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神奈川の常連のお客様で、お医者さんと看護婦さんというコンビがいらっしゃるのですが、そのお2人がホテルにご到着!翌日、お疲れのところでしたが、ローマ近郊日帰りの旅を一緒にしてきました。お隣ウンブリア州のオルヴィエートと、その近郊チヴィタ・ディ・バーニョレージョに行ってみようと思ったのです。オルヴィエートまではフィレンツェまでの鈍行列車で約1時間半。この電車はよく、隠れホームから出発するので曲者です。1番線のこともあるそうですが、1番線東ホームという、場所の案内も何もない、通常ホームから徒歩8分くらいの遠く離れたところに行かされるのです。この路線に乗る時は気を付けましょう。フィレンツェまでは超特急列車だと2時間半で着きますが、なんせ片道50ユーロ近くもかかるので、4時間半かかるこの鈍行列車で行く貧乏人の若者たちも大勢います。これだと15ユーロくらいで済むのです。途中駅もけっこうあって、これでローマに通勤、行き来している人も多いです。だから電車は混んでいました。オルヴィエート駅を降りるとすぐ目の前にケーブルカー乗り場があります。オルヴィエートの中心地に行くにはこれに乗ります。日本のゴールデンウィークはイタリアでも連休ですし、他の国々から来る人もたくさんいて観光のハイシーズンです。長蛇の列ができています。この間あさちんと来た時は平日だったこともあってガラガラだったので、その差に驚きました。ケーブルカーも満員です。先が思いやられるなあ。ケーブルカーを降りると、更にバスに乗ります。歩いても20分くらいで大聖堂の広場まで行けますが、どうせケーブルカーと同じチケットで乗れますのでバスの方がいいと思います。まず、わたしおススメ、地下洞窟のガイドツアーに参加してきました。オルヴィエートの地下はほっとんど空洞なのです。オルヴィエートに来たらコレを見なくちゃ!否、ローマで時間のある人は是非このためにオルヴィエート日帰り旅行してもいいと思います。そのくらいまみんこイチオシのスポットです。詳しくはわたしが以前来た時の日記をご覧下さい。EさんKさんも洞窟の中でしきりに「へぇーへぇー」と言っていましたよ!大聖堂を眺めて、目抜き通りを歩いて、それからチヴィタ・ディ・バーニョレージョに行くことにしました。ラツィオ州に戻ることになります。近郊の村に行く中距離バスが出る広場に行きます。時刻表もネットで調べていたので完璧!バスの停留所の場所を聞こうと観光案内所に入るとお姉さんに、「日曜はこの町、中距離バス走ってないよ」と言われてしまいました。ガーン。なんともまあのんびりな所!市内バスは走っていますが、隣町同士を結ぶ中距離バスというのが日曜日には一切運行されないそうです。それで案内のお姉さんに言われたとおり、タクシー乗り場のある鉄道駅まで戻って、タクシーを貸し切ることにしました。このようにチヴィタ・ディ・バーニョレージョにタクシーで行く人はけっこういるらしく、定額70ユーロで往復(あちらで観光のため1時間半くらい待っていてくれる)してくれるのがだいたい決まっているようです。それにしても、いくらだか知らないけれど、おそらく往復のバス運賃のことを考えたら、3人ならばタクシーの方が安上がりなのではないかと思いました。それにバスは手前のバーニョレージョまでしか行きませんが、タクシーだとチヴィタ・ディ・バーニョレージョまで入ってくれるのです。チヴィタ・ディ・バーニョレージョは、バーニョレージョの街から橋を渡っていかなければなりません。まるで崖の上に取り残されたようになっており、この約300メートルの橋でしかつながっていないのです。まるで『天空の城ラピュタ』のようで、とても不思議な光景です。【送料無料】スーパーSALE限定!【WDポイント10倍】天空の城ラピュタ価格:3,948円(税込、送料別)どうしてこのようになったかと言うと、雨や風によって浸食されていったからだそうで、将来的には無くなってしまうかもしれないのだそうです。PRドコロが「死にゆく街」という何ともさみしい村なのですけれど、この日はめちゃめちゃ観光客が多くて、「全然死にそうじゃないよねー」とみんなで言っていました。広場は人でいっぱいだし、BARも混んでいるし、めちゃめちゃ活気溢れてます。この日だけだったのかなー。綾瀬はるかちゃんの映画『ホタルノヒカリ』でロケ地の一部になったそうです。街の中はよくあるイタリアの観光地という感じで、教会が真ん中にあり、絵葉書が外に並ぶお土産屋さんや、コーヒーのいい匂いのするBARが並んでいます。あの橋を渡ってきたことも少し忘れてしまいます。ちょうどゆっくり回って1時間半くらいです。タクシーの運転手さんはさすが、よく分かっているのです。おじさんはローマのタクシー運転手にはあまり見かけない、誠実な優しい親切なタイプで、もちろんみんなにもやっているのでしょうが、写真スポットで止まってくれたり、オルヴィエートの生活の話をしてくれたりしました。お医者さんEさんと看護婦さんKさんのローマ旅行初日、スペイン階段やコロッセオやヴァチカンではなく、こんな感じで本当によかったのでしょうか?と、にわかアシスタントのわたしは思いましたが、楽しんでいたみたいなので良しということでネ!
