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日記をつけ始めて、表向きにあんなことがあったとかこんなことがあったとか、あるいは何もなかったとか、そういう毎日のあれこれのほかに、目には見えない気持ちの上で、書くべきことが毎日こんなにたくさんあったのかと驚いている。日常の中で何が起きても起きなくても、心の中では常にいろんなことが起きていて、しかもそれがこうやって書かれることでみんなと黙ったままで会話できてしまう面白さ。そんなわけで表向きには片づけたり年賀状の続きをやったり、たまこを遊ばせたりと穏やかな1日が今日も過ぎていったのですが、その内側では今日もわくわくしたり、感激したり忙しい日だった。昨日も書いたけれど、このごろ話題になっているマドレボニータ界隈での「客観性」問題について、さらにあれこれ考えがあちこちで深まり広がっていて、知ってる人の日記を読み歩くだけで興奮状態。あっという間に時間が過ぎていく。私の日記に書き込みをしてくれたtotoさんや亜莉さん、arielさん、アイゥオーラさんたちの言葉、マコ先生からの書き込みや日記、オープンハーツさんの日記、その日記へのふとふとamigoさんの書き込み、などなど。読んでいるだけでもうめろめろです。自分のことを冷静に見つめ直して、でもココロザシは持ち続けることの大事さ、うつくしさ。こういう静かな、でも熱い人の心の中の見えない動きが、現実の世界に影響を及ぼさないわけがないよなあと思う。世界って、よくなっていくでしょう、いかないはずがないでしょう、いやいかざるを得ないでしょおおおう!と、ますます楽観的になってしまう。目に見えないことがいろんなことを動かしていくのだとわかってくると、目に見えることや毎日起きることがらにあまり振り回されなくてもいいのだということもわかってくる。そう考えると、職場に復帰するということもあまり大きな問題ではない、わけないのだがわけないと、思いたい。どうしても、何度いろんな心理的ワークをやっても、いざ職場に行くと自分を小さくするくせがついてしまっているので、そこをどうするかがまずは課題です。先週の最後のマドレの研修でも、Mさんが紹介してくれた光の言葉のワークというのをやって、自分がイヤなことを癒していくという試みをした。私は、この、職場において自分がすぐに小さく無力になってしまうことについてやってみたのだが、やっぱりどうしてもその無力感は消えなかった。それはこれまでプロセス指向心理学でも勉強してきたところなんだけれど、その場では解決した気持ちになっても、なかなか根深くて、すぐにそこに戻ってしまうのだ。でも、この3カ月の研修で、そしてこの日記ワールドに出会って、少なくともそのとっかかりはつかめたような気がしている。大事なのはたくらみなのだ、きっと。見えないところであれこれたくらみ続けることが大切。そうすると、見えるところも変わってくる。はず。いやあ、今日はそういうことを書くつもりではなかったんだけど、書いていたらこうなりました。ってことで、そう、加湿器もあるし(笑)、めげずにたくらむぞー。明日明後日は実家に帰るので、更新できないかもしれません。みなさま、どうぞよいお年をお迎え下さいねー!ありがとうございました!<今日の分かち合い:目的がないのもいいっていうお話>やっぱりこのごろ仕事モードなんでしょうか、目につく言葉はそういう言葉ばかり。ちょっと前に買って、積んであった「自分の仕事をつくる」という本をぱらぱらめくっていたら、ミヒャエル・エンデの言葉を引用してあってそれにしびれたので引用します。「どんなことでも、意図を持ち過ぎてやるべきでないと思いますね。ものごとには、その価値が、まさに意図のないところにある、というケースもあるわけですから。なぜなら価値が、そのものごと自身の中にあるからです。 人生には、それ自体に価値のあるものが、とてもたくさんあります。経験というものは、何か他のことに役立つから重要なのではなくて、たんに存在しているというだけで重要なんです。(中略)木を植えるのは、りんごがほしいからというだけではない。ただ美しいからという理由だけで植えることもある」●『自分の仕事をつくる』 西村佳哲(晶文社)
2003年12月30日
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たまこの咳についてのアドバイス、ありがとうございました。まだ相変わらずコンコンいってますが、昨日よりはしんどくなさそう。確かにホメオパシーのイペカックは効いたかもしれない。そのあとドロセラを飲ませてたまこを保育園に無事送り届けたあと、あわてて加湿器を買いにいった。いまごろー。昨年はまだ実家にいたので、実家の加湿器で助けられ、自分の家にはまだ買っていなかったのだった。あとは例年のようにかけ込み年賀状(まだ終わっていない)と家の片づけに終始した一日。夕方迎えに行って銀行のあれこれを済ませ、門松も買って、気分はとってもお正月間近です。あれこれしながらも今日は、マコ先生の日記に書いてあった「客観性」についてとても考えさせられた。もともとレッスンではこの客観性について、何度も注意をされてきている。いろんな「方言」で話が通じてしまうマドレの輪を離れたとき、ただわかりにくいだけのひとりよがりな子育て母ちゃんになってしまいがちなこと、あれこれかっこいいこといっててもレッスンがしょぼかったり、立ち居振るまいがださださだったりしては何の意味もないこと。ついつい、いまここではなく先のことばかり考えてしまう私としては耳が痛いのだが、ついつい心地いい方に楽なほうに、気持ちや言葉を向けてしまう。そうすると、ただはしゃいでるだけの新米母ちゃんに見えるんだなあ、これがやっぱり。それに気がついてあわてて自分の心身をあらためて鏡に映してみる。こういう心のざわざわは確かに貴重な体験だ。まだちゃんと書いていないけれど、マコ先生の最後のレッスンでの話でも、もっとも強調されたのは、「夢を語ることと、客観性について。その両方が大事なんじゃないですかね。」というところだった。やっぱり最大の衝動として、今の自分よりも、もっといけてる女子に変わっていきたいというのがある。そういう方向にエンジンがかかると、逆に先の自分ばかりを見てしまって、いまの自分をちゃんと見なくなっていくところがある。わたしの場合、来週には職場に戻るものだからよけいに正視したくないんだなあ、いまの自分のこと。そんなことをつらつらと考えていたら、4期生のYさんからの封筒がポストに届いていた。あけてみたら、この研修中、ずっと宿題として続けてきて、最後の回に作れる人は作ってこようといっていた通称オレ新聞、ニュースレターが入っていた。Yさんは最後の日、娘さんの熱で来られなかったのだが、ちゃんとこの新聞の準備をしていて、それを送ってくれたのだった。わざわざ切手をはって、手紙を添えて。これをみんなにやってくれたんだなあと思うだけで感動した。近況のほかに4期生1人1人へのメッセージと、クリスマスソングが書いてある。とってもあたたかくて、素敵な新聞。やっぱり、こういう仲間に出会えた、ということが、ついつい私をますます地に足つかない母ちゃんにさせてしまうのである。でもこの人たちのことが大事であればあるほど、自分が出会ったあれこれが大事であればあるほど、言葉と態度はつくさなくてはならないのだと思った。楽しちゃいけないのですな、やっぱりここでも。物ごとや人との間にかべをつくるのもつなげるのも、同じ、言葉と態度なんですな。辛口の批評は本当にギフトだと思う。年の終わりにつくづくしみじみした。大事なものを大事にしていく気持ちを新たにした。<今日の分かち合い:進化する加湿器>すみません、今日のネタもまたわけわかりませんね。加湿器って、ただ湯気が出るだけかと思っていたら、あんなにいろいろあるとは知りませんでした。ハイブリッド式にスチーム式に超音波式。ペットボトルをそのままつっこんで加湿器になる1980円のから、3万円近くするのまでたくさんあって迷う迷う。のどを守る機能と、肌を守る機能が別々にボタンになってるやつとか、ほんとにもう、日本家電製品ったら!って感じなんですが、うちが買ったのは電気代も安くて音も小さいというナショナルのハイブリッド式のやつで、ついつい電気代の安さとアレルゲンを不活化するアレルバスター機能(笑)につられて決めました。そこで得たにわか知識では、湿度40%以下だとインフルエンザウイルスががぜん感染力を強めるのだとか。このごろ洗濯物をベッドの近くに下げていたら54%だったのですが、加湿器を買ったらさっそく60%を超えました。たまこの咳はこころなしか少ないようです。咳を止めるのにもお金がかかるものです。●ナショナル加湿器 FE-05KLY-A 13000円ぐらい。パン焼き機も見たけど高かったよー。使っている方は一体、いつ使っているのでしょう?どうやったら使いこなせるのでしょう。シャチョーを論破できずに帰ってきたのでリベンジめざしてこれも研究します。必勝。
2003年12月29日
