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西徳寺への参拝が終わった後に計画通りに国際通りに沿って、裏道へゴー。 通称飛不動の龍光山正宝院に到着。享禄3年(1530年)に創立。本来、修験道本山派(天台宗系)の流れをくむ修験道場であったが、明治期の修験禁止令により天台宗寺門派(現・天台寺門宗)に属し、現在は単立寺院となっている。 ご本尊は不動明王。創建後、住職がご本尊のお不動様を笈で背負い、大峯山へ修行しにいったが、ある日、ご本尊が留守の寺に人々が集まり、不動尊を観想して一心に祈ったら、不動尊は一夜にして大峯山から江戸に飛び帰り、祈った人々の願いを叶えたという。それ以来、「空を飛び来て、衆生を守りたもうお不動様」飛不動尊と呼ばれるようになった。小惑星探査機はやぶさが一時行方不明になった際に、プロジェクトマネージャの川口淳一郎が飛不動へ参拝したら、はやぶさは無事帰還してきたということも有名。 下谷七福神の恵比寿様も祀る。 飛不動のすぐ近くに豊川稲荷もある。
2024.04.29
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法昌寺への参拝が終わった後に国際通り方向へゴー。 大きい寺院を見かけたが、山門の前に立たれた「十七代目中村勘三郎墓所」の石碑を見た。調べたら、西徳寺という歴史のある寺院ということがわかった。。しかも十八代目中村勘三郎さんもここに眠っている。 真宗佛光寺派の寺院。山号は光照山。御本尊は阿弥陀如来。寛永5年(1628年)に江戸の金助町(現在の東京都文京区本郷付近)に建立されたが、三回の火事も遭ったが、八百屋お七のお話である天和の大火の後の天和3年(1683年)に現地へ移転。関東大震災で本堂が全壊したが、昭和5年(1930年)再建。2019年に公開された映画「WELCOME TO JAPAN 日の丸ランチボックス」のロケ地となり、「大日本鎖国寺」という架空の寺院として登場した。 御朱印は手書きだったが、武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの感染拡大で書置きとなったものの、種類が増えたようだ。一番伝統的な「常照我」をいただいた。そして寺務所の方の案内で、第十七、十八代目中村勘三郎の墓所へお参りした。
2024.04.29
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小野照崎神社での参拝が終わった後に、国際通りへ向かおうとしたら、毘沙門天と書かれた旗を見た。 下谷七福神の毘沙門天を祀る法昌寺ということである。 法華宗本門流の寺院で、山号が日照山。情報が錯そうしているが、御本尊は大曼荼羅、十界曼荼羅のようである。流派からみれば、法昌寺は、法華宗本門流の「大本山 光長寺」の末寺であるため、「南無妙法蓮華経」が御本尊である可能性が高いかな。関東大震災で罹災したが、震災後に再建。 本堂の隣の地蔵は、たこ八郎地蔵と呼ばれる。たこ八郎は、元プロボクサーで役者やコメディアンとして活躍し、「あしたのジョー」の矢吹丈のモデルとも言われるが、酒を飲んでから一人で海水浴をしていたところで心臓麻痺でなくなった。たこ八郎の墓は故郷の宮城県にあるが、由利徹、赤塚不二夫、映画監督の山本晋也らが「東京でもお参りする所があったらいい」という提案をした。このため、発起人としてたこ八郎地蔵が建てられた。胴体の部分には、たこの遺筆による座右の銘「めいわくかけて ありがとう たこ八郎」と刻まれている。地蔵像の後ろには、ボクシングのグローブの石像が立てられる。 毘沙門天堂。日蓮聖人御開眼の毘沙門天が祀られる。 入口のすぐ近くにある救世観世音。
2024.04.29
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ほかの方にとって今日は連休の前半戦だが、わしはやはり出勤。しかし、やはり休みのような活動もしたいので、直接に職場に行くのではなく、根津を降り、歩行で入谷界隈へゴー 20分ぐらい歩いたら、小野照崎神社に到着。神社の境内で一番大きい鳥居だが、ここから境内に入ると正殿ではなく、正殿の隣にある社務所が見えるのだ。 主祭神は平安初期有数の歌人、法律にも詳しいため参議まで務めた小野篁。仁寿2年(852年)、この地の住民が小野篁が住んでいた上野照崎の地に神社を創建したが、寛永寺の創建で現地に移転された。江戸末期、回向院より菅原道真自刻と伝わる像を迎えて相殿に祀る。このため、小野照崎神社は「江戸二十五天神」の一つに数えられた。樋口一葉の「たけくらべ」にも「小野照さま」の名で出ている。 庚申塚 、青面金剛、喜宝院庚申堂(入谷庚申堂)遺跡。元日本三庚申の一つだったが現存しない。 天明2年(1782年)に築かれた富士塚「下谷坂本富士」。国の重要有形民俗文化財に指定されている。夏越の大祓と富士山の開山に合わせた毎年の6月30日と7月1日の2日間に限り、一般の方々に開放される。 境内社の御嶽神社・三峰神社・琴平神社。 境内社の稲荷神社・織姫神社。 鶯谷駅から来れば正殿正面の鳥居は一番近いのだ。 鶯谷駅から来れば、ここは参道となる。
2024.04.29
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日曜日だが昼のテレビ会議のためいつもより早く起きた。夕方からまた在宅勤務をしなくてはならないので、遠い所へ行けないが、運動の時間も確保したいのに会議が終わった時間がかなり微妙。 というわけで、歩行で馬橋へ。往復なら今日の歩数をほぼ7割ぐらい確保できる。無事に1時頃に今月上旬以来ぶりの三つ由に到着。ちょうどいいタイミングですぐ着席できた。今日から提供開始の限定「ベジポタa type」、半熟卵、鶏スープで炊いた小ライスを注文。 しばらく待ったらご対麺。ライスもほぼ同時にご登場。 つけ麺のつけ汁なので、当然ラーメンのスープより濃度と粘度が高い。しかし、べジポタの先駆けと言えばajitoだ。野菜によるとろみと出汁による塩気のバランスがよく取れている。 平打ち縮れ中太麺は通常の麺に比べ幅がややあるのに対し少し薄目で、つけ汁との絡めと歯切れが良い。食べられるラー油は味変の役割だが、辛党のわしにとってもうちょっとあればいいってこと。チャーシューは厚手で歯ごたえがあり、味付けもつけ汁と合う。 つけめんの並と小ライスの量はわしにとってちょうどよいのだ。 最後はスープ割。女将さんがポットで注いでくれた。つけ汁の濃度と粘度が高いので、減りが早い。少しスープを注いでいたが、つけ汁の濃度と粘度に合わせた量だ。塩気が強調され、濃度と粘度が高いつけ汁はちょうどよい味になった。 おいしかったね。去年食べたべジポタのラーメンと違った趣で、なかなかいい。元々この界隈でこのような味がないので、なおさら貴重な限定だ。これからもっと頻繁に訪問しに来よう。ご馳走様。
2024.04.28
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蔵前駅へ向かう途中に浅草駒形諏訪神社へ参拝。 正式な名前は諏訪神社だが、浅草の駒形にあるため、浅草駒形諏訪神社として知られる。創建の年代は不明。「後冷泉天皇の御世」(寛徳2年〈1045年〉~ 治暦4年4月19日〈1068年〉)、あるいは「承久の乱(1221年)の後とされる。諏訪大社の御分霊を勧請したためか、諏訪大社と同じ諏訪梶の御神紋を使用する。江戸時代に神社周辺の地名諏訪町の由来でもあった。主祭神は、建御名方神、八坂刀売神。小さい神社だが、裏に社務所があり、宮司が御朱印を対応してくれる。
2024.04.27
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東本願寺での参拝が終わった後に、職場へ行くために蔵前駅界隈へゴー。 途中に、本社三島神社へ参拝。 台東区では三つの三島神社があるが、ここは本社三島神社、浅草の寿にあるため寿三島神社とも呼ばれる。主祭神は大山祇命。 弘安年間(1278年 - 1288年)に創建された。鎌倉幕府御家人の河野対馬守通有は、モンゴル(元)・高麗軍による日本侵攻という「弘安の役」の時、今の愛媛県である地元の大山祇神社で戦勝祈願をしたところ、成就して伊予水軍を率いて武勲を挙げることができたが、「武蔵国豊島郡に大山祇命の分霊を勧請せよ。」という霊夢を見たため、上野山に大山祇命を祭神とする神社を創建した。 1650年慶安3年(1650年)、宝永7年(1710年)、幕府により2回の立ち退きを命じられ、最終的に現地に移転されたが、氏子の要望で、分霊を勧請する形で根岸には元三島神社が、下谷には三島神社がそれぞれ創建された。本社三島神社は、関東大震災、東京大空襲で焼失されたが、昭和47年(1972年)復興。 境内社の石稲荷神社・髪稲荷神社の合祀殿。祭神は倉稲魂命。 宮司がいないようで階段を降りて帰ろうとしたら、宮司がちょうど帰ったため、御朱印を書いてくれた。 なお、1944年に上映された映画「くて神風は吹く」で河野対馬守を演じたのは、わしが一番好きな俳優である田村正和のお父さん阪東妻三郎であった。
