全36件 (36件中 1-36件目)
1

夫が休みで「はも鍋を食べたい」というので市場にお出かけその前に百貨店で結婚指輪を見に行く私が気に入ったのはこれ婚約指輪と一緒につけるとこんな感じです夫は指輪は普段はつけないけど 記念に買おうかなって言ってましたあ~指輪は一応保留にして 百貨店で夫が以前から欲しがっていた冷酒をいれるとっくりを買って嬉しそうでした市場で夫の目を奪ったのは 松茸で選んだ松茸を購入 注文していたはもも買って では 松茸・はもを焼いて食べはも鍋にも松茸を入れて食べました。夫は「風流やな~」と言って大満足。20時から父の肝がんのをしていて私はメモしながら 夫はデジカメで撮って 必死でみました。私は20時からテレビでするよ~と父に言っていたのでテレビが終わると実家に私は自分のテンションをあげて 「おとうちゃんはラッキーやったな。治療方法を考える時にちょうど番組があって」と話しかけました。父は「怖いなあ」と言ってました。本人が一番 怖いし 心穏やかではないでしょう。「怖いなあ」の言葉に 私の心はそうやろなと感じたけど前向きに治療しようと話しましたが やはり 父は「怖いな」と言ってました。電話を切って私は泣きました。父の力になってるんやろうか?父の気持ちに共感できたんやろうか?木曜日に治療方針を父の主治医と決める。父が一日一日を穏やかにすごして欲しい。私の秋の結婚式の話をしても気のない返事だが それどころではないのだろう。父の命が大事。今が大事。母の病気も心配。私に出来ることを精一杯するしかない。自然体でいきたいなあ。
August 31, 2008
コメント(7)
昨日の私は精一杯だった。自然体で居ることにも 心を傾け癌の告知をされてる父の気持ちにも共感しようと思った。長女との介護・看病の相談では 長女を立てないとという思いを軸に話をしていった。帰り道どうやって帰ったか わからないくらい疲れていた。朝は 目覚まし時計が鳴っても 胃が痛く 洗濯物を予約でしていたので出勤前の夫に 洗濯物を干すのを頼む始末・・・途中ではっとして 基礎体温も測らずに 家事をして夫が遅刻しないように 職場に送り出す。胃が痛い。ベッドでごろごろしている。いろんな思いが交錯する。長女からも電話があった。私がフィットネスに行ってる時はに姉の厳しい口調で「私が話したことは 父には言わないように!」これだけで 私の身体は固まった。人付き合いの元は 自分づきあいだ。自分とつきあえないと 人ともつきあえない。私は疲れていた。ベッドで寝ていたら 夫が心配して電話してくれた。「三途の川がみえてきた~お仕事がんばってな~」と冗談まじりに言う。それでも 社会復帰を目指して リハビリにフィットネスに行く。何をしてもしんどく 頭痛がひどい。睡眠不足もあると思う。留守電に長女からの電話の口調が厳しいだけでも 凹む。ああ~私は一日 精一杯動いたら 次の日はダウン。こんなんで看病できるんやろか・・・・頭痛がひどい。悲しいやら 情けないやら。両親を守りたいのに。
August 29, 2008
コメント(10)
ブログ仲間のひとつひとつのフレーズを思い出して父のにつきそった。父は私をやっと受け入れてくれた。待合室で無口な父が話をいっぱいしてくれる。しゃいなので 私の目はみてくれない。先生からは やはり残酷な癌の告知。一緒に診察室に入って 私の先生の説明を書きとめて必死に聞いた。父は天気のせいもあって ぜんそくが出て しんどそうだった。昼は久しぶりに父とうな重を食べに行った。私はうなぎがこんな味だと初めて感じた。父は私に言った。「おかあちゃんに会っておいで(デイケアに行ってるので) ケアマネの○さんに おかあちゃんのショートステイを頼んでおいて」やっと心を開いてくれた父。私は自然体で父と一緒にすごしていきたい。癌の告知をされても したいことをしたいと主張する父。鮎をとりにいきたいとのこと 行ってもらいたい。おとうちゃんの命 したいことをして生きてな。今の私の感情を発酵させたい。
August 28, 2008
コメント(10)
朝が私にも来てくれました。感謝父の病院に行って来ますいろいろ起きるそれも通り道自分でテンションあげて行こう。
August 28, 2008
コメント(4)
朝 電話が鳴った父からだった。木曜日にに行くけれどその日に帰れるかわからないから母を看て欲しいという用件だった。電話の話がみえない。余命半年と言ったり 余命一年と言ったり 造影剤を入れるから怖いとか木曜日に病院に行けばいつ帰れるかわからないとか 管を肝臓まで通すとか・・・ネットで調べてみたが 話が見えない。父の予約してるに電話をかけて看護師さんに話を聞く。木曜日はエコーの検査のみで 父はぜんそくがあるので 造影剤は使えないとのこと。木曜日は私の判断で父が行くに行き 先生に詳細を聞く。父は怒らないだろうか・・・拒否されたら 帰ったらいい。父の肝臓癌の余命の宣告を受けて 私は眠っていても悪夢をみて苦しんだ。今日は 私の通院日だった。先生にそのことを話した。自律神経の乱れだとおしゃった。ホルモン剤投与も考えたらと言ってくれた。私は「夫と相談してからにします」と言った。それからも 私はテンションが下がったままだった。自力整体の先生に 自分の体調の悪さ 父の余命について話した。すごく話をよく聞いてくれた。先生は「人は死ぬために生きているんやよ」「あなたの父が肝臓癌になったのはあなたのせいではありません」「親子関係は密接しているから あなたが今病気なのも 親のせいでもある だから お互い様なのよ」私は父が病気になったのは わたしのせいだと自分を責めてきた。先生の言葉「お互い様」自責も他責もない。身内はお互い様なんやとという先生の言葉に 私は言葉にして言った。「お互い様」木曜日 父の病院へ行く気持ちが固まった。怖いままに行こう。
August 26, 2008
コメント(6)

