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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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キイロスズメバチの首がしめすものは
9月23日(日)、神奈川県真鶴町にあるみかん園を見に行ってきました。
天気予報では晴れだったんですが、実際の朝は曇りの天気でした。
今日晴れれば、スズメバチの動きをとらえれるかと思ってのことでしたが。
午前7時16分、小田原サービスエリアかに見えた富士山です。
これは、曇りのち晴れの天気を富士山が示してくれてます。
夕べ雨を降らせた雲が移動しつつあるということです。
途中、厚木の中津川の温度は、6時38分に22度でした。
稲刈りも始まりだしている平塚あたりの水田でした。
真鶴園に出かけた目的は、オオスズメバチをとらえることでしたが、
曇りの天気でもあり、オオスズメバチとは出会いませんでした。
その代り、キイロスズメバチとミツバチとの闘いの痕跡跡が巣箱の前にありました。
網の外側にキイロスズメバチの首がある。
そして金網の内側にはキイロスズメバチの死骸が2匹はありました。
この間に、私などの知らないところで、巣を守るミツバチとの死闘が展開されたんですね。
きっと、網の中に入ったキイロスズメバチは、ミツバチたちによって熱殺されたんですよ。
一対一ではキイロスズメバチのが強いんですが、結果はご覧の通りです。
もう一つの巣箱なんですが、
この巣箱の入り口は、ミツバチたちの警備態勢が、さらに強く取られていました。
巣箱の門前に、金網を張った箱を置いたのは正解でした。
これは、早生みかんの一種の、宮川早生の木です。
なぜこの木が宮川早生だとわかるかと言えば、
私が、2005年2月27日に苗木を植え付けしたから、それだから木の種類がわかるんです。
もともとは、この場所に大きな成木があったんですが、
カミキリムシの加害によって、その木が枯らされちゃったんですね。
その場所に、宮川早生の苗木を植え付けしたんです。
みかんの木というのは、一度枯らされてしまうと、
植え替えしてから13年がたちましたが、ようやく以前の1割くらいの果実が着くようになりました。
ということは、みかん農家というのは、今から15年先のみかん畑を想定しながら、みかん業をすすめていかなければならないということです。それがみかん農家の営農だということです。
水田のお米作りについても、私は知りませんが、きっときほんは同じだと思うんですよ。
要するに何が言いたいかというと、
農林議員族の政治家、官僚というのは、そしてまた、それを合理化する御用学者たちですが、
彼らは、その場しのぎの口八丁でしかないということ。おおよそ儲けることしか農業についても考えていないから、やれ「農産物の輸入の自由化だ」とか、「外米の輸入だ」とか、「減反のおしつけ」だとか、
如何に農家の犠牲を強いる具体的事柄を、甘い言葉でオブラートにくるんでいかに飲ませるか、それしか頭にないということです。
私などが生まれた頃、1950年頃というのは、もちろん知る由もありませんでしたが、転換期だったんですね。敗戦後から1960年ころまでは、農地解放もあり、まがりなりにも国民の食糧を自力で賄うために国民も政治家も、真剣に努力していたと思うんですよ。
それが、今はどうなっているか。いつの間にこういったことになってしまったのか。この政治がもたらすものは、輸出で儲けた金で、農産物を買えばよい、ということですが。
この道が国民に何をもたらすか、世界の諸国が努力している道に照らして、どんな関係にあるか。
今の政治家に任せておいたら、とんでもないことになる、これは間違いないことです。
私などの、みかんの新米農夫であっても、肌で感じ考えさせられる、これが今の日本農業の大問題です。
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