2024.04.27
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「自家製麺 甚」から出た後に、そのまま道に沿って浅草と反対方向へゴー。 少し歩いたら、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺に到着。この写真は甚へ向かっている途中に浅草通りの向かいから撮ったものだ。 東都浅草本願寺、浅草本願寺、浅草門跡とも知られるが、正式な名称は浄土真宗東本願寺派本山東本願寺。浄土真宗東本願寺派の本山である。ご本尊は阿弥陀如来。東本願寺は仏縁を結ぶ一助として御朱印、朱印帳ではなく、巡拝印、巡拝帳という名称を使っている。 1591年あるいは1603年に、教如が神田に開創した江戸における本願寺の録所(教務所、出張所)である江戸御坊光瑞寺が始まりという。本願寺の東西分立でここは真宗大谷派の本山である東本願寺の掛所(別院)となったが、明暦の大火で焼失されたため、浅草へ移転。西本願寺の江戸浅草御堂は築地へ移転し、今の築地本願寺となった。戊辰戦争の時にここは彰義隊の拠点となった。関東大震災、東京大空襲で再び焼失され、1953年に再建。1965年に浅草本願寺から東京本願寺へ改称。1969年から起こった真宗大谷派内部の対立で、東京本願寺と賛同寺院により「浄土真宗東本願寺派」が結成され、東京本願寺はその本山となった。 浄土真宗の宗祖とされる親鸞の像。 東西分立前の浄土真宗本願寺派の中興の祖とされる蓮如の像。 五・一五事件や二・二六事件などにより戦線の日本は政党内閣が崩壊し、政党政治が衰退してしまった。この流れで、憲政功労者の慰霊、顕彰、更には国民の憲政、政党政治に対する認識を高め、憲政、政党政治の擁護、発展に貢献するを目的として新たな憲政碑は建立された。浅草本願寺は、明治8年(1875年)に明治天皇の臨幸で、日本で最初に開かれた「地方官会議(知事会議)」の議場に使用されるため、その建立地として選ばれたのである。
2024.04.27
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「摩尼山 成就院」での参拝が終わった後にそのまま田原町界隈へゴー。連休とは新店訪問のチャンスだが、わしは元々リピートが多いほうだし、新店への訪問にもこだわっていない。とりあえずご縁に任せよう。 連休だし浅草って界隈なので、あちこちの店の前に行列ができている。選択肢の一つである「自家製麺 甚」に来た。新小岩の有名店「自家製麺 啜乱会」で7年間にわたって店長を務めた方が独立して開いた店。正油ラーメン、味玉、チャーシュー3枚の食券を購入してから入店。 しばらく待ったらご対麺。 事前に味について調べていないので、昔ながらの醤油ラーメンのような外見でびっくりした。鶏油が張っている醤油スープは醤油タレが濃い目で出汁があっさりしながらコクがある。平らなストレート中太麺はスープとの絡めと歯切れがよい。レギュラーのチャーシューは豚ロースと鶏ちゃー、追加のチャーシューはすべて豚ロースってこと。豚ロースは厚手で歯ごたえと味付けがよい。鶏ちゃーも歯切れがよい。 おいしかったね。若者にとってインパクトが足りないが浅草らしい味とはいえ丁寧にできた一杯だと言える。塩と汁なし担々麺も気になるね。ご馳走様。
2024.04.27
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今日から連休だが、わしにとって大残業の始まりだ。しかし、やはり少し連休らしき活動をしたいので、湯島を降りた後に職場と反対方向にある上野界隈へゴー。 30分ぐらい歩いたら、「摩尼山 成就院」に到着。連休の関係で法事をする方も多いようだ。 先週参拝した元浅草にある「神勝山 成就院」と同じ院号だけではなく、同じ真言宗智山派に属し、ご本尊も大日如来、同じ御府内八十八箇所の霊場でもある。また、大日如来の左手に観世音菩薩、右手に阿弥陀如来が祀られ、左端に吉祥天、右端に多聞天、不動明王も祀られている。大日如来は、江戸時代から伝えられたという。 大師堂。 ここは、池波正太郎の『鬼平犯科帳』の「夜鷹殺し」で名前が出たため、「鬼平」の聖地でもある。「夜鷹殺し」は中村吉右衛門版のテレビドラマ「鬼平犯科帳」第3シリーズ第11話である。御朱印をいただいた時に御府内八十八箇所巡りかとお寺の方に聞かれた時、鬼平巡りと答えたら、『鬼平犯科帳』で話が盛り上がってきたとは意外だった。
2024.04.27
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金曜日なら南柏の職場へ出勤するが、やはりブランチを摂るために柏を降りた。いろんな選択肢があるが、久しぶりのお店へゴー。 半年ぐらいぶりの「麺屋 音 柏店」に入店。食券機関係のトラブルが発生したが、無事に特製濃厚背脂煮干の食券を購入。もちろん、鬼油。 しばらく待ったらご対麺。 白い背脂がスープの上に載せてあるように見えるね。 醤油味の煮干しスープはトロトロ系ではなく、あっさりしながらコクがある清湯だ。もっちりした縮れ平打ち太麺を持ち上げると、まるで麺で背脂、岩海苔をかき混ぜるように食うのだ。岩海苔の塩気と背脂の甘みはいいバランスだ。途中に店がお勧めの花椒をかけ、味を変化させたのだ。チャーシューはやはり小さくなった。開店した時から代表的なトッピングであるとろ肉がなくなったのも寂しい。 おいしかったね。燕三条ラーメンを名乗るわけではないが間違いなく、燕三条ラーメンってことだね。ほかのメニューもやはり食べないとダメだと、毎回の訪問で思ってしまったが、次回なら必ず実行しよう。ご馳走様。
2024.04.26
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久しぶりの休日だが、やはり夕方から在宅勤務をしなくてはならない。疲れもかなり溜まってしまったので、ニンニクを補足しようと思って松戸駅界隈へゴー。 「雷 松戸駅東口店」の前に短い行列ができているが、今日の時間なら大丈夫。濃厚雷そばミニ(150g)、半熟味玉の食券を購入し、スタッフに渡した際に、ゴワボキ麺、ニンニク多め、ヤサイちょい増し、ウデチャーシューをお願いした。ここだけではなく、本店にも久しぶりだが、この間に新しい麺とヤサイ増しのオプションができたみたい。 しばらく待ったらご対麺。 ヤサイちょい増しの高さは昔と同じかな。 天地返しも無事にできた。同じ平打ちの縮れ極太麺だが、ゴワボキ麺はレギュラー麺よりさらに厚みがあり、スープとの絡めはもちろん、弾力と歯ごたえがかなり強いと味わえる。150gだから麺の本数が少なさそうだが、一本の麺の重さが結構ある。豚骨醤油スープは濃度と粘度も高く、多めのニンニクと合うが、少々麺に抑えられたようだ。バラではなく、ウデを選んだが、ここまで歯ごたえのある厚手の大判チャーシューと思わなかった。なかなかいい肉だ。 おいしかったね。さすが二郎インスパイアの頂点にあるお店だ。150gという量も助かった。もはや本家の300gを完食できないと再認識した一杯だ。ご馳走様。
2024.04.25
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天気が良くないが、なぜか最近水曜日の天気がよくないってような気がする。すでに今日のブランチを食うお店を決めているので、湯島天満宮、櫻木天神へ参拝してから、1ヵ月ぐらいぶりの「麺庵 利休」へ。 すでに先客がいる。限定1200円、和え玉200円、150円の食券を購入してから着席し、気になる上にぼしそば、味玉をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。味玉は別皿での提供になっている。 かなり濃度が高そうだが、魚粉の下に隠れたのはあっさりしながらコクがある清湯スープだ。スモーキーチャーシューとタマネギの味もスープと合う。ストレート細麺は茹で加減がカタメで歯ごたえとスープとの絡めが良い。薄切のチャーシューは歯切れがよい。 途中に和え玉をお願いした。高い和え玉がいつも気になるが、やはり今日も普通の和え玉をお願いしたのだ。 刻み切のチャーシューも結構載せてある。 極細麺は茹で加減が固めで歯ごたえ、タレとの絡めがよい。 次はスープをつけ汁の代わりに麺で食う。最後は残りの和え玉をスープにかけ、完食。鶏油と煮干しも合う。 おいしかったね。値段が高いのでなかなか頻繁に来れないが、やはり食ったら後悔しないってこと。また気になる限定があれば訪問しよう。ご馳走様。