寝ている間の体温調節が出来なくなっていて汗が止まらなかったり(悪夢をみるからかも)起きてからも暑かったり寒かったりで 着たり脱いだりしてる。生理もすごく遅れていて>妊娠ではございません身体も心の具合もよくない。そんな朝 上着を羽織ると その古びたカーディガンは母が元気な時に買ってくれた服。愛がいっぱいや。幸せな気持ちになる急に身体が冷えたので お茶を飲もうと フィットネスの友だちの福ちゃんにもらったとうもろこしを煎じたお茶を入れる~香りがいい。愛がいっぱいや。テーブルの上には 高校時代の友だちがくれた手作りのお花がある。愛がいっぱいや。大好きなラテンの曲を聞こうとCDを出す。今のラテンの先生からののCDに昔習っていたサルサの先生からののCD愛がいっぱいや。和室には中がよかった時に姉がくれたお花があるそして 大学の美術の教授がくれた花の絵が飾ってある。玄関には その大学の先生がお祝いにくれた絵がある。リビングにはお友だちの家でしたコラージュを飾っている。私の暮らしの中には幸せがいっぱいや。愛を感じてすごしていきたい。夫が作ったデジカメで今撮った私の作品です。(コラージュ)これも愛がいっぱいや。
August 26, 2008
コメント(6)
元気がない私を思ってくれてか 夫が昨晩 地蔵盆に誘ってくれた。そうや~今年は一回も浴衣を着てなかった。私は浴衣を着て 髪をアップにした。浴衣・・・幼い時 指先が切れている母が私に浴衣を着せてくれた。お正月も着物を着せてくれた。今や 母は認知症がひどくなり 文字が書けなくなった。 「おかあちゃん 頭がパーになってもうた」と私にもらす。あんなに気丈で弱音を吐かず自分の家を守ってきた母が日々に認知症がひどくなる。病状が悪化していく様子を感じるたびに 私は心がぐちゃぐちゃになる。夫は今日 出勤前に悪夢ばかりをみる私に言った。「サラちゃん 今日 お母さんに電話かけてみい」私はそれさえも怖くて しなかった。日々現実逃避しているように思う。少し体調がよくなるとダンスの復習をしたら 汗びっしょりになった。一瞬のすきも許されない。ダンスのステップ。足のステップに手の振り付け。集中してるときだけが 身体の痛みも感じず 安堵を感じる。逃避していることで 自分を守っているのかもしれない。
August 25, 2008
コメント(2)
夫が週末休みだったので 夫がそばに居てくれることですごく助かった私は父の余命が一年半と聞いたことでショックを受け心がぐちゃぐちゃになっていた。横になり眠ると 悪夢をみる。実家での生活の夢が多い。認知症の母が実家の屋上から飛び降り死んでしまう夢をみて 大泣きして隣で寝ている夫が背中をなでてくれた。私の今の身体症状は 胃痛に頭痛に 発汗がある。寝ている時に 汗が出て気分が悪くなる。もしかしたら 「ホットフラッシュ」という更年期の症状?いつもは手足が冷える冷え性なのに。夜中にお風呂に入って汗を流すこともあった。朝は4時に目が覚めてしまうけれど リビングでは夫のそばでいい眠りがとれる。今朝 夫が出勤した時はすごく寂しかったダンスの先生がラテンの曲のCDを下さった。その中にしおりを入れて下さっていた。そのしおりの言葉です。感謝の心は美しい。自らが緑した人を大事にしていこうという心の余裕が人生を豊かにする。美しくする。その言葉をかみしめて 身体がもう少し軽くなったらダンスの練習でもしようと思っている。
August 25, 2008
コメント(2)
父が肝臓が悪くて 医師に余命一年半と言われたと聞き心はいっぱい動いている。胃痛がひどくて寝込んでいた。眠ると悪夢をみる。長女から聞いた父の言葉「サラが看てくれる 有言実行や」という言葉も私の心にひっかかっているのか自分の心がにごってる感じがする。身内でこれ以上もめたくない気持ちもある。もうこれ以上 かかわりたくない気持ちもある。胃の痛みが 私に何か訴えてくれてるように思う。娘なら父のところにとんでいきたいと思うだろう。私もそういう気持ちはあるが 怖い気持ちもある。以前 通い介護をしている時に暴言を吐いたり 暴力をふるう父が蘇る。介護を通して 姉妹間のトラブルも記憶から消したい。私は何をしたいのだろうと思い 痛む胃をさすっている。
August 24, 2008
コメント(8)
今朝はお蔭様で頭痛がましで リハビリにフィットネスクラブに行った。そこに長女からがあった。長女は「長い話があるの」と言った。私の最寄り駅まで来てくれると言うので どきどきしながら待った。姉は最初に言った。「父は余命1年半と宣告された」って。それから 母の介護の話や家族間のトラブルなど話したけれど長女と別れてひとりになると 涙があふれてきた。父 私にとって父はいつも愛人を作って 私の心は穏やかでなかった。幼稚園の頃から。父は一度 愛人に店を持たせると店を出したことも子どもの私にもわかった。父を取り戻したかった。その一心だった。過呼吸にもなったし いろんなアプローチで父を取り戻したかった。それもかなったか かなわかなったか~今もなお愛人の要る父が余命一年半。落ちこんで 夫に電話する。父の病状を話す。これで精一杯。友だちにも電話をしたかったけれど 私が泣いて迷惑かけると思って ボタンが押せなかった。私と父との歴史。いいも悪いも いつか幕が引ける。父は心細いだろう。命の宣告をされて もっていきばがないだろう。私がひとつ返事で父の看病や母のお世話をすると言ったことで両親は 長女に サラは「有言実行」やと言ってるとのこと。意味が違うのではない?それって脅し?私の純粋な気持ちなのに。そんな両親やから 仕方がない。その私の言葉しか頼るものがないのでしょう。私の身体や心がもつならば 誠心誠意 介護 看病する。誰の為でもない。私がしたいから。帰り道 嗚咽するように泣いた。おとうちゃん 死なないで。
August 22, 2008
コメント(6)