2012年04月30日
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AKB5とはわたしのことよ!フリーマーケットで空き箱(AKB5)をはじめとする日本の物を売っています。誰に頼まれたわけでもないですが初めてのコスプレをしました~。のだめな気分。あ、大変失礼いたしました。アキさんもおそろい服でしたし、一緒にブースをシェアしている某現役女子高生も巫女さん姿。3人でやっちまいましたよ~。それにしてもコスプレする人々の気持ちがよく分かります。病みつきになりそうです…。わたしの商品はあまり売れないですけれど、いつもとても楽しいです。売れた時の満足感がわたしの場合は尚更大きいのです。今回はメンバーのどなたかの誕生日があり、みんなで祝いました。77ちゃん手作り苺ティラミスー最高おめでとうございます次回は5月27日、5周年記念フリマです。あれからもう5年も経つのですね…。在ローマの方々、是非BLACK OUTに足をお運び下さいませ。AKB5のマミがお待ちしております。
2012年04月23日
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スキピオ家代々の墓地のガイドツアーに行ってきました。スキピオと言えば、ポエニ戦争!恥ずかしながらわたくし、塩野七生の『ローマ人の物語』、一冊も読んだことがありません…。【送料無料】ローマ人の物語(4)価格:460円(税込、送料別)くすん。知識まったくナシ。だから、これほど読んでおけばよかったと悔やんだことはありません。旅ボンで作者が、Dr. コトー診療所を見ずに与那国島に行ってしまったのと同じくらいの後悔です。【送料無料】旅ボン(沖縄編)価格:1,365円(税込、送料別)紀元前3世紀にローマと北アフリカのカルタゴが地中海の覇権を争ったポエニ戦争。終結までに100年以上かかりました。第2次ポエニ戦争のカンネーの戦いでカルタゴのハンニバルが象にまたがってアルプス山脈越えをし、強敵ローマ軍を破ったエピソードは興奮モノだと思うのですが、みなさんは高校の世界史の授業を覚えていらっしゃいますか?ここは塩野七生でなければ是非、ウチの近所の73ちゃんかわたしの元同僚で大先輩のもち氏に語って頂きたいものです。第2次ポエニ戦争と言えば、アルキメデスのエピソードも有名ですね。皆さんこちらは読みましたか?【送料無料】ヘウレーカ価格:580円(税込、送料別)それはさておきスキピオ家。紀元前3世紀後半にザマの戦いでハンニバルを破った大スキピオ、そしてポエニ戦争を終結に導いた甥の小スキピオが有名です。その2人を輩出したスキピオ家は、さかのぼると紀元前298年に執政官になったルキウス・コルネリウス・スキピオ・バルバトゥスにたどり着きます。この人をはじめとするスキピオ家の人々が眠っていた墓地をわたしは見学に行ったのです。サン・セバスティアーノ門からすぐ、アッピア旧街道手前のサン・セバスティアーノ門通り9番地から入ることができます。1780年にここに住んでいた聖職者兄弟が地下のワイン貯蔵庫の工事をしていて発見したそうです。それまでスキピオ家の墓地と考えられていたのは少し先のアッピア旧街道沿いで、まったく異なる場所。現在ではそこはゲタ帝の墓と判明しています。今年に入ってから、20年ぶりに一般公開されるというので早速ガイドツアーにイローナと申し込みました。わたしたちが行ったのは文化週間だったので3ユーロの入場料も無料!見学は予約しないとできません。こちらでご確認下さい。外観はこう。壁のフレスコ画もきれい。当時はこんな感じでした。