2024.04.24
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「火曜日なら南柏の職場の職場に出勤するが、やはりブランチを食うために柏駅を降りた。選択肢なら、やはり柏駅界隈の方が多い。ところが、ニンニク系のお店を除けば、柏駅界隈では火曜定休のお店も多いので、選択肢が限られる。」というセリフを何回も繰り返しているが、これからも繰り返すと思う。が、少しお祝い気分になってきたので、それに相応しいお店へゴー。 先週に引き続き、「兎に角 柏店」に入店。何を食おうかとちょっと悩んだが、油そば(普通)、温玉、チャーシュー1枚の食券を購入。兎に角の柏のお店で油そばを食うのは去年の11月末以来だが、レギュラーの味なら1年ほどぶりだった。 しばらく待ったらご対麺。 オプションとはいえ、鰹節、刻み切チャーシュー、大判のチャーシュー、ネギ、メンマは十分に豪勢そうだ。 まずはかき混ぜ。タレはかなり濃いめで、カツオ節による魚介の味と合う。平らなストレート中太麺はタレとの絡めもいいしコシもある。温玉はタレのまろやかさを増したのだ。途中に酢とラー油も投入。 次は割りスープ。 割りスープとはいえ、濃度、粘度、塩気のいずれも高い。 つけ汁の代わりに割りスープで麺を食ったのだ。 最後は残りの割りスープを残りの麺に投入。割りスープとタレの相性も良い。 おいしかったね。東葛界隈でおそらくレベルが一番高い油そばかと思う。しかし忘れてはいけないのは、兎に角は、つけ麺、ラーメンで有名店になったってことだ。ご馳走様。
2024.04.23
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月曜日だから飯田橋界隈の職場へ出勤するが、時間的にも余裕があるので、先週のリベンジをしようか。 閉店した博多豚骨ラーメンの老舗である赤のれん麺徳の跡地にできた「九段 井さい」に入店。いろんな経緯で間借り営業をし、ようやく路面店ができた札幌における煮干しの有名店の東京進出店だ。特製煮干しつけ麺の食券を購入し、着席してからスタッフに渡したら、中盛まで無料と告知された。並は200g、中盛は250gということで、中をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。 つけ汁は濃厚に仕立て煮干し味の動物魚介系だが、煮干しがかなり前に出ていて、濃度と粘度も高いだけではなく塩気と苦みもかなり強い。このタイプのつけ麺は流行ってきたが、ここまで煮干しの味を強調したのはかなり稀だと言える。 中太麺はつけ汁との絡めもいいし、コシもある。つけ汁の濃度と粘度が高いのに、意外とこの太さの麺と合う。やはり中盛が正解。チャーシューはバラのロールと肩ロースのレアの2種類でいずれも柔らかい。つけ汁にもバラのロールチャーシューが入っている。 最後はスープ割。スープで味を薄めたとはいえ、やはりかなりコクがある。 おいしかったね。ここまで煮干しの苦みと塩気を強調したつけ汁はもしかしたら初めてかな。こうなったらまたラーメンを食いに来ないとダメだ。ご馳走様。
2024.04.22
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日曜日だが、かなり早い時間帯で目覚めてしまった。仕事のリズムが土日祝休みの方々と違ったが、最近土日の夜の睡眠品質が悪い。こうなったら久しぶりのお店へブランチを摂ろう。 仕事の関係で最低でも週二回来ている柏を降り、駅から離れるところへゴー。選択肢1位の榮田の前にランチタイムの混雑時間帯の前なのにすでに10人以上の行列ができている。時間的に並んでもよいが、腹がっているのに榮田の回転が遅いので、やはり次の選択肢「ラーメン専門の店 大勝」へゴー。ほぼ満席だがすぐ着席できるのだ。 チャーシューメン小、味付け玉子、チャーシューのしっぽの食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。大勝の松戸店のラーメンを結構食っているが、大勝の柏の本店のラーメンは2年半以上ぶりだった。 醤油スープは煮干し油と煮干し出汁が効いていて、粘度が高いわけではないがコクがあるのだ。縮れ細麺は適度なコシが保っていて、スープとの絡めもいい。大判のチャーシューは薄切りで、歯切れと歯ごたえもいいし、味付けも濃いめだ。チャーシューのしっぽはややカタメで、味付けがさらにコイメで歯ごたえがよい。 おいしかったね。魚粉で濃厚に仕立てた味に比べても、煮干しの味がしっかり出ているとは、さすが東葛界隈における永福町大勝軒系の老舗による味だ。余裕があればまた来よう。帰りの途中に榮田を通りかかったら、行列があまり変化がないようだ。正しい選択肢を選んだね。ご馳走様。
2024.04.21
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うるちから出た後に、職場へ仕事するため蔵前駅へゴー。もともと歩いて戻ろうと思っていたが、想定より時間がかかったので、やはり電車でも取ることにした。 その前に駅近の蔵前神社へ参拝。 元禄6年(1693年)に江戸幕府第5代将軍徳川綱吉が山城国(現・京都府)の石清水八幡宮から分霊を勧請して創建された。享保17年に起こった火事の延焼の被害で浅草三嶋町へ一旦移されたが、延享元年(1744年)に本来の地へ戻った。昭和22年(1947年)に隣接の稲荷神社と相殿・北野天満宮を合祀し、昭和26年(1951年)に「藏前神社」へ改称されたが、江戸時代で正式な社号が石清水八幡宮であるため、藏前八幡または東石清水宮としても知られている。主祭神は應神天皇、神功皇后、姫大神、倉稲魂命、菅原道真公、塩土翁命。 古典落語の演目の1つ『元犬』ゆかりの神社であるため、元犬像が平成22年に奉納された。 古典落語「阿武松」ゆかりの神社でもある。歌川國安が文政7年(1824年)にここで行われた「力持」という技芸の奉納を描いたものである。その後に、ここは勧進大相撲の発祥地となり、勧進大相撲の三大拠点の一つとなった。 境内末社の福徳稲荷神社。祭神は倉稲魂命。 なお、神社が配布した資料によれば、令和2年12月発行「中央義士会報」の記事に、忠臣蔵、いわゆる赤穂事件の直前に、堀部安兵衛の従弟佐藤條衛門が堀部安兵衛らの名代でがここに「討ち入り成功祈願」に来ていたという。
2024.04.20
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阿遮山不動院での参拝が終わった後に、蔵前へ行くが浅草通り界隈へ寄り道。 無事に「自家製麺 うるち」を見つけた。店主は、「地雷源グループ」時代の「肉煮干中華そば さいころ」や「荻窪中華そば 春木屋」で修業したという。さいころ出身者による新店なら当然訪問しなくてはならない。ランチタイムの混雑時間帯の直前なので並ばずに入店。東京醤油ラーメン、味玉、自家製餃子3個を注文。 しばらく待ったらご対麺。餃子を焼ける時間も麺の茹でに合わせるため、ほぼ同時に餃子を提供。 丼と鉄の取り皿を見た途端、懐かしいという感情が溢れてしまった。 醤油スープは醤油タレも濃いめで油も効いているが、やはり下支えする動物系スープとの相性が良い煮干し出汁がコクがあり主体となっているのだ。平打ち中太麺はつるつるした食感で、スープとの絡めがよい。チャーシューはデフォでも3枚ある。スモーキーというか、燻製チャーシューは香ばしくて、厚手で歯ごたえがよい。メンマも味付けが濃い目だ。 餃子に専用のラー油を付けてくださいってこと。自分は井之頭五郎のように、ラー油だけではなく、酢と胡椒でも食べるのだ。 餃子は日本のラーメン屋的なものだが、皮がもちもちで餡も味付けがよい。 おいしかったね。出身先にも負けない味だと思う。次回は塩を食おうか。ご馳走様。
2024.04.20
