りぃ-子の SCRAP BOOK

りぃ-子の SCRAP BOOK

PR

×

プロフィール

りぃー子

りぃー子

コメント新着

りぃー子 @ Re[1]:庭仕事引退?(12/02) レオンpapaさんへ おんなじですね! 少し…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

2016.10.02
XML
NHK もっとドキュメンタリー  もう一人のアンネ を観ました。
ホロコーストを生き抜いた女性エヴェは、今91歳。

彼女は生きて終戦を迎えられたけれど、心の傷を癒せず普通の精神状態での子育ては難しかったため、娘は母の心がいつもここにはないように感じていたという。

エヴァの母親はいったんガス室に送られ、死んだと思っていたのだが、その後生き残った事がわかる。
エヴァの心の傷で最も大きかったであろう一つが、男女分けられた収容所で、たまたま父の姿をみかけ、父に母の消息を尋ねられたとき、彼女は「死んだ」と言ってしまったことだった。
その時は死んだと思っていたので、どうしょうもないことなのに、終戦後母と再会できてから、彼女はその事を伝えたせいで父は生きる気力を失ってしまったのだと、自分を責める。
今までずっと悲しみを口に出すことができなかったエヴァが、その事を初めてアウシュビッツ現地収容所の跡地で娘に話し、その母を受け止め癒そうとする娘。

母子の気持ちが初めてつながったようだった。

戦後同じ思いをしたアンネ・フランクの父親と会うのだが、不思議な縁でアンネの父とエヴァの母が再婚し、アンネはもう他界しているが、エヴァとアンネは義理の姉妹となったのだった。

エヴァはやっと自分の体験を若い人に語りだすのだが、アンネと同じく自分の兄も個性豊かな一人だったのに、誰もそれを知らない、もっと知ってほしいと語る。

又、「アンネの日記」が1947に出版され、ベストセラーになったとき違和感を感じたという。
なぜ世間の人は「隠れ家の生活」にはこんなに興味を持つのに、ほかの事を知ろうとしないのだろう、と。

アンネはベルゲン・ベルゼン収容所でチフスで死んでしまうので、日記には収容所の記述がない。
人々はそこから踏み込もうとしなかった。

当時はあまりに生々し過ぎたのかもしれないけれど、それからの歴史の中では、映画や本でも随分描かれてきたように思う・・・

心に傷を負って生きる事は辛いけど、でもそれでも生き抜いてきた彼女。
90歳を超えてから、癒される事もあるのだな。

彼女の母は、ガス室に行くとき、「40歳まで生きられたのだから、良い人生だった」と腹をくくったという。

いろいろ感じることが多い番組だった。










お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.10.02 20:09:04
コメント(0) | コメントを書く
[本 映画 TV 音楽 美術 など] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: