ダウン症児の育児ブログ~派遣さんの☆ワクワク育児日記!~

ダウン症児の育児ブログ~派遣さんの☆ワクワク育児日記!~

PR

プロフィール

派遣のヒロ

派遣のヒロ

カテゴリ

カテゴリ未分類

(47)

家族でおでかけ♪

(159)

ひろくんについて

(135)

ちーちゃんについて

(30)

私の家族のこと

(24)

家事・生活全般のこと

(17)

ひろくんの手帳/特児/福祉/他

(43)

ひろくんの靴

(20)

ひろくんのリハビリ

(16)

ひろくんの甲状腺

(7)

ひろくんの言語療法

(11)

ひろくんの頚椎

(6)

ひろくんの事故

(1)

ひろくんの児童デイサービス

(8)

ひろくんの通園施設

(9)

ひろくんの聴覚検査

(9)

ひろくんのオルゴール

(7)

ひろくんの摂食

(9)

ひろくんの保険(0才~)

(6)

ひろくんのおもちゃ・絵本

(8)

ひろくんの療育椅子

(7)

ひろくんのポーテージ

(7)

病気・予防接種

(6)

ダウン症関連資料

(63)

ダウン症関連講義

(14)

ダウン症児ハンドブック ・上地玲子先生

(20)

ダウン症書家・金澤翔子さん

(51)

金澤泰子様エッセイetc

(14)

障がい児の兄弟に対する嫌がらせ

(5)

ダウン症児の赤ちゃん体操

(7)

ダウン症親の会等

(3)

ダウン症関連全般

(26)

障がい関連全般

(21)

スペシャルオリンピックス・able

(5)

誕生死

(2)

聴覚セラピー・篠原佳年先生

(9)

視力改善

(9)

音楽プロジェクト(SAP)

(33)

「神の子たち」四ノ宮監督

(29)

家庭薬膳「生姜と葱の本」

(30)

障害児育児とボランティア

(6)

音・音楽

(12)

宇宙

(6)

笠岡のカブトガニ

(4)

感動するFlash・映像他

(10)

パソコン

(8)

My Room(^^)

(63)

☆★☆お得情報?☆★☆

(2)

井笠地域のダウン症療育会

(1)

発達障がい

(1)

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2006年12月17日
XML
カテゴリ: 障がい関連全般
映画『筆子・その愛 -天使のピアノ-』特集番組のお知らせ


先日、ひろくんがお世話になっている、
(財)日本ダウン症協会(JDS)岡山支部 の担当者の方から
映画『筆子・その愛 -天使のピアノ-』 の特集番組の連絡が
入りました。

早速、私のほうでもこのブログでこの件ご連絡させていただきます。


映画『筆子・その愛 -天使のピアノ-』の上映に合わせて、
NHK総合『その時、歴史が動いた』
(平成18年12月20日 (水) 22:00~22:43 放映)
で、 石井筆子 の生涯が詳しく取り上げられるそうです。
番組詳細は下記HPをご参照ください。

★『その時歴史が動いた』HP
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/index.html


<番組あらすじ>

幕末の長崎・大村の名家に生まれ、若くして「鹿鳴館の華」と呼ばれた石井筆子。ところが母となった筆子に転機が訪れる。娘たちが知的障害児だと分かったのだ。
明治時代、富国強兵政策の中で生まれた社会のあからさまな差別に、筆子は失意の底に沈む。そんな時、筆子は知的障害児の学園を立ち上げたばかりの研究者・石井亮一に出会い、やがて志を同じくした二人は前人未踏の教育に乗り出す。
しかし、子供たちによる破壊行為や自傷行為などがおこり、教室はいわば戦場のような毎日。それでも二人は辛抱強く指導を続ける。すると、やがてクリスマス会などで子供たちに成長の兆しが見えるようになった。
ようやく希望の火が灯ったかに見えたが、想像を絶する苦難が立て続けに筆子を襲う。園児6人が犠牲となった学園火災、戦争による極度の財政難そして一緒に障害児に全身全霊を傾けてきた亮一の死。
ついに学園存続は限界となった。その時、筆子はある決断を下す。それは30年以上、子供たちと苦楽を共にした、学園の母ならではのものだった。
番組では、障害者自身の幸せのみならず、ともに生きることに喜びを見つけ、学園の灯火を消さなかった教育者・石井筆子の不屈の闘いに迫る。

~以上HPより転載~


※この映画の後援には、(財)日本ダウン症協会(JDS)も参加されています。

★映画『筆子・その愛 -天使のピアノ-』公式HP
http://www.gendaipro.com/fudeko/

★(財)日本ダウン症協会
http://www16.ocn.ne.jp/~jds2004/


既に、12月から全国一部地域で上映もされています。
岡山での上映会は残念ながら見逃してしまいましたが、
映画のあらすじを見てとても興味を持ちました。
今の環境があるのも、この方のおかげかもしれません。
ぜひ、機会があれば見に行きたいと思います(^-^)


石井筆子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

石井 筆子(いしい ふでこ、慶応元年4月16日(1865年5月10日) - 昭和19年(1944年)1月24日)は、日本の近代女子教育者の一人。日本初の知的障害者福祉の創始者の一人。

筆子は、肥前国大村藩士渡辺清・ゲンの長女として生まれる。父清は幕末から明治維新にかけての志士で、明治政府では、福岡県令や元老院議官等の要職を歴任し、男爵に叙せられた。筆子の叔父渡辺昇も同じく幕末~明治維新の志士で、坂本龍馬と親交を持ち、薩長同盟の周旋をした功労者である。

筆子は、東京女学校を卒業後、皇后の命により津田梅子や山川捨松らとともに欧州に留学する。日本初の女子海外留学生である。帰国後、津田と筆子は華族女学校の教師となり、筆子はフランス語科目の授業を受けもった。そのときの教え子に、貞明皇后がいた。また、鹿鳴館の舞踏会にも度々参加し、「鹿鳴館の花」と評判だった。

さらに、静修女学校の校長に就任し、近代女子教育者としても活躍した。静修女学校は後に津田梅子が主宰していた女子英学塾に引き継がれ、現在の津田塾大学となる。

筆子は、同郷の高級官吏小鹿島果と結婚するが、生まれた3人の娘はいずれも健康ではなく、一人は知的障害があり、あとの二人は虚弱児であった。その上、1897年に夫の果が35歳の若さで死去する。

その後、娘を石井亮一が主宰する滝乃川学園に預けていた経緯から、学園に経済的・精神的な援助を惜しまないようになる。その過程で、園長石井亮一の人間性に惹かれ、再婚。知的障害者の保護・教育・自立に献身する。

当時の世情は、知的障害への理解が乏しく、亮一・筆子は度重なる苦難の中、学園を発展させ、現在の社会福祉法人滝乃川学園として至っている。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年12月18日 00時10分13秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: