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2017年08月16日
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2年前、マルクス『ドイツ・イデオロギー』に挑戦してました

「人間の社会史には法則的発展がある」、本当でしょうか。
それまでもそうした意見はあったのですが、その根拠が薄弱でした。
マルクスの業績は、歴史の客観的な事実の中から法則を発見したことです。
それが唯物論的歴史観(唯物史観)ですが、それがここでのテーマです。

この唯物史観の発見を、初めて理論として発表したのが、
この『ドイツ・イデォロギー』(1846年)なんです。
それを原典にたちかえって解きほごそうというのが、ここでの目標なんですね。

当方は、2年前に『ドイツ・イデォロギー』に挑戦していました。
唯物史観とはどの様な内容なのか、それがここでどのように発表されたのか探ってました。
2015年6月から10月にかけて、全部で18回の学習を紹介していました。

何しろ『ドイツ・イデォロギー』というのは、全集で、第3巻の600ページもある本です。
通読するだけでも、容易なことではありません。
しかし、その中心は、上の右の本ですが、
服部文男訳『新訳ドイツ・イデォロギー』(新日本新書 105ページ)にあるとのことで、
これに当っていたわけです。

これまでにも何回か、この問題で過去帳を紹介してきていますが、
今回のは、2015年8月16日に発信した第8回レポートです。
https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201508160000/

この時の学習ですが、『ドイツ・イデオロギー』本体に挑戦するのではなく、
それまでも難儀がつづいていたので、すこし迂回することにしました。エンゲルスが、後年になって、この若きの激動の日々をふりかえって、その当時を回想して筋を述べた論文に当ってみた次第です。接近する方法を変えてみたんですね。

それが、エンゲルスの『共産主義者同盟の歴史によせて』(1885年10月 全集第21巻)でした。
これによると、
一、エンゲルスは1842年からのイギリス・マンチェスターでの見聞において、
1、経済的事実が重要で近代社会の歴史的力だ。2、経済的諸事実が今日の階級闘争の土台だ。
3、大工業が階級闘争を発展させ、それが政党・党派闘争、政治史の土台だ。これを見せつけられた。
二、マルクスの方はというと、同じ見解だっただけでなく、『独仏年誌』(1844年)ではそれを次の様に一般化していたこと。
1、全体として国家が市民社会を規定するのではなく、市民社会が国家を規定する。2、政治と政治史は経済的諸関係とその発展から説明されるべきだ、と。
(見聞による意見と、一般化した理論とでは、同じことでも認識度が違うと)
三、やがて、1845年春に、ブリュッセルで二人が再開した時には、
マルクスはすでにその原理を展開して唯物論的な歴史理論の大要を完成していた。
(理論として大要を完成していた、と)
四、そこで二人は、新しく獲得した見方を、種々様々な方面で細目にわたって仕上ることにとりかかった、というんですね。

ここでエンゲルスが言っているのは、それだけじゃないんです。
五、この発見は歴史科学を変革するものであること。
この発見の意味するところを、大きな視野で根本的な意義を強調しているんです。
さらにそれだけじゃないんです。
六、歴史一般にたいする唯物論的見方ですが、それの今日的な課題ですが、今日のプロレタリアートの階級闘争というのは、階級闘争そのものから解放する特徴に段階であり、形態であるとの特徴を指摘するとともに、
共産主義はできるだけ完全な理想社会を空想するのではなく、プロレタリアートのおこなう闘争の性質、諸条件、それから出て来る一般的な目標を認識することとなったのだ、と。
要するに歴史一般じゃなくて、近代史のもつ社会変革の課題について述べてたんですね。

これだけではないんですが、少なくとも以上の点をふくめて述べていました。



これが、今回の回り道をしたことでの成果だったんです。
前回は、くたびれていて、後半はよれよれだったんです。

一つ、この四にあたる作業が『ドイツ・イデォロギー』だったんですね。
これで『ヘーゲル法哲学批判』から『ドイツイデォロギー』にいたる一筋の発展と、その根底にある糸が見えてくるかと思います。

二つ、唯物史観の思想というのは、『経済学批判』の「序言」(1859年)に、もっともまとまった思想の叙述がありますが、ここで確認できますが、洞察の段階から「様々な方面で仕上げ」ていく、ひとつの認識の過程でもあったんですね。
その根本思想ですが、様々な表現の仕方があるわけですが、基本内容はここにあるんですね。

三、この唯物史観の基本思想ですが、いくらそれを抽象的一般的にふりまわしても、「歴史科学を変革」するものにはならないんですね。諸分野での具体的な研究が必要なんですね。
どの様にこの唯物史観の方法をつかうか。それぞれの具体的な分野での努力がとわれています。
それによって、個々の分野での、その客観的な論証をしめすことが出来てこそ、歴史諸科学の変革が、前進が、なされるということですね。お経のように、ただ繰り返していたんではだめだということですね。

これが、この第8回学習から引き出されるべきことです。前回は、後半が尻切れトンボで終わていたので、その宿題で補足しておきました。






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Last updated  2017年08月16日 22時19分13秒
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