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そういえば、昨日は大切な事があった。鎌倉に住んでいた友達が、震災後に長崎に移住した。この3泊くらいで、結婚式のために戻っていた彼女が、今日長崎に帰るというのでYCATで待ち合わせして、1時間くらい話してお見送りした。彼女たち家族、旦那さん、子供二人(3歳ぐらいと1歳未満ぐらいかな)は、震災3日後くらいには、鎌倉を出て家族で車に乗ってどんどん南下していった。理由は放射能。元々原発には反対していたし、鎌倉にはそうゆう活動をしている人も多いから、知識があったんだと思う。彼女たちは福島第二原発から300キロ以内はアウト、と判断した。そして行きついた先が長崎。色々な出会いや葛藤やご縁の中で、家を仕事を見つけて、移住することにしたという。あんなに鎌倉が大好きだったのに移住を決意したなんて、よっぽど長崎がよい場所だったんだろうし、よい環境なんだろうし(子供への影響も含めて)、旦那さんと同じ価値観を持っていたんだろう。その決断は本当に素晴らしいな~って思う。ということで、また遊びに行く場所が増えました長崎に帰る前に会えてよかった~
2011.05.31
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先日GreenRoomFesに行ったときに、座ってたその場所で四つ葉のクローバー探しをしてみましたクローバー探し好き。そしたら、Luckyスポットだったのか、いきなり4つ位見つかりました!日本全国に、皆に、いいことありますように。今日はゆかりちゃんの誕生日。8月の出産が無事にいきますように。
2011.05.30
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中学・高校とエスカレーター式の女子校に通っていました。最近、Facebookでその頃の友達たちと、バババーーっと繋がり始めてかなり面白い&嬉しい。これはmixiでもTwitterでもブログでもなかった現象。だいたいみんな名字が変わってしまっているので(私は旧姓のまま運用中)一瞬分からなかったりするけれども、わざわざメッセージで「元●●だよ」と伝えてくれる。外人と結婚している人も数人、海外に住んでいる人も数人、本当色々で楽しい。久しぶりなのに、昔をしっているから、いきなりメッセージ機能で超ぶっちゃけトークをしてきたり。しかし、当時どのようなあだ名で呼んでいたか忘れている人もいて、呼び方には戸惑います(笑)FBを通じて、同窓会の計画もできそうです。
2011.05.29
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金曜日の夕方まで利子さんのおうちでお掃除させてもらって、16時前に家を出て、車で1時間半弱くらいのところにある秋保温泉に泊りに行きました!利子さんは日本国内旅行に沢山行っているようで、秋保温泉もよく行くようでした。宿の予約も完璧にしてくださってましたー行ってみたら、なんと私が大学3年生のころJRAの社員旅行的なもので行ったのと同じホテルでした!あの旅行も楽しくて、ホテルも立派で、すごい記憶に残ってたんだー。案内してもらったお部屋は、なんと偶然にも「311号室」なんとも運命を感じずにはいられませんでした。夜はバイキング!蟹を食べまくりましたー今回は、利子さんのお話をたっくさん聞きました。学校の音楽の先生だったこと、旦那さんも先生で学校で知り合ったこと(15年前に亡くなったそうです)、女学生のころは東京に住んでいて、戦時中目の前に爆弾が落ちてきたこと、(その時の事は忘れられないそうです)旦那さんや友達との旅行の数々、津波が来た時、それから数日間の話などいろいろ。たっくさんの笑い声も聞けました。私たちも2回目に会った人と温泉に行くわりには全く何も違和感がなく、さながら3人の女子会のようでした。温泉に入って、夜まで話をして寝ました。利子さん、震災以来こうやって旅行に来るの初めてだそうです。冷蔵庫も津波で壊れてしまって、生ものを食べることも気軽にはできずバイキングでも「久しぶりに食べるわ~」というものを沢山食べてました!翌日チェックアウトしてから、近くにある秋保大滝を見に行きました!マイナスイオン癒されたわ~~(ちなみにホテルまでの送り迎えなど、全て息子さんがしてくれました。ご自身は泊らないのに送り迎えだけ。申し訳ないっ)おうちに戻ってから、張り切ってまたお掃除!!やるべき作業は何とか終わらすことができました。天気も悪かったけど、外作業の時には降られなくてよかった。庭もだいぶ綺麗になってきました。前は奥の方の木々が瓦礫で見れず、木が見えてきた事で、だいぶ気持ちが楽になってきたとおっしゃっていました。花壇を作り直していました。GWに来た時には水仙の花が咲いていて、でも奥にはゴミだらけ。↓今回、水仙は枯れていましたがゴミもなくなっていました。新しいお花も咲いていました。18時過ぎに利子さんの家を出なくてはいけないのだけど、その前に、お料理上手のななーんが夜ごはんを作りました!オール電化で、すべて壊れてしまったため、現在はガスコンロでの生活。ななーんが、ガスをあまり使わないパスタとスープを作りました。これがマジうまかった。疲れてたしお腹すいてたのももちろんあるけれども、美味しいご飯を3人で食べる幸せってのがじわ~~と伝わってきた。利子さんも毎日のお料理は大変だろうし、ななーんがご飯を作ったのをとってもとっても喜んでくれて、その美味しさにも喜んでくれて「本当においしいわ。シェフななさんね」なんて言ってくださいました。(早く食べたかったため、写真はボケてる)見渡すとその部屋は、津波の跡があって、家具がぶつかったところは壁に穴があいていて、ダイニングテーブルもないし、決して快適な空間ではないのだけれども、どこのレストランより美味しく感じたな~部屋はこんな感じです。帰りは岩沼駅まで送っていただき、握手してお別れしました。電車が発車するまで見送ってくださいました。私たちは行きの深夜バスにも懲りて、仙台から新幹線で帰りました。新幹線の中でも寝ないで、向井理と伊勢谷雄介の話で盛り上がりました本当、想像もしてなかった素晴らしい出会い。これからも繋がっていきたい。ボランティアに行ってなかったらこうゆう事もなかったわけだし、何事も「1歩踏み出さないと何も変わらない」って思いました。いい人たちに囲まれて、有難いです。