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なんだか、みんなの帰省が始まっていて静かな感じですね。うちは秋にシャチョーの実家には顔見せ帰省をしてしまったので、今年はのんびり東京の実家近辺で過ごします。なーんて、すでにのんびりしすぎて年賀状も大掃除もあと3日勝負。いつものことですが。。。。こういうところから、変えたいです。うう。たまこの咳がこじれていてややこしい感じになっている。部屋の乾燥から最初は夜中に始まって、それが昼間も出るようになって、すごく深くて苦しそう。アコナイト、ドロセラ、Ant-t、フェーラムフォス、ドロセラ、と1時間おきぐらいにあげてぜんぜん変化なし。ってあげすぎ? コンコンいっていてはきそうになったりしてるんですが、いいレメディをご存じの方がいらしたら、教えて下さい。。。明日は今年最後の保育園なので、たまってること全部片づけようと思ってたんだけどなあ。無理かなあ。やれやれやれ。来週からはこうして、自分の都合とたまこの体調が直結していくのでした。今日は公園お散歩つきのたまこ大サービスデー。シャチョーが仕事だったので、たまこと2人でどっぷり過ごす。イコールほかのこと、なにもできず。昨日ぐらいから、歌ってやる歌が気に入らないとあーん、と不満そうな声をあげて首を横にふるようになったり、お父さんに起きてまっ先にチューをしにいったりと、突然にんげんぽい動作が増えた。喜びいっぱいかと思ったシャチョーの反応は、「うーむ。起きてすぐにチューをするオンナなんて…」とすでに複雑。ほかにも魚を焼いていて、抱っこして何度も見にいくのにいつまでたってもその魚をくれないことに激怒して号泣したり。前はそんなことなかったのだが。いじめてるんじゃなくて、魚が焼けてないだけなんだよたまこよー。というわけで教訓。魚は焼けるまで見せるな。<今日の分かち合い:突然ですがシュタイナーだ!>シュタイナー本って、たくさん出ているけれどご本人の本は難しくてどうも敬遠しがち。その中でもちょっと読みやすそうだったので買ってみた。「シュタイナーコレクション1 子どもの教育」。シュタイナー幼稚園とか教室とか、そういう面白そうなところには通わせてあげられないので、でも7歳までは夢の中で育てようという考え方にひかれるので、ちょっとちゃんと読んでみたいと思っていた。ら、走り読みでもやっぱり面白そう。興奮しやすい子どもには赤や橙色を、不活発な子どもには青か青緑色で周囲を取り巻き、そういう色の服を選ばなくてはならないというのが面白かった。頭で考えると何となく逆を選んでしまいそうなんだけれど、大事なのはそういう色を選ぶことで、その子の内部にその「反対色」を生み出すということなんだそうです。それが子どもに必要な正しい器官の構造を育てるのだと。「興奮した子どもが周囲に赤い色を認めると、自分の内部に緑の反対色を作り出す。その緑を生み出す活動は、心を静める働きをする。したがって諸器官は、自分の中に安静への傾向を受け取るのである」。ふ、ふかーい。たまこのまわりは真っ赤にしなくては。でもこのごろ何となく赤いものが多かったので、あらいやだ、私ったら正しかったんだわー。●「シュタイナーコレクション1 子どもの教育」 筑摩書房 1600円
2003年12月28日
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これなしでは年が越せない年末恒例行事、高校からの友人2人とうなぎの忘年会。うなぎは江戸川橋の「いしばし」にわざわざ食べにいく。いしばしは明治時代から続く老舗らしいですが、もうほんとにここのうなぎを食べたら他のところの、食べられないです。奥の座敷でキモと白焼きとうな重を丁寧に食べながら、今年を振り返り、お互いの子どもの成長を祝った。独身の友だちが実は半年ごしの彼氏がいることを告白し、さらに場が盛り上がる。いやー、これはうれしいサプライズでした。来年は華燭の典かなぁあああ。楽しみだ。すみません、どうにも眠いので続きはまた。。。石ばし東京都文京区水道2-4-29 tel:03-3813-8038
2003年12月27日
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いやーーーーーー。こんなに濃いクリスマスとその前後数日を過ごしたのは初めてです。おかげで日記がすっかりごぶさたしてしまいました。書きたいことがあり過ぎて書いてなくて、ベンピ状態のようで苦しいです。うう。これから少しずつかいていきます。朝はオープンハーツさんがアレンジしてくれた4期生のためのバッチフラワーの勉強会。これまた本当にすごいタイミングだと思う。昨日の日記に書いた通り、年明けからの仕事のことでさっそくプチ試練が訪れているので、すごくいまこういうものが必要なのだ。本当に、この1年に私が出会った世界と、それまで自分がいた世界がつながろうとしている感じ。まさに、移行期ですなあ。そしてすごくいいお話を聞いた。「バッチフラワーのボトルに書いてあるのがAやBやCという薬品でも花の名前でも同じなのではないかと思っていたけれどそうではなく、ボトル1本1本が違う『花』から作られているのです」というお話。そう。機能や効用ばかり重視していると、ついつい、それが記号になってしまっているのだが、1本1本がお花のエッセンスなのだった。先生はそれを、イギリスで見たホリーの花に感動したことで思い至ったのだそうだ。ホリーなんて気にもとめたことがなかったのに、その花を見たとたん、バッチというのは花1つ1つのエネルギー、エッセンスを丸ごとつめたのだ、ということが無条件にすとーんとわかったのだそうだ。うーん。いいお話だ。そしてボトル選びで迷ったときには、お花のカードを見るといいということも教えてくれた。確かに、今の状況でいろいろどの花にするか迷ったのでカードを見たら、本当に、文字で読んで気になっていた花の写真は実際に自分の心に響いてくるものばかりだった。そして結局、私の今日のチョイスはいつものワイルドオート、ウォルナット、ミムラス、スクレランサス、ホリーに決まった。「punaさんのキーワードって、花じゃない?」と、オープンハーツさんが数日前に言ってくれていた。言われてみてびっくりしたがそうかもしれない、と改めて思う。初めての仕事とか、ピンチのときとか、将来のことを考えるときとか、節目節目で花がシンボルのように何度も出てくるのだ。今日もバッチフラワーに助けられたし。いただいた「クスリじゃなくて花なのよ」というメッセージ、じっくりと味わおうと思います。そして4期生のYさん、Hさん、Jさんと駅前で抱き合って別れを惜しんだ。今年、出会えてよかったね!これからもずっとよろしくね、という気持ちを込めて、ぎゅっ。うれしくて、泣きそうになった。ほんとに、どうもありがとう。<今日の分かち合い:やっぱりノートだ!>今日は夜、沢木耕太郎さんとスイッチの新井敏記前編集長のトークショーを聞きに行った。この話も面白かったのでまた書きますが、ともかくいちばん具体的で面白かったのが、ノートの話。彼の新刊「天涯」という写真集には、いろいろ印象的な言葉があちこちに織り込まれているのだが、その言葉と写真、どちらが先に出てくるのか、という質問への答として、沢木さんが日ごろの言葉をどう書きとめているかについて話をしてくれたのだ。それによりますと、あの沢木さんも、旅に出る時には青山学院のノートを生協で買い込み(笑)、左のページに旅の記録、右側にその日にふと思ったことを書き込んでいくそうです。そのノートがたまりにたまって、本を書くときはそれを開いてあれこれ拾っていくんだそうです。ふと思いついたことを書き込んでいく、それもダイアリーとリンクしているというところが、沢木遥さんの話ともつながり、やっぱりノートは大事なんだと改めて思いました。
2003年12月26日
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本当に素敵なクリスマスの宴だった。SさんとJさんが来てくれて、念願の忘年会。ちょっと前に「やっぱり餃子は香菜入りだ!」と書いたら食べたーい!と言ってくれたJさんの一声でメニューは餃子に決定。クリスマスに餃子、いいですねえ。料理上手なSさんと食べるの大好きJさんに食べてもらうのが私の手料理っていうのは申し訳なかったが、やっぱりおもてなしの道は回数重ねてなんぼでございます。っていうか、宴会は大好きなので、ま、楽しかったらそれでよし、ってことで。でも2人はおいしいおいしいとよろこんで食べてくれて、おもてなしされ上手の2人に逆にもてなされてしまった感じだった。しかも、プレゼント交換をしたら、2人からの贈り物がほんとうに、それはそれは素敵なのだった。500円まで!と決めたので知恵の使いどころだったのだが、Sさんからはかわいいカレンダーと美しくなるビューティー石鹸&泥パックセット、Jさんからは、お風呂グローブと手作りバスソルト、そしてわたしとSさんの素敵なところがそれぞれ10個もかかれた新聞! いやーー、感動しました。Sさんはおいしい手作りパンも持ってきてくれたし。やっぱり、マコ先生も書いているけれど、手作りとか、お金で買えないものの豊かさって、本当に2004年のテーマだと思う。ありがとう、Sさん、Jさん!実はその宴が始まるとき、上司から電話がかかってきて、年明けに復帰してからの私の担当の仕事が言い渡された。それはとってもやりがいがあるけれど、ここ数年ずっとやっていて、もうあんまりやりたくない仕事だったので、かなりがっかりした。2人が来てくれている日でなかったら、なんかすごーくへこんで無気力になってしまっただろうぐらいに。書ける仕事に戻れるかと思ったら、ふってきたのは書けない仕事だったんです。うえーん。でも、携帯電話でその話を聞きながら、大好きな友だち、それもこうしてたまこによって出会うことができた友だちどうしが私の部屋で、笑顔で話をしているのが目に入ってきて、ああ、大丈夫だ、と思った。もちろん、まだちょっとがっかりはしているのだが、そのとき、私はここにいるんだ、だから何がふってきてもこなくてもいいんだ、と思えたのだ。このタイミングは偶然じゃない。そう思った。夜、マコ先生の数日前の日記を読んでいたら、やりたいことを声高に言うよりも、「やることになっていることを淡々とやること」の大事さ、というのが書いてあった。なかなかまだ気持ちの整理ができなくて、淡々とした境地まではいかないんだけれど、時間の融通はきくし、これも何か意味があることなんだろうと思う。それより何より、1年の終わりにこうして大事な友だちとすごくいい1日を過ごせたことの幸せに酔いまくったクリスマスでした。そっちばっかりに気を取られ過ぎて、シャチョーとのクリスマスっていうのがほぼおろそかになっているのが。もともとシャチョーはクリスマスよりも正月が好きな人なのでいいけど、昔はそういうのに文句を言ってたよなあ。でも、30過ぎた頃から女友達とのクリスマスの方が断然楽しいということに気づいてしまった。そして今年はそれが最も幸せな形で訪れてくれた。かみさま~、ありがとうございます。メリークリスマス~!<今日の分かち合い:好きな人に10コの好きを伝えよう!>これ、ほんとに、10個もいわれるとこんなに嬉しいものなのかとびっくりしました。その1つ1つもいちいち嬉しいし、そうやって10個も考えてくれたんだな、考える間、わたしのことを思い浮かべてくれたんだな、そういう時間も贈ってくれているんだな、と、よろこびがあとからあとから、水紋のように広がるのです。ほんと、おすすめです。私もシャチョーに贈ろうかな。Sさんは、いやなところも10個書いて燃やすと日記に書いてました(爆笑)。
