に仕えていた渋沢栄一だと名乗ります。その後も臆することなくこれからの政に対する自分の考えをとうとうと述べる、突然現れた男(栄一)の話を高官たちはとりあえずは聞いてくれました。しかしそこに伊藤博文が栄一を探して来て「ここは大蔵省じゃないぞ!」と。とんでもない場所で思いっきり新政府批判をしてしまった栄一は土下座して詫び、大隈や伊藤とともに大慌てで退出していきました。とにもかくにも新政府での渋沢栄一の日々が始まりました。
September 28, 2021
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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今作は戦国時代の大河ドラマには珍しいくらい合戦のシーンやそれにまつわる話は少ない感じで、私にはどちらかというと心情描写が多いように思えます。だから何の予備知識もなくリアルでドラマを見たとき、時には少々物足りなく感じてしまうこともあります。 でもこのブログを書くために改めてじっくり見てみると、ああ、こういう部分にも見どころがあるのかと思ったりもします。例えば今回、織田信長(小栗旬さん)から突然、追放の命令を下された老臣の林秀貞(諏訪太朗さん)と佐久間信盛(菅原大吉さん)と安藤守就(田中哲司さん)を演じたお三方。 青天の霹靂のごとく、何の前触れもなく突然転落人生となってしまい、でも生き長らえるには信長に従うしかないのです。喪失感、侘しさ、悔しさ、安穏としていたつもりはないにせよ家来たちを路頭に迷わせることになった情けなさ、・・etcそういったものをベテラン俳優のお三方が、感動のセリフや涙はなくとも、表情や肩を落とした姿勢、あるいは背を向けた姿で十分に感じることができました。 最後、小一郎(仲野太賀さん)に引き止められた安藤守就がそれでも「これから家来たちが苦労するのに、自分だけ安泰で生きていくわけにはいかない。」と断った場面はよかったと思いました。なにせ前回は、自分が生き残ることだけを考えて行動した結果、一族郎党と何百もの家来たちやその家族を死なせてしまったドクズ男を見ただけに、余計にそう感じてしまいました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正8年(1580)春、播磨を平定した羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は居城の長浜城で重臣の皆と、西播磨の龍野城(兵庫県たつの市)について議論していました。軍師の黒田官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)は、この城は防御の態勢が不十分で毛利が攻めてきたら抗えない、早急に普請をしなければならない、と秀吉に進言しました。そう聞いた秀吉は蜂須賀正勝(高橋努さん)に普請を任せると、さらに「己の城は己で直せ。」と言いました。正勝ははじめは何のことかわからなかったけど、秀吉から「蜂須賀正勝、これよりそなたをこの龍野城主とする。」とはっきりと任命され、ようやく理解しました。秀吉が墨俣に砦を作ったときに(1566年)無茶な協力をしてもらう正勝と交わした約束ーー「褒美は3年後に城持ちに!」あれからもう15年もたってしまったけど、約束はちゃんと守られました。正勝の出世を喜び祝う皆と、感無量で言葉が出てこない正勝。正勝は秀吉の前で姿勢を正し、改めて挨拶をして、この先は何があろうとも殿(秀吉)の力になる!と誓いました。 一方で織田信長(小栗旬さん)が長きにわたり普請を重ねてきた安土城(滋賀県近江八幡市)がついに完成しました。信長の前に整列した重臣たちはそれぞれに祝いの言葉を述べ、また信長のほうからは城の普請で主導をしてきた丹羽長秀(池田鉄洋さん)を褒めて褒美の太刀を与えました。信長の嫡男・織田信忠(小関裕太さん)は、丹羽を支えてよく働いた織田信澄(緒形敦さん)にも褒美をと父に進言。信澄は信長に謀反を起こした亡き信長の弟・信勝の遺児であり、信澄の後見をしてきた柴田勝家(山口馬木也さん)をはじめ一同には緊張が走りましたが、信長も信澄の働きを認め、信澄には追って褒美を与えるとのことでした。 信長は安土城の完成を祝う宴を大々的に催しました。能が舞い、列席する重臣たちが酒と馳走を楽しむ中、秀吉は弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)に「さすがは上様だ」と自分の思いをそっと語りました。秀吉の言わんとすることは、信澄は信長に謀反を起こした信勝の遺児で本来なら命がなかった、でも信長は幼き信澄を勝家に預けて生かした、信澄は今では明智光秀(要 潤さん)の娘を妻に迎えて皆から慕われている、ということでした。信澄は信長のところに行って酌をし、信長もそれを快く受け、その様子を育ての親の勝家は遠くから見守っていました。 舞いが終わると、見事な舞を披露した土佐国主の長宗我部元親(磯部寛之さん)が面を取って信長に挨拶をしました。元親は信長に目通りがかなったことの礼を述べ、切り取り(自力で切り従えた土地をそのまま自分の領地にすること)は着々と進んでいる、信長が自分たちに切り取りを認めてくれたことが何よりの褒美だと伝え、信長も「これからも存分に切り取りせよ。」と伝えました。 その後で信長は、宴の酒肴を楽しんでいる重臣たちに余興で相撲の勝負をするよう命じました。武田佐吉(村上新悟さん)が行司を務め、我こそはと思う者は名乗り出るよう呼び掛けると、力自慢の者たちが何人か進み出てきました。しかし信長はあえて老臣の林秀貞(諏訪太朗さん)を指名し、続けて近習の森蘭(市川團子さん)を呼んで林との対戦を命じました。勝負は森蘭が勝ち、負けた林には信長から追放の命が。余興だと思っていた相撲で一族ともども追放となることに林は青ざめ信長に許しを乞いましたが、近習たちに力ずくで退場させられました。 思いもよらない展開に宴を楽しんでいた皆はすっかり酔いが覚め、次は誰の番なのかと一同は固まりました。信長は林と同じく老臣の佐久間信盛(菅原大吉さん)の名を呼び、森蘭との勝負を命じました。佐久間もあっさりと負け、追放を覚悟をしていた佐久間は自ら退場していきました。そして次に信長に呼ばれたのは、小一郎の舅である安藤守就(田中哲司さん)でした。舅の一大事なので小一郎は自分が代わりに出ると名乗り出ましたが、守就はその気持ちだけ受け取り勝負に出ました。 果たして守就はあっけなく負け、家で娘の慶(小一郎の妻;吉岡里帆さん)の手当を受けていました。慶は夫と父の話から、おそらく信長は初めから罰する者を決めていたのだろうと思いましたが、守就には自分が罰せられるような心当たりは全然なくて、追放及び領地没収となったのでした。しかし秀吉が密かに探ったところ、守就が敵である武田と通じている疑いがある、と光秀から聞かされました。守就には全く身に覚えがなく、ただ此度のことで安藤家の所領が全て稲葉良通(嶋尾康史さん)のものになった、と小一郎に伝えました。 守就と小一郎は稲葉を訪れ、事の真偽を確かめました。稲葉は守就が武田と内通しているやもと信長に伝えたと認め、それは家来から聞いた話だ、と言いました。さらに守就を「ただの浪人」とあざけり笑い失礼極まりないことをするので小一郎の怒りが爆発、「義父上を愚弄するなら羽柴を敵に回すことになる」と稲葉を抑えました。ただ稲葉の屋敷を出て、小一郎はふと気が付きました。もしや守就とは別の誰かが武田と通じているのでは?と。守就は、それができるのは息子の安藤定治(森優作さん)しかいない、と考えました。 そのころ追放の身となり出家を決めた佐久間信盛は最後に信長に会えないかと願いましたがそれは叶わず、やむなく取次ぎをしてくれた秀吉に「上様が天下一統を成し遂げる日が一日も早く訪れるよう御仏に祈っている。」と言伝を頼み、高野山へ向かいました。もう一人、追放された林秀貞は山城国に身を潜め、そのわずか2カ月後にこの世を去りました。 守就は息子の定治に会い、武田のことの真偽を訊ねました。定治は泣いて取り乱して切腹しようとしたので、同行した小一郎と藤堂高虎(佳久創さん)が止めました。定治は父・守就に詫び、そして織田についてからはずっと戦続きでもう疲れた、息つく暇もなく、家来たちも次々と死んでいった、織田信長には素晴らしい世はつくれない!と思いのたけを父に訴えました。 一方、3人に追放を言い渡した信長は安土城から琵琶湖を眺めて佇んでいました。妹の市(宮﨑あおいさん)が来て、確たる証があってからでは死罪は免れない、今なら追放で済んだから彼らは運が良かった、と兄の心情を慮りました。信長は「天下一統に情けなどいらぬ。血も涙もなき覇道の者、それが織田信長よ。」と自分に言い聞かせていました。そう言いながらも気持ちが沈んでいる兄に活力を与えたい市は信長にお願いをしました。「馬揃えが見たい。兄上にしかできないような華やかな馬揃えを。さすれば見た者は皆、明るい気持ちとなり、織田家の威光が世を照らし、きっと兄上も皆から親しまれる。」 追放となる安藤守就が別れの挨拶に来た羽柴家は、身内が皆集まってにぎわっていました。生まれて間もない孫娘の末が可愛くてしかたがない守就は末を抱っこしながら「安藤の名は消えるが血は残すことができた。これも小一郎のおかげだ。」と上機嫌でした。小一郎は義父に、どうかここにいてほしいと懇願、秀吉も戦や政に関わらなければ上様(信長)も許してくれるはず、と守就が去るのを引き止めていました。皆から口々に出る優しい温かい言葉に、守就は思わず嬉し涙があふれてきました。 そして夜が明け、守就は旅支度をしてまだ薄暗いうちに羽柴家を出ていこうとしました。そんな守就の行動を読んでいた慶と小一郎は門の外で待ち、再び守就を引き止めました。守就は娘夫婦の言葉を有り難く思いつつも、小一郎たちにあらぬ疑いがかからぬよう、自分と息子・定治のために路頭に迷うことになった多くの家臣を思うと自分だけ安泰なのは許せない、そんな思いから申し出を断りました。 守就は慶に「今、この場限りでお前との縁を切る。」と告げましたが、与一郎が生まれたときに我が子と縁を切ることの辛さを嫌というほど味わってきた慶は、父・守就と縁を切ることを拒みました。互いにかたくなな父娘に小一郎は「ならば縁は切らずに、またいつか慶や与一郎や末にまた会いに来てほしい。一度胸に刻まれた思いはず~と消えないから。」と言いました。守就は小一郎の思いを受け取り、またいつかと言って慶と小一郎に背を向け歩き出しました。守就はもう二度と戻らないだろう。二人には十分にわかっていて、守就の背に一礼しました。 天正9年(1580)2月、信長は京で盛大な馬揃えを行い、その勢力を諸国の人々に見せつけました。戦に出ている兄・秀吉の代わりに馬揃えを見物する役目を受けた小一郎は、京の町で長宗我部元親に出会いました。元親は少々変わった身なりの所以を小一郎に説明し、好き嫌いの話から「戦は好き嫌いでやるものではない。四国を一つにするのは我ら土佐の大願。」と思いを語りました。信長から許しを得た切り取り勝手で四国を着々と一つにまとめている元親は希望にあふれていました。 一方、明智光秀は馬揃えの采配を信長から褒められて安堵していました。しかし信長が次に言い出したのは、長宗我部の四国切り取りを認めるわけにはいかない、気が変わった、元親をうまく説き伏せよ、ということでした。人の気持ちを無下にする信長に激しい怒りを覚える光秀。そこへ娘婿の信澄が誰かの言伝の文を持ってきました。それはかつて主として仕えた足利義昭からの文で、文には「信長を討て」と。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
July 1, 2026
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆今日はまた、暑さが厳し過ぎる日でした日中の最高気温で全国ランキングを見たときに、なんと!岐阜県多治見市の39.4℃を最高に、トップ10の全てが岐阜県、愛知県、三重県の市でした。気温が体温を上回ると、さすがにこたえますね~。。それでも昼間から夕方までは風が部屋の中を抜けていたので、熱い空気だったけど私は扇風機で我慢していました。ただその反動か、夕方の6時を過ぎても気温が35℃あるのを知ったときから、エアコンを断続的に使っていますが。さて、今日みたいに暑いとき、あるいはなにかとても熱いものがあるときに、この愛知県の人は方言で 「ちんちん」 という言葉を使います。例えば、「今日は暑いで、外におったら身体が あっちんちん になった。」とか、回転寿司で揚げナスが出たときに、店員さんが「ナスは揚げたてで ちんちん です。お気をつけください。」あるいは鍋やヤカンを火にかけていて、ぐらぐらと沸立っていたら「ヤカンが ちんちこちん になっとるで、気をつけやあ。」みたいな感じに使います。そしてこの言葉は、意外なところでも出てきます。児童文学の 新美南吉 ・ 作の 『手袋を買いに』 の中です。雪が降ったある日。人里離れたところに住む子ギツネが、初めて見る雪が嬉しくて大はしゃぎして、気がつけば雪の冷たさで手が痛くなってしまったシーンです。「お母ちゃん、お手々が冷たい、お手々が ちんちんする。」これは熱いのとは反対だけど、あまりにも冷たくて手がじんじんと痛くてたまらない、そんなことを訴えているのでしょう。新美南吉記念館のジオラマです。子ギツネは初めて見る雪が嬉しくて、雪の上で遊んでいるシーンです。新美南吉は愛知県半田市の出身で、彼の作品の中にはこの地方の方言をそのまま使っている部分があります。私は名古屋で生まれ育っているので、新美南吉の使う言葉でも違和感はなく、言いたいことはすぐにわかります。しかしこちらの方言がわからない方にしてみたら、言葉の解釈に悩むところかもしれませんね。いや、それでも、新美南吉の世界は素晴らしい。優しく、柔らかく、心に響くものがあります。私もこうして写真やHPを見直していたら、半田市の記念館にまた行きたくなってきました。ここは秋の彼岸花で有名だけど、それまで待てないかなあ。。思い立ったらちょっと行ってしまうかも 新美南吉記念館 人間の町に来た子ギツネが、手袋を買いに来たシーン。無事に手袋を買えたその帰り道。人間のおうちを覗いて、ちょっぴり羨ましい思いになりました。そうそう、以前ここに行ったときの写真をアルバムにしてあります。よかったらどうぞ、ご覧くださいませ 近場のお出かけ編~その1 母ギツネと一緒に山に帰る道。手袋が買えて嬉しくて、母ギツネに一生懸命お話しています。Natsu&Kei
July 22, 2010