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百観音成就院への参拝が終わった後に浅草通りに沿って田原町界隈へゴー。途中に裏道に入った。浅草界隈では寺院が多いね。 浅草寿不動尊と呼ばれる阿遮山不動院を見つけた。真言宗智山派の寺院で、関東三十六不動第22番札所、御府内八十八ヶ所72番札所。ご本尊は不動明王。慶長16年(1611年)開山し、元々八丁堀にあったが、寛永12年(1635年)に現在地に移転した。山門がなければ、普通の住宅だと思われる外見だ。アラームを鳴らすと、ご住持がドアを開けてくれる。2階へご本尊へ参拝している間に、ご住持が御朱印を書いてくれている。本堂に一人で不動明王を参拝するのも初めてだかな。
2024.04.20
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下谷神社への参拝が終わった後に、浅草通りに沿って田原町界隈へゴー。 途中に「神勝山成就院」へ参拝。 御府内八十八ヶ所霊場43番札所である。ご本尊は大日如来。何世となるかわからない観宥法印(寛永5年1628年没)が日本橋矢の倉(浅草橋付近)に創建し、万治年間(1658~60)現地に移転。かつて境内に西国三十三観音・板東三十三観音・秩父三十四観音の百体の観音が祀られ、ミニ霊場となっていたため、百観音成就院とも呼ばれる。百体の観音像が関東大震災や東京大空襲により破壊されたため残っていないが、平成2年(1990年)特信者の寄進によって聖観世音菩薩の像が建造された。観音像の台座には「百観音」と刻まれ、脇にはその由来の説明板がある。近所の東上野に同じ院号、同じ真言宗智山派に属し、ご本尊が同じ大日如来、同じ御府内八十八箇所の霊場の寺院があるが、来週のお楽しみ。
2024.04.20
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仕事が少し進んでいるので、ちょっと都内で散歩したくなり、湯島を降りてから浅草方面へ歩行でゴー。 15分ぐらい歩いたら、下谷神社に到着。一の鳥居は浅草通りと交差点のすぐ近くにある。 正面の鳥居。 上野公園にあたる地に鎮座していた。行基が伏見稲荷大社を勧請したとも伝えられるが、神社側は、天平2年(730年)峡田の稲置らが建立し、天慶2年(939年)、藤原秀郷が平将門による天慶の乱追討祈願のため、社殿を新造したという説をしている。寛永寺建立に当り、寛永4年(1627年)別当寺正法院と共に下谷屏風坂下に移転したが、土地が狭いため、延宝8年(1680年)下谷広徳寺前にあった谷中天眼寺先住少林庵抱地525坪余と土地を交換した。元禄16年(1703年)旧地も正法院抱地になった。明治元年(1868年)の神仏分離令により正法院を分離した。翌年、周囲の町名が社名に因み下谷稲荷町となる。明治5年(1872年)下谷神社と改称。関東大震災で社殿を焼失。昭和3年(1928年)現地に移転し、昭和9年(1934年)現在の社殿が完成した。 主祭神は大年神(オオトシノカミ)、配祀祭神は日本武尊。大年神は、須佐之男命と神大市比売(かむおおいちひめ・大山津見神の娘)の間に生まれたとしている。両神のほかの子は、お稲荷様として祀られる宇迦之御魂神である。つまり大年神はお稲荷様は兄妹神であり、同じ穀物神である。このため、下谷神社は、下谷稲荷社、下谷稲荷明神社と呼ばれた都内最古の稲荷神社として知られる。 境内末社の隆栄稲荷神社。宇賀魂命を祀ると説明で書かれたが、つまり、宇迦之御魂神を祀るってこと。 5月の例大祭の期間中に授与する限定の御朱印を狙う参拝者も多いため、神社側は手書きではなく、書置きのみで授与する。 なお、元別当寺の正法院は、明治38年(1905年)西巣鴨へ移転し、今に至る。
2024.04.20
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金曜日なら南柏の職場へ出勤するが、やはりブランチを摂るために柏を降りた。2024年の金曜日の最初の勤務日なので、すでに食べに行くお店を決めている。 1ヶ月ぐらいぶりのAKEBIに入店。通常ならレギュラーを食うが、すでに公式SNSで情報を知っていたため、限定、味玉の食券を購入してから指定された席に着席。 しばらく待ったら、「ガーリックシュリンプらーめん」とご対麺。公式SNSでは、土日の昼の部を除いて、日曜夜まで昼夜各15杯を提供としているが、AKEBIは月曜夜、火曜定休なので、限定を出せば月曜昼まで提供することも少なくないようだ。実際に入店した最初の客の中には半分以上が限定を頼んだようだ。 スープはまろやかで、エビの旨味が結構出ていて、コクがある。多めのニンニクチップはきつい味ではなく、いい香りをし、エビスープの旨味と合う。それに合わせるのはストレート平打ち中太麺。レギュラーの手揉み煮干そばの手揉み麺より幅が小さい麺はスープとの絡め、歯切れもいい。春キャベツや紫タマネギもスープと合う。チャーシューはバラの煮込みやレアの肩ロースだ。 おいしかったね。もはや記憶にはないが、少なくとも現地に移転したAKEBIの限定は初めてかと思う。近いうちにまた訪問するが、限定を食うことができるかな。ご馳走様。
2024.04.19
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松戸駅周辺で少し散歩してから帰宅しよう。 途中に「根本山 吉祥寺」へ参拝。 真言宗豊山派の寺院で、ご本尊が薬師如来である。創建年代は不詳であるが、天和年間(1681~1684)の石碑があり、水戸街道の宿場町松戸が誕生した頃には存在したともされる。お寺が祀る薬師如来像は弘法大師が一木から三体の薬師像を作ったものの一つで、根本を根本吉祥寺、中根を馬橋中根寺、上部を印西市歓喜院に祀ったと伝えられ、松戸市の根本や中根という地名の由来となったものだという。下総四郡八十八所霊場63番である。 薬師堂と弘法大師修行像である。 六地蔵。 石仏群。 なお、松戸市役所の近くにある「池田弁財天」はここの境外社である。
2024.04.18
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平日の唯一の休日だが、実際に夕方から深夜にかけて仕事をしなくてはならない。とりあえず、少しでも休暇ともいえる活動をしよう。 歩行で松戸駅周辺に来た。まずは去年12月以来ぶりの「松戸中華そば 富田食堂」へ覗こう。らぁ麺も、もりそばも、煮干そばも久しぶりなので悩むが、味玉濃厚つけそば(220g)、心の味餃子レギュラー5個の食券を購入。待つことになったが、ほぼすぐ着席できた。 しばらく待ったらご対麺。 本店はすでに味を変えたということで、かつてのとみ田の味が富田食堂でしか食えない。魚粉で濃厚に仕立てた動物魚介スープによるつけ汁は濃度と粘度がかなり高いのにしつこくない。柚子もアクセント。 全粒粉使用のストレート太麺は香ばしくてつけ汁との絡めや歯ごたえもいいし、コシもある。さすが富田グループの自社製麺だ。 途中に心の味餃子レギュラー。心の味餃子の提供が始まった時にサイズだが、店のオペレーション的に今はミニと呼ばれている。皮がもちもちして、もともと味が付いている餡もいっぱいの肉汁。底のパリパリ感は大きいサイズのほうに比べ弱いが、小さいから仕方ないね。 最後はスープ割。つけ汁の残りがかなり少ないが、スタッフがちょうどいい量を注いでくれた。魚介系の味がさらに強まり、濃度と粘度が飲みやすくなったがやはり濃いめの動物魚介系のスープだ。 おいしかったね。さすが松戸と千葉だけではなく、日本の代表的なつけ麺を提供する富田グループだ。次回の訪問も今日と同じ悩むかな。ご馳走様。
2024.04.18
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天気がいいとは言えないので、歩数を確保したくてちょっと遠い所へブランチを摂るつもりだが、仕事もあるので職場から距離のある所に行くのが難しい。 職場まで少々距離があるが、歩行で往復することができるこうや麺房に入店。いつものように、ワンタン麺、醤蛋を注文。 しばらく待ったらご対麺。 いわゆる醤油と塩の中間の味と言われる白醤油を使用する豚骨スープはコクがあり、塩気が強調されたものの食べやすい。それに合わせた縮れ細麺は柔らかめでスープとの絡めがいい。こうや系の肉ワンタンは餡が大きくて、皮がもちもちするのが特徴だ。少し薄めのロールチャーシューは歯切れがよい。肉ワンタンは厚い皮がもちもちして、肉餡も大きい。青ネギもちょっと少なくなったかな。 おいしかったね。やはり定期的にこうや系のワンタン麺を食わないとダメだ。ここを含めこうや系のお店は基本的にランチタイムで込んでいるが、タイミングさえよければわしはここに来れる。唯一の救いかな。ご馳走様。
