May 23, 2013
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カテゴリ: 読書日記
いくつか留保はつくが、この本は良書だった。著者は1948年生まれで1979年にサウジアラビア大学を卒業したという異色の経歴の持ち主。まるで何十年も中東を歩き回って得たのではないかと思わせる「地に足のついた」説明に「そうだったのか」と気づかされることが多く、類書を何十冊か読むよりも有益と感じた。

2001年10月の発行だから、9・11テロを受けて急きょ書かれたものと思われる。が、急ごしらえの印象はまったくない点に著者の該博ぶりがうかがえる。

イスラムとアラブ、宗教と政治、民族と国家、原理主義と西洋コンプレックス、こういったことがどう関係し対立しているかが非常によく整理されている。重要なのは外形的な説明ではなく、人々の内面、どういう気持ちやイデオロギーや信条で行動しているかまで踏み込んでいる点。そのためなるほどと納得できることが多い。「100の質問に答える」という形式で書かれているのも理解を助ける。イスラム原理主義に関しては、質問を立てることさえ困難なほど情報が乏しい中、そうそう、それが知りたかったという話がテンポよく繰り出されていく。

最近もロンドンでテロがあったが、「宗教はおそろしい」といった短絡的な見方をする人が多いのに驚く。自爆テロ犯など「アタマのおかしい狂信者」と片づけられてしまう。しかしそれは思考停止というものだ。

誰が好きこのんで自爆テロを行うだろうか。極刑や長期投獄を覚悟して行動を起こすだろうか。やむにやまれぬ人間的な動機があるのではと、なぜ疑問を持つことができないのだろうか。

この著者にはイデオロギー的なものがまったく感じられないのが本書の価値を高めている。この本は講談社の本だが、これが新潮や文春や角川の本だったら手にとって見ることも、結局、読むこともなかっただろう。

この本を読む限りでは著者自身は穏健な平和主義者と見える。それは、和平プロセスを推進する世俗イスラムを支持し、イスラム原理主義をその妨害者とする叙述からもうかがえる。留保をつける最大のポイントはこの点である。

「女性問題」が橋下徹のような価値観と認識を持つ「男性問題」であるように、パレスチナ問題はパレスチナではなくイスラエル問題である。イスラエル建国そのものがパレスチナ侵略であり、「和平プロセス」はイスラエルの存在を許容する妥協でしかない、そういう立場にもかなりの正当性がある。著者はイスラエル建国について事実を淡々と叙述しているだけだが、そういう姿勢がイスラエル建国=パレスチナ侵略を擁護する立場であることを自己暴露してしまっている。

日本赤軍によるリッダ闘争についての叙述には明らかな間違いがある。中東の専門家として致命的といえるミスである。さらに、著者が学生時代にその渦中にあったはずの全共闘運動や新左翼運動の活動家に対する無理解がうかがえる。

新左翼や左翼運動は、(これが彼らの弱さでもあるのだが)たとえ主観的であれ大衆の支持を得ようとして行動している。明らかに敵として立ち現れてくる人間以外は、潜在的には味方として獲得すべき対象としてとらえている。国家権力を掌握したばあいはまた別だが、それまでは、政治的にマイナスになることは極力避けようとするのであり、観光客を無差別に銃撃することなど、あるはずがないのだ。

リッダ闘争ではイスラエル警察の乱射によって一般市民に多くの犠牲が出たのである。「自爆」したことになっている安田安之は、誰かが投げた手榴弾が壁に当たってしまい、乗客に被害が及ぶのを防ぐために手榴弾におおいかぶさったのだ。「自爆」したのではないし、するはずもない。ウィキペディアなどでは、相変わらずデマが流布されているが(リッダ闘争の項目)、少しでも事情に通じた人たちの間では、リッダ闘争直後から知られていたことだ。

これは、イスラエルが流す情報に対しての警戒心のなさを示している。一般人ならともかく、ジャーナリストとしては失格だ。

しかしこのように致命的な弱点をかかえながらも、この本は読むだけでなく所有する価値がある。ふと感じた疑問の答えのほとんどはこの本に書かれていると思うからだ。

ひとつ目を大きく啓かれる思いを味わったのは、共産主義もアナーキズムもファシズムも民族主義もリベラリズムも、イスラム原理主義にとっては「西欧産のもの」であり「西欧の生み出した虚ろな思想でしかない」という指摘。イスラム原理主義の「反欧米」の根の深さは冒頭から指摘されているが、なぜこの地域でこうした勢力が力を持てないかがわかった。

日本にイスラム教が根付かない理由としてあげられた、外面規範を嫌う日本人は徹底した「内面信仰の徒」であるという指摘(そのためにリーガルマインドが希薄だという)にも目からウロコが落ちる思いだった。

これは日本人だけの特性ではないと思うが、外面規範を苦手とする民族性がなぜ形作られたかは別個の問題として考察してみたいと思わせた。

久しぶりに「知らないことを知る」興奮のうちに読み終えた本。





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最終更新日  May 23, 2013 02:45:46 PM
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