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2016年11月03日
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昭和時代が終わっても終らないものがあるー
三浦綾子著『銃口』(小学館)を読みました

三浦綾子著『銃口』(小学館 1994年刊)を読みました。

以前に、10月24日に紹介した同じ三浦綾子著の『母』(角川書店)は、今、映画として作られつつあるそうです。年明けには完成の予定と聞きます。
これまで、小説というものをあまり読んでこなかった私ですが、鶴岡の旅あたりから少し変わってきました。
ちかくの図書館を利用しているせいもありますが。
今回も、その棚に『銃口』をみつけました。

写真: DSCN4646

それで、手軽に借りて読ませてもらいました。

この『銃口』ですが、戦争前の北海道の小学校のことから始まっているんですよ。
子どもが、教員を志望するようになり、教師になるんです。それと、題名の「銃口」ということがなかなか結びつかなくて、それが疑問だったんですが。
終わりの方まで読みすすんでみて、ようやくその謎が解けました。

一、この作品『銃口』は、著者・三浦綾子(1922-1999年)の青春時代の、小学校の教師の体験のまとめでもあると思うんです。
著者は、16歳11か月で小学校の教師になりました。その当時のことを『石ころのうた』(1974年刊)で回想していました。若き熱血の教師は、戦前の時代社会の中にあって、軍国主義教育を教える渦にまきこまれていく教師だったんですね。
そうしたことへの反省から、敗戦後の1946年には、教員を辞職しているんですが。

上巻は、戦前の教育をめぐる相剋です。
そうした戦時の思想統制がつよまる時代にあっても、生徒一人ひとりを大切にしようという教育思想が、北海道などには綴り方教育運動としてあったんですね。そうした教育運動は、軍国主義教育の思想統制からして、治安維持法によってきびしく弾圧されたそうですが。教育だけでなく、多喜二の社会主義・共産主義も含めて、生活のあらゆる分野に思想統制が強化されていったんですね。無理や暴力による野蛮な弾圧だつたことが紹介されてます。

とくに教育の分野にあった著者のことですから、この相剋の対比は具体的なものがあります。教育の人間性からして、どちらに歴史的な理性があったのか、今日からしたら明らかなんですが。この戦前の教育の歴史を、あらためて発掘し、しっかりと評価しているんですね。
そのことは、自らの教育実践の痛恨の反省をこめて描いていると感じました。
これとは別に、最初に紹介したように、著者は小林多喜二の母・せきを描いた『母』(1992年刊)を書いていますが、この戦前の教育を描いていく書き方ですが、どこか小林多喜二の執筆態度に重なるものがあるようなものを感じます。その作業もまた、この著作の基礎になっていると感じています。

二、「銃口」の言葉ですが、この本の後の方に、5か所出てきました。
この本を書くにあたっては、著者は『取材を開始して4年の歳月をようした』と「あとがき」で書いています。著者にとっては、ましてや私などにとっては、直接の戦争体験は無いのですが。
しかし、そうした戦争のもつ現実、戦地と国内の具体的な様子を、そこにいるような臨場感を感じさせてくるような、そんなタッチで描いています。これは、体験者も含めて、多くの人たちに共有するものがあると思うんですよ。そこに著者の努力と力があると思うんですが。

それには、著者の体験はもちろんですが、実際の現場に体験者した人たちから聞き取りをして、状況を取材をかさねた基礎(著者の姿勢)があるんですね。
それが「あとがき」に紹介されています。
「綴り方教育と、それへの弾圧」「満州での占領軍と住民」「開拓団の敗戦による逃避行」「キリスト教への弾圧」・・・。取材したことと参考文献が挙げられてます。

小説ですから、幸運な事例というか、日本に帰国できた人を取り上げています。それはまれな例だとは思いますが。しかしそれはそれでまた、現在に帰結する一つの確かな、貴重な側面でもあると思うんです。もしも、その現実の側面がなければ、話になりませんし、なによりも現在というものが無くなりますから。現在を生きるということは、そうした偶然の幸いであるわけです。しかし、そうであればこそ、それはあまたの犠牲者の積み重ねの上に、打ち棄てられた悲惨な人たちの上に、その犠牲の上に、現在というものがあることも、あらためて見えてくるし、直視しておかなければならないと思うんです。それが現代人の歴史への責任です。

三、「昭和時代が終わっても、なお終わらぬものに目を外らすことなく、生きつづけるものでありたいと願いつつ、ペンを置く。1994年1月」-これが著者の「あとがき」の締めくくりです。
これは、その後、それが書かれてからの20年間で、一層重く感じさせられるんじゃないでしょうか。
昨今の国会の、政治の動きをみるにつけて、いや、もっとながい戦後70年の歴史を見てみると、この著者の締めくくりの思いは、重いですね。そして現実的で切実な願いですね。

今を生きる人は幸いです。戦後70年、脈々として、国民の平和と民主主義的運動は、反動政治により蹴飛ばされ、ねじ伏せられ続けてきました。教育の反動化はもちろん、平和憲法と戦争法、沖縄の基地、原発の推進、農業・国民生活を破壊するTPP、などが押し付けられてきました。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」これが、戦後の政治的多数による政治でした。それの政治がずーっとが押し付けられ続けてきたわけです。
しかし、だてに歴史は無為に過ぎてきたわけではありません。今現在は綱引きの苦難がたかまっているけれど、国民の民主的な自覚が力を合わせて多数派をつくるときが、そうした転換が近づいてきていること、まちがいなく近づいているはあきらかです。なんとこれは幸いなことじゃありませんか。
しかし、問題は一刻もはやくそうした現実をつくらなければならないし、そのためにはどのような努力が必要か、この問題が大切だと思っている次第です。

この本には、そうした現代を生きる人々への応援メッセージが込められていると思います。






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Last updated  2016年11月03日 12時22分27秒
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