上記の写真は友だちからもらってお花です。手作りで 私の心を和ませてくれています。ありがとうここのところ ずっと頭痛に悩まされ 調子ががくんと落ちていた昨日は金縛りにあうし 寝てもすっきりしないのでベッドにずっと居た。夢に出てくるのは 身内のトラブルのこと。私は辛くて 記憶を消してしまいたいと涙しました。なんで虐待の事も思いだしたのだろう?思いださなければ トラブルにならなかったのに。そう自責もした。思えば この「記憶を消してしまいたい」とはっきり感じたことは よかったことやと今は思う。このブログのサブジェクトのように 現実に向き合うことに エネルギーを使っていた。私のは 身内のトラブルで傷つき疲れている。「記憶を消してしまいたい」と感じるくらいなんだ。日々一瞬 感情は湧く。そのひとつひとつは大事で自分が作ったもの。それを否定しないで そのままを受け入れることが 心の病もよくなることやと実感した。今は 「記憶を消してしまいたい」と感じている自分を大事にしよう。このしんどい時に夢に出てきた 姉や甥どの人も悪くないし 私は愛している。愛している気持ちに変わりはない。そう思うと 体の緊張が解けた。今朝は気分もよく起きれた。なんと6時まで熟睡出来ました自分が楽になるイメージを抱いてすごすことが大事やとブログの皆様からのコメントを読んで感じました。みんなそれぞれしんどいことを抱えている。それをどうとらえて自分のテンションをあげて楽しくすごす。ブログ仲間のひとりのDさんは私と同じような境遇であるのですが「絶対幸せになってやる」とブログに書いてはりました。衝撃的でした。教えられました。今 また この言葉が私の脳を刺激してくれています。私は新しく新婚生活をスタートしたばかり。結婚式も秋幸せになるんだ。可愛いお嫁さんになるんだ~しんどい時は悪妻にもなり穏やかな夫と 平和な生活を送るんだ
August 22, 2008
コメント(4)
朝は4時に起きてしまいましたいつもの体の痛みを感じて起きて リビングで家事をしていました。をつけるとみのさんが久しぶりに復帰して「朝ズバ」に出ていました。みのさんがいない間の 他のキャスターの北島選手へのインタビューはタジタジだった。みのさんが今日その北島選手にインタビューすると聞いたので興味深く みたかったので 頭痛がするけど 横になって見ていました。そのうち 寝てしまい 肝心な北島選手のインタビューは見れなかった変わりに悪夢を見てしまいました。うちのおかあちゃんの様態が悪くなって 縁が切れている姉との再会の夢。また そこでトラブルがあって 夢で苦しんでいるところを夫がみつけて起こしてくれた。私を寝室に運んでくれたけど 朝 夫をで送り出したいので夫に言ってまた リビングに運んでもらって 夫のお世話を口だけでしてた朝4時に起きて 夫の着替えや薬 朝ごはんの用意はしておいた。夫を無事に送り出した頭痛がましになるので 首や顔に超音波をあててもらいに行った。そこでは 気持ちよくて寝てしまったが また そこでも悪夢をみてしまった。息が出来ない夢で苦しくて 金縛りにあった。やっと声が出せて助けを求めた。しんどかったあまり調子がよくないので 帰宅してゆっくり寝ようと思うのだがまた 悪夢をみると思うと 眠るのが怖い涼しいような蒸し暑いような気候の中 自分のの様子を感じるとなんだか ひっかかりのような どろどろとした悲しみや怒りがあるように感じる。家でお友達と話していると頭痛も楽になる。ひとりになるとひどくなる。体は正直だけど 痛さや金縛りは嫌だ日記を書いてると 長女からがあり 父の入院がまだ先になりそうだと連絡してくれた。その横で父がぶつぶつと言ってるのが聞こえた。「もうわしは寿命やいつ死んでもええ年や」とはっきり聞こえた。私はつれない気持ちになって 父と話したかったけど 長女に介護を任せているし私も体調が悪いので でしゃばらないでいた。長女には 私が父が入院中 介護すると言ったことを謝った。長女の方針でいってもらって私は出来る限りお手伝いすると話した。今も私の耳に父の心細い声が響いて残っている。肝臓癌って怖いものな。父本人が一番怖いやろうな。おとうちゃん ごめんな。おとうちゃん 大事にしてな。祈ってる。
August 21, 2008
コメント(4)
昨日の股関節外来で 緊張したせいか今朝から胃が痛い今日は夫がノー残業デーで早くに帰宅してくれる私は歯科の根幹治療に夕方から行くので 夫と待ち合わせをして外食する予定だった。しかし 朝 新聞をみると 夫の好きな番組があるのでで食事することにした。夫は子どもみたいに「ハンバーグがいい」とリクエストする。うう~うちは胃が痛いのに 肉?と頭をかすめたのに「うん!いいよ」と言ってしまった。夫が出勤してから ハンバーグの下ごしらえをする。たまねぎをみじん切りにしてたら涙が出た。それは自然現象だろうけど。だんだん 胃の痛みが激しくなり ベッドに寝込む。胃の裏を押す。胃薬を飲む。安定剤を飲む私のはハンバーグを作りたくなかったのかも。そう言えば 仕事をしているときも 人が嫌がる仕事も「はい!」と引き受けてきて 限界を通り過ぎて 今の病になったように感じる。私ってNOが言えないなあ。相手に頼まれると嬉しくなってひとつ返事をしてしまう。心の病を治すには断る勇気がいる。自分の心に正直に無理のないようにしていきたい。自分の心からしたいことをして心に栄養をあげたい。
August 20, 2008
コメント(12)
ドキドキしながら股関節外来に行って来ました。先生に まず名前が変わったことを指摘されました。そうだ 入籍したんだったと改めて感じた。そして 私は「痛みを感じません」と言うとイケメン先生は「加減しながら生活してる範囲では支障がないんですね。 画像では損傷していますので 痛むのならすぐに来て下さい」あ~よかった~手術は逃れたを後にして ダンスに行くが 間に合わず~ダンスしているスタジオを外からみて 勉強になった。それぞれのダンススタイルやあごの位置 エネルギーの高さや楽しむことの重要性とかちゃんと言葉では言い表せないけれど稽古を外からみて 今の自分のダンスの稽古に活かそうと鏡の前でステップを練習した。もうその頃には 昨晩からの顔の湿疹もひいていた。やはり 体は正直だ~~~~今日 感じたことは自分が頭痛がひどいとか自分が股関節が悪いんだとか「自分を ○○だ」と決めつけないことが 大事だと思った。人も自分も日々に変わっている。明日はどんな私か わからない。だから 努力するんやな~
August 19, 2008
コメント(6)
