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ここ数カ月、ずっと悩んでいたのが、たまこの湿疹だった。ある日、肌がカサカサになったと思ったら、そこからだんだんかゆくなってきて、かきこわして、湿疹になってしまって、そこからまた次の場所にとびひしてしまって……のくり返し。オイルはもちろん、馬油とか、EMクリームとか、美肌水とか、手当たり次第いろんなものを試してみたのだが、けっきょくのところ原因も理由も効果もよくわからない。。。。。いやーん、これって、アトピー? 夜中3時か4時ごろになるときまってヒザの裏やおなかをかゆがって、1時間ぐらいさすらなくてはならない、というくり返しに私の方がばてばてだった。いったい、どうしたらいいもんかなあ、と思いながらネットをうろうろしていてびっくりしたんですが、同じように子どもの肌で悩んでいる人って、本当に多いんですね。自然に子育てをしたいと思っている人にとってはすでに基本中の基本みたいなことを、遅ればせながらいろいろと勉強した。なんつーか、油断してテキトーにしてしまっていることが私の場合、たいへん多いのであった。 たとえば、お風呂のお湯の塩素除去。天然塩は入れていたのだが、ここに塩素を破壊するというビタミンCの粉末も入れてみた。ついでに、備長炭も。なんか魔女がアヤシいお湯をぐらぐらわかしているような感じですが、なんとなくお湯が柔らかくなった感じ。ここに事前にオイルをすりこんだたまこを入れるので、お湯はもう何が何だかわからない状態。あとから入ったシャチョーが「ビタミンCって、お湯がぬるっとするんだね!」としきりに感心していたのだが、たぶんそれ、違うと、思います。。。。でも、まず、これでたまこが夜中にかゆがる回数が減った。それから、洗濯石鹸を変えた。なんか新聞屋とか、シャチョーの一人暮らしの友だちとかがいらない洗剤をたくさんくれていて、うちでこれまで使っていた地球に優しい系の洗剤がなくなったころから、ついつい、そういう普通の洗剤を使ってしまっていたのです。が、やっぱり自然食品店で売ってるやさしそうなやつに戻してみた。なんとたまこの肌から一発で赤みが引いた。。。。。いやーーーー。反省。猛省。考えてみれば、湿疹がひどくなってきたのは、こういう洗剤をついつい使っていた頃からだったかも。。。。。しかもシャチョーは石鹸の香りがしないと落ちてる気がしないとかいって、香りが残るまでがんがん洗剤入れるタイプだし。これまでいちばん気に入っているやさしい系洗剤は「海へ。」という名前の液体洗剤。海洋タンカーの事故処理研究から生まれた、っていうやつなんですが、香りもすごく良くて、きれいになる感じがとても良かったのだ。だが、そういういいものばかり買える会員制の通販を、育休中の緊縮財政にともなって辞めてしまったので、いまは買えるお店を探し中。いま調べたら、ネットでも買えるみたいですね。やっぱりあれに戻そうかなあ。なんか、湿疹とかいって一瞬緊張が走ったのでしたが、そうやってあれこれ試したりするのが結構楽しく、楽しんでいるうちにおさまってきたので、ひと安心。いまは、カレンデュラのジェルをネットで注文したので、それが届くのをわくわく待っている。いや、ほかにも、いまだおっぱい大好きたまこの母親が夕方についつい食べてしまう甘いものとか、いろいろまだ改善の余地があるのはわかってるんです!はい。
2005年02月23日
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ほぼ1年4カ月ぶりに、ずっと心理学を一緒に勉強していたYさんに会った。お互いに自分のことでいろいろ忙しく、勉強会は止まったままだった。それ以上に、一緒に勉強していたSさんが亡くなっていたことを、やはりお互いにちゃんと受け入れて前に進んでいくことができていなかったんだと思う。2週間ぐらい前に、そろそろメールしようかな、と思っていたところにちょうどメールをもらって、会うことになった。そのメールで、Sさんが亡くなっていたことをちゃんと知った。Sさんはものすごく真摯にがんと闘っていた人だった。おととしの11月に思いきって彼女に電話をした日に日記を書いているんだけれど、実はそれから2週間ぐらいで彼女は亡くなっていた。Yさんも私も、直接家族の人から連絡をいただくような距離にはいなかったので、ちゃんと確かめるのが怖いまま、ここまできてしまっていたのだった。Yさんは、資格取得をめざして一緒に続けていた勉強会を休学したいと言った。ある心理学のある資格を取るためのプログラムに3人とも在籍していて、そこの決まりで3人1組の勉強チームを作っていたのが私たちの縁だった。