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先日の水曜日、この日は仕事も休みで、外を見れば真っ青な空で寒さも和らいできていて、こんな日は家にいるのがもったいない気分でした。そこで前々から気になっていた岡崎の 大河ドラマ館 に行くことにしました。思い立ったのが昼前だったけど、週末は混むだろうから平日に行けるならそのほうがいいですよね。そこで高蔵寺駅(愛知県春日井市)から愛知環状鉄道に乗って、岡崎に行ってきました。中岡崎駅で下車して10分ほど歩けば岡崎城です。そして国道1号沿いの「三河武士のやかた家康館」が現在、大河ドラマ館となっています。チケットは建物の横にある案内所で買います。最初はふつうに800円払って買うつもりでした。でも「年間パスポート」という声が耳に入り、金額は2000円でした。私には、せっかくの県内開催の一大年間イベントです。これはもう年間パスポートのほうがいいと思い、係の方にその旨を伝えたら「マスクを取った顔写真が要ります。」とのことでした。この瞬間、迷いました。というのもこの日は超寝不足で、いつもなら車で行く岡崎を、危ないと思って電車にしたくらいです。この恐ろしい顔でパスポートを作るのか・・。係の人も私の顔を見て、私の気持ちをわかってくれたようでした。( ← )でも、ここで作らなければ800円+この先の回数になるし、たぶん3・4回は行くと思うので、恐ろしい顔だけどこれでパスポートを作ってきました。平日で入場待ちもなく中に入れました。それでも中はそこそこ混雑していて、主役の家康を演じる松本潤さんの知名度を実感いたしました。※ここでUPした写真は全て撮影OKの場所のものです。入り口を入るとすぐに、松本潤さんのウエルカムVTRがあります。それを見て次の部屋に行くと、『どうする家康』のドラマの概要を説明した展示があり、この人形が立ってます。(パネルは撮影禁止だけど、人形は撮影OKです。)次の順路は階段を下りていきます。パネルに近づくと本多忠勝を演じる山田裕貴さんの声が迎えてくれます。地下全体が「徳川家康の一生と三河武士」のゾーンになっています。このゾーンで撮影のOKの一つの「金陀美塗黒糸威二枚胴具足(きんだみぬりくろいとおどしにまいどうぐそく)」ですこれまでは甲冑はマニアぐらいしか見なかっただろうけど、この『どうする家康』ですっかりおなじみとなったと思います。もう一つ、撮影OKな展示の甲冑「鳩胸薄浅黄糸威具足(はとむねうすあさぎいとおどしぐそく)」です。家康のものではなさそうですが、兎耳がポイントです。このゾーンでは三河一向一揆や関ヶ原合戦など、歴史上有名な出来事がパネルとVTRとジオラマ等で説明されています。このゾーンを抜けると次は『どうする家康』のドラマの、あの有名な場面をアニメ化したコーナーがありました。イラストも役者さんたちによく似ていて、映像の演出もなかなか面白いものでした。スクリーンを見た後は、階段を上がってこのコーナーに出ます。(階段が無理な方にはエレベーターがあるようです。)ドラマのメインキャストたちが来場者を出迎えてくれます。役者さんたちの実物大パネルです。横に立って一緒に記念撮影していく人がいっぱいで、松本潤さんの横は老若男女問わず次々と人が来ていました。(平日だから流れが切れたけど、混んでいる日は他所の人が入ってしまうでしょう。嵐が、そして松潤が、老若男女誰でも知ってるいかにスーパーアイドルかを実感しました。)織田信長を演じる岡田准一さんのファンの女性も熱量がありました。ドラマに出てくる本多忠勝の衣装です。本多忠勝はこの岡崎では、家康公と並んで大人気です。家康が竹千代のときに尾張の織田信長に「可愛がって」もらってたときの衣装です。戦乱の世を生き抜くために必要なことを信長が教えてくれてたってことを、家康はいつの日か気がつくといいですね。そして大人気のコーナー「デジタル等身大パネル」です。3人ずつ並んだメインキャストの映像が15秒おきに変わります。(どこに誰がでてくるのかはボードで紹介されてます。パネルと並んで記念撮影する人多しでした。)この先は撮影禁止ですが、なかなか興味深い時間でした。
February 25, 2023
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2018年NHK大河ドラマ 『西郷どん』 。第5回の部分的な感想です。この回は全体的に特に緊迫感もなく、大河ドラマの中のホームドラマな回でした。ドラマの展開や役者の皆さんの表情に時折り笑いながら、とても気楽に見ていました。でも今はそれでも別にいいと思います。この先、西郷隆盛が二度めの島流しから戻ってきたら、歴史も西郷の行動も目まぐるしく動いていくのですから。また今回のネタになった相撲で、子供の頃に腕を怪我をして刀を持てなくなった西郷が相撲なんてできるのか?と、ふと思いました。でも西郷どん@鈴木亮平さんは「西郷さんが好きだった相撲は中途半端にできない」と、北村有起哉さん(大山格之助)や蕨野友也さん(海老原重勝)と共に、早稲田大学の相撲部に何度も通って稽古を重ねていました。役者さんたちが真剣に演技し、ドラマ全体がテンポ良く動いていくと、多少の疑問や違和感はさほど気にせずに見ていられるものみたいですね。島津斉彬が新しい藩主となり、御前相撲が開かれるとの知らせを持ってきた有馬新七(増田修一朗さん)は勢いで川までダイブ。郷中総出で身分の低い西郷吉之助(鈴木亮平さん)たちも参加でき、一番になった者の褒美に米が10俵もらえるとのことで、皆は喜びに湧きました。斉彬が藩主になったことで、大久保正助(瑛太さん)の父をはじめ斉彬派で処罰された者たちが赦免されると思っていたのにそれがなくて、皆は意気消沈します。そこで吉之助たちは、御前相撲で勝って殿・斉彬のお目通りがあった時に赦免の直訴をしようと、皆で誓いあいました。さて糸はというと、ふだんからいろいろ用事を作っては大久保家に顔を出し、大久保家で手伝いを自分から申し出たりして、正助のことが好きなのかと周囲の誤解を招いていました。ある日、糸(黒木華さん)に上級藩士の海老原家から突然縁談の話がきて、でも気が進まない糸はどうしたものかと悩んでいました。そこで運試しで下駄を放り投げてたら、下駄は吉之助の頭に当たって川へ。吉之助はどうして下駄が川まで飛んできたかはわからないけど、片方の下駄が川に流れてしまった糸のために、糸をおぶって歩くことにしました。しかしその場面を、糸を見初めて縁談を申し入れた海老原重勝が。吉之助はそのまま糸を正助のところに連れてきました。そこへ祖母・西郷きみ(水野久美さん)が現れ、糸の縁談話の噂を皆の前で嬉しそうにしゃべってしまいます。(よくあることです)打ち明けてはいないけど糸のことが好きで、糸も自分に気があるのでは?と期待していた正助は、ショックを隠せませんでした。糸の心の内がまーったくわからない吉之助は、心から「糸どん、そいはめでたか~。」と祝福します。正助の気持ちに気がつかなかったことを、吉之助は正助に詫びます。そして吉之助は正助のために心底悔しがり、正助を応援します。そのとき有村俊斎(高橋光臣さん)が「糸さあは正助に惚れとると思う」なんて言うものだから、正助は嬉しくてまた気持ちが高ぶっていきます。糸の縁談話をきっかけに、吉之助は母・満佐(松坂慶子さん)に、どうして父に嫁いだのか、迷いはなかったかと尋ねました。「父上は正直で人柄もよかお人、と噂を聞いた。」と母は言います。でもその噂の元は、祖母のきみが当時、薬売りに頼んで流したものでした。満佐が働き者で器量がよい評判の娘で、どうしても嫁に来てほしかった、自分が先に満佐に惚れたと、きみは当時の思いを語ります。家族が互いに思いやり合い、貧しくても笑い合える西郷家です。そして御前相撲の日がやってきました。しかし出場するはずだった村田新八(堀井新太さん)が腹を壊したので、代わりに吉之助が出ると申し出ます。斉彬の側近の山田が代役を認めてくれないので、吉之助が食い下がって「新八が土俵に上がると御前の土俵を汚してしまう」なんて訴えるものだから、御一門の姫君たちが思わず・・・。「西郷吉之助」の名を聞いた斉彬は、江戸に何度も手紙を送ってくれたあの者だと気付きます。吉之助は斉彬の許しで相撲をとることができました。その頃、糸は西郷家に行っていて、向かい宅の正助と話をしました。糸の心に思う人は?と正助が訊いたときに、吉之助のことを嬉しそうに思い浮かべる糸を見て、正助は失恋したことを悟りました。この瞬間、2008年大河ドラマ『篤姫』を見ていた方は、於一(後の篤姫)に失恋した肝付尚五郎のことを思い出したのではないでしょうか。瑛太さん、幕末大河ドラマでまた失恋じゃん!って。正助の父の赦免を斉彬に願い出るためにも、吉之助は必死に闘います。吉之助は順当に勝ち上がっていきました。天気の良い日に名勝で世界遺産の仙巌園でのロケで、映像が綺麗です。於一(北川景子さん)と於哲(杉岡詩織さん)は、相撲の勝負でお菓子を賭けながら楽しんでいました。「勝負は思いが強い者こそが勝つ」--これが於一の信念です。吉之助を贔屓する於一は、この17年後に江戸で吉之助と再会して歴史に残る大きな仕事をするのですよね。そして吉之助が優勝し、郷中の仲間たちは喜びに湧きます。城から戻った西郷吉兵衛(風間杜夫さん)から「吉之助が優勝した」と聞いて、大喜びする家族たちです。ただ話は喜んで終わりではありませんでした。吉之助は優勝が決まった後で、藩主の島津斉彬(渡辺 謙さん)と一番を取ることになったのです。愚直な吉之助は斉彬を信じて力いっぱい相撲を取ったものだから・・・。よりによって藩主の斉彬に勝ってしまったのです。ついさっき一緒に喜んだ父も弟も郷中の仲間たちも、皆真っ青です。お殿様に勝ってしまった吉之助は、この後で牢屋行きとなりました。
February 5, 2018
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昨年の6月はじめに長野県の上田を旅して、その帰路でしなの鉄道に乗るために上田駅に入りました。電車の時間までまだだいぶあったので待合室に入ったところ、左手の壁一面に美しい壁画を見ました。こちらです。壁の左右がミラーになっているので、さらに奥行きが広がった感じになります。これは影絵作家の藤城清治氏の作品です。この影絵は、上田城、上田合戦の様子、信濃国分寺、安楽寺の八角三重塔、北向観音、四季の花、鳥、祭りなどが題材になっています。上の画像の反対側を見たところです。PCの画像処理で中間トーンを下げてみたら、雰囲気が変わりました。壁画の中央部です。こちらは画像処理で中間トーンを上げてみました。上田の名所や名物がこんなにも美しく表現されています。ずっと見ていても飽きない世界です。藤城氏の作品には他にも、東日本大震災後の被災地を描いたものがあります。私はネットで作品の画像を見ましたが、そこには芸術の美しさの中にも、誰もがけっして忘れてはいけないあの時の出来事がありました。さて、栃木県の那須町役場湯本支所近くには藤城清治美術館があり、他所と同様に入場料ではシニア割引があるのですが、その年齢設定がちょっとびっくりです。一般(高校生以上) ¥1,600 に対してシニア割引が適応されるのがナント、94歳以上 で¥1,200 。これは藤城氏の年齢にあわせて設定されているためで、「藤城氏と同年代以下の人は社会においてすべて現役」という心意気だと私は解釈いたしました。それにしてもスゴイと思うけど。六文銭の穴から漏れ出づる光の表現。こうした感性をいくつになっても、ずっと持ち合わせていたいものです。
May 13, 2017
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昨日の朝、何気にNHK-BSをつけたら『アナザーストーリーズ』という番組をやっていて、以前あった石器の捏造事件でちょっと興味がわいたのでそのまま見ていました。(通常は毎週火曜日の午後10時放送) 「偽りの“神の手” 旧石器発掘ねつ造事件」私は歴史は好きだけど考古学にはあまり興味がないのでこの事件の当時もさほど気にしていませんでした。ただこの歳になると以前とは考えも感じ方も変わります。番組に登場した方たちの様々な思いを「なるほどね~」とか、一人の人間のほんの出来心から始まったあまりの展開に「あーあ…」と思いながら見ていました。番組の前半は、事件の概要と捏造を見破った検証チームの行動、どんどん行動がエスカレートしていくF氏とそれを認めてしまっていた考古学者たちが抱える事情を。そして後半は、この事件に関わってしまった人々があの時どんな思いだったかを改めて振り返り、また事件を教訓として現在を生きている人々の話を。そして最後に、考古学を研究する人々がこの20年築いてきた努力が現在どのように実り、研究がどの方向に進んでいるかといった、未来に向けての内容でした。以下、番組のまとめで、登場する方の敬称は略してます。1990年頃から日本では佐賀県の吉野ヶ里遺跡や青森県の三内丸山遺跡などの発掘で古代史が人々の間でブームになっていました。(遺跡見学に1時間待ちのところも)そんな頃に遺跡調査で必ず石器を掘り当てる男・Fがいて、人々は「神の手」と称賛でしたが、2000年8月、これは偽りではないかというメールが毎日新聞社に入りました。そこで新聞社では検証チームを結成し、メンバーの高橋も「世界的発見が毎年のように起こる、しかも同じ人の手で」というのは普通に考えたらありえないと思っていました。Fの世紀の大発見により古代史がどんどん遡っていく中、高橋が資料を調べまくっていたら、前期旧石器の研究者である竹岡の論文が目にとまりました。竹岡は、Fの発見した石器が数十万年前の遺跡から出てくるのはおかしいと考えていて、高橋の「Fは自分で石器を埋めているのでは」という疑念がますます深まりました。そこで検証チームはFが捏造をする瞬間を押さえようと考え、メンバー各自がビデオカメラを持ち、数日間夜明け前から遺跡で張り込みを続けました。しかし1回目はメンバー全員がカメラ操作を知らなくて手ブレやら容量不足で大失敗、2回目は事前にカメラの練習をして三脚でセットし、張り込んで3日目の早朝、ついにFが捏造をする現場をとらえました。捏造を世間に公表する前に検証チームがFに確認したら、Fは捏造を認めました。スクープ発表前に、Fのことを何度も記事にしてきた同社の内藤に捏造のことを伝えたら、内藤は自分がFを信じて嘘の記事を書き続けてきたことに愕然としました。また考古学者で文化庁の主任調査官だった岡村は、Fが発見した石器を各地の講演会で紹介していて、結果的にFの業績にお墨付きを与えてしまっていました。そのため事件発覚後、岡村は世間から激しい非難を浴びることになりました。Fのすぐそばにいながら考古学者たちはなぜFの捏造を見抜けなかったのか。それは例えば岡村の場合、自分の恩師である芹沢のためにより古い石器を見つけたい、そう思っていたときにFが座散乱木遺跡で約4万年前の地層から自分が欲しかった石器を掘り当て、長年の苦労が報われた思いからFを妄信するようになりました。その後Fは毎年のように日本最古の石器を発見するようになり、ついには北京原人より古い「日本原人」がいた、とまで言われるようになりました。この事件を振り返って岡村は、Fを妄信したのは自分のもろさ・甘さだった、責任を感じると反省していますが、当時は大勢の考古学者がFを称賛していました。Fの捏造発覚後、考古学会は特別委員会を発足、Fが関与した遺跡186箇所、3千点を超える石器一つ一つを点検、その結果多くの石器に鉄分の付着や傷などがあり、地面深く埋まっていたものではないとされました。2年に及ぶ調査の結果、Fが関わった発掘は全て学術的資料として無効とされました。2003年、日本旧石器学会が設立され、今後このような事件が起こらないよう、発掘現場の出土状況は画像等で詳細に残す、若手の学者は英語で論文を書いて国際的な会議の場に持っていくなどの、捏造を防ぐための努力がなされています。Fの捏造をなぜこんなにも長い期間、誰も見破ることがなかったのかということを、岡村が再度述べていました。俺にとって、全ての研究者にとって都合が良かった。夢に向かって皆もたれ合っていき、社会的役割とか生きていくうえでの役割につながっていく。競争社会の中で皆の思惑が一つのベクトルの方向に並んでしまった、ということだと思う。ところでこの事件は、考古学の関係者だけでなく、遺跡のあった地元では商品開発や遺跡関連のイベントなど様々な地域おこしが行われていて、事件後は大混乱となりました。その一つの上高森遺跡がある宮城県の旧築館町では、90年代は折しも高齢化と少子化に悩んでいて、遺跡が地域活性化のきっかけになればと、大勢の人が集まることを見越して菓子製造の機械を買ったり総合施設を作ったりなど巨額の設備投資をしていました。また博物館では展示物やパンフレットの大々的な見直し作業に追われました。2000年11月に捏造が発覚して日本人の歴史は3万年前までで止まってしまったものの、その後の20年の研究者たちの努力で3万8千年前までは確かな歴史が確認されました。人類のルーツを研究する海部は日本人がどこから来たのかを明らかにしようとしています。2019年には3万8千年前にあった技術で丸木を削って丸木舟を作り、台湾から沖縄まで渡る実験に成功しました。これは当時の人類がどのように日本にやってきたのかの、再現の試みでした。(ちなみにこの実験、何年か前からやっているのをどこかのニュースで見たことがあり、ずっと失敗だったと記憶しています)
September 26, 2020