いざヘルメットをかぶって入ります。興奮!突き当たりには初代スキピオ・バルバトゥスの石棺があります。18世紀に発見された際に完全な形で残っていた石棺はこれ一つだったそうです。今、ここにあるのはレプリカで、本物はヴァチカン博物館に展示されています。アカンサスの装飾が彫られているこのドーリア式の石棺には碑文があって、その日本語訳はこちらで読むことができます。彼が執政官になったのは紀元前298年で、アッピア街道ができた(紀元前312年)直後なのです。亡くなった年も分かりませんし、墓地がいつ造られたかもはっきりとは分かりませんが、この頃であるのは確か。やはりこのアッピア街道の入り口という重要な位置にローマの名門貴族の墓地があるというのは納得です。スキピオ・バルバトゥスの曾孫が、通称、大スキピオと呼ばれるスキピオ・アフリカヌスです。彼は先祖代々の墓に入るのは嫌!と遺言したので、ここに眠っていないんです。彼の墓所は、のちにローマ初代皇帝アウグストゥスが墓参したという記録が残っていますが、今となっては場所は不明です。わたしは大スキピオと同じ空気を吸っていないんですね…。でも生前、ここに先祖のお参りくらい来たかな。一族の女性もこの中に入っていたようで、墓碑も残っています。スキピオ家で最後に活躍した人はカエサルの時代を生きており、その後、1世紀くらいは代々の墓地として保たれていたようですが、紀元後3世紀には墓地によりかかるようにして普通に邸宅が建築されてしまっています。墓地の一部は壊されてしまったようです。この辺りがローマ帝国時代の建物です。これだけでもかなり古いんですけれど、ここにいるからには「新しい」と表現せざるを得ません、この建物。中世には大理石やトラバーチン(石灰岩)の採掘場になってしまいました。スキピオ家とは関係ありませんが、敷地内にはコロンバイオやカタコンベという集合墓地の遺跡もあって、見学することができます。いずれもローマ帝国時代初期のものです。コロンバイオは遺灰を壺に入れて、それを鳩穴のような形の(雌鳩のことをイタリア語でコロンバと言います)壁のくぼみに入れる集合墓地です。ここには470人分の遺灰が収められていたようです。コロンバイオにつきましては、こちらの説明もご覧下さい。カタコンベはキリスト教が迫害されていた時代によく地下に作られた礼拝所であり集合墓地です。コロンバイオと異なり、火葬ではなく土葬です。こちらも参考にどうぞ。ところでイタリア語でスキピオはSCIPIONEです。ウチの近くにVia degli Scipioni(スキピオ一族通り)があります。スキピオは割とわたしの近くにいたんですね。
2012年04月21日
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いよいよ大会最終日。アクロバット部門を観戦します。個人戦、団体戦と分かれていて、日本からも参加者がいるのです(わたしたちのグループとは別ね)。団体部門のヒッコリーチームはなんと第3位に入りました!すごい!1位が異議アリ1位(やっぱりイタリア…)だったので、実質2位だろうと思います。しっかりした綺麗な演技でした。2位だったのはシチリアから来たこちらのチーム。迫力ありました。実質1位でしょう。観客席で見ていると、一人でいたオバちゃんが話しかけてきたので一緒に観戦することになりました。地元の人もこうして見に来るんです。かつてこの町では毎年MISS ITALIAが開催され、その様子はゴールデンタイムにTVで生中継までされていたのですが、数年前から開催地が移ってしまったのです。このピザ世界選手権が唯一の町おこしイベントなのでしょうね。