2003年12月25日
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たまこを保育園に届け、仕事前のシャチョーと一緒に明治神宮にお参りに行く。太陽の通り道(黄道)を24等分した中国の暦、24節季では、もともとは12月22日の冬至が元旦にあたり、そういう年はじめの冬至の日には神宮に行って公のことを、夏至の日は神社に行って個人的なことをお参りするといいのだそうです。体が自然のリズムに近づいていくらしい。単に昼が一番短い日としか思っていなかったけれど、いろいろあるものですね。それにしても明治神宮。いやー、気持ちよかったです。あれは冬至の日に本殿に向かって、ちゃんと光がさしこむように設計されているのだと思う、まるで光の道のように鳥居から参道にそって太陽の光が当たり、その中を本殿までのんびりと歩いた。ああ、たまこも連れてきたかった。魔女T先生がおっしゃっていましたが、子どもを気のいい場所に連れていくのはとても大事なんだそうです。もっと早起きすればよかったのね。来年は一緒に来ます。本殿に入ったら、ちょうど今日結婚式をあげたカップル一行が写真撮影のために中から出てきたところだった。おめでとう!しかも、国際結婚。みんなニコニコしていて、白無垢のお嫁さんは本当に美しく、外国人の新郎のお母さんまで和服を着ていて、すごく幸せそうだった。いい日に、いいものを見せていただいた。結婚式って、いいなあ。わくわくする私の隣でシャチョーは「ううもっと近寄って見たい。お嫁さん、あれは30代かなあ。あれは夫が年下だねえ。」とか別の意味でわくわくしている。そのまま、鶏ガラを買って帰ってお雑煮の用意。うちのお雑煮は、これは父方の九州風なんでしょうか、鶏ガラのスープにおもちと鶏肉としいたけと小松菜とゆずが入ったシンプルなやつです。それをたっぷり作って夜、新年をお祝いした。カレンダーの正月、旧暦の正月に加えて、こうしてさらに冬至も正月にして祝ってしまうなんてめでたいことだ。そしてカレンダーの今年も、あと1週間ちょっとなんだな。職場復帰までもあと2週間なんだな。相変わらず気ばかりざわざわばたばたしていて、すぐに焦りのうずに巻き込まれてしまう。2004年は時間に振り回されずにここにいつづけること、がテーマです。<今日の分かち合い:またもや食べ物の話>これは先週のアーユルヴェーダの食事会で教わったのですが、焼きみかんって食べたことありますか?私はなかったのですが、これがまたおいしかった!のです。冬は乾くのでますますフルーツを食べたくなるけれど、そのまま食べると体が冷えてしまうので、こうしてあったかくして取るととってもいいのだそうです。テレビみかんが増えるこの季節、ぜひぜひお試し下さい。●やきみかん:単に焼き網の上に乗せてさっとみかんの表情が変わる程度にガスレンジで焼く。あったかくておいしいです。
2003年12月22日
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ぎくっ。オープンハーツさん、あなたの書き込みは正しい。週末はまたもや温泉に逃げ込んでました。。。やることだらけなのに。師走なのに。いってしまった。ああ。でもお魚はおいしく、お湯も気持ちよく、一家3人でのんびりしたおしてきたのでよしとしよう。たまこも、どっぷり父ちゃん母ちゃんにひたれて嬉しそうで、にこにこ、にこにこしていた。よかった。でもあしたはまた保育園なのだよ、たまこさん。マドレ4期生の養成レッスンもあと1回となってしまい、さみしくてしくしく。でも、しくしくしてる場合ではない。すべてはこれからなのでした。週末はお湯に浸かりながら、宿題の「未来設計図をつくること」についてあれこれ考えていた。未来設計図か。。。。未来のことなんて、これまであまり考えてみたことがなかった。きっとぐちぐちいいながらも会社勤めを続けざるを得なくて、このままいまとあんまり変わらない未来がやってくるんだわ。1年前の自分だったらそう思っていたと思う。でも、この1年で、そうじゃないこと、もできるかもしれない、そうじゃないものになれるかもしれない自分を知った。かといって、思い立っただけでは、そして思いだけでは、なかなか形になっていくものではないということも、勉強するほどにわかってくる。まだちゃんと書いていないのですが、火曜日に行ったamigoのまつだたえこさんの講演会は、本当に素晴らしかった。思いがどうやって形になってきたか、形にしてきたかがよくわかった。あれだけ素晴らしい、子育て初心者女子のための「居場所」を作っているまつださんも、スタートは、同じ子育て中の人がなかなかいなくて「さびしい。」という思いだったのだ。すごくシンプルで、でもシンプルだからこそ、続くのかもしれない。そう思うと、なんだかどういう形にしていいか、まだまだよくわかっていない、はっきりしない自分の未来設計ですが、シンプルでも、きっと大丈夫だと思えてくる。やはー、いつもシャチョーに「どうしてそこまで何でもいいほうに考えられるの?」と言われてしまうお気楽さ丸出しです。でも、自分に何ができるだろうか、と思いながら、でも何かやるんだ、と思い続けることが大事だということを、この1年、いろんな人に教わったのだ。そんなことを考えながら帰ってきたら、オープンハーツさんの日記と、マコ先生の日記に、「大風呂敷を広げないこと」についての話が書かれていた。読んで、とっても、ほっとした。未来を明確にイメージする練習をしつつ、そのわからなさと向き合っていてもいいのだ、ということが改めてわかった。マコ先生が、4期生のレッスンが終わろうというこの時期に、こういうメッセージを送ってくれることに愛を感じる、ほんとに。そうなんです、焦っちゃうんです、どうしても。何か言わなくちゃ、やらなくちゃ、いけないような気持ちになってしまうんです。でも、オープンハーツさんが「自分のこと」だというところの大風呂敷も、わたしはとても素敵だと思う。言葉に出していると、ちゃんとその通りになっていくところがあると思うから。そして、そのよさもわかっている上でのマコ先生のメッセージなんだと思う。しかもオープンハーツさんは、それを読んですぐに「自分のことだ」と思って動く。。。なんか、2人の日記を読ませてもらって、しみじみ、いい場所にいるなあ、自分は幸せだなあと思う。いやー、そんな美しいこと書いてますが、いま我が家のブームは釜で炊くご飯。シャチョーが唐突に土鍋を買ってきて、炊いてみたらたいへんうまかった。で、もう日付けも変わるかというのに、今日は早い夕ご飯を食べてすっかりお腹がすいてしまっているので、これからお土産の塩辛で釜炊きご飯を食べるのでした。わははー。未来設計作業はここで1回お休み。<今日の分かち合い:すみませんが食べ物話>すみません、食い気の話ばかりですが、伊豆熱川駅前の「錦」っていう魚料理屋、シャチョーが前に仕事で行ったことがあって、おいしいというので連れてってもらったら本当に激ウマでした。金目鯛の煮付けにマンボウの刺身に、アジたたき丼に。。。どれも最高。座敷もあるし、子連れの私たちにもとても優しくていいお店でした!夜の部は5時半のオープン前から順番待ちの人であふれてましたが、伊豆ドライブの折には、ぜひ。「錦」 静岡県加茂郡東伊豆町奈良本971-35 0557-23-3279
2003年12月21日
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たまこが、保育園になれてきたせいなのかなんなのか、今日は帰ってからも妙に静かに一人で遊んでいて、こっちの調子が狂ってしまった。シャチョーは「何だかさみしそう」とかいうし、私までつられてそんな気持ちになってしまい、例によってたまこがさっさと寝てしまったら、2人して「しーん。」という感じ。シャチョーも風邪気味だし。たまこが起きてる時間のほとんどは保育園なんだなあとか、私といるより保母さんといる方が長いんだあとか、明日の朝も起きたら保育園につれていくのかとか思ったりして、保育園母ちゃん初心者を実感。やっぱり、あとからじわじわとくるものですなあ。いやはや、マドレ界隈の皆さんと同じく、なんだか疲れ気味なので、私も早寝早起きの人になるべく寝ることにします。。。今日もすごくいい1日でした。マドレのレッスンも素晴らしかったし、wooden farmさんにしていただいた骨格調整も本当に感動的だったし、そのあとのことも、そのあとのことも、、、、と書きたいことだらけなんだけど、なんだかそんなわけでポースティーラでも飲んでふとんに潜り込もうと思います。ふー。