私も同じ気持ちだったので、2人でそれを確認し合うために会った。彼女は芸術の道に進んだ娘さんの学費づくりのために始めた仕事が面白く、心理学の「もっともらしさ」よりも生身の人間関係の中にいることにリアリティを感じる、といった。私は私で、いまは自分の心や体の奥深くに入っていってメッセージを受け取る、という気分になれないので、実際、勉強は中断したまま。2人のサイクルは、別の理由だったけれども、この心理学が以前よりも心身から遠くなってしまい、勉強を続けられないというところで一致していた。そして、Sさんがいなくなってしまったということも、やっぱり大きな宿題として、残っている。休学するには、勉強を始めるときにお願いしている監督役のセラピストにちゃんと会いに行って、それがとるべき方向なのかどうかを話さなくてはならない。Yさんは、来週にもその人に会いにいく、と言っていたけれど、私はその気持ちにすらなれないでいる。うーん。いまは、自分の心身に向き合うのがイヤなんですう。向き合うと本当にしんどくなっちゃいそうで、いやになっちゃいそうで、それを引き受けたくないのだ。うう。そこまで息を止めて仕事をしているのか自分。Yさんは「中核とつながる」という言葉を何回か使った。アートセラピストをしていた彼女が、その間ずっと、心理学というメソッドに頼り過ぎて、「実際に人の中核とつながるような話の仕方ができてなかった気がする」、とか、「Sさんの中核とつながるような関わり方をしていただろうか」、とか。むうう。難しいなあ。中核とつながるなんて。自分とつながる、というニュアンスでいうならわたし自身、いまは自分の中心とつながる仕事の仕方をしていないと思うし、それを意識したくないし。。。。なんていうのか典型的なモーレツサラリーマンだなあこれって。ともかく、それはすごいしんどいことだ。でもそうやってないがしろにしていくと、どこかが病んでいくのだろうなあという気がする。自分の中心とつながりながら、会社員として働く。これは実現しうることなんでしょうか。している人はいっぱいいるのだろうがなあ。思えば会社に入ってから何度も何度も、その質問のまわりをうろうろ、うろうろしている。お若いころはそこにぶつかるたびに奮起して学校に行ってみたり、留学準備に走ってみたりして、そのたびになんとなく人事異動とかで暮らしの目先が変わったりしてここまできてしまったのだが。でもそういえば育休中にみてもらった前世占いの人に、今年はしんどくて会社を辞めたくなるが、今年は短気を起こさないようにと言われているのでここは我慢でありましょうか。うーむ。当たってるなあ。ってことはやっぱり私は前世はニュージャージーの外科医だったのか?血を見るのが怖いのはそのときいろいろ見過ぎたせい? ホラー映画が怖くてみられないのも? とかそんなことを思ったらなんか気持ちがゆるゆる~になってきた。あとはおはからいにおまかせすることにします~。
2005年02月16日
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連休は、那須にあるシャチョーの仕事関係の知り合いの別荘に泊めてもらいにいった。ぜんぜん知らない人だし、シャチョーの仕事仲間もいるし、めんどくさいなあと少し思っていったのだが、行ってみたら案の定、誰よりも満喫して帰ってきてしまいました。やっぱり自然は気持ちがいいし、その中で人は無条件に仲良く一緒に休日を過ごしてしまうのだ。シャチョーの仕事仲間の人たちも、みんなおじさんなのにたまこと本気で遊んでくれて、モテモテたまこは終始ご機嫌でしたし。自分の空が会社で占められてしまっていることを久しぶりに思い出すこともできましたし。耳も着いた連休初日に治りましたし。そうだった、自分からすすんで心身も時間も会社に忠誠を尽くしてしまっているのだ。いつもどこでも、山小屋にいるような気持ちで過ごせばいいのだわ!といいつつも今日は昼間、おじさんまみれの会議があったりして、ぐったり疲れた。自分の担当雑誌について、あれこれと批判をされるのが目的の会議だったので、「そんな事情もわかってない人たちにあれこれ一方的にいわれるだなんてっ!」と、編集担当者としてかなり構えて出席した。が、途中から、まあこういうおじさんたちも自分も、それがお互いの仕事で立場が違うだけなんだから仕方ないなあ、と逆になんか気持ちが落ち着いてしまった。読者ターゲットの分析とか、企画の相当性や誌面デザインの分析とか。自分たちがある意味てきとーにというか、数字とかそういう客観的な基準は何もないところでノリとか面白そうとか、強いぞこの企画は!