ここ数日間わたしたちのおかげでいい思いをしたタクシー運転手さんも、普段は仕事が全然無いんだと嘆いていました。オバちゃんとは来年の再会を誓ってしまいましたわよ。ピザを食べながら閉会式および表彰式です。去年は最終日を待たずに帰ってしまったので、初めての参加です。栄誉を称え合っては写真を撮り合ったり連絡先を交換したり…。こちらは最後に友好を温めたルクセンブルクからのかわいい参加者です。フランス語ができたらどんなに良かったか…。日本の平安を祈る千羽鶴も世界中の色々なピザ好きが友好の証に持って帰りました。とにかく楽しい3日間でした。メンバーの皆様、親切にして頂きどうもありがとうございました。何て素晴らしい参加者の皆様だったんでしょう!そして食材や調理器具などを頂きまして本当にありがとうございました。おかげでわたしの一週間の食卓が潤ったのは言うまでもありません。来年もピザ世界選手権はサルソマッジョーレ・テルメにて春先に行われることと思います。出発のツアーをわたしの先輩が作っています。参戦したい、あるいは観戦したいというピザ好きの方は、ツアー主催者のブログをチェックしてみて下さいね。
2012年04月19日
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わたしたちのグループは個人戦参加者5名、うち2名が定番ピザ部門に加えてナポリ(マルゲリータ)ピザ部門の2種目出場です。それに加えてわたしのような応援人員がいて、総勢13人の大所帯です。様子を見つつ、出場の手続きをしました。受付は、昨年、親切にもわたしのグラビアが掲載されたPizza e pasta italiana誌をこれっす。これ。5冊も郵送してくれたカテリーナ女史。手前の黒髪のお姉さんですが、マヌエーラ・アルクリ似の超美人です。みんなのピザ作りに賭ける情熱がよく伝わってきました。作り方もそうでしょうが、具材の種類や産地にもとてもこだわって、焼き上がった時に「おいしそ~う」と思わず声が出てしまう、そんなピザを作ってくれました。札幌のYちゃんは2種目出場。前の日からピザの説明をイタリア語で言おうと(イタリア語できないにもかかわらず!)一生懸命練習していました。若くて美しい細腕の女性ですので、ギャラリーの数が凄いのなんのって!カメラ小僧の数がまるで秋葉原のようでした。隣で去年の準優勝の人が焼いていたらしいですが誰も見向きもしなかったとか…。インタビューまで受けてしまいましたね。マルゲリータに秘密を加えた、既に日本の某所で人気のピザ。ボスのおいしい挽き肉のピザ。塩麹でじっくり味付けした鶏がのったピザ。ちらし寿司の具をのせた美しいピザ。順位は付きましたけれど、わたしにとってはこれらのピザがどれも一等賞です!メンバーの健闘はこちらでも写真付きで見られます。是非ご覧下さい。今年も世界中のピザ職人たちとお話しました。去年知り合ったパドヴァ近郊のマッシモは9位に入っていました!今年も会えて本当に嬉しかったです。サレルノ出身で、現在はダブリンに住んでいるアイルランド代表のヴィンチェンツォ。ナポリピザ部門で2位に入りました。彼女のヴァレリアとも仲良くなりました。あたくしチョー顔でかいっすね…。わたしは幸い、(頼りなさすぎる)通訳として選手たちのそばにいたので、自分も参加しているような気持ちになりました。ピザ生地や具の一つ一つまで愛おしく思いました。本当に楽しかったのです。そして、その腕だけでお客さんの舌を喜ばせ、生計を立ててしまうという彼らを、手に職のないわたしはとてもうらやましく思いました。そして少しでも一緒にいられたことを誇らしく思いましたよ。お疲れ様でした!