2003年12月17日
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月曜日。保育園でたまこは引き続き大泣きをしているが、先週金曜日の連絡ノートに「1人のスタッフの後追いをするようになったので、そのスタッフとのふれあいをたくさん持って安心して過ごせるようにしたいと思います」と書いてあった。今日、誰かと聞いてみたら、やっぱりあの先生だった。最初の日に、「成長のお手伝いを心を込めてさせていただきます」と書いてくれたO先生。笑顔が素敵で、持っている雰囲気がとってもあたたかくて、たまこが初めてお昼を食べたときにも、すごく嬉しそうに「今日食べたんですよー!」と報告してくれた人で、私もとても親しみを感じていた。その先生がお気に入りとは、たまこ、見る目あるぞ!(親ぱか)でも、1歳児にも、その人の持っている愛とか雰囲気とか気持ちが伝わるんだなあと思った。子どもは人をよく見ている。電車の中とかでも、笑顔を向けてくれる人の雰囲気を微妙に嗅ぎ分けているような感じがある。相手が緊張しているとたまこも緊張するし、とっても嬉しそうに接してくれる人にはすぐにうちとける。笑顔が素敵なO先生のことを一生懸命後追いしているたまこのことを想像すると切なくなったが、ここはどーんとおまかせするぞ。ありがとうございます、O先生。今日は2歳上のいとことランチ。いとことランチなんて初めてだったので楽しかった。彼女には小学校6年の息子がいて、子育て話で盛り上がった。私立と公立の話とか、子どもの教育の話をあれこれ。まだまだ先だと思っていたけれど、これからどんどんするようになるんだなあ。彼女はお受験も経験していて、幼児教室も行かせたそうだけれど、「お受験を突破する子なんて最初からなんでも早い子って決まってるの。だから教室にいってもいかなくても変わらないよー、きっと」と言っていたのが面白かった。幼児教育って、ほんとにともすると細部の訓練に走りがちな印象があるけれど、こういう大きな視点を持っていれば、やるにしても楽しめるかもしれない。ま、うちは保育園児だから、関係ないけど(笑)。私は私立小学校から公立中学に行った。いとこは公立小学校から私立に行った。2人とも、「いい社会勉強になったよねえ」という感想。やたら色っぽくてすぐヤンママになっちゃった子とか芸能人とか、校門の前で他校生と対決してた子とか、いろんな子がいたのがやっぱりあとから考えると面白い。でも、私はわりと軽めにいじめられた。地元の私立から公立に入ったので、どうにも異質だったらしい。気分としては負けなかったので根深くはならなかったけれど、本当にモノクロな3年間だった。でもひっくるめて考えるとそれもいい経験だったのかもしれない。とはいえ自分の気配とか本音をひゅっと隠しがちな癖はそのころに身についたのだと思う。同じように私立小学校から同じ公立中学に行った妹は、やはりいじめられたがそれを逆手に取って明るい女バンチョーとなり、すっかり目立つのが大好きになり、いまは日本からも飛び出してしまってアメリカに住んでいる。人それぞれですなあ。だから、たまこを私立に行かせるか公立に行かせるかって、いろんな意味であれこれ考えてしまうと思う。私立はやっぱりいい学校はいいし、でも公立のワイルドさもぜひ経験してほしいし、とか。まだまだ先だけれど、結局はいまの保育園の先生の話と同じ、要は「愛がある人」に会えるかどうか、これが大きいのでしょう。ま、会ってみないとわからないので難しいけど。どっちを選ぶにしても、いまのうちに先立つものをたくさん集めておこうと思います。ははは。<今日の分かち合い:あやしいけど面白いぞ本>●いのちを考えるヒーリングマガジン「地球人」 帯津良一責任編集青山のリブロで見つけたけれど、どこでも売ってるのでしょうか。あのホリスティック医療の帯津良一先生が編集している小さな季刊雑誌で、ひと月前に創刊されてました。特集は「医療とスピリチュアリティ~新しい生命観をめざして」。難しい記事もあるけれど、なんか面白いです。帯津先生が、「霊性を中心に据えたホリスティックな医療の時代が間近い」と書いています。そしてそうなった場合に医療者は患者に対して「これまでのように知識と技術を付与するといった粗末なものでなく、もっと雄大な霊性と霊性のぶつかり合いが基本となる。」とあって、これって親子でも、あるいはどんな場でも言えるのではないかと思いました。霊性って、ここではたぶん、心とか体を超えた魂の部分、スピリチュアリティ、みたいな意味で使われているのだと思います。うっとり。http://www22.big.or.jp/~bnp/
2003年12月15日
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午前0時を回ってしまいました。へとへと。やっとさっきたまこが寝たところ。朝7時半から、15分の昼寝1回と、一緒に1時間夕方に寝た以外は、ずーーっと一緒。うわさに聞いていた通り、一緒にいられる日はほんとに離れようとしない。楽しくひとり遊びしている時間もあるのだが、それはそれでかるた100枚を盛大にばらまいたり、アロマオイルやらバッチのボトルが入った箱を引っかき回したりしているので、こちらの気はあまり休まらないし。胃腸炎の影響であまり食べず、一日中母乳を吸い取られ過ぎて胸の先はヒリヒリだし、やろうと思っていたあれこれが何もできなかったし、といろんな気持ちがまぜこぜになって、ぼーぜんとしているところです。ふぅううーー。保育園は偉大だ。。。。<本日の分かち合い:時間について考える。>「夢をかなえる人の手帳術」(藤沢優月著・ディスカヴァー・1200円)今日は、そんなわけで、ずーっと自分の思うようにならない時間を過ごしてすっかりくたびれてしまいました。でも、これも幸せのうちなんだなと思います。とはいえ、来年からは仕事もするし、この前、自分が「ものすごく遠い先のことに気持ちを奪われている」ことがわかってしまったので、時間についてちゃんと考えることにしました。で、手始めに、この前、沢木遥さんが話してくれたように、手帳を変えることで人生を変えてみようかと。これまではずっとクオウ゛ァディスひとすじだったんだけれど、スケジュール以外にメモを書き込めないのが不満だった。そう思って買ったのが、最近本屋で平積みされている本、「夢をかなえる人の手帳術」(藤沢優月著・ディスカヴァー)。まだざっとしか読んでいないけれど、なかなか使えそうです。読んでみると私の課題は、「いつか」とか「先延ばし」が多いことだとわかった。今をないがしろにしているくせに、何でもかんでも「いつか」とか「そのうち」とかいって後回しにしちゃうんだな。ううむ。だとすると私っていったい、どこにいるのだろう? やっぱりここにはいなくて、どこにもいないんだなあ。でも、この手帳術があると、「ちょっと立ち止まって、優しい気持ちで自分の時間を味わってみる」ことができるようになりそうだ。そう、この前も書いたけれど、私がここにもどってくるには、「自分の時間をちゃんと味わうこと」が大事なのです。日記はそういう意味でいいのだけれど、ちょっとハマりすぎて他のことまで気が回らなくなってしまっているという話も。。。。そうしたら、オープンハーツさんがまさにこの本を買った昨日その日に、おすすめの手帳を教えてくれました。以心伝心!私たちったらすてき! 果たして何の手帳かは、いずれオープンハーツさんのページで明らかになるでしょう(と勝手に予告)。
2003年12月14日
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本当にいい天気で嬉しくなってしまうような土曜日。起きたら、シャチョーの幼なじみNくんから電話があった。彼の愛猫Jが昨日死んでしまったのだ。えーん。それで、昼から火葬するというので急きょ、参列することにした。Jは、Nくんとシャチョーが一緒に住んでいた家に14年ぐらい前に拾われてきた猫で、そのころシャチョーとつきあい始めたばかりの私も一緒に、手のひらにのるぐらい小さかった彼をかわいがった。(それにしてもそれがあまりに昔のことで、誰もJをいつから飼っていたか、正確に思い出せなかったのが笑える。)本当に美しくて気高い猫だった。ジョバのことを思うと、すごーく若かった自分たちを思い出す。いちゃいちゃしてるときもそばで見てたよなあとか(笑)。それがいまは自分たちにも、幼なじみNくんのところにも、それぞれ1歳の女の子がいて、それぞれお父さんに抱っこされながらJが眠るお棺をのぞきこんでいる。J、どうもありがとう。天国で安らかに眠って下さい。それにしても動物霊園のお葬式と火葬ってのに初めて行きましたが、本当に本格的でびっくりした。でもスタッフの人たちの「Jちゃん、急だったんですか?」とか聞いてくる話し方とか、出棺の際にみんなが黒づくめの服で丁寧におじぎをしてくれるときとか、どうしても「商売」という黄金色のニ文字がいちいち浮かんでしまって、消すのに苦労した。ペットの飼い主たちの、ペットたちへの熱い思いがそのままチーン、とレジに打ち込まれるかんじ。もちろん、どこにも悪意とかはないのに、どうにも心が落ち着かない。でも、Jも、見送るNくん夫妻も、きちんとお別れができてよかったと思う。そして私たちもうれしかった。Jにもう1度会えたこと、そして彼らとJの大事なお別れのときに一緒にいられたことが。法要のとき、ちゃんとお坊さんが出てきてお経を読んだ。