2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全4件 (4件中 1-4件目)
1
さっき帰宅。たまこには会えなかったが、仰向けにまっすぐ同じ寝相で同じ顔をしてくっついて並んで寝る父と子を見られたのでひと笑いしてすっきり。メッセージを下さった皆さま、ありがとうございます。1つ大人になったのを機に、またちゃんと日記の更新を続けてみるべく。やっぱり、むりやり書き続けるのは大事かもしれない、と、みんなの日記を読んでいるとつくづく思うのです。いや、みんなはむりやりじゃないんだけど、私には負荷が高い。でも、チリツモ効果って、いろんなことにおいてあるんだろうなと。ちりも積もればって、実際に家の中にちりばかり積んでてもなと。といっても、今日は朝たまこを送ってから家に帰って洗濯機に洗濯物を入れ(干すのはシャチョー)、デザイナーさんの事務所に暑いので差し入れをもっていきつつ、昨日取材したサッカーの○ッカムさまたちの記者会見の写真(くやしいがやっぱりすばらしく美しかった。でも○ティ選手のほうが実はカッコよかった。でも個人的にはやっぱり○ナウドが好きだ)を届ける。その足でベトナム料理店に入ってフォーとご飯のランチを食べ、その店のあちこちに飾られているきれいな花に一瞬心を奪われるもすぐに造花だとわかって少しがっかりし(どうなんでしょう、ごはん処に造花って、これほど信用を失うものってないと思うんだが)、そのまま会社に戻ってついさっきまで紙の山と一緒に過ごす。そこからいままでの間の記憶はあまりない。。。。というか、ただひたすら仕事をこなすべく疾走していた感じだけが残っている。その残像みたいなものの積み重なりがそのままわたしなんだと思ったらやっぱりそれはいやだというかこわいと思った。。。。帰り道、タクシーから見上げた夜の月がぴかぴかに光っていて、その美しさと、今日の強烈な暑さだけは、しっかり体に刻まれたような気がする。そことつながっていれば、とりあえずはだいじょうぶか?
2005年07月27日
コメント(0)
じみーーーにしずかーーに、年を取ろうと思ったら、なんと職場でサプライズでケーキにろうそく&ワイン&クラッカーとプチくす玉でお祝いをしてもらってしまった(書いてみるとハデだな)。うれしかった。1つ年を取る勇気が出ました。できたらまだ子宝に恵まれたいわたしとしては、無駄な加齢と排卵はもはやできれば避けたい!のだが、やっぱり、祝ってもらったら嬉しかった。みんなでこっそり相談してくれていたらしい。しかもわざわざデパートでおいしいケーキを買ってきて隠してくれていて。ありがたいなあ。卵子の老化問題さえ除けば、年を取るのは楽しいし、これからがどんどん楽しみなんですが。卵子の老化を防ぐエクササイズとか、ないかな。出そうだな、いつか。夜はたまこもいるし、ってことで、シャチョーとランチデートをムリヤリした。むりやり、というのは、私が希望したから。でも、行ってみたら行きたかった店は今日に限って貸し切り。で、その近くの魚の定食屋で、私はかつおのたたき、シャチョーは鯖の塩焼きをいただき、シブいランチデートはすぐに終了してしまいました。そのあと、仕事をしていたら、ケータイに両親から電話があり、たまこを連れてきて一緒にお祝いしようという。子どもが生まれてから特に、誕生日って親に感謝を伝える日だなあという気持ちが増していたので、その言葉に甘え(というわりにはしっかりご飯は作ってもらう。)、シャチョーがたまこを迎えにいったその足で実家に行ってもらい、私もあとから合流した。ケーキを買ってきて、といわれていたので、ケーキを買って行ったら、玄関先に走り出てきたたまこが「ハッピバスデーは?」と、まずケーキを探す。母よりケーキかい。そしてろうそくをたてて火をつけて、何度歌っても「ハッピバースデイ、ディア、たまたまー」と自分に歌ってしまうたまこだった。台風の強い風にはらわれて空気がすがすがしくきれいな夜。みんなに祝ってもらえる幸せをかみしめた。人は1人では大きくなれないし、生きていけないんだなあ、と、大きくなればなるほど、そしてこういう夜には特に思います。と、書いてるわりに不義理しまくりでごめんなさい、友だちのみなさんよ。
