老父のつぶやき

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2024年03月12日
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カテゴリ: 視・紙・誌面から
東日本大震災から13年。まだ現役だった頃だが、兵庫県に住む私はほとんど影響がなかった。電子顕微鏡室を出たら、「東北で大地震があったってよ」と聞かされた。電子顕微鏡室は暗室同然で、まあ孤立状態みたいなものだ。

ニュースでは津波の情報、それも映像が流れて、真っ黒な水に家やら自動車やらが巻き込まれてぶつかりながら川をさかのぼって行く様子を見て、これは大変な事になったなと思った。幸か不幸か、関東地方には親戚も特に親しい人もいない。どう見ても傍観者だが、ただ驚いた。

阪神の時には家も揺れ、怖かったが、津波の被害は少なかったと思う。神戸では大きな火災が起きたが、水の被害はなかったのでそれよりはマシだったかも知れない。何もかもがぐじゃぐじゃになったのが東日本だった。船がビルの上にあったり、信じられないような光景だった。

原発事故が起きたのは翌日だったと思う。メルトダウンと言う言葉はゲームの世界では知っていたが、それが現実に起きるとは思わなかった。当時X線回折装置も使っていたが、被爆バッジを取り扱っている会社が「暫く営業が出来ない」と言ってきたり、原料が入ってこないと言うような会社の生産にかかわる自体になったのはすぐ後だった。

避難のスケールが大きく、当事者のコミュニティも壊された。「ともかく逃げろ」がれきと放射能から逃れる人たちはこの上なく痛めつけられた事だろう。亡くなった人はもちろん、生き残った人にも、気の毒としか言いようがない。わが家の近所に、福島の人と縁があり、義理のお母さんがたまたま来ていたと言う人が住んでいるが、1週間も滞在する羽目になったと言う事を後日聞いた。

それから5年後のこの日、弟が大腸がんで亡くなった。3/11は何かと思いのある日になった。





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最終更新日  2024年03月12日 21時44分03秒
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