たまこはこれに大喜びで、最初はじっとお坊さんを凝視していたのがだんだん腰をふり、そのうち両手で拍子をとり、最後のチーン!という音のときにはもううっとり。いっぽうでNくん夫妻の長女Nちゃんは、何となくぐずって、お母さんにくっついている。帰り道、その話をシャチョーとしていたら、「やっぱりNちゃんは、お父さんとお母さんがすごく悲しんでいるし、遊び相手だったJがじっと動かないままだったから変だなあと思っただろうし、それで悲しそうだったんじゃないかな。」と、シャチョーがいった。ただのんきにたまこの反応にウケてるだけだった母ちゃんは反省しました。そうだね。子どもは親の気持ちを敏感に感じて動くものだよね。友だちの子どもへのそういう視線、大事にしたいと思いました。シャチョーはこういうところがすごく細やかなので、尊敬してしまう。ってオットをほめたところで思ったのだが、皆さんのパートナーとかご家族は、皆さんの日記を読んだりしているでしょうか? うちは私が日記をつけているのは知っているけれど、「別に読みたいとおもわない。」(笑)そうなので、私ものびのびと彼のことを笑ったり、ほめたり、できる。でも、読んでくれたら話が早いのにと思うところも、ある。どうなのかな。どっちがいいんでしょうね。どっちでもいいんだけど。そして遅い昼食を食べて彼らと別れた帰り道、昨日の夜から何となく下痢気味で変だったたまこが、いきなり車の中で寝入りばなに吐いた。あーびっくりした。そのまま母乳を飲んで寝てしまったので、家について風呂に入れて着替えさせて、機嫌はいいのでちょっと一緒にまた出かけて戻り、スープを飲ませたら胃からぐるぐる、ぼこぼこ、という音がして、またすぐに吐いてしまった。ええええ? なにこれーーー? 母乳もほとんど吐かない子だったのに、かなりびっくりしている。変だなあ。とりあえず、食中毒とか胃腸炎にいいらしいアーセニカムを飲ませてから、ウェブで調べてみると、「お腹が引くカゼ」という冬の定番、ウイルス性胃腸炎ぽい。おお、保育園の洗礼が、始まったようです。。。。そしてアーセニカムがヒットしたのか、たまこはすぐに派手な下痢をした。またご機嫌でお風呂に入ったそのあとは母乳を飲んで寝てしまい、その後いまのところ落ち着いている。。。。いやあ、ほんとに、いよいよだなって、感じがしています。子どもの病気はギフトだ、って、先週オープンハーツさんに教えてもらったばかりだし、あまり心配せずに育っていこうと思う。一緒に強くなろうねたまこ。母ちゃんがついてるからね。っていうか一緒についててください、たまこさん。<今日の分かちあい:聖地に行こう!本>すみません、趣味が「すもぐり・おまいり・温泉めぐり」というわたくしですが、先日買った「絶対、運が良くなる旅行風水」に続いて、またまた買ってしまいました、聖地ガイドブック。今回は、なんとハナコウエストの特別編集で、江原啓之さんがガイドする「スピリチュアル・サンクチュアリ」というムックです。「人生をパワーアップしてくれる日本の聖地(サンクチュアリ)はココ!」というタイトルで、関東から沖縄にかけての聖地がいろいろ載ってます。いやー、Hanakoが聖地本を出す時代になったのですね。これも驚きです。Hanako WEST特別編集「スピリチュアル・サンクチュアリ」マガジンハウス発行 980円(なんてうまい値段設定だ!)http://www.ehara-hiroyuki.com/book/book19.html
2003年12月13日
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子どもには、朝起きたら「おはようございます」ということが大事である。と、ことだまの先生が言っていました。おはよう、ではなく、ございますまでつけること。それは礼儀ということ以上に、親が子どものことを自分の所有物ではないと思い出すこと、子どもの中の清々しい「神性」の部分に声をかけるような気持ちを持つことが大事なんだとか。そうすると子どもの神性もきちんと育っていき、本人もちゃんと自分が尊重されているという気持ちを持つことができる。なるほどー。だから、子どもがぐれちゃったり、ひきこもっちゃったり、というような、居場所が見えなくなりつつあると感じたら、まず子どもに敬語を使ってみることと、「さん」をつけて呼ぶことから始めるといろいろ変わるそうです。なるほどー。なんとなくわかる気がした。あとは、「ありがとうございます」という言葉と、「靴は脱いだら揃えること」を教えること。脱いだら揃えることも単に礼儀ではなく、その場をはかることの訓練になるから、だそうだ。そうすると算数もちゃんとできる子になるそうです。うう。靴は脱いだら揃えると教わって育ったわりには、数学で8点とかとってたなあ。。。はかる力不足だったのですな。あと、春日大社の葉室さんという宮司さんのお話も教えてもらった。夫に何かを言われたり頼まれたりしたら、妻はまず「はい」。と答えることが大事なんだそうだ。そのあとで、断ってもいいそうですが、とにかく、まず相手が言ったことを受け止める「はい」という空間を作ることが大事だと。これも人間関係すべてにあてはまりそうな話ですね。ちょっと調べてみたら、葉室宮司さんはお医者さんから宮司さんに転職して、いろいろ本を出している人みたいだ。こんど本屋で探してみようと思う。言葉って、意識してみると、こういう人間関係とか、日常の立ち居振るまいの基本的なところを見直すいいきっかけになる教えがたくさんある。明日の朝からたまこには、「おはようございます」と言ってみようと思います。
2003年12月12日
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当たり前だが子どもは毎日、違う1日を生きている。朝、目を開けるとまずにっこりするたまこを見ていると、人間は基本的に朝起きるとワクワクする生き物だったなあということを思い出す。ま、母ちゃんもじゅうぶん毎朝ワクワクしていますが、寝室を一歩出るだけで、「うわぁ!」と喜ぶ境地にまでは至っていない。そしてそこから始まるたまこの1日はその数時間後、保育園の一室で大泣きしながら母を見送る場面に突入する。わかっていても、泣いてしまうのね。でも確かにまりこさんが書いてくれている通り、そのうち泣きもしなくなるのだろうな。そう思うと、ますます泣き顔に見入ってしまったりして。ともかく母は娘に笑顔で別れを告げたあと、思いっきり解放された気分であれこれ食べ物を買い込み、totoさんの家へと急ぐ。今日は、totoさんの家でお友達のネイリスト志望男子ぴろしくんにネイルのお手入れをしてもらうのだ。男子ってところがいいなあ!うん。totoさんが、友だち数人に声をかけて、食べ物を持ち寄ってのんびりした集まりになった。ネイルを手入れしてもらうのって大好きなのだが、たまこが来てからはずっとごぶさた。しかもまともにきちんとお手入れしてもらうのは、もしや結婚式以来かもしれない。。。爪をお手入れしてもらうために前もってどこかでお手入れをしてこないといけなかったぐらいたぶん荒れた爪まわりでしたが、ネイリスト研修中のぴろしくんはとても気持ちよく丁寧にお手入れしてくれた。やっぱりあれですね、男子にお手入れしてもらうのって、いいですねえ。うっとりしてしまいました。お姫さま気分でしたわ。くせになりそうですわ。今日は、本当に、totoさんがいつも通りおもてなしパワー炸裂でおいしいものばかり用意してくれていて、そこにもう一人の食達者な亜莉さんが加わったものだから、もうテーブルの上は大変なことになってしまった。カブのポタージュみたいなスープ、いわしのガラムマサラ入りハンバーグ、ラタトゥイユ、ポテトのサラダ、そして手作り天然酵母パン。。。。。そして亜莉さんのおいしい鮭のおすしと、その夫イクちゃんが作ってくれたギーのケーキ。あと来ていたlemonpecoさんとKさんもいろいろお土産を持ってきてくれていたのだが、私がたまこのお迎えで、ぜんぶ食べられないうちに帰ってしまったので、まずはこのお2人のお話を。レシピはそれぞれ、toto le cafeさんと亜莉さんのところで見て下さい。ほんとーーにおいしかったです。どうもありがとう! そして思った。明日からの目標!こういう集まりのときに少しは手作りのものを持っていける人になる! って、ああ、書いちゃったよどうしよう。でも、ここまで立派なものはできなくても、ちょっとはそういうことができるようになりたい。だって本当にみんなすてきなんだもの。おいしいんだもの。なんかいつも、私の作るものなんて、とか気後れしてしまうのと、実際に余裕がないのとで、なかなか持っていけないのだが、これじゃあいつまでたっても持っていけないもんな。totoさんも亜莉さんも、いつも何かと「これ作ったの!」とか「おいしいの!」っていって手作りのものをおすそ分けしてくれる(あ、要求してる?)。そういうこれも分かち合いの精神というのか、おすそ分け精神をいつも見習いたいと思っていた。そして、食べ物をそうやって分かち合ってくれる人が作るものって、例外なくおいしい。これは何だ? やっぱりそれは愛だと思う。人に食べさせたい!食べてほしい!という愛。食べ物には、まずこれが大事なんですね。この前、とっさんのイベントのときに、託児をお願いする人たちの夕食がないので、スタッフみんなで少しずつおにぎりを作って持っていった。4期生の影の番長、じゃないや隊長Yさんの発案だったのだが、すごく素敵な案だなあと感心した。そんなこと、まったく、思いつかなかった。その時にもおにぎりをにぎりながら思ったのだが、おにぎりって、愛をこめてにぎらないとおいしくない。ともすると、誰に食べてもらうかわからないおにぎりって、いいかげんに作っちゃいそうなんだが、そうすると絶対においしくならない。それで、気合いを入れてひじきとじゃこ入り五穀おにぎりを握ったのだが、やっぱりおもてなしとしてのおにぎりを突然作ろうとしても、なかなかおいしそうなものって作れなかった。んんー、ふだんから、おにぎり1つにしても、これを食べてもらいたい!という気持ちで気を入れて作りたいものだなあとその時にすごく思った。そして、今日もたくさんの手作りのおいしいものをいただいて、改めて、遠慮せずに気後れせずに、まずはこれを食べてみてほしいという気持ちを持とう、それを大事にしようと思った。そんな愛情あふれる友人たちに恵まれて、本当に幸せです。って、これは食い気で意気投合してるだけ? 食欲の切れ目が縁の切れ目? ならば私たちの友情は不滅だ!それから、オープンハーツさんが始めたHSP(ハッピーシェアリングプロジェクト)のまねっこで、私も今日から今日の分かち合いコーナーをはじめまーす。オープンハーツさんありがとう!<今日の分かち合い:おいしいレシピ満載ページ>●toto le cafeさんの日記。今日のイワシバーグのレシピがすでに掲載!ほかにもおいしいレシピがたくさん!●亜莉さんの日記。母子に優しいアーユルヴェーダや和食のレシピが満載です。