2011.05.28
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昨日の深夜、23時59分新宿発の深夜バスに乗り、朝の5時40分に仙台着。初めての深夜バス。3列シートだし(横に3列並んでて、隣の人とは離れています)耳栓も持っていったし、枕も持っていったし、アイマスクも持って行ったので、これは快適かと思いきや、いや~きつかった。深夜バス。あまり寝られないのに加え、福島県に入ったら高速の道がいきなり悪くなってきてがったがた。その道を大型バスで走るには、少し無理がありました。。。という事で無事に仙台に着き、朝マックして、亘理へ向かいました。「亘理」という文字が出てきただけで嬉しくて、思わずパチリ亘理が通る常磐線は、亘理駅から先は沿岸部の近くを通ります。(といっても、亘理駅よりちょい先で海まで2キロだけど)亘理駅より先は、線路が壊滅的な状況のため、今は、亘理駅止まり。それより先の駅には、代行バスが走っていて、そのバスが皆さんを乗せて亘理駅まで連れてきて来てくれます。それより仙台方面へは電車で行く形になります。それを考えただけでも、ずいぶん前とは生活が変わってしまっていること、不便になっていることが分かります。駅には、お伺いするお宅のおばあちゃん利子さんとその息子さんが車で迎えに来てくれていました!それから早速おうちにお伺いして、お仏壇のお掃除。仏壇の細かい細工や、棚の模様に、とにかく全部砂が入ってしまっているんです。それを丁寧に根気強く、ブラシや歯ブラシでとっていきました。利子さんは仏壇屋さんに出して掃除してもらおうと思ってたのですが、仏壇屋さん自体が被災してしまって、とても作業する場所がないということで断られてしまったそうです。。掃除して、かーなーーりーー綺麗になりました。買った時以上かな!!仏壇屋でバイトしようと言いながら、作業してました。家の周りは、前回行った5月1日に比べて、本当に綺麗になっていました。5月1日→5月28日の変化復興1:家の中や前に流れてきた、誰の家のだかわからないピアノなどの瓦礫たちがなくなりました。復興2:線路にあったコンテナや瓦礫もなくなりました。でも線路が曲がったり、電線などが切れていて、復旧はかなり時間がかかるか、違う場所に作り直すかになるそうです復興3:ちょっと分かりにくいですが同じ電線が映ってます。こちらも綺麗にはなりましたが、半壊・全壊の家がどんどん壊されて、寂しくなったとおっしゃってました。お掃除が終わった後、利子さんとななーんと私で温泉に泊りに行きました!続きは後日!
2011.05.27
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5月15日の深夜にNHK教育テレビ(ETV)で放送された「ネットワークでつくる放射能汚染地図」その内容の凄さに、Twitterで話題になっているのを見た。「さすがにNHKではできない内容でETVだったのか!?」などなど。それが20日の深夜に再放送になったので、録画して見た。その内容に、今の現状にびっくりした。震災後すぐから、放射能汚染の現状を、研究者が独自に調査している。調査している木村氏は、ずっと放射能研究に携わってきた人。会社から「独自での行動は控えてほしい」と言われ、会社を辞めて、調査を続けている。なんと再々放送が決まった。相当反響が大きかったんだろう。5月28日(土)教育 午後3時ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2か月~原発が悪いとか悪くないとか、情報に虚偽があるとかないとか、そんなことはとりあえず置いといて、まずは見て現状を知ってほしい。見れない人は、youtubeでも上がってます。今日のNHKの「アサイチ」でもこの内容が取り上げられてて、正直びっくりした。沢山の人に知ってもらえるのはいいことだと思う。私自身は、原発について、特に意見を持っていない。今まで散々恩恵にあずかっていて、その事の意識せずに、原発のことなんて気にせずに生きてきた。今この状況で「原発反対!」なんて言っても、ワールドカップの時だけ日本を応援する、にわかサッカーファンと同じ。今この事態になり、「東芝の商品を買うのはやめよう!」なんて言ってる人を見ると、なんなんだろうと思ってしまう。。そんな事を言うなら、昔から原発の事詳しかったんだろうね!?それなら、東芝の主要ビジネスが半導体と原発事業ってこと知らなかったのかしら…?東芝は「エネルギー」という大きな枠で見て、これからクリーンエネルギーにも取り組んでいくことでしょう。クリーンエネルギーについては、元々大賛成です。
2011.05.26
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8歳下の弟の彼女の誕生日プレゼントを選ぶのに付き合わせてもらったーかわいい指輪、選びました店員さんに、「ペアリングお探しですか?」と言われて、本当に光平に申し訳なかったそのあと、お父さんとお父さんの仕事先のアルバイトのネパールの留学生(22歳)と4人でお好み焼きを食べに行った!ネパール人のラム君の話は、よくお父さんから聞いていて、色々とお世話をしてあげているらしい。彼の初任給で、お父さんにお菓子を買ってくれたり、ディズニーランドに行ったらお土産を買ってきてくれたり、優しい青年で、会ってみたらさらにそんな感じが分かりました。お父さんのことをとても慕ってくれているようです。私も、光平も色々な事を聞いて、教えてもらいました。日本語もあまり分からないまま日本に来て、勉強して、あそこまでペラペラですごいよな。勇気を純粋さも。日本に来て一番驚いたのは、初めて見た海と大きな舟だったそうです。(ネパールには海がないとのこと)私と弟の名前書いてもらいました!横に棒をビーーっと引くのは決まりだそうです。