2024.04.17
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今日は南柏の職場における2024年度の仕事始めということで南柏の職場へ出勤するが、ブランチを摂るために柏駅を降りた。火曜日だと柏駅界隈の選択肢はわしにとって少ないが、もうすでにブランチを摂るお店を決めてある。 3週間ぐらいぶりの「兎に角 柏店」に入店し、ラーメン(普通)、チャーシュー1枚、くん玉の食券を購入してから指定された席に着席。 しばらく待ったらご対麺。兎に角のラーメンは3ヶ月ぐらいぶりだった。 やはり魚粉で濃厚に仕立てた豚骨魚介スープは濃度と粘度が高くなり、塩気も強くなったと味わえた。ただしもともと兎に角のスープは魚粉だけに頼るわけではないので、全体が濃い目になったのではないか。平らなストレート中太麺はコシがあり、コイメのスープとの相性が良い。厚手で大判の燻製チャーシューは歯ごたえと味付けがよいし、胡椒とも合う。チャーシューメンそのものはかなり値上げだが、やはりいつも1枚を増量したのだ。 おいしかったね。さすが東葛界隈における魚粉で濃厚に仕立てた豚骨魚介系の味を提供する草分けのお店の一軒だ。なかなか本店に行けないので、しばらくここで頻繁にお世話になりそうだ。ご馳走様。
2024.04.16
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月曜日だから飯田橋界隈の職場へ出勤するが...。 まさか狙っている新店は臨休と思わなかった。 腹が減ったので、迷わずに近所の「中華そば 二階堂」に入店。かなり久しぶりなので、レギュラーの特製わんたん麺の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。 動物系の鶏出汁は前に出ていて、コイメの醤油タレと油との相性がよい。魚介の塩気も少し味わえた。中細ストレート麺は喉越し、歯切れ、スープとの絡めがよい。チャーシューは皮付きの鶏チャー、バラや肩ロースの豚チャーの三種類。いずれもちょうどよい硬さで歯切れがよい。エビワンタンと肉ワンタンの餡は大きくて、歯ごたえがあり、味付けもよい。ワンタンの皮も柔らかい。 おいしかったね。やはり二階堂のレギュラーのラーメンはレベルが高い。だからこそ限定のレベルも高い。というか、二階堂が今の場所へ移転してから、わしはまだ二階堂の限定を食ったことがないね。次回は限定にしよう。ご馳走様。 出勤の前に東京大神宮へ参拝。桜も綺麗に咲いている。
2024.04.15
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誉を出た後に、線路の反対方向へゴー。 直線距離からみれば駅近だが、道が複雑なのでさらに時間がかかった。とりあえず無事に幸谷赤城神社に到着。 牛込の赤城神社と同じ、群馬の赤城神社から勧請して、天正17年(1589年)に創建された。ここの赤城神社は、磐筒雄命も主祭神である「大洞赤城神社」ではなく、大己貴命が主祭神である「三夜沢赤城神社(みよさわあかぎじんじゃ)」である。即ち、牛込の赤城神社と違って、ここの主祭神は、大己貴命。大己貴命の別名は大国主命、つまり、大黒天。今の社殿は昭和52年(1977年)にできたという。武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの感染拡大で御朱印の授与を中止していたが、今年から書置きで授与する形で再開した。
2024.04.14
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腰の調子があまりよくないので、しばらくの間に運動を控え、散歩で体を動かしているが、歩数を確保する散歩も結構難しい。というわけで、散歩で往復できる新松戸に来た。 半年以上ぶりの「こってりらーめん 誉 新松戸店」に入店。少し悩んだが、170gと野菜増しを完食する自信があんまりないので、麺少なめみそらーめん、チャーシュー2枚の食券を購入し、スタッフに渡した際に、好みを脂ギタギタ、麺硬め、味濃いめでお願いし、ホームページクーポンで味玉子をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。 トロトロした味噌スープはタレの甘味と出汁の濃度も高いと味わえた。多めの背脂もスープと合う。多めのおろしニンニクもスープの味を抑えられない。カタメの縮れ中太麺はスープとの絡めがよいし、コシもある。ロールチャーシューは歯ごたえがよいのに歯切れがよいぐらいで柔らかい。やはりもっと野菜が欲しいと思ったが、ちょっと昔のように完食する自信がなくなった。とりあえず、大量なニンニクを投入。 おいしかったね。さすが東葛界隈で最もレベルが高い背脂チャッチャ系のお店の支店だ。柏界隈で働いているのに仕事ならニンニク系を控えているため本店にかなり久しぶりだ。時間を作って食べに行かないとね。ご馳走様。
2024.04.14
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土曜日だがやはり出勤。正直言うと、ちょっと散歩したいが、今の進捗だと無理。とりあえず、職場の反対方向へブランチを摂ろう。 「担々香麺 アカナツメ 御徒町店」に入店。大手町のお店が去年の2月にオープンさせた支店だ。チラナイサクラの跡地にできたのでちょっと悲しい。汁なし坦々、温玉、追いライスを注文し、2辛の辛口をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。追いライスも同時にご登場。 野菜が違うし、肉味噌の色も少し浅いが、基本的に大手町のお店の麺と同じ仕様だ。 辛口だが、個人的にゴマタレの香りと濃度が辛さとシビレを抑えたように味わえた。わしのように辛さが好きな人ならやはり3辛あるいはそれ以上の辛さを頼んだほうがよい。平打ち中太麵はタレとの絡めもいいし、コシもあるが、大手町のお店で食べたものに比べ、麺の幅が小さくなったかな。 麺を完食したら追い飯の登場だ。 ゴマタレの濃厚さ、旨味、香りを最後まで楽しめたのだ。 おいしかったね。この界隈はすでに担担麺の激戦区になってきたが、またレベルが高いお店が誕生したね。次回はもっと強い辛さで食おう。汁ありも未食だね。ご馳走様。
2024.04.13
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非正規雇用者として2024年度における各職場の仕事は来週からすべて再開するのだ。しばらくの間に今の作業を止めるが、仕方ない。 勤務時間の関係でしばらくの間に11時半開店で来れそうもない「麺や 穂ころび」に入店。ミックスワンタン中華そば、味付け卵、切り落としチャーシューの食券を購入し、店主に渡した際に、黒をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。前回と前々回の訪問は白だと覚えているので、久しぶりの黒にしたのだ。 醤油タレの味がオープン当初よりやや強調されたが、魚介出汁とのバランスがよいと味わえた。中細ストレート麵は歯切れと絡めがよい。八雲と言えば餡が大きい海老ワンタンと肉ワンタンだね。ワンタンの皮の柔らかさとモチモチした食感もなかなかいい。チャーシューはほろっと崩れるぐらいで柔らかいが、少し硬さも残ってあるので歯切れがよい。切り落としチャーシューはレギュラーのチャーシューに比べ固いと言ってもやはり食べやすい固さで味付けが濃いめだ。 おいしかったね。行列がないものの常に客が入店している。八雲になかなか行けないので、ここの存在が非常に大事だ。次回は未食のつけ麺にしようかと思うが、たぶんまだミックスワンタン中華そばに取られるかな。ご馳走様。
2024.04.12