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2023年NHK大河ドラマ 『どうする家康』 の感想です。この回では、滅びゆく今川家を目の前にして、徳川家康(松本 潤さん)と今川氏真(溝端淳平さん)の関係が強く描かれていました。私は時系列がバラバラなのは気になりませんでした。ただ徳川と名を変え、名実ともに三河国の領主となった家康が私情で氏真の元に出向き、氏真と対峙して槍での勝負をして、いまだに氏真を自分の上に仰いだりとかは、殺陣はカッコ良かったけど設定に無理を感じてました。たしかに昔の人間関係が、互いに立場が逆転してもなおも続くというのは現代でもあります。とはいえ、領主として家臣や領民を守らなければいけない立場の家康が「もう一度、氏真さまに仕えたい。」とまで言うのはどうかと。家康は織田での人質時代に信長から厳しくされ過ぎたため、今川に来て良い待遇を受けて、今川は甘美な世界でした。(信長は家康に乱世を生き抜く術を伝えてくれたのですが)しかし義元の時代から岡崎の民たちは苦しめられ、岡崎の重臣たちは妻子を氏真に処刑されました。一方家康は駿府では華やかな世界に触れ、貧しい苦しさを知らず、妻子も無事でした。家康は家臣や領民に比べて「やられた側の痛み」が軽い分、どうしても今川を美化してしまうのかと感じました。糸(志田未来さん)が義父・今川義元(野村萬斎さん)から氏真への思いを聞く場面は、本当にいい場面でした。だからこそ、家康と氏真が対峙する場面やセリフは無理のない設定であってほしかったと思ってます。こちらでは様々な意見がでていて参考になります。 ⇒ ⇒ #どうする家康 岡崎市の大河ドラマ館、開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 静岡市の大河ドラマ館、開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 浜松市の大河ドラマ館、開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 岐阜県の関ケ原の古戦場記念館では「どうする家康」展・ぎふ 関ケ原が開催されています。 ⇒ ⇒ こちら 永禄11年(1568)12月、甲斐の武田信玄は同盟を破って駿河への侵攻を開始し、あっという間に駿府を制圧してしまいました。重臣たちが信玄によってあらかじめ調略されていたことを知らなかった今川氏真(溝端淳平さん)はこの時ようやくそれを知って愕然としていました。側近の岡部元信(田中美央さん)は氏真に、信玄が来る前に自害するよう促し、介錯の態勢をとりました。しかし氏真は、亡き父・義元が尾張に出陣する前に言った「そなたに将としての才はない。」という言葉をふと思い出し、自刃を思いとどまってしまいました。そして今川館に入った信玄は氏真が逃亡したことを確認し、氏真を見つけ出して首をはねるよう家臣に命じていました。一方、引間城に入って遠江の侵攻を進めていた徳川家康(松本 潤さん)は軍議を開いて、誰がどこを攻めるかなどを決めて家臣たちは士気が上がっていましたが、氏真の安否が気にかかる家康は軍議に身が入りませんでした。相模の北条は姫を氏真に嫁がせているので信玄の駿府侵攻を怒っている、北条は今川の味方だという話を石川数正(松重 豊さん)がすると、家康の供をして幼い頃から駿府で暮らした鳥居元忠(音尾琢真さん)は家康の心中を察して、氏真が北条の領地に逃げ込んだら武田も徳川も手出しできないと言いました。そう言われて家康も、言葉では口惜しいと言いつつも氏真に助かって欲しいのが態度に出てしまっていて、今川に未練を残す主君・家康を数正と酒井忠次(大森南朋さん)は用心していました。また氏真の動向を探るよう命じられていた服部半蔵(山田孝之さん)でしたが、空腹が先だってまだ仕事ができていませんでした。(家臣たちの主君・家康に対するこの垣根の低さ。これが徳川家ですね。)その頃、氏真は妻の糸(志田未来さん)と近習を連れて武田の追っ手から逃げるために山中をさまよっていましたが、脚が悪くて進むのが遅く足手まといになる糸を苦々しく思っていました。思い起こせば14年前、氏真は今では家康の妻となっている瀬名を我が妻にと父・義元に願い出ていましたが、今川家の嫡男である自分は同盟で北条の姫を娶るとすでに決められていて、それに従うしかありませんでした。氏真は心には瀬名がいて、政略結婚で迎えた糸には粗略な扱いはしていないけど、まだ愛情がもてないまま時が流れていました。(この時は夫婦の距離を描いただけと思われたこのシーンでしたが、後で重要な意味を持っているのがわかりました。)後日、服部半蔵から今川氏真が生きていて懸川城にいるとの報がありました。(浜松城~掛川城は「すぐそこ」といっても約30km)そこへ石川数正が武田信玄からの文を持ってきて、文には「速やかに氏真を討ち取り首を届けよ。さもなくば武田がやる。」とありました。家康は信玄の物言いに反発を感じたものの、懸川城は遠江の東部にあって武田が制圧している駿府領に近く、氏真の命だけは助けてやりたい家康は急がなければと、引間城の守りを数正と酒井忠次に任せて自らは出陣することにしました。そのころ懸川城では今川氏真が軍議を開いて城の守りを固めていました。妻の糸は氏真に、戦をやめて自分の実家の北条に身を寄せればと訴えました。しかし自分の意地を貫きたい氏真は逃げることはあり得ぬと、糸の申し出を受け入れませんでした。一方、出陣を決めたもののやはり今川への義理が残る家康はまだ迷いの中にいて、それを察した鳥居元忠と平岩親吉(岡部 大さん)は家康に、氏真が三河衆にした仕打ちを思いだすよう進言しました。家康は「氏真は憎き敵」と自分に言い聞かせ、外で支度を調えて待つ家臣たちに「懸川城を10日で落とす。今川氏真の首級を上げよ!」と命じ出陣しました。家康の家臣たちは果敢に懸川城を攻めていましたが、城の守りは想像以上に固くて4カ月たってもまだ落とせないままでした。一方、駿河に留まる武田信玄(阿部 寛さん)は首実検をしながら、時の移ろいを感じていました。(亡骸から出る腐敗臭を「臭い」と言わず、「夏のにおい」と表現するあたり、仏門に入った信玄らしい言葉でいいですね。)側近の穴山信君(田辺誠一さん)はまだ氏真を討ち取れない家康を非難し、山県昌景(橋本さとしさん)は氏真も前線に出て戦い、その気迫に徳川が押されているという噂を話しました。信玄は、氏真が追い詰められてやっと覚醒したかと氏真を見直していました。しかしこの様子では氏真が北条に逃げてしまうことも考え、遠江で手薄になっている箇所を調べてつつくよう昌景に命じ、すぐさま信濃と遠江の国境に武田の兵が集結しました。本多忠勝(山田裕貴さん)と榊原康政はそれぞれの持ち場での役目を終えた後、家康の命で手勢を連れて懸川城に来ていました。大久保忠世から武田軍が信濃と遠江の国境に布陣しているとの報を受け、家康はこれは自分と氏真との戦だと言い鳥居元忠と平岩親吉を伴い懸川城向かいました。戦場に来た忠勝はそこで氏真を見つけ、氏真から放たれた矢をかわして反撃して氏真に深手を負わせました。(こういうスカッとする場面があるといいですね)城に戻って傷の手当を受けた氏真は糸に、今すぐ女どもを連れて抜け穴から出て北条に逃げるよう、そして氏真は立派に戦って討ち死にしたと伝えるよう命じ、一緒に逃げることを願う糸に早く行けと促しました。しかし城から脱出した糸たちは康政の兵に見つかり捕らえられてしまいました。家康は元忠と親吉を連れて懸川城内に入り、氏真と対峙しました。「父上も、誰も自分を認めない。」と自暴自棄になって自害しようとする氏真を家康は全力で止め、「死んで欲しくない。今でも兄と思っている。」と思いを伝えましたが、それでも氏真は刀を首元から離しませんでした。しかし城内に再び戻ってきた糸が「お義父上は真意を私にお話しくださった。」と言って、尾張に出陣する前の今川義元(野村萬斎さん)の思いを語りました。義元は嫡男・氏真を「大将の器ではない。」と言いつつも、氏真が夜明けから夜半まで、学問に武芸に誰よりも励んでいることを知っていて「己を鍛えあげることを惜しまぬ者はいずれ必ず天賦の才ある者をしのぐ。そして才を秘めたる家康と手を取り合い、今川をますます栄えさせる。」と嫁の糸に伝えていました。糸は義元にそのことを氏真に直に伝えて欲しいと願い出ましたが、その後は義元は駿府に戻ることはなく時が過ぎていたのでした。「お義父上様は貴方をずっと見ていて、ずっとお認めでございました!」ーー妻・糸の言葉に氏真は涙ながらにようやく刀を下ろしました。そして家康も、恩ある義元の思いに背くことになり申し訳なかったと手をついて涙ながらに氏真に詫びました。糸は夫・氏真に、もう十分戦ってきたと労り、楽になろうと北条に行くことを促し、氏真もそれを受け入れて家康に北条に行くための力添えを頼みました。父・義元の愛を知り、ずっと黙って耐えていた糸の愛を知った氏真はようやく自分自身を認めることができ、そしてまた糸も氏真の妻として認められた瞬間でした。しかし家康が氏真を助けた上に身柄を北条に渡したことで、信玄は激怒でした。このことで徳川は武田を裏切り北条と手を組んだと解釈した信玄は、家康が自分に喧嘩を売っていると考え、岡崎に怒りの文を送りました。信玄からの文を見た数正は信玄が攻めてくるかもしれないと考え、忠次は自分が詫びの使者に立つと申し出ましたが、家康は断りました。忠勝は武田と戦になるなら北条と手を組めば勝てるかもしれないと考えましたが、家康はすぐには決断できませんでした。
March 28, 2023
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NHK大河ドラマの 『花燃ゆ』 。歴史の部分をよくよく避けたがる「大河ドラマ」です。なんというか、歴史ファンが感動して盛り上がるであろうと思われる場面は、ことごとくカットされていきます。例えば前回の放送で、吉田松陰先生が処刑となったのですが、2つ残した辞世の句のうち家族宛てのほうは、番組最後の盛り上がり的に紹介されました。そしてもう一つの弟子宛ての 『身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂』こちらは一応、前回のラストの「花燃ゆ紀行」のほうで、ホントに軽く紹介されていました。でもこれは弟子たちが志士として立ち上がるための、大きな起爆剤になったであろう句です。この句を松陰先生の映像と声で聞いて、弟子たちが墓の前でむせび泣くぐらいのシーンはあるよね?私はそう期待していました。でも流れた映像は百日祭で、文のナレーションで弟子たちが口々に「先生」とつぶやくだけでした。ああ、見事に裏切られました。江戸で松陰先生の遺体を引き取りにきた塾生たちが、師の亡骸とこの辞世の句を見て奮起して、師の志を自分たちが継いで世の中を変えていこうというと固く誓い合う。そんな場面は絵になると思ったのですが。そういえば伊之助が萩城で重臣たちを相手に、「(世の)熱をどうなさるのですか!?」と大きな声で力説していました、大丈夫ですよ、伊之助さん。松陰先生の弟子たちは、塾でまったりと松陰先生の思い出を語り合っているだけだし、塾生たちがちょっと世の変革に盛り上がってくれば、松陰先生の妹である「主人公の文」がちゃんと塾生たちに、というかドラマ全体に、冷や水をぶっかけてくれてますから。そして今回、歴史ファンや大河ファンへが一番びっくりしたのは、なんといっても、桜田門外の変の場面でしょう。大老・井伊直弼役の高橋英樹さんが、雪の中で襲撃を受けるあの場面をいったいどんな風に演じてくれるのか、楽しみにされてた方は多いと思います。しかし、たったあれだけのシーンでおしまいでした。その後の、事件を知った杉家の場面こそ、すっごくどうでもいいと思うのですが。ああ、ヘンな場面はまだありました。杉家を突然訪れた坂本龍馬を、不審者と思った文が背後から棒で打つシーン。武芸の心得がまるでない女が一人で、不審者らしき大男を棒でコツンなんて、何この演出、小学生の学芸会か?あれが先週の予告でも出すほどの場面なの?で、これだけさんざんしらけきると、ラストの文と龍馬の会話は、もうどうでもよくなります。情感を込めているだろうけど、単に間の長いセリフとしか思えず、録画の2倍速で見てちょうどよかったくらいです。つくづく思いました。この大河ドラマは、私の感性に合わないのだと。歴史の期待する場面はことごとく外され、どうでもいい気の抜けた場面はダラダラといつまでも続きます。思い起こせば、このドラマの感想を日記ネタとして書いてみようと思ったのは、第5回で本田博太郎さんが登場して、強烈なインパクトにびっくりしてからでした。その後は、なんだかなーと思いつつも、それなりにいいなと思う場面があったし、本田博太郎さん、高橋英樹さん、伊勢谷さんの登場が楽しみでした。でもどうやらこの先は、感動も楽しみもなさそうです。録画したのを軽くさーっと流して見てオシマイかな。『奇皇后』とか『ようこそ、わが家へ』とか、目を離せないワクワクするドラマを日記ネタにしようと思ってます。先日のNHK名古屋放送局で開催された『花燃ゆ 全国巡回展』での画像です。維新へのエネルギーは、やはり『大和魂』のほうですよね。
May 8, 2015
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NHK大河ドラマ 『真田丸』 。第31回は、死が近づいてもうろうとする秀吉に無理やり遺言を書かせる人(正信vs三成)と、決断と行動がすぐにできなくて周囲から意見される人(家康、昌幸、信幸)がいた前半でした。寝込んでいよいよ枕が上がらない状態になった豊臣秀吉(小日向文世さん)に、そばで仕える真田源次郎信繁(堺雅人さん)は、何かあったらこれをと、小さな呼び鈴を枕元に置いて行きました。源次郎が去ろうとすると秀吉は呼び鈴を鳴らし、そのたびに源次郎は秀吉の元に戻ります。死が近づいて一人では不安なのでしょうか。あるいは歳とって気持ちが幼子に返って、呼び鈴を鳴らして楽しんでいるのでしょうか。そして石田三成(山本耕史さん)と源次郎は大谷吉継(片岡愛之助さん)の屋敷に行き、秀吉の遺言したこれからの政について打ち合わせをします。老衆(おとなしゅう)(大老)を徳川、前田、宇喜多、上杉、毛利とし、奉行は浅野、石田、増田、前田、長束として、合議制で秀頼を守っていくというものでした。(大谷吉継は病で奉行職を辞退)三成は徳川家康(内野聖陽さん)から花押をもらった後も、自分が九州に行って不在の間に何かあっても徳川が単独で動かぬようにと、念を押していきます。それを聞いた吉継からは、露骨にやり過ぎると裏目に出ると注意を受けるのですが。三成から一方的に言われた徳川家は、このまま引き下がるわけにはいかないので、秀吉に新たな遺言を書かせようと画策します。亡き信長から拝領したという甲冑を持参して秀吉の部屋に飾り(なんとも威圧的な手土産)、寝ていた秀吉の身体を無理やり起こします。もうろくして判断力がなくなった秀吉の耳元で本多正信(近藤正臣さん)がささやきながら、徳川家に都合のいい遺言を秀吉に書かせます。徳川家康(内野聖陽さん)は、あまり無理強いするなと秀吉の身を案じますが、正信のほうは「これで殿の仕事がやりやすくなった」と満足気です。でもそれを聞いた三成はこのままにはしておけないので、源次郎と片桐且元(小林隆さん)とともに秀吉の寝所に行き、寝ていた秀吉を起こします。意識がもうろうとして「疲れた、眠い」と訴える秀吉を三成は、なんとかなだめて筆をとらせて、遺言の内容を変えていきます。そして最後に、もう書き足しができないよう「以上」と書かせようとしたときに、秀吉が「眠い」と訴えて寝落ちしそうになりました。焦った三成は思わず「眠くない!」と怒鳴ってしまいます。その声を聞いた寧(鈴木京香さん)が「あんたたち、死にかけとる病人に何させとるんか!」とやってきました。かろうじて秀吉に「以上」を書かせたのか三成は無礼を詫び、三成と且元は退出しました。さてそのころ真田屋敷では、真田昌幸(草刈正雄さん)が二人の孫を抱っこして子守をしていました。嫡男・源三郎信幸(大泉洋さん)の正室の子と、自分の姪(こう:長野里見さん)の子だから、どちらも同じくらい可愛いでしょうね。でもね、パパが孫たちに聞かせている「桃太郎」のお話が、ふつうとちょっと違うような…?もう軍略の教育ですかー?(笑)ただ昌幸のその姿は、出浦昌相(寺島進さん)には物足りないものでしたが。その真田屋敷には、娘の稲(吉田羊さん)が産んだ孫の顔を見に、本多忠勝(藤岡弘、さん)が来ていました。おじじさま(忠勝)の顔がコワくてギャン泣きする赤子(百助)を囲み、源三郎と稲は笑っています。しかし一方、こうが産んだ仙千代は忠勝の手前、表に出ることができなくて、泣きやまぬ赤子をこうは部屋で密かに必死にあやしていました。そう、源三郎は舅の忠勝がコワくて、仙千代のことをまだ明かしていなかったのです。そのことを源三郎は家族の皆から責められていました。さて伏見城では、こんこんと眠る秀吉の枕元に家康が来て「先日は手荒なことをした」と、すまなそうでした。死が近い秀吉の姿を見て家康は、諸行無常を感じます。家康は源次郎に語ります。「戦は大嫌いじゃ。 間違いなく勝てる戦など、どこにもない。 伊賀越えは一度でたくさん。 戦場で、命からがら逃げまどうのはもうごめんじゃ。」家康は秀吉の死後、再び世が乱れることを憂いていました。源次郎も家康と同じ気持ちでした。(17年後にこの二人は壮絶な追いかけっこをすることになるのですが)するとそこに、秀吉を見舞いに甥の小早川秀秋(金吾:浅利陽介さん)が来ました。金吾が死を前にして眠る秀吉にかけた言葉は「お元気で。」(あまりの金吾のズレっぷりに、源次郎も家康も絶句)でも金吾の声で目が覚めた秀吉は、息も絶え絶えに「秀頼のことを頼む」と金吾に言いました。秀吉は意識が戻れば、話すことは秀頼のことのみです。秀吉と金吾が話をしやすいよう、家康と源次郎は二人のそばから離れて背を向けました。しかし直後に「ふぅっ」とロウソクの火を吹き消す音が!秀吉が「この火は己が命(の象徴)」と言っていた火を、知らなかったとはいえ、金吾が消してしまったのです。驚いた源次郎と家康が「あーっ!」と声をあげ、消えた火を見た秀吉は恐怖におののき悲鳴をあげたのでした。(長くなったので、ここでいったん分けます)若い頃はお地蔵さまを見てもなんとも思わなかったのですが、今はお地蔵さまの優しいお顔に癒しを感じるようになりました。(画像は、上田市別所温泉の北向観音にある鐘楼のお地蔵さまです)