2005年07月26日
コメント(8)
どうしても仕事が終わらず、たまこを保育園に迎えに行ってから、また地下鉄に乗ってたまこと一緒に会社に戻った。シャチョーが近くの駅まで迎えにきてくれていたのだが、「ママとカイシャにいく!」とはりきるたまこを置いていくとまた大泣きして面倒そうなので、今日はわりとみんな余裕があってけっこう早く帰る月曜日だし、ま、いっか、と、連れていった。通算4、5回目ぐらいにはなると思う。8時過ぎの会社はさすがにまったりしていて、職場によっては忙しい時期なんだけれど、月曜日ということもあってやっぱり静かだった。当然、たまこは大喜びなんだが、いい子にしているという口約束を必死に守ろうともしていて、ついつい歌ってしまったり、私がコピーを取りに行ったりして見えなくなると大きな声でママ!と叫んでしまったりするのだが、まあそこそこみんなに許してもらって、何とか今日やらなくちゃいけないことの多くを片づけて帰ることができた。そのへんに転がっているチョコとか、あまりいつもは食べさせてもらえないものを食べて鼻の穴がふくらんでいるたまこ。そのまま、待っててくれていたシャチョーの車で帰宅。でも、おなかがすいたので、しかも雨が降っていたので、ファミレスに行ってしまいました。たまこと行くのは2回目だ。ほんとは、まだひざの裏にところどころ残る湿疹には最悪なので食べさせたくないのだが、たまには、いいか、ということで、たまこの好きなフライドポテトなどを注文。メニューを見ていたら、なんと、「から揚げラーメン」という子どもメニューがあった。鶏の唐揚げと、コーンと、ラーメンが入ってるの。確かに、子どもの好きなものばかりですが、これをそのまま組み合わせようと考えた人はすごいとおもう。。。。あまりに驚いて、しかもたまこがラーメンを食べたがっていたので、ついつい頼んでしまいました。すごいことだなあ。何でもありなんだなあ。お子さまメニューって、ほんとに、いつも「そんなもんで子どもは喜ばないぞ!」とおもうんだけど、で、実際に頼んでみると、やっぱりたまこは食べないんだけど、しかし、ついつい、頼んでしまうのはなぜ。近所の人気のカレー屋でも、お子さまカレーは新幹線のお皿に乗っていて、ジュースもついていて、とってもお子さま風なんだけど、何しろ薄めすぎていて、ほとんど味がしない。で、たまこはやっぱり食べない。本当に子どもが喜ぶお子さまメニューを出している店って、あるのかなあ。と思う。実際、たまこは、からあげラーメンも、ラーメンだけを半分ぐらい食べておしまいでした。那須に行ったときに行った牧場のレストランでも、ついついお子さまランチを頼んだのだが、ハンバーグとスパゲティと卵焼きと真っ赤なさくらんぼと、小さなロールパンという伝統パターンで、やっぱりこりゃ食べんだろう、とわかってるんだけど、メニューを見て「パッチ―(スパゲッティー)食べる!」というたまこの声をついつい信用して、頼んでしまうんだなあ。で、出てくると、まずいから食べない、その繰り返し。子どもの食事が置かれている状況は、別に貧しくはないと思う。親が子どもに食べさせるものって、昔も引用したけど、子どもに向ける「気」そのものだから、ひとくくりにはできません。ふつうのレストランだと、やっぱり子どものことを考えてご飯は作れないし、商売できないから、どうしてもそうなるのは仕方ないんだなあ、きっと。でもやっぱり、見かけがいいけどおいしくないお子さまメニューが多い国ってなんだかなあ。いや、そういう店に、いかなきゃいいし、頼まなきゃいいだけなんですけど。イベントとか刺激をすぐに必要としてしまうのは、2歳児親の宿命とはいえ、静かに穏やかに子どもを育てるのってつくづく難しいと、思います。