私は股関節唇が断絶していて 股関節専門医に手術を宣告されていました。夫と相談して 延期にしてもらいました。予定では手術は6月17日でした。よかった~まぬがれて~~ほっドクターからは 「痛くなったらすぐに診察に来て下さい」と言われたもののこの3ヶ月の間 痛むことはなく 頭痛の方が100倍痛いよって感じです今も手術に気は向かない。今日の昼から 股関節の予約診察です。ドキドキして 昨晩からそわそわしていますまた 手術って言われたらどうしよう。メス入れるのは怖いよ。入院って言われたらどうしよう昨日から夫にも不安な気持ちを話し昨晩は夫は「先生に手術って言われたら電話してきて 大丈夫やから」今朝も夫は 不安がる私をみかねて「会社休もうか?」と言ってくれました。お盆でたくさん休んでいるのに 私の為に休んでもらうのは気がひけます。夫には出勤してもらいました。朝 鏡をみてびっくり顔にまた湿疹がいっぱいでて 赤ら顔になってる~~~~体って正直やなって思いました。ストレスがすぐに体に出てくる。身体症状が私を守ってくれています。午後からの股間節の診察が早く終わったら 好きなダンスに行こうっと。そう思うと ストレスが軽減するので せっせとダンスの稽古に着るウエアを選んでいます。朝 に診察券だけをで出しに行ったらの動揺からか シートベルトのバックルが私の手を直撃して来て手がしびれています帰宅して洗濯物を干す時に 洗濯バサミが私の指を直撃してきて指をはさみましたドジであほな私です
August 19, 2008
コメント(4)
夫の長いお盆休みが終わりました。昨日 で6時間かけて自宅に帰って来ました。久しぶりに豪華な食卓にしました。またもや リビングで寝てしまった私夫が私をおんぶして寝室に連れて行ってくれました。いつもの生活に戻りました。私の心の底には悲しみがたくさんありました。家族関係・父の病気・母の病気・結婚式に両親に来てもらえるかさえわからない。。。そんな私に朝は優しく とても涼しい朝でした。27度だった~朝からお掃除をして心も掃除したかった。一生懸命床をぞうきんで拭くそんな朝早くにが入る。続けて2つ。ひとつはカウンセラーの先生からだった。私の悲しみを感じてくれて そんなに悲しまないで。お姉様はお姉様。貴方は貴方。誰も間違っていません。介護はあなたに過度の負担がかからないようにね。共倒れはだめよ。サラちゃん。涙を拭いてね。離れて居ても私の悲しみを感じて下さって メールをくれる。涙が出ました。もうひとつはブログの仲間です。私の娘のような10代の若い子なのにしっかりしていて 心強いメールをくれた。サラさんの伝えたいっていう気持ちがあるなら お姉さんに時間がかかっても伝わると思います。サラさん 諦めないで下さい。 もう涙が止まりませんでした。そして昨日の日記に下さった方のコメントを読んでまた私はひとりではないんや。ありがとう。いつか心の大きな人間になって 人の悲しさを感じて自分からオファーを出せる自分になる。ひとりひとりの方の思いを感じて胸がいっぱいです。
August 18, 2008
コメント(8)
昨日の続きになります。父が今度 肝臓が悪くて入院するにあたって お世話をすると私がひとつ返事で引き受けた訳ですが長女が怒っていて 私のひきだしでは考えきれずカウンセラーの先生に相談して 自分の考えの甘さをかみしめて感じています。自分で答えを出しました。長女の考えも聞かないで 自分勝手に決めたことを長女に謝ろうと思います。長女は両親をみることを覚悟してはるのに 尊重してなかったです。私は自分の体だけでも手を焼いているのでひとりでは 看病・介護出来ません。姉の迷惑にならないように 私が手伝う形で 両親のお世話をしたいと思います。いっぱいの考えが走馬灯のように浮かんでいたけれど長女の気持ちを傷つけたことに気がつきました。うまく長女に言えるか わからないけど 直接会って目をみて 話をしたいと思います。看病も介護も大変な覚悟がいるし 前に私が介護で失敗しているのでそういうことのないように ひたぬきに介護・看病出来たらと思います。家族関係でこれ以上もめたくありません。これからの 介護・看病 不安だけど 長女に協力してやっていきます。
August 17, 2008
コメント(6)
今日は頭痛から逃れたい一心で歯科に駆け込んだ。あんなに「頭痛は歯からですよ~」と言ってくれてた先生が 私の状態をみて「これは歯だけではないな」歯の治療で頭痛がおさまると希望を持っていたのにショック痛み止めの薬をもらった。帰りに友だちに会って頭痛でまいってる私と食事をしてくれた。久しぶりのイタリアン いっぱい食べれた。感謝実家近くまで来たので 父の様子が心配で長女にする。長女の言い分は父が入院するまでほっておいたらよい父が入院する時は母も入院させると前から言ってたのにサラが入院中みるっていうから話がややこしくなった要約するとそういうことで 怒っていた。私はなんて言葉を返していいのか わからなかった。これ以上 家族間でもめたくない。長女の意見も年長者として尊重しないといけないと思うのだが両親から虐待に合って育ってきた長女は両親に対してもクールで私の胸が痛む。親だからみようと思ったという正直な気持ちも言えずに勢いのある元気な長女の口調に圧倒された。私は病気だから入院が父は3日と言ってたけど それ以上延期になったら母のお世話に父のお世話できないと思う。家族で話し合って決めれたら一番いいのに なにかちぐはぐな家族間私がでしゃばりすぎたの?ひとつ返事で受けたことは間違い?介護に看病はひとりでは私は出来ない。長女としたかったけど最初から 温度差があるから 私はしんどくなってきた。どうしたらええのやろう。あかん また 頭が痛くなってきた介護を兄弟でされてる方など 家族間でどう話し合ってきてはるのでしょうか?また おしえてくださいませ。どうぞ よろしくお願いします。夫は明日帰宅するそうだ。今日の朝 家族間の争いから疎遠になった甥っ子の夢をみて泣き叫んで起きたので 楽しい夢をみたいです。関係を作るのは積み木をひとつひとつ積み重ねるようなことなのに 崩れる時はあっという間や。悲しい。まさに 「つみきくずし」や。積み木を積み重ねるチャンスはもうないのか・・・
August 16, 2008
コメント(4)