2011.05.25
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これ読んでます。もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらなんでこんな本を書いたのか、作者の事が気になって、以前NHKの「スタジオパークからこんにちは」に出てたときに、録画したんだよねー。なんかすぐに読めそう。彼が、取引先から色々な本をもらってくるので、おもろいです。
2011.05.23
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おじいちゃんはずっと有楽町で仕事をしていて、その界隈を久しぶりに見に行こう、という事で、有楽町ツアーを企画しました!まずは汐留の高層ビルにある焼き肉屋さんで、銀座・築地界隈を見ながら焼肉ランチ!美味しかったー。おじいちゃんもモリモリ食べてました。ランチが終わって外に出たら、急に雨が降ってきてどんどん大ぶりに。車で、銀座・有楽町方面に向かったら、ものすごい警備。中国と韓国から偉い方々がいらっしゃってて、ちょうどその移動時間?にぶつかったのか異常なほどの警察官と検問。帝国ホテルの横で車を止められて、検問されました。。それから、四谷、市ヶ谷方面もずっと、ポリス、ポリス、ポリス。迎賓館前が凄かったな。確実にあの中でなんかやってたと思う。高速道路の入口も封鎖されてて、かなり遠回りして、やっと乗れたと思ったら、今度は高速道路上で、止められたもーーー、ただ帰りたいだけなのにー。と、色々な事がありましたが、雨の中無事に帰ってこれました。前におじいちゃんとおばあちゃんと沖縄に行った時も、車の中であり得ないほどの大雨が降って、今回も大雨だったな。おじいちゃん、おばあちゃんは喜んでくれたかな~
2011.05.22
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我が家から(がんばれば)歩いて行ける場所の赤レンガ倉庫で、フェスが行われました!しかも大好きなハナレグミが出るとのことで、かなり前からチケットゲットして、今日楽しみに行ってきました!GreenRoom Festival本当は、結構一番メインと思われるDONAVON FRANKENREITERが来るはずだったのに震災の影響で来なくなり(他にも海外アーティストが何人かキャンセル)、異例の出演者変更による払い戻しをしていました。日本をなめるなでもやっぱり見たかった。。。赤レンガのすぐ横にステージ2つ、ゾウの鼻パークに野外ステージ1つできました。かなりお天気が良くて、暑くて、最高のフェス日和!ビール日和横浜ベイブリッチや、歴史的建物をバックに、心地よい音楽を聴けるなんて夢のよう。象の鼻パークのステージは無料で誰でも見れます。キマグレンのライブもやってました。夕方になってきて、気温も涼しくなり、横浜が綺麗です。ハナレグミ待ち前から5列目位を陣取り、ハナレグミライブは文句なくよくて、隣に号泣している男子がいたり、後ろから突然前まで押し掛けてきた、変な酔っ払い男にむかついたり、目の前でずっと動画を撮り続けている女にむかついたり、色々とあったけど、やっぱり癒された。他のアーティストも沢山楽しんで、この時期に、この距離でのフェスは、最高だな~~。しかも、すこしゆるい感じで、アーティストもよくて、楽しすぎた1日でしたわ。
2011.05.21
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またまた、日本大通りの「日本新聞博物館」で、東日本大震災写真展と、石巻日日新聞の手書き壁新聞が展示されているというのをラジオで聞いたので、早速行ってみました。石巻の手書きの新聞が見たかったのです。これは、震災で印刷機などが使えなくなった後、新聞社の人たちが6日間手書きで新聞を書き続けて貼りだしていたもの。社屋被災で手書き、壁新聞を米で永久保存というニュースも出ていて、ワシントン市内のニュース博物館「ニュージアム」がその新聞を取得し、永久収集品に加えた、という情報を以前に見ていたので、是非実物を見てみたかったのです。手書きで何枚か書き写されて貼りだされた新聞ですが、ボロボロになったりなくなったりで、数枚しか残ってないものの一部が展示されています。ガムテープで貼ってある跡、破れている紙、リアルで何よりも重要な地元の情報、切迫感など、その新聞からひしひしと伝わってきます。また石巻では14日からボランティアセンターが立ち上がり、周辺の住民たちによる炊き出しが行われていたようです。写真展も、各地の新聞社による写真、そしてその日の号外、見たこともない写真を見て、その情景を見て、改めてびっくりしました。当初は5月29日までの予定だと聞いていたので慌てて行ったら6月22日(水)まで延期されていました。近くの方は、是非見ていただきたいと思います。
2011.05.18
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昨日、家に帰ったら、1通のお手紙が届いていました。達筆な文字で書かれたお手紙、これ、私の宝物になりました。送り主は、GWに亘理町にボランティアで行った時、お伺いしたお宅のおばあちゃん。そこの81歳のとても元気で凛としたおばあちゃんに名刺を頂いていて、GW後に、お手紙を書いて送りました。内容は、手伝わせていただいたお礼と、仏壇のお掃除が途中で時間がなくなってしまったことのお詫びと、また5月末に亘理にボランティアに行く事を書きました。そうしたらとても丁寧なお手紙をくださいました。こんな書き出しでした。-------------3月11日大震災から2カ月、まだ夢を見ているように想えてなりません。葉子さんがボランティアで来てくださったころは、周りに家があったのに、今はほとんどなくなってしまい寂しくなりました。