August 8, 2016
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5月の半ばから、毎週日曜日の午後6時から BS-TBS で 『水戸黄門』 の第2シリーズが放送されています。『水戸黄門』は2011年の冬にシリーズの放送を終え、1年半前に武田鉄矢さんが黄門様になって復活し、昔の半分の10話で完結するシリーズになりました。里見浩太朗さんはじめこれまでの黄門様が好きだった方には、武田鉄矢さんの黄門様は馴染めないかもしれません。私自身も最初は、水戸藩の前藩主でありながら殺陣もできなくて風格もなくて、ドラマでも時代劇のイメージがない武田鉄矢さんに違和感だらけでした。でも不思議なことに、第1シリーズでドラマを見進めていくうちに、だんだんと武田鉄矢さんの黄門様もいいなあと思うようになりました。なんていうか、とにかく楽しいのです。前作が終わった後にしばらく続編の動きがなかったので、もう続きはないのかなとあきらめていました。だから第2シリーズが始まったときは嬉しかったですね~。とはいえこの第2シリーズは第1シリーズと比べて、やや物足りないものを感じました。なんだろうと思ったら、殺陣で大暴れするシーンが少ない(と思う)のです。ご老公の旅に付き物の、主に忍びの「悪の軍団」が毎回は登場しないのです。でもその代わり、第1シリーズと比べて人情の風味が濃くなったように感じました。これが逆に武田鉄矢さんのキャラクターなのでしょうか。そして毎回登場する役者さんたちが、またスゴイのです。有名ではなくても経験を積んだバイプレーヤーの方々の演技はあまりにも自然で(=演技が上手くて)、何も気になることなくドラマが進んでいきます。あるいは若い頃によく顔を見た役者さんや昔の『水戸黄門』シリーズのときに悪役をやっていた方が、10年20年の時を経て再び登場すると、なんか嬉しくなってきます。少々ありえん部分があったとしても、そこは娯楽時代劇。『水戸黄門』は、やっぱ楽しいわ~。o(*^▽^*)o~♪第1シリーズでは忍びとしてご老公の命をずっと狙ってた詩乃(篠田麻里子さん)は、この第2シリーズでは改心してご老公のお供をするようになりました。長年、由美かおるさんがやってきたように、大暴れとお色気のシーンがあります。『水戸黄門』にはなくてはならない、庶民をいじめる悪役さんたちと、弥七が放った火薬玉でドロンして逃げる場面です。悪役さんたちは恐すぎないよう微妙におマヌケな要素も出す、絶妙な演技です。ご老公(武田鉄矢さん)一行を常に陰から見守る風車の弥七(津田寛治さん)です。弥七は助さん・格さんより身分的には下だけど、ご老公を守る若い二人が頼りなくて苦言を呈することもあります。第3回の放送で伊助を演じた花王おさむさん(右端)です。娘と孫の身の上話をする場面では、本当に素晴らしい演技で、思わず泣けました。吉姫役の吉本実憂さんも画面の中で泣いていましたが、この演技を目の前で見たら自然と泣けてくるでしょう。(見逃した方は、再放送があったら是非!!)さて『水戸黄門』といえばコレ!ご老公一行が悪人のところに乗り込んで、成敗するために大暴れをします。一斉に大暴れが始まり、助さん(財木琢磨さん)・格さん・弥七のスピーディーな動きに見惚れつつも、それに合わせる相手役の皆さんもスゴイと思ってます。格さん役の荒井敦史さんは、第1シリーズでは刀をもった握りこぶしで殴っていましたが、第2シリーズではほとんど素手で、刀を持つ殺陣はまだないようです。さて第3回には、加納 竜さんが出演していました。これは第33部(2004年)の、夜叉王丸役の山口馬木也さんと殺陣で対決する場面で、加納さん(右)は二刀流で戦っていました。シュッとした顔立ちで殺陣もめちゃカッコ良くて、今回はどんな動きを見せてくれるのだろうかと、ワクワクしながら加納さんが登場するのを待っていたのですが・・・。でもどこにいるのかわからず、録画を2回目に見直したら、ああーっ!こんなところに。若い頃と風貌が少々変わって、悪代官も似合うようになりました。やられ役で助さん役の財木琢磨さんの相手をしていました。日本の時代劇が廃れないよう、後進を育てていっていただきたいものです。第4回のゲストは浅野温子さんでした。このお二人が共演すると、つい『101回目のプロポーズ』を思い出してしまいます。江戸時代の時代劇では、暴れるときによく荷車を武器にしますよね。悪人たちが浅野温子さん演じる女将を攻撃しようとしたのですが、この後の展開が・・・(大爆笑!!ヾ(≧▽≦)ノ ギャハハハ!! バンバン!!)庶民を苦しめる悪代官の竹山軍太夫(北町嘉朗さん・中央)と、取り入る悪徳商人の渡海屋(瀬川菊之丞さん・右)と松五郎(上杉祥三さん・左)です。袖の下の渡し方と受け方等、時代劇ならではの所作がとても自然です。そして物語は、格さんの「鎮まれ、鎮まれ。この紋所が目に入らぬか。」、助さんの「一同、御老公の御前である、頭が高い、控えおろう。」で落ち着きます。財木さんと荒井さん、2年目になってセリフが板についてきました。原田さんと合田さんのときも1年目は少々硬かったから、皆さん同じでしょうね。
June 21, 2019
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先週の日曜日に名古屋港ガーデンふ頭3号岸壁で開催された、海上自衛隊のイベントで見てきた画像です。前回の日記の続きになります。※イベント情報は ⇒ ⇒ こちら 潜水艦救難艦「ちよだ」の艦内を見学していて、ふと思ったことがありました。そういえばこの艦には、もし攻撃を受けるようなことがあったときに迎撃できるような物がぱっと見渡した感じ見当たらないのだけど、その時はどうするのか?と。そこで甲板にいた隊員の方にお尋ねしました。そしたら、たしかにこの艦には迎撃態勢はないけれど、もしそういった地域で活動することになったら護衛艦がつく、ということでした。あー、よかった。物騒な場所に丸腰だけど行け、ではあんまりですからね。どんな仕事もですが、危険が予想される任務に就く方々には、あらゆる想定をした配備をして、任務に集中していただきたいですから。艦の後方の広い甲板です。このときはイベントでいろいろ展示されていて人もたくさんいるので狭く感じますが、もちろんここでヘリコプターの離着陸もあります。艦内はどこも急階段です。私は急階段はお城めぐりで慣れています。ただこの日はデジイチや三脚や雨具などいろいろ荷物を大きめのバッグにもっていて、下りの際に女性隊員の方が荷物を運んでくださるというのでお願いしました。無理して自分で運んで、転んで事故でも起こしたらいけないですからね。小さな子供さんは男性隊員が抱っこして下に降ろしていました。この日はイベントで一般公開だったので、艦内はわりとのんびりした雰囲気だったと思います。帰宅して何気に見てみた映画『男たちの大和』では、戦闘訓練で戦艦大和の急階段を駆け足で上り下りしました。なので通常の任務では、隊員の方々も艦の上で急ぎで移動することとか、やっているでしょうね。【新品】【DVD】男たちの大和 YAMATO 反町隆史入口と同じ下の階に下りたら、目の前に救難艇がドーン。ぎりぎり後ろまで下がって、やっと全体が画面に入りました。深海救難艇(Deep Submergence Rescue Vehicle:DSRV)の内部はこのような感じになっているそうです。DSRVはこのように救難活動をします。イラストでは「ちよだ」が海上で移動していますが、パンフレットのイラストでは発進と帰還で船の移動がないので、これは説明を見やすくしているのだと思います。DSRVの上部が紅白に色が塗られている理由をお尋ねしました。これはDSRV自身が救助を必要とした場合に、青い海では赤が目立ち、夜の暗い海では白が目立つから、ということでした。DSRVの後方部分です。ハイテク救難艇には配管やチューブやコードがいっぱいついています。「ちよだ」から外に出たら、海上自衛隊が保有する艦の紹介がイラストでありました。護衛艦の仕事には、武器を扱う1分隊と、艦を安全に航海する2分隊があります。こちらは艦内生活の様子と、航空機整備員の仕事です。衣食住はこんな感じで過ごして、常に体力の維持増進に努めておられます。さて海上自衛隊といえば、「毎週金曜日にカレー」という話をよく聞きますよね。このカレーも艦によっていろんな種類があって、それのレシピも紹介されてます。 ⇒ ⇒ 海上自衛隊 艦めし 和・洋・中・カレー・スイーツ、ああ、どれも美味しそうそしてこちらは潜水艦と掃海艇の紹介です。10年前に広島県呉市に行って てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館) を見学してきたのに、当時は自衛隊に関する知識がほとんどなくて、展示資料の意味をまるで理解してませんでした。今度はじーっくり勉強したいので、また呉に行きたいなあ・・。もう一度「ちよだ」を別のアングルから。私が見学を終えて出てきた頃には、待ちの行列がかなり伸びていました。名古屋港に着いて、すぐ艦を見学して正解でした。ちなみに「ちよだ」を前方から見る場所には、オススメ記念撮影の案内と、撮影時にちょっと高く上がれるステップが用意されてました。
June 29, 2019
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2020年NHK大河ドラマ 『麒麟がくる』 の感想です。今回は斎藤道三と高政の親子での戦いとなった長良川の戦いが話のメインで、どんな展開になって、どんな盛り上がりが、と放送開始からワクワクでした。ただこの前半は思ったより感動が少なくて、まあこんなものかなと思っていたのですが、その思いは後半で想像以上の感動があり、大満足でした。明智十兵衛(長谷川博己さん)の叔父・明智光安を演じる西村まさ彦さんが名演技で、視聴者の心をドラマの中の思いに連れてってくれました。明智城の落城を覚悟した光安は甥の十兵衛に当主の座を譲り、自分のふがいなさを詫びつつも、十兵衛に逃げて生き延びるよう命じ、明智家の再興を託しました。「わしも後から行く、案ずるな、早う行け!」視聴者だってこの言葉が嘘だとわかるから、叔父上はもう後から来ないってわかるから、自然と感情移入して余計に泣けるんですよね。ええ、本当に素晴らしい演技でした。そしてラストで、逃げずに自分もここに残ると言い出した牧(石川さゆりさん)を家来の藤田伝吾(徳重 聡 さん)が心をこめて説得しました。牧の誇りとこの土地への愛着を十分に理解した上で、逃げ延びてほしいとは言わずに「旅に出てくださりませ」と。言葉一つで、こんなにも思いが変わるのですね。視聴者も思わず泣けた、名場面でした。※涙腺崩壊の方が続出でした。 ⇒ #麒麟がくる 弘治2年(1556)4月、斎藤道三は2000の兵を率いて、嫡男・高政と戦うために鶴山を出て、長良川の北岸に陣を構えました。高政の軍勢は12000で、尾張の織田信長は舅・道三を助けようと出陣していました。そして竹腰道鎮の軍勢600が先陣を切って長良川を渡りはじめ、開戦となりました。叔父・明智光安とともに道三軍について斎藤高政と戦うことを決意した明智十兵衛は、家臣の藤田伝吾(徳重 聡 さん)らを率いて急ぎ叔父の後を追って長良川に向かいました。主戦場の上流に着いたとき高政軍の兵士がいて前進できなかったため、伝吾らが応戦してその間に十兵衛は叔父・光安の元に向かいました。明智十兵衛(長谷川博己さん)がようやく叔父・明智光安(西村まさ彦さん)の元に着いたとき、そこは激戦地でした。早く渡河して道三の元に駆け付けたい十兵衛でしたが、光安はここでは無理だと。「なんとしても道三様をお助けせねば!」ーー光安は十兵衛に敵が手薄な川下に行くよう命じ、大怪我をしている光安のことを側近に頼んで十兵衛は馬を飛ばしました。一進一退の攻防を繰り返していた戦いでしたが、高政自らが大軍を率いて動きだしたら道三軍は一気に崩れてしまい、道三の近習たちは道三に退陣を訴えました。道三は近習に馬を引くよう命じ、累々と死体が横たわる長良川を単騎で駆け抜けました。道三が向かった先は、敵の高政の本陣でした。道三は高政に一騎打ちを挑み、高政もそれを受け家臣たちに手出し無用を命じました。組み合いになったとき道三は改めて高政に問います。「そなたの父の名を申せ」と。しかし高政は相変わらず父・道三を「油売りの子、成り上がり者」と卑下し、自分の父は土岐頼芸であると繰り返し主張しました。「この期に及んでまだ偽りで己を飾り、皆を欺こうとするか、おぞましき我が子よ!」ーー父・道三の言葉に我慢がならなくなった高政は家臣たちに道三を討つよう命じました。刃を受けた道三は絶命し、その後で十兵衛がたどり着きました。高政は十兵衛の寝返りを責めつつ直ちに自分に与すれば許すと言いましたが、道三を慕う十兵衛はそれを拒否したので、ならば明智城は即刻攻め落とすと高政は言いました。十兵衛は道三の亡きがらに礼をして高政の元を去っていきました。尾張の清州城では帰蝶(川口春奈さん)が前田利家(入江甚儀さん)から長良川での戦の結果の報告を受けていました。父・道三が亡くなったことを悲しみ、父を助けに行った夫・信長は間に合わなかったが無事に尾張領内に戻ったことに安堵しました。そして隣室で控えていた伊呂波太夫を呼び、再び美濃に行って働いてほしい、褒美は望みのままに出すというほどの難題を頼みました。十兵衛が明智城に戻ると、光安は十兵衛を力づくで主の座に座らせました。そして光安は、今日からこの城の主は十兵衛だ、間もなくこの城は高政方に攻められるがとても勝ち目はない、このまま皆が討ち死にすれば明智家は途絶える、それを座視できぬ、十兵衛は城を出て逃げて生き延びよ、と命じました。光安は十兵衛に精一杯の思いを伝えます。「生き延びたら明智家の主として再び城を持つ身になってもらいたい、そなたならやれる、許されるなら(自分の嫡男の)左馬助(間宮祥太朗さん)も明智家再興の一員に加えてもらいたい」ーーそう言って十兵衛に明智家の旗を渡しました。そしていよよ敵が近づいてきて、光安は「わしも後から行く、案ずるな、早う行け!」と十兵衛たちの脱出を促しました。「わしはこの城の最期をしかと見届け、後を追う!」ーー光安の覚悟を悟った十兵衛は涙ながらに今生の別れを告げ、左馬助とともに城を脱出しました。屋敷に戻った十兵衛は、長年仕えてくれた村の皆と別れを告げました。自分たちも明智家の方々のお供をしてお守りしたいけど田畑を捨てては行けないと言う伝吾。そう思ってくれるだけで何より有難かった十兵衛は、皆との再会の約束をしました。しかしいよいよ出立となったときに十兵衛の母・牧(石川さゆりさん)が急に「自分もこの地を捨てられない、ここに残る」と言い出しました。牧は「ここで死ねるなら本望」とまで言いますが、牧が残るとなると十兵衛も妻・熙子も家人たちも、明智家の皆は揃ってここに残ることになります。それを見かねた伝吾が優しく牧を諭してくれました。「お気持ちは皆同じでございます。大事な田や畑や、山や川や、この先10年20年、皆で守っていこうと思うております。いつの日か大方様がまたお戻りになられたとき、何も変わらずこの里は、村はあります。それをまた見て頂くために、今日は旅に出てくださりませ。どうか。」自分たちがこの里を必ず守っているから、早く出立を。伝吾の思いを受け取った牧は屋敷を出て生き延びる決心をしました。しかし高政勢はもう明智城まで来ていて、叔父・光安が残る城には火矢が放たれていて、城から立ちのぼる煙を十兵衛は屋敷から見届けていました。