今日の昼間まで頭痛さんはどこかに散歩に行ってたみたいでダンスにも行けたしかし 昼すぎから 再び 頭痛さんが私のところに帰ってきはった夫がひとりで帰省しているので ひとり暮らしで気楽なのになんで洗濯物も半分やし ご飯も適当でよいし 遅くまで夫の帰宅を待たなくてもよいのに。夫が居なくてが軽いような寂しいような複雑な気持ちです。夫にさっきして 頭痛がひどくて嘔吐したことを話した。夫は「僕が居ないからか?」なんて言ってた。優しいわなるべく早めに帰るようにしてくれると言ってくれたし はまめにしてる。私からだけど私のも体もややこしいなあ~私は手におえへんわ~ブログが書くことが出来ることが 幸せ安定剤に鎮痛剤にいっぱい薬を飲んだけど 頭痛さんは小さくなってくれるかな。私は自分のを知らないのかな?父の病気が癌らしいと姉から聞いてショックだったり 看病できるか不安だったりもある。結婚式も心配。それは もうやるしかないと思える。カウンセラーの先生は私より私の感情を知ってる。私は私の感情がわからないときや 遅れてわかることが多い。今 自分のが私にSOSしてるのかな?身体症状は時として自分を守ってくれるから。夫が言ってくれたように「何も考えず ぼ~っとしていよう」に浮かぶを追い払いたい。
August 15, 2008
コメント(6)
昨日は お盆休みなのに友達に特別に超音波を首にあててもらって頭痛が楽になって 昼寝まで出来ました。夜も12時には眠くなっていました友達のに感謝です。睡眠って大事やあ夫がひとり帰省しているので 「長男の嫁」としては 罪悪感があった。夫も「体調がましになったら 来てな 無理したらあかんで」と言ってました。実家までで6時間はかかる。なら10時間くらい・・・ちょっと今の自分には無理だあ。長男の嫁としてのことも出来ない。あ~諦めた 今 行かないことを決めました。今朝はお蔭様でふっきれました。私の心の病を治すにはがんばらない。欲張らない。求めない。ついつい 自分が元気な頃のようになんでもテキパキとしようと完璧を求めてしまう。ゆっくり動こう。普通列車でゆっくり景色を楽しめたらと思っています。
August 15, 2008
コメント(12)

朝起きて一番に いつもテラスの日々草に水をあげる。毎日34度~38度の暑さの中 咲いてる日々草。いつも元気をもらってる。昨晩ひとりで食べた食卓に 強くてたくましい日々草を置いて一緒に食べた。自分にはのもやもやがいっぱい。結婚式に両親が 遠いことを理由に来てくれない悲しさ 姑に式をあげるホテルの親戚人数分の部屋の確保を頼んだのに とれてない。 私が悪戦苦闘して友だちの分の部屋まであげた。 一部屋三人で泊まってもらうように言うと 一部屋二人でないとダメだと言う~ そんな観光シーズンに無理やあ~もうお手上げ 長男の嫁として 実家に行かないとと脳が訴えているが 心と体がついていかない。頭痛がひどい。昨晩は嘔吐した。父が今度入院する。 私はまだ体調がよくないので 出来る範囲で 介護・看病するが 家族間のトラブルが続くなか これ以上もめたくない気持ちがいっぱいである。カウンセラーの先生に泣きながらメールを書いた。「ご自分の生活だけでも大変なのに なんで引き受けたの?」「ヘルパーさんを雇ってとふたりでお世話されたらいかがですか?」そんな言葉を頂き 自分の気持ちを整理し 自分の体調も受け止めないとと感じることが出来ました。前の日記にもコメントを頂き 心がほぐれていっぱい泣けました。ありがとうございました。
August 14, 2008
コメント(6)
お盆に私の実家に帰って 父が大変弱っていて肝臓に腫瘍があって 入院しないといけないと言われた。あんなに元気で私に暴言 暴力をふるって居た父の面影はない。姉に連絡がつかないまま 父の体調を心配して今夜 実家にした。私「お父ちゃん 大丈夫?」父「頼みます。よろしゅうな」最後の会話だが 今までの会話にはない父の言葉。父は私と夫が実家に泊まって 母を看てもらって 父は入院したいらしい。父に今まで随分 行動を規制して悪いことをしたなと 反省していた。父になんの罪もない。姉妹のトラブルで次女が父に泣きついて 父は心を痛めた。大人なのに なんで親に泣きつくのか 今も そのことを恨んでいる私。病気の親に心配かけて 家族を巻き込んで 私は一番悪いの?自責と他責を繰り返し 介護から身を引いていたが父が入院となると 私に頼ってきたし 私もほっとけない。前の介護の失敗を繰り返したくない 自信もない。私も病気が治った訳でもないけど 親だから仕方がない。私の介護生活 再び・・・上手くやっていけるだろうか・・・不安が募る。
August 13, 2008
コメント(4)
昨日は自分の心と体の調子のアップダウンの激しい一日だった。朝は頭痛で目覚めたけれど 昼からダンスと自力整体に行く。ダンスをしているときは 集中力が大事で 他のことを考える暇がないから 今の私にはいい自力整体では 身近なタオルを使っていろんな体の動きをおしえてもらって体がほぐれて 特に首がすっとして 先生に感謝自力整体の先生におそわってことがある。久しぶりに先生にお会いしたので私が 「体調を崩していました。安静が苦手でしんどかったです」と言うと先生が「自分のことを安静が苦手って決めつけないことです」とおしえてくれました。自分の心も変わるのに 自分はこうなんだと決めつけすぎてる自分を感じた。その言葉が私の心を開いてくれて 体もほぐれました。感謝しています。帰宅して 夫の大好物の「すき焼き」をした。肉がちょっと苦手の私だが 家族は同じものを食べていたい思いがあるので一緒に頂いた。その後 胃痛に頭痛に へろへろになった。夫も倒れている私を置いて実家に帰れない感じだった。一緒に実家に帰って欲しい気持ちを抑えて 「仕方ないやろ」と話してくれる。口がたつ方ではないので 上手は言わないが「最近 戻して(嘔吐)なかったし よくなってたのになあ」とふとつぶやいていた。吐き気のある私の背中をさすってもらったり体をマッサージしてくれたり 夫によくしてもらった。夫ごめんな。夜は薬に依存した。その姿をみて夫は残念そうだった。夫は自分が帰省してる間「サラはぼ~っとしてたらええねんで」と言いました。私は最近痛みに苦しんで居て とっさに「ぼ~っとするってどんなこと?」と聞きました。夫はぼ~っとすることは 流れる雲をみてたり 寝てたらいいんやでさぼりの神様をおいていったるわと言ってくれました。なうほど~夫の優しさが心にしみてきた。私は今日は自分のさまざまな揺れる思いを振り払って夫を実家にで送り出そうお盆だ。ご先祖様に手をあわせて感謝して後はぼ~としてすごしたい。