2012年04月18日
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ピザ世界選手権@サルソマッジョーレ・テルメです。会期は月曜日から3日間。月曜日は会場の下見と、翌日の本番に向けての買い物、そして下ごしらえをすることにしました。会場はこんな感じです。きっと町で一番大きな体育館…。競技はもうはじまっていますけれど、わたしたちは2日目にエントリーすることにします。今日のところは、選手権のロゴの入ったTシャツを買ったり、ピザ生地を作ったりします。それからスーパーに買い出しに行きました。お昼は去年も来ました、こちらBel Sit。人数が多いので食いっぱぐれないように頑張ります。通常日本人相手だとあまり心配ないのですが、今回は例外。大勢の料理人が相手なのです。ピザやらパスタやら野菜やらたくさん食べました。そして食後は薔薇の形を作ってくれるジェラート屋さんへ。ちょっと寒かったですけれどデザートは必須!それから翌日の準備をしました。あたくしも~。嘘です。シェフが賄いのクレスペッレを味見させてくれました。シェフと助手のエトラちゃんの勧めもあり、この日の夕食はホテルの素敵なレストランで頂きます。しかし…。さっきのクレスペッレのせいで一同ちっともお腹が空いていません…。すごいボリューム…。生ハムやサラミたちと、ニョッコ・フリットというエミリア・ロマーニャ州の揚げピザです。前菜として一緒に食べます。やっぱりワイン飲めたらいいでしょうね…。下戸のわたしは残念です。このあとのお肉はじぇんじぇん食べられませんでした…。ごめん豚さん…。おなじみSASA姐さんのブログと、ボスのブログもご覧下さい。
2012年04月17日
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冬休みを取らず、日本に行けなくて悲しかったわたしが待ちに待っていた旅行です!エミリア・ロマーニャ州、サルソマッジョーレ・テルメで行われるピザ世界選手権の日本人参加者の応援に行ってきます。去年電車に乗り遅れた辛い思い出がありますので、今回は余裕を持った旅程にしました。12時36分ローマ・テルミニ駅発のミラノ中央駅行きに乗ります。ゆっくり4泊するので電車代はケチろうと思い、安い急行列車インターシティにしたら、疲れました…。コンパートメントの席なものですから、狭いし、落ち着きのないナポリ人の若者たちに囲まれるし…。20ユーロくらいの差なんだから特急にすればよかったかな…。でも荷物多いのに乗り換えはきついので(特急だとボローニャとパルマかフィデンツァの2回乗り換えだけど、急行だとフィデンツァまで一本)、やっぱり1時間長くても急行でよかったかな。一長一短の電車選択です。ずっと読みたかった宮尾登美子の『きのね』をおもむろに出して読み始めると、【送料無料】きのね(上巻)価格:700円(税込、送料別)6席のコンパートメントのうち3席を占めていた女の子2人男の子1人ナポリ人グループ、「何?何?」と興味津々。1人で乗っていた別のナポリ人の女の子も加わって、まみんこプレゼンツ、日本語のレクチャーが始まりました。しかし…。この19歳3人組の彼ら同士の会話は1%しか分かりません。どこか他の国で聞いたら、イタリア語だってことも気付かないかもしれません。ナポリ弁ってすごいです。ローマ弁はアクセントの特徴が主なので、慣れれば分かりますが、ナポリ弁は他言語みたいに聞こえます…。ボローニャで、やはりナポリから乗ってきていたおばさんが降りて、入れ違えに3人組と同じ年頃の女の子が乗り込んできました。聞けばラヴェンナの大学生。たたずまいが違う…。ナポリ人3人ジャージだし…。それにしても電車内が必ずこういうコミニュケーションの場になるのが、イタリアのいいところだと思います。『きのね』は落ち着いて読めなかったけどね。それから、コンパートメント内の誰かが降りる時には唯一の男の子、必ず荷物の上げ下げを手伝ってくれていました。これも日本では有り得ない、イタリアの良い点です。当たり前のように「手伝ってくれる?」「いいよ」の会話ができるって素敵です。フィデンツァでローカル線に乗り換えて、10分弱でサルソマッジョーレ・テルメ駅に着きます。去年一度来ているので、もう慣れたものです。駅からホテルまでは歩いて15分くらい。途中で雨が降ってきました。泊まる所は去年もお世話になったグラン・ホテル・レジーナ。スタッフも、もはやみんな知り合いです。わたしの予約は名字ではなく「マミ」で入っていました…。すごい扱い…。建物は貴族の邸宅を改装していて、内装がとても素敵です。お部屋は5階で、バルコニーと浴槽付き!やった!お腹が空いたのでホテル内のレストランに行きます。厨房にお邪魔。シェフとアシスタント・シェフのエトラとは去年お友達になりました。他の日本の団体も入っていてお忙しいところでしたので、おしゃべりもそこそこに、わたしは席に着きました。何も言わずとも出てくるパルマ産の生ハム(ここはパルマに近いのです)~。「肉が食べたい!」と言ったらわたしの理想のミディアムに焼いてくれた牛フィレ。おいしいです!ホテルのレストランでのこんな一人ディナーは贅沢だけど、自分へのご褒美と言い訳をして味わってしまいました。幸せだ~。SASA姐さんから、ミラノのリナーテ空港をバスで出発したとの電話が入りました。これからロビーに下りて11名様お出迎えです!