全然見えなかった海辺の松の木がまばらに見えるほど、人家がなくなってしまったのです。2キロも遠くなのに…-------------正直、私が行った時、私の感想は「何もない…」だったのに、それでもあの頃の方が、まだ家があったという事です。。↓こんな状況でしたそして、「また亘理に来るなら、是非うちに仏壇のお掃除に来てくれたら幸せです」「一晩、温泉に泊りに行きましょう。予約しておきます」と書いてくださっていたのです。またお会いできたら嬉しいなと思っていましたが、たった1日ボランティアさせてもらっただけなのに、そんな風に言ってもらえる事や信用してもらえる事に、感動して嬉しくてびっくりして。それから電話でやりとりして(温泉はビュッフェがいいか、フランス料理がいいか?なんて聞かれたりして)5月末に、先日も一緒にお伺いした友達と一緒に深夜バスで仙台に向かい、おばあちゃんちでお掃除を手伝い、そして一緒に温泉に泊りに行くことになりました心の交流、心のつながりも作ってきたいと思います。震災後辛いことも多いですが、何人もの方と新しい縁ができたり、今まで味わった事のないような温かい気持ちになったり、力をもらったり、「つながり」や「心」の大切さを知ったり、311前の自分とは少しだけ違う気がします。
2011.05.17
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今日は待ちに待った日。みどりちゃんの結婚式。松田君とか8年ぐらい付き合って、結婚するんだかしないんだかわからない状態(笑)が長く続き、周りの私たちはいつもヤキモキしてて、そんな状態が数年。だから、年末に結婚が決まった時は、嬉しくて嬉しくて。松田君もとてもいい人だと思うし、この日を待っておりました!場所は、2人の地元でもある鎌倉八幡宮初めての、神前式でした。みどりちゃんの姿が見えました!綺麗~~。松田君はずっとにこにこ笑顔。平日なのにオーディエンスもすごいことに。舞殿の中では、何かやってます。舞も行われていました。みどりちゃんが酔っ払っちゃうんじゃないかと思って心配でした。お父さんの姿をずっとみてました。式が終わって、結婚した後!すんごいいいお天気で温かくて、2人をみんなで祝福しているようでした。本当におめでとー帰りは、みんなでランチして、恒例のアルバム作成。短時間でかなり集中して作成しましたーー!!実は、このアルバムの素材集めなどで頭がいっぱいになっていて、この日は自分のカメラを持っていくのを忘れてしまいました。。。私としたことが何たる失敗。。直美がカメラを貸してくれて、撮らせてもらいましたー
2011.05.16
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「昭和の東海道」~横浜⇔神戸六大都市をめぐるという企画展を見に、日本大通りにある横浜都市発展記念館に行ってきました。「昭和の東海道」は正直あまり興味なかったのですが、この、横浜都市発展記念館の常設展の、横浜の歴史についてのコーナーがとっても面白かった!!!横浜駅周辺の発展の歴史や、横浜自体の発展の歴史、現在残っている遺構など、色々な事を知ることができた。横浜は関東大震災で壊滅的な被害を受け、町の95%の人が家を失ったそうですが、そのあとに復興計画が作られて、今のように復興して発展したとのこと。時期が時期だけに色々と気持ちが重なり、またこの町が好きになりました。そのあと、山下公園、象の鼻パーク、赤レンガと歴史を通って家に戻りました。もっともっと横浜を知りたいな~
2011.05.15
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今日は旦那様のお誕生日。本当にいつも大変お世話になっておりますので、夜にお食事に行きました。イタリアンのANTONIO'Sの横浜店前から一度行ってみたいと思っていたのですが、ここで食べた、仔牛のチーズカツレツがさいこーーーーーに美味しかった。びっくりしたー。1日でも長く一緒にいられたらいいなと思います。お誕生日おめでとう
2011.05.14
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一度読書の波に乗ると、どんどん本を読んでいたのに、家で仕事をするようになってから、本を読み始めると面白すぎて仕事が手に着かなくなるんじゃないか、というのが不安で、読まなくなってしまった。あとは、家にいるときは、仕事もあるしそれなりに時間もない。前は通勤時間に読めたもんな~~でも読みたい本、読むべき本はたまっている。そんな中、最近はひょんなことからちょこちょこ文藝春秋を読むようになり、今更ながらその面白さに気づいたり。今回の号では、被災地の子供たちの作文が載っている。これがなかなか悲しく、我慢の様子がとても伝わってくる。よかったのが、NHK仙台アナウンサーの津田さんのコラム。テレビで流れてる復興の様子や被災者の「頑張ります」の裏には、私達が気付いてない悲しみがある。たとえば、復興しましたムードの中、小学校などの授業再開が放送され私たちは「ああ、日常が取り戻されてきているね。復興しているね。よかったね」と思ってしまうのだけれど、その裏には、本来その小学校に入るはずだった子供を亡くしているご両親の悲しみもあるはず。そこは見えないところ、もちろん放送されない。私たちはそうゆうところまで想像力を働かせ、真実を少しは感じていかないとと思った。目先の情報、作られた情報しか見てなかった事に気付かされた。テレビって本当に偏ってる。今回の震災では、本当にそれに気づいた。もっと想像力をもっと持って、人々の「気持ち」に寄り添っていこう。 だから、なるべく皆に現地に行って欲しい。そうすると「被災地の出来事」と思っている事が、「自分の周りの出来事」に少し近づく。見え方が変わってくる。絶対に。【送料無料】文藝春秋 2011年 06月号 [雑誌]
2011.05.12
