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2011/08/23
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カテゴリ: 仕事に関連して
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土曜日、私は ショップ の応援でしたが、そこに友人を連れてうちの奥様が登場。
週替わりランチ「ここからごはん」をいただいて、買って帰ったのがこの鳥の人形(840円)。

早速この鳥は「ぴーちゃん」と名づけられ、我が家の一員に。

もしお気に入りの方がおられたら、もう残り少なくなっていたのでお急ぎください。(次の入荷があるかもしれませんが・・・)

さて、このようにして、お店で買った商品が暮らしの中に入ってきます。
それはこうした雑貨に限らず、プランターもそうだし、家具もそうだし、飾り棚もそうだし、物干し竿だって、トイレのお掃除ブラシだってそう。
お金を出して、暮らしの中に。

商品の本当の価値が決まるのは、売った(買った)瞬間ではなくて、暮らしの中に置かれた瞬間から。

例えば840円のピーちゃんでも、ここに置かれた瞬間から、ここがお気に入りのスペースになったりするかもしれません。

もし、ピーちゃんに命があるなら、きっと毎日目をかけてもらえるところに置いてもらいたいのでしょうね。

そう考えると、人間には「モノを買う責任」と「モノを売る責任」があるような気もしてきます。
100円だから無駄になってもいい、みたいな気分になったりしますが、本当はそれではいけないのでしょうね。
100円だからということではなくて、モノに対する敬意とか感謝とか、さらには、モノを作った人への敬意とか、感謝とか、それを感じることが大切なのかと・・・。

日本人の持つ「もったいない」という感覚というのは、自分の身の回りにあるすべてのものが「与えられたもの」という感覚から生まれてくるものでしょう。

経済のことだけ考えれば、どんどん売って(買って)どんどん消費して、どんどんモノを回転させることがいいことなのでしょう。
でも、産業革命以後、ずっと続いた資本主義経済というのも、そろそろ限界が来ているようにも見えますね。
モノを作らずに、お金を右から左に動かす人の方が金持ちになって、偉いと評価される社会というのはおかしいように思います。

円高も、お金を右から左へ動かすことで金儲けをしようとする人たちの思惑で始まり、実際にモノを作っているメーカーや、それを販売している人たちが振り回される。

おかしな話だと思います。

なんだか、ピーちゃんの話から大袈裟な話になりましたが、本日もご訪問ありがとうございます。

※ショップに行って「ぴーちゃんください」と言っても、通じませんのでご了承ください。

ショップ で販売中のぴーちゃんの仲間。
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Last updated  2011/08/23 12:26:48 PM
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