May 12, 2020
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2025年NHK大河ドラマ 『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』 の感想です。この回は随所で、横浜流星さん演じる主人公・蔦屋重三郎の、花の井改め瀬川(小芝風花さん)への本人も意識していない思いを感じた回でした。 瀬川の方は重三郎への思いを、ストレートには絶対言わないけど、それらしい言葉は出ていて、重三郎が気がつかないだけで平賀源内(安田顕さん)のようにちゃんと察している人もいます。でも重三郎は自分じゃわかっていないけど、彼の場合ちゃんと行動に出ているんですよね。例えば同じように辛い思いをしている女郎をなんとかしてやりたいと思った時、他の女郎たちにはまず頭で、つまり理性で打開策を考えます。でも松葉屋で瀬川が大変な思いをしていると知った時、重三郎は考えることなくとっさに感情的に言葉が出て身体が動きました。松葉屋の人たちは、今日の重三郎は何か変だとか、あるいは薄々気がついているかもしれませんが。あと鳥山検校(市原隼人さん)という、実に興味深い人物が出てきました。彼は盲の特権を活かして資産形成では大成功しました。そして苦労人ゆえの気配りか、あるいは目が見えないことでの自分への卑下か、自分のせいで瀬川が退屈をしないようにと女性が喜ぶプレゼントを持参します。物腰も柔らかく、花魁に対して敬語で接します。そんな鳥山の優しさに瀬川は「声」で応えました。鳥山にとっては、自分流の心遣いを瀬川がただ喜んでくれたらいいと期待してなかっただろうけど、それが思いがけないお返しがだったと思います。これは瀬川の優しさに、惚れちゃいましたね。さて、今回の中に出てきた小道具についての書き込みがあったので、ご紹介します。*【印刷博物館】~当館が所蔵しているのは復刻版となりますが、『金々先生榮花夢 上・下』をご紹介します。 ⇒ ⇒ こちら *【#大河べらぼう 公式】~『女重宝記』とは ⇒ ⇒ こちら こちらでは様々な意見がでていて参考になります。 ⇒ ⇒ #べらぼう #大河べらぼう 地本問屋への仲間入りを賭けて蔦屋重三郎(横浜流星さん)が挑んだ𠮷原細見の「籬の花」の販売は、重三郎の狙いどおり飛ぶように売れていきました。そして重三郎の問屋仲間入りをなんとかして阻止したい西村屋与八は自分たちも「新𠮷原細見」と称する本を出して、町で華々しく宣伝していました。するとそこへ重三郎たちが鳴り物入りで賑やかにやってきて、人々に西村屋の細見を模した箱を見せたかと思うとそれを西村屋の前で二つに割り、自分たちの細見を模したものを大々的に宣伝しました。さらに「瀬川襲名」のことも強調し、町の人々はこぞって重三郎のを求めました。(このシーン、最初は重三郎もわざわざ西村屋の怒りを買うこともないのに、と思ったけど、重三郎は先にこの人に嵌められているから、まあ仕方ないですね。)重三郎が出した細見「籬の花」は人々の評判も良く2倍以上の売れ行きとなり、𠮷原は押し寄せる人々で大賑わいとなりました。𠮷原に来た人々は五代目・瀬川(花の井 改め;小芝風花さん)を一目見ようと花魁道中に押し寄せ、その姿に酔いました。また重三郎は駿河屋の軒先に本屋の屋号として「耕書堂」の名を掲げ、𠮷原の女郎屋の親父衆たちからも本屋の主として認めてもらえました。親父衆も重三郎が一人前となったことを喜んでくれました。その賑わう𠮷原に、やはり“瀬川”のことが気になった平賀源内(安田顕さん)が小田新之助(井之脇海さん)を伴って来ていました。重三郎は瀬川は花の井が襲名したと二人に明かし、源内が会えるよう手配しようとしたのですが、あいにく瀬川は大忙し。うつせみは新之助に会いたがっていましたが、やはり忙しくて落ち着かないのでまた今度となりました。こんなにも𠮷原の町が賑わうのは花の井が瀬川を背負ってくれたからで、自分の作った細見の力ではない、花の井には深く感謝している、どうすれば花の井に報いることができるか、と重三郎は源内に思いを語りました。瀬川が本心は重三郎が好きなんだとわかっている源内は、重三郎に瀬川を身請けしろと言いますが、瀬川の身請け金などとても払えるものではありません。さらに𠮷原の男は女郎には絶対に手を出してはいけないと叩き込まれていると重三郎が説明をすると、瀬川の気持ちを思う源内は虚しさを感じました。さて田沼意次(渡辺謙さん)の方ですが、こちらはしきたりがうるさく無駄な金もかかる社参の支度に追われていて、気分がすぐれませんでした。すると源内が、吉原で瀬川襲名があってその花魁道中を一目見ようと人々が大勢集まり吉原が繁盛している、不躾ながら将軍の道中も民草にはよい見物なのでは?と意次に進言しました。意次がすぐに「社参を見世物にして金を得る場にせよと?」と気がついたので、源内は続けて「これを機に宿場の商いを盛り立てるのはたやすい。かつその銭の出入りを上手く使えば二朱銀への置き換えも進められる。」と進言しました。今まで苦々しく思っていた社参が、逆に経済の発展に利用できるのだと理解した意次は何かを考え始めました。重三郎が松葉屋に本を持っていったとき、ただでさえ忙しい瀬川が面倒な客のために疲れてまだ寝ていると聞き、重三郎は思わず主人の松葉屋半左衛門(正名僕蔵さん)や女将に、そんな客をつけないよう文句を言ってしまいました。それを聞いた松の井(久保田紗友さん)が頭にきて、ならば自分たちなら面倒な客でもいいのか、と重三郎に食ってかかりました。うつせみが二人の間に入って止めましたが、重三郎はその時うつせみの首に変なあざができていることに気が付きました。さらに松の井からは、瀬川を求める客が多過ぎて自分たちだって代わりに相手をしているから大変なんだ、ということも聞かされました。さて牢から解き放ちとなった鱗形屋孫兵衛ですが、鶴屋喜右衛門の助けを借りて起死回生を図っていました。その孫兵衛は、実は須原屋市兵衛(里見浩太朗さん)の力によって家に戻れたわけで、孫兵衛は重版で手を組んでいた役人に裏切られた、孫兵衛が捕まったのは自分のせいではなかった、須原屋も重三郎を疑ってはいない、ということを重三郎は須原屋の口から聞いて安堵しました。そして重三郎は、ある女郎に本を送りたいから市兵衛に本の相談に乗って欲しいと今日ここに来た理由を話しました。連日連日休む暇なく客が来る瀬川の今宵の客は盲の鳥山検校(市原隼人さん)。盲の頂点に立つ鳥山は大金持ちで下っ端の盲と違って品も良く、初回のこの日は高価なかんざしや鏡と世間で評判の本などを瀬川に土産に持ってきていました。初回の花魁は話もできず瀬川も退屈だろうから、盲の自分に構わず皆で楽しむがよいと鳥山は言い、その心遣いにいね(水野美紀さん)は深く礼を述べました。座敷の皆が喜ぶその光景を見て瀬川が鳥山に声をかけ、自分が本を1冊読もうかと提案、鳥山はそれは吉原のしきたりを破ると遠慮しましたが瀬川は、花魁の姿の代わりに声を楽しんでもらいたいと言い、いねも特別にそれを認めました。瀬川は本の中から『金々先生榮花夢』を選んで鳥山のために読み、鳥山も瀬川の声に聞き入っていました。(鳥山の優しさに、瀬川も優しさで応えたのですね。)重三郎が茶屋に戻ると義兄の次郎兵衛が『金々先生榮花夢』の本を面白がって読んでいたので、重三郎は実はその内容の一部は自分が以前、鱗形屋に出したネタであり、それを鱗形屋が本にしていることを伝えました。自分のネタだけど鱗形屋が面白い本に仕立てていることは重三郎も認めざるを得ないし、鱗形屋のこの本が世間の評判を呼んでいることで重三郎の問屋の仲間入りがどうなるのかを次郎兵衛も案じていました。翌朝、重三郎は瀬川をお稲荷さまに呼び出しました。瀬川はこの本は面白いと感想を述べ、同時に重三郎のことを案じました。でも重三郎は、実はこの先のことをすでに親父衆に相談してあり、計算高い親父衆は自分の味方になってくれていることを瀬川に伝えました。今まで瀬川が何かと助けてくれたから親父衆も協力してくれるようになった、と重三郎は改めて瀬川に礼を言い、1冊の本を手渡しました。それは『女重宝記』という本で、瀬川が名のある人に身請けされた時に世間の常識や考えを知らなくて苦労しないように、という重三郎の思いからでした。重三郎は自分が身請けされて幸せになることを願ってくれていると感じつつ、瀬川は自分が重三郎にとって特別な存在ではなくここにいる女郎たちの一人にすぎないのだと感じて、寂しさと悲しさをごまかして去っていきました。瀬川の気持ちを量りかねた重三郎はお稲荷さまに独り言(=相談)したけど、この時はまだ自分の気持ちにも気がついていませんでした。夏になり、重三郎が店番をしていたら鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助さん)が来て、互いに思うところを抱えながら挨拶を交わしました。鶴屋喜右衛門(風間俊介さん)ら地本問屋の仲間6人で𠮷原に来て、突然話し合う場が設けられました。切れ者の喜右衛門が問屋を代表して話し、その内容は孫兵衛が持ち直したので重三郎の地本問屋の仲間入りを断るというものでした。重三郎が自分が出す本は吉原に関わる物だけで皆さんの商売の邪魔はしない、細見もこちらで作ってタダで譲る、だから仲間にと訴えました。それならばと何人かの問屋が考えを変えようとしたら、喜右衛門は話の流れを断ち切り、自分だけで話すからと仲間の皆を退室させました。そして「卑しい外道の𠮷原者」は市中の問屋の仲間にはしたくないという人も何人かいるなど、親父衆の誰が何を言っても喜右衛門はその度に言葉を返して聞き入れませんでした。重三郎は自分たちを毛嫌いする人たちと話し合いをさせて欲しいと訴えました。しかし喜右衛門は「𠮷原の方々とは同じ座敷にもいたくない。」とのことだと言い、その言いぐさに親父衆は皆いよいよ我慢ならなくなりました。その時、駿河屋市右衛門(高橋克実さん)が急に笑いだし立ち上がったかと思うと喜右衛門の傍に立ったので、喜右衛門も笑い返したら・・・!!市右衛門は喜右衛門の首根っこを掴んで力ずくで座敷から引きずり出そうと障子に向かいました。重三郎は他所の人だと市右衛門を止めたのですが大文字屋市兵衛(伊藤淳史さん)は重三郎を押しのけ、障子を開けて市右衛門に道をつくりました。市右衛門は勢いのまま障子の向こうにある階段から喜右衛門を落としました。喜右衛門は階段の下で待っていた問屋仲間のところに転げ落ちていきました。階下から親父衆を見上げる喜右衛門たちに、親父衆は口々に言いました。「俺だってあんたらと同じ座敷にいたくない。」「あんたら出入り禁止な。」「あんたらはもう𠮷原の本は作れない。重三郎しか作れないね。」「黙って大門くぐったら・・。」、最後は扇屋宇右衛門(山路和弘さん)から「二度と出ていけなくなりますからね。」と念押しされ「覚悟しろや、この赤子面!」と市右衛門にダメ押しされました。自分の味方になってくれた頼もしい親父衆でしたが、地本問屋たちとは激しい対立となってしまい、重三郎もこの先のことが少し心配になってきました。
February 27, 2025
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昨日の夜、農業をやっている姉のところに行ってきました。姉にちょっと大事な話があって電話ではナンだったたし、先月の長雨の影響でこの夏は野菜がびっくりするほど高いので、スーパーに売りに出せないような野菜を少し分けてもらおうと思ったからです。自然が相手の農業だから、できた作物の中にはどうしても売りに出せない規格外があります。我が家から姉のところまでは距離が約40kmあるので、移動の交通費や労力を考えたら、近所のスーパーで野菜が安く買えるときはそのほうがいいのですが、最近のようにそうでないときは、規格外でももらえるなら助かります。姉が私に持たせる物を箱に入れてくれ、用事を済ませてそれを持って帰ろうとしたとき、ふと作業場の通路にタマネギが入った箱が目に入りました。ぱっと見て、大きさや時間の経過具合から、これはもう商品ではないだろうと思いました。姉にこのタマネギをもらっていいかと訊いたところ、姉は「まあいいけど、うん、いいよ。」と、なんとも歯切れの悪い妙な返答をしました。そして「ちょっと待って、とりわけるから」と言って袋に入れる前にタマネギの選別を始めました。そのとき私はもう一つの大事な話を思い出し、姉のそばに寄ったのですが、その瞬間モーレツな臭いに襲われました。うわっ・・これってもしかして「タマネギが腐った臭い」ってやつなの・・??強烈に臭いものを表現するのに「卵が腐った臭い」とか「タマネギが~」「魚が~」と言われるうちのその一つ、タマネギバージョンでした。この臭いに初めて襲われた私はこのときどうなったかというと、、、話そうと思ってたこと、頭から全部飛びました。٩( ᐛ )وしばらくの間は思考停止状態でした。作業場はエアコンがガンガンに効いているけど、姉が忙し過ぎて、箱に入れたまま放置状態だったようです。箱の上のほうにあったタマネギは風が通って無事だったけど、下のほうにあったものはもう・・。臭いにびっくりして反射的に遠ざかった私を見て姉は笑っていましたが、このタマネギの状態が予測できたであろう姉はよく見たら、いつもは使わない手袋をして作業していました。たぶん息も鼻で吸わずに口呼吸していたのかな。キレイな部分を取りわけてくれたけど、腐敗の汁が少しついていて臭ったので、昨日の夜遅くに帰宅してから急いで庭に出て、タマネギを芝生の上に出しておきました。朝になったら臭いがほぼとれていました。タマネギの腐敗臭とは何かと思って調べました。メチルメルカプタン(CH3SH)という物質で、キャベツでも腐るとこうなるとありました。タマネギのような刺激臭のないキャベツでも腐ると・・気を付けなきゃいけないですね。ところで昨日ですが、有難い本が手に入りました。鳥取県から郵便物が届き、送り主に心当たりがなかったので一瞬焦りましたが、開封したらSNSでつながったお寺のお坊様からでした。私は寺社参りをよくするのですが、そのときに困るのがカタカナで書かれた真言の呪文を見ても、漢字と違って意味が全く想像できないため、後で(というか瞬時に)忘れてしまうのです。それがこのような解説の本をお寺が手作りで出していると知ったので、送っていただくようお願いしました。和綴じされた手作り製本です。わざわざ鳥取県まで買いに行けないので嬉しいです。仏様が「如来部」「観音部」「菩薩部」といった具合にグループ分けされてます。これがあれば真言の呪文も家で確認できます。ちなみに「オン~ソワカ」は、「願いを叶えてください」という意味だそうです。
August 23, 2020