2003年12月11日
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たまこの保育園も2週めに入り、まだまだ迎えにいくと疲れて泣き腫らした顔をしているたまこも、連絡ノートでは歌を楽しんだり、ちょっとだけおやつを食べたり、し始めているらしい。今日はマドレの研修の日。保育園が、私が戻ってくるのに間に合う時間まで預かってくれることになったので、シャチョーに保育園に連れて行ってもらうことにして、さっさと1人で家を出た。レッスンは、いつも通りキビシイ1時間のアイソレーション。動きが1つできるようになっても、すぐにできない動きが10ぐらいふってくる。どうして、こう、手や肩や背中の形がキマらないのだろう。鏡の中の私の踊りは、ヒップホップでもなくレゲエでもなくアワオドリ。でもそういうとアワオドリに失礼だなあ、いったいなんだろう。名前がつけがたい情けない動き。。。。マコ先生は、微妙に違う動きをしている私に、あれこれ気を使いながら教えてくれる。「んーー、なんか違うんだな」とか、「肩や腕じゃなくて背中やお腹を使うのね」とか、いろいろ具体的かつストレートに。それでもどうしようもないと「ほらかっこわるいでしょ、ってごめんね!でもかっこわるいでしょ!(笑)」と、見本をすぐ隣で示してくれる。それでも相変わらずイケテナイ形になってしまうのは、筋肉のせいかもっと根本的なもののせいか。でもやればやるほど、アイソレーションは楽しい。鏡の中のほかのみんなの動きも、どんどん毎週カッコよくなっていくし、やっぱり続けるって大事なことだ。明日の自分の美しい形を信じて、イエレン続けます。そのあと、ライトを落として自由に踊り、骨格調整。そして私が先週マコ先生に、「来週の課題を早めに教えて下さいねー」とつっこんだばかりにふってきてしまった(笑)、プレゼンテーション。これは、1人1人が自分の持っている技術をみんなと分かち合いましょう、というプレゼンなのだが、さて私がみんなに伝えることができるものって何だろう。この研修が始まる前からいわれていたこの課題について、考え続けていた。最初は、ずっと勉強しているプロセス指向心理学のことを紹介しようと思ったのだけれど、20分では伝えられる自信がなかったので、「インタビュー、しようぜ!」というテーマにした。仕事でインタビューをすることが多いので、これだったら何か伝えられるかもしれないと思って。とはいえ、インタビュー術といっても、世の中で言われているような立派なことは言えない。何を伝えたらいいかなあと考えたとき、こうあるべきとか、あれこれ理想を伝えるのではなくて、正しくなくても開き直って自分の経験から生まれた自分の言葉だけで伝えてみようと思った。私の言葉はついつい感覚的で不親切で人に伝わりにくい。それは仕事上ずっと注意され続けてきたところで、だからいつも会社や仕事では、逆にずっとこうあるべき、というような仮面の言葉を使ってきたような気がする。のだが、マドレでそんな言葉を使っても意味がない。自分の言葉を使ういい練習になると思った。で、結論からいうと、すごーくいい経験をさせてもらった。自分が、自分の仕事の話を人にして、それに耳を傾けてもらう。。。もともとそういうわけで自分の仕事について苦手意識というか劣等意識がある上に、プレゼンとか、人前で話すことがとても苦手なので、ちょっと緊張したけれど、でも、話しているうちに、みんなが一生懸命聞いてくれているのがわかって嬉しくなって、だんだん楽しく、幸せに、なってしまった。自分でも人に伝えられることがあるんだということがわかってすごく嬉しかったのだ。伝えたいことがあるなら、自分にも伝えることができるし、自分の言葉だったら、逆に仮面をかぶるよりもリラックスして動じずに話すことができるのだなあと改めて知りました。チョー基本的なことなんだけど、仮面歴、長いもので。マコ先生、4期生の皆さん、どうもありがとう。でも、「いままでしたインタビューで印象に残っているものは?」と質問されて、本当に仕事頭に戻れなくて、見事になんにも思い出せなかった。。。我ながらすごいと思いました。ほんとに、しごとのこと、忘れきってます。ともかく、こういう、ものごとを形にしていく訓練までしてくれるこの養成コースはすごいと思う。ダンスから新聞まで、いろんな形を作っていく快感に目覚めて、ついつい自信もついていく。何しろ、回を重ねるたびに、同期のみんながどんどん輝いていくこといくこと。しかも毎週毎週、この人にはこんなすごいところがあるんだ、という発見がたくさんあって感動してしまうし、話していると、「あれもできるね!これもできるね!」という話にしかならないし、ちょっと困ったことがあってもいろんな知恵がすぐに集まってくる。ほんと、うそみたい。しかも今週は、イベントでみんな3期生のTさんにメイクをしてもらった直後なので、妙にまゆの形がカッコよく、メイクもうまくなっていてきれいだった。いやぁあーー、たまらんです。やっぱり眉そらないとなあ。いや、そういう話じゃなくて、ともかくあと2回、心を込めてレッスンに全力投球しようと思う。ああもったいないもったいない。お昼はアムリタで、そんな感じでうわむきなうずまき満載の話をみんなでしながらゆっくり食べて、それでもゆとりをもってたまこのお迎えに。インターホンを押し、先生が「たまこちゃんお迎えでーす!」というその声を追いかけて部屋に入ったら、たまこがうれしそうに、人の間からこっちを覗き込んでいた。たまこぉおーーーーんん!駆け寄って抱き上げたら、先生が「今日はたまこちゃん、お昼食べたんですよー!」と、嬉しそうに教えてくれた。しかも、お散歩も初めて行ったのだそうだ。えらいぞたまこーーー!ありがとうよたまこ!そしてありがとう先生。こうして一歩一歩、たまこもできることが増えていくのだな。私も一緒に、できることを増やしていこうと思います。
2003年12月10日
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昨日はマドレボニータの放課後活動においで下さいまして、本当にどうもありがとうございました! いい会でしたねえ。沢木さんの会といい、昨日のとっさんの会といい、人徳というのか、人柄がにじみ出る講演会で、こういうのって、ありそうでないなあと思いました。会の話はまたあとで昨日のところに書きます(書きました)。今日はうってかわって、会社に挨拶にいった。バックツーリアリティってやつでしょうか。自分のリアリティとしてはマドレの方なんだが、とりあえず、まだ会社、やめられないし。先週末に、私が年明けから復帰するって人事が発表になったらしく、上司から電話かかってきちゃったりしたので、ごあいさつに行く。いやー、疲れました。レイキで習ったようにバラの花をイメージで全身にいっぱいつけて完全防御でいったのに、すぐ枯れましたね(苦笑)。とんでくるくる、人事のはなし,同僚の結婚ばなし,離婚ばなし、その他諸々。別にネガティブってところまではいかないんだけれど、人の噂がてぐすねひいて待ってたという感じ。ふうー。昨日、とっさんの話をきけて良かった。どんな環境にいても、人はやりたいことはやりつづけることができる。でもって、それは続けることによってしかできない。そういうお話。マコ先生のいう通り、あとから心にしみてくる言葉がいっぱいあった。たまこは今日も、ついに保育園のドアを見ただけで泣き出し、ごはんも相変わらず一口も食べないが、ずいぶん慣れてきました、と連絡帳に書いてあってひと安心。そしてやはり保育園に行く日は寝つきが早く、7時半に寝てしまった。疲れるのですね。いいぞいいぞ。成長するんだぞ。その父シャチョーは元気よく忘年会に行き、今日は久しぶりにひとり静かにゆっくりできそうな夜です。万歳。でもシュクダイが。
2003年12月08日
