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2014年09月14日
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カテゴリ: つれづれ

久々の日記です。
書きたいことはあれこれあったのですが(書こうと思っているうちにほとんど忘れてしまったけど)
ここ最近
クライアントさんの身体から最もよく上がってきた問題が
「まじめさ」だったので、それについて書いてみようと。
人によっては「いい加減に生きる」とか
「ちゃらんぽらんに生きる」なんて言葉が目標として選ばれたぐらい
ここ最近はまじめな方が多かったです。

まじめさというのは、日本では昔から美徳とされてきたわけで
それが、日本人のいいところでもあるのですが
その性質が、生き辛さにもつながっていることが多いのですよね〜。
まじめさと言っても人それぞれいろいろで
時間をきっちり守る、掃除や片付けをきちんとする、身だしなみをきちんとする
という「生活をきちんとする」というまじめさもあるし
または
「仕事はできるだけ休まない」」「怠けない」
「仕事は責任を持って行う」
などの仕事に対する姿勢というのもあるし
または
「人の話はきちんと聞く」とか
「人との約束は守る」とか
「人の悪口は言わない」とか
「人に対して、失礼のない言葉使いをする」など
人とのつきあいやコミュニケーションに関することもあるし
または
「充分に考えてから(計画を立てて)行動を起こす」とか
「一度やったら最後まで行う」など
言動のあり方に関することもあります。

クライアントさんの中には、すべての領域においてまじめであるという人も多く
そういう方は、やはりストレスを抱えやすくなります。
大抵の場合、まじめな人は、その親もまじめなので、親から
「人に迷惑をかけてはいけません」とか
「人の話はきちんと聞きなさい」とか
「よく考えてから、行動しなさい」とか
「いつも一生懸命にやりなさい」などと言われて
育ってきたりするわけですね。

先日おもしろかったのは(たぶんここで書いてもいいと思うから書いちゃうけど)
ある方のセッションで、身体に聞いていくと子供へのギルティ感というのが出てきたので
その方にどういうことなのか話を聞いてみると
子供がアンパンマンの話をしてくるのだけど
その話に興味がないので申し訳ないな〜という気持ちになっていて
今度アンパンマンについて勉強しなきゃ、と思っているのですが
なかなかやれていないのです
ということでした。
その方の身体にどうしたらいいかを聞いてみると、身体からのお答えは
「(子供の話を)聞き流す」

まあ、そうですよね。
子供がアンパンマンが好きで、ママに一生懸命話しをするからと言って
ママも一緒にアンパンマンを好きにならなくてもいいわけなんです。
子供は、単に自分が好きなことをママに話しているのが
うれしいだけなのですから。

この「人の話をちゃんと聞かなければ」
「人の話に興味を持たなければ」というまじめさを持った方って
案外多いのですよね。
もちろん場合によっては、真摯に相手の言葉を聞くことも必要でしょうが
人の話を聞き流す気楽さ、も必要なのです。

逆に私の母は昔
「人の話は話半分(に聞いておく)」とよく言っていたので
私はそんなもんだと思って育ってきたわけですが
これは話そのものを、まじめに受け取りすぎないというのか
例えば、友人から悩みを相談されて
そのことをまじめに捉えすぎてしまって、あれこれと解決法を考えたり
心配していたら
次にその友人に会った時は、その友人はあっさりとその悩みは解決していた
なんてこともあるわけで
人が持っている悩みや問題に翻弄されない、ことが大切だなあと。

私の母がいつも口癖として言っていたのは
「まじめな人はおもしろくない」
「(冗談を言ったり、ばかをやって)楽しまなきゃつまらない」

母は、いつも軽い自虐ネタというのか
母自身や父のことを題材にみんなの笑いを取るようなところがあって
私もそれを受け継いでいるところがあるのを最近感じているのですが
(そういえば、おさむも最近その傾向あるな〜)
私がそういうことを言うと、たまにまじめな方は
「のりこさんは、そんなことないですから大丈夫ですよ」
なんて、慰めてくれるわけです。
私としては
いや、そこは慰めてほしいところじゃなくて、笑ってほしいところなんだけど~
となるわけですね。
人の話をまじめに受け取りすぎると
人が軽く言った話や冗談もあまり通じなくなってしまいます。

クライアントさんの中には親から「まじめが一番」と言われて育った
と言われていた人がいて、そういう方は
なかなかまじめさから抜け出せないわけですが
一方で「まじめな人はおもしろくない」という母の価値観を
潜在的に受け継いだ私は
例えば、まじめに学校に通う、とか
次の日に備えて早く寝る
などということも抵抗があったし
はめを外して遊んだり、予定をすぐに変更したり、ということは
しょっちょうだったので
大学時代から彼や友人に「のりこにはついていけん〜」とか
「のりこはほんといい加減やな〜」とよく言われてきたわけですが
今から思うと、それはどこかで私にとって心地いい自己イメージだったのだなあと。

ところが、一方でしっかりと私の父のまじめさを受け取っていて
一度引き受けたら、責任を持ってとことんやる
人と真摯に向かいあう
などの性質は受け継いでいて
おさむにもよく「のりこはほんといい加減やな〜」
(言ったことを守らない、すぐにそれを変更することなど)
と言われたかと思ったら
「のりこはほんとまじめやな〜」
(クラアイントさんと深く向かい合う、きちんとキネシの資料を作成するなど)
などと、まじめさといい加減さが混合しているわけなんですね。

先日もおさむが私のセッションをやっていて
「のりこ(潜在的な思考パターンを見つけ出すこと)は難しい〜」と
言っていましたが、
両親のどちらからもいろんな要因を受け継いでいるからであって
これは私だけでなく、多くの人が両親から影響を受けていて
一見、相反する価値観が一人の人の中に混合していることがよくあるのです。