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肩と首が凝って、辛いときが多々あり、「もう我慢できない!」という時になるとマッサージに通っている。すぐにできる系のやつ。てもみんとか、15momuとか、rerakuみたいなところ。最近はそうゆうの増えてきているし、こまめにチャックしていると、よくクーポン系サイトに出てくるのでそれを買って、辛いときに使うようにストック。かなり助かってます。水曜日は東京で打ち合わせがあるので、丸の内でマッサージしてきたけどとにかく話しかけてくるので、リラックスできずに1時間終わってしまった。。。大した仕事してないな、なんて思ってたけどGWはお休みしてたらやたらに仕事がたまってて、GW空けは普通に忙しい。もう少し仕事のやりかた考えないといかんかなー。新しい事に挑戦しているから、その分も時間がかかってしまうのね。寒い季節が終わったので、海側の部屋にオフィスを作ろうかしら。
2011.05.11
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テレビのワイドショーでちろっと見た避難所の話。あまりにも素晴らしい避難所なので、名前をメモって、調べてみた。南三陸町にある、馬場中山生活センター。そこの避難所では200人が暮らしていますが、自分たちで仮設住宅を建てて、自分たちでお風呂を作り、自分たちで畑を耕して、生活の自立を目指しています。その「生きる」クリエイティブさや、力強さ、集落の結束力、とにかく全部スゴイ!(黒板五郎の生活を尊敬している私にはなおさら)震災後、町へと続く道はがれきでふさがれ、ライフラインはストップし、何の物資も届かない状況で、皆で力を合わせてがれきをどけて、命の道を作ったそう。NHKでもこの避難所の特集をやっていたそうですが、youtubeでもオンデマンドでも上がってなく見れず。残念。。ここの避難所の様子を毎日更新しているHPがあります。このHPがとても素敵で、日々の様子や、小さな出来事、猫の様子、ボランティアさんの温かさ、皆の明るさ、感謝の気持ちみたいのが伝わってきます。馬場中山生活センターホームページトップページに載っている一文「支援物資や炊き出しなど沢山の方々のご好意に、馬場中山生活センターの被災者一同は大変感謝しております。ありがとうございます。まだ自分たちの力だけでは生きていけない状態ですが、一日でも早く自立した生活ができるよう努力していきます。」アマゾンの欲しいものリストも公開しています。思わず日記の最初の日、4月11日から全部読みました。仮設なんて、あっという間に建って行くんです。その様子がすごい!この文明社会の便利さにどっぷりつかり、「生きる」すべを身につけていない都会っ子の私たちには、到底同じことができないと思います。とにかく素晴らしい、の一言です。
2011.05.10
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少年が、すんごいうまい歌を披露してくれる、消臭力のCM、何度見ても面白いなーって思ってたら、実は、このCMは奥が深いCMでした。震災後にたった2週間でつくられたCMで、少年が歌ってる町はポルトガルのリスボン。この町も1755年に大地震と大津波が発生し6万人が亡くなっていて、でも今ではこんなに復興している。その家並みを背景にCMを作ったそうです。そんな深い意味があったなんて知らなかった~。これからこのCMの見方が変わりそうです。いいなCM エステー 消臭力 唄う男の子 ~ミゲル~
2011.05.09
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今日は母の日。毎年恒例の私たちがご飯を作る日。今年は、お好み焼きを作りました~。実家は、家でお好み焼きを作ったことがありません。普通のご家庭は作るものですか!?定番のお料理なのかなー!?お好み焼きは、山さんが提案して作ることになりました。簡単だし、プレートを囲んでワイワイできるし、美味しかったし、なかなかナイス料理でしたー!やっぱり絃太に仕切られて、今日も終わった感じです(笑)お母さん、いつもありがとう
2011.05.08
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一度は行ってみたかった、アルペンルートの雪の壁の道。昨日、その麓になる立山駅の近くに宿泊して、今朝8時すぎに出発して行ってきました!まずは、ケーブルカーに7分乗ります。それからバスに50分ほどのります。1時間掛けてやっと、雪の大谷に到着!!ものすごい晴れていたので、寒くはなく日差しが強くて帽子をかぶっていた位。とはいえ、標高が高いので、ジャケットを着ていきました。雪の壁は、想像以上の迫力!最大の場所で17メートルです。降り積もった雪から、この道になる部分だけ除雪し、10年以上のベテランが1週間掛けて作るそうです。バスがミニカーみたい。青空で天気も良く、雪とのコントラストが綺麗でした。近くの山々、立山、剣岳もくっきり見えるほどのお天気でした。圧巻~~一部、落書きをしていい場所があって、アンパンマンとか色々な絵が書いてあったんだけど、私はウォールにこれを書いてきました。がんばろう東北すごい楽しかったなー。立山。少し遠いですが、おススメ!黒部ダムの方は行かなかったけど、いつかプロジェクトXを見た後にでも行ってくるかな。充実のGW後半でした。
2011.05.07
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家のお庭に咲いていたライラックの花家の裏にある納屋それらを後にして、今日は富山に向かいます。石川は田植え真っ最中。畑で働く農家さんたちの姿を見れたのも、たまらなく嬉しい。大好きな棚田も見て16時ごろには富山の立山に着きました。宿にはなんと2組しか宿泊してなくて(GWの他の日は満員でてんやわんやだったそう)温泉も貸し切りでした。とてもいい宿でしたよー。
2011.05.06