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松戸駅から帰宅の途中に本福寺へ参拝。 浄土教の一宗派である時宗の寺院。松戸市にはここが唯一の時宗の寺院。元々元応元年(1319年)3月15日開基とされるが、終戦後に発見された鉦鼓の口縁部に「嘉元改元癸卯天九月吉日」および「本福寺開祖他阿弥陀仏」と陰刻されていたため、嘉元元年(1303年)に開山とされる。 吉田松陰脱藩の道碑。 長州藩を脱藩し、江戸を出奔した吉田松陰は追っ手から逃れるため旅籠を避け、嘉永4年(1851年)12月14日、ここに泊まった。その翌日、松陰はここで本郷村の子供たちを集めて講義をしたという。 ご本尊は阿弥陀如来。開山した際の踊り念仏に使われた鉦鼓、阿弥陀三尊仏は市文化財であり、非公開。武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの感染拡大の時から御朱印の授与はしていない。 鐘楼と時宗の開祖である一遍上人の像。 大師堂。 斬られ地蔵。上本郷の七不思議の一つ。元々廃寺された覚蔵院にあったという。むかし覚蔵院の境内で盆踊りがあった際、あやしい大男が突然入り込んで巧みに踊り、村の娘衆の気をひいた。村の男たちは面白くなかったが、酒が入っていたこともあり村一番のけんか早い男が刀でその男を斬り付けたところ、不思議なことに火花が散った。大男は悲鳴をあげて暗闇の中に消えてしまった。翌朝、村人が後片付けで覚蔵院に訪れると、境内の石地蔵の胸に生々しい刀傷が残っていた。村民は震え上がり、地にひれ伏して謝ったという。 境内の馬頭観世音。
2024.04.11
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寶光院から出た後に、隣の善照寺へ参拝 下総三十三ヶ所観音第19番霊場、東三十三所観音第13番の札所。真言宗豊山派の寺院で、創建年代が不明である。元々は現在の松戸中央公園や聖徳大学がある高台である相模台の向山界隈にあったが、慶長16年(1611年)に現地に移転された。 山門の右側は本堂。善照寺は、松戸不動尊と呼ばれるが、ご本尊は聖観世音菩薩。本堂の前に鎮座しているのは松戸七福神の布袋尊。御朱印も聖観世音菩薩と布袋尊のみである。ご本尊は恵心僧都(えしんそうず)と尊称される源信の作と言われる。源信は、平安時代中期の天台宗の僧であるが、多くの宗派に影響を与える著作を残している。 山門の真正面にあるのは「不動堂」である。安置されている不動明王像は「火伏不動」と呼ばれている。慶安4年(1651年)に不動堂の建立後は「お不動様」として眼病快癒の祈願で地域に親しまれる。不動堂は文化8年(1811年)に再建された。
2024.04.11
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松戸神社へ参拝した後に、旧水戸街道に沿ってゴー。 少し歩いたら、寶光院に到着。東三十三ヶ所観音霊場の第12番札所。山門の辺に千葉周作修行の地という字が書かれる目印が目立ちなところに立たれてある。 ご本尊は不動明王。慶長14年(1609年)頃から慶安4年(1651年)頃までに松戸村で建立された寺院の一つである、あるいは元禄年間に松戸市小金にある大勝院の末寺として松戸宿に創建されたと言われる。江戸時代には松戸神社(御嶽大権現)の別当寺とされた。安政2年(1855年)の安政の大地震によって本堂を含め倒壊された。 山号の梅牛山にちなんだ牛の石像と山の像、弘法大師のご尊像。 桜も綺麗に咲いている。 かつて向山(松戸東口の丘陵斜面)に祀られていた「四国八十八ヵ所御砂踏み霊場」と呼ばれる西国八十八箇所の石像群が開発を受けてここに集められ、新たに祀られた。 四国八十八箇所を巡ることができない者でも同様の効果を得ることができるとされる。 住持がいないため、この日に御朱印がいただけなかったが、お寺の方に千葉周作の父千葉忠左衛門(浦山寿貞)の墓の場所を教えてもらった。千葉周作の子孫はこの前に墓参りしたばかりだという。 千葉周作が師事した一刀流中西派の浅利又七郎義信の供養碑。現存していないが浅利道場はこのすぐ近くにあった。千葉周作は父と一緒に松戸に移った時、浅利義信の姪で養女のかつと結婚し、道場を継いだが、組太刀の改変をめぐって義信と衝突したため、免許皆伝を返上して修行の旅に出た。千葉周作は旅で「北辰一刀流」を興し、神田お玉が池に「玄武館」を開いたのである。
2024.04.11
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松龍寺への参拝が終わった後に坂川に沿って松戸市区へゴー。 桜はすでに咲いている。 松戸神社へ参拝しにいく途中だが、桜が綺麗なのでカメラを出して撮影。
2024.04.11
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大正寺の参拝が終わった後に、線路の反対側へ渡った。 無事に松龍寺を見つけた。線路に沿って来ればちょっと道がわかりにくいが、旧水戸街道なら坂川からわかりやすい。 浄土宗の寺院で山号が広大山、院号が高樹院。ご本尊は阿弥陀如来。 「子育て観音」という別名を呼ばれている観音菩薩像を祀る観音堂。桜も綺麗に咲いている。 水子地蔵尊と鐘楼。 高木正次、正勝の墓所。松龍寺の開基は、徳川家康、秀忠、家光に仕えた旗本高木筑後守正次。家康の五男の武田信吉は天正18年(1590年)の小田原征伐の後に、家康の関東移封に従って下総国小金城3万石の領主となった。高木正次はこの時に武田信吉とともに下総へ移ったが、父の旗本高木広正の菩提を弔って、慶長18年(1613年)に今の松戸市小山で松龍寺を開基した。ただし、水害や火災で慶安4年(1651年)に高木正次に継いだ養子の筑後守正勝によって現地で再興された。 境内の弁才天堂。 江戸幕府の8代将軍松平健、いいえ、徳川吉宗、11代家斉、12代家慶、一橋慶喜(後の徳川慶喜)は松龍寺を御鹿狩りの休憩所として使っていた。また、街道を往来する水戸徳川家も松龍寺を庇護していた。そのため、寺紋を「三つ葉葵」と用いている。なお、今日住持がいないようなので、御朱印がいただけない。
2024.04.11
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まるきを出た後に、戸定通りに沿って戸定歴史館方向へゴー。 途中に裏道へ進んだら、大正寺に到着。 慶長13年(1608年)に開基された日蓮宗の寺院。「正行寺」という名前だったが、安政の大地震で倒壊された時、正行庵と呼ばれた。大正2年(1913年)に大正寺として再興された。 御本尊は釈迦如来だが、帝釈天王堂もある。ご朱印に帝釈天王と鬼子母尊神も書かれてある。 芸名に読点をつけていなかった本郷猛の署名とその名言。
2024.04.11
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年度前半におけるゆっくり休める木曜日も今日だけだ。ちょうど腰の状況であまり激しい運動ができないので少々松戸駅周辺の散歩をしようと、自宅から松戸駅界隈へ歩行でゴー。 もちろん途中にブランチを摂ろう。ランチタイムの混雑時間帯の直前に「中華そば まるき」に入店。ほぼ満席だが、すぐ客が店を後にした。まるきそば(小)、チャーハン(小)の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。まるきのレギュラーメニューは2年ほどぶりだった。そのため、食べたい限定があっても今日レギュラーを食おうと最初から決めているのだ。 大勝本店と同じトレー。 永福町大勝軒系とはいえ、まるきの煮干しスープは青森系のようなとろとろではないものの濃度と粘度がかなり高いほうだ。縮れ中細麺は絡めもいいしコシもある。ワンタンもなかなかいい。チャーシューはほろっと崩れるほど柔らかいし、味付けも濃いめだ。チャーシューの煮汁で味付けた玉子はやはり味濃い目だ。 減量中なので半チャーハンを避けているが、まるきに来たらチャーハンを食わないとダメだ。チャーシューとネギが香ばしくて、メシと合う。 おいしかったね。久しぶりのまるきのレギュラーの味ってやはりレベルが高い。これからも限定に捕らわれずにレギュラーを食おう。ご馳走様。 となみはまた休業。店主の体調と関係なく、味を調整するために年三分の一ぐらいの期間で休業するお店も珍しい。
2024.04.11