話はまたそれますが、今年、日本に戻った時に、母が私に向かって
「あなたは私の楽天的な性格とお父さんの頭のよさを受け継いで
いいとこ取りで、ほんといいわね〜」
と言っていたのですが
もちろん、受け継いでいるのはそれだけでなく
母の記憶力の悪さ、とか
母の人の空気を読まない部分、とか
父の感受性の鋭さ、とか
父の人情深さ、とか
いろんな要因を受け継いでいるわけです。

その中には、キネシで調整したので、今はあまりない性質もありますが
例えば、出来事記憶に関しての記憶力は、私は学生時代から極端に悪くて
誰が何を言った、とか、私自身が何を言ったとかやったとか
出来事に関するものは、どんどん忘れるのですが
いまだに私が持っている性質です。
これは、もともとは
母の「(過去はさっさと忘れて)今を楽しく生きたい」という
思いから来ている性質なのだなあと。

私の場合、読んだ本や資料をすぐに記憶する、という記憶力はいいので
この出来事記憶に対する調整は、まだやっていないのですが
たまに他の調整をやっていると、私の身体から
「記憶力の調整をしろ〜」と言われるので
もう、そろそろやらないとなあと。
私がそれをやらないでいるのは、セッションでそれぞれのクライアントさんと
深く向き合ってゆくことは楽しいけど
それをいちいち覚えていたくないというか
セッションが終わったらすぐにその内容を忘れることが
私にとって、気持ちをすぐに切り替えることにつながっているからなのだなあと。
自分や相手の言動をすぐに忘れる
というのは、いいかげんさにつながりますし
私にとって、楽に生きることになっているわけですね。
(書いたことも忘れるので、たぶんこの話も前に書いていると思うけど)

さて、このまじめさの中で、私の両親ともに持っているのが
「人に迷惑をかけてはいけない」と「謙虚さ」
それも私は10代後半から30代にかけて、人に迷惑をかけまくってきた人なので
そこはもう抜けているかと思ったら
ここ最近、かなり強くその意識が出ているのを感じて
若い頃には、あれだけ人に迷惑をかけても平気な人だったのに
どこかで、それはずっと深く根付いていたのだなあと。

先日もそれを感じることがあったのですが
それは、セドナつながりのNYファミリーの面々が、私とおさむを家に招待して
ごちそうしてくれたのですが(おさむが ブログ に書いていますが)
その日、いつものように酒を飲んで、調子に乗って
しゃべりまくって、すっかりいい気分で家に戻ってきたのですが
次の日、珍しく二日酔いで胃がむかむかするので
これはキネシで調整しておこうとセッションをやってみました。

するとその二日酔いに関連した感情として出てきたのが
「ギルティ感」
おさむ曰く
「酒飲んで(酔っぱらって)みんなを巻き込んで
そのギルティ感から、自分で(もちろん無意識に)二日酔いになったんやね」
そうなんです、ただお酒飲んだだけでは、二日酔いにはならないんですよね〜。

いや、私は酔っぱらっていたことと、もともと人と話した内容をあまり覚えていない人なので
その夜、私が何を話したのか、たった一つの単語さえ
思い出せないのですが、おさむの様子から
それが、どれだけひどかったのかはわかるし
「(みんなの中で)のりこが80%ぐらいは、一人でしゃべていたよ〜」
「熱くヒーリングを語っていたよ」
とおさむに言われて、もう恥ずかしいやら
申し訳ないやらの気持ちが出てきたわけです。

これまでの人生で散々、酒飲んで暴れてきたのに
何を今更、罪悪感なんだかという感じですが
そんなわけげわからない状態で、ヒーリングについて
一体私は何を熱く語っていたのか
一応、メンバー全員キネシオロジーやヒーリングをやっていることもあって
みんな忘れて〜という感じでした。
ずっと私一人だけがしゃべっていた、というのも
何とも申し訳ないというか。

でも、それもたどっていけば
「一人だけで話してはいけない、人の話も聞いて、バランスよく会話をしなければ」
とか「謙虚でいなければ」
などというまじめさなのだなあと。
今回のセッションでは、脳の扁桃体の問題が出てきたのですが
この扁桃体は0〜3歳までの感情が蓄えられているところで
私は2歳の時にギルティ感を感じたらしい。
らしいというのは、もちろん私は覚えていないのですが
身体がそう反応するのでわかったことですが
そういう脳の本質的なところに、そういう感情があるので
すぐに申し訳ない、という感情が生まれてくるわけですね。

ということで、そのギルティ感を調整した私は一体どうなるのか。
酔っぱらって、一人しゃべりまくっても、もうギルティ感を感じないのか
いや案外、はめを外さなくなるのかも?
お酒の調整は、スペインから戻ってきてからやろうかなあと思っているのですけどね。
ここでも「はめを外さない人はおもしろくない」
「酒を飲まないやつはおもしろくない」
という私の両親から受け継いだ価値観から
お酒を飲んではめを外す、というのが、私にとっての
サバイバル(生きていくのに必要だと潜在意識が作り出したプログラム)になっている
可能性大なんですよね。

ということで、たまにクライアントさんから
「のりこさんも調整することなんてあるんですか〜?』
なんて言われますが
まだまだ山ほどありま〜す
でもそんな不完全な私が、今この瞬間は完璧なのです。
(え?完璧だなんんて言ってないで、いい加減、酒の調整してほしいって?
ふふ、そう簡単には調整しないのよん)←脅し?開き直り?

ということで、また巻き込んでしまったら、ごめんなさい〜
(とにかく先に謝っておこう)





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最終更新日  2014年09月15日 03時08分05秒
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