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今日は、珠洲市に向かってドライブ。車で約1時間くらいかな。目的地はここ。珠洲市にある二三味珈琲(にざみ) 石川では有名なcafeだそうで、珈琲豆も売っているし、カフェもいまどきっぽい感じで、かわいらしかったです。このcafeは、東京のcafeで勉強した人が地元に戻ってきてやっているようで、最初はなんとこの「舟小屋」からスタートしたそう。能登半島のさきっぽの方にある、正直なーんにもない場所の舟小屋で珈琲豆を売ることがから始まり、それが評判を呼んで、今のcafeもオープンしたようです。小屋も味わいがある素敵な小屋でした。今はここでは豆の販売だけしています。豆も買ってきましたが新鮮でおいしかったです。 晴れていて、気持ちがいいお天気。それから七尾に向かいました。ちょうど、七尾の「青柏祭」(せいはくさい)というのがGWに毎年行われていてどんなお祭りなのか正直よくわかりませんでしたが、行ってみました。行ってみたら、すごかった!楽しかった。まず、こんな曳山(でか山)というのが、3つ登場しています。どんくらいの大きさかと言うと、川との比較で何となくわかるかなー。でっかー。なんじゃこりゃ。真ん中の、遊園地にあるバイキングみたいな位置には子供たちが乗っています。そのあと、謎の行動が始まりました。後で調べたところ、これは「辻廻し」というものだそうで、でか山の先頭に長さ約6m強の重い大梃子をさして、そこに若衆が乗り(黒い人たち)、歌に合わせて体重を掛けて行って高さ約12mのでか山を持ち上げる、というものでした。そして、見事でか山を持ち上げて、たぶん車輪?的なものに載せてそれを今度は皆で縄を引いて、向きを変えます。その時に掛け声となる歌を歌うのが、この青い人たち。皆で向きを変えて動き出した時には、拍手&万歳です。もちろん、縄を引かせてもらいましたなんつーか、この日本の伝統的な感じ、そして今の若者が民謡?を歌ったり、お祭りに参加してたり、昔からのお祭りがあるのっていいなーって思いました。(うちは埋立地だから、古くからの祭りがない)すごい迫力のお祭りでした。ちょうど、私が見た一部始終が見れる動画を見つけました。過去のお祭りの様子ですが、辻廻しの一部始終です。夜は、志賀町に住む親せきの方々と、美味しい海の幸を食べに行きました!家に帰ってきてもすることがなく、寒いので、毎日22時には寝てしまっています。蛙の鳴き声に包まれて寝ます。
2011.05.05
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渋滞を避けるため、朝5時に家を出発して石川県へ!朝が早すぎてきつすぎるでも、そのかいがあって、渋滞には勝った渋滞の先頭を行く感じで、石川県へ到着。眠かったせいでフラフラ~。それにしても遠い。もうちょっと近いのかと思っていた。。。内灘でランチして、志賀町に行って、おじいさまのお見舞いへ。入院するまでの過程を、笑いを交えて説明してくれました。今は誰も住んでいないおじいさまのおうちをお借りして2泊するのですが、調理をするのも面倒なので、スーパーでお寿司を買って、スーパーのお寿司でもとてもおいしいのが、日本海のいいところ~~。石川の夜は寒過ぎて、なんとエアコンを入れました横浜では震災以来、一度もエアコンを入れずに節電生活をしていたのですが、あまりの寒さに耐えきれず、さらに北陸電力管轄という事で安心して入れさせていただいました。地震が全然ないのと、電気を普通に使えるということが、「違う場所に来ているんだな」と実感させてくれました。この御実家、前は商店を営んでいたということで、こんなに立派なんです。中もお店仕様で、広い土間になっていて、商品棚もまだあります。何かを企んでいます。こんな日本家屋を見ると私たちは「すげーー」って思うけど石川県はまだまだこのような家が、たっくさんあって、黒い瓦屋根の風景が続きます。この家があるところあたりも、旧街道で前はお店が立ち並んでいたところでこのようなお店仕様の家が立ち並んでいて、昔にトリップしてしまったような素敵な風景が広がっているところです。
2011.05.04
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今回のボランティアで印象的だった事の一つに、亘理町ボランティアセンターの人たちの対応や温かさ、ボランティアをする人たちの志の高さ、一致団結して目標を達成する前向きさみたいなものがあり、何度も感動して泣きそうになりながら、心にあたたかいものが広がっていきました。皆で協力して助け合うし、仕事も積極的にやるし、前向きだし、皆が手を挙げて作業がどんどん進むし、(会社の会議で「これは誰がやってくれるかな?」なんて言って、全員が目を伏せてしまうのとは大違い)、本当に気持ちがいい。また、ボランティアセンターの人たちも本当に親切で温かくて、この前の日記に載せたようなボランティアの方々へのメッセージを貼ってくれたり、仕事から戻ると「ありがとうございます」を大声で笑顔で言ってくださる。むしろ、こちらが「ありがとう」という感謝の気持ちでいっぱい。仕事が終わってセンターに戻ってから、みんなで道具の泥洗いこんなメッセージも貼ってありました。今回は、地元の同級生の集まりという「あっぷら会」の皆様が炊き出しを行ってくれていました。疲れた体に温かいものが美味しくて、皆さんの威勢のいい声と、笑顔が嬉しくて。カモ鍋、おにぎり2個、お漬物、お茶、のどあめ一袋。なんとこんなに入って1人前!食べるところは「レストラン階段でお願いします~」なんて言われて(笑)、近くにある階段に座ってみんなで食べました。美味しかったー私たちは全ての食料も持って行っているし、ボランティアだし、正直最初は受け入れてもらえるか分からない不安でいっぱいだったのに、こんなに色々な人に温かくしてもらって、支援したというよりは、助けてもらったというか、こんな気持ちになるとは思わなかったです。「人」って温かいし、「つながること」ってすごいなと思います。本当に本当に行って良かった。そして、また絶対行きます。どんな素晴らしい旅行の時よりも、「また行きたい」という気持ちが強いです。現地は人手不足です。また、私の幼稚なボキャブラリーではあの現地の惨状や、亘理で味わった気持ちを伝える事ができません。行ける方はどこの被災地でもいいと思いますので、是非ボランティア行ってください。被災地の人の強さも感じてきてください。今回は私の友達2人を巻き込んでの参加でした。私のわがままに付き合っていただいて、ありがとう。心から感謝です。
