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わたしが初回から参加している日本人フリーマーケットが5周年を迎えました。主催者のamopunちゃんそしてぴーちゃんは頑張り屋さんですなー。ただ参加だけしている者としては頭が下がる思いです。毎回フリマ友に会って本来の仕事を忘れてダベりまくったり、おいしいものを食べまくったり、その上に自分の不要品を買ってもらえるというのがねー、とても楽しいのですよ。お客様は神様です。今回はマブダチの某現役女子高生にお化粧をしてもらいました。この子はね、もうロープですよ、ロープ。日本のコギャルみたいなメイク(わたしはコギャルではない)。みんなに大好評でした。あまりにもウケがよかったので毎日すればモテ期も来ると思うのですが、朝11時の出勤の場合には朝7時くらいからメイクをしなくてはいけないのは辛いので、やりません。今回は他にもたくさんのイベントがありました(ちなみにマミ化粧は別にイベントでも何でもありません)。わたしは二次会で『渚のシンドバッド』を歌いました。これからも参加していきたいです。皆さんよろしくお願いします。
2012年05月28日
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今年もまた乳がん撲滅をうたってイタリア四都市で行われるミニマラソンRACE FOR THE CUREに参加してきました。去年の日記はこちらをご覧下さい。今年も5kmウォーキングの部に参加しました。今回、一緒に歩いてくれるのはKuriemonちゃんです。雨が降る降ると予報されていた日曜日でしたが、午前中はなんとか持ちました、ホッ。Kuriemonちゃんは万歩計を常備している、ウォーキングの師です。とろいわたしは早歩きをしきりに催促され、てくてくてくてくローマの中心地を歩いてきました。Kuriemonちゃんは真実の口に差し掛かったところで、本気で口に手を入れようとコースを外れかけたのですが、長蛇の列だったので断念しました。何という人でしょう。と思ったら、後で聞いた話ですが、同僚のパオラと彼女のお姉さんはコロッセオ付近でなんとBARに立ち寄って、カップッチーノをのんびり飲んでいたのだそうです。フォーリ・インペリアーリ通りではローマ近郊のちびっこミニ・バレーボール大会が行われており、サーブ、レシーブしている子供の数より突っ立ってる親の数の方が多くて、「さすがイタリアねー」と思いました。そこでジュースも配っているのですが、「子供だけだよ」とボール紙に書いてあり、こちらも「さすがイタリアねー」ってトコです。コロッセオの坂道を上るともうゴールはすぐです。雨が降らないで良かった~。5km走ったイローナは15分くらい前に着いていたそうです。イローナのブログはこちら。スポーツの後はすがすがしい気分。ってたったの5kmだけど、ジャージを着て、よーいドン、って大勢でコースの決まっているところを歩くと、まるで運動会に参加したような気持ちになるのでした。おまけに早起きしたから三文の徳。スポンサーの試供品は今年は何ももらえなかったけれど、乳がん撲滅運動の寄付なのだから、何かに役立つと思えば善しだわ。
2012年05月21日
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別府俊紘氏のガーゼ服の展覧会に行ってきました。氏は医療用ガーゼとエコ染料で服を作っていて、その展示会とファッションショーがローマで行われたのです。ガーゼ服は夏は涼しく冬は暖かいのだそうです。とてもお洒落でイタリア人のセンスに合っているような気がしました。ヒッピーみたいにダラッと着るのもあれば、ドレスのようにふわっと着られるのもあるし、カチッとジャケットに合わせられそうなのもあります。多様性が意外です。イタリア人の女の子たちのファッションショーはとても良かったです。同時に行われた、歌とピアノとバイオリンのコンサートも素敵でした。日本人のミュージシャンがやはりガーゼ服を着て、日本の童謡を奏でてくれました。それから、展覧会場となったアトリエがすごい建物でして、これがまあ何ともびっくり、遺跡の一部なのです。以前に見学したことのあるインスラ(古代ローマのアパート)跡も近くにありますから、さもありなん、なのです。ここもインスラか倉庫だったのでしょう。きっとこの辺りで見付かったのであろう大理石の彫刻は、どこかの壁を装飾していたに違いありません。地下遺跡を見ると興奮してしまいます、わたし。ところで、別府氏の略歴を拝見していて、あるところに、むむっ、と注目してしまいました。元宮崎南高校の先生という肩書き…。今、旬の男、堺雅人サマの出身校です!我ながら、好きな俳優とは言え、出身校までよく覚えているなー。展覧会の写真はこちらも是非ご覧下さい。
2012年05月20日
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愛着のあったBARヴェネリーナが閉まってからわたしが毎朝イタリア式の朝食をどこで取っているのかと言うと、今のところ2軒、半々の割合で通っています。1軒は何年か前にできたばかりのSORPASSOという店で、昼はレストラン、夜は飲み屋として営業していて、いつも外まで人が溢れています。ベルナルド・ベルトルッチ監督の最新作“IO E TE”でもロケで使われました。ローマにはあまり無い、新しい洒落たタイプの喫茶店。カップッチーノの値段は1,50ユーロと、とても高いです。仕切っているのは全員女性で、これもイタリアのBARにしては珍しいと思います。もう1軒は老舗のOTTAVIANI。無口なオジさん(失礼、お兄さん)がおいしいカップッチーノを入れてくれます。レジには少し耳の遠い、でもなぜか暗算が速いおばあちゃんが座っています。いずれのBARにしても、もう何も言わずとも、カップッチーノとりんごのケーキ、もしくは牛乳クリームのパイが勝手に出てくるようになりました。後者、老舗の店の方で、マルチェッロおじさんの入れてくれたカップッチーノを飲んでいると、常連っぽいおじいさんが、「中国人?」と聞いてきました。まあ失礼な爺さんねー、と思ったものの、ここはこれから通いたいBARなので、常連が相手ということもあり、「ニッポンジンだ」と答えてやると、「わしゃ、日本のキャノンで初めてドルチェ・ヴィータを撮ったんだ」と言うのです。で、「シンブン、シンブン」と、唯一知っているらしい日本語を連発するのです。どうやら日本の新聞に載ったことがある、と言いたいらしいです。“LA DOLCE VITA”(1960年、邦題『甘い生活』)というフェデリコ・フェリーニ監督の映画は知っていますが、それを「ドルチェ・ヴィータを撮った」という風に突然言われてもいまいち何のことか分からなくて、「あなたは写真家ですか?」と聞いてみたら、本人ではなく、同じく常連でそこでモーニングコーヒーをたまたま飲んでいた清掃局のお兄さんが、「この人は有名なパパラッチなんだよ」と説明してくれました。画家でもあり、このBARに飾ってあるいくつかの風景画もおじいさんが描いたと言うのです。ドルチェ・ヴィータというのは、1950年代にローマで上流階級の人々がやって見せた、豪奢で、だけどちょっと退廃的な日常生活のことで、芸能人をはじめとする著名人たちが、毎日ヴェネト通りの高級なレストランでアンニュイな感じでワイングラスを傾けていました。これを題材にしたのが映画『甘い生活』です。【送料無料】甘い生活 デジタルリマスター版価格:3,192円(税込、送料別)そしてその著名人たちのゴシップをバシバシ写真に撮ったのがパパラッチですが、イタリア語で正しくはパパラッツォ(複数形はパパラッツィ)。『甘い生活』に出てくる主人公の友人であるゴシップ写真家の名前がパパラッツォくんだったことからこの言葉が生まれました。わたしに「中国人?」と聞いてきたこのジイさんは有名なパパラッツォだったのです。一旦外に出て、戻ってきたおじいさんは、本と新聞紙を持ってきました。「これ、わしの自伝。こっちはわしが描いた絵。あんたにあげる。」と思いがけなくもプレゼントをくれました。このおじいさんは、フェデリコ・フェリーニ、マルチェッロ・マストロヤンニはもちろん、グレタ・ガルボやゲイリー・クーパー、歴代のローマ法王などさまざまな有名人を撮った、イタリア社会の生き証人なのです。ローマに来たばかりの頃、タツィオ・セッキャローリというパパラッチの写真展を見に行ったことがあって、それがとてもおもしろかったのですけれど、わたしが知り合ったカルロじいさんの展覧会も見てみたいなあ。カルロじいさんが使っていたのがキャノンのカメラだったから、日本人のわたしは声を掛けてもらえたのです。日本のカメラを世界に出してくれた先人たちよ、ありがとう。出会いっておもしろいものだなあ、と思いました。
2012年05月20日
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