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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回は羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)が上月城を見捨てざるを得なかったショックから一時的な記憶喪失になり、秀吉を取り巻く皆があの手この手で秀吉を元に戻そうとする流れの中で、秀吉自身と皆の気持ちが交錯した感じでした。 でもやはり、秀吉の記憶がよみがえる強烈な鍵となったのは、弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)と母のなか(坂井真紀さん)という家族の絆でした。記憶を戻したくない秀吉が思い出してまた前に進もうと決意できたのは、いつも苦労を分かち合い、それを乗り越えた後で一緒に笑い合った弟の小一郎がいたからでした。そして兄をなんとかしなきゃ!とあせって気持ちが煮詰まる小一郎をあおるのではなく、最悪の場合は秀吉はまた百姓に戻ればええ、と気持ちにゆとりを持たせて考える幅を広げてくれた母・なかの存在は大きいと思います。 ただそんな家族愛の話を挟みつつ、史実的に先のことがつい気になってしまうキーワードがあれこれ出てきました。前回は小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)の嫡男・松寿丸の名が出てきて、今回は荒木村重(トータス松本さん)のセリフで「生き残るにはそれしかなかった」という言葉と、ラストで村重が謀反を起こしたという展開です。 今回の冒頭の上月城に対する秀吉の残酷な仕置きのことは、うまく話を作ったなあという感じでした。でも次回、村重の妻・だし(山谷花純さん)を始め有岡城の家臣やその妻子の身に起こることをどう描くのか。予告では竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)との別ればかりが出ていましたが、村重の謀反によって起こることのほうが私はつい気になってしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正5年(1577)、播磨に出陣した羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は播磨の国衆を次々と従わせ、12月には毛利領との境にあり毛利方の要衝である上月城(兵庫県佐用郡)を攻略。弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)も竹田城(兵庫県朝来市)を攻略して城代となっていました。しかし上月城落城後の秀吉の仕置きがあまりにもむごいという話を前野長康(渋谷謙人さん)から聞いた小一郎はすぐに兄・秀吉のもとに行き、事の真偽を確かめました。 秀吉に同行していた荒木村重(トータス松本さん)の話によれば、秀吉は上月城に対して降伏勧告を出していたが、城内の者は誰も応じず、秀吉たちが城に踏み込んだときには男だけでなく女も子供も、全員が自害していたということでした。皆すでに息絶えていて、秀吉は亡骸を丁重に葬るよう命じたけど、軍師の竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)が進言しました。「この者たちは我らが殺したことにしよう。兵どもの首は落とし、女子のむくろは納屋に押し込んで火をつける。子は串刺しにして毛利方との国境にさらす。せっかくの屍の山、我らに逆らったら皆こうなると見せしめにするのです。」 自分には考えの及ばないことでしたが、秀吉も納得して官兵衛の意見を取り入れました。秀吉は自分が鬼のふりをして少しでも西国攻めを早く終わらせることができるならそれでよいと考え、官兵衛はこれで戦わずして我らに寝返る敵も増える、と読んでいました。小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)は、苛烈な仕置きは逆に恨みを募らせ敵をまとまらせてしまうと考えましたが、半兵衛はいっそ敵が一つにまとまれば狙いも定めやすくなり策も練りやすくなると意見しました。 官兵衛は、毛利が全軍をあげて織田に攻めかかってきたら織田の軍勢とてやすやすと太刀打ちできないから侮ってはいけない!と強く主張しましたそんな官兵衛に半兵衛は尋ねました。戦巧者でそこまで毛利のことをわかってる官兵衛が、なぜ織田についたのかと。官兵衛は言葉を選んで、今の織田には勢いがありこれからの世をつくるのは織田だと見極めたと言いましたが、半兵衛はそれを「実に曖昧で、それこそが今の播磨の国衆の状態。半信半疑のまま皆どちらかにつかねばと織田を選んだ者がほとんど。その者たちの気が変わらぬうちに一刻も早く毛利を倒さねばならない。やっかいなのは明らかな敵ではなく、腹の底が見えない国衆だ。」と現状を分析していました。 果たして、半兵衛の悪い予見は現実のものとなりました。東播磨にある三木城(兵庫県三木市)城主の別所長治(下川恭平さん)が織田に反旗を翻し、家老の別所賀相(田中美央さん)が加古川城を攻めるため出陣しました。秀吉も直ちに三木城に出陣すると決めたのですが、そこへさらに毛利と宇喜多の軍勢が上月城に向かったとの報せが入りました。上月城は尼子勝久(渡邊蒼さん)に託してあり、勝久は秀吉の援軍が来るまでの辛抱だと兵たちを鼓舞していました。秀吉は上月城にへ、小一郎は三木城に向かうことを決めたものの、羽柴勢だけでは手に負えないと判断し、主君・織田信長にも援軍要請をしました。 秀吉は上月城を助けるために高倉山に陣を敷いたけど、三木城の攻略を優先する信長は上月城には援軍を送らぬとのこと。半兵衛も信長と同じ考えで、三木城が手薄になれば別所に横腹を突かれる、上月城は見捨てざるを得ないということでした。秀吉は毛利に国を滅ぼされた尼子勢が自分を頼ってきたときのことを思い出していました。食うや食わずで逃げ回っていた勝久と家臣たちは秀吉が用意した粥を口にしたとたん涙が出るほど有難くて嬉しくて、生き延びた実感がわいた勝久たちは今の喜びを歌にして秀吉に返しました。尼子家再興を誓った勝久と共に毛利を討とうと約束した秀吉は、どうしたらいいのかと涙しました。 半兵衛は官兵衛と囲碁で対戦しながら、今は織田方についているけどまだどこか定まらないの官兵衛の胸の内を考えていました。半兵衛はもし自分が官兵衛なら、織田でも毛利でもなく自分がのし上がる策をとると言い、官兵衛も心の底でかすかに残っている本心を突かれたのか、しばし言葉を失いました。でもちょうどそのとき大粒の雨が降り出し、官兵衛は雨に紛れて囲碁の勝負をうやむやにしてしまいました。「時をかければ思わぬことが起きて勝ち負けを覆すこともできる。時さえあれば…。わしはそなたが妬ましい。」半兵衛は力なくそう言うと、その場に倒れこんでしまいました。 上月城の勝久たちに思いをはせ雨に怒りをぶつける秀吉。そんな秀吉のもとに半兵衛が倒れたと報せが入り、蜂須賀正勝(高橋努さん)はもう撤退の潮時だと進言しました。秀吉は上月城に向かって深く一礼し、引き上げを命じました。上月城では最後の粥を皆ですすった後、城主・尼子勝久は切腹、家老の山中幸盛(廣瀬友祐さん)は安芸国へ護送中に敵の手にかかり討ち取られました。 上月城から退却した秀吉の軍は毛利と宇喜多の侵攻を食い止めるため、書写山の円教寺(兵庫県姫路市)に陣を構えました。勝久たちを救えなかったことが悔やまれて仕方がない秀吉は毎夜うなされ、ある夜足を滑らせて庭に落ちたときに頭を強く打ってそれまでの記憶をすっかりなくしてしまいました。弟の小一郎が三木城から駆けつけてきても、御仏の前でただ祈る秀吉は小一郎のこともわからないほど記憶をなくしていました。 元は僧侶だった宮部継潤(ドンペイさん)は、この世には人の理では解けぬこともあると言い「ここの柱に己の名を刻んで願掛けすればどんな願いも叶う。ただしそれと引き換えに書いた者の身には大きな災いが降りかかる。」と住職から聞いた柱にまつわる話をしました。官兵衛はそんなのは世迷言だと受け入れませんが、宮部はこの世には不思議な因縁もある、と考えていました。 それからは小一郎、蜂須賀、宮部らそれぞれが秀吉の記憶を取り戻そうと必死に過去の出来事を語りました。しかし秀吉の記憶はいっこうに戻らず、官兵衛はこのことを上様(信長)に報せ、小一郎が秀吉の代わりを務めるのがよいと強く小一郎に進言しました。しかし自分は兄ほどの器量はないと自覚する小一郎は官兵衛に、今の話は聞かなかったことにするとくぎを刺しました。 そのころ完成を目前に控えた安土城では城主・織田信長(小栗旬さん)が荒木村重を呼び出していました。完成したらさぞや素晴らしい城にと安土城を称える村重に信長は、「安土城ができあがった姿をお前にも見せたかった。残念じゃ。」と村重は完成を見ることがないと示唆しました。信長は刀を手に取り、村重の家臣が毛利と内通していると聞いたと言って近寄り、ことの真相を訊ねました。信長に疑われたら命はないので村重は必死に弁明しました。しかしそんな弁明が信長に通用するはずもなく、信長は村重が手土産で持参した饅頭が毒入りかもと、饅頭をすべて食べるよう命じたところ、村重はすべての饅頭を口に押し込みました。信長はようやく村重を許して帰しました。 村重が有岡城(兵庫県伊丹市)に戻ると、内通の件で調べていた中川清秀(すがおゆうじさん)と高山右近(市川知宏さん)が毛利輝元の使いだと言う外交僧の安国寺恵瓊(立川談春さん)を連れてきました。恵瓊が話を始めると村重は話を聞くことを拒否、そして村重はそのとき清秀と右近が毛利と通じていたようだと感づきました。ただ恵瓊は去り際に「織田信長という男は一度疑いをかけた者をやすやすと許すようなお方であろうか。誤解されればよいが。」と村重に暗示をかけていきました。 秀吉の記憶はなかなか戻らず、弟の小一郎に対してもいまだに他人と同じ接し方でした。そこで小一郎は母のなか(坂井真紀さん)を長浜から呼び寄せ、母の手料理で兄の記憶が戻ることを期待しました。なかは秀吉を幼名の藤吉郎と呼び、藤吉郎のために焼きみそと粥をこしらえました。しかし粥の椀を手に取ったとき秀吉は突如、上月城で自分が尼子の兵たちに粥をふるまったときのことを思い出し、彼らを助けてやれなかった負い目も思い出して「わしは何も思い出したくない!」と言って椀を放り投げて退席してしまいました。 母・なかは息子の秀吉の取り乱しようを見て、もうこのまま思い出さなくてもいいとさえ思いました。小一郎がそれでは家来たちが困るからそういうわけにはいかんと言うとなかは、お家のことは誰かにお任せして秀吉はまた百姓に戻ればいい、とまで言いました。 もう他に方法はないと考えた小一郎は、自分への災いを覚悟の上で本堂の柱に己の名を刻み始め「どうか兄者を元に戻してくだされ。」と願掛けを始めました。その姿を見た秀吉は「小一郎殿、そなたに災いが降りかかる。」と言って小一郎を柱から引き離しました。小一郎は「兄者にとっては忘れたままのほうがいいだろうけど、わしはそんなのは許さぬ。兄者が誘ったから今のわしはここにおるんじゃ!」と真剣に訴えました。 秀吉の心の中に二人で一緒にやってきた時間が流れました。そして小一郎が再び柱に名を刻み始めたとき、秀吉はたまらず「やめんか、小一郎!」と呼んで小一郎を引き離しました。そのとき小一郎は、兄は記憶を取り戻したのだとわかりました。そして秀吉は、実は母の顔を見たときから思い出していたと打ち明け、母・なかもそうだと思っていたと言いました。秀吉は、こんな情けない自分に戻りたくなかったから記憶がなくなったフリをした、でも自分にも忘れたくない思い出がたくさんある、小一郎のおかげで思い出した、と語りました。なかは、侍として大出世した息子だけど、言葉にしないだけで本当はたくさん傷ついていたことに思いをはせました。 小一郎は秀吉に「よかった」と安堵しながらも、兄の忘れたフリで振り回されたことに腹が立ち、思わず怒鳴りました。でもやはり兄にはこれからも苦しいことが山ほどあるだろうと思い、その災いを自分が半分引き受ける覚悟で柱に刻んだ名を残しておくことにしました。皆は、これでいつもの秀吉に戻った、いつもの兄弟に戻ったと安堵して喜び、息子たちの姿に母は静かに涙を流しました。 気持ちを立て直した秀吉は士気高く、三木城を落とすための軍議を開きました。ところがそのとき急使が来て、有岡城主・荒木村重が謀反を起こしたとの報を持ってきました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
June 10, 2026
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もう2月の終わりになりました。今日はまだ寒いけど、来週の3月に入れば、いよいよ春の到来を感じる気候になると思います。そして3月になれば、日本全国のあちらこちらで春祭りが始まります。そう、3月の祭りといえば、この地方では毎年3月15日に愛知県小牧市の 『田縣神社』 で、天下の奇祭として名高い『豊年祭』が行われます。ストレート過ぎるご神体で有名です。神社もお祭りそのものももちろん神聖なんだけど、見るとなんか笑っちゃいます。私も以前行ったときの画像を改めて見てみて、もう笑うしかない、そんな感じでした。UPした画像は、2008年3月に行ったときのものです。以前アルバム形式で写真をご紹介して、現在では見られなくなっているものを再度UPしました。名鉄小牧線の『田縣神社前』駅に着きました。この祭りは外国人観光客がたくさん来るので、行事予定の案内が英語でも表記してあります。 観光バスが神社前に何台も停まって、祭り会場に外国人の団体様が入ってきました。外国人向けの祭り見物のツアーがあるようです。 神社の本殿から少し離れたところに、これから奉納する新しいご神体がありました。祭りムードが盛り上がって、皆さん次々と記念撮影です。 日本の女子もノリノリです。カメラを持ったおじさんたちから「あんたら、ポーズをつけてくれんかね?」、「いいよ~♪」「顔写真をネットに出してもいいかい?」、「いいよ~♪」 ストレートな商品名が並ぶ露店がいくつもありました。声に出して言いにくい・・・(笑) こちらは品のある商品名なんだけど、この両手は何なのでしょう。
February 26, 2016
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2018年NHK大河ドラマ 『西郷どん』 。第17回の部分的な感想です。今回の話の中心は、幕府から追われる西郷吉之助が高僧・月照を必死にかくまって、なんとか助命しようとして、でもそれが叶わず月照とともに錦江湾に入水して果てる場面だったと思います。ただ私はそちらの場面よりも、鹿賀丈史さん演じる島津斉興が、ソリの合わない息子の斉彬を嫌ってはいたけど、薩摩藩や幕府を動かす器量があったのは認めていたこと、逆に久光は可愛い息子だけど異母兄・斉彬ほどの器量はないと認めていたという場面に感銘を受けました。主演の鈴木亮平さんは私の好きな役者さんです。でもまだ今は吉之助が歴史やこのドラマを動かす人物ではないので、出番は少なくてもピシリと決める、脇を固める皆さまの熱演を味わっていたいと思います。月照を連れて京を抜け出し、幕府の追手の目をかいくぐりながらやっとのことで薩摩の自宅に着いた西郷吉之助(鈴木亮平さん)。疲労と雨で弱りきった月照を休ませて温めるよう家族に頼みました。幕府に追われた長旅から戻った吉之助を待っていたのは、すっかり老いてボケてしまった婆さまでした。思えばこの婆さまは、夫、息子、自分が見染めて可愛がった嫁と次々に先立たれ、逆縁の悲しみに耐えてきた人だったのでした。一方、鶴丸城では島津久光(青木崇高さん)が亡き異母兄・斉彬(渡辺 謙さん)との約束を果たすために、父・斉興に願い出ていました。このドラマでの久光は兄・斉彬を慕い、野心もない性格のいい人です。久光は兄・斉彬がやろうとしていた率兵上京を自分が実現させると父・斉興に報告し、それを聞いた父はただ笑っていました。久光は父が喜んでいると思ったのですが・・・。紀州の徳川慶福(荒木飛羽くん)が第14代将軍・家茂となり、天璋院篤姫(北川景子さん)は家茂に挨拶をします。家茂は天璋院を母とは呼ぶものの、将軍継嗣問題のことから「母上は私をお嫌いだ。私は母上を信じられない。」と言います。政治と感情は別であることを、いつの日か理解してくれるのでしょうか。そして将軍継嗣問題で敗れたことで、幾島(南野陽子さん)はその責めを負って大奥を去り、京に戻ることになりました。しかし天璋院は、自分の帰る家はこの徳川だと、ここに残ると決めました。薩摩の家で休息ができた吉之助は、明日お城に上がって月照さまの庇護を進言するつもりだと大久保正助(瑛太さん)に言います。しかし正助は、江戸からご隠居様(斉興)が戻ってきていて状況が良くない、月照さまとともに身を隠すよう、吉之助に伝えました。吉之助が動けない分正助は、大事な友・吉之助のために動きます。妻・満寿の実家のつてで家老の山田為久(徳井 優さん)と対面し、なんとか吉之助と月照を助けてもらえないかと強く訴えました。そして山田は久光に進言すべく準備して対面に臨みました。「己の愚かさに呆れている」と言いつつも、ふと笑みがこぼれる山田は、いつも亡き殿・斉彬のそばで見てきた吉之助がどこか可愛いのでしょうね。現藩主の茂久(久光の嫡男)が「これからの薩摩は亡き殿(斉彬)の遺志を継いで」と言おうとしたとき突如、隠居していた島津斉興(茂久の祖父:鹿賀丈史さん)が現れました。そして斉興は家臣たちに、薩摩は幕府に恭順すると申し渡します。藩主である茂久の後見となって亡き兄・斉彬の遺志を継ごうとしていた久光でしたが、家臣たちは藩政で実績のある斉興に従ってしまい、若い藩主の茂久も「島津家取り潰し」の言葉に恐れをなしてしまいました。それでも久光は父・斉興に食い下がって、話が違うと強く訴えました。しかし斉興はそんな息子・久光に「お前では斉彬の代わりは務まらん。お前では兵を率いて戦っても御公儀には勝てない。」と厳しく言い渡しました。このときの悔しさが、幕末での久光の働きにつながるのでしょうか。月照と吉之助が「日向送り」になると正助から聞かされた郷中の仲間たちは悲しみのあまり憤り、切腹覚悟で殿に直訴するとまで言い出します。吉之助は皆の気持ちだけは有り難く受け止め、藩内で争いはせぬよう、戦う相手は異国に言いなりの幕府だと、考えを述べました。全てをあきらめ死を覚悟した吉之助ですが、大事な友・吉之助を救いたい一心の正助はあらゆる手段で助命の行動にでました。正助はまず密かに久光との対面にこぎつけ、久光に断られると今度は家老の山田を通じて藩内の実権を握る斉興との対面にこぎつけました。まもなく日向送りの迎えが来るであろう吉之助は、愛する家族たちとの最後の別れの前に江戸風のウナギ料理をふるまいます。これまで食べたことのない甘辛いウナギの味に家族は大喜びでした。ただ家族たちは、吉之助兄さぁが日向送りになったことは誰も知りません。「御公儀に恭順するために西郷を殺めると、亡き殿(斉彬)を慕っていた者たちの恨みを買って藩内に争いが起きる」という正助の進言を斉興は受け入れました。しかしその代わりに西郷に月照を斬るよう命じました。正助が自分と月照のために八方手を尽くしてくれたことに感謝しつつも、吉之助にはやはり月照を斬ることはできません。でも正助のために吉之助は、話を承諾したフリをしました。月照を斬ることで吉之助は自分が生き延びる道を選んだと信じた正助は、日向送りに出た船を見送りました。その夜、吉之助の家を訪れた正助は、吉之助が命よりも大事にしていた短刀(亡き斉彬から賜ったもの)が部屋に飾ってあることを熊吉から聞かされます。正助は吉之助が死ぬつもりで船に乗ったことを悟りました。自分たちはもう死ぬしかない。そう覚悟した吉之助と月照は、共に手を取りあって暗闇の錦江湾に身を投じ、死出の旅路へと向かいました。
