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おそらく私は死を知っている.怪我も病も無い純粋な死は痛みも苦しみも無く呆気ないほどに何も存在しないただの終わりだった.悲しみも喜びもそこに在る余地は無かった.私は惟う.幽霊というものがあるとして彼らは生前の記憶も感情も何一つ持ってはいないだろう.自己の意識も無い.ただ,生きている人々がそれを目にして何事かを口にするだけなのだ.
2009.04.06
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そもそも誰も,それを知らない.死を知っている者が極少数の例外を除けば存在し得ないように老いの苦しみを知りながら戻ってくる者も存在しない.そして同じ老人の間でさえ,それらは分かち合われない.幼児の愚挙と最も違うのは彼らの個人差の余りに大きいことだろう.なにせ幼児はほぼ殆どが愚行を為すが老人では愚行を全く為さぬ人もそれなりにいるのだから.
2009.04.05
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老人の愚行の度し難さは何よりも彼らの先の短さに由来するように思う.子供の愚行は誰もが改心せよと云う.時間があることこそが救いなのだと.そうして赦すことばかりに心を傾けた大人たちは治らないものを直視したがらない.治らないものは口にしない.罰せられぬものは罪としない.少なければ話にも上らせない.確かに罪は病と似ている.いくつかの条件が合えば誰もが諦めるところなど.
2009.04.04
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ダダイストが書いたアフォリズムの解釈について小一時間考えて畢竟これはこれだけでは意味の無い一文だと気付いたとき.
2009.04.03
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社会的であることは『罪』であるかという問いに対して,そもそも罪自体は社会の中にしか存在せず,そして少なくとも「社会のために」と謳われる時にはその言葉無しには言いづらい事を述べるのだということは言える.
2009.04.02
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命は大事だとお仕着せのように皆言うけれど本当はそれよりも大事なものが山ほど在るということを誰もが行動する時に悟るのだ.
2009.04.01
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