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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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世界最大級の発掘資料じゃないでしょうか
2月4日、知人が、団地の「朝市」を見るべく、遠路出かけてきました。
せっかく70キロを旅してきたわけですから、
この機会に、多摩市の周辺の見どころについて案内したんですが。
今回は、その一つの紹介です。
多摩の歴史探訪ですね。
まず、昔から多摩に住んでおられる方を訪ねて、当地の郷土資料について、貴重な品々を見せていただきました。これは残念ですが、個人のお宝に係わるものなので、割愛します。
ついで、多摩センター駅の近くにある「東京都立埋蔵文化財センター」を見学してきました。
ここの資料もすごいんですよ。
総面積3,000㏊の多摩ニュータウンですが、住宅がつくられる前に広大な面積の遺跡調査が行われました。当文化財センターでは、「1966年(昭和41年)から40年間かけて、290㏊、770か所の遺跡を発掘調査してき」たわけです。
290㏊の面的な調査なんて、これだけの広い面積の発掘調査が行われたなんて、
古今東西聞いたことがないでしょう。ふつう、ありえないことが行われたんです。
この貴重な、奇跡的な遺跡発掘の調査が、1969年から2000年頃にかけて行われたんです。
それらの遺跡には、1番から964番までとおし番号が付けられて、
それぞれの調査記録が残されているんですね。
その結果、当地の古代人の生活状態ですが、
それまで以上に、具体的事実が明らかになったし、なりつつあるわけです。
そうした調査結果が、ここに展示されているわけです。
じつに膨大な発掘資料です。
展示場には、その一部ですが、時代順に整理されて展示されています。
古代人の生活が、その展示品された発掘品によって、伝わってくるんですね。
たくさんの土偶が展示されています。
縄文人というのは、なかなかの芸術家ですよ。
遊び心もあったようで、豊かに暮らしを楽しんでいる多彩な土偶を残しています。
これは稲城市平尾の第9遺跡から出土した女性の土偶ですが、
4,000年前の縄文時代後期のものだそうです。暮らしだけに追われていたとしたら、こんなものは造らなかったと思うんですが。
こうした土偶が、たくさん展示されているんです。
このセンターの施設の外庭ですが、「縄文の村」となっています。
ここは、実際の第57遺跡を保存しながら、
発掘された時代時代の特徴のある住居と、その環境を復元しています。
当時の樹木が再現されているんです。
その中の一つですが、
これは、八王子市堀之内の第796遺跡、その住居の復元だそうです。
防虫・防腐のためだそうですが、ちょうど中の囲炉裏では火焚きが行われていました。屋根とひさしから煙が出ていて、なにか実際に人が住んでいるような雰囲気でした。
この住居は、4,500年前の縄文中期後半のものだそうですが、敷石がされてました。
床が土間ではなくて、石でフローリングされていたわけです。
当時は、大きな村をつくって、安定した定住生活をするようになっていたとのこと。
この時代のこうした居住跡が、275軒も発見されているそうなんです。
次は、この時代に使われていた縄文土器ですが、館内に展示されていました。
縄文時代中期の後半、4500年前ころのものだそうです。
館内の展示ですが、時代によって土器がちがうそうで、
この時代の土器が分類されていました。
縄文時代に、土器は、かなりこった装飾がされるようになったり、
また、薄手のシンプルな機能的なものにかわっていったり、
その時代によって、形やデザインが変化してゆくことがうかがえます。
私などが、だいぶ昔ですが、学校で教わったのとは違って、
15,000年前ころには、土器が登場していたそうです。
今は縄文時代が、一万年も昔にさかのぼったということです。
ところで、普通、こうした遺跡の埋蔵品の現物は、ガラスケースの中に納まっていて、
私たちが、実際に現物をさわるなどということは出来ないようになっていると思いますが。
ここはちがっていて、現物の土器を手にもって体感できるようなコーナーもありました。
これは本物なんですよ、ずっとりとした重さを感じました。
この土器を実際に手にして、実際に使っていた人がいた人たちがいた、
そんなことを想像すると、実物ですから、重さは同じですから、
なんとなく使っていた人の気持ちにタイムスリップするような、不思議な感じがしました。
大体、ここで紹介したことは、
入り口で配られていた案内のチラシによるものです。
最初、当方が埋蔵文化センターを知ったのは、1990年代だったと思うんですが、
当時、ここには縄文文化しかないとされていたのが、
新たに「旧石器が発見された」、稲城の若葉台から出土したとのことが話題になり、
その見学会も、大きく新聞やニュースで話題になったりしていました。
今回みたら、いくつも旧石器時代の石器が展示されていました。
また、ブログを始めてからも、約6年前でしたが、
この埋蔵文化財センターについて紹介したこともありました。
http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201104160000/
それから、今回まで大分時間がたちました。
どうやら、実際の発掘による新発見の話題の方は、最近ではほとんどなくなって、
現在は研究者が発掘された資料から、調査、分類、検討・研究をしているようです。
話題になることもへって、静かな研究の時期にあるようです。
しかし、当地の膨大な豊かな発見によって、日本の縄文時代像が、古代史が変わったはずです。
どの様な点で、その認識が新しくなったのか、また変わりわりつつあるのか、
この点について、聞いてみたくなりますが、
それは、今度行った時に質問してみます。
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