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マドレボニータ美しいファミリープロジェクト第2回、とっさんの放課後活動トークショー。来て下さった方、どうもありがとうございました。メッセージを下さった方も、ありがとうございました!おかげさまで、今回もとてもいい会でした。今回も4期生はスタッフとして会場をうろうろしたのだが、前回を経験して少し慣れたせいか、楽しむ余裕が前よりもあったような感じで、(いや、前回も十分楽しんだことは楽しんだんだが、開場前は準備が追いつかなくてパニック寸前みたいなときもあったのです。って私だけかもしれないけど)、話もよく聞けたし、ごはんも食べられたし、よかったです。こういうお祭りの高揚感というのは、けっこうクセになりますね。4期生の皆さま、どうもありがとう!楽しかったね!4期生は本当にすばらしい人たちなのです。これはまた後日じっくり書きます。とっさんは、とってもいい意味で普通で、その普通を確信犯的に極めているところがすごく面白かった。いい人なんだな、というのが、話をしてくれている顔を見るだけで伝わってくる。マコ先生も何度も言っていたけれど、最初は、ショボいと思われがちなこういう人が、ずっとこつこつと自分のことを発信し続けていくうちに、それが大きなうずになっていくというのがすごい。最初は私も、とっさんって、あ○だみ○をせんせーみたいな人なのか? そりゃ私だって人間だけどさー、いいんです別にそこそこ幸せですのでとか思って最初は遠巻きに(笑)していましたが、お顔を見ながら話を聞いているうちに、日常のリアリティが見えてきて、納得した。毎朝仕事でゴミを集めながら、町の人に挨拶をしているそうなのだが、それだけでもいろいろ見えてくるらしい。おじさんは挨拶してもほとんど返事をしないんだそうです。そういう話を幸せそうにしてくれた。いいお顔だった。とっさんは、普通のサラリーマンをしながら幸せに成功する方法、というのをたくさん研究している。そして普通に見えてジンジョーじゃないのが、今日配られたレジュメ。34ページ、きれいなオレンジ色の小冊子としてまとめられたものが、惜し気もなく配られてしまった。「しあわせお父さんになる方法~自分のやりたいことを、まずは会社もやめずに、家族をおきざりにしないで実現する方法」。そこには、何かしたいと思ったときのとっかかりから、家族と一緒に幸せになる方法、自分を元気にする方法まで、本当にかゆいところに手が届くような細かいことがあれこれ書いてあった。やはり、世界は言っちゃった人のものなのだ。ジンジョーじゃないことは他にもあって、とにかく感心したのが、とっさんは、自分で自分を元気にするために、自分の書いたものを朗読したテープを聴いて元気になる、ということだった。すごーい。カウンセラーも、エステティシャンも、お酒もおいしいものも、いらない。それ以前に、自分で自分を元気にするというものすごく基本的なところを、ここでも極めている。私は自分の書いたことを自分で読んで自分で聞いて元気になる,という方法は自分ではとれないと思う。恥ずかしいし、言い回しとか気になっちゃってそれどころじゃ。でも、照れてる場合じゃないですね。もちろん、自分を元気にする方法はあれこれ持っている。食べて寝るのはもちろん、風呂だのアロマだの、エッセンスだのホメオパシーだの、レイキとか呼吸法もあるな、あとは片づけとか、皿洗いとか、絵を描くとか、花をいけるとか、散歩とか、ベランダや屋上で星を見るとか、ただ茶を飲むのもいいなあ。書いてみるとすごーく安上がりだなあ。初期投資がかかってるものもありますが。とっさんのテキストには,巻末に「困ったときのビタミンT」(TはとっさんのTだそうです)がずらりと書いてあって、これもとてもよかった。「役に立つことだけ話す」(ぎくっ。。。)とか、「愛の心」とか、「足るを知る」とか、「反省は深く短く」とか、しょっちゅう目に触れさせておきたい気持ちのいい言葉がたくさん並んでいて、確かに読むだけで栄養をもらう感じ。でも、ここで思う。自分を元気にすることが必要な人とはどういう人か。何かを形にしようとする人は、例の光と影理論じゃないけれど、きっと影も強くなるから、そういう方法が必要なのだ。うーん。まあ、会社に戻ればそういうのもまた必要になってくるのかもしれないが、シャチョーも私も、低空飛行になることがいまのところ少ない。だから安上がりというか、あんまり自分で自分を元気にする方法って、これなんです!っていうほどのものがないのかな。んんー。ちょっと昔、自分に安心感がなかったころに必要だった、自分を元気にする方法と、何かやろう、動こう、動き続けようとするときに必要な自分を元気にする方法って、違うと思う。そしていまの私に必要なのは、動き続けようとする自分を元気にする方法。それは雑誌で特集したりしているような消費系ではないだろう、ってことは元手がかからないという意味ではいまの線でいいのかも。あとは、この楽天日記はかなり自分を元気にしてくれるものの1つだと思う。その先にコミュニティがあるというのも大きい。日記を始めてから、心を開くことで元気をもらったり、元気になったりする道があることを知った。そんなことをつらつら考えながら帰宅。なんとシャチョーがたまこを寝かしつけてくれていた上に、ガスストーブの上にはおでんが入った鍋まで~。大根にだしがしみていて、ますます元気になった。ありがとうシャチョー。やっぱり冬のおでんの大根も、元気をくれるものリストに入れておきます。
2003年12月07日
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うううう。たまこがたべない問題について、またもやたくさんの人からメッセージが。読みながら本当に涙が出ました。どうもありがとうございます。今日もありがたくて切なくて、心がざわざわしっぱなしです。今日もたまこはごはんを一口も食べなかったらしく、シャチョーが迎えにいったら疲れきった顔でにこりともせずに抱きついてきたらしい。いやあ、こういううちに生まれてきちゃったから仕方ないとはいえ、想像するときゅーんとしてしまう。いかんいかん。たまこは今日は6時前から寝たまま、起きてこない。このまま朝まで時折起きて乳は飲んでも、寝続けるだろう。一昨日も7時に寝ちゃったし。やっぱり疲れるらしい。今日は私はレイキのセミナーで朝はたまこより先に家を出て、夜6時過ぎに帰ってきたので、15分ぐらいしか起きてるたまこに会えなかった。さみしい。世の中のお父さんはいつもこうなんだなあ。切ないんだろうな。そしてそれにそのうち慣れちゃったりして。ぜんぶ妻にまかせっきりにしちゃったりして。ごくふつうのこと、たとえばこうやって起きている子どもの顔を見るとか、そういう自分の生活の中心であるはずの場所にい続けることって、そういえば社会に出ると大変なんだったっけ、と思い出す。そんなことを思うのは、今日のレイキのセミナーで私は大変な体験をしたからというのもあると思う。今日は、忘れられない日になりました。ゆみこままりんさんのレイキの会は、本当に、ただのレイキ(ってこれだけでも本当はすでにすごいんだけど)を超えたすばらしい教えと発見にあふれた会で、いつもいつも感動しながら家に帰る。今日はそれに輪をかけて、長い長い間自分の中で腑に落ちなかったことがついにすとん、とおちたというか、ついに答えが見つかったというか、自分はこれを捜していたのか、という大きな発見をもらって、しみじみ感動し、驚き、その驚きが水紋みたいにふわり、ふわりと心身全体に広がっているところ。うまく書けるかなあ。うまく、っていうのは、伝えられるように,という意味で。今日は特に自分の内側の細かいことなので、わかりにくいかもしれません。ただでさえ抽象的なのが、ますますわけわからなくなりそう。覚えておきたいのは、「おいしいから、戻っておいで。」という言葉。私はいつもどこにいても、ここにいてここにいないようなところがあって、それに自分でも気がついていて、でもここにいられないこと、すぐどこかにいってしまうのはもう仕方のないことなんだと思っていた。が、今日の勉強会で、みんなで体に手を当てて病線を探る、という練習をしていたときに、まさにそれを言われたので、本当に驚いた。それが体にも出ているなんて。エネルギーや意識が、先過ぎるぐらいものすごく遠い先に行ってしまっていて、ここにいないんだそうだ。いやああああ、ほんとうに、その通りなんです。自分でもどこにいってるのかわからないぐらい遠いところにいっちゃってることが多く、なかなか目の前のことに入っていけない。これが仕事でもずっとずっと悩みだった。そしてこのままだと、足が弱っちゃうんだそうだ。これもすごくよくわかった。そして、その解決法は、いまここに帰ってくること。いまここに帰ってこられるよう、日常生活を楽しむこと。お風呂とか、ごはんとか、一瞬でもいいから、気持ちいいなあ、おいしいなあ、と深く味わうこと。そういう実感を味わうこと。そして「おいしいから、戻っておいで~!」と、遠くにいっちゃってる自分を呼び戻すこと。面白いのは、イメージワークは「自分で決めること」、設定が大事ということだ。私にはできる!くる!かなう!って絶対の自信とともに決めてしまうことが大事。そしてその自信は、自分の行いによってしか得られない。自分の行いは、愛に基づくものか、怒りとか、もっと別のネガティブな感情に基づくものか。愛して与える人は愛されて与えられ、奪う人は奪われる。そしてこういうエネルギーワークに出会ったということは、それを流させていただく、という機会を与えられたということ。それは自分が自分がという我をとる修行なのでした。改めて書くだけでしびれてしまう。こんな言葉に出会えるなんて。ままりんさん、Miikoさん、そして今日一緒だったYさん、Mさん、Rさん、本当にどうもありがとうございます。「いまここ」って、よく聞く言葉で、そんなの大事なの当たり前じゃん、なあんて思っていた私が実は一番いまここにいなかった。いまこことは、ただ、いまここにいるという意味ではなく、いまここにある、ということなんだな。いるとあるの違いは大きい。涙。さらに面白いのが、バラの爆破。いいことも、悪いことも、目の前にイメージで置いたバラの花に入れてしまって爆破する。前にも習って気持ちいいなあと思っていたが、いいことも爆破するというのは知らなかった。「この部屋を一歩出たら、いいこともバラに入れて爆破するといいんですよ。それは自分自身のエネルギーだけで生きていく、いまこの瞬間のみを生きる、ということなんです」。そう話してくれるままりんさんとMiikoさんの笑顔が美しい。こうやってこんなにアヤシイこと(笑)をヴェールもかぶらずに教えてくれるお母さんと娘さんは、Miikoさんのお姉さんMaikoさんと合わせて日本でもこのお3人だけでしょう。ありがたいことです。それからバラ爆破をやるときは、自分のことは絶対に爆破しないのが決まり事だそうです。帰ってシャチョーに興奮しながら話した。「うんうん。いっつもどっか行っちゃってるもんね。オレのどこかに行っちゃってるのは、せいぜい新聞とかテレビなんだけど、punaちゃんのどこかはもっと遠いもんね。パソコンのさらに向こう、みたいな」。なんだ、やっぱりそう思ってたのか。だが「おいしい」っていうのは毎日言っているというところでは意見一致。でも大事なのは、「おいしいから、戻っておいで!」と呼び戻すところだ。ほんとうに、目が覚めたような気分です。さて、何食べようかな。