2011.05.03
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昨日の夜は、人生初の寝袋体験。意外と快適で、疲れもあったためか昨日はぐっすり寝られました。隣が国道4号だったけど、車の音にも気付かず。明け方、少し寒かったのと、雨がテントに当たる音で起きました。前日22時に寝たものだから、6時にはすっきり起床。ご飯を食べて、テントを片づけて、荷物を車に詰めて、ボランティアセンターへ。途中、私たちのテントを張っている公園の近くに住んでいる地元のおばあちゃんが外に出てきていて「御苦労さまです」と声をかけてくれました。今日からは新規受け付けはしておらず、継続者のみ。それでも沢山の人が並んでいました。今日は、昨日サメちゃんが行っていたお宅の作業に私たちも入れてもらう事にし、そのお宅のリーダーが仕切って人と車を集めてくれたので、マッチング作業には参加せず、すぐに依頼者のお宅に向かいました。VCがあるのは、比較的内陸で津波の被害は全然ない場所。要所要所のお宅の屋根瓦が壊れているくらいです。海の方に向かうと、がれきが畑や原っぱに散乱している風景が目につき始め、どんどん風景もひどい状況に。お伺いしたお宅は、家はなんとか建っているものの、家の中は泥だらけ。ここまで1カ月、お宅の81歳のおばあちゃんと息子さんでなんとか綺麗にしてきているものの、まだまだ食器棚は津波で漬かった時のままだし、庭にはどこの家のものか分からない家具や瓦礫だらけ。家の下はヘドロで臭いもしてくる状態。そこのお宅は、1階部分が1メートル以上浸水してた感じで、3日間その状態だったそうです。この作業をお宅の人2人でやると思ったら、とんでもなく先の長い話です。ボランティアに頼ってもらわないと終わらないでしょう。。1軒につき10~13人ぐらいの人が派遣されますが、今回は丸2日全員で働いても全然終わらない状況です。主に男性はヘドロの泥出しや重いものの運搬を行い、女性3人は家の中の食器を洗ったり、家具をふいたり。(ヘドロの中の油がついていて何度洗っても取れず、家具も何度拭いても塩が取れません。)1時間に10分くらい休憩します。すぐにどんどんみんなに疲労の色が。このお宅に派遣されたボランティアは、女性3人、男性10人。男性も、高校生ぐらいの若い人もいれば、上は50代ぐらいの方もいらっしゃり来ている場所も、千葉、埼玉など色々な場所からでした。ご自宅の前は、常磐線の線路が走っています。線路の電線は切れ、線路上にはまだまだ瓦礫ばかり。コンテナも乗ってます。駅に近いこともありこの家を建て、便利だったという事ですが、きっとこの線路はもう使い物にならず、違うところにひきなおすのではないか、という事でした。。せっかく駅近に家を建てたのにと嘆いていらっしゃいました。また、このお宅、建てて2年だったそうです。おばあちゃんも81歳なので、銀行は建てなおすお金を貸してくれず、国からは150万円しか補助が出ません。このお宅から海側は、ほとんど家が流され壊滅。ギリギリのラインっていう感じでした。少し海の方に向かうと、1階だけ流されてしまった家。この辺もみっしり家が建っていたそうですが、何もなくなってました。遠くに松の木があって、そこが海だそうで、今まで海なんて見えたことがなかったのに今は海が見渡せ、潮のにおいまで漂ってくるそうです。あまり写真を撮るのも失礼ですし、写真では現状を伝えることは難しく。壊れかけの家の前、瓦礫の山、壊れた車には旗が立っています。緑、赤、黄色。赤はすべて壊してくださいの印。赤い旗が立っていた家の玄関には、マジックで「毎日ペットの世話で帰ってきています」の文字。干上がってる魚、流されてきたコンテナ、足元を見るとどこの家の物か分からない物たちの山。国語辞典、計算ドリル、手芸い糸、病院でもらった処方箋の紙…周囲には家を解体している重機の音が鳴り響き、そんな現実が目の前にあって、ここに住み続ける事を決めた人たちはこの現実の中で毎日生きていかないといけない。なんか、自分の心と体で受け止めることが困難で、夢中で働きました。見ず知らずの私なんかに仏壇のお掃除をお願いしてくれて、仏壇の一番大切な物がしまってある引き出しはまだ水がたまっていて。。あかなくなってしまっている引き出しもたくさん。でも、がれきの中で水仙の花が力強く咲いていて、81歳のおばあちゃんは、現実の中で前を見て強く生きていて、お昼ごはんにおいしいおにぎりとスープを作ってくれた。(本当はボランティアにお茶1杯も出しちゃいけないという事ですが内緒ね、って言って)ちなみに現在もガスは通ってなくて、家の中でガスコンロで生活しています。水は震災から1ヵ月後にやっと通ったそうです。ボランティアを頼むのは悪いと思って、またボランティア依頼もたくさんあって一杯だろうと思ってずっと我慢してたそう。「私たち、仕事取り合ってるんですよー。何かやりたくて仕方ないんです」と伝えたら驚いてました。テントに寝てまでボランティアする私たちの事をとても驚いて不憫に思ってくれて、そしてボランティアを頼んだらどんどん家が片付いていく事に驚いて、感謝してくれました。婦人会のまとめ役をしているそうで、自宅避難者に配るための物資が届いていた。彼女がみんなに配るそうだけど「みんながどこにいるのか分からなくて。連絡を取る方法がないのよ」と嘆いていらっしゃいました。家でお花や踊りも教えてた様で、花瓶や着物もたっくさんありました。15時半、仕事終了。「建てなおしたらまた絶対遊びに来てね」とおっしゃって下さいました。絶対行こうと思いました。帰り際にはずっと家の前で見送ってくれました。書きたいことが多すぎて長くなってしまいました。。その他、ボランティアセンターの事についても続きで書きます!