August 13, 2008
コメント(6)
今朝はいつもの痛みで3時に目が覚めたタオルをレンジで一分チンして ホットタオルにして首や肩に巻き 暖めるそれを3回繰り返し 湿布をはると痛みも和らいできたせっかく3時に起きたので先日出来上がった 結婚式の招待状を 筆ペンで書く背筋がピンとして緊張したが ひとりひとりに心を込めて書いた。ひとつひとつの文字が筆ペンで書くと いとおしく感じた。その人のことも いとおしく感じ 相手との思い出が蘇る。書くのが難しく一文字一文字 声に出しながら書いた。よ~し一度もミスをしないで 書けたヤッター嬉しい。結婚式を挙げるんだ。幸せになるんだ。両親が来てくれなくても写真を両親に見せよう。きっと喜んでくれる。母も父も病気で 何も助けてあげられなくてごめんなさい。私は自分の病気を治さないと 何も出来ない。夫よ。ごめんな。お盆は夫の実家には一緒には帰らない。自分に正直に 自分を大事にするね。夫の帰省の用意をした。また 頭痛がしてきた。夫の実家を大事にしてないという自責の気持ちと自分の心や体を大事にしたい気持ちが ぐちゃぐちゃと湧いてくる。夫は穏やかで怒ったりしないけど どう思われるか 他の人の目が怖い。
August 12, 2008
コメント(6)
今日は朝早くから 夫と私の実家のお墓参りに行って来ました。ガソリン代の高騰で渋滞してないだろうなあという気持ちは見事に当たらず大渋滞でした3時間もかかった。夫がひとりで運転してくれて頼もしかったです。無事に霊園に着き お墓参り。心を洗うように お墓をゴシゴシ掃除しました。お線香に火を夫が灯してくれました。私は「おばあちゃん いつも見守ってくれてありがとう」「結婚したよ」と報告しました。すると 夫は「おばあちゃん 結婚式を見に来て下さい」と言いました夫の優しいに感謝しました。お墓参りの帰りに実家に行き 仏前を拝みました。お供えものに果物をお金も用意して 夫に渡してもらいました。父は痩せていて 肝臓に腫瘍が出来て悪くなっていて 今度検査の為3日くらい入院するとのこと。私はひとつ返事でおかあちゃんのお世話をさせてもらうよ。と言いました。結婚式うんぬんより 今 父は体のことで精一杯。私らが行った時も 父は母のオムツを買って買い物から帰ってきたところだった。父に苦労をかけてると感じ切なくなった。泣かないで 実家を明るくさせたいと 冗談をいっぱい言って 母を笑わせた。母の背中を一生懸命さすって 私のエネルギーを注いだ。自分の心にとらわれていたら 何も進まない。今は父の病状が心配で 痩せて目が疲れていた父を思うと今も涙が出そうだ。私が心の病だからこそ 出来ることがある。夫はひとつ返事で 私が実家に看病に行くことを許してくれる ありがたい。おとうちゃん おかあちゃんの思いを感じないで自分の思いにとらわれていて ごめんな。おばあちゃんのお墓に参って 心がじんと地についた感じだ。おばあちゃん いつも私を救ってくれてありがとう。
August 11, 2008
コメント(0)
殆ど寝てないけれど 辛くて夫も寝ていたので フィットネスに逃げ込んだ。ふとした瞬間に 心の底の悲しみが湧き出て涙があふれそうになる。そのまま 泣いていたこともあった。ボディーフィーリングというプログラムの先生と話した時涙が出た。「いっぱい泣いたらいいよ」と言ってくれた。「泣いたら いい顔になったよ」と話してくれた。「私もよく泣きますよ。泣いたらすっきりします」と話してくれた。次にラテンダンスのクラスに入った。病み上がりだったので 先生が声をかけてくれた。「大丈夫?」生徒さんを何百人も持って居る先生が私に言葉がけをしてくれたのは 先生のお人柄だ。先生は偉大だ。ステップは出来るけど次はランバダ 次はチャチャチャっていう順番に集中しないと出来ない。手の振りもある。回転もある。音楽は流れて待ってくれない。一瞬のすきも許されない。脳が着いていかなかった。集中力がなかった。寝てないもの 仕方ないと思えた。稽古が終わってひとり復習してステップの流れを確認して家で練習しないとと思えた。エネルギーいっぱいのラテンの先生に感謝だった。フィットネスの友だちにも支えられて 自分で居られた。メールで支えてくれた友だち ありがとうございました。夫との晩御飯ではやはりうたた寝してしまった。それを責めない夫は偉大だ。自分の育ってきた実家では考えられないから。私のリラックスは保障されてる今の家族 ありがたい。特売の600円の蟹を焼いた。 酢の物 玉子豆腐に あゆの塩焼き 枝豆メニューのひとつひとつも 癒してくれた。それを美味しいと食べてくれる夫が居てくれて幸せ結婚式に両親が来れない状況を受け入れた。今。すねない。憎まない。心が寂しいのも受け入れた。ただ 寂しいねん・・・
August 10, 2008
コメント(6)
私の心は崩れていた。どう対応していいのか わからず 右往左往してまさに「適応障害」だった。薬をいっぱい飲んだ。それでも眠れず6時からパソコンに向かって頭を抱えている。頭痛がひどい。自分にうそをついた。自分に申し訳ない。私は心のバランスを失っている。息が出来ないくらい苦しい。
August 10, 2008
コメント(7)

結婚式場に連絡して衣装を選びなおした。両親は式に出席しないと聞いて落ち込んでいたが両親共々 病気だし 夏でしんどいだろうから 涼しくなったら気持ち変わるかもしれない。式場の支配人さんには 両親の出席がどうなるかわからないことを相談したら 理解してもらえて救われた。ブログの仲間にも救われた。友だちにも先生にも。私が夫が納得出来る式にしたいどのドレスがいいかな?