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天気が回復したが、進めなくてはならない仕事の進捗は停滞中。少し遠回りしてから出勤しよう。しかも早めにこの界隈に到着したので、ランチタイムに行列ができるお店を覗きに行くこともできるのだ。 開店前の「麺屋 鈴春」の前に来たら一巡で入店できるので参戦。前回というか、ほぼいつもと同じ、醤油ラーメンにしようかと思うが、限定のポルチーニ油を使う醤油つけ麺も気になってしまった。定刻開店だが順番まで時間があるので、ちょっと考えよう。結局つけ麺(300g)、味玉の食券を購入し、スタッフに渡した際に、醤油、ポルチーニ油でお願いした。 しばらく待ったらご対麺。鈴春のつけ麺は2年ほどぶりだった。 トッピングが別皿での提供。醤油タレとポルチーニ油はかなり濃いめで、ポルチーニ油はかなり香ばしい。塩気も協調され、味もかなりこってりしているので、ネギさえ薬味として意味ないぐらいでしょっぱいと思う方もいるかもしれぬ。その際に麺が浸かる昆布水を入れればよいのではないか。鶏ちゃーと豚チャーは味付けが弱いが、つけ汁の重い味を考えれば、いい組み合わせだ。 昆布水に浸かっている平打ち中細麺は茹で加減がカタメなのでむしろ歯ごたえがよい。昆布水、つけ汁との絡めもいい。 最後はスープ割。ポットでの提供。 魚介出汁の割スープだけではなく、残りの昆布水を入れても、ポルチーニ油の香りと濃さを抑えられない。すごい油だと最後まで驚いた。 おいしかったね。かなりインパクトのある油だ。これじゃ限定とするのも当然だと思う。店を後にした時にすでに行列ができている。このようないいタイミングでの訪問はこれからいつできるかな。ご馳走様。
2024.04.10
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悪天候だが、今週は年度替わりの際に最後に自分の作業をする時間のある時期だということで出勤。 雨の日ならちょっと職場まで距離のあるお店へブランチを摂れば運動できなくても歩数を確保することができるが、常に行列ができる人気店へ行くチャンスでもある。先週からプレオープンし、今日が通常営業の初日である「家系ラーメン 本ごう家」へ覗いだら、すぐ入店できそうなので、チャーシューメン(チャーシュー3枚)、味玉、ほうれん草の食券を購入してから参戦。すぐ着席できた。食券をスタッフに渡した際に、カタメをお願いした。 しばらく待ったらご対麺。王道家系のお店へある意味で頻繁に訪問しているが、「王道乃印」のお店は去年12月以来ぶりだった。 スープの濃度と粘度は柏の王道乃印、上野の直系店とほぼ同じのように味わえた。王道家製の縮れ中太麺は歯ごたえとスープとの絡めがよい。直火焼きの燻製チャーシューは直火焼燻製チャーシューは肩ロースで、少々薄切りで歯切れと味付けがよくて香ばしい。ほうれん草をもうちょっと入れてくれればよかったが、このご時世じゃ仕方ない。途中に大量なニンニクを投入。 おいしかったね。確かにおいしい家系ラーメンだが、いろいろなこともあるようだ。とりあえず、職場から近いところにいい家系のお店ができてよかった。ご馳走様。
2024.04.09
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飯田橋界隈の職場は今日から2024年度の仕事始めだ。これまでの勤務様態とやや異なるため、早めに職場へゴー。 飯田橋界隈の職場の初勤務日なら東京大神宮へ参拝し、その後にびぜん亭へおやっさんのラーメンを食うという段取りはもうできないが、東京大神宮へ向かっている途中に狙っているお店の入り口にショックな告知が貼ってある。公式ツイッターやインスタのいずれにも告知が掲載されていないので、少し動揺してしまった。 とりあえず、まず初詣の時以来の東京大神宮へ参拝。 びぜん亭の味を継承した「中華そば 辻」は定刻開店。助かった。 半年ぶりの訪問。ちゃあしゅうそば、味玉の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。 おやっさんの味に比べ、やはり醤油タレの深みがやや弱いが、鶏出汁はコクがあり、醤油、油とのバランスもよく、まさにおやっさんの味だ。縮れ中細麺は茹でで絡めもいいしコシもある。チャーシューはびぜん亭よりやや厚く、固いが、味付けが濃いめで、歯ごたえがよい。 おいしかったね。運営からみれば、やはり辻およびともは同じ経営だと思う。いずれにせよ、これから安心に飯田橋界隈の職場へ通勤することができるのだ。ご馳走様。
2024.04.08
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日曜日だが、午前中からテレビ会議で事務作業を進めたため、時間的にどこへランチを取るかちょっと悩んだが...。 坂川に沿って馬橋界隈へ。 去年の11月以来ぶりの三つ由に来た。あの「ajito ism」の店主が店を閉めて、ここへ再スタートしたお店だ。ところで、根治可能のガンの治療のために2月12日から休業していた。心配していたが、無事に4月6日に営業を再開した。公式SNSを確認したらきょう営業するってこと。歩数の確保とテレビ会議の時間からみればここが一番いい選択肢であろうと思って訪問を実行。ちょうど先客が店を後にしたため、片付けを待ってからカウンター席に着席し、しょうが醤油の中華そば、半熟卵を注文。 しばらく待ったらご対麺。 濁ったスープはしょうががかなり突出させられるのではなく、醤油、しょうが、出汁のバランスが非常によいと味わえた。平打ち中細麺はスープとの絡めや歯切れがよく、適度なコシも保っている。量がやや少なめなので、メシが必要かもしれぬが、今のわしにとってこれでもよい。短冊切のチャーシューや野菜、メンマ、ネギが山のように載せてある。下にもチャーシューが隠れている。チャーシューや短冊切のチャーシューはともにやや固めで味付けと歯ごたえがよい。半熟卵もスープと合う。 おいしかったね。レギュラーを食おうとしたらやはり新メニューにひかれてしまったとはいつものオチだが、さすがだってこと。これからも元気でおいしいラーメンを作ってください。なお、たぶん治療などで臨時休業の可能性もあるので、訪問する前に店のSNSを確認しておくことをお勧めする。ご馳走様。
2024.04.07
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杉並猿田彦神社への参拝が終わった後に、比較的に大きい道に沿って阿佐ヶ谷駅へ戻ろう。 途中に年始以来の馬橋稲荷神社へ参拝。悪しか勝てない業界にいるが、学問の神様への崇敬をわすれてはならない。 初詣の後に教えてもらったが、馬橋稲荷神社の正面の石造大鳥居で、二の鳥居は、高さ8mで昇龍・降龍が刻されているが、龍の巻いた鳥居は品川神社、宿鳳山高円寺境内にある稲荷社、馬橋稲荷神社の3つのみなので東京三鳥居の一つという。今日、この鳥居の写真を撮った。 手水舎も龍が刻される。 参拝者だけではなく、見学の外国人観光客も多い。
2024.04.06
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あさが家から出た後に、南阿佐ヶ谷界隈へ歩行でゴー。 商店街から住宅街へ進み、さらに歩いたら、杉並猿田彦神社に到着。神社は太道教猿田彦神社という正式な名称を持っているが、杉並猿田彦神社としても知られる。 主祭神は猿田彦大神。猿田彦大神は天孫降臨(てんそんこうりん)の時 天野八衢(あめのやちまた)に迎えて啓行して天孫を高千穂に導き、その後に天宇受売命(あめのうずめのみこと)に送られて伊勢の五十鈴の川上へ ここを中心に広く国土を開拓指導した地主の神という。猿田彦大本宮として知られ、猿田彦大神を祀る神社の総本社である椿大神社の境内には、天孫降臨の際に使用された御船が降り立ったという伝承地(御船磐座)が存在する。 境内の桜も綺麗に咲いた。 杉並猿田彦神社を管理する旧官幣大社「霧島神宮」の霧島講東京支部である「太道教本部」である。主祭神は、天孫瓊瓊杵尊(てんそんににぎのみこと)。天孫瓊瓊杵尊を猿田彦大神が出迎えるということで、椿大神社から猿田彦大神の分霊を迎え、猿田彦神社を創立した。猿田彦神社とその社務所は、太道教管理だが、猿田彦神社は神社本庁に属する。 やはり桜は綺麗だね。
2024.04.06
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阿佐ヶ谷神明宮を参拝した後に大道に戻り、そのまま南阿佐ヶ谷界隈へ行こうと思ったが、せっかくだから...。 3年半ぐらいぶりの「横濱ラーメン あさが家」に入店。都内で数少ない吉村家に近い系統の本牧家系のお店だ。中休に入る前の時間帯なのに三分の二の席が埋まっているとはすごい。ラーメン並、チャーシュー3枚、味付玉子、ホーレン草の食券を購入してから着席。スタッフに食券を渡した際に、カタメ、コイメをお願いした。 ホーレン草は別皿での提供。まこと家のレギュラーのラーメンにほうれん草が載せていないことを考えればわかる。そしてしばらく待ったらご対麺。 初めて来た時、本牧家系の味があまり深く理解していなかったが、本牧家まで食べに行ったので、少しわかったような気がする。豚骨醤油スープは、醤油タレが濃いめであるものの、豚や鶏や鶏油やタレの味をいいバランスを取るのだ。平打ち中太麺は近藤家が扱う麺のような幅ではなくて本牧家と同じかと思い、スープとの絡めがよい。たぶん酒井製麺による真宏麺かな。このような麺を扱う家系のお店はやはり珍しい。チャーシューは肩ロースで結構柔らかくまで煮込まれたのに歯ごたえがよい。ほうれん草は健康にいい。途中に大量なニンニクを投入。 おいしかったね。六角家や本牧家の直系店が都内で少ないので、ここはかなり貴重な存在だ。この界隈に住むならここへ頻繁に通うかな。ご馳走様。
