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今日は私が早く帰れる。のをいいことに、シャチョーはうきうきデート。シャチョーは、飲み用とか、展覧会用とか、なんか目的別にいろんな女友達がいて、今日は展覧会らしい。ああ、思えばいなくなったなあ、男のお友達よ。。。。いずこへ。。。。うきうきとたまこを迎えにいったら、紙芝居がすごくいいところだったらしい、「まだかえりたくないいいいい!」と大泣きして抵抗するので途方にくれていたら、別のお友達を迎えにきたお母さんが、風船を持っていた!いっきにざわつく4人の子どもたち。うつぶせから一転、仁王立ちしてそわそわするたまこ。「商店街で配ってましたよー」というそのお母さんの声を聞いたとたん、「商店街いく!」。というわけで、無事、脱出成功、商店街のパチンコ屋さんで風船もいただいて、珍しくその近くのデリに寄った。オーガニック系デリで、テイクアウトもできてお店でも食べられて、ちょっと高いけどおいしい。中に入ったら、たまこが「ここで食べていく」という。お言葉に甘えてついつい、そこで注文して食べてしまいました。でも、お店のお姉さんが怖かったー。まあ、みんなくつろぎの夕食タイムだし、子どもはデリでテイクアウトして帰ってほしいよなあ、そりゃ。案の定、たまこはテーブルのコップをひっくり返して水をこぼしたのだが、お姉さんは黙って机をふいてくれただけで、お水は継ぎ足してくれなかった。。。。これも、まあ、そりゃ、そうだよなあ。ちょっとさびしかったけど。いろいろ食べて満足したのか、ベビーカーの上に移動して立ったまま、机に向かうたまこに何度も、すわって!すわって!というのに座らない。どうして座らないの?と聞いたら、「うんちがあるから。。。」はい、立派なのが、出てました。なんか、思いも寄らないところで会話が成立するというか、ちゃんと意味を持つというか、本人なりの理屈の上で行動していて、そっちのほうが筋が通っている、ということがあるので、ほんと、一方的に叱ったり、命令したりって、できないなあ、とこのごろ思う。そしてもう9時近くなった暗い帰り道、ベビーカーを押しながら、改めて、2時のお迎え人生に思いを馳せる。どっちのほうがいい、っていうことはない。たぶん。きっと。小さいころ、母親は働いていたのに、私が通ったのは幼稚園だった。あんまりよく覚えてないけど、お留守番のおばさんが迎えにきてくれたり、していたような気がする。いったいどうやってあのころ、乗り切っていたのかなあ。改めて聞いてみよう。その後、春夏冬休みがあることもわかり(当たり前だ)、ハヤリヤマイのような私の中の幼稚園ブームは早くも本格的終焉を迎えておりますが、子どもの育て方って、案外、自分でとっとと限定しているものだなあと、新鮮な気分を味わえたのはとってもよかった。私だってVERY母ちゃん、STORY母ちゃんになれる無限の可能性を秘めていたのだ!。。。。いや、それはないな。。。。
2005年08月03日
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近所の幼稚園から、入園案内のDMが来た。そう、来年たまこは幼稚園入園イヤーなのだ。ちょうど、私が仕事ででていたこの日曜日にシャチョーが、たまこを連れてその幼稚園の夏祭りに行って来た(ついでにどじょうもすくってきた)ばかりだったので、いろいろ説明してくれたのだが、確かにとっても自然が豊かでワイルドな幼稚園らしく、通わせてよかった!というお母さんからの手書きのメッセージが、まぶしい。。。。幼稚園かー。いいなあ。でも、午後2時に終わるなんて、2時に会社に行くこともあるような母のところに生まれてきたたまこには、無理。でもいまの保育園は3歳児の枠がすごく少ないし、園庭もないので、いよいよ公立保育園に移るべきなのか、それとももう1年、慣れたいまの園に通わせてもいいか、それとも思い切って幼稚園にいくか(いや、だから無理だって)、考えどころではある。幼稚園なんて一瞬も考えたことがなかったのに、そのDMを見ていたら、よだれが出てきた。。。木造の園舎で、大きな広い庭とたくさんの木があって、たくさんの動物がいて、食べ物や花を栽培していて、というその豊かな環境。いいことも悪いことも、何でもかんでもとにかくすいすいと飲み込むように吸収している2歳児たまこ(このごろは「なるほどね。」が口癖)が、さらにそんな豊かなことたちにふれちゃったらもう、どうなっちゃうのぉお? うっとりしていたら、「昼食はお母さんのお弁当です」というにっこりした一文が。どどーーん。夢は一気に覚めたのだった。。。。。「余裕のある家が通うんだね、やっぱり。」と、つぶやくシャチョー。余裕とはもちろんお金だけでなく心や時間や気持ちや、そういういろんなもの。でも、この幼稚園に通う通わないは別として、余裕のある子育て環境は必要だねえ、と心から思うのだった。まあ、何よりまずは母親の気持ちの余裕が最大の環境ではありましょうが。地球に優しい母への道は険しいのです。
2005年08月02日
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本を読んで会いたかった人に会いに行った。連載の執筆を頼みに行ったのだが、向こうが書きたいことと、こちらが書いてほしいことがかみ合わず、向こうが乗らなくなってしまって、結局今回は見送ることになった。。。。なんか、かなり、がっくりした。私がその人をわくわくさせきれなかったってことだし、結局、こっちの求めるものをその人も持っていなかったってことなんだけど、やっぱり、あくまで私の力不足、という要素は大きい。イメージがわかない、という彼を説得できなかったし、説得する以前の問題として、一緒に何かを作ろうという会話ができなかった。。。。。あーあ。失恋気分だわ。久しぶりだわ。で、改めて学んだのは、出会いはプレゼントってことだ。もらうだけでなくて、あげなくてはいけない。今日は何もあげられなかったなあ。そういう気持ちが足りなかったなあ。そういうゆるい自分に深くがっかりし、でもそこから学ぶだけ学んであとはすっきり水に流したい。って、たくさん、流しすぎという説が。いえ、失敗こそ贈り物なのだからなのだわ!でもさすがにいま売れている本を書いた人だけあって、その人は、全体が勢いであふれていた。そういう波に乗っている人に共通している特徴は、いい意味でものすごく「自分中心」なこと。自分の判断、自分のセンスや感覚、自分の言葉を中心にものごとを進めていって、そこに合わないものにははっきりすっきりさっぱりと冷たく、だからこそある部分はすごく熱い。だから、見ているだけではじめからああごめんなさーい、っていうか、いろんな場面で常にあいまいな自分のままではいてはいけないような(ま、それはそれで確かに問題だが)、心もとない気持ちになる。でもって、そういう人同士は、すごく話が早くて、ことが進むスピードも速い。何か魔法が起こるように。今日会った人にも、「話をしていて何かが起これば、面白くなるんですよね。でも今は何も起きないなあ」なぁあああーんて言われちゃったし。なかなか、そういうパキパキした人になれません。そういう風に、人に言うってこと自体がびっくりだった。それはその通りなんだけど、なんかすごいことではないかしら。そう言える自信、そして明確さ。パキパキになれないどうしの、ゆるーい通じ合ってる実感およびヨロコビ、というのも確かに存在する。いままではそれだけでいいやと思っていたんだけど、なんか、今日のできごとで、自分はいいかげんちゃんとしなくちゃいけないんじゃないか、と思った。でも、ちゃんとって、いまさら、なにを。。。。。なにから。。。。。(笑)。
2005年08月01日
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