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松本清張著『半生の記』を読みました
『半生の記』のタイトルが縁でしたが、松本清張著
『半生の記』
(
河出書房新社
1966
年
10
月刊
)
を読みました。
近くの図書館の棚を見ていて、名前だけは知っていた作家です。
その『半生の記』の書名が、たまたまでしたが目につきました。
あらためて松本清張
(1909(
明治
42)
年
12
月-
1992
年
8
月
82
歳
)
という人について、その略歴や著作一覧などを見てみたのですが、そのすごい作家活動の輪郭を知りました。
なんとも多岐な、たくさんの作品を残したことか、あらためて驚かされました。
その広大な世界の前にしては、私などのこの一点の感想ですが、無知と無謀さがなければ、こんな試みは出来ないとは思うのですが。
それでも、これもまた、私なりの一つの成果だということで、紹介させていただきます。
この松本清張著『半生の記』(1966年刊)を読んで、注目した三点を紹介します。
一つは、戦時下のジャーナリズムの様子について、
二つに、氏の軍隊生活に対する独特の体験です。
三つには、戦前戦後の20年を朝日新聞社の支社に勤めての体験、本社に対する支社の関係です。
第一に、日本が第二次世界大戦にすすむ中で、戦時下のメディアが置かれた状況についてです。
彼は、朝日新聞の西日本本社(支店)に勤務していて、そこで体験した様子を紹介している部分です。
「戦争が進んで世間でも次第に窮屈になった。私も在郷軍人会などの指導で教練に出るようにたびたび催促された。巻脚絆をつけて木製の銃剣をふるう・・・。
(
新聞
)
社でも、下士官の経験のある者が、いわゆる社内教練を始めた。」
「戦争が進むにつれて、社内も次第に軍事色が強くなった。
12
月
8
日の開戦記念日には、講堂で支社長が白い手袋をはめて、開戦の詔勅を読み、全社員は郊外に行進して、忠霊塔に参拝した。職場からは若い者順に同僚が戦場に出ていった。部長は、いわゆる部会の劈頭に彼らの名前を読み上げて武運長久を祈りはじめた。」
(P110)
日本が太平洋戦争にすすんでいった様子が伝わってきます。
メディアも次第、次第に、会社ぐるみで戦時下の体制へと組み込まれていったんですね。
戦後生まれの私などにも、ここにそうした様子がうかがえます。
第二は、松本氏自身の軍隊生活に対する体験ですが、独特の感想を述べています。
「軍隊生活は人間抹殺であり、無の価値化だという人が多い。だが私のような場合、逆の実感をもったのだ。」「兵隊生活は私に思わぬことを発見させた。『ここにくれば社会的な地位も貧富も、年齢の差も全く帳消しである。みなが同じレベルだ』という通り・・・新兵の平等が奇妙な生きがいを私に持たせた。朝日新聞社では、どうもがいてもその差別的な待遇から脱し切れなかった。歯車のネジという諺があるが、私の場合はそのネジにすら価しなかったのである。・・私には兵隊生活に職場にはない「人間存在」を見出したからだった。」
(P113)
松本氏は、軍隊の中で、きれいな字が書けたために重宝されたんですね。字やデザイン画を苦労して習熟しようと以前から努力していた。それが軍隊の組織のなかで、おそらく書記官的な役割をするようになったんじゃないかと想像します。そこから、こうした実感がでてきたのではないかとおもいます。それと現実の社会のあちこちにある様々な差別の問題です。身分的な差別ともとれるような関係の存在ですね。農家であれば、その次男、三男などの人たちが、その境遇を抜け出すために、かつて軍隊にひきつけられたというのも、食べ物、衣類だけでなく、そうした関係もありえたことなんですね。
第三の問題は、新聞社の九州支社で採用された松本氏の職場観です。新聞社に採用されたのは幸いだったんですが、その職場の中でいろいろ体験させられる。会社組織の本社に対する支社の関係を、上下の身分のような関係を体験させられるんですね。「むしろ軍隊生活の方が、平等であり、ましだ」、と感じさせられるほどの支店の職場環境があったわけです。
「私は、朝日新聞西部本社で約 20 年働いた。広告部に入ってからはデザイナーがコピー作業で、自己の独創を試みる余地もなければ工夫もなかった。仕事の無気力は生活を空虚にした。大きな機構の中の片隅の職場にいると、実力の価値は顧みられない。というよりも、存在そのものが認められないのだ。このような下積みの者は、絶対に浮かび上がることは出来ない。殊に「西部本社」という名前は付いても、ここは要するに九州の支店であり、出張所である。ここから「本店」に動かされることはなく、多少の出世は、支店の中で、主任、係長、課長になるくらい。」 (P99 - 100)
「転勤してきた一橋大学での社員に『君、そんなことしてなんの役に立つんや、もっと建設的なことをやったらどないや』」などと言われたと。
松本清張という人の作品は、私はまったく読んでないんですけど。ただ一つ、この『半生の記』を読んだ限りですが。
松本氏は、自分自身がずーっと下積みで苦労して働いてきたものから、よく下積みの人の気持ちというものをとらえることが出来ていて、しかもそれをたくさんある作品の中のどこかに、かなり具体的に書き込んでいそうですね。それは、この職場の特殊性というよりも、様々なところで一般的に体験させられそうな問題だと、これを読んでそうした感じがしてきます。
これが私などが『半生の記』を読んで注目した三点です。
ここで紹介した時代状況というのは、終戦前後の昔のことですが、しかしそれは今でも一般に社会のあちこちにありうる問題だと思います。松本氏は、自分自身の下積み生活で体験してきたことですから体感的な事柄です。それを、特有に、リアルな側面からとらえている。それに加えて、それらの問題の、様々な現れを生き生きと表現していく力を持っていたこと。それを作品の中に描き出すことで、社会に問題を提起することになったのではないか。それが多くの読者の人たちをもった事情だったのではないか、そんな推測と感想を持ちました。
このことは、いつか確かめてみる必要があると思っています。
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