August 9, 2008
コメント(6)
自分の実家の現実に絶望していた。元気な時の母は常に「怒っていた」ヒステリーだった。そしてよく寝込んでいた。私は中学から弁当を自分で作っていた。次女もいつも「怒っていた」「両親に飛行機事故で一緒に死んで欲しい」と言ってた。大家族の家で いつも誰かと誰かが喧嘩していた。職人さんが同居していて 食事も一緒で 家族という感じではなかった。そう思えば 今の私は夫が穏やかな人で 救われている。食卓はいつもあったかで 心に優しい時間である。眠くなる。私は 母や姉みたいになりたくない。次女は今も夫に子どもに私に 怒り続けている。体も心も硬くなっている。いつも誰かのせいで自分は正しい。母にそっくりである。次女も両親に愛をもらってないので 彼女もまた被害者や。結婚式に姉の振袖・母からの帯を身につけることをやめます。そういう私の心は 「迎合」でした。私の今の心の核ではありません。私は私と夫との生活を大事に そのセレモニーなんで 新しいドレスを着たい。今までのしがらみを結婚式には もっていきたくない。そんな感情に気づかせてくれたのは カウンセラーの先生。命綱のメールをくれた。私は私のままでいい。両親が結婚式に来なくても 私と夫の神聖なセレモニーだから 新しく出発する。今日は式をあげるホテルに行く。衣装をがらっと変えよう。自分の着たいものを選ぶ。自分の主体を大事に 成長していきたい。
August 9, 2008
コメント(7)
両親の介護と私の結婚式の相談で長女と会った。私は頭痛で寝込んでいて ひどく具合いが悪かった。実家のことを聞くたび 震撼する。心が圧縮する。実家の真実 受け入れられないことも多い。それでも 長女が両親をみてくれているので 週に一回は姉の愚痴を聞くことが自分の役目だと感じていた。晩御飯を一緒に食べた。家計が苦しいが私がいつも支払う。結婚式に来ないと父が言っていたそうだ。具合が悪いのであまりしんどいことは聞きたくなかった。具合が悪いと自分で言うのも おこがましくて それを言うのもしんどかった。帰り道 嗚咽するように涙が出た。父と一緒にバージンロードを歩きたかったけど 大学の時の恩師に頼もうか・・・身内のもめ事は根が深い。私は姉を許す。母を許す。父を許す。そして 初めて自分が許されて 開放されるんだ。私は誰も憎まない。仕方がない。
August 7, 2008
コメント(10)
夫が昨晩17時に電話してきて 「早く帰る」と言う。いつも12時すぎに帰宅することが多いので私はびっくりして 「なんかあったん?具合が悪いの?」夫は ふんふんとさりげに私の質問に答えて 帰って来た。私のはドキドキしていた。夫が会社で何かあったのかと心配した夫は「大丈夫や」と言う。が鳴っていたので 私は怖くて夫にしがみつく夫がそばに居てくれて心強かった。私は夫の早い帰宅の理由をもうこれ以上聞かないで美味しい晩御飯を食べてもらうことを心がけた。夫は「美味しいなあ」と機嫌よく食べている。「サラが作ったものはみんな美味しい」と言ってくれる夫は温和な性格なので 私とちょうどいいのかもしれないなあ。ご飯の途中で眠くなることが多い夫に感化されて私も途中で眠くなって 椅子でうたた寝。あ~リラックス出来てる 私は緊張しいなので 嬉しい。喧嘩しながらも いいように感化しあって 夫婦になっていけたらいいなあ。
August 7, 2008
コメント(8)

今日はお陰様で4時まで眠れた睡眠4時間とれたあ4時からベッドの上でストレッチして 頭痛の軽減をはかった。頭痛もまし~やはり 歯科の根幹治療が効いたのだろう。昨日はドクターに 私の苦手な「安静」を指示されたので頭痛さんと仲良くできた逃げれば追いかけてくる。一緒に居ると向き合える。なんだか恋愛みたいやな思えば7月から調子がよくなり寝込まないようにぶっとばしてきた結果が頭痛復活になった。それに結婚式の準備段階での人との関係の中で心が疲れている。自分の感情を認知できないところがあるので自分に正直にを心がけてきた。自分の正直な気持ちで人に接すると 相手も正直になってくれる。それはとってもええことなのに 昨日の私は こだわっていた。「そんなに外に感情を出せて羨ましい」と人に言われ 私はその人を傷つけたのかと 自己嫌悪に陥っていた。自分から湧いた自己嫌悪の感情を流せずにずっとためこむ自分がある。感情って 感じたままに表現して 流せていけばはさらっとするだろう。最近の自分のはどろどろしていた。些細な言葉にひっかかって ずっとそのことが頭から離れない。眠れてない 激痛の中の自分だったので そのひっかかりが自分で自分を苦しめる。自分が作った感情をどんな風に流していけばいいのだろう?正直な自分を理解したい。人との距離を感じて空気を読みながら 一呼吸おきながら 人と接していきたい。ずっと寂しかった。海は広いな大きいな 私の心も大きくなあれ♪
August 6, 2008
コメント(6)

