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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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明治国家をどう見ているか、
司馬遼太郎著『「明治」という国家』を読んで
司馬遼太郎〔1923(大正12)年-1996(平成8)年〕という人の著作ですが、
今回、初めて一つ読みました。
『「明治」という国家』(日本放送協会 1989年刊行)です。
司馬遼太郎は、明治維新のころの人物を主題にした作品をたくさん書いているようです。
私は、これまでまったく読んでいなかったのですが。
テレビの大河ドラマでは、映像化された作品については、
「竜馬がゆく」「坂の上の雲」などを見ています。
それだけじゃなく、「花神」「翔ぶが如く」などの原作者でもあるそうです。
どうして『「明治」という国家』(1989年刊)を読んだのかというと、
図書館の本棚にあったんですね。
パラパラめくっていたら、気になった箇所が3つありました。
一つは、「マルクスの歴史観のあやまりは、ここにあります。」との箇所です。
「ここに国が千あれば千通りの政体の歴史がある。そっくりという国は、地上にはありません。
歴史は科学のように法則的に変化するというマルクスの歴史観のあやまりは、ここにあります。」(第二章 P37)
二つ目は、イデオロギー批判です。「ありもしない絶対を、論理と修辞でもってグルグル巻きにしたのがイデォロギー、つまり正義の体系というものです。戦時中の新聞、毛沢東の文化大革命、ヒットラーの「我が闘争」、時代が過ぎると、古いわらじのように意味をなさなくなる」(第一章 P8)
三つ目は、「明治を語る上で、明治時代とはせずに、ことさら『明治国家』とします。明治時代とすると、流動体みたいな感じになりますが、『明治国家』とすると、立体的ないわば個体のような感じがするから、話しやすいんです。」(第一章 P9)
私などが注目したのは、以上の三つの指摘です。
一つ目は誤解があるとおもいますが。
あとの二つは、さすがですね。
二つ目の「イデオロギー批判」ですが、
これは、彼の戦中・戦後の苦い体験に根差しているものと見ました。
それに対する、重い反省があるものとおもいました。
「荻生徂徠の学問、つまり江戸期に、観念論というか、イデオロギーのかたまりのような朱子学を排し、文献や事物を考える上で、事実・真実を見、確かめてから考える、いわば合理主義哲学ともいうべき学問の系統を」(第四章 P81)学ぶことを重視した。
これは津田出という人を特徴づけた言葉ですが、
司馬氏自身として、イデオロギー問題というのは、単に戦前・戦中のことではなく、日本の歴史に根差した問題なんだという認識なんですね。
三つ目の「国家を個体のように」見るとの点ですが、
それを述べている箇所をいくつか挙げてみます。
1、「人間は、他の人間にとって、しばしば存在そのものが、巨大な情報の発信体である場合が多いのですが・・・」(第一章 P25)
2、「私は、明治国家というものを一個の立体物のような、この机の上においてだれにでもわかるように話したいのです。はじめて出会った外国人の人に説明しているような気持で話そうと思っています。」(第五章 P106)
3、「私は明治憲法を非難しようとも賛美しようとも思っていません。机上に客体としてそれを置いて見つめているだけです。」(第十一章 P300)
こうした指摘が、この著作のあちこちで述べています。
これは、人物や国家というものを、対象として客観的にとらえようとする姿勢ですね。
司馬氏の方法論、ものごとのとらえ方ですね。
私は、司馬遼太郎氏の作品は、この『「明治」という国家』しか読んでませんから、その限りでの感想ですが、人物を歴史的な社会の客観性においてとらえることを重視しています。
えてして見かけがちな歴史作家の、自分勝手に歴史話や人物像をつくりあげてしまうような態度ではありません。その人物が、社会的な存在条件の制約の中にあって、人間が生き生きと一生懸命に活動した姿が、言葉や態度のなかにあらわれているのを、その多岐な側面を発見していくという態度です。そこに歴史を発見する姿勢があります。
私などは、もっかマルクスの唯物論的歴史観というものを探っているところですが、
ここでの司馬氏の見解を聞いていると、
マルクスの歴史観とも共通する要素があることを感じさせられます。
まだ、私などの探究は、ほんの間口ですから、司馬氏の作品も読んでませんから、
軽軽な判断も、推測を正確に示すことも出来ないのですが。
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