独身の同僚が、いきなりスポーツジム通いを始め、なんかすごくめきめき気力が充実している感じが手に取るようにわかる。乳も気力もたれ流しているいっぽうという感の強い今日このごろ、自分のために何かをしたいととっても思う。同時に、なかなか会えないたまこともっと関わるためになにかをしたいとも思う。何かはよくわからんのですが。時間を無理やりでも作ることかな。でもそれは仕事の責任を放棄することかも、と思いそう簡単にはやっぱり早く帰りにくい。実際帰れない状況のときのほうが多いのだけれど。そして責任放棄でない時間の作り方というのは確実にあるはずなんだけど、まだノウハウを確立できていませんなあ。ばななさんとジュリアンさんの往復書簡を読んでいたら、ばななさんが子どものアトピーの原因を自分の精神状態に見い出していて、読みながら、私もものすごく共感した。そうだ、私の場合は、「たまこともっと関わりたかった」んだなあと。そういう気持ちが、たまこの湿疹を長引かせていたんだと。それに気がついたらすごく泣けてきて、でも泣いたらすっきりして、私もばななさんのように、たまこに言ってみた。たぶん別の関わり方もあるから、治っていいよ。ひっぱってごめんねー。いま、ちょうどおそらくホメオパシーの効果が出ている時期というのもあるけれど、そう言葉にしてみたら私も楽になり、そしてそれとの関連性はわかりませんし、まだかゆがるけれど、たまこの肌はずいぶんと元気がよくなった。そこで唐揚げラーメンを食べさせている、ブンレツ母ちゃんですが、ま、そんな感じで母子は(あ、父も)ともに育っていくのである。
2005年07月25日
コメント(2)
今月、初めて、おそまきながらヌノナプデビューしました。気持ちよかったー。これは小・中学校で教えた方がいい!と思った。あったかいし、やわらかいし。みんなが書いているように、体験すると、生理がジャマなものじゃなくなると思う。といいつつも、なんでデビューが遅くなったかというと、前に、「オニババ化する女たち」(光文社新書)を読んで、流れ出るものをコントロールする、というのに興味をもち、しばらく練習してたからなんですねー。もう、これって界隈では常識なんでしょうか。昔の人が何で和紙をそっと入口に置くぐらいで大丈夫だったかというと、みんなこのコントロールができてたからだというのだ。つまり、トイレに行ったときに、まとめて出す(笑)という練習。で、やってみたら、確かに慣れてくると、コントロールって可能になるものなんだというのがわかった。コントロールできるようになると、すっきり気持ちいいし、ちゃんとすっきり4日程度で終わるようになる。ばななさんのお姉さんは昔っからこれを当たり前のようにしていたと、日記に書いてあった。さすがだ。。。。で、何回かやってみて大丈夫そうだと思ったので、ヌノナプに挑戦したわけです。ああ、こんなに気持ちいいなら、練習のときからヌノナプにしておくんだったわ。結局、ほとんど失敗しないまま、実験期間(笑)を過ごすことができた。その達成感もまたよかったのだった。なんのこっちゃ。そして同時に、まだ夜は紙おむつを使ってしまっているたまこにあやまった。ごめんなさい。紙をやめたら、彼女も身体感覚が変わるだろうなあ、と思う。でも、おねしょされると困るという気持ちと、布おむつをいやがるのとで、ついつい、紙のまんまなのだった。おねしょしてもいい工夫を考えなくては。保育園では、トレーニングパンツなんですけど。別に、何かがすごく変わるわけではないのに、何か自分の体に少し近づいたような感じ。子供を産んだあとで、さらに近づくことになるとは思わなかった。どちらかというと、コンピューター漬けで、遠くなる一方だったんだけど。
2005年07月05日
コメント(4)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


![]()