2012年04月16日
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復活祭の日曜日には、イタリア人は家族や親戚一同で食卓を囲んだり、小旅行したりします。月曜日もパスクエッタと言って連休になり、この日はピクニックに行く人が多いです日曜日、わたしは鯛ちえに誘われてMIMOちゃんと4人でカッファレッラ公園にバーベキューに行ってきました。天気予報は雨で、確かに雲は厚いのですが、晴れていました。豚バラ~、日本の焼肉のタレに漬かってくれた牛肉~、サルシッチャ~(イタリアのソーセージ)。外でみんなで食べる炭火焼きは本当においしいです。この公園はローマ市内とは思えないほど広大で、何にもありません。草原だけ。馬で駆けている人が通りかかります。そのうちに羊の群れがやってきて、「ここはどこ~?」と思います。羊を追うわたくし~。ペーター?復活祭だから『聖☆おにいさん』読んだ。よしっ(関係ない)。【送料無料】聖☆おにいさん(4)価格:580円(税込、送料別)
2012年04月09日
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もちろん今週も映画無料パスを使います。イギリス映画THE BEST EXOTIC MARIGOLD HOTELをちゃこちゃんと観てきました。主人公は老後をインドで暮らすことに決めたお年寄りたち。ムンバイのどうしようもないリゾートホテルで生活をすることになります。カルチャーショックを受けたり、友情、愛情を育んだり、過去を後悔したり。だんだん強くなっていくオトナたちがとても魅力的でした。それにしてもマギー・スミスとジュディー・デンチはすごい女優です。日本で同じ設定の映画を作ることは不可能でしょう…。ちゃこちゃんとわたしはスープの冷めない距離に住んでいます。映画館も近所で、映画が終わってから並びにある12時まで開いているマックでクリスピーマックベーコンのセットを食べて帰りました。2人ともこんなローマのジャパニーズ腰掛け(!?)OL。*昨日の映画 IL FILM CHE HO VISTO IERI*MARIGOLD HOTEL (2012年・イギリス)日本未公開原題“THE BEST EXOTIC MARIGOLD HOTEL”監督*ジョン・マッデン出演*ジュディ・デンチ&ビル・ナイ
2012年04月04日
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ローマからバスで1時間弱のザガローロという町におもちゃ博物館があります。人口1万7千人ほどの小さな町です。石巻の渡波(わたのは)小学校の児童たちが瓦礫の中から生活用品を拾っておもちゃを作ったのですが、それらがそこで展示されているというので見に行ってきました。オープニングに行ったという友人risoちゃんのブログです。同行F氏のブログです。作品を見ているだけだと分からないけれど、この子たちが置かれた状況や何枚か展示されている学校の写真を見ると胸の詰まる思いです。よく見ると、「いくら」と書いてある木箱など、海産物加工品の入れ物を使った作品もニ、三あって、これを作っていた工場はどうしているのだろうかと思います。このフライパンを、ほうきを、ザルを、たらいを使っていた家族は?それにしても子供の力って本当にすごいと思いました。津波の被害の深刻さを改めて考えさせるとともに、作品で思い切り笑わせてくれます。作者たちはこの機会にザガローロに数日滞在したそうです。おもちゃ博物館はロスピリオージ宮の中にあります。昔なつかしのおもちゃがたくさん展示されている、大人が楽しめる博物館です。童心に返った大人その1、risoちゃんのブログはこちら。童心に返った大人その2、F氏のブログはこちら。もちろんヨーロッパの物がほとんどですが、日本製の物もあって、探してみたりするのも楽しいですよ。