とかそういう感覚的なもので作っていることがらが一度形になると、そこにいろんな結果や状況のデータや意見がぞろぞろ、ぞろぞろとたくさんついてまわる。当たり前ですが、かといって数字だけを判断基準にしても、面白いものは作れない。これだけたくさんのリッパなおじさんたちがもっともらしく議論をしていても、何が売れるか受け入れられるか、本当のところキモみたいな核心部分は数字ではなく、いつでも何かふわっとしたものに包まれていて、結局は人間が人間に向かって作っているから何が起きるかわからないというか、ナマモノなんだなあと改めて思う。作っている人の気持ちが丸ごと出てしまうのが雑誌のこわいところ。どうしたらやる気や楽しい気持ちを維持できるかなあ。この、維持が最近の課題。心身は明らかに、もっと仕事以外のことをのんびり楽しんで暮らしたがっている。ああ山小屋~。。。家についてチゲ鍋を食べてたまこと一緒に沈没。たまこがいろいろしゃべるようになって面白いのに本当に救われています。
2005年02月15日
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えーん。耳が聞こえなくなってきたー。焦って久しぶりに日記を書くことにしました。一度間があいてしまうと、いつから復帰したらいいものか、タイミングを逸し続けてはや数カ月。その間に、たまこは2歳になり、私の仕事はくるくる、くるくる、ますます慌ただしくなり、なんだか走り続けて気が付いてみたら、なんだかぼおおおおっっ、と、なんんんにもやる気が起きなくなってしまい、ついに今日は耳が聞こえにくくなってきた。って、なんだか、やばそーですね。1日のうちにパソコンに向かっている時間があまりに長いものだから、家に帰ってからもパソコンに向かう気力がわかなかったのだが、それよりも何よりも、こうなったらやっぱり仕事以外のパソコンの時間を作ることのほうが大事かも、という気がしてきた。やっぱり日記って、しんどいしんどいって書いててもなあ、というのがあったりするけれど、でもだったらしんどいときにかけない日記って何なのよ、という気もするし。な~んていいながらも、今日は会社に行く前にぷらぷらと銀座を歩き、エキナセアとか、元気が出るアロマブレンドとか、お部屋を浄化するスプレーとか、パソコンにやられないフラワーエッセンスとか、いろいろ買い込んだ。買ったものから判断するに、いま私は電磁波から身を守りながら浄化して免疫をつけて元気になりたいらしい。欲が多いのでまだ大丈夫かも。お、いま、飲んでみましたが、しょっぱくてうまいです、電磁波防止のエッセンス。会社でもこっそり飲んでみようと思います。ああ、怪しいなあ。もとは亜莉さんがすすめてくれていたのを、今日お店で見てハッと思い出した。お店の人に聞いてみたら「リピーターが多いですよー。敏感な人は、すごくよく効くみたいです」と言われ、うーーむ、そこまで敏感ではないがな、と思いながらもつい買ってしまいました。おまけに年末引っ越しをしたために、家の中もいまだ夜明け前にして原始時代つまり風水以前!!な感じ。ああ、早く気を整えたい。耳が聞こえにくいのも、きっと家中が滞っているからに違いない。年賀状も出さないうちに旧正月まで過ぎてしまいました。みなさん不義理ご無礼ごめんなさい。少しずつ地球の人に戻ります。うん。自分のリズムは自分で取り戻さないとだめなんだった。1つ1つ、取り戻していこうと思います。読む分にはけっこうみんなの日記を読ませてもらって、生活の細やかなことを大事にしながら暮らしているのを本当にうらやましく尊敬しながら読んでいたのですが、うらやましがってる場合ではない。尊んでる場合ではない。私もあきらめずに自分の心身を取り戻すという気持ちを持つ。ああまわりくどいが、そこからだわー。最近、横森理香さんの新著「がんばらないでも幸せ」を読んだのだが、そこにはもう、ひとごとではない話が山のように書いてあって、とにかくこれからはスローダウンだ、と改めて思ってはいた。でも結局、日常のあれこれに追われて、スローダウンなんてあきらめていたのですが、耳が聞こえなくなってみると(いや聞こえるんだけど、すべてが遠いのだ)、これはおかしい、とさすがに全身全霊で、思うぞ。がんばるのって、いやだな、といつも思っていながら、結果的にはがんばってしまっているわけで、これから真の意味でがんばらない、というクセを、つけることができるだろうか。がんばるのって、思考停止なのだと思う。
2005年02月10日
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