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先日、インド哲学の先生とコーヒーを飲みながら雑談していました。この先生が「インド人というのはアーリア人だなあとつくずく思いますよ」というのです。ギリシャ人もドイツ人もアーリア人種で、インド人と発想が同じだというのです。「アーリア人というのは、ものが在るか無いかが気になってしょうがないのですね。移ろいやすい物の背後に絶対に変わらない物があると頑固に信じているのですね。だからこの”在る無し”の議論のしつこいこと、しつこいこと。物理学も原子が在るか無いかというしつこい関心から起きた学問でしょうね。ドイツ人に優秀な物理学者が多いわけですよ。お釈迦様はアーリア人ではなく、チベット系だったので在る無しの議論があまり好きでなかったのでしょうね。しかし周囲にアーリア人が多いから仕方なく、”在るか無いか”の議論をしたのでしょうね。いやいやだから議論が中途半端になってますよ。仏教がインド人に愛想を尽かされたのも、中途半端にしか考えなかったからだと思ってます。」まあ、こんな先生の話を私は聞いていました。「ところでジョージさん、ソフィーの世界という本を知ってますか。読んで御覧なさい」というのです。私は「ソフィーの世界」などという本は知りませんでした。図書館で借りて読み出したのですが、これは世界的ベストセラーなのですね。ドイツでは本当にある年の書籍販売数の一番だったのです。ヨースタイン・ゴルデルというノルウェーの高校の哲学教師が1990年に書いたもので、ソフィーという14歳の少女に哲学の歴史を分かりやすく話すという内容です。日本でも大評判だったそうです。京都市立図書館に行ったらこの「ソフィーの世界」は30冊ぐらい在庫がありました。同じ本をこれだけたくさん用意しているというのはそれだけ読みたい京都市民が多かったということです。確かに大事なポイントを平易に書いてあって、「これは良い本だな」と思いました。しかし中学生か高校生用の哲学の解説書がベストセラーになったヨーロッパ諸国は、さすがにアーリア系ですね。フランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」は、非常に有名な小説なのでご存知の方も多いと思います。コート・ダジュールの避暑地で17歳の少女セシルが経験した恋を題材にしたもので、哲学などというめんどくさいものは関係ないはずなのですが、このセシルが「哲学」に悩まされています。バカロレアという共通の大学入試試験で一番重視されるのが、実は哲学なのです。ですからセシルもいやいやながらベルグソンなどというフランス現代の哲学者の本を読んでいるのです。フランスに限らずヨーロッパの高校では、哲学を学生の頭にぎゅうぎゅうに詰め込みます。この伝統を輸入した戦前の日本の高等学校生は「デカンショ」で半年を暮らしました。デカルト・カント・ショウペンハウアーという三人の哲学者の頭文字を並べたのがデカンショです。ところが戦争に負けた後、こんな悠長な制度を日本は廃止しました。ですから今の高校生は哲学とは無縁の学生生活を送っています。このように”在るか無いか”などというめんどくさいことに無関心な日本人が、本場の仏教をまるで別物にしてしまったのも無理はないなと思いました。
2008年08月29日
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宇治川の河原の茂みをキチキチと鳴きながら不器用に飛ぶ鳥がいます。コウモリかなとも思ったのですが、今日その正体が分かりました。バードウォッチングをしている人に教えてもらったのです。セッカという鳥です。 セッカ 双眼鏡を持って、それらしい格好をしている人でしたが、さすがに詳しく、セッカのことを色々教えてもらいました。本来は渡り鳥で、秋になると南の方に飛んでいくのですが、この辺にいるのはそのままここで冬を越すそうです。しかし寒い冬は湿原の中でじっと耐え忍んでいるだけで鳴かないそうです。不恰好にとびながら、「ヒー ヒー ヒー ヒー」と鳴き、次に「キチ キチ」と鳴きます。非常にユーモラスで、その人と一緒に笑い出してしまいました。
2008年08月20日
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昨日の朝のことですが、川の土手を散歩しましたが、とても涼しかったです。三角形の編隊を組んで雁が飛び去っていきました。そのときは南に向かっているのだなと思いましたが、今考えてみると北に向かっていました。どうなっているのでしょう。とにかくそのときは「もう秋だなあ」と感じたのです。そうしたら大好きなボードレールの詩が浮かび上がってきました。「悪の華」という詩集の中にエレヴァシオンというのがあるのですが、英語のエレベーションと同じで高いところに昇っていくという意味です。一応原語を書いておきますね。Elevation Au-dessus des etangs, au-dessus des vallees, Des montagnes, des bois, des nuages, des mers, Par dela le soleil, par dela les ethers, Par dela les confins des spheres etoilees, Mon esprit, tu te meus avec agilite, Et, comme un bon nageur qui se pame dans l'onde, Tu sillonnes gaiement l'immensite profonde Avec une indicible et male volupte. .........池の上はるかに高く、谷の上はるかに高く、山、森、雲、海の上はるかに高く、太陽をはるかに越えて、エーテルをはるかに超えて、星が散りばめられている天球の果てを越えて輕快に、わが魂(エスプリ)よ、汝は飛ぶ、うっとりとして水に遊ぶ水泳の名手さながら、底深い無限世界を、男性的な喜びを持って長々とあとを印して 欣然と飛ぶ飛べ 遥かに速く、疫病に満ちた大地を越えて、至高の大気に 往って身を清浄にして、・・・・・・・本当に私はボードレールが好きです。
2008年08月19日
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お恥ずかしい話なのですが、私は指の爪を噛む癖があります。小さな男の子が噛むのは可愛いのですが、オッサンが爪を噛むというのはあまり良い見ものではありません。自分でも分かっているのですが、無意識にやってしまいます。しかし最近は居直っています。徳川家康も良い歳をしたジジイになっても指の爪を噛んでいたというのです。 それならまあいいか。この爪を噛むというのはみっともないだけでなくもう一つ都合の悪いことがあります。爪の周囲の肉を傷めてしまい、そこから細菌が入り込むのです。子供の頃はよく、ヒョウソウになって病院に連れて行かれ親からはこっぴどく怒られました。大人になると傷口に細菌が入っても抵抗力があるのか、なかなか化膿しません。すこし痛む時もたまにはあるのですが、ほっておけばいつの間にか治ってしまいます。ところが今回に限っては指が腫れて痛くなってきました。京都の残酷な暑さにかなり弱っているところに、仏教関係の本をずっと読んでいるのですっかり夏バテしてしまったのです。夏バテはこういう細菌への抵抗力も弱くなってしまうのですね。2日ぐらい前から「すこしやばいな」と思ったのですが、いつものことなのでほっておいたのです。そうしたら夜になって大きく腫れて痛み出しました。今はお盆で近くの病院は休みです。そこでHPを調べたら夜間緊急用の診療所があることを知りました。知ったら安心したのか、痛みが薄らいでいきました。結局夜の11時ごろにまた痛み出したので、自転車で20分かけてその診療所に行きました。(私は車を持っていません。ヨットの免許はあるのに自動車の免許証もないのです)診療所の医者や看護婦はこの程度の化膿でやってきた私をどうやら心の中で笑っていたようです。診療を終えて帰ろうとしたら、外はドシャブリの雨になっていました。実はその前日に携帯をトイレに落として壊してしまい買い換えたのです。この雨で携帯がまた壊れたら物入りなので、結局診療所でビニール袋を二つ貰い、一つは傷口のある手を覆い、もう一つは携帯や財布・薬などを包んで濡れないようにして自転車で帰りました。散々な目に遭いましたが、これも私は爪を噛むという癖を直さないためです。
2008年08月13日
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