おもちゃは万国共通なんだ!ということが分かると思います。お昼は同僚のセルジョが知り合いの店を紹介してくれました。住所も電話番号も教えてもらわず、「行けば分かる」と店名だけ聞いて行ったのですが…本当に分かりました。それだけこの町の中心地は小さいのです。渡波小学校の児童たちも食べに来たとご主人のタンクレディが言っていました。それからバスで10分ほどの隣町パレストリーナに行きました。紀元前9世紀には既に存在していたとても古い町で、紀元前2世紀のフォルトゥーナ神殿の神託は古代ローマにとって、とても大事な存在だったそうです。これは神殿の模型。ローマにプレネスティーナ通りというのがありますが、これはローマとパレストリーナを結ぶ街道、という意味です。パレストリーナのラテン語がプレネステなのです。丘の上にある涼しい町なので、歴代皇帝の避暑地としても使われたそうです。フォルトゥーナ神殿の遺跡は、第二次世界大戦の際にアメリカ軍の爆撃を受けたことにより発見されました。この丘の上にあるバルベリーニ宮殿は現在、考古学博物館となっており、神殿にあったものはもちろん、パレストリーナ内や周辺の町からの発掘品がたくさん所蔵されています。『テルマエ・ロマエ』でおなじみのストリジル!中でも有名なのが紀元前2世紀の『ナイル川のモザイク』です。エジプトのナイル川の氾濫の様子をアレクサンドリアの絵師たちが描いたものだそうです。なんだか漫画とか『鳥獣戯画』でも見ているようでとてもおもしろいですが、これはモザイクなんですね~。スゴイ!世界でも超有名な価値あるモザイクなのだそうです。そうでしょう、そうでしょう。同行ヴェネツィアのF氏の日記はしばしお待ちを…。
2012年04月03日
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昨年10月に震災チャリティーとして催したイベントの第二回なのだそうです。午後4時からポポロ広場近くの有名なベジタリアンのレストランで日本文化祭が行われ、お手伝いに行ってきました。入場料はあしなが育英会を通して震災で親を亡くした子供たちに役立つよう、寄付されます。童謡のコーラス、書道、茶道、華道のデモンストレーションがあり、着物のファッションショー、最後に折り紙をみんなで折ってみるという流れで、途中から来た人でも見られるように合計2回行われました。書道やお茶、生け花はみんな写真を撮っていましたし、着物のファッションショーなんてみんなアキバのカメラ小僧のようでした。よかったのが、着物の仕組みや用途などを分かりやすく説明していたことです。複数形にする時、キモノをキモニ(KIMONI)と言ってしまうイタリア人(Oで終わる名詞は複数形だとIになったりする)、日本の文化が身近になったかなあ。家族連れもいて、みんなで最後に一緒におそるおそる折り紙を折っている様子が微笑ましかったです。わたしは籤引きのコーナーを手伝いました。こうやって日本に興味を持ってくれる人がいることは本当にありがたいことです。わたしにできることがこのくらいしかないのがもどかしいです。
2012年04月02日
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ルー・タバキン様に会ってきましたよ~。ちょっとお年を召したかな~と思いましたが、タバキン節は健在!近所のALEXANDERPLATZというライブハウスに来たのです。日程表が出た時から楽しみにしていて、鯛ちえと技術屋さんとMIMOちゃんを誘って行きました。ここにはタバキン様は2009年にも来ていて、その時は共演者もチョーよくて、演奏に興奮したものです。今回はあんまり息が合っていない感じがしました…。ベーシストはI台湾と書いてあるTシャツを着ていました…。怪しい…。
2012年04月01日
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