May 8, 2018
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今日のネットニュースで、『真田丸』が優良放送番組推進会議で最優良番組に選ばれたとありました。私はこのドラマのファンなので、嬉しいですね~。このドラマのいいところは、主役は真田信繁@堺雅人さんだけど、毎回見どころを演じる方が変わるということです。視聴者はある程度、自分の人生や経験と重ねてドラマを見ていると思います。誰かのために地球が回る話なんて見たくないですからね。ネットで『真田丸』の皆さんの感想を読んでいると、中には自分が選ぶ今週のMVP( Most Valuable Player )を出している方が多いです。そしてそれは、だいたい同じようです。第1回では、武田勝頼@平岳大さん。「これほど感動した勝頼はいない」、はい、全く同じです。第2回では、小山田信茂@温水洋一さん。私は草刈正雄さん演ずる真田昌幸が最高だったのですが、世間の意見は温水さんが多かったです。前回、最後の裏切りをしたあの憎たらしい顔が、一気に恐怖のドン底に落ちて、織田の兵に引きずられていく姿がインパクト強すぎでした。第3回では、真田信幸@大泉洋さん。父上の期待に応えようと張りきって頑張ったのに、実はその父上にも騙されていて涙目になって、可哀想過ぎる姿が人々の心を動かしました。第4回では、昌幸@草刈正雄さんと徳川家康@内野聖陽さんの舌戦での攻防。言葉でのやりとりでこんなにも緊張するなんて、めったにない場面でしょうね。第5回では、徳川家康@内野聖陽さんの「伊賀越え」。草刈正雄さんら真田側も頑張っていたのですが、もう“愉快なチーム徳川”にやられてしまいましたわ。第6回では、出浦昌相@寺島進さんに人気が集まりました。「素破は戦では死なぬ。素破が死ぬ時は信用を失った時」この生き様、この言葉があまりにもカッコイイと、多くの人々がシビれました。「素破」というキーワードが飛び交った日でした。第7回では、おとり婆さま@草笛光子さんですね。木曽義昌をビンタして説教して孫の信繁を開放させる姿が、ネットで“婆さま無双”と絶賛でした。他にも視聴者に人気になっているのが、「黙れ小童!」の室賀正武@西村雅彦さん信幸@大泉洋さんが話し合いに口を挟んだ瞬間に、大声で飛んでくるお叱りです。ファンの間では“小県国衆会議名物”と言われてます。また出浦昌相@寺島進さんは、赤い羽をあしらった衣装がカッコイイのも注目になってます。こういった注目の人以外でも、出番は少なくても味わいのある演技を見せてくれるベテラン俳優さんたちが、次から次へと出てきます。「おじさんたちがカッコイイ!」と若者たちの声です。もちろん、このドラマなりの批評も出ています。でも今まで大河ドラマを見なかった若い世代に人気があり、NHK総合で午後8時からの放送が待ちきれなくて、BSで午後6時の放送から視聴が始まります。BS午後6時からの放送を“早丸”と言い、総合午後8時からのは“本丸”で、土曜日の再放送は“再丸”と呼ばれてます。早丸でドラマの流れを見て、本丸で役者さんたちの細かい演技を見て、再丸で感動を再び。ファンはこうやって見ているのです。実は私もその一人ですが。こうやって見ているドラマが最優良番組に選ばれるというのは、嬉しいものですね。この先のドラマ展開も楽しみですが、ベテラン俳優さんたちならではの、さりげない名演も楽しみです。さて、次のMVPはどなたでしょうか。というか、次は何が起こるんでしょうか。(ワクワク)まだ寒いけど、あと1ヶ月でこの風景になりますね。画像は、以前行った愛知県岡崎市の奥殿陣屋の菜の花畑です。
February 24, 2016
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3つ前の日記の続きになります。愛知県犬山市にある 明治村 では、戦前のドラマを作るときによくロケ地となるのですが、2009年の冬から3年がかりでNHKで放送されたドラマ 『坂の上の雲』 でも、多くの建物がロケで使われました。『坂の上の雲』は私の大好きなドラマでした。話の続きを見るのに、次の年の冬まで1年間待たなければいけないドラマは初めてでした。でも魅力的なドラマだったので、本当に「首を長ーく」して、待ち遠しくてたまらない思いで待ってました。だからドラマの場面で、自分が見たことがある明治村の建物が出てきたときは、「あっ♪」って感じで嬉しかったですね。1丁目にある 三重県庁舎 です。本木雅弘さんが演じた秋山真之が上京して学んだ学校は、この建物が使われました。この中の1室で『坂の上の雲』の特別展をやってました。松山市内の名所案内(上)や、明治の時代を作った人々(下)がこのように紹介されてました。こうやって眺めていると、松山に行ってみたくなります。こちらは4丁目の 呉服座 です。ここが何に使われたのかというと・・・第2回放送の中で、真之や学友たちがときどき息抜きに遊びに行った寄席として使われました。先月の終わりに、こんな日記を書いてました。 『坂の上の雲』 ~ 再放送で改めて、感動! 第7回放送の中で、真之が病気で入院したときに使われた、4丁目の 名古屋衛戍病院 です。病室から見た風景がこんな感じだったので、この部屋でロケしたと思われます。
May 3, 2015
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆今日ちょっと覗いてみたサイトで、「フリーマーケットに行ったら欠けた食器を売っていた。どう思うか。」 といったような話がありました。その是非についての話は省略しますが、私は最初にこの話を読んだとき、「欠けた食器を買う人がいるのか?」と疑問に思いました。でもいろいろな方の意見を聞いて、納得でした。例えば、ペットのご飯皿、植木鉢の水受け皿。これは私もふだんやっています。 しかし、割れた皿をさらに砕いてタイル代わりにする、模様がきれいな部分を活かして庭石の代わりにする、欠けた部分を危なくないよう処理して小物入れにする。こういったアート的なことは、私には全然ない発想でした。 さらには、絵とかのモチーフに使う、絵の具皿にする。といった美術の道具にするというのも思いつかなかった(知らなかった)し、金継ぎの練習、お皿が割れるシーンの撮影に使いたいこの発想には脱帽でしたなるほど~。。モノには本当にいろいろな使い方があるのですね。すっかり固くなった自分の頭を実感しました。さて今日は、この春に撮ってきた花のアルバムなどがそのままだったので、フリーページを修正しました。よかったら覗いてみてくださいませ ★アルバム~花の写真集★ ★国内旅行編★ 5月の後半はバラの色と香りで楽しみました。6月からはアジサイや花菖蒲のブルー系が主役でしょうか。これからの季節も楽しみです♪先日行った、小牧市の『市民 四季の森』のアジサイたち。これからいよいよ本格的に開花していきそうです。雨の日は、花にかかる雫も美しいし、なにより水をたっぷり含んだ花たちがイキイキとしています。 雨の日も楽しみです♪Natsu&Kei
May 29, 2009
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昨日はすっきり晴れた青空だったのに、今日はまた真冬の冷たい風が吹く曇り空でしたいつもと変わらぬ時間を過ごした夜。TVは何か面白そうなものをやっているかなー。9時から 『ALWAYS 三丁目の夕日』 をやっていて、話題の映画だけど私はまだこれを観てなかったので、これにしました。歴史が好きな私にとって、昭和30年代の風景が見られるというのは、それだけでも興味の対象です。そしてストーリーそのものも、何気ない日常の物語かと思っていたら、意外なほどになかなか面白いものでした。それにしても、登場人物の名前が・・・。吉岡秀隆さん演じる小説家志望の青年の名前が、え?『芥川 龍之介』??この物語って、まさか実在する人物の話だったの?・・・・・違ってました。 『茶川 竜之介』 。そして子役の作文を書くのが好きな男の子。 『淳之介』 という名前を聞いたとき、『あぐり』 を観ていた私はすぐにピンときました。まさかこの子も、『吉行 淳之介』 のこと??・・・・・そんなばかな。年齢も生い立ちも 『あぐり』 と全然違うじゃん。そしてよく名前を見たら、『古行 淳之介』 でした。なーんだ。それでも最後まで楽しめた物語でした。そうかあ。。あれが昭和30年代の風景と、人々の日常だったのですね。いい映画を観ることができました。しかし、今回もまた私は録画をしてませんでした。久しぶりに楽しめた映画だったのに。。【エントリーで1/13(金)10:00~1/29(日)9:59までポイント10倍以上】【中古】邦画 レンタルアップDVD ALWAYS 三丁目の夕日【画】でもTV放映のときはCMの時間などもあるから、あちらこちらでカットされているでしょう。だからどうせならレンタルか買うかで、もう一度じっくり鑑賞してみたいと思いました。映画をイメージして、夕陽の風景です。我が家の近所です。吉岡秀隆さん。2010年にNHKで放送された 『大仏開眼』 で 吉備真備 を演じたときには、藤原仲麻呂 役の 高橋克典 さんとの対峙場面では、ゾクゾクするほど迫力あってカッコ良かったです『茶川 龍之介』 青年は、この吉岡さんだったのですね外付けHDDから引っ張り出すのが面倒だったので、2年2ヶ月前の自分の日記から持ってきました。
January 13, 2012
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NHK大河ドラマ 『真田丸』 。魅力的な役者さんが次々に登場し、ドラマの面白さを一層盛り立ててくれています。その中の一人だった室賀正武(西村雅彦さん)。ふと気が付くと視聴者の心をとらえ、すっかり名ゼリフになっていた「黙れ!小童」は、第11回の放送によってもう聞けなくなってしまいました。その室賀正武を演じた西村雅彦さんのインタビューが『真田丸』のサイトに出ていました。 室賀正武 役 西村雅彦さん 。その中で、要約すると、室賀正武については資料がほとんどなく、どうにでも作ることができると考えた。しかし室賀の末裔の方もいらっしゃる。情けないだけでなく、時代をきちんと生き抜いた人物として芝居の中に落とし込みたい。真田に対して、ただの嫌なやつにならないよう、役と作品にきちんと向き合った。室賀正武は正直で率直な男だったと思う。こんなコメントをしていました。なるほど、こういった役への思いがあり、それを演じる力があったから、見ている人を惹きつけていたのですね。はい、西村さん、本当に心に残る演技でした。Twitter 内では『黙れ、小童!』ファンがたくさんいて、こんなスタンプを作ってしまった方もいらっしゃいます。「ご自由にお使いください」とあるのでUPしました。 コチラ さて、このドラマでは、男性陣はどなたも味わいのある演技で評判はとても良いのですが、女性陣は草笛光子さん以外の方は微妙なものがあります。中でも特にきり(長澤まさみさん)は悪目立ちしています。私もドラマを見ていて、きりと松(木村佳乃さん)の部分は真剣に見ているとイラつくので、あまり深く考えないようにしています。でもネットでいろんな感想を見ていると「きりは不器用だからこうなる」とか「きりの真っ直ぐさは、やがて源次郎を変える」といった、きりを支持する意見もよく見ます。私としては、まあ願わくばきりは第11回のラストのような歴史ドラマとして名場面となるようなところには出てきてほしくない、そう思うところでしょうか。一方、きりと対照的な存在が梅(黒木華さん)。控えめで物静かで賢く働き者の梅を、私はそのまま好意的に受け止めていました。第10回の放送までは。でも第11回の『祝言』で梅に対して?と感じ始め、さらに第12回の『人質』では???になりました。第11回では、祝言の準備できりがあれこれ口を挟むのを「私たちのことは放っておいて。だって、きりちゃん、今もあの人のことが好きだから。」なんて言ってわかっているのに、祝言の披露目の場では、「きりちゃん、こっちに来て!」なんて自分と源次郎が一緒の場に呼んでしまう。正式に側室になった余裕なのか、意地悪なのか。また第12回で、身ごもったというのは実は確証がなくて、「うそっていうか、これも一つの策ですね。だって源次郎さま、なかなかその気になってくれないから。」と得意げにきりに言ってました。もし万一身ごもってなかったら恐ろしい事態になると思うのだけど、どんなことがあっても源次郎が自分を守ってくれるという自信があるのか、あるいは「赤子は流れた」とか嘘をつき通すつもりだったのか。その後で姑の薫(高畑淳子さん)と廊下ですれ違ったとき。なんかずいぶんと梅の態度が大きいように感じました。結局は無事に赤ちゃんが生まれたからよかったけど。こうしてきりと梅を比べてみると、きりは最初からそのままだけど、梅は源次郎の側室になって性格が大きく変わった、そんな気がします。でもこういうのって、どこの世界でもありますよね。低い地位にいた者が、あるときまでは己の分をわきまえておとなしく生きてきたけれど、自分の立場が強くなったら、自分に自信が持てたら、急に考え方や態度が大きく強くなってしまうってことが。その点きりは、私が思うに、最初から良家のお嬢様で生活に不自由したことがなく、おそらく父の高梨内記に甘やかされ、理不尽を我慢することも、場の空気を読むこともない育ち。だから、きりは相変わらずで、梅は出自が低かった分、源次郎に愛されてると自信が持てたときに、策を弄しても源次郎の側室になって、きりより優位に立ちたかった。純粋に源次郎さまが好きって気持ちだけじゃなくて。そんなことを、ふと考えてしまいました。脚本家の三谷幸喜さんの実際の意図はわかりませんが。『真田丸』では、戦国時代の攻防をドキドキして魅入ってますが、いつも軽く流す部分をちょっと考えるのも面白いと思いました。「人間の世界では、若い人が何か言うと、おじさんに『黙れ、小童!』って怒られちゃうんだって。」「ボクたちは大丈夫かなー。」「大丈夫だよ。えみりーさんはボクたちには甘いから。」
March 30, 2016
