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日々の移動を旅行?といえるかどうかは兎も角
大阪市内から表通りのラッシュを避けて、東の生駒山側方向へ抜ける際は、どうしても、谷町の裏道から空堀町を通り、大阪城を左に、玉造へ抜ける訳だが

先日通りかかり、車中から写真を撮った際は、道路に張り出たいつもどおりの 越中井
の佇まいの祠に、 地蔵盆
の準備か、その名も「 越中町
」の天幕が架かっていたので、あえて車を降りて近寄ってみた。

時あたかも、日曜のNHKテレビの「 功名ヶ辻
」では、秀吉が伴天連禁止令を出そうとしており、細川忠興の妻 玉
ガラシャ夫人
の薄幸な行く末が語られている。
この場所は北側に大阪城を望む、細川 越中守
忠興公の屋敷の井戸があった場所で、
慶長5年(1600)、関ヶ原合戦の始まる直前、石田三成は東軍に属する在阪諸大名の夫人を人質として、大阪城内に監禁しようとし、
忠興公が徳川家康に従って会津の上杉を征伐に出陣した留守中に人質にされそうになった忠興夫人のガラシャは、この命令に従わず、家来に首を打たせ屋敷に火を放ったのがこの辺りだった訳で・・・。
越中井碑の正面は 細 川忠興夫人秀林院殉節之遺址
(徳富蘇峰 筆)とあり・・、自刃を禁ずるキリスト教故に、殉教というより、殉節となっているのに納得

仕事にかまけて、素通りばかりでゆっくり見て廻った事がなく、興味ある同好人と、この次こそはと深く反省しております。
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