2024.04.06
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相棒と別れた後に、阿佐ヶ谷へ。 年始の時に大行列がでているため参拝を断念した「阿佐ヶ谷神明宮」へ参拝。 入り口の右側にある能楽殿。ここでは能・狂言、杉並区無形文化財指定の阿佐ヶ谷囃子、御神楽などの様々な伝統芸能が使うのである。能楽殿の隣に植えられる桜も綺麗に咲いている。 瑞祥門という名前の神門。 拝殿。さらに中には本殿。本殿は当然撮影できない場所である。主祭神は天照大神。月読命・須佐之男命を配祀する。境内末社は天神社、猿田彦社。 建久年間(1190~1198年)には横井兵部(あるいは横川兵部)が伊勢神宮に参拝した折、神の霊示を受け、宮川の霊石を持ち帰り神明宮に安置したと言われる。この霊石は今も御神体として本殿の奥深く鎮っている。また、寛政12年(1800年)に書かれた『江戸名所図会』によると、日本武尊が東征の帰途阿佐谷の地で休息し、後に日本武尊の武功を慕った村人が、お伊勢の森と称される現在の阿佐谷北5丁目一帯の旧社地に社を設けたのが始まりという。江戸時代中期頃に現地に移転した。明治7年に神明社、日枝社、北野社を合祀して天祖神社としたが、1990年(平成2年)より社号を江戸時代からの名称である「神明宮」へ戻した。平成21年(2009年)の秋に「平成の大改修」が行われた。平成31年(2019年)から大和がさねという日本の伝統技術である美濃和紙と刺繍を重ね合わせた御朱印符の頒布を始めたが、もともと御朱印帳と御朱印は有名で初詣の時に三ケ日の限定御朱印がほしい参拝客による行列も長い。 参集殿、社務所の前の桜も綺麗に咲いている。 駐車場にある桜その1。 駐車場にある桜その2。駐車場で一番大きい桜なので、参拝客ではなく、多くの通りすがりの人も撮影している。
2024.04.06
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久しぶりに相棒に会うため高円寺へ。溜まっている仕事もあまり進めていないが、この時期に会いに行かないと、たぶん年度後半になるかと思うので実行。 いろんな選択肢があるが、わしに選ばせるなら、すべてのお店に行こうということにもなりかねない。というわけで、相棒の希望で決めるのだ。そしてリクエストで新高円寺の近くにある「のど黒らぁ麺 永屋」へ。 もともと足立区の谷在家界隈で路面店として営業していたが、店主は「bar RISE」の間借り営業で高円寺界隈へ店を移転した。店は、飲み屋が集まる建物の地下一階にある。先払い制なので、特製塩らぁ麺を注文し、現金で支払った。 店主のワンオペだけではなく満席で先客もほとんど同じタイミングで入店したようで、調理の時間が結構かかった。20分ぐらい待ったらようやくご対麺。 油も張ってあるスープは魚介の旨味がしっかりしているが、塩気が優しい。ノドグロは出汁が優しいという印象を持っているし、醤油味も限定でよく食っているが、まさか塩味とここまで合うと思わなかった。細ストレート麺は喉越し、歯切れ、スープとの絡めもいい。ランチタイムとしてボリュームがやや少なめだが、メシか、大盛を頼む方も結構多いね。レアチャーシューは肩ロースで歯切れと味付けもよい。 おいしかったね。優しい塩気だが、ノドグロの出汁は味がかなり出ている。醤油ではなく、塩で勝負することからも、店主が塩味に自信があるってことも伺える。醤油味も食いたくなったが和え麺を頼んだ方も多いみたい。ご馳走様。
2024.04.06
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やはり台湾の出来事でちょっと不安。 出勤の途中に徳大寺へ参拝。もっと早い時期に来たかったが、腰の調子で、階段に登る自信がないため参拝を控えた。今日の調子が悪くなさそうだ。 せっかくだからこの界隈でブランチを摂ろう。各職場の仕事が再開すればなかなか行けない「らーめん 藪づか」に入店。ほぼ満席。前回と異なるメニューを食おうと思って、味玉チャーシュー担担麺の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。藪づかの担担麺は3ヶ月ぐらいぶりだった。 ラー油もスープの上に張っているし、山椒のような香辛料もかけられてあるが、カラシビが強調されたわけではなく、出汁、濃度と粘度がちょうどよいナッツ・ゴマタレ、山椒、ラー油のバランスがよく取れている担担スープだ。茹で加減が固めのストレート細麺は歯切やスープとの絡めがよい。個人的に醤油ラーメンで使用する平打ち麺もこのスープに合うかなと思っているが、細麺を使用するってことに店主の何らかの意図があるかと推測できる。肉味噌はトマトも使用。バラチャーシューは柔らかいが歯ごたえがよい。途中に自家製の焙煎スパイスをさらに投入。辛さとシビレをかなり増したというわけではないが、やはり最後までバランスがよい辛さとシビレだってこと。 おいしかったね。ここに来たら注文がワンパターンって傾向があるが、レベルが高い担担麺ってことだ。しばらく来れないが、何とか時間を作ってきたい。ご馳走様。
2024.04.05
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散髪が終わったらもう2時に過ぎた。せっかくだからもう一杯を食おうかと思って神田界隈へゴー。しかし、この時間帯なのに、わいずの前に依然長い行列ができている。仕方なくて湯島駅界隈を目指して歩行でゴー。 1年半ぐらいぶりの「長尾中華そば 東京神田店」を通りかかったら、煮干の匂いを凄く嗅いだので、ひかれて入店。ごくにぼを食おうと思ったが、マニアなので、さらに煮干しの味が強いごぐにぼMAX、味玉の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。長尾中華そばのごくにぼMAXは3年以上ぶりだった。 煮干しスープはかなりドロドロで、塩気と苦みはもちろん、濃度と粘度もかなり高い。都内の濃厚系の煮干しラーメンに比べてスープの濃度、粘度、苦みが強調されたごくにぼと比較してもさらに上回りだ。平打ち太麺は量がやや少なめだが持ち上げもよいしコシもあり、スープとの相性がよい。と言っても、スープが重いので、麺の量がこれぐらいでよい。レギュラーのロースとバラチャーシューも大判で歯ごたえがよくてスープに合わせたような味付けだ おいしかったね。やはりマニア向けの味だが、わしはまさにそのマニアだ。MAXじゃなくても都内でやはりここのごくにぼより濃度と粘度が高い煮干しラーメンがないかと思う。次回もまた、ごくにぼとMAXの間に揺れる感じだね。ご馳走様。
2024.04.04
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久しぶりの平日の休暇だが、散髪のために職場周辺から神保町界隈へゴー。ただし、散髪屋が神保町界隈にはあるが、リベンジのために神田界隈へ寄り道。 「濃厚豚骨 くまめん 神田店」は今日無事に営業している。玉名ラーメンを提供する熊本のお店が東京に進出し、昼はラーメン屋、夜は居酒屋という形で営業する。検索サイトでは日曜日提供となっているが、神田のお店は土日定休ってこと。熊本玉名ラーメン、煮卵の食券を購入し、スタッフが指示した席に着席。食券を渡した際に、焦がしニンニクを入れるかと聞かれたので、お願いした。 しばらく待ったらご対麺。 粘度が高いわけではないし臭みも弱いが、白濁のスープは豚骨の旨味がかなり出ていて、塩気とのバランスが良く、焦がしニンニクとも合う。やはり焦がしニンニクが多めならいいかな。ストレート細麺はスープとの絡めもいい。麺の量がランチタイムとしてやや少なめなので、おにぎり、ご飯類を頼んだ方も多い。バラチャーシューは歯切れがよく、九州のラーメンとして結構厚みのあったほうだ。 おいしかったね。熊本玉名ラーメンの経験値がかなり少ないので、本場の味もわからんが、なかなかいい豚骨ラーメンだ。味噌も気になるね。ご馳走様。
2024.04.04
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