2003年12月05日
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たまこを10時に預け、ついに念願の散髪へっっっ!もともとウィノナライダーのように(ってよくいうわ)短かった私の髪は、たまこが生まれて美容院に行けなくなったらすぐにSMAPの中居くんになり、さらに伸びてじみへんになり、ついにシャチョーに「ジャンボ尾崎みたい。」と言われて怒る前に思わずポンとひざをたたいてしまったぐらい、情けないことになっていた。でもシャチョーもシャチョーで伸びた髪をなかなかきりに行かず、知り合いの女子高生に「ふかわりょうみたい。」と言われていたのでお互いさまだ。しかしジャンボとふかわの夫婦ってヤだな。その後シャチョーは自分で髪を切り(笑)ふかわから脱出し、ジャンボがひとり取り残されていたのだった。いやーー、うれしかったです。美容院に行くということだけでこんなに幸せになれるとは。産後、3回めかな。しかも、今回は思いきって5年以上通った美容院を変えたので、どきどきだった。でも選んだ美容院はとてもいいところだった。小さくて、ていねいで、のんびりしていて、レゲエがかかっていて。あまりに気持ちよくて寝そうになった。美容院を変える、これもマドレ4期生修行の恩恵です。そうでなければ、美容師を変えるなんて思いつきもしなかったと思う。私の髪はくせ毛で猫毛で少なくて、なかなかピンと来るヘアスタイルに出会うのが難しい。(というわりにはこのところずっとジャンボだったくせに。)だから、どこか納得いかなかったんだけれど私の髪をよく知っているから、慣れているからという理由で通っていたのだった。でも思いきって新しい美容師さんといろいろ話しながら切ってもらうのは、すごく新鮮だった。まあ、切ってもらった結果、あまりに自然な仕上がりでほとんど切ったように見えないという欠点はあるが、とりあえず気持ちは軽くなったのでよかったです。ぎりぎり2時に保育園に迎えにいくと、保母さんに言われてしまいました。このままでは3時まで預かるのも難しいって。なぜかというと、たまこがお昼ごはんを食べないのです。ミルクも,哺乳瓶が嫌いなので飲まない。お水も気が向かないと飲まない。要するに母乳への依存が強すぎるので、ないとないままで済ませてしまうということでしょう。うう。これは思わぬ壁だった。散歩も、ベビーカーに乗るのを泣いていやがって、部屋で待ってるらしい。とにかく好き嫌いがはっきりしているやつとは思っていたが、やっぱりそうなのか、たまこ。まあ、普通に考えれば親以外の人からもらったものを食べないとか、親以外の人にベビーカーに乗せられるのを嫌がるとか、最初の反応としては正しいと思う。それを急がせたり勝手に焦ったりするのはおかしいと思う。でも、やっぱり早く慣れてほしいと思ったり、逆にそこまでイヤなことに慣れさせなければならないと思うとそのたまこへの負担を想像して悲しくなったり、こころは乱れるのだった。保育園から出たその足で、駅前のスターバックスでちょっと一息。1つ買ったクロワッサンをすぐに嬉しそうにつかんで食べるたまこにちょっぴり切なくなった。そうだよねー、ほんとはおなかすいてるよね。夜、仕事から帰ってきたシャチョーにこのことを話しながらたまこにごはんをあげる。やっぱりおいしい焼き魚は食べるが、私が作った牛肉トマト煮はひとくち食べて食べない。母の修行が足らないのですね。シャチョーがたまこにごはんをあげながら、言った。「ごはん食べないと大きくなれないよ。」しーん。その言い方ってどうなのかなあ。台所でその言葉を聞きながら私は考える。するとシャチョーがすぐに「でも、別にたまこは大きくなりたいと思ってないわけだから,こう言っても意味ないなあ。どう言えばいいのかなあ」。おお、えらいぞシャチョー。やっぱり、おいしいよ、食べると楽しいよ、そういうポジティブな言葉で励ましていきましょう。そういう結論になりました。とはいえ実は母ちゃんは食べてくれ!食べてくれないと困るんだ!という強い下心でいっぱいなのだった。
2003年12月04日
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朝から大雨。たまこが起きたので、あれこれと保育園初登園に向けて最後の準備の詰めをするが、たまこがまとわりついてきていまひとつはかどらない。シャチョーはその間もすやすや気持ちよさそうに寝ている。朝9時に起きるよと言っていたので、それまで寝かせておくべきか。。。。いや、でもまだたまこにごはんも食べさせてないし。。。えーーい、起こしてしまおう。起きてー。起きてよー。だが、起きてきたシャチョーは時計を見て、「まだあと15分あるじゃん。」という。思わず、「じゃあいいよ!」とシャチョーの体を寝室方向に押し戻す。そこからまた何だか互いにイライラモードが始まった。イライラしている私を見て、何で怒ってるのというシャチョーの素朴な言葉がまた私の火に油を注ぐ。くうう、いいよなあ、好きなだけ寝られて、たまこが起きてもあと15分とか言っていられて!という言葉を飲み込み、「わからないなら、いいよ」。と、こんな調子でまた記念すべき初登園の朝はまったく感傷も情緒もなく始まる。いつもの通り、朝御飯はあんまり食べたがらないたまこに文字どおりさじを投げ、着替えさせて、私もごはんを食べ、着替えて、芯がほとんどなくなったペンシルでとりあえず眉毛だけ強引に作り、そのころにはコーヒーで目が覚めたシャチョーも活動を開始、ぎりぎりになって車に乗り込む。月初め&雨で混んでいたけれど、何とか登園時間に間に合った。たまこはほいくえん、という言葉が楽しい言葉だと覚えていたようで、着いたら何だか嬉しそうにあたりを見回し、部屋に入ったら歓声をあげてニコニコしながらハイハイを始めた。おお、たのもしいぞたまこ。と思ったがやっぱりそれは最初の1分で、そのあと先生に抱きかかえられたとたんに大泣き。でも、マドレで毎週たまこを預けていたおかげで、お互いに大丈夫なのを知っている。泣いているたまこにすっきりと笑顔で手を振り、保育園を後にした。マドレの研修は、こういうところでも確実にいろんなものを与えてくれていたんだなあと改めて思いながら。それから2時間。いやあああああ、すばらしい解放感でした。で、何をしたかというと、午前中は暇だったシャチョーと2人で部屋の掃除。ほとんど、無言で熱中しました。この調子で今月は家中をきれいにしようと思う。ああうれしい。保育園ばんざい。ってそういう場所じゃないけど。2時間経って迎えにいったら、先生に抱っこされていたたまこは私を見つけて嬉しそうに手を振った。頬に涙の跡。さっきオムツを替えたときに泣いたのだそうだ。「最初大泣きして、その後は朝の会で歌を歌ったらすぐに大喜びで踊っていましたよ。それに、うんちもしたんですよ。初日でうんちをするのは頼もしいですねえ。きっと、これから大丈夫ですよ!」。そう先生に言われてほっとした。もともと、外にいくとするたちではあるのだが、初日からしてくれたか。よかったよかった。そして園の連絡ノートには、たまこの様子と、「これから毎日元気に登園できますよう、たまこちゃんの成長のお手伝いを、スタッフ一同心を込めてさせていただきます」と丁寧な字で書いてあって、とても嬉しかった。そうだ、これから、たまこを一緒に育ててもらうんだな。そう思ったら本当に心強くなって、ありがたくなって、たまこと自分のことしか考えていなかったのが、ぐんと空が高くなって、世界が広くなった。そして夜、たまこが寝てから、シャチョーが言った。「やっぱり僕がいつまでも寝てると頭に来る?」。うーん、頭に来るっていうか、困る(ほんとは頭にも来ているけど)。そう答えたところからいろいろ話が広がって、朝たまこと一緒に起きるのが私の役目かどうかとか、役目って何かとか、どうしてたまこが起きても平気で寝ていられるのかとか、そういう細かい細かい話をいろいろして、最後はやっと、このなんともいえない感じをわかってくれたみたいだった。話をしようとする、聞こうとするシャチョーは偉いと思う。どうもありがとう。まあ、そんなとーちゃんとかーちゃんの小さな、でも大きなすれ違いの露呈&修正を含みつつ、初登園の日は暮れていったのだった。そう、初登園に関しては、いろんな人がメールやメッセージをくれて、たまこの社会デビューを祝ってくれた。ここでもたまこはみんなで、みんなに、育ててもらっている。皆さま、たくさんの励まし&いろんな知恵をありがとうございました!
2003年12月01日
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