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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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あらためて宮本顕治著『網走の覚書 』を読んでます
『網走の覚書
(
増補版
)
』
(
宮本顕治著 新日本文庫
1984
年
4
月刊
)を読み直しています。
この本は、二部構成になっていて、第一部は、戦前の社会の中で、宮本氏の社会科学への認識史と、それがくぐった試練を、 9 つの随想的小論で紹介しています。第二部は宮本百合子についての 8 つの論説からなっています。
今回、読み直しているんですが、そのきっかけは 「
9
月のみかん農夫のまとめ」です。
学習するにあたり、ないし学習したことを整理するにあたって、学習テーマの柱建てをしておく必要を感じたんですが、それはそうした考え方をどこかで聞いていたことを思い出したんですね。それであらためて確認してみたんです。
この柱建ては、この本の中の「私の読書遍歴」に出てきます。
この小論は、文庫で
4
ページと短いものですが、最初は「日本読書新聞」
1952
年
3
月
12
日号に掲載されたものだそうです。
それは
1930
年代のことですが、宮本氏は特高警察にとらわれて監獄に拘束されたこと。その獄中にあって、なんと学習計画を建てたそうなんです。そのことが紹介されているんですね。宮本氏は、共産党の活動の為、治安維持法違反で逮捕された。
25
歳くらいの時のこと。市ヶ谷の未決監では、
3
冊に限り監房に置くことが出来たのだそうです。
そうした条件の下で建てた学習計画について、後年になって紹介しているわけです。
「そこで、基礎的勉強に眼目をおき、自分で読書部門を六部門-
1.
現代についての具体的知識、
2.
社会経済史、
3.
マルクス主義の三つの源泉といわれる近代古典、
4.
文学・芸術、
5.
語学、
6.
軍事科学等-に分けて始めたコースで初年度は約
170
冊読んだ。」
(P49
- 50)
この柱建てして学習するというのは、一般に小学生でも学校で、算数、国語、理科、社会などの教科をたてて学習しているように、状況は違いますが諸科学を全体的に学習していく上で、一つのやり方だったと思います。
だいぶ以前ですが、私もこの本を読んでいたんですが。どうしたわけか、その柱建ての考え方を思い出して、読み返してみたんです。そして、このやり方を私なりに応用してみようと思って、いろいろ試みだしてみたんですね。
それがこの本を読み直すきっかけだったんですが。
しかし、読み直してみると、重要な点は、たんに学習の仕方の問題だけにとどまらないことを感じ出しているんですね。
まだ『網走の覚書』は、第一部しか読み直せてはいませんが。
今回、その第一部の 9
本の小論を読み直してみたのですが。
その内には「小林多喜二とその戦友たち」という講演がありました。
これは 1973
年 2
月 20
日に神田・共立講堂で行われたものだそうですが、この著作の論文は、全般的には 1950
年代に書かれた作品がほとんどだったんですが、
この講演は「小林多喜二没後40周年記念の夕べ」でのものだそうです。じつは私もこの講演を直接に生で聞いていたんですね。
今回、あらためて読み見直してみて感じさせられるんですが、説いている話の筋は大体覚えていて了解するんですが、その根拠となっている材料については、はっきりとした記憶がない、いいかげんなんですね。
たとえば、この講演の中に出てくるんですが、終戦の直後に志賀直哉が書いたという『灰色の月』という短い文章が紹介されてます。「戦後のいろんな社会的混乱をリアルに描いた」もので、志賀直哉の「現実主義者」としての性格を示していることの根拠として紹介されてるんです。
他方話の筋としては、講演のなかで、志賀直哉が虐殺された小林多喜二にたいして「不図彼等の意図、ものになるべし」と日記に書いていたことを評価した点は覚えているんです。しかし、志賀直哉の性格を示すものとしての『灰色の月』をとりあげて評論していたなどということは、まったく記憶に残ってませんでした。それが肝心の根拠として、積極的見解の土台になっていたのに。
最近、このこととはまったく関係ないことですが。
私自身のかねてからの宿題として、志賀直哉の「真鶴」という作品、大正 9
年の作品ですが、これを読みました。それを紹介したんですが。
そこで感じたんですが、私などは子どもの頃に真鶴で育ったものとして、この小論で志賀直哉が表現していることには、個々に、よくその土地柄や、人の状況をとらえているなぁ、と感じたんですね。
今回、それとここでの宮本氏の志賀論評とに重なるものを感じたんですね。ここで、「リアリスト-現実主義者」と評言されていることは、「真鶴」にも重なる要素があると。この宮本氏の志賀評言に共感するというか、納得するのを感じたんですね。
以前に講演を聞いた時には、その宮本氏の主張がその根拠としていた材料「灰色の月」について、私などはまったく記憶に残らなかった。今回たまたま読み直したことで、初めてその作品と評言に気が付いたという次第です。
ようするに、精神の結論的志向も大事なんですが、同時にその根拠となる材料もまた大事な土台になるということです。当時は、材料についての関心がまったくといってよいくらいに、私には響かなかったんですね。
宮本氏のこの著作『網走の覚書』の第一部
ですが、じつに大きなテーマをもっているんですよ。
少なくとも次の様な問題をふくんでいます。
1
、宮本氏が、生い立ちというか、青春時代に、どのように科学的社会主義の正しさに啓発されるようになっていったか。 2
、大変困難で、厳しい戦前の社会の中で、どの様にそれを探究していったのか。先の基礎学習の柱建ての仕方の問題もその中の一つですが。 3
、戦前には共産党は、国賊・非国民と追及されたけれど、敗戦とその後の社会改革が、その主張と努力の正しさを検証するものになっている。志賀直哉の日記や態度にも、それを証明する性格があると。 4
、そうした精神からすると、今日ではどのような課題に対して、どの様な努力が求められているのか。
こうした問題を、現在を生きる私たちに、この著作の第一部の 9
論は投げかけているんですね。
なかなか今日的でしょう。
今回は、ここまでです。
この本の第二部は、宮本百合子の論評をあつめたものですが。
それは 8
つの評論からなっていますが、そこでは何をあきらかにしているか。
宮本百合子のどのような側面を明らかにしているか。
入門書的な、作品の今日的な意義を紹介する面を持っていると思うんですが。
それは、次回に紹介できたらと思っています。
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