2011.05.02
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昨日の夜中23時過ぎ、東京の日本橋で待ち合わせして、Y!時代の同僚サメちゃんの車で、宮城県亘理町(わたりちょう)へ向かう。深夜なので渋滞もなく順調。3時半にはボランティア専用の駐車場に到着。たくさんの車とテントが並んでいました。私たちはとりあえずそのまま車中で就寝(あまり寝られなかった。。。)朝6時ごろ、周りの人たちもごそごそと起きだして準備。私たちも素人3人が力を合わせてテントを貼りました。これが私たちの基地!駐車場はこんな感じでした。ボランティアの受け付けは8時~なのですが、GWということもあって人も多そうだし仕事がなくなってしまったらせっかく来た意味もないので、早目に徒歩5分ぐらいの所にある「亘理町ボランティアセンター」へ7時半ごろに到着したけど、すごい人でした。新規登録の受付をして、まずはマッチング作業。仕事の依頼をVC(ボランティアセンター)の係りの方が呼びあげて必要人数と、男女どちらが希望かを言い、車を持っている人と車がない人とを組み合わせてグループを作っていきます。前日、やっている人がいればそのままその人はそのお宅に行くことになります。この仕事のマッチングがすごかった。まるで築地のセリのように、一つの仕事に対してみんなが挙手して、積極的に仕事をもらいに行きます。志の高い人たちの集団、すげーーなーーーって圧倒されました。私たちは男1、女2で行ったのだけれども、まだ水が出ないお宅も多く、女性はNGの所もたくさん。また、車を持っていた方が有利で、さらに車に一輪車や道具や他の同乗者を乗せられる人の方が有利に仕事を先に与えられます。結局初日は「女性のみ」という条件の、体育館での物資の仕分けをやりました。サメちゃんは別の家に泥出しに行きました。9時半ごろ~仕事開始。VCの裏にある体育館には、物資が山のように積んであり、女性5名と町の担当者の方で、下着の分類をしました。とにかく細かく分類して、数を数えて段ボールを閉じて行きます。あまりにも古くて黄ばんでいるものなどもあったり、物資が多すぎて仕分けができなくて、避難者に行きわたらないっていうのもとっても納得でした。休憩時間には、他の場所で仕分けをしていた地元の高校生・大学生3人も加わりみんなで輪になって出していただいたお茶をいただきました。町役場の方は、家を流されたそう。亘理町はVCがとてもしっかりしていてネットでの情報も配信されていてすごくうまく行っている場所だと思います。「どうしてこんなにうまく行ってるんですかね?」と聞いたらここは役場が内陸にあって何も被災しなかったし、機能できているからかもしれません、的な事を言っていました。そして驚いた方にみんなすんごい熱心な楽天イーグルスファンでした。私が横浜から来たと言ったら「楽天から横浜に渡辺選手がいったんだよな。くやしくて泣きながら送りだしたよ」というので「その人知りません」と言ったら、「楽天からみんなで泣いて渡辺選手を出したのに知らないとはなにごとか」と怒られてしまいました。。横浜の人、あまりベイスターズに愛着がなくて、申し訳ありません。。。私と、一緒に行ったななーんが「私たち元楽天社員なんですよ。そんなに皆さんに喜んでいただけるなら球団買ってよかったです」なんて言ったら、一緒に働いていた三重から来た女性たちに「金かよ!!」というような突っ込みを受けました(笑)そうそう、一緒に働いたのは三重から電車で来た2人と、東京から一人で来た女性。みんなテント暮らし。私たちなんかより相当行動力ある人たちばかりです。16時にお仕事終了。ボランティアセンターに戻ると、ジュースやお菓子でボランティアを出迎えてくれました。亘理町VCは本当にみなさん親切です。こんな張り紙になけました。亘理町の5年後の姿をみんなで書いてた。無料で、テント内に敷くシートをかりて、その姿を見ていた他のボランティアの方が「夜は本当に寒いから毛布も借りた方がいいですよ」とアドバイスしてくれて毛布もかりました。これが本当に役にたしました。それから分くらいの所にある温泉にお風呂に入りに行って(まだ水が出ない被災者の方もたくさんいらっしゃってました)テントに戻り、真っ暗な中ライトをつけて、持っていったバーナーでお湯を沸かしてカレーを食べました。おなかいっぱいになったし、疲れも出てきたし、真っ暗でやることもないので、なんと22時前に就寝。1日目が無事終了しました。※最終的にこの日は800人のボランティアが集まり、依頼のお仕事も沢山あったので、全員に仕事が行き渡ったそうです。亘理町災害ボランティアセンターブログ GW2日目
2011.05.01
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