旅行から帰って来ました。海はとっても綺麗で沖まで泳いでをみつけては「こんにちは」と水の中でもごもごと声かけして手を振っていました。その一瞬は痛みから解放されました。しかしの中では患部を氷で冷やしていました。夫が全部運転してくれたので 助かりました。ありがとう「痛み」はを繊細にして 物音も頭に響くくらいで鎮痛剤も飲みました。 が爆発して大泣きして夫にも心配もかけました。ずっとそばに居ていたわってくれてありがとう。今は横で寝ていますが 私が痛くて目が3時に覚め座っていると「大丈夫か?」と心配してくれてそういう人が居てくれること自体 私はしあわせです「痛み」の元は心から?更年期?歯?わらをもつかむ思いでこの前治療してもらった知り合いの歯医者さんに診察に行くことにしました。今回の頭痛は頭の中で雷が走り かなりの激痛でもう耐えるのも限界です。リンパも腫れています痛みから充分な睡眠がとれなくて疲れがたまる一方です早く「痛み」から開放されたいです
August 4, 2008
コメント(2)
今朝は涼しいです朝起きると痛みがあったので 今 アイシングしながら日記を書いています。はすっきりしています。洗濯物も干したし朝のお仕事完了昨日の出来事の愚痴です私は夫のこの言葉に怒りました夫が姑との電話で(結婚式のこと)「そんなこと言われても 俺が怒られるやろ!」私が夫に怒られるからって どういうこと?やだやだ こんなことじゃ 私と姑の関係はよくならなないわこの場に居たくなくなりました。息が詰まる。の中が炎上。私はダンスに行きたくなりました。首や肩・頭の痛みはあったけど・・・を守るため 自分の為に プチ家出決行一回くらい「実家に帰ります!」と威勢よく言いたいところだが 両親は病気。心配かけられないもんなあ~夫にも家出先 バレバレだし(σ。σ;A)゛アセアセフィットネスクラブに着いてスタジオを見ると安心スタジオが私を待ってくれてたように感じありがたくて涙が出そうだった。メンバーの中に知ってる人も居て 私の肩や首に電気をあてた吸盤の型がくっきりでみんなで大笑い「どうしたの?」と聞いてくれるメンバーや先生に私が「借金で首がまわりまへんねん」と話してまた ダンスを1時間 みっちり集中して踊れたダンスの後はアイシングとストレッチしながら メンバーの上品な奥様とのおしゃべりつきることのない会話癒されました。感謝です。家出先があって。。。残念だったのが帰り道 方向音痴の私は迷子になり 10分で駅まで行けるのに30分も歩いてしまったあせっかくでさっぱりしたのに 汗まみれにドジな私です怒りの感情はすっかり汗と共に流れました。今日から夫とラブラブで旅行に行って来ます穏やかに楽しくすごす為には まだ 未熟な私には プチ家出が必要です。
August 3, 2008
コメント(4)
自分を振り返ってみた。仕事をしている時も仕事はテキパキ早さが命だった。誰にも文句を言われないのに 家事もテキパキ早くしてきた。そのテキパキが体を緊張させる。マッサージやスポーツなどで緩んだ筋肉がまた家事をして 緊張して体の痛みになる。頭痛に肩や首の痛みを増長させていた。頭痛には睡眠が大事である。体調が悪くなってから 睡眠時間は減ってる。今日も4時間。私って まっしぐらにがんばるタイプで7月2日の受診で 「社会復帰に向けては まず生活リズムが整えることです」っていうことを ドクターに言われてた。よっしゃ~明日から寝込まないぞ決めたらまっしぐらタイプの私は 寝込まないように朝も家事をがんばりごろごろすることも 自分に許さなかった。その結末が 病状悪化だったと 皆様のコメント・ブログを読んで教えられました。昨日はフィットネスクラブのマッサージもされるインストラクターさんに紹介されたスポーツマッサージをしている整骨院に行きました。痛みから逃れたい~わらでもつかむ思いからです。フィットネスに顔を出すと「痩せたね」「頬がこけてる」など 声をかけられ自分がまいってることを再認識整骨院では アイシングを薦められて 今も首をしていました。頭痛の元は首と肩の痛みでした。8月になりました8月の目標は「ゆっくり動く」ことに決定しました 今まで通りの自分だったら やはり社会復帰も無理やし 成長もない。穏やかにゆったり暮らしたい。時速は関係ないね 心を込めてゆっくり家事もしようっと
August 2, 2008
コメント(6)
今日も頭痛がする頭の中で雷がなってるようだ。「痛い」っていう感情が頭の中をぐるぐるしてる頭の中はなんでまたひどい頭痛が復活したんやろ?私なんか悪いことした?夫婦喧嘩したのがいけなかったのか?夏ばてやねん。薬飲んでばかりも嫌や。社会復帰できへんやんか~ばかばかばか体が冷えてるの?首にタオルまいとこう。自分と対話している。痛みに耐えかねて おとついはオイルマッサージに行った。その時はましになった。痛みに耐えかねて 昨日は首に超音波をあてに行った。その時はましになった。痛みに耐えかねて 家でもストレッチしたり お風呂で温めたりしている。いっこうによくならないのでが落ち着かない。今日は別の根幹マッサージに行こうか?なにをそんなにもがいてるんや?痛かったら寝といたらええやん。夫も言ってたやろ。無理したらあかんって・・・痛みから逃れたい。薬を飲んだけど こんな自分が悔しい。痛いなら痛いままで そのままで居たらいいのに そわそわしてる。情けない
August 1, 2008
コメント(4)
全36件 (36件中 1-36件目)
1