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2004年NHK大河ドラマ『新撰組!』が、昨日ついに最終回でした。1年間ずっと毎週欠かさず観てきたドラマが終わってしまって、寂しいような、もう1年が過ぎたという時間の流れを感じるような。私は歴史が好きで、中で幕末は特に好きです。そして今までの幕末ドラマの中でも、この『新撰組!』は最高でした。一つの時代を、志高く熱くまさに疾風のごとく駆け抜けた若者たちにふさわしい、明るくエネルギッシュなキャストたち。描き方によっては、やたら重苦しくなりがちな時代を、シリアスな中にも笑いと感動があり、毎回目が離せませんでした。(これが三谷幸喜の作品なんですね。)それになんといっても、テーマ音楽がよかった!(*∩_∩*)いとしき友はいずこに この身は露と消えても 忘れはせぬ熱き思い誠の名に集いし遠い日を あの旗に託した夢を幕末~戊辰戦争で、これから散り散りバラバラになって命を散らしていく隊士たちの運命そのものの歌詞。毎回聴いててゾクゾクしてきました。そして昨日のドラマの中で。「武士よりも武士らしく」、武士として誰よりも誇り高く己の信ずるところに従って生きてきた近藤勇の最期。徳川の世のためにあれほど身命を賭して働いてきたのに、最後は罪人として処罰され、己の死後なおも辱しめを受けることをわかっていて、そして従容として死に臨む姿。彼の最期を見届けにきた群衆から湧き起こる「多摩の誇りだーっ!」、「よくやったーっ!」「あんたは本当の侍だーっ!]の声・声・声。(;_;)「どう死んだかじゃなく、どう生きたかが大事なんだ。」と勝海舟。この2つのシーンで、悲惨な最期がすごく救われたように思います。あ、もちろん土方役の山本さん、最後まで美しくカッコよかったですね。(*⌒o⌒*)『愛しき友よ』救うことができなかった親友・近藤を思い、そして命掛けで働いてきた自分たちが最後は逆賊呼ばわりされ、何のために京にのぼって、戦って仲間を死なせて・・・と苦悩する歳三に、兄・為次郎がやさしく諭す言葉。『誠の旗のもと、京の町でおまえたちは時代と戦ったのだ。これほど痛快なことがあるか。おまえたちは多摩の誇りだ。何が正しくて何が間違っていたかは、100年後200年後の人たちが決めればいい』ポロポロと涙がこぼれる土方は、本当に美しかったです。そして、いよいよ斬首の刀が振り下ろされんとしたとき、原田左之助が場外の木の上から叫ぶ。『尽忠報国の志(じんちゅうほうこくのし)、あっぱれなりーっ!』思いがけない手向けの言葉に、死の間際なのに笑みがこぼれる近藤勇。ドラマ最後のテーマ音楽に乗った回想のシーンでは、私は思わず泣き笑いしてしまいました。悲劇の中にも明るさがある、だからこのドラマが好きだったのよね。(T▽T)信念を貫いて、時代を熱く駆け抜けた男たちの物語は、エネルギッシュで前向きで、情に厚くて爽やかで最高でした。いいものを見せてもらった、私にとってはそんなドラマでした。(*∩_∩*)
December 13, 2004
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NHK大河ドラマ 『真田丸』 。徳川の大軍に立ち向かう戦闘シーンが面白くて、TV画面からずっと目が離せなかった第13回のまとめです。前回の日記の続きです。天正13年(1585)閏8月3日。夜が明けて、さて、いよいよ戦闘開始です。真田昌幸(草刈正雄さん)と高梨内記(中原丈雄さん)が本丸の天守で囲碁を始めたのを合図に、佐助(藤井隆さん)が伝令に走ります。まずは源次郎信繁(堺雅人さん)が神川の向こうに布陣する徳川勢の眼前で、「高砂や~~」と歌って舞う陽動作戦です。矢沢三十郎頼幸(迫田孝也さん)が「皆も歌え~っ」と兵に呼び掛け、皆で歌って盾や鎧を叩いて、コンチキを鳴らして対岸の徳川勢にアピールしています。音の演出がいいですね。源次郎の挑発に乗った徳川勢が川を渡ってきます。鉄砲や弓を少し放っては退却を繰り返し、徳川勢を少しずつ城内の奥のほうに誘い込みます。源次郎たちを追いかけてきた徳川勢を待っていたものは、屋根からは石つぶて、熱湯(実際は熱湯よりも粘り気があり火傷がひどくなるおかゆだったとも)、民家の横からは竹槍、足元には蒔き菱、などなど。真田の攻撃が容赦なく襲いかかります。これはたまりませんわー。そして源次郎を補佐する三十郎の働きがいいです。源次郎の「放てーっ!」の後は三十郎が「引け~っ」と兵に合図し、鉄砲隊や弓隊を逃がしては自分がしんがりとなり、指揮の補佐しています。また戦闘能力の低い農民を、屋根の上や室内など安全な場所に置いて、彼らにでもできる攻撃をさせている配慮がいいですね。昌幸の作戦通り、どんどん展開していきます。こんな戦法があるのかと、見ているとドキドキワクワクで、目が離せませんでした。ただね、今回はその盛り上がりを、戦場をウロチョロする梅(黒木華さん)にすべてぶち壊されました。「旦那様がお忙しい中、会いに行っても邪魔になるだけですから。」なんて殊勝なこと言ってたくせに、やってることはその真逆。赤子のためにと本丸の内外を行き来して、攻防の真っ只中に「門をあけて」とか戦闘の邪魔をして、へたすりゃお殿様(昌幸)がたてた策が崩れて戦局が変わってしまうようなことをやってます。門の前で敵に囲まれてたときなんて、梅のために源次郎まで危うくやられるところだったし。でも、その興ざめを次のシーンが吹き飛ばしてくれました。徳川勢をさんざんおちょくった源次郎を、閉ざされた大手門の前まで追いつめたと徳川勢がニヤリとした次の瞬間。重々しく門が開いた向こうにいたのは、父・昌幸が率いる真田の本隊でした。私は馬上の草刈さんの姿を見たとき、あまりにも存在感があってカッコ良くて、感動してゾクゾクしました。うわーっ!、やっぱ父上はこうでなくちゃ。昌幸の姿を見た徳川勢は「安房守だーっ!」と慌てふためき動揺します。そんな徳川勢を囲む側面の櫓から鉄砲や弓矢が次々に出てきて、昌幸の「放てーっ!」の合図で一斉に攻撃開始です。たまらず退却を始める徳川勢を待っていたのは、櫓の上から繰り出される投石、丸太落とし、源次郎たちの追撃。走りにくい千鳥掛けの柵をやっと抜けたら、眼前に源三郎信幸(大泉洋さん)の隊が出現です。真田の猛攻をなんとか逃れ、神川を渡って本陣に戻ろうとした徳川勢でしたが--。「さて、とどめといくか。」出浦昌相(寺島進さん)の合図で、堰き止めておいた上流の堰が切られ、渡河中の兵に鉄砲水が襲いかかり、兵の多くは水に流されました。増水した川のために徳川方は味方を助けにも行けません。逃げ場を失った徳川の兵たちが、真田の兵たちからとどめの攻撃を受けていました。その様子を本丸の中から見ていたきり(長澤まさみさん)は「戦なんてもんじゃないわね。」と言ってます。でも仕方がないですよ。負けたら女・子どもも無事じゃいられないのですから。それにその後、実際に、山へ逃げようとした徳川兵が~~ってなってるのだし。この後、梅が結局死んでしまうのですが、感動はナシです。源次郎に愛され自信が大きくなりすぎて、他者の言うことに耳を傾けなくなった結果だと思えます。なので私の中での今回の〆は、ここにします。退却していく徳川勢を本丸の天守から眺めながら、父・昌幸がつぶやいた「長い戦いになるかもしれぬなあ。」はい、父上の予感どおり、15年後の第二次上田合戦、昌幸亡き後の30年後の大坂夏の陣まで、真田と徳川の戦いは続くのですから。こちらは桜が満開になってます。日本のお城や寺社は桜がよく似合って、いい風景になりますね。
April 5, 2016
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆昨日までの3日間、我が家の近くにあるスーパー銭湯がOPEN1周年記念として、土日 750円(平日 650円)の料金が 100円だったので、私は3日とも行ってきました。なにせ家から歩いて5分のに 100円で入れるのだから。昨日は家でゆっくりできたけど、土日ともずっと動いていて疲れていたので、安くリフレッシュできましたそう、あれだけの設備のところに 100円で入れるので、予想以上に大混雑でした私はたまたまピークの合間に入ったようだけど、ピーク時には浴槽のお湯が出なくなったとかそのため店側は入場制限をかけ、建物の入り口で行列ができたほどでした。ところで、家にお風呂があってもこうしてスーパー銭湯を楽しむことがどこの家でも多くなったのですが(愛知県は特に多い)、そんな中で少々私の気になることが。男湯のほうではどうか知らないけど、女湯では、タオルを持たずに風呂場に入る人が多くなりました。もちろん、浴槽(お湯)の中にタオルを入れるのはNGでも、タオルで我が身を隠さない “まるっきりOPEN” 状態で移動する人が増えました。若いお嬢さんだけでなく、その母親世代の女性も。生まれ育った家にお風呂があって、家も公衆浴場も同じ感覚なのかなあ。。お湯に入っているときは別として、浴場内を移動するとき、さらにはサウナの中で全裸像のモデルよろしく腕を枕に寝転んだり、極めつけは “タオル無しで体操座り” したり、寝転び湯で膝を立てたり・・・。(しかも膝を立てる方はたいてい膝がユルくて開いている)ああ、お願いです。同性でも目のやり場に困るから、どうか恥ずかしい部分は見せないようにしてもらえませんか。あと、浴場から脱衣場に戻るときだって、全身ビタビタに濡れたまま入ってこられたらフロアーが濡れるのです。夏場はいいけど冬場とか靴下が濡れたらイヤです。脱衣所に戻るときには全身を軽く拭いてほしいです。だからお風呂に行くときはタオルを用意してくださいな。・・・というのが、私の勝手な意見です。さあ、お風呂から上がってすっきりリフレッシュした後は、館内のお食事処にあるソフトクリームやパフェがとっても美味しそう見ていると食べたくなってきますでも、「そういえば家に1本50円のアイスバーがある。。」「パフェ代でアイスクリームの大きいカップが買える。。」なんて思ってしまう私だから、商品の看板だけじっと見て立ち去りました。ケチな客で申し訳ないですね。私。。(# ̄ー ̄#)このお方は基本ハダカで、家では足を広げて寝ています。でも、ま、この方なら問題ないですね。Natsu&Kei
July 28, 2009
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NHK大河ドラマ 『真田丸』 。第43回感想の後半で、前回の日記の続きになります。軍議のときに皆の雰囲気がなんかヘンだと感じていた真田左衛門佐幸村(堺雅人さん)は、休憩に入ったときに控えの部屋で武将たちと個々に話をしました。幸村の策に賛同した毛利勝永(岡本健一さん)は、「己の力を試したい、今の俺の腕が戦場でどれだけ通じるか」そんな思いで大坂城に入っていました。幸村の意見を聞いて、己が立ち向かっていく目標を見つけた勝永は「京に攻め込むのは俺にやらせろ!」と一気に士気が上がりました。明石全登(小林顕作さん)は軍議の前に大野治長(今井朋彦さん)から、此度の戦は籠城と決まっている、同意すれば今後のキリシタンの布教に便宜を図ると話があったのでした。長宗我部盛親(阿南健治さん)も同様、長宗我部家の再興に力を貸すと言われていました。そんな二人に幸村は、豊臣が負けてしまえば、あなた方の望みはすべてが夢となる、籠城では勝てないと説きました。そして軍議が再開しました。明石と長宗我部がその後考えを変えて幸村に賛同したため、五人衆のうち後藤又兵衛基次(哀川翔さん)を除く4人が、籠城ではなく城を出て戦う意見になりました。あくまでも籠城で通そうとする側近たちは、流れが変わったことに驚きを隠せず、今度は木村重成(白石隼也さん)が、「まとまりのない牢人衆は大坂城で一丸となって戦うべき」と頑張って主張します。それを受けて幸村は反論します。「大坂城は最強の砦であると同時に最後の砦、我らにはここ しかない。ここが落ちれば豊臣家は滅びる。 籠城は最後の策に取っておき、まずは外に討って出るべき。 籠城はそのあと。」幸村の意見を聞いて重成は「腑に落ちました」と、籠城から意見を変えてしまいました。それを見て慌てる治長。そして又兵衛は「不承知!」と皆に背を向けてしまいます。そんな又兵衛に勝永が「あんたは何のためにここに来た?」と問うと、幸村が「死に場所を求めにやってきたのでは? 黒田家を飛び出した後どこにも仕官ができず武士らしく 生きられなかった(奉公構)。 あとは武士らしく死ぬしかない。」と推測を語ります。それは当たっていて、又兵衛は「天下一の城を枕に討ち死にする。籠城だ。」あくまでも籠城、そして死ぬを繰り返す又兵衛に幸村は「私は勝つためにここへやって来た。死にたがっている者に用はない」と言い、思いをこめて語ります。「我らは別々の思いを持って、ここに集まってきました。 しかし、一つだけ通じ合っていることがあります。 皆、それぞれ望みを持っている。 生きる望みを。 だからこそ、我らは強い。 私は本当に、負ける気がしないのです。」幸村の話を聞いた秀頼は感動して目が潤んでいました。そして又兵衛もようやく納得し、つまらん意地を張るのをやめて幸村に賛同しました。しかし五人衆がまとまったこのとき、織田有楽斎(井上順さん)がついに本音を出します。「はじめから籠城と決まっていた。おぬしらは所詮、金で 雇われた牢人たち、身の程をわきまえよ。我らの指図に 従い、敵と戦っておればいいのだ。」戦場で戦う力もなく、己を保つものが血縁の権威しかない年寄りが、上から目線で本音の爆裂です。母の叔父で秀頼も物が言いにくい相手に、このまま一同は従うしかないのか・・・と思ったそのとき。「有楽様、今の言葉は聞き捨てなりませぬ。」大野治長が静かに口を開きました。「ここにいるのは豊臣を守るために集った者たちでございます。 我らにとってはあくまでも客人、非礼は許されません。」「誰に向かって言うておる。」姪の家臣の分際でとでも言いたげな高圧的な物言いの有楽斎ですが、治長は有楽斎を見据えてひるみません。「決めるのは右大臣・秀頼公でございます! あなたではござらん。 ・・・殿、ご裁断を。」治長に促されて、「決めた。籠城はせぬ。討って出よう。」と秀頼は得心の裁断をしました。有楽斎が「このこと、大蔵卿(治長の母)にお伝えする。」と暗に脅しても、治長は臆せず「好きになさいませ。」と。軍議の前に権力者からあれだけ言われていたのに、権威に屈せず、己が正しいと思う方向に動いた大野治長は、実は気骨のあるいいヤツだったのですね。意外な人物の活躍で、観ていて胸のすく一場面でした。その夜、秀頼は軍議の次第を母の御上様(竹内結子さん)に「頼もしき武士たち、明日、毛利の兵が京へ攻め込む」と報告していました。しかし総大将・秀頼の決断も、「真田以外は信用できない。籠城。」の母の鶴の一声でひっくり返されてしまいました。「面目次第もござらん。」と幸村に詫びる治長。利発ではあっても母の意向には逆らえない総大将・秀頼。心が一つになった五人衆が予感した「前途多難」は戦の場だけでなく、城の内部でも味わうことになるのでした。「軍勢を一つの塊と思うな。一人一人が思いを持っておる。」父・昌幸の教えが幸村の中で生きています。「あんたはなぜここに来た?」--「実は、私にもよく分からないのです。」幸村は何かに導かれてここに来たのでしょうね。
November 1, 2016
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こちら東海地方では現在、平日の午後に『水戸黄門』の再放送をやっています。今は第32部の放送中で、私が毎度見逃していた「原田龍二さんと合田雅吏さんの、助さん格さんデビュー」の回をやっと見ることができて、日々喜んでおります。さて、私がこのドラマを見るときはたいてい午後4時を少し過ぎてからで、後で録画を見直して今日のドラマの始まりがどうだったかを確認することが多いのです。そんな先日、冒頭を見直したときに出演者のテロップを見て、ちょっと嬉しい発見が。今年の大河ドラマ 『おんな城主 直虎』 に第12回まで出演していた三浦春馬さん(亀之丞/井伊直親)が、この 『水戸黄門』第32部 に子役で出ていたのです。上記リンクの「あらすじ第3回」のところに三浦さんの名前が出ています。これは 2003年放送なので三浦さんが13歳のときです。ドラマでなじんだ方の昔の姿を何かで偶然見つけると、なんか親しみが湧いてしまいます。他にも昨年の『水戸黄門』の再放送の中で、大河ドラマ『真田丸』の高梨内記役と出浦昌相役でおなじみだった中原丈雄さんと寺島進さんが、ある回で一緒に出演されていたのを見たときは、ホントに喜んじゃいましたよ。その回がまたきたら、お二人の姿をここでUPしようかと思ってます。三浦さんが13歳のとき。中学生になって、キリッとしたいい表情をしています。ドラマの中ほどで、まだ問題が解決していなくて七之助は真剣な面持ちです。出演者のテロップにも堂々と名前があります。『水戸黄門』のラストシーンで、黄門様のおかげで無事解決して少しだけニコッと笑った少年は・・・。あれから13年たって、女性がキュンキュンしそうな、こんな表情をするようになりました。
April 7, 2017
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