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私は運動系が苦手で体育会系のクラブに属した事は1度もない。だからその実態は全く見当がつかないのだが、自殺にまで追い込んだとなると、そこには登校に対する恐怖があったと考えるべきだろう。教師による「いじめ」とも言えるだろう。
合唱団は文科系と言いながらかなり体の使い方を工夫しなければならない、最も体育会に近いサークルでもあった。 今はあまりやらないかも知れないが、腹筋を鍛えるためにおなかに人を乗せて発声したり、上体起こしもやらされた。仮に「いやだな」と思っても恐怖には遥かに及ばない。上級生も手加減して「俺に乗ってみろ」と言うような平等感?も持たせたものだ。
およそ力づくで言うことを聞かせると言うのは教育ではなく調教だろう。拡大解釈すれば障害児の行動療法もそんな一面がある。良い行動の時には褒美がもらえ、悪いときには罰が与えられるようなものだ。まあ仕事でもそういう面はあるが、暴力は論外。
体罰で停職処分を受けた教師を被害を受けた生徒が卒業したからまた顧問につけたなどというのは論外だろう。尤も、高校によってはなり手も少ないかもしれない。底辺校なら生徒も生徒だと言うが それは教育の放棄とも言うべきだろう。また、そういう格差を作る制度にも問題がある。
しかし教師が忙し過ぎるのも事実。しかも正規採用でない不安定な身分から始まる場合が少なくない。少子化の過渡期にやむを得ない場合もあるかも知れないが、もとはといえば教育予算が貧困化している事にある。むしろ若人作りに思い切って投資すべきだろう。教師ないし講師を増やし、課外は町のリーダーやOBを使う。 建設的な意見を通す事がどれだけ若者の背中を押すことか。
自民政権は津波に耐える構造物はないのになお国土強靭などと夢のような事を言う。また「三本の矢」の後ろには「借金/負債」と言う大きな弓がある事もアピールすべきだ。 そして動くのは